説明

鉄系ナノ細線とその製造方法、鉄系炭素複合細線とその製造方法、及びそれを用いた電波吸収体

【課題】 製造が容易でアスペクト比が高く電波吸収特性にも優れ、かつ表面被覆を行なう際の反応性確保にも有利な表面形態を有した鉄系ナノ細線を提供する。
【解決手段】 この発明の鉄系ナノ細線は、線径が50nm以上300nm以下であり、かつ、線アスペクト比が20以上となるように鉄系粒状結晶が列状に連なった細線形態又は該列状に連なった細線部が樹枝状に連結した形態をなす。また、線長手方向において各鉄系金属粒状結晶の線外周面を構成する表面部分の形態が、隣接粒子との接続面位置で線断面積の極小値を形成し、かつ、両側の接続面の途中位置で線断面積の極大値をなす凸湾曲面となる数珠状形態をなす。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、鉄系ナノ細線とその製造方法、鉄系炭素複合細線とその製造方法、及びそれを用いた電波吸収体に関する。
【背景技術】
【0002】
【特許文献1】特開平11−354973
【特許文献2】特開2002−93607
【特許文献3】特開2001−342014
【特許文献4】特開2004−269987
【0003】
フェライトに代表される磁性損失型電波吸収体では、数GHz〜数十GHzの領域で良好な電波吸収特性を有するものの、その飽和磁化値が低いために電気長[d×(εμ)0.5:dはサンプル物理長]が短くなり、その吸収体は厚くならざるを得ない。鉄などの金属磁性材料では大きな飽和磁化を有するために、酸化物磁性体に比べ透磁率を大きくすることが可能となるが、その吸収体の作製には誘電体バインダが必要であり、大きな透磁率を得るために磁性粒子の充填率を増加させた場合、磁性粒子間に大きな電気容量が発生するために、市販されている高透磁率を有する磁性体シートにおいても、わずかな透磁率(1GHzでμ’=〜8)を有する誘電体(ε’>40)となる。その結果、下式からも理解されるように誘電率の増加によりインピーダンスが低下し、有効な電波吸収特性は得られない。
【0004】
【数1】

【0005】
金属磁性材料による電波吸収では、バインダに対する金属磁性粉の充填率を上げた際、金属の良伝導性のために電波の電界成分により誘発される渦電流が原因で磁化の低減を招き、複素比透磁率の実部の値が減少し良好な電波吸収が得られない。これを抑制するためには金属の粒子サイズを小さくすること(粒子の断面積を小さくすることで高抵抗化する)、金属粒子間を電気的に絶縁することが必要となる。また、電波が金属表面の表層のみに侵入する現象(表皮効果)から、粒子表面を凸凹にすることで電波の伝搬経路を長くすることで電気抵抗を増加させることもできる。特許文献1では、Fe基扁平状ナノ結晶軟磁性体粉末を用いた電波吸収体が示され、その磁性粉末は厚さが3μm以下であり、その平均竜径が20〜50μmであることが好ましいこと、扁平形状が必須であること、さらに、粉末粒子間を絶縁することが重要であることが示されているが、伝搬経路を長くすることで渦電流損を低減できることは一切述べられていない。
【0006】
また、本発明と類似の形態を有する磁性体と誘電体を組み合わせた材料も特許文献2により報告されている。強誘電性を有する粒子を中心核として、これに高透磁率を有するフェライトをコーティングすることにより、高い複素透磁率とともに高い複素誘電率を有する磁性多層微粒子を得ることができると示されている。さらに、誘電率の大きさとしては、高誘電率の効果を得るために100以上が好ましく、500以上がより好ましいとも述べられているが、ここでも前述の式(1)から容易に類推できるように、このように大きな誘電率を有する材料を用いた場合、良好な電波吸収特性を得ることは困難である。事実、この高誘電体/磁性体複合体に関しては、透磁率の測定値は実施例に記載されているものの、その吸収特性の結果は紹介されていない。
【0007】
また、特許文献3、特許文献4に本発明と類似する鉄細線をカーボンナノチューブにより被覆した材料の報告がなされているが、前者の発明は、直線性の高い鉄系針状体を触媒兼テンプレートとして用い、これとフッ素樹脂とを510〜550℃で加熱することで、その外周に炭素を析出にさせ、その後、鉄系成分を酸溶解に除去することで直線性に優れたカーボンナノチューブを作製する手法に関するものである。しかしながら、カーボンナノチューブの前駆体となる鉄ワイヤー/カーボンナノチューブ複合体の粒子表面はフラットであり、粒状の粒子で被覆され複雑な表面構造を有する本発明の複合細線とは大きく異なる。後者の発明では、有機金属錯体を溶解した有機液体中で、基板を加熱することにより、カーボンナノチューブを合成し、同時にカーボンナノチューブの内部に有機金属錯体の金属を析出させて金属ナノワイヤーを合成いるが、この複合体表面の前者の複合体と同様にフラットな表面を有し、その粒子表面構造が異なる他、その合成温度も800℃以上と非常に高温である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
先述のとおり、金属磁性粉末を樹脂で固定した吸収体においては電波吸収特性を良くする(高反射損失、薄型化)ためには、透磁率を大きくする必要があるが、これは磁性粉末の充填率を高めることで行われるために、磁性粒子間の電気的絶縁性が悪くなるために、渦電流損が生じることで高周波数域(>10GHz)の電波吸収には問題があった。また、磁性粒子間距離の減少により大きな静電容量を生じ、誘電率が非常に大きくなる(ε’>40)ことから、一概にその吸収特性は良いものではない。
【0009】
本発明は製造が容易でアスペクト比が高く電波吸収特性にも優れ、かつ表面被覆を行なう際の反応性確保にも有利な表面形態を有した鉄系ナノ細線とその製造方法、さらに該鉄系ナノ細線の表面を炭素系微粒子の凝集体によって被覆することにより表面絶縁性を高めた鉄系炭素複合細線とその製造方法、並びにそれらを用いた電波吸収体を提供することにある。
【課題を解決するための手段及び発明の効果】
【0010】
上記課題を解決するために本発明の鉄系ナノ細線は、線径が50nm以上300nm以下であり、かつ、線アスペクト比が20以上となるように鉄系粒状結晶が列状に連なった細線形態又は該列状に連なった細線部が樹枝状に連結した形態をなし、かつ、線長手方向において各鉄系金属粒状結晶の線外周面を構成する表面部分の形態が、隣接粒子との接続面位置で線断面積の極小値を形成し、かつ、両側の接続面の途中位置で線断面積の極大値をなす凸湾曲面となる数珠状形態をなすことを特徴とする。
【0011】
金属磁性電波吸収体においては、磁性体の粒子サイズを小さくすることで、比表面積を拡大し、例えばGHz帯域での非常に薄いスキンデプス(表皮効果)でも、透磁率を発生させうる磁性体体積を増やすことで磁性損により電波を吸収することが可能となる。通常、粒子のサイズは小さくても1μm程度であり、球状の粒子でこれ以上小さい場合は、反磁界の影響により大きな透磁率を得ることができない。これに対し本発明では、たとえ、50nm以上300nm以下と非常に細い線径ではあっても、非常に高いアスペクト比(>20)を有することにより、上記の反磁界の効果をほとんど無視することが可能となる。また、上記本発明特有の数珠状形態の細線形態又はこれが樹状に連結した構造となることで、表面がフラットな細線と比べ比表面積が増加するので、より多くの電磁界を補足することができ、さらには、電磁波の伝搬経路が長くなることで、磁化の減少を引き起こす渦電流損を抑制することが可能となり、電波吸収体に使用した際に優れた特性を発揮する。この効果は、特に樹状結合形態となした場合により顕著である。
【0012】
また、上記の効果を一層顕著なものとするためには、線長を1μm以上10μm以下とすることが望ましい。なお、樹状の結合体の場合、結合点間をつなぐ個々の細線部の長さを線長とする。また、線径は、その細線部の線長方向における平均値にて表わす。
【0013】
また、本発明の鉄系ナノ細線の製造方法は上記本発明の鉄系ナノ細線を製造するために、室温以上150℃以下の加温状態において揮発性鉄カルボニルを、不活性ガスからなるキャリヤーガスとともに150ppm以上450ppm以下の濃度にて、250℃以上400℃以下に保持された反応部に供給することにより前記揮発性鉄カルボニルを熱分解する工程を有することを特徴とする。
【0014】
揮発性鉄カルボニルとしては、例えばFe(CO)を使用できる。また不活性ガスは窒素ガス又は希ガス(例えばアルゴン)を採用できる。
【0015】
上記のように高いアスペクト比を有する本発明の鉄系ナノ細線を得るために、本発明者らが種々の反応条件をスクリーニングした結果、不活性ガス中での揮発性鉄カルボニル(カルボニル鉄錯体)の濃度は150ppm以上450ppm以下が望ましいことがわかった。該濃度が下限値未満になると、錯体ガス濃度が低すぎるために鉄系ナノ細線の成長基体(例えば反応容器(例えば反応管)の管壁や、該反応容器内に配置された基板)上へのデポジションが起きなくなる。また、該濃度が上限値を超えると、線径が過剰かアスペクト比の小さい線しか得られなくなる。
【0016】
他方、反応温度が400℃を超えると、細線を構成する鉄系粒状結晶の成長核となる微細な薄片状鉄が生成するための、鉄カルボニルの分解活性点が得られなくなるために、得られる鉄系ナノ細線の収率が極端に低くなり製造効率が悪い。また、反応温度が250℃未満では、鉄カルボニル錯体の分解が起こりにくくなり、同様の収率低下を招く。
【0017】
また、揮発性鉄カルボニルの加温状態が室温(20℃)未満では液体の状態のままであり、150℃を超えると鉄と一酸化炭素に分解する。
【0018】
反応温度と鉄カルボニルの濃度の設定値により、鉄系粒状結晶は種々の金属鉄を主成分(50質量%以上:残部は例えば炭化鉄)とする鉄系金属粒状結晶とすることもできるし、炭化鉄(例えばFeC)を主成分とする炭化鉄系粒状結晶(50質量%以上:残部は例えば金属鉄)とすることもできる。また、鉄系金属粒状結晶は純鉄にほぼ近い組成とすることもできる(例えば金属鉄が95質量%以上)。さらに、炭化鉄系粒状結晶はその全てが炭化鉄となることも可能である。特に、鉄マトリックス中に炭化鉄が析出した組織とすることで、歪効果による電波吸収特性向上効果も期待できる。
【0019】
次に、本発明の鉄系炭素複合細線は、上記本発明の鉄系ナノ細線(コア)の表面が厚さ50nm以上500nm以下の炭素系微粒子の凝集体層によって被覆され、線径が100nm以上2μm以下であることを特徴とする。鉄系ナノ細線の表面が炭素系微粒子の凝集体によって被覆されることで、非良導体である炭素系微粒子により磁性体である鉄系ナノ細線コア間の電気的絶縁状態が向上し、渦電流損がより一層低減される。その結果、単独の鉄系ナノ細線に比べて、同一の吸収体厚さにおいてより低周波数での電波吸収が可能となる。炭素系微粒子の凝集体層の厚さが50nm未満では有効な絶縁効果が得られなく、炭素系微粒子の凝集体層の厚さが500nmを超えると非磁性体である炭素量の増加により体積あたりの透磁率の減少を招く。また、線径が200nm未満では炭素コーティング層の厚みが不十分であり酸化を受けやすいこと、2μm以上ではアスペクト比が大きくなることで反磁界の影響を少なくとも受けるようになる。
【0020】
本発明は、上記鉄系炭素複合細線の製造方法も提供する。その第一は、揮発性炭素質化合物を単独で、または不活性ガス(窒素又は希ガス)からなるキャリヤーガスと共に、300℃以上500℃以下に保持された反応部に供給して該揮発性炭素質化合物を熱分解し、該熱分解により発生する炭素成分を上記本発明の鉄系ナノ細線の表面に析出させることにより、該鉄系ナノ細線の表面又は内部に炭素成分を付与することを特徴とする。
【0021】
また、その第二は、揮発性炭素質化合物を単独で、または不活性ガス(窒素又は希ガス)からなるキャリヤーガスと共に、100℃以上300℃以下に保持された反応部に供給しつつ該揮発性炭素質化合物をプラズマ分解し、該プラズマ分解により発生する炭素成分を上記本発明の鉄系ナノ細線の表面に析出させることにより、該鉄系ナノ細線の表面又は内部に炭素成分を付与することを特徴とする。
【0022】
揮発性炭素質化合物としては、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、アセトンなどの易揮発性含酸素化合物、メタン、エタン、プロパン、ブタン、エチレン、プロピレン、アセチレンなどの飽和または不飽和炭化水素の一種又は二種以上を使用することができる。
【0023】
本発明の鉄系ナノ細線の表面は、前述のごとく起伏に富んだ数珠状形態であるため、反応活性に富み、上記のごとく揮発性炭素質化合物の熱分解やプラズマ分解により炭素系微粒子の凝集体を効率良く析出させることができる。熱分解の場合、反応温度が300℃未満では揮発性炭素質化合物の分解が容易ではなく、500℃を超えると鉄ナノ細線自身の著しい凝集が見られる。また、プラズマ分解の場合は、特に温度を設定するものではないが、反応温度が100℃未満では鉄ナノ細線と炭素との界面での原子相互拡散が起こりにくく密着性が悪くとなり、また、鉄ナノ細線の凝集を抑えるためには300℃以下であることが望ましい。
【0024】
また、本発明の電波吸収体は、上記本発明の鉄系ナノ細線又は鉄系炭素複合細線を樹脂バインダにて結合したことを特徴とする。本発明の鉄系ナノ細線又は鉄系炭素複合細線を用いることで優れた電波吸収特性を有した電波吸収体が実現できる。また、樹脂バインダにて結合した形態なので、ボード、シート、テープもしくはコード被覆体状への成形も容易である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施形態について詳細に説明する。
図1にこの発明に関わる電磁波吸収体の断面図を示す。図1のように吸収体に電磁波が垂直に入射する場合、吸収体表面から金属板を見込む規格化入力インピーダンスZは下記(1)式により表され、このZを用いて反射損失Rは(2)および(3)式より求めた。このように、反射損失はZによって決まるが、(1)式から明らかなように、Zはε、μ、電磁波の波長λ、試験体厚さdの関数であり、−20dBを満足する領域の算出法は複雑である。そこで、ε、μの周波数特性をネットワークアナライザを用いてSパラメータ法により測定し、その測定結果から(1)〜(3)式を用いて試験体の厚さを変えた場合の反射損失を算出し、この値をもとに電磁波吸収体を設計、製造することができる。
【0026】
【数2】

【0027】
すなわち、上述した電磁波吸収用磁性体粉末に対しエポキシ樹脂等の樹脂バインダを混錬し、金属板を基板として所定の厚さのシートあるいはボード状に成型し、これを電磁波吸収体として使用する。この場合は、電磁波が最も良好に吸収される共鳴周波数は電磁波吸収体の厚みに依存し、所望の電磁波の周波数に対応させて厚みは調整することができる。また、図1の形態のほかにも、さらに薄板状としたシートやテープ形態の電磁波吸収体に成形することも可能である。
【0028】
以下、本発明の効果を確認するために行った実験結果について説明する。なお、本件に関わるナノ細線の作製は下記に限定されるものではない。
【0029】
(実施例1)
金属細線の合成は、図2に示す反応ラインを用いて行なった。反応管には両端部が内径8mm、長さ50mm、中央部が内径15mm、長さ300mmのパイレックスガラス管(反応管a)を用い、中央部のうち反応管入口側20mmの部分を電気炉内に設置し、反応管出口付近に石英ウールを充填した。鉄カルボニルを図2のバブラーに充填し、これにアルゴンガスを流通させることで、アルゴンガスとともに鉄カルボニル蒸気を反応管加熱部に導入した。
【0030】
加熱部温度を300℃、アルゴンガス流量を150mL/分とし反応を行なった結果、図1に示した反応管の入口Aでは反応管内壁に鉄薄片が付着し、その上に、反応管を詰めるように鉄マイクロ細線(径1〜50μm)が生成した。また、出口Bでは鉄系ナノ細線(径100〜200nm)が生成した。
【0031】
走査型電子顕微鏡による鉄マイクロ細線、鉄系ナノ細線の形態観察の結果を図3、図4にそれぞれ示す。図2より、鉄マイクロ細線の形状は鉄微粒子が数珠状に連なったもので、粒子径が1〜50μmと鉄系ナノ細線より大きく、1本1本が直線状ではなく枝分かれし、それらが絡まった構造をもつことを確認した。一方で、図3より、鉄系ナノ細線は、形状は鉄マイクロ細線と類似のものではあるが、その線径が100〜200nmであり、全長が数十〜数百μmであることを確認した。
【0032】
図5に得られた鉄系ナノ細線の粉末X線回折パターンを示す。これらのピークは全てα−Fe相に帰属され、それぞれの回折ピークの強度比から結晶成長に異方性がないことが分かった。この結果は図4の結果と一致し、ナノ細線の外観はアスペクト比の高い形態を有するものの、微細構造としては球状粒子の繋がった構造を反映している。また、鉄マイクロ細線、鉄薄片についても同様に粉末X線回折を行なった結果、同様にα−Fe相が得られていることを確認した。
【0033】
鉄カルボニルのバブラーへの仕込み量、アルゴンガス流量、反応温度および反応管の内径が鉄系ナノ細線の収率に与える影響について検討した。ここで、鉄系ナノ細線の収率は次の計算により求めた。使用した鉄カルボニルは分子量195.9、純度95%、密度1.5g/mLであり、鉄カルボニルXmL中に含まれる鉄金属(原子量55.8)の重量は下式となる。
1.5×X×0.95×(55.8/195.9)=0.41×X (g)‥(4)
この計算値を100%として、得られた鉄系ナノ細線の重量から収率を求めた。鉄カルボニルの仕込み量2mL、反応温度300℃で、反応管aを用いた場合において、アルゴンガス流量100、120、150、160、170、180、および200mL/分と変化させた際の鉄系ナノ細線の収率を図6に示す。また、鉄カルボニルの仕込み量2mL、アルゴンガス流量180mL/分で、反応管aを用い、反応温度を200、250、270、280、300、320、および350℃でそれぞれ反応をおこなった時の鉄系ナノ細線の収率を図7に示す。鉄カルボニルの仕込み量2mLで、反応管aを用いた場合では、最も鉄系ナノ細線の収率の高い最適反応条件はアルゴンガス流量180mL/分、反応温度300℃となり、このときの収率は約35%であった。鉄カルボニルの仕込み量を変化させても、鉄系ナノ細線の生成量はそれほど変化せず、鉄系ナノ細線は反応の初期過程のみに生成することがわかった。また、反応管bでは収率の低下が見られた(表1)。
【0034】
【表1】

【0035】
作製した鉄系ナノ細線、鉄マイクロ細線、鉄薄片に対し、およそ30wt%のエポキシ樹脂を添加しメノウ乳鉢を用いて均一に混合した後、続いてダイスを用いて外径10mm、厚さ1〜2mmの円盤状に成型した。これを120℃で40分かけて加熱・硬化させ、超音波カッターを用いて外径7mm、内径3mmのドーナツ状形態に切削加工した。作製した樹脂成形体を7mmの同軸導波管に設置し、ネットワークアナライザを用いてSパラメータ法によりそれぞれの材料定数を測定した。比誘電率(実部:ε’、虚部:ε”)及び比透磁率(実部:μ’、虚部;μ”)の結果を図8に示し、それから計算された電波吸収特性を図9に示す。また、比較のため、市販のカルボニル鉄微粒子(和光純薬、粒径6μm)より同様に作製した試料の電波吸収特性を図10に示す。
【0036】
鉄系ナノ細線に比べ、鉄マイクロ細線および鉄薄片の電波吸収特性は低く、これは、比透磁率の虚部の周波数依存性からも分かるように、鉄マイクロ細線および鉄薄片では粒子径が大きいために渦電流損により、比透磁率の実部の値が周波数の増加に伴い、急激に減少していることに対応する。鉄系ナノ細線では、4.0〜1.3mmの厚さの吸収体において、5〜17GHzの領域で−20dB以下の良好な反射損失が見られた。ナノ細線では粒子サイズが非常に粒子が細かいことから、粒子自身の電気抵抗値が大きくなることで、渦電流損を抑えられ高周波域においても損失が小さいことで良好な電磁波吸収特性が得られた。比較として市販の鉄カルボニル鉄粉より作製した電波吸収体は、厚さ4.0〜2.0mmの試料で2〜4GHz周辺に−20dB以下の反射損失を示し、同じ厚さの試料において鉄系ナノ細線から作製した電波吸収体では、吸収域が高周波側にシフトした。これは、鉄系ナノ細線の形状に付随する磁気異方性から共鳴周波数が高周波数側にシフトすることに由来する。
【0037】
(実施例2)
実施例1で作製した鉄系ナノ細線から炭化鉄/炭素複合細線微粒子を以下の方法により作製した。ここでも同様に反応ラインは図2に示す構成のものを使用した。反応管も同様にタイプaのものを使用し、鉄系ナノ細線の作製後、部位Bに捕集された鉄系ナノ細線を磁石の吸引力を利用してガラス壁面を介して反応部位部位Aに移動させた。鉄系ナノ細線は容易に酸化されるため、このように一連のプロセスとして行なうのが望ましい。反応終了後、鉄カルボニルの気化のため空になったバブラーにエタノールを3.0mLを注入した。エタノール以外のメタノール、イソプロピルアルコール、ブタノール等のアルコール類、ヘキサン、シクロヘキサン、エチレン、アセチレン等の直鎖または環状の炭化水素を炭素源として用いても良い。しかしながら、それらの毒性や、反応加熱部に導入される含炭素蒸気成分のガス濃度が、微細な粒状粒子を得るためには重要となるため、本反応条件ではエタノールの使用により最も良好な結果が得られた。アルゴンガス(流量60mL/分)でバブラー内のエタノールをバブリングし気化させて反応管内に導入し、反応管を電気炉で300℃から500℃に1時間かけて昇温することで鉄系ナノ細線と反応させた。なお、300℃以下の反応ではエタノールの分解反応が認められず、また、500℃以上では、得られる複合細線粒子の凝集が走査型電子顕微鏡観察から確認された。
【0038】
得られた炭化鉄/炭素複合細線微粒子の走査型電子顕微鏡による表面観察像を図11に示す。合成した炭化鉄/炭素複合細線微粒子は径1〜2μmの線状の形態をとっていることを確認した。その線径は出発物質であった鉄系ナノ細線(線径:100〜200nm)より太くなっているが、出発物資の鉄系ナノ細線の表面がフラットであるのに対し、その表面は粒状生成物により被覆されており微細な構造が得られた。反応前後の試料の重量測定を行なった結果、反応後では重量の増加が見られ、塩酸により金属成分を溶解除去した結果、黒色の粉体が得られた(黒色粉体の粉末X線回折の結果、無定形であることを確認)。さらに、得られた黒色粉体の電子顕微鏡観察から、その粒子形態およびサイズとも図11に示した表面の粒状生成物に類似しており、また、その黒色粉体より作製した電波吸収体が、我々で作製したカーボンのオーム損失型の電波吸収体と似た挙動を示した。残留黒色粉体より作製した電波吸収体の特性を図12に、市販カーボンより作製した電波吸収体のそれを図13に示す。
【0039】
さらに、上記試料の粉末X線回折測定を行った結果(図14)、観測されたピークは全てFeCに帰属され、前述したとおり炭素成分は無定形のためにそれに由来するピークは観察されなかった。以上のことから、鉄系ナノ細線とエタノールの反応により得られた複合細線を炭化鉄/無定形炭素複合細線と同定した。ここで、前述の鉄系ナノ細線は非常に酸化を受けやすく、空気中に暴露することで発火したが、上記の炭化鉄/炭素複合細線は炭素による表面被覆により耐酸化性が向上し、空気中での発火は見られなかった。
【0040】
一方で、前述の市販カルボニル鉄粉を用い同条件で反応を行った結果、反応前後で重量の増加は認められず、本発明で作製した鉄系ナノ細線が高い触媒活性(エタノールのクラッキング)を示し、エタノールと低温においても反応が可能で、電子顕微鏡にも見られたような非常に入り組んだ表面構造をもつ炭化鉄/炭素の複合細線となることがわかった。
【0041】
得られた炭化鉄/炭素の複合細線に対し、およそ30wt%のエポキシ樹脂を添加し鉄系ナノ細線と同様の手法で電波吸収体を作製し、電波吸収特性を評価した。比誘電率および比透磁率の測定結果を図15に、また、それより計算される電波吸収特性を図16に示す。
【0042】
本発明で得られた炭化鉄/炭素複合細線樹脂成形体の透磁率の特性は、メカニカルアロイング法で発明者らが以前作製した炭化鉄/炭素複合体(J. R. Liu, M. Itoh, T. Horikawa, E. Taguchi, H. Mori, K. Machida, Appl. Phys. A, Vol. 82, 2006, p. 509-513.)よりも低損失であった。走査型電子顕微鏡で見られた表面構造のように、エタノールとの反応により複合細線表面に生成した粒状粒子の一部は炭化鉄となっており、比表面積が大きくなることで電磁波の伝搬経路が長くなることによる電気抵抗の増加により渦電流損が抑制されていることがわかった。
【0043】
炭化鉄/炭素複合細線より作製した電波吸収体は6.0〜1.0mmの厚さの吸収体において、3〜16GHzの領域で−20dB以下の良好な反射損失が得られた。既述の鉄系ナノ細線では粒子サイズの減少により渦電流損が抑えられ、高周波域においても良好な電磁波吸収特性が得られたが、炭化鉄/炭素複合細線では、エタノールとの反応により鉄よりも電気抵抗の高い炭化鉄が生じたこと、また、表面が複雑な形状を持つことから表皮効果を考えると電磁波の粒子内での伝搬長が増加したこと、さらに、非良導体であるカーボンにより被覆されたことで渦電流損がより一層低減されることがわかる。また、複合細線中のカーボンに由来する誘電特性が付与されたことにより、電気長が増加することで、鉄系ナノ細線に比べて炭化鉄/炭素複合細線では、同一の吸収体厚さにおいて低周波数での吸収が可能となる(電波吸収体の薄型化に同義)。また、−20dB以下の吸収が得られた周波数域についても、鉄系ナノ細線で見られた5〜17GHzに対して3〜16GHzとサンプルの厚さを変えることで吸収できる帯域が低周波数側に拡がった。また、市販のカルボニル鉄粉(汎用性の高い電波吸収用磁性粉)より作製される電波吸収体の対応帯域が2〜4GHz程度であることから、本発明による炭化鉄/炭素複合細線より作製される電波吸収体は、その非常に広い吸収対応域に特徴を有する。
【0044】
上述したエタノールを用いた炭化温度(300〜500℃)では、鉄系ナノ細線表面に対し炭素被膜の形成が進行すると共に、鉄系ナノ細線自身が炭化鉄へと移行した。これに対して、外部より誘導コイルを用いてプラズマを発生させることで、鉄系ナノ細線を炭素で被覆したのみの鉄/炭素複合ナノ細線(直径500nm以下)の合成が可能である。
【0045】
一般に、電波吸収シートを作製する場合、その吸収特性を高めるために磁性体/樹脂の混合比を増大させる必要がある。上記で得られた鉄/炭素ナノ細線は、鉄系ナノ細線単独のものと比べ表層で導電性が低い(接触抵抗が大きい)ため、より密に磁性体を樹脂中に導入することが可能であり、より薄く、更にはより低周波数も吸収可能な吸収体シートを作製することができる。
【0046】
以上説明をしたように、本発明により作製されるナノ細線は高い触媒活性を示し、これとエタノールとの反応により容易に炭化鉄/炭素複合細線を得ることが可能となる。炭化鉄/炭素複合細線の表面構造は非常に微細であり、それにより渦電流損を効果的に抑制することができ、さらに、本複合細線は磁性材(磁界成分)と誘電材(電界成分)の複合細線であるために、上記の鉄系ナノ細線単独の場合に比べ、これより作製した電波吸収体は低周波数への吸収域の広帯域化が可能となる。さらに従来の電磁波吸収体用磁性粉末(カルボニル鉄粉)に比べその吸収域の幅を非常に大きくすることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明に関わる電磁波吸収体の基本構造である。
【図2】反応ラインの概略を示した図である。
【図3】鉄マイクロ細線の走査型電子顕微鏡観察像である。
【図4】鉄系ナノ細線の走査型電子顕微鏡観察像である。
【図5】鉄系ナノ細線のX線回折パターンである。
【図6】アルゴンガス流量を変化させた際の鉄系ナノ細線の収量を示した図である。
【図7】反応温度を変化させた際の鉄系ナノ細線の収量を示した図である。
【図8】鉄系ナノ細線、鉄マイクロ細線、鉄薄片より作製した吸収体の比誘電率、比透磁率の周波数依存性を示した図である。
【図9】鉄系ナノ細線、鉄マイクロ細線、鉄薄片より作製した吸収体の反射損失特性である。
【図10】市販のカルボニル鉄微粒子より作製した吸収体の反射損失特性である。
【図11】炭化鉄/炭素複合細線の走査型電子顕微鏡による表面観察像である。
【図12】炭化鉄/炭素複合細線の酸エッチング後、残留した黒色粉体より作製した電波吸収体の反射損失を示した図である。
【図13】市販の無定形カーボンより作製した電波吸収体の反射損失を示した図である。
【図14】得られた炭化鉄/炭素複合細線のX線回折パターンである。
【図15】炭化鉄/炭素複合細線より作製した電波吸収体の比誘電率、比透磁率の周波数依存性を示した図である。
【図16】炭化鉄/炭素複合細線より作製した電波吸収体の反射損失特性である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
線径が50nm以上300nm以下であり、かつ、線アスペクト比が20以上となるように鉄系粒状結晶が列状に連なった細線形態又は該列状に連なった細線部が樹枝状に連結した形態をなし、かつ、線長手方向において各鉄系金属粒状結晶の線外周面を構成する表面部分の形態が、隣接粒子との接続面位置で線断面積の極小値を形成し、かつ、両側の接続面の途中位置で線断面積の極大値をなす凸湾曲面となる数珠状形態をなすことを特徴とする鉄系ナノ細線。
【請求項2】
線長が1μm以上10μm以下とされた請求項1記載の鉄系ナノ細線。
【請求項3】
前記鉄系粒状結晶は金属鉄を主成分とする鉄系金属粒状結晶である請求項1又は請求項2に記載の鉄系ナノ細線。
【請求項4】
前記鉄系金属粒状結晶は、鉄系成分の一部が炭化鉄となった組織を有する請求項3記載の鉄系ナノ細線。
【請求項5】
前記鉄系粒状結晶は炭化鉄を主成分とする炭化鉄系粒状結晶である請求項1又は請求項2に記載の鉄系ナノ細線。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の鉄系ナノ細線表面が厚さ50nm以上500nm未満の炭素系微粒子の凝集体層によって被覆され、線径が200nm以上2μm以下であることを特徴とする鉄系炭素複合細線。
【請求項7】
請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の鉄系ナノ細線の製造方法であって、
室温以上150℃以下の加温状態において揮発性鉄カルボニルを、不活性ガスからなるキャリヤーガスとともに150ppm以上450ppm以下の濃度にて、250℃以上400℃以下に保持された反応部に供給することにより前記揮発性鉄カルボニルを熱分解する工程を有することを特徴とする鉄系ナノ細線の製造方法。
【請求項8】
請求項6記載の鉄系炭素複合細線の製造方法であって、
揮発性炭素質化合物を単独で、または不活性ガスからなるキャリヤーガスと共に、300℃以上500℃以下に保持された反応部に供給して該揮発性炭素質化合物を熱分解し、該熱分解により発生する炭素成分を請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の鉄系ナノ細線の表面に析出させることにより、該鉄系ナノ細線の表面又は内部に炭素成分を付与することを特徴とする鉄系炭素複合細線の製造方法。
【請求項9】
請求項6記載の鉄系炭素複合細線の製造方法であって、
揮発性炭素質化合物を単独で、または窒素もしくはアルゴン等のキャリヤーガスと共に、100℃以上300℃以下に保持された反応部に供給しつつ該揮発性炭素質化合物をプラズマ分解し、該プラズマ分解により発生する炭素成分を請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の鉄系ナノ細線の表面に析出させることにより、該鉄系ナノ細線の表面又は内部に炭素成分を付与することを特徴とする鉄系炭素複合細線の製造方法。
【請求項10】
請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の鉄系ナノ細線、又は請求項6に記載の鉄系炭素複合細線を樹脂バインダにて結合したことを特徴とする電波吸収体。
【請求項11】
ボード、シート、テープもしくはコード被覆体状に成形されてなる請求項8記載の電波吸収体。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図3】
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【図4】
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【図11】
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【公開番号】特開2007−247036(P2007−247036A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−75731(P2006−75731)
【出願日】平成18年3月17日(2006.3.17)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.パイレックス
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】