ケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対する抗体酵素
【課題】エイズウイルスのコレセプターであるケモカインレセプターCCR5を分解して、その機能を消失させることができ、エイズウイルスの感染の予防やエイズの治療に利用できる抗体酵素、およびそれを利用した抗HIV薬剤を提供する。
【解決手段】ケモカインレセプターCCR5のN末端領域を構成するペプチドを免疫原としてモノクローナル抗体を作製し、そのモノクローナル抗体の重鎖、軽鎖の可変領域のアミノ酸配列、塩基配列を決定した。続いて、このアミノ酸配列について分子モデリングを行ない、その3次元構造を推定し触媒三つ組残基構造を有しているか否かを確認した。そして、最終的に触媒三つ組残基構造を有するモノクローナル抗体(5A2、6A2、2B8)の軽鎖の可変領域がCCR5の抗体酵素として機能するということを見出した。
【解決手段】ケモカインレセプターCCR5のN末端領域を構成するペプチドを免疫原としてモノクローナル抗体を作製し、そのモノクローナル抗体の重鎖、軽鎖の可変領域のアミノ酸配列、塩基配列を決定した。続いて、このアミノ酸配列について分子モデリングを行ない、その3次元構造を推定し触媒三つ組残基構造を有しているか否かを確認した。そして、最終的に触媒三つ組残基構造を有するモノクローナル抗体(5A2、6A2、2B8)の軽鎖の可変領域がCCR5の抗体酵素として機能するということを見出した。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エイズウイルス(HIV)のコレセプターであるケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対する抗体酵素、それをコードする遺伝子、その遺伝子が導入された形質転換体、及びそれらを利用した抗HIV薬剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
AIDS(acquired immunodeficiency syndrome)は、その原因ウイルスであるヒト免疫不全ウイルス型(human immunodeficiency virus:HIV)の感染によって免疫機能が低下し、それに伴って日和見感染症や悪性腫瘍、神経症状、痴呆などを合併した病態である。HIVに感染すると、急性期、無昇症候期、エイズ関連症候群を経てエイズへと進展する。HIV関連の研究や治療法などの進歩によって、エイズは不治の病から治療可能な病気になりつつあるが、現段階では確実な抗HIV薬剤はなく、薬物による治療法も確立できていないのが現状である。
【0003】
HIVの感染機構に関する研究において、1984年にHIVのレセプターとしてCD4が同定された。HIVの感染は、ウイルス粒子表面のエンベロープタンパク質(gp120)が、ヒトの細胞表面に発現しているCD4分子に結合することから始まる。
【0004】
しかし、CD4のみではウイルスの外皮と宿主細胞の細胞膜との融合は起こらず、HIVの感染は成立しないため、CD4分子以外のヒト細胞膜成分が、ウイルス侵入のために補助因子として働く可能性が考えられ、コレセプター(セカンドレセプター)の存在が示唆されていた。そして、CD4の発見から10年以上経過した後に、HIVのコレセプターの一つとして、ケモカインレセプターCCR5が発見された(非特許文献1参照)。
【0005】
HIV感染の第一のステップは、血液中や粘膜下に存在するヘルパーT細胞、マクロファージ、樹状細胞への吸着および侵入である。そして上記のHIVの細胞内侵入は、ウイルスのエンベロープタンパク質と標的(宿主)細胞の膜タンパク質との多段階反応によって引き起こされる。上記HIVの標的細胞内への侵入の詳細は、以下に示すとおりである。まずHIV粒子表面のエンベロープタンパク質(gp120)が、標的細胞表面のCD4へ結合する。このgp120のCD4ヘの結合によって、gp120に構造(コンフォメーション)変化が起こり、それまでマスクされた状態にあったgp120のV3ループ領域が解放され、標的細胞表面上のコレセプター(CCR5等)に結合する。この際、V3ループ領域とコレセプターとの相互作用には、コレセプターのアミノ末端領域(N末端領域)をはじめとする、いくつかの細胞外領域が関与していると考えられている。このV3ループ領域とコレセプターとの相互作用は、さらにHIVエンベロープタンパク質の膜貫通タンパク質gp41の細胞外ドメインの構造変化を引き起こし、それによってgp41の疎水性の高いN末端部分が標的細胞膜表面の脂質二重層へ挿入され、これが引き金となって、ウイルス表面膜と標的細胞膜との間で膜融合が起こり、ウイルスが細胞内に侵入するものと考えられている(非特許文献2参照)。
【0006】
その後の研究によって、標的細胞においてケモカインレセプターCCR5が正常でない場合は、HIVの感染および発症に抵抗性を示すことが報告されている(非特許文献3参照)。そのため、現在、多くの研究者や企業が、このコレセプターを標的とし、HIVの侵入を阻害する薬剤の開発に乗り出している。このようなHIVコレセプターを標的とした抗HIV薬剤の研究・開発の現状に関しては、例えば以下に示す非特許文献4に記載されている。非特許文献4には、ケモカインレセプターCCR5を標的としてHIVの感染を予防できる抗HIV薬剤の候補として、ケモカインレセプターのアンタゴニストが報告されている。
【0007】
しかしながら、これまで研究が進められている抗HIV薬剤候補は上記のごとく、ケモカインレセプターCCR5のアンタゴニストであり、ケモカインレセプターCCR5を直接攻撃して、その機能を消失させることのできる有効な薬剤は全く提案されていなかった。そこで本発明者らは、ケモカインレセプターCCR5を分解して、その機能を消失させることができ、HIVの感染予防やエイズの治療に利用できる抗体酵素の開発を開始した。その結果、ケモカインレセプターCCR5の細胞外領域を構成するペプチド、RSSHFPYSQYQFWKNFQTLK(配列番号13)、または、RSQKEGLHYTCS(配列番号14)を免疫原として用いて取得されるモノクローナル抗体から、ケモカインレセプターCCR5の細胞外領域を分解し得る抗体酵素を見出した(特許文献1参照)。
【非特許文献1】Samson,M., Libert,F.,Doranz,B,J.,et al. Resistance to HIV-1 infection in caucasian individuals bearing mutant alleles of the CCR-5 chemokine receptor gene.(1996)Nature.382:722-725.
【非特許文献2】Lee,B.,Sharron,M.,Blanpain,C.,et al. Epitope Mapping or CCR5 Reveals Multiple Conformational States and Distinct but Overlapping Structures Involved in Chemokine and Coreceptor Function.(1999)J.Biol.Chem.274:9617-9626
【非特許文献3】「ケンモカインハンドブック」義江修 野見山尚行 宮坂昌之 監修(秀潤社)、200年11月20日発行
【非特許文献4】村上務、山本直樹著:タンパク質 核酸 酵素、Vol.43、677-685頁(1998年)、「新しい抗HIV薬剤の開発−HIVのコレセプター(セカンドレセプター)に作用する薬剤」
【特許文献1】特開2004−313166号公報(公開日:平成16年(2004)11月11日)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、既述のごとく、HIVの侵入に重要なステップである、V3ループ領域とコレセプターとの結合には、コレセプターのアミノ末端領域(N末端領域)をはじめとする、いくつかの細胞外領域が関与していると考えられており、特許文献1に記載された抗体酵素だけではHIVの感染予防および阻止を十分に行なうことができない場合があると考えられた。
【0009】
またCCR5分子のN末端領域が、HIVエンベロープタンパク質とCCR5との結合に重要であることも報告されている(非特許文献3参照)。
【0010】
そこで本発明は、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域を標的とし、当該ケモカインレセプターCCR5の機能を消失させることができ、エイズウイルスの感染の予防やエイズの治療に利用できる抗体酵素を提供することを目的とした。さらに本発明は、上記抗体酵素をコードする遺伝子、その遺伝子が導入された形質転換体、およびそれらを利用した抗HIV薬剤を提供することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明者等は、上記課題を解決するために、抗体でありながら酵素作用を有し、標的としたタンパク質を完全分解することのできる抗体酵素に着目し、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対する抗体酵素を得るべく鋭意検討を行なった。その結果、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域を免疫原として用いて取得されるモノクローナル抗体から、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域と特異的に結合し、ケモカインレセプターCCR5を分解し得る抗体酵素を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明にかかる抗体酵素は、ヒト由来ケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対する抗体または抗体断片であり、当該ケモカインレセプターCCR5のN末端領域と特異的に結合し、かつ、当該ケモカインレセプターCCR5を分解する活性を有することを特徴としている。
【0013】
ここで、上記「抗体断片」とは、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域のペプチドを抗原とする抗体を構成する各ペプチド鎖、さらにはこの各ペプチド鎖内の一部の領域のペプチド断片を意味する。また上記「抗体酵素」とは、目的の抗原に対して特異的に抗原抗体反応し、かつ酵素活性を有する免疫グロブリンである。なお、上記抗体酵素は、完全な抗体分子に限定されるものではなく、抗原に特異的に結合することができ、かつ酵素活性を有する抗体フラグメント(例えば、軽鎖、重鎖、軽鎖可変領域、重鎖可変領域、など)でもよい。また、酵素活性は特に限定されるものではないが、プロテアーゼ活性またはペプチダーゼ活性であることが好ましい。
【0014】
特に、上記抗体酵素の中でも、その抗原タンパク質を標的として高い分解活性を示すものは「スーパー抗体酵素」と呼ばれている。上記「スーパー抗体酵素」は、標的としたタンパク質を完全分解することができ、しかも天然型酵素に近い活性を有する(Super Catalytic Antibody [I] : Decomposition of targeted protein by its antibody light chain. Hifumi, E., Okamoto, Y., Uda, T., J. Biosci. Bioeng., 88(3), 323-327 (1999)参照)。本発明にかかる抗体酵素は、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域のペプチドを抗原とする抗体であり、当該CCR5を完全分解し得るものと推察されるため、「スーパー抗体酵素」に含まれる。
【0015】
上記本発明にかかる抗体酵素は、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域の抗体としての性質を色濃く残した状態で、その抗原であるケモカインレセプターCCR5のN末端領域を分解するという性質を持っている。そのため、上記抗体酵素は特異性が高く、ケモカインレセプターCCR5のみを特異的に分解することができる。このケモカインレセプターCCR5、特にそのN末端領域は、既述の通りHIVの感染において重要な役割を果すため、それを消失させることができる上記抗体酵素は、HIV感染の予防や、エイズの治療に使用される抗HIV薬剤として有効に利用することができる。
【0016】
また本発明にかかる抗体酵素は、上記ケモカインレセプターCCR5のN末端に対する抗体の可変領域を含んでなることが好ましい。この「可変領域」とは、抗体を構成する重鎖(H鎖)及び軽鎖(L鎖)のうち、N末端から約110残基のアミノ酸からなる部分のことである。この可変領域は、抗体の種類によって一次構造に多様性が見られ、抗体が酵素としての活性を有する場合に、その活性中心が含まれている可能性が高い。それゆえ、上記抗体酵素が抗体の可変領域を含めば、酵素として高い活性を有することができる。
【0017】
また、上記本発明にかかる抗体酵素は触媒三つ組残基構造を有することが好ましい。ここで上記「触媒三つ組残基構造」とは、少なくともセリンを含む3つのアミノ酸残基が活性部位に含まれ活性中心を形成していると推定される構造のことを言う。この触媒三つ組残基構造を有するプロテアーゼは、活性部位にセリンが含まれることからセリンプロテアーゼと呼ばれる。従って、上記抗体酵素はセリンプロテアーゼの一種であると言うこともできる。この触媒三つ組残基と推定される構造を有していれば、プロテアーゼとして高い活性を有していると予測できる。発明者らは、ペプチドや抗原タンパク質を切断および/または分解する活性を有するマウス由来抗体酵素を用いて、その性質や構造の特徴を詳細に解析した結果、ペプチドや抗原タンパク質を切断および/または分解する活性を有する抗体酵素は、いずれもその立体構造中に、セリン残基と、アスパラギン酸残基と、ヒスチジン残基またはグルタミン酸残基とが立体構造上近接して存在することを明らかにした(例えば特開2004−97211号公報(平成16年4月2日公開)参照)。ここで、「立体構造上近接して存在する」とは、セリン残基と、アスパラギン酸残基と、ヒスチジン残基またはグルタミン酸残基との距離が、少なくとも3〜20Åの範囲内、好ましくは、3〜10Åの範囲内にあることを意味する。
【0018】
本発明にかかる抗体酵素として、具体的には、配列番号1に示すアミノ酸配列、または、配列番号1に示されるアミノ酸配列おいて、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたされたアミノ酸配列を含んでなるものを挙げることができる。
【0019】
この配列番号1に示すアミノ酸配列は、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対するモノクローナル抗体「5A2」の軽鎖(L鎖)の可変領域である。この5A2のL鎖の可変領域は、後述の実施例に示されるように、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域と特異的に結合し、当該ケモカインレセプターCCR5の分解活性を有するものである。
【0020】
また本発明にかかる抗体酵素の他の例として、配列番号5に示すアミノ酸配列、または、配列番号5に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたされたアミノ酸配列を含んでなるものを挙げることができる。
【0021】
この配列番号5に示すアミノ酸配列は、ケモカインレセプターCCR5のモノクローナル抗体「6A2」の軽鎖(L鎖)の可変領域である。この6A2のL鎖の可変領域も、後述の実施例に示されるように、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域と特異的に結合し、当該ケモカインレセプターCCR5の分解活性を有するものである。
【0022】
さらに本発明にかかる抗体酵素の他の例として、配列番号9に示すアミノ酸配列、または、配列番号9に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたされたアミノ酸配列を含んでなるものを挙げることができる。
【0023】
この配列番号9に示すアミノ酸配列は、ケモカインレセプターCCR5のモノクローナル抗体「2B8」の軽鎖(L鎖)の可変領域である。この2B8のL鎖の可変領域も、後述の実施例に示されるように、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域と特異的に結合し、当該ケモカインレセプターCCR5の分解活性を有するものである。
【0024】
上記「1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加された」とは、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異ポリペプチド作製法により置換、欠失、挿入、もしくは付加できる程度の数(好ましくは10個以下、より好ましくは7個以下、最も好ましくは5個以下)のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されていることを意味する。このような変異ポリペプチドは、公知の変異ポリペプチド作製法により人為的に導入された変異を有するポリペプチドに限定されるものではなく、天然に存在するポリペプチドを単離精製したものであってもよい。好ましい変異は、保存性もしくは非保存性アミノ酸置換、欠失、または添加である。より好ましくは、サイレント置換、添加、および欠失であり、特に好ましくは、保存性置換である。このように、遺伝子工学的手法を用いた場合、配列番号1、5、9のいずれかに示されるアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなる抗体酵素は、換言すれば、配列番号1、5、9のいずれかに示すアミノ酸配列からなる抗体酵素の変異体である。
【0025】
本発明にかかる抗体酵素は、HIVの感染において重要な役割を果すケモカインレセプターCCR5のN末端領域と特的に結合し、当該ケモカインレセプターCCR5を分解してその機能を消失させるため、HIVの感染を阻害する抗HIV薬剤として使用することもできる。すなわち、本発明にかかる抗HIV薬剤は、上記抗体酵素を含むことを特徴とするものである。
【0026】
上記本発明にかかる抗HIV薬剤は、HIVの感染を阻害することができる。また、本発明にかかる抗HIV薬剤は、HIV感染患者に対してエイズの発症を遅らせたり、病気の進行を阻止したりすることも可能である。すなわち、本発明にかかる抗HIV薬剤は、HIV感染患者に対する治療薬としても機能し得る。
【0027】
なお上記本発明にかかる抗HIV薬剤は、上記本発明にかかる抗体酵素のみを含み、それを静脈注射などによって直接投与して使用することもできるが、上記抗体酵素に加えて、薬理学的に許容される担体がさらに含まれるものであってもよい。このような抗HIV薬剤の製造は、従来公知の製造方法によって行なうことができる。この抗HIV薬剤は、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域のみを特異的に分解するため、抗HIV効果が顕著であるというだけでなく、副作用が少ないということも期待できる。
【0028】
また本発明には、上記本発明にかかる抗体酵素をコードする遺伝子も含まれる。この遺伝子を適当な宿主(例えば細菌、酵母)に発現可能に導入すれば、本発明にかかる抗体酵素をその宿主内で発現させることができる。
【0029】
なお、上記「遺伝子」とは、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖およびアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAやRNAを包含する。さらに、上記「遺伝子」は、本発明の抗体酵素をコードする配列以外に、非翻訳領域(UTR)の配列やベクター配列(発現ベクター配列を含む)などの配列を含むものであってもよい。
【0030】
本発明にかかる遺伝子として、具体的には、配列番号2に示す塩基配列からなるものを挙げることができる。配列番号2に示す塩基配列は、ケモカインレセプターCCR5のモノクローナル抗体5A2の軽鎖(L鎖)の可変領域をコードする遺伝子の塩基配列である。
【0031】
また本発明にかかる遺伝子の他の例として、配列番号6に示す塩基配列からなるものを挙げることができる。配列番号6に示す塩基配列は、ケモカインレセプターCCR5のモノクローナル抗体の6A2の軽鎖(L鎖)の可変領域をコードする遺伝子の塩基配列である。
【0032】
さらに本発明にかかる遺伝子の他の例として、配列番号10に示す塩基配列からなるものを挙げることができる。配列番号10に示す塩基配列は、ケモカインレセプターCCR5のモノクローナル抗体2B8の軽鎖(L鎖)の可変領域をコードする遺伝子の塩基配列である。
【0033】
さらに本発明には、上記遺伝子が導入された形質転換体も含まれる。この形質転換体は、上記遺伝子が適当な宿主(例えば細菌、酵母)に発現可能に導入されたものであり、本発明にかかる抗体酵素を自身の体内で発現させることができ、当該抗体酵素の製造に利用することができる。また、上記形質転換体は、本発明にかかる抗体酵素を自身の体内に蓄積しているため、当該形質転換体自身もHIV感染を予防する抗HIV薬剤や、エイズ治療のための抗HIV薬剤として利用することができる。
【発明の効果】
【0034】
上記本発明にかかる抗体酵素は、HIV感染において重要な役割を果すケモカインレセプターCCR5のN末端領域と特異的に結合し、当該ケモカインレセプターを分解することが可能であるため、HIV感染の予防や、エイズの治療に使用される抗HIV薬剤として有効に利用することができる。
【0035】
それゆえ、本発明は、HIVの感染の予防、およびエイズ治療に寄与することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
本発明について以下により具体的に説明するが、本発明はこの記載に限定されるものではない。
【0037】
(1)本発明にかかる抗体酵素、および遺伝子について
ここでは、本発明にかかる抗体酵素の一例として、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対するモノクローナル抗体「5A2」、「6A2」および「2B8」の抗体断片を例に挙げて説明する。なお、以下の説明において、「ケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対するモノクローナル抗体5A2」のことを「5A2」と、「ケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対するモノクローナル抗体6A2」のことを「6A2」と、「ケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対するモノクローナル抗体2B8」のことを「2B2」と称する。
【0038】
上記5A2、6A2および2B2の抗体断片は、より具体的には、5A2の軽鎖の可変領域(以下「5A2Lv」という)、6A2の軽鎖の可変領域(以下「6A2Lv」という)、および2B8の軽鎖の可変領域(以下「2B8Lv」という)である。
【0039】
上記3つの抗体酵素は、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域を構成するペプチド(MDYQVSSPIYDINYYTSEPCQKINVKQIAARLL:配列番号15)を免疫原として用いて取得されるモノクローナル抗体から得られたものである。そして、上記抗体酵素は、上記モノクローナル抗体の可変領域のアミノ酸配列を分子モデリングすることによってその立体構造を推定した結果、セリン、ヒスチジン(又はグルタミン酸)、アスパラギン酸からなる触媒三つ組残基を構成できるアミノ酸配列(抗体断片)として見出されたものである。
【0040】
本発明にかかる抗体酵素5A2Lv、6A2Lv、および2B8Lvは、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域と特異的に結合し、当該ケモカインレセプターCCR5の分解酵素として作用する。このことは、後述の実施例において示された結果からも明らかである。
【0041】
ここで、ケモカインレセプターCCR5(以下、「CCR5」という)について、簡単に説明する。
【0042】
CCR5は、エイズウイルス(HIV)のコレセプターであり、HIVエンベロープにコンフォメーション変化をもたらし、ウイルスと宿主細胞との膜融合を導くと考えられることから、HIVがヒトに感染する際の重要な要素である。欠損変異型CCR5遺伝子を持つヒトは、HIVの感染・発症に抵抗性を示すということが知られている。
【0043】
また、CCR5は、ヒトからヒトへの感染に関与するHIVのマクロファージ指向性株の感染においてコレセプターとして用いられる唯一のものである。このことから、CCR5の機能を抑制させることがHIV感染の予防、エイズ進行の阻止につながると期待される。
【0044】
上述の3つの抗体酵素は、このCCR5、特にCCR5のN末端領域と特的に結合し、CCR5を分解し、CCR5の機能を消失させることができる。欠損変異型CCR5遺伝子を持つヒトには、明らかな免疫不全や組織病変はなく、健康上何ら問題は見られないことから、CCR5の機能を消失させる上記抗体酵素は、HIV感染を予防したり、エイズの症状の進行を抑えたりする抗HIV薬剤として有効に活用できると考えられる。
【0045】
ここで、CCR5の「N末端領域」とは、CCR5の細胞外領域の一つであって、HIVエンベロープタンパク質とCCR5との結合に重要であることが知られている。かかるN末端領域は、CCR5のアミノ酸配列のN末端から30位までの領域のことをいう。なおヒト由来CCR5のアミノ酸、塩基配列情報は、公知のデータベース等から入手可能である。例えば、ヒト由来CCR5のアミノ酸配列を、それぞれ配列番号18に示す。
【0046】
次に、上記5A2Lvの構造について、以下に詳細に説明する。5A2Lvは、CCR5のN末端領域を構成するペプチド(「N末端ペプチド」という)を免疫原とするモノクローナル抗体5A2の軽鎖の可変領域であり、配列番号1に示すアミノ酸配列を一次構造として有している。
【0047】
図1には、軽鎖と重鎖からなる5A2の可変領域の立体構造モデリング(分子モデリング)を行なった結果、推定された立体構造を模式的に示す。図1に示すように、配列番号1に示すアミノ酸配列において、第39番目のヒスチジン(図1では「His39」と記す)、第57番目のセリン(図1では「Ser57」と記す)、第75番目のアスパラギン酸(図1では「Asp75」と記す)、第94番目のセリン(図1では「Ser94」と記す)、第96番目のセリン(図1では「Ser96」と記す)が触媒三つ組残基を構成していると推測される。また図2に示すように、第1番目のアスパラギン酸(図2では「Asp1」と記す)、第96番目のセリン(図2では「Ser96」と記す)、および第98番目のヒスチジン(図2では「His98」と記す)も触媒三つ組残基を構成していると推測される。
【0048】
また、本発明にかかる抗体酵素は、配列番号1に示すアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなるもの、すなわち、上記5A2Lvの変異体であり、CCR5のN末端領域の分解酵素として作用するものであってもよい。さらに上記抗体酵素は、配列番号1に示すアミノ酸配列のC末端側に5A2のL鎖の残りのアミノ配列が適宜付加されたものでもよい。なお上記「1または数個」の範囲は特に限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1個から5個、特に好ましくは1個から3個を意味する。
【0049】
なお、5A2の重鎖の可変領域(以下「5A2Hv」という)は、配列番号3に示すアミノ酸配列を一次構造として有しているが、この5A2Hvには、触媒三つ組残基と推測される構造は存在しなかった。また、この5A2Hvをコードする遺伝子の塩基配列を、配列番号4に示す。
【0050】
次に、上記6A2Lvの構造について、以下に詳細に説明する。6A2Lvは、CCR5のN末端ペプチドを免疫原とするモノクローナル抗体6A2の軽鎖の可変領域であり、配列番号5に示すアミノ酸配列を一次構造として有している。
【0051】
図3には、軽鎖と重鎖からなる6A2の可変領域の立体構造モデリング(分子モデリング)を行なった結果、推定された立体構造を模式的に示す。図3に示すように、配列番号5に示すアミノ酸配列において、第7番目のセリン(図3では「Ser7」と記す)、第70番目のアスパラギン酸(図3では「Asp70」と記す)、第85番目のアスパラギン酸(図3では「Asp85」と記す)、および第8番目のヒスチジン(図3では「His8」と記す)が触媒三つ組残基を構成していると推測される。
【0052】
また、本発明の抗体酵素は、配列番号5に示すアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなるもの、すなわち、上記6A2Lvの変異体であり、CCR5のN末端領域の分解酵素として作用するものであってもよい。さらに上記抗体酵素は、配列番号5に示すアミノ酸配列のC末端側に6A2のL鎖の残りのアミノ配列が適宜付加されたものでもよい。なお上記「1または数個」の範囲は特に限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1個から5個、特に好ましくは1個から3個を意味する。
【0053】
なお、6A2の重鎖の可変領域(以下「6A2Hv」という)は、配列番号7に示すアミノ酸配列を一次構造として有しているが、この6A2Hvには、触媒三つ組残基と推測される構造は存在しなかった。また、この6A2Hvをコードする遺伝子の塩基配列を、配列番号8に示す。
【0054】
次に、上記2B8Lvの構造について、以下に詳細に説明する。2B8Lvは、CCR5のN末端ペプチドを免疫原とするモノクローナル抗体2B8の軽鎖の可変領域であり、配列番号9に示すアミノ酸配列を一次構造として有している。
【0055】
図4には、軽鎖と重鎖からなる2B8の可変領域の立体構造モデリング(分子モデリング)を行なった結果、推定された立体構造を模式的に示す。図4に示すように、配列番号9に示すアミノ酸配列において、第1番目のアスパラギン酸(図4では「Asp1」と記す)、第28番目のセリン(図4では「Ser28」と記す)、第31番目のアスパラギン酸(図4では「Asp31」と記す)、第98番目のヒスチジン(図4では「His98」と記す)が触媒三つ組残基を構成していると推測される。
【0056】
また、本発明の抗体酵素は、配列番号9に示すアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなるもの、すなわち、上記2B8Lvの変異体であり、CCR5のN末端領域の分解酵素として作用するものであってもよい。さらに上記抗体酵素は、配列番号9に示すアミノ酸配列のC末端側に2B8のL鎖の残りのアミノ配列が適宜付加されたものでもよい。なお上記「1または数個」の範囲は特に限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1個から5個、特に好ましくは1個から3個を意味する。
【0057】
なお、2B8の重鎖の可変領域(以下「2B8Hv」という)は、配列番号11に示すアミノ酸配列を一次構造として有しているが、この2B8Hvには、触媒三つ組残基と推測される構造は存在しなかった。また、この2B8Hvをコードする遺伝子の塩基配列を、配列番号12に示す。
【0058】
本発明にかかる遺伝子は、上記抗体酵素をコードする遺伝子であり、より具体的には、配列番号2に示す塩基配列からなるもの、配列番号6に示す塩基配列からなるもの、または配列番号10に示す塩基配列からなるものを挙げることができる。配列番号2に示す塩基配列からなる遺伝子は、5A2Lvをコードする遺伝子の塩基配列の一つであり、配列番号6に示す塩基配列からなる遺伝子は、6A2Lvをコードする遺伝子の塩基配列の一つであり、配列番号10に示す塩基配列からなる遺伝子は、2B8Lvをコードする遺伝子の塩基配列の一つである。なお上記遺伝子は、配列番号2、6、または10に示される塩基配列と必ずしも同一である必要はなく、本発明にかかる抗体酵素またはその断片をコードする遺伝子であれば、その変異体も含まれる。このような変異体としては、上記抗体酵素またはその断片をコードする遺伝子の塩基配列において1又は複数個の塩基が欠失、置換、又は付加した変異体が挙げられる。
【0059】
(2)本発明にかかる抗体酵素の取得方法について
本発明にかかる抗体酵素は、例えば、CCR5のN末端領域を構成するペプチド(N末端ペプチド)を免疫したマウス等の免疫動物の脾臓細胞と、マウスのミエローマ細胞等の融合パートナーとを融合させてなるハイブリドーマにより、モノクローナル抗体を産生することにより製造することができる。モノクローナル抗体の重鎖または軽鎖を得る場合には、得られたモノクローナル抗体を重鎖と軽鎖に分離すればよい。また、本発明の抗体断片を得る場合には、まず該当するモノクローナル抗体を取得し、その後、上記モノクローナル抗体を適当なプロテアーゼを用いて目的とする抗体断片が得られるように切断すればよい。例えば、本発明にかかる抗体酵素が、5A2の軽鎖全長や、6A2の軽鎖全長、または2B8の軽鎖全長などのように、CCR5のN末端領域に対する抗体の軽鎖の全長である場合には、従来公知の抗体取得方法を利用して、該当するCCR5のN末端ペプチドを免疫原としてモノクローナル抗体を取得し、その軽鎖を分離して取得すればよい。また、本発明にかかる抗体酵素が、CCR5の抗体断片である場合には、先ず該当するモノクローナル抗体を取得し、その後、上記モノクローナル抗体を適当なプロテアーゼを用いて目的とする抗体断片が得られるように切断すればよい。また、ファージディスプレイ法で得られる抗体であって良い。なおモノクローナル抗体の取得は通常のハイブリドーマ法(Kohler, G. and Milstein, C., Nature 256, 495-497(1975)参照)、トリオーマ法、ヒトB−細胞ハイブリドーマ法(Kozbor, Immunology Today 4, 72(1983)参照)、EBV−ハイブリドーマ法(Monoclonal Antibodies and Cancer Therapy, Alan R Liss, Inc.,77-96(1985)参照)等により行なうことが可能である。
【0060】
ところで、上記3つの抗体酵素(5A2Lv、6A2Lv、および2B8Lv)を取得する際には、配列番号15に示すアミノ酸配列を有するペプチドが免疫原として用いられているが、本発明にかかる抗体酵素を取得する方法はこれに限定されるものではなく、配列番号15と異なるアミノ酸配列を有するペプチドが免疫原として用いられてもよい。すなわち、CCR5のN末端領域を構成するアミノ酸配列を有するペプチドであれば、いずれのアミノ酸配列を有するペプチドであってもよい。またそのペプチドのアミノ酸残基数については、免疫原性を有する数であれば特に限定されるものではないが、例えば、5アミノ酸以上40アミノ酸以下であることが好ましく、7アミノ酸以上35アミノ酸以下であることが最も好ましい。上記の観点から、本発明にかかる抗体酵素を取得する際に免疫原として用いるペプチドは、例えば、配列番号18に示されるヒト由来CCR5のアミノ酸配列の第1位から第35位のアミノ酸配列の内、少なくとも10アミノ酸以上連続する領域を含むペプチドを挙げることができる。また、上記免疫原として用いられるペプチドには、免疫応答を向上させるために2〜3のアミノ酸を付加してもよいし、通常低分子ペプチドの免疫応答を向上するために用いられる「他のタンパク質」を結合させてもよい。上記「他のタンパク質」は特に限定されるものではないが、例えば、Human IgG、BSA(ウシ血清アルブミン)、HSA(ヒト血清アルブミン)、KLH(キーホールリンペットヘモシニアン)等を挙げることができる。なお、上記免疫原として用いられるペプチドは、従来公知のアミノ酸合成器を用いて取得してもよいし、遺伝子工学的手法を用いて取得してもよい。
【0061】
また、上述の5A2Lv、6A2Lv、2B8Lvなどのように、そのアミノ酸配列およびそれをコードする遺伝子配列が明らかとなっている抗体酵素については、従来公知の遺伝子組み換え技術などを用いて取得することができる。この場合、上記抗体酵素をコードする遺伝子をベクターなどに組み込んだ後、発現可能に宿主細胞に導入し、細胞内で発現したペプチドを精製するという方法などを採用することができる。なお、宿主において目的のタンパク質を大量発現させることができる適当なプロモーターとともに上記抗体酵素をコードする遺伝子を組み込めば、目的とする抗体酵素を効率よく取得できるために、好ましい。
【0062】
上記抗体酵素のアミノ酸配列が明らかでない場合には、先ずモノクローナル抗体産生細胞やそのハイブリドーマなどからmRNAを取得し、当該mRNAからcDNAを合成しその遺伝子配列を読み取る。その後、その遺伝子配列からアミノ酸配列を推定し、分子モデリングによって3次元構造を予測して触媒三つ組残基様構造が含まれているか否かを確認すればよい。そして、上記触媒三つ組残基様構造が含まれている抗体断片を抗体酵素として取得することができる。
【0063】
また、本発明にかかる抗体酵素をコードする遺伝子については、その塩基配列が明らかとなっているものの場合には、モノクローナル抗体産生細胞やそのハイブリドーマなどからcDNA(あるいはゲノムDNA)を取得した後、それを鋳型として適当なプライマーを用いてPCRを行ない、該当する領域を増幅させることで本発明にかかる抗体酵素をコードする遺伝子取得することができる。また、部位特異的突然変異誘発法を利用して、配列番号2、6、または10に示す塩基配列からなる遺伝子に適当な変異を導入すれば、それを導入した形質転換体においては、配列番号1、5、または9に示すアミノ酸配列からなる抗体酵素の変異体が発現産物としてそれぞれ得られる。
【0064】
(3)本発明にかかる抗体酵素の利用方法について
これまでに、CCR5の働きを抑制する作用をもつ抗HIV薬剤は開発されてきたが、本発明にかかる抗体酵素は、これらの抗HIV薬剤とは全く異なる手法に基づいて、CCR5を直接攻撃してそのコレセプターとしての機能を消失させることができる。そのため、この抗体酵素は抗HIV薬剤として利用することができる。
【0065】
上記抗体酵素を含む抗HIV薬剤は、CCR5のN末端領域を酵素的に完全に分解してそのコレセプターとしての機能を消失させるという、新しい作用機構でHIVの感染を阻害したり、エイズの発症を抑制したりすることができる。そして、このような抗HIV薬剤は、CCR5を特異的に分解するため、顕著な抗HIV効果を期待できるととともに、副作用も少ないものと考えられる。また、上記抗体酵素の反応機構から考えると、現在使用されている他の抗HIV薬剤と併用することによって、エイズに対する治療効果がより向上することが期待できる。
【0066】
上記本発明にかかる抗体酵素を含む抗HIV薬剤は、本発明にかかる抗体酵素のみによって構成してもよいが、薬理学的に許容される担体などと混合して構成してもよい。医薬組成物の製造法として公知の手段に従って、上記抗HIV薬剤を製造することができる。
【0067】
ここで、薬理学的に許容される担体には、製剤素材として使用可能な各種有機または無機担体物質が用いられ、固形製剤における賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤、または液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤などとして配合される。
【0068】
上記賦形剤としては、例えば乳糖、白糖、D−マンニトール、キシリトール、ソルビトール、エリスリトール、デンプン、結晶セルロースなどが挙げられ、滑沢剤としては、例えばステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク、コロイドシリカなどが挙げられる。
【0069】
また、上記結合剤としては、例えばα化デンプン、メチルセルロース、結晶セルロース、白糖、D−マンニトール、トレハロース、デキストリン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドンなどが挙げられる。
【0070】
崩壊剤としては、例えばデンプン、カルボキシメチルセルロース、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウムなどが挙げられる。
【0071】
上記溶剤としては、例えば注射用水、アルコール、プロピレングリコール、マクロゴール、ゴマ油、トウモロコシ油、トリカプリリンなどが挙げられる。
【0072】
上記溶解補助剤としては、例えばポリエチレングリコール、プロピレングリコール、D−マンニトール、トレハロース、安息香酸ベンジル、エタノール、トリスアミノメタン、コレステロール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウムなどが挙げられる。
【0073】
上記懸濁剤としては、例えばステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、モノステアリン酸グリセリンなどの界面活性剤、あるいは、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースなどの親水性高分子が挙げられる。
【0074】
上記等張化剤としては、例えば塩化ナトリウム、グリセリン、D−マンニトールなどが挙げられる。緩衝剤としては、例えばリン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩などの緩衝液などが挙げられる。
【0075】
上記無痛化剤としては、例えばベンジルアルコールなどが挙げられる。
【0076】
上記防腐剤としては、例えばパラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸などが挙げられる。
【0077】
抗酸化剤としては、例えば亜硫酸塩、アスコルビン酸などが挙げられる。
【0078】
上記抗HIV薬剤における抗体酵素の含量は、特に限定されるものではなく、投与方法に応じて適宜最適量を検討の上、採用すればよい。
【0079】
上記抗HIV薬剤は、製剤技術分野において慣用の方法により製造することができる。抗HIV薬剤の剤形としては、例えば錠剤、カプセル剤(ソフトカプセル、マイクロカプセルを含む)、散剤、顆粒剤、シロップ剤等の経口剤のほか、注射剤、坐剤、ペレット、点滴剤等の非経口剤が挙げられ、これらは毒性も低く、それぞれ経口的または非経口的に投与できる。
【0080】
本発明にかかる抗HIV薬剤の投与量は、投与対象、投与ルート、症状などによっても異なる。したがって、上記投与量は、最適な条件を適宜検討の上、採用すればよい。
【0081】
さらに、本発明にかかる抗体酵素は、それをコードする遺伝子を適当な宿主に導入することによって形質転換体を作製することができる。すなわち、本発明にかかる形質転換体は、上記抗体酵素をコードする遺伝子が導入された形質転換体である。ここで、「遺伝子が導入された」とは、公知の遺伝子工学的手法(遺伝子操作技術)により、遺伝子が対象細胞(宿主細胞)内に発現可能に導入されることを意味する。この形質転換体は、自身の体内で上記抗体酵素を発現させることができる。
【0082】
本発明にかかる形質転換体としてより具体的には、配列番号2、6、または10に示される塩基配列からなる遺伝子が、宿主細胞に導入されたものを挙げることができる。上記宿主細胞としては、大腸菌、酵母、バキュロウイルスなど、通常使用しているもの適宜用いることができる。
【0083】
上記形質転換体は、自身の体内でCCR5を特異的に認識して完全に分解し、その機能を消失させることができるため、抗HIV薬剤として利用することができる。また、上記抗体酵素を大量発現できるような形質転換体であれば、HIVの感染の予防や、エイズの症状の治療を効率よく行なうことができると考えられ、より有効な抗HIV薬剤を得ることができる可能性がある。
【0084】
以下添付した図面に沿って実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0085】
また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【実施例】
【0086】
(1.モノクローナル抗体の作製法)
<免疫>
CCR5のN末端領域ペプチド(以下「NC5ペプチド」;MDYQVSSPIYDINYYTSEPCQKINVKQIAARLL;配列番号15)とKLH(Pierce, USA)とのconjugateの作製を以下の通りに行なった。NC5ペプチドは、Peptide & Protein Research Cons. Devon, UK.から購入された。
【0087】
KLH(10mg/ml)に対して架橋試薬MBS(m-maleimido-benzoyl-N-hydrosuccinimide、入手先:Peerce,IL,USA)を0.63mgを撹拌しながら添加し、そのまま1時間反応させた。カラム(Sephadex G-25、Parmacia社製)により未反応のMBSを除去した後、NC5ペプチド(2mg)とKLH(2mg)とを50mM リン酸緩衝液(pH7.2〜7.4)中で反応させた。この時、KLHはNC5ペプチドのアミノ酸配列中のシステインと反応し、conjigateとなる。これを免疫用抗原として用い、Balb/cマウス(雌 6週齢)に以下のようにして免疫を行なった。
【0088】
上記conjugateをクリーンベンチ内でFCA(Freund’s complete adjuvant;三菱ヤトロン社、コードRM606-1)と混合し、マウスフットパッドに100μlずつ、計3回免疫した。
【0089】
抗体価の上昇の確認は、マウス眼窩静脈叢より採血を行ない、通常のELISA法でNC5ペプチドに対する抗体価の測定をすることにより行なった。ELISA法は以下のようにした。NC5ペプチドをPBSにて5μg/mlになるように調製した。上記NC5ペプチドを96穴ウェルプレートに50μl注入した。上記ウェルプレートを4℃、一晩で静置後、0.05%のTween 20を含むPBS(「PBS−T」)でプレートを3回洗浄した。ウェルプレートの全ウェルに2%ゼラチンを含むPBSを150μlずつ加えた。上記ウェルプレートを室温で1時間静置して、ブロッキングを行なった。採取した血清をPBSで1/100希釈し、1/100から4倍連続希釈を7回繰り返し、1サンプルにつき抗血清希釈液を8種類用意した。また陰性対照として、未免疫マウスの血清も同様にして試験に用いた。ブロッキング後の各ウェルに、連続希釈した血清を50μlずつ加え、室温で1時間、静置した(一次反応)。PBS−Tによる洗浄後、PBS−Tで1/1000希釈したペルオキシダーゼ(POD)標識抗マウスIgG(Fc)(ICN社 コード67429)を各ウェルに50μlずつ加えた。室温で1時間、静置を行なった(二次反応)。ウェルプレートをPBS−Tで洗浄後、TMB基質(3,3’,5,5’-tetramethylbenzidine、入手先:KPL,Gaithersburg, MD, USA)を各ウェルに100μlずつ加え、30分間静置後にプレートリーダー(波長450nm)で吸光度を測定した。
【0090】
<細胞融合>
抗体価が上昇したマウスから脾臓を摘出し、マウスリンパ節細胞(1×108個)とマウスミエローマ細胞(P3U1;2×107個)との細胞融合を行なった。上記細胞融合の方法は、ポリエチレングリコール(PEG4000、和光純薬工業株式会社 コード162-09115)を使って行なう通常の方法で行なった。その後、HAT選択、スクリーニング、およびクローニングを繰り返し、表1に示す8個の抗NC5モノクローナル抗体産生細胞を確立した。
【0091】
確立したモノクローナル抗体のアイソタイプの決定を、アイソタイピングキット(Iso StripTMマウスモノクローナル抗体アイソタイピングキット(Roche 1493027))を用いて行なった。その方法は、添付のマニュアルに準じて行なった。その結果を表1に示した。
【0092】
【表1】
【0093】
<NC5ペプチド以外のペプチドおよびタンパク質との交差反応性試験>
上記で得られた抗NC5モノクローナル抗体産生細胞のうちの5クローン(5A2株、6A2株、2B8株、3F4株、および4H6株)の培養上清を用いて、NC5ペプチド以外の種々のペプチドおよびタンパク質との交差反応性をELISA法により調べた。ペプチドおよびタンパク質には、NC5ペプチド、Keyhole Lympet Hemocyanine(図15および図16では「KLH」と表記する)、ヒト血清アルブミン(図15および図16では「HSA」と表記する)、ウシ血清アルブミン(図15および図16では「BSA」と表記する)、ヒト-γ-グロブリン(図15および図16では「Human-γ-globlin」と表記する)、ヒトヘモグロビン(図15および図16では「Human-hemoglobin」と表記する)、TP41-1 peptide(TPRGPDRPEGIEEEGGERDRD:21mer:配列番号16、図15および図16では「TP41-1」と表記する)、RT-1 peptide(KLLRGTKALTFVIPLTEEAE:配列番号17、図15および図16では「RT-1」と表記する、)を用いた。なお上記RT-1 peptideは、エイズウイルスの逆転写酵素の部分ペプチドである。
【0094】
ELISA法は以下のようにして行なった。上記ペプチドおよびタンパク質がそれぞれPBSで5μg/mlとなるようにサンプルを調製し、96穴のウェルプレートに200μlずつ入れ、コーティングを行なった。またペプチドおよびタンパク質をコートせずにELISA法を行なった場合を陰性対照とした(図15および図16では「(−)」と表記する)。細胞の培養上清はPBS−Tで1/2希釈し、一次反応に用いた。2次抗体として、AP-F(ab’)2 Rabbit anti Mouse IgGAM(H+L)、(入手先:Zymed 61-6322 Lot.11167841R)を500倍希釈して用いた。その他の操作は、既述のELISA法に準じて行なった。
【0095】
その結果を図15および16に示す。図15には、5A2株(同図中「5A2」で示す)、6A2株(同図中「6A2」で示す)、および陰性対照として各モノクローナル抗体の培養に用いた培養前の培地(同図中「陰性対照(培地)」で示す)について、交差反応性試験を行なった結果を示した。また図16には、2B8株(同図中「2B8」で示す)、3F4株(同図中「3F4」で示す)、および4H6株(同図中「4H6」で示す)について交差反応性試験を行なった結果を示した。上記の交差反応性試験の結果、NC5ペプチド以外の基質に対して非特異的な結合が若干観察されたが、抗NC5モノクローナル抗体産生細胞によって産生されるいずれのモノクローナル抗体もNC5ペプチドに対して高い特異性を有しているということがわかった。
【0096】
<抗NC5モノクローナル抗体産生細胞の培養>
抗NC5モノクローナル抗体産生細胞(ハイブリドーマ)は20%FCSを含むIMDM培地(SIGMA社製、I−2510)を用い、37℃、CO2濃度5.5%の条件で、1〜5×107cellsが得られるまで培養された。上記培養によって得られた細胞を50ml遠心チューブに移し、1,400rpmで6分間、遠心分離して、当該細胞を回収した。培養培地をアスピレーターにて除去後、10mlのPBSで上記細胞を懸濁し、1つのチューブにまとめて再度1,400rpmで6分間、遠心分離を行なった。上清をアスピレーターにて吸引除去後、再度10mlのPBSで懸濁した後、血球計算盤を使用して細胞数をカウントした。
【0097】
カウント後、1〜5×107cells分の細胞懸濁液を取り、1,400rpmで6分間、遠心分離を再度行ない、上清を除去した。さらに、ペーパータオル上で逆さにし、完全にPBSを除去した。この時アスピレートが不十分であれば、再度遠心分離を行ない、マイクロピペットで残ったPBSを除去した。
【0098】
<mRNAの抽出と精製>
mRNAの抽出は、QuickPrepTM mRNA purirfcation Kit(アマシャム ファルマシア バイオテク株式会社製)を用い、上記キットの推奨プロトコールに準じて行なった。以下にその方法を示す。
【0099】
mRNAの抽出は、予め37℃のインキュベーターに30分間ほど静置して結晶を完全に溶解させた1.5mlのExtraction bufferを、上記にて回収した細胞(ペレット)に添加し、21Gの注射針に数回通すことによって、細胞を破砕した。その細胞破砕溶液に、3mlのElution bufferを加え、更に細胞を破砕した。得られた細胞破砕溶液を、RNease freeの1.5ml容マイクロチューブ4本に分注し、室温(25℃)、18,000×gで20分間遠心分離を行なって、oligo(dT)-cellulose spin columnに供するサンプルを調製した。
【0100】
mRNAの単離は、まず、oligo(dT)-cellulose spin columnの樹脂を懸濁し、上下のキャップを外して15ml容 遠心チューブにセットし、1,300rpmで2分間(樹脂が乾燥しすぎないように1分45秒で遠心分離機を止めた)遠心分離を行なって、カラム内の保存液の除去を行なった。その後、下キャップをカラムに取り付けた。除タンパクおよび除DNA処理を行なったサンプル(上清)4mlをカラムに添加し、上キャップをカラムに取り付け、樹脂を懸濁した後、10〜15分間、転倒混和を行なうことによって、樹脂にmRNAを吸着させた。そして、上下のキャップをカラムに装着したまま、1,400rpmで1〜2分間遠心分離を行なった後、上キャップをはずし、上清をRNase freeのマイクロピペットを使用して除去した。そこに、3mlのHigh-salt bufferを添加し、2分間ほど緩やかに混和した後、上キャップをカラムに装着し、1,400rpmで2分間遠心分離を行なって上清を除去した。この操作をさらに2回繰り返した。
【0101】
次に3mlのLow-salt bufferをカラムに添加して約1〜2分間 穏やかに懸濁後、上キャップを装着し15ml容 遠心チューブに入れ、1,400rpmで2分間 遠心分離を行なって上清を除去した。その後、下キャップも取り外し、3mlのLow-salt bufferを樹脂表面が平らになるように壁面に添わせながら添加した後、15ml容 遠心チューブにカラムを設置し1,300rpmで2分間遠心分離を行なった。
【0102】
次に新しい15ml容 遠心チューブを用意し、mRNA回収用の1.5ml容マイクロチューブ2個の蓋をハサミで切断後、15ml容 遠心チューブに重ねて入れることによって溶出用チューブを作製した。溶出用チューブにカラムを入れ、そこに65℃に加熱した0.25mlのElution bufferを添加し、1,300rpmで2分間遠心分離を行なった。この操作を2回繰り返し、溶出液をmRNA画分として回収した。回収したmRNA画分を氷上に静置した。10μlのmRNA画分に対して、70μl Elution bufferを加えて8倍希釈し、Elution Bufferを吸光度ブランクとしてA260(RNA)、A280(タンパク質)を測定した。なお吸光度の測定には、塩酸:メタノール=1:1の溶液に1時間ほど浸漬することによってRNease freeにした後、DEPC処理水(Dietyl Pyrocarbonate 処理水)で洗浄したセルを使用した。またRNA濃度は、A260×希釈率40μg/mlで算出した。
【0103】
また、回収したmRNA画分に1/10量の3M 酢酸カリウム、1/50量のグリコーゲン、2.5倍量の95%エタノールを加えて混合した。上記混合液を−30℃に約40分間置き、4℃、15,000rpmで5分間遠心分離を行なった後、−80℃で保存した。
【0104】
なお、240℃で2時間乾熱滅菌がなされたガラスおよび金属類、並びにRNase and DNase freeのプラスチック類を、上記mRNAの調製において使用した。
【0105】
<mRNAからのFirst strand cDNAの合成>
−130℃でエタノール沈殿の状態で保存していたmRNAを取り出し、4℃、15,000rpmで10分間遠心分離を行ない、マイクロピペットで上清を除去した。その後、1ml冷75%エタノール(当該冷75%エタノールは予めDEPC処理水で調製し、−30℃に保存したもの)を、マイクロチューブに対してペレットの無い方から穏やかに添加してリンスを行なった。次に上記マイクロチューブを、4℃、15,000rpmで10分間遠心分離を行なった後、マイクロピペットで上清を除去した。そして、15分間真空乾燥を行ない、RNA濃度が0.2μg/μlとなるようにDEPC処理水を添加し、1時間静置してRNAを溶解した。溶解後、確認の為にmRNA溶液をDEPC処理水でA260=1前後になるように希釈し、吸光度を測定した。
【0106】
cDNAの合成は、AMV Reverse Transcriptase First-strand cDNA Synthesis Kit (インビトロジェン社製)を用い、当該キットのプロトコールに準じて行なった。以下に方法を示す。キットを−80℃より取り出し、各試薬を氷上で溶解し、よく混合した。RNase freeの0.2ml容マイクロチューブに、mRNA2μg相当のmRNA溶液を添加した。上記マイクロチューブにpd(T)12〜18primer(0.5μg/ml)を2ml添加し、17μlとなるようにDEPC処理水でメスアップした。上記溶液を混合後、70℃で10分間アニーリング処理を行なった。その後、氷上にマイクロチューブを置き、0.25M DTTを1μl、Rnase inhibitor を1μl、および5×Reaction buffer 5μlをマイクロチューブへ添加し、よく混合した。さらに、AMV-RT 1μlをマイクロチューブへ添加し緩やかに混合した後、41℃で60分間伸長反応を行なった。60分間経過後、氷上にマイクロチューブを置くことで伸長反応を停止し、その後マイクロチューブは−30℃に保存された。
【0107】
<PCRによる抗体可変領域遺伝子の増幅>
Mouse Ig primer Kit(Novagen社製)、およびNovaTaqTMHot Start DNA Polymerase Kit(Novagen社製)を使用し、上記にて得られたcDNAから、抗体遺伝子の可変領域の増幅を行なった。
【0108】
まず抗体重鎖および軽鎖をコードする遺伝子の増幅には、Master mix(37.25μl 滅菌超純水、0.5μl 3’-Primer(最終濃度5pmol)、3μl 25mM MgCl2(最終濃度1.5mM)、1μl 10mM dNTPs(最終濃度 0.2mM)、5μl 10×NovaTaq Hot Start Buffer(最終濃度1×)、および0.25μl NovaTaq Hot Start DNA Polymerase(最終濃度1.25U)を混合した溶液を準備し、陽性対照、陰性対照、およびプライマーの本数分準備したPCRチューブに当該溶液を47μlずつ分注した。上記PCRチューブに、1ml 5’-Primer(最終濃度5pmol)、および2ml cDNA溶液を添加した。なお、上記陽性対照として Mouse Ig primer Kitに付属にものを使用し、陰性対照として滅菌超純水を使用した。
【0109】
上記PCRチューブ内の溶液をよく混合し、Biometra社 T-GRADIENT、TaKaRa社 PCR Thermal cycler PERSONALを使用してPCRを行なった。PCRの反応条件として、軽鎖は95℃ 7分間のプレヒート後、熱変性を98℃ 15秒間、伸長反応を74℃ 15秒間とし、アニーリングは70℃→66℃→62℃→58℃→54℃→50℃と6段階で4℃ずつ下げるStep Down法を採用し15秒間行なった。上記の熱変性、伸長反応、およびアニーリングのステップを、アニーリング温度が54℃になるまでは、3サイクルずつ行ない、アニーリング温度が50℃の反応を10サイクル行なった。一方、重鎖は95℃ 10分間のプレヒート後、熱変性を94℃ 1分間、アニーリング温度50℃ 2分間、伸長反応を72℃ 2分の3ステップを40サイクル行なった後、72℃の伸長反応を10分間行なった。上記PCR終了後、アガロースゲル電気泳動により、各抗体可変領域遺伝子の増幅を確認した。
【0110】
<TOPO TA Cloning Kit(インビトロジェン社製)によるクローニング>
以下のようにして、クローニングを行なった。
【0111】
アガロースゲル電気泳動で抗体可変領域と予測されるDNAの増幅を確認したPCR産物2μl、Salt Solution 1μl、およびSterile Water 2μlを、氷上にてPCRチューブに分注し、混合した。さらに上記PCRチューブに、TOPO vector 1μlを添加して緩やかに混合後、当該PCRチューブ内の溶液を30分間、室温でライゲーション反応させた。30分後、直ちにPCRチューブを氷上に置き、反応を停止させた。
【0112】
使用直前に−80℃のフリーザーからOne Shot TOP10 Chemically Competent E. coli(インビトロジェン社製)を取り出して、氷上で溶解した。上記One Shot TOP10 Chemically Competent E. coliに、氷上に置いていたライゲーション反応液2μlを加え、氷上で30分間インキュベーションを行ない、Competent cell間にDNAを拡散させた。反応終了後、42℃で45秒間ヒートショックを与えてDNAを取り込ませた後、氷上に戻し2分間静置した。あらかじめ室温に戻しておいた250μlのSOC mediumをクリーンベンチ内で上記DNA溶液に対して加え、振盪(200rpm)しながら37℃で1時間培養した。
【0113】
この間に、予め準備しておいたAmpicillin/LB plate 1枚に対して、100μlの100mM IPTG stockと、20μlのX-Gal 50mg/mlを塗り広げ、15〜30分間乾燥させた。感想終了後、Ampicillin/IPTG/X-Gal/LB plateに、大腸菌液(50μlまたは100μl)を塗り広げ、37℃で一晩培養を行なった。
【0114】
形質転換後の青/白判定により、DNA断片がインサートされていると考えられる白コロニーを12コロニー程度選択し、偽陽性を除くため、更に画線培養を行なった。画線培養では、形質転換と同様にAmpicillin/IPTG/X-Gal/LB plateを使用し、白金耳で単一コロニーが得られるように画線し、37℃で一晩培養を行なった。
【0115】
各コロニーにDNA断片が挿入されていることを確認の後、プラスミドDNAを以下のように調製した。
【0116】
形質転換体の培養液から0.75mlの培養液を取り、0.2mlの80%グリセロールと混合して−80℃にストックし、残りの約5.25mlの培養液を1.5ml容 マイクロチューブ6本に移し、12,000rpmで1分間遠心分離を行なって集菌し、上清を丁寧に吸引除去した。上記マイクロチューブにSolution I(50mM D−グルコース、25mM Tris−HCl、10mM EDTA、pH8.0)を100μl加え、ボルテックスミキサーにかけてよく懸濁した。
【0117】
次に上記マイクロチューブにSolution II(0.2N NaOH、1%(w/v)SDS)を200μl加えて転倒混和後、当該マイクロチューブを氷中に5分間置き、Solution III(3M CH3COOK、2MCH3COOH)を150μl加えて緩やかに混合した後、当該マイクロチューブを氷上に5分間置いた。
【0118】
そして、4℃、15,000rpmで10分間遠心分離を行なった後、沈殿が入らない様に注意しながら上清を採り(この時採取量を把握しておく)、新しい1.5ml容 マイクロチューブに移し、等量のフェノール・クロロホルムを加えて混合した後、4℃、15,000rpmで2分間遠心分離を行なった。さらに上記作業を繰り返して合計2回のフェノール・クロロホルム処理を行なった後、上層(水層)を別のマイクロチューブに移し、2倍等量の冷エタノール 1mlを加えて上下に振って混合した後、−70℃で5分間静置した。そして、4℃、15,000回転で10分間遠心分離を行なった後、上清を除去した。そして70%冷エタノールを1ml加えてペレットをリンスし、4℃、15,000rpmで10分間遠心分離を行ない、上清を除去した後、15分間真空乾燥を行なった。
【0119】
真空乾燥終了後、TE(10mM Tris−HCl、1mM EDTA)45μlでペレットを溶解し、RNase A溶液(5mg/ml Rnase A、10mM Tris,15mM NaCl、pH7.5)5μlをマイクロチューブへ加えた(終濃度:50μg/ml)。マイクロチューブ2本分の溶液を、1本のマイクロチューブにまとめ、37℃で1時間反応させた。
【0120】
反応終了後、2/3等量のPEG(13%(w/v)PEG6000、0.8M NaCl)をマイクロチューブへ添加し、当該マイクロチューブを氷上に1時間以上置いた。その後、4℃、15,000rpmで15分間遠心分離を行ない、上清を除去した。上記マイクロチューブへ、70%エタノール 1mlを加えてリンスし、4℃、15,000rpmで10分間遠心分離を行なった。上記遠心分離の上清を除去した後、真空乾燥を行なった。真空乾燥後、1サンプルにつき50μlの滅菌水を添加してサンプルを溶解してプラスミド溶液とした。そして、アガロース電気泳動によるバンド比較にてサンプルのDNA濃度を推定した。
【0121】
<塩基配列の決定>
Thermo SequenaseTMCyTM5.5 Terminator Cycle Sequencing Kit (Pharmacia)を用いて、塩基配列の決定を行なった。A(アデニン)、C(シトシン)、G(グアニン)、およびT(チミン)の4種類の塩基用に、PCRチューブを用意し、d(N)TP/Cy5.5-dd(N)TPを各サンプル分、1μlずつ分注した。
【0122】
次に、DNA/プライマーミックスの調製を行なった。前項で調製された1.5μgのDNA、3.5μlのReaction Buffer、1μlのTOPO13 Reverse(4pmol/μl)(Invitrrogen)、および2μlのThermo Sequenase(10U/μl)を混合し、さらに滅菌超純水を添加して全量が31.5μlとなるようにした。これを上記のPCRチューブに7μlずつ分注し、すみやかにBiometora社 サーマルサイクラーにセットし、95℃で30秒間、58℃で30秒間、および72℃で120秒間の反応サイクルを30サイクル行ない、4℃で冷却し反応を停止させた。
【0123】
反応終了後、サンプルをPCRチューブから1.5ml容のマイクロチューブに移し、20mg/mlグリコーゲンを1μl、7.5M酢酸アンモニウムを2μl、および98%エタノールを30μl添加し、よく混合した。10分間氷上で静置した後、12000rpmで20分間遠心分離した。その後、ペーパータオル上でデカンテーションにより上清を除去し、70%エタノールを200μl添加し、ペレットおよびチューブ内壁をリンスした。そして12000rpmで10分間遠心分離を行ない、その後、マイクロピペットを使用し、上清を丁寧に除去した。そして、遮光してペレットを乾燥させ、6μlのLoading Dyeに溶解し、72℃で、3分間熱処理を行ない、LONG-READ TOWERTM System (Amersham Pharmacia Biotech.)に各2μlずつローディングし、解析を行なった。得られた塩基配列は、DNASISソフトウェアを使用して解析され、アミノ酸配列に翻訳された。
【0124】
<抗体可変領域の立体構造予測>
上記にて決定した塩基配列から推測した抗体可変領域のアミノ酸配列をもとに、ソフトウェアAbM (Oxford Molecular社製、 Oxford、UK)を用いて、目的抗体のCDR領域のループ構造およびFR領域の立体構造を予測した。AbMで予測された立体構造をもとに、ソウトウェアInsightII/Discover3 (Molecular Simulatoin社製、USA)により分子間力計算を行ない、熱力学的に安定となる立体構造を予測した。
【0125】
さらに、ソフトウェア PPC Protein AdviSer(富士通九州システムエンジニアリング)を用いて、立体構造中のセリンプロテアーゼの活性部位を構成する触媒三つ組み残基を構成するSer、HisおよびAspの残基群を探索した。その結果、モノクローナル抗体5A2、6A2、および2B8の3種類の抗体軽鎖(L鎖)はいずれも触媒三つ組み残基構造を有していた(図1〜3参照)。なお図の見方については、「発明を実施するための最良の形態」の項で既に述べたとおりである。
【0126】
発明者らによるこれまでの多くの研究(Appl. Biochem. Biotech., 83, 209-220(2000); J. Immunol. Methods, 269, 283-298(2002); Immunol. Lett. 86, 249-257(2003); Biotechnol. Bioeng., 84(7), 485-493(2003); 化学工業、54, 368-372(2003); Biotechnol. Bioeng. 86(2), 217-225(2004); 科学、75(11), 1254-1259(2005).)から、抗NC5モノクローナル抗体5A2、6A2、および2B8は、抗体酵素である可能性が示唆された。そこで、上記3つの抗NC5モノクローナル抗体について、重鎖(H鎖)軽鎖(L鎖)の抗原分解能の有無について検討することとした。
【0127】
<抗NC5モノクローナル抗体の大量取得と精製>
上記3つの抗NC5モノクローナル抗体の大量調製は、あらかじめプリスタン(2,6,10,14-tetramethylpentadecane)が投与されたBalb/cマウスに、各抗NC5モノクローナル抗体産生細胞 0.5×106個投与し、当該マウスから腹水を採取することによって行なった。上記のようにして取得した各抗NC5モノクローナル抗体を以下の方法で精製し、目的の実験に用いた。
【0128】
(1)塩析
腹水約8mlを同量のPBSで希釈後、濾過してフィブリンを除去した。これを2本の高速冷却遠心チューブに分け、各々、同量の飽和硫酸アンモニウムをドロップワイズで加えた。これを氷中で30分間静置し、その後、4℃、10000rpmで、10分間遠心分離した。デカンテーションにより上清を除去し、ペレットを6mlのPBSに溶解した。再度、等量の飽和硫酸アンモニウムを添加して塩析し、ペレットを6mlのPBSに溶解した。これを、1本のチューブに合わせ、PBSに対して2回透析した。
【0129】
(2)カラム精製
透析終了後、抗体の精製を行った。操作はMAPS-IIキット(BIO-RAD社製/ProteinAを使った精製キット)の説明に従い、4℃で行なった。使用する試薬として、0.05%NaN3/PBS、Binding buffer、Elution buffer、および2M Tris−HCl(pH8.0)を以下のようにして調製した。0.05%NaN3/PBSは、0.1gのNaN3を200mlのPBSに溶解した。Binding bufferは、47.1gのBinding buffer粉末を蒸留水に溶解し、150mlにメスアップして調製した。この時、pHメーターを用い、pHが9±0.2であることを確認し、範囲外である時はHClまたはNaOHでpHを調整した。Elution bufferは2.3gのElution buffer粉末を蒸留水に溶解し、100mlにメスアップして調製した。この時、pHメーターを用い、pHが3±0.2であることを確認し、範囲外である時はHClまたはNaOHでpHを調整した。2M Tris−HClは、12.11gのTrisを蒸留水に溶解し、HClでpHを8.0に調整した後、蒸留水で50mlにメスアップした。
【0130】
透析終了後、上記の塩析済みの腹水を、腹水: Binding buffer=1:1.2になるように希釈した。不溶物が認められる時には濾紙で濾過して取り除いた。また、精製操作前に、0.05%NaN3/PBS、Binding buffer、およびElution buffer、並びにサンプル(上記腹水の濾液)を脱気した。
【0131】
キットに含まれるアフィゲルプロテインA(BIO-RAD社 商品名)を充填し、カラムを上記Binding bufferで洗浄した。UV 280nmの吸光度をモニターし、ベースラインが落ち着くまで上記Binding bufferでゲルを洗浄した。流速を0.2ml/minに調節し、ゲル表面とBinding bufferの液面とがほぼ一致したところで、上記サンプルをカラムに供した。
【0132】
次に、50ml以上のBinding bufferを供し、抗体以外の夾雑物質を除去した。ここで検出したピーク部分は、素通り画分として採取した。素通り画分を分取後、ベースラインが安定したら、ゲル表面とBinding bufferの液面とがほぼ一致したところで、45mlのElution bufferを添加し、アフィゲルプロテインA(BIO-RAD社製)に結合した抗体を溶出させ、ピーク部分を抗体画分として分取した。回収した各画分について、pH試験紙でpHを測定し、2M Tris−HCl(pH8.0)で中和した。上記抗体画分(抗体液)はPBSに対して2回透析された後、SDS−PAGEで純度を確認した。純度の高い画分のみを回収し、DCプロテインスタンダードアッセイ(BIO-RAD社製)でタンパク濃度を測定し、1mg/ml以上の濃度(1mg/ml未満の場合は濃縮して)で凍結保存した。
【0133】
<抗NC5抗体重鎖(H鎖)および軽鎖(L鎖)の分離精製>
(1)限界ろ過
上記精製した抗体溶液(タンパク質5mg分)を0.15M NaClを含む50mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0)に対して2回透析した。透析終了後の抗体溶液をセントリプレップ−10(ミリポア社製)を用い、4℃、2,800rpmで遠心し、約1mlになるまで限外ろ過濃縮を行なった。上記抗体溶液に対して、5mlの50mM Tris-HCl+0.15M NaCl buffer(pH8.0)を加え、約1mlになるまで再び限外ろ過濃縮を行なった。上記操作を再度行なった後、50mM Tris-HCl+0.15M NaCl buffer(pH8.0)で抗体溶液を2.7mlに調整し、当該抗体溶液を褐色瓶に入れた。上記抗体溶液は、以下の実験に使用するまで低温下で保存された。
【0134】
(2)重鎖・軽鎖抗体の分離
50mM Tris-HCl+0.15M NaCl buffer(pH8.0)、1M Tris solution、および抗体溶液2.7mlをそれぞれ脱気した。2-ME(メルカプトエタノール)と50mM Tris-HCl+0.15M NaCl buffer(pH8.0)とを抗体溶液に加え、ピペッティングによって溶液を軽く混合しつつ、1M Tris solutionでpH8.0に調整した後、反応容器内に窒素を封入した。インキュベーター内で、15℃、3時間スターラーで撹拌しながら還元反応を行なった。脱気後の0.6M ヨードアセトアミド 600μlを抗体溶液に対して加え、混合した。上記抗体溶液のpHを、1M Tris solutionでpH8.0に調整した。15℃で15分間撹拌しながらアルキル化反応を行なった。ディスクフィルター(ポアサイズ0.2μm)を使用し、抗体溶液の除粒子を行なった。上記抗体溶液を、セントリプレップ−10を用いて、液量が約0.5mlになるまで、限外ろ過濃縮を行なった。
【0135】
<サイズ排除HPLCによる抗NC5モノクローナル抗体重鎖および軽鎖の精製>
重鎖および軽鎖の精製は、サイズ排除クロマトグラフィー(JASCO,PU-2080 Plus)、カラム(Waters,Protein-PakTM300SW,7.5 × 300 mm Column)を使用して行なわれた。移動相に用いる6M グアニジン塩酸塩(pH6.5)、流速0.15ml/分でカラムの平衡化を行なった(120 分間程度)。抗体溶液のサンプルを2〜3回に分けてカラムへインジェクションした。クロマトグラムを参照しながら、重鎖および軽鎖をそれぞれ分取した。取得した重鎖および軽鎖のサンプルそれぞれをPBSに対して透析し、重鎖および軽鎖をRefoldingした。重鎖および軽鎖のサンプルのバッファーを15mM PBに交換した後、クリーンベンチ内でサンプルを回収した。重鎖および軽鎖のサンプルについてDCプロテインスタンダードアッセイ(BIO-RAD社製)で重鎖および軽鎖の濃度を測定した後、SDS−PAGEで純度を確認して当該サンプルを4℃で保存した。
【0136】
<抗NC5モノクローナル抗体重鎖および軽鎖のペプチダーゼ活性の検討>
天然型抗体酵素の特徴は、その抗体自身が標的となるタンパクを特異的に完全分解することである。しかし、ペプチド基質を用いて抗体酵素の分解活性を検討する場合には、非特異的に反応するということが知られている。そこで、これまでの抗体酵素のペプチダーゼ活性の検討によく用いられてきたペプチドTP41-1 peptide(TPRGPDRPEGIEEEGGERDRD:21mer:配列番号16)を使用して該抗体が該ペプチド分解能を有するか検討した。なお、マウスの免疫に用いた抗原ペプチドは水に難溶性であったため、ペプチダーゼ活性の検討の基質として用いることはできなかった。
【0137】
(1)実験方法
まずクリーンベンチ内で、240μMのTP41-1 peptide 溶液(15mM PB(pH6.5)を調製し、0.2μmのフィルターでろ過滅菌を行なった。試験管内でTP41-1 peptide 溶液と15mM PB(pH6.5)とを1:1となるように混合したものをコントロール溶液とした。上記のようにして調製した各反応溶液は以下の通りである。
反応液(1)0.8μM 軽鎖+TP41-1 peptide溶液 ・・・600μl作製
反応液(2)0.4μM 重鎖+TP41-1 peptide溶液 ・・・600μl作製
反応液(3)コントロール溶液 ・・・500μl作製
反応は、25℃で行なわれた。
【0138】
また反応の分析はHPLC(puresil C18、Waters社)を使用した。HPLCの測定条件として、カラムオーブンは40℃、溶離液は0.08% TFA、13%アセトニトリル、超純水を使用した。各反応液をクリーンベンチ内で30μl回収し、当該反応液を0.45μmのフィルターに通し、さらに10,000rpmで1分間遠心分離後のものをサンプルとして、HPLCに供した(サンプルのインジェクション量20μl)。
【0139】
(2)結果
上記試験の結果を示すべく、反応基質(TP41-1 peptide)の経時変化を図5〜8に示した。図5は抗NC5モノクローナル抗体5A2(Lot.1)の結果を示し、図6は抗NC5モノクローナル抗体5A2(Lot.2)の結果を示し、図7は抗NC5モノクローナル抗体6A2の結果を示し、図8は抗NC5モノクローナル抗体2B8の結果を示している。また各図において、丸のシンボルは上記反応液(1)の結果を示し、四角のシンボルは上記反応液(2)の結果を示し、三角のシンボルは上記反応液(3)の結果を示している。
【0140】
図5によれば、反応液(1)の場合に、約25時間の誘導期を経た後にTP41-1 peptideの分解が確認され、約96時間後にTP41-1 peptideの完全分解が確認された。反応液(3)(コントロール溶液)の結果と反応液(1)の結果とを比較すると、明らかにTP41-1 peptideが分解しているということが分かる。この時、HPLCによりTP41-1 peptideの分解反応を追跡した結果を図11に示す。
【0141】
また図6によれば、反応液(1)の場合に、約50時間の誘導期を経た後にTP41-1 peptideの分解が確認され、約120時間後にTP41-1 peptideの完全分解が確認された。反応液(3)(コントロール溶液)の結果と反応液(1)の結果とを比較すると、明らかにTP41-1 peptideが分解しているということが分かる。この時、HPLCによりTP41-1 peptideの分解反応を追跡した結果を図12に示す。
【0142】
したがって、図5および6の結果より、抗NC5モノクローナル抗体5A2の軽鎖は、TP41-1 peptideを再現性良く分解することができるということが分かった。
【0143】
また、図7によれば、反応液(1)の場合に、約20時間の誘導期を経た後にTP41-1 peptideの分解が確認され、約70時間後にTP41-1 peptideの完全分解が確認された。また反応液(2)の場合において、TP41-1 peptideの分解が若干確認された。反応液(3)(コントロール溶液)の結果と反応液(1)の結果とを比較すると、明らかにTP41-1 peptideが分解しているということが分かる。この時、HPLCによりTP41-1 peptideの分解反応を追跡した結果を図13に示す。
【0144】
したがって、図7の結果より、抗NC5モノクローナル抗体6A2の軽鎖は、TP41-1 peptideを分解することができるということが分かった。
【0145】
また、図8によれば、反応液(1)の場合に、約50時間の誘導期を経た後にTP41-1 peptideの分解が確認され、約142時間後にTP41-1 peptideの完全分解が確認された。反応液(3)(コントロール溶液)の結果と反応液(1)の結果とを比較すると、明らかにTP41-1 peptideが分解しているということが分かる。この時、HPLCによりTP41-1 peptideの分解反応を追跡した結果を図14に示す。
【0146】
したがって、図8の結果より、抗NC5モノクローナル抗体2B8の軽鎖は、TP41-1 peptideを分解することができるということが分かった。
【0147】
上記の結果より、抗NC5モノクローナル抗体5A2、6A2および2B8の軽鎖は、いずれもペプチダーゼ活性を有するものであるということが分かった。
【0148】
<抗NC5モノクローナル抗体における動力学的解析>
(1)方法
抗NC5モノクローナル抗体の動力学的パラメーターを求めるにあたり、当該抗NC5モノクローナル抗体の軽鎖は、2相性の曲線を描きながら基質(TP41-1 peptide)を分解するため、分解初速度を求めるのは困難である。そこで、一度完全に基質(TP41-1 peptide)を分解した反応液に再びペプチドを添加して反応させることによって、誘導期が存在しない条件で動力学的パラメーターの解析を行なった。
【0149】
分解初速度を用いて、各種動力学的パラメーターを求めた。分解初速度は、当該抗NC5モノクローナル抗体の軽鎖の濃度を0.4μM一定としつつ、基質濃度を変化させることによって算出した。算出された分解初速度をMichaelis-Menten式に当てはめ、以下に示す動力学的パラメーターを算出した。
【0150】
(2)結果
図17には、上記酵素分解実験における速度論的解析結果(抗NC5モノクローナル抗体5A2の軽鎖)を示す。図17(a)は、基質(TP41-1 peptide)濃度と分解速度との関係を示すグラフであり、図17(b)は、Hanes-Woolfプロットの結果を示すグラフである。
【0151】
上記Hanes-Woolfプロットを用いて算出された抗NC5モノクローナル抗体5A2の軽鎖の動力学的パラメーターは、以下の通りであった。
Km=1.7×10−6(M)
kcat=1.4×10−1(min-1)
kcat/Km=8.5×104(M−1min−1)
また図18には、上記酵素分解実験における速度論的解析結果(抗NC5モノクローナル抗体2B8の軽鎖)を示す。図18(a)は、基質(TP41-1 peptide)濃度と分解速度との関係を示すグラフであり、図18(b)は、Hanes-Woolfプロットの結果を示すグラフである。
【0152】
上記Hanes-Woolfプロットを用いて算出された抗NC5モノクローナル抗体2B8の軽鎖の動力学的パラメーターは、以下の通りであった。
Km=1.1×10−5(M)
kcat=6.1×10−1(min-1)
kcat/Km=5.7×104(M−1min−1)
以上の結果より、上記抗体軽鎖によるペプチド基質の分解反応は酵素反応であるということが分かった。
【0153】
<抗NC5モノクローナル抗体の軽鎖とCCR5との反応性>
(1)方法
抗NC5モノクローナル抗体(5A2、6A2、2B8)の軽鎖と反応基質(TP41-1 peptide)とをあらかじめ反応させた後、MOLT-4/CCR5破砕液(「MOLT-4/CCR5」については「MASANORI BABA,HIROSHI MIYAKE,MIKA OKAMOTO,YUJI IIZAWA,and KENJI OKONOGI”Establishment of a CCR5-Expressing T-Lymphoblastoid Cell Line Highly Susceptible to R5 HIV Type 1”AIDS RESEARCH AND HUMAN RETROVIRUSES Volume 16,Number 10,2000,pp.9350941」参照)を上記反応液に対して、体積比で反応液:破砕液=4:1となるように添加した。上記反応液を25℃のインキュベーターに入れ、反応を開始した。反応開始後0、6、12、24、および48時間後の反応液を採取した。
【0154】
全サンプルをSDS−PAGE(12%Running Gel、3% Stacking Gel)に供した。SDS−PAGEを行なっている間に、ウエスタンブロッティングで用いる冷水とろ紙2枚、Immobilion-P(ミリポア社製、Cat.no IPVH0010 Lot.no K4DN9499W)1枚、ブロッティングバッファー(25mM Tris、192mM Glycine、0.1% SDS)を用意しておき、Immobilion-Pとろ紙とはゲル大に切り取っておいた。SDS−PAGE終了15分前に、Immobilion-Pをメタノールに20秒間浸漬した後、ブロッティングバッファーに10分間以上浸漬した。パッド、ろ紙も同様にブロッティングバッファーに浸漬しておいた。SDS−PAGE終了後、ゲルをブロッティングバッファーに5分間浸漬しておいた。ブロッティング装置のマイナス側電極板の上にパッド2枚、ろ紙、Immobilion-P、ゲル、ろ紙、パッド2枚、プラス電極板の順で重ね、泳動槽の中に入れた。陽極板と陰極板の間にブロッティングバッファーをパッドが浸るまで注入し、外側に冷水を泳動槽の上端から1cm位の所まで入れた。ブロッティング装置に対して通電(180mA、30V)し、90分間ブロッティングを行なった。
【0155】
ブロッティング終了後、Immobilion-Pを3% skim milk/TBS-Tで、1時間ブロッキングを行なった。RABBIT ANTI HUMAN CCR5(SEROTEC社製、 Catalog Number AHP568 Lot.220501)が最終濃度1μg/mlになるように添加された3% skim milk/TBS-Tへ、Immobilion-Pを浸漬し、1時間反応させた(一次反応)。一次反応終了後のImmobilion-P をTBS-Tで軽く洗浄後、3% skim milk/TBS-Tで5分間×3回洗浄を行なった。
【0156】
3% skim milk/TBS-Tで1000倍希釈したalkaline phosphatase conjugated goat affinity purified F(ab’)2 fragment to Rabbit IgG(whole molecule)(Cappel社製、Catalog Number 59306 Lot.00852)溶液に、洗浄後のImmobilion-Pを浸漬し、1時間反応させた(二次反応)。二次反応終了後のImmobilion-P をTBS-Tで軽く洗浄後、3% skim milk/TBS-Tで5分間×3回洗浄を行なった。陽性バンドをBCIP/NBTで検出を行なった(検出時間20分間)。検出された陽性バンドの濃さを、NIH Image(米国 NIHより入手)で数値化し、グラフ化した。
【0157】
(2)結果
図9にウェスタンブロットの結果を示した。同図中、上部に「MOLT-4/CCR5」を付したものは、比較として抗NC5モノクローナル抗体(5A2、2B8)の軽鎖をMOLT-4/CCR5に作用させていない場合の結果であり、「5A2」を付したものは、抗NC5モノクローナル抗体5A2の軽鎖をMOLT-4/CCR5に作用させた場合の結果であり、「2B8」を付したものは、抗NC5モノクローナル抗体2B8の軽鎖をMOLT-4/CCR5に作用させた場合の結果である。また同図中、上部に「0」、「6」、「12」、「24」、「48」を付したものは、「反応開始0時間後の反応液」、「反応開始6時間後の反応液」、「反応開始12時間後の反応液」、「反応開始24時間後の反応液」、「反応開始48時間後の反応液」をそれぞれ示している。なお、同図中「M」は分子量マーカーを示す。
【0158】
また図10は、図9におけるバンドの濃さをNIH Imageで数値化し、グラフ化したものであり、反応基質であるMOLT-4/CCR5濃度(相対値)の経時変化を示している。図10中、四角のシンボルは抗NC5モノクローナル抗体5A2の軽鎖をMOLT-4/CCR5に作用させた場合の結果を示し、ひし形のシンボルは抗NC5モノクローナル抗体6A2の軽鎖をMOLT-4/CCR5に作用させた場合の結果を示し、丸のシンボルは抗NC5モノクローナル抗体2B8の軽鎖をMOLT-4/CCR5に作用させた場合の結果であり、三角のシンボルは比較として抗NC5モノクローナル抗体(5A2、6A2、2B8)の軽鎖をMOLT-4/CCR5に作用させていない場合の結果である。
【0159】
図9および図10の結果から、抗NC5モノクローナル抗体(5A2、6A2、2B8)の軽鎖をMOLT-4/CCR5に作用させていない場合と、抗NC5モノクローナル抗体(5A2、6A2、2B8)の軽鎖をMOLT-4/CCR5に作用させた場合とを比較すると、後者の場合にMOLT-4/CCR5の減少が確認された。特に抗NC5モノクローナル抗体2B8の軽鎖をMOLT-4/CCR5に作用させた場合に、MOLT-4/CCR5の顕著な減少が確認された。
【0160】
以上の結果より、抗NC5モノクローナル抗体(5A2、6A2、2B8)の軽鎖は、ケモカインレセプターCCR5を切断する抗体酵素であるということが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0161】
エイズウイルスがヒトに感染する場合には、ウイルス側に存在するgp120やgp41や、ヒトの細胞側に存在するCD4およびケモカインレセプターCCR5が重要な役割を果すこと、および、ケモカインレセプターCCR5が正常でない場合は、エイズウイルスの感染が成立しないことが知られている。
【0162】
本発明にかかる抗体酵素は、上述のようにCCR5に対して特異的に作用し、これを分解して機能を消失させることができるため、HIVの感染の予防やエイズの治療のための抗HIV薬剤として有用である。本発明の抗体酵素は、CCR5の働きを抑制するという従来の抗HIV薬剤とは全く異なる新しい作用機構でCCR5を破壊するものであるため、現在有効な治療法が見出されていないエイズの治療に有効利用できることが期待される。またエイズに関する研究用ツールとしても利用可能である。
【0163】
したがって、本発明は、医療、医薬品産業、試薬産業、等に利用することができ、非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0164】
【図1】抗NC5モノクローナル抗体5A2の可変領域の立体構造モデリング(分子モデリング)を行なった結果、推定された立体構造を模式的に示す図である。
【図2】抗NC5モノクローナル抗体5A2の可変領域の立体構造モデリング(分子モデリング)を行なった結果、推定された立体構造を模式的に示す図である。
【図3】抗NC5モノクローナル抗体6A2の可変領域の立体構造モデリング(分子モデリング)を行なった結果、推定された立体構造を模式的に示す図である。
【図4】抗NC5モノクローナル抗体2B8の可変領域の立体構造モデリング(分子モデリング)を行なった結果、推定された立体構造を模式的に示す図である。
【図5】抗NC5モノクローナル抗体5A2(Lot.1)の重鎖および軽鎖のペプチダーゼ活性の検討を行なった結果を示す折れ線グラフである。
【図6】抗NC5モノクローナル抗体5A2(Lot.2)の重鎖および軽鎖のペプチダーゼ活性の検討を行なった結果を示す折れ線グラフである。
【図7】抗NC5モノクローナル抗体6A2の重鎖および軽鎖のペプチダーゼ活性の検討を行なった結果を示す折れ線グラフである。
【図8】抗NC5モノクローナル抗体2B8の重鎖および軽鎖のペプチダーゼ活性の検討を行なった結果を示す折れ線グラフである。
【図9】抗NC5モノクローナル抗体(5A2、2B8)の軽鎖とCCR5との反応性を検討するために行なった、ウェスタンブロットの結果を示す図である。
【図10】抗NC5モノクローナル抗体(5A2、6A2、2B8)の軽鎖とCCR5との反応性を検討した結果を示す折れ線グラフである。
【図11】抗NC5モノクローナル抗体5A2(Lot.1)の軽鎖のペプチダーゼ活性の検討を行なった際のTP41-1 peptideの分解反応をHPLCにより追跡した結果を示すチャート図である。
【図12】抗NC5モノクローナル抗体5A2(Lot.2)の軽鎖のペプチダーゼ活性の検討を行なった際のTP41-1 peptideの分解反応をHPLCにより追跡した結果を示すチャート図である。
【図13】抗NC5モノクローナル抗体6A2の軽鎖のペプチダーゼ活性の検討を行なった際のTP41-1 peptideの分解反応をHPLCにより追跡した結果示すチャート図である。
【図14】抗NC5モノクローナル抗体2B8の軽鎖のペプチダーゼ活性の検討を行なった際のTP41-1 peptideの分解反応をHPLCにより追跡した結果を示すチャート図である。
【図15】抗NC5モノクローナル抗体産生細胞(5A2および6A2)の培養上清を用いて、NC5ペプチド以外の種々のペプチドおよびタンパク質との交差反応性をELISA法により調べた結果を示す棒グラフである。
【図16】抗NC5モノクローナル抗体産生細胞(2B8、3F4、および4H6)の培養上清を用いて、NC5ペプチド以外の種々のペプチドおよびタンパク質との交差反応性をELISA法により調べた結果を示す棒グラフである。
【図17】抗NC5モノクローナル抗体5A2の軽鎖による基質(TP41-1 peptide)酵素分解実験における速度論的解析結果を示し、図17(a)は、基質濃度と分解速度との関係を示すグラフであり、図17(b)は、Hanes-Woolfプロットの結果を示すグラフである。
【図18】抗NC5モノクローナル抗体2B8の軽鎖による基質(TP41-1 peptide)酵素分解実験における速度論的解析結果を示し、図18(a)は、基質濃度と分解速度との関係を示すグラフであり、図18(b)は、Hanes-Woolfプロットの結果を示すグラフである。
【技術分野】
【0001】
本発明は、エイズウイルス(HIV)のコレセプターであるケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対する抗体酵素、それをコードする遺伝子、その遺伝子が導入された形質転換体、及びそれらを利用した抗HIV薬剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
AIDS(acquired immunodeficiency syndrome)は、その原因ウイルスであるヒト免疫不全ウイルス型(human immunodeficiency virus:HIV)の感染によって免疫機能が低下し、それに伴って日和見感染症や悪性腫瘍、神経症状、痴呆などを合併した病態である。HIVに感染すると、急性期、無昇症候期、エイズ関連症候群を経てエイズへと進展する。HIV関連の研究や治療法などの進歩によって、エイズは不治の病から治療可能な病気になりつつあるが、現段階では確実な抗HIV薬剤はなく、薬物による治療法も確立できていないのが現状である。
【0003】
HIVの感染機構に関する研究において、1984年にHIVのレセプターとしてCD4が同定された。HIVの感染は、ウイルス粒子表面のエンベロープタンパク質(gp120)が、ヒトの細胞表面に発現しているCD4分子に結合することから始まる。
【0004】
しかし、CD4のみではウイルスの外皮と宿主細胞の細胞膜との融合は起こらず、HIVの感染は成立しないため、CD4分子以外のヒト細胞膜成分が、ウイルス侵入のために補助因子として働く可能性が考えられ、コレセプター(セカンドレセプター)の存在が示唆されていた。そして、CD4の発見から10年以上経過した後に、HIVのコレセプターの一つとして、ケモカインレセプターCCR5が発見された(非特許文献1参照)。
【0005】
HIV感染の第一のステップは、血液中や粘膜下に存在するヘルパーT細胞、マクロファージ、樹状細胞への吸着および侵入である。そして上記のHIVの細胞内侵入は、ウイルスのエンベロープタンパク質と標的(宿主)細胞の膜タンパク質との多段階反応によって引き起こされる。上記HIVの標的細胞内への侵入の詳細は、以下に示すとおりである。まずHIV粒子表面のエンベロープタンパク質(gp120)が、標的細胞表面のCD4へ結合する。このgp120のCD4ヘの結合によって、gp120に構造(コンフォメーション)変化が起こり、それまでマスクされた状態にあったgp120のV3ループ領域が解放され、標的細胞表面上のコレセプター(CCR5等)に結合する。この際、V3ループ領域とコレセプターとの相互作用には、コレセプターのアミノ末端領域(N末端領域)をはじめとする、いくつかの細胞外領域が関与していると考えられている。このV3ループ領域とコレセプターとの相互作用は、さらにHIVエンベロープタンパク質の膜貫通タンパク質gp41の細胞外ドメインの構造変化を引き起こし、それによってgp41の疎水性の高いN末端部分が標的細胞膜表面の脂質二重層へ挿入され、これが引き金となって、ウイルス表面膜と標的細胞膜との間で膜融合が起こり、ウイルスが細胞内に侵入するものと考えられている(非特許文献2参照)。
【0006】
その後の研究によって、標的細胞においてケモカインレセプターCCR5が正常でない場合は、HIVの感染および発症に抵抗性を示すことが報告されている(非特許文献3参照)。そのため、現在、多くの研究者や企業が、このコレセプターを標的とし、HIVの侵入を阻害する薬剤の開発に乗り出している。このようなHIVコレセプターを標的とした抗HIV薬剤の研究・開発の現状に関しては、例えば以下に示す非特許文献4に記載されている。非特許文献4には、ケモカインレセプターCCR5を標的としてHIVの感染を予防できる抗HIV薬剤の候補として、ケモカインレセプターのアンタゴニストが報告されている。
【0007】
しかしながら、これまで研究が進められている抗HIV薬剤候補は上記のごとく、ケモカインレセプターCCR5のアンタゴニストであり、ケモカインレセプターCCR5を直接攻撃して、その機能を消失させることのできる有効な薬剤は全く提案されていなかった。そこで本発明者らは、ケモカインレセプターCCR5を分解して、その機能を消失させることができ、HIVの感染予防やエイズの治療に利用できる抗体酵素の開発を開始した。その結果、ケモカインレセプターCCR5の細胞外領域を構成するペプチド、RSSHFPYSQYQFWKNFQTLK(配列番号13)、または、RSQKEGLHYTCS(配列番号14)を免疫原として用いて取得されるモノクローナル抗体から、ケモカインレセプターCCR5の細胞外領域を分解し得る抗体酵素を見出した(特許文献1参照)。
【非特許文献1】Samson,M., Libert,F.,Doranz,B,J.,et al. Resistance to HIV-1 infection in caucasian individuals bearing mutant alleles of the CCR-5 chemokine receptor gene.(1996)Nature.382:722-725.
【非特許文献2】Lee,B.,Sharron,M.,Blanpain,C.,et al. Epitope Mapping or CCR5 Reveals Multiple Conformational States and Distinct but Overlapping Structures Involved in Chemokine and Coreceptor Function.(1999)J.Biol.Chem.274:9617-9626
【非特許文献3】「ケンモカインハンドブック」義江修 野見山尚行 宮坂昌之 監修(秀潤社)、200年11月20日発行
【非特許文献4】村上務、山本直樹著:タンパク質 核酸 酵素、Vol.43、677-685頁(1998年)、「新しい抗HIV薬剤の開発−HIVのコレセプター(セカンドレセプター)に作用する薬剤」
【特許文献1】特開2004−313166号公報(公開日:平成16年(2004)11月11日)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、既述のごとく、HIVの侵入に重要なステップである、V3ループ領域とコレセプターとの結合には、コレセプターのアミノ末端領域(N末端領域)をはじめとする、いくつかの細胞外領域が関与していると考えられており、特許文献1に記載された抗体酵素だけではHIVの感染予防および阻止を十分に行なうことができない場合があると考えられた。
【0009】
またCCR5分子のN末端領域が、HIVエンベロープタンパク質とCCR5との結合に重要であることも報告されている(非特許文献3参照)。
【0010】
そこで本発明は、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域を標的とし、当該ケモカインレセプターCCR5の機能を消失させることができ、エイズウイルスの感染の予防やエイズの治療に利用できる抗体酵素を提供することを目的とした。さらに本発明は、上記抗体酵素をコードする遺伝子、その遺伝子が導入された形質転換体、およびそれらを利用した抗HIV薬剤を提供することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明者等は、上記課題を解決するために、抗体でありながら酵素作用を有し、標的としたタンパク質を完全分解することのできる抗体酵素に着目し、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対する抗体酵素を得るべく鋭意検討を行なった。その結果、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域を免疫原として用いて取得されるモノクローナル抗体から、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域と特異的に結合し、ケモカインレセプターCCR5を分解し得る抗体酵素を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明にかかる抗体酵素は、ヒト由来ケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対する抗体または抗体断片であり、当該ケモカインレセプターCCR5のN末端領域と特異的に結合し、かつ、当該ケモカインレセプターCCR5を分解する活性を有することを特徴としている。
【0013】
ここで、上記「抗体断片」とは、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域のペプチドを抗原とする抗体を構成する各ペプチド鎖、さらにはこの各ペプチド鎖内の一部の領域のペプチド断片を意味する。また上記「抗体酵素」とは、目的の抗原に対して特異的に抗原抗体反応し、かつ酵素活性を有する免疫グロブリンである。なお、上記抗体酵素は、完全な抗体分子に限定されるものではなく、抗原に特異的に結合することができ、かつ酵素活性を有する抗体フラグメント(例えば、軽鎖、重鎖、軽鎖可変領域、重鎖可変領域、など)でもよい。また、酵素活性は特に限定されるものではないが、プロテアーゼ活性またはペプチダーゼ活性であることが好ましい。
【0014】
特に、上記抗体酵素の中でも、その抗原タンパク質を標的として高い分解活性を示すものは「スーパー抗体酵素」と呼ばれている。上記「スーパー抗体酵素」は、標的としたタンパク質を完全分解することができ、しかも天然型酵素に近い活性を有する(Super Catalytic Antibody [I] : Decomposition of targeted protein by its antibody light chain. Hifumi, E., Okamoto, Y., Uda, T., J. Biosci. Bioeng., 88(3), 323-327 (1999)参照)。本発明にかかる抗体酵素は、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域のペプチドを抗原とする抗体であり、当該CCR5を完全分解し得るものと推察されるため、「スーパー抗体酵素」に含まれる。
【0015】
上記本発明にかかる抗体酵素は、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域の抗体としての性質を色濃く残した状態で、その抗原であるケモカインレセプターCCR5のN末端領域を分解するという性質を持っている。そのため、上記抗体酵素は特異性が高く、ケモカインレセプターCCR5のみを特異的に分解することができる。このケモカインレセプターCCR5、特にそのN末端領域は、既述の通りHIVの感染において重要な役割を果すため、それを消失させることができる上記抗体酵素は、HIV感染の予防や、エイズの治療に使用される抗HIV薬剤として有効に利用することができる。
【0016】
また本発明にかかる抗体酵素は、上記ケモカインレセプターCCR5のN末端に対する抗体の可変領域を含んでなることが好ましい。この「可変領域」とは、抗体を構成する重鎖(H鎖)及び軽鎖(L鎖)のうち、N末端から約110残基のアミノ酸からなる部分のことである。この可変領域は、抗体の種類によって一次構造に多様性が見られ、抗体が酵素としての活性を有する場合に、その活性中心が含まれている可能性が高い。それゆえ、上記抗体酵素が抗体の可変領域を含めば、酵素として高い活性を有することができる。
【0017】
また、上記本発明にかかる抗体酵素は触媒三つ組残基構造を有することが好ましい。ここで上記「触媒三つ組残基構造」とは、少なくともセリンを含む3つのアミノ酸残基が活性部位に含まれ活性中心を形成していると推定される構造のことを言う。この触媒三つ組残基構造を有するプロテアーゼは、活性部位にセリンが含まれることからセリンプロテアーゼと呼ばれる。従って、上記抗体酵素はセリンプロテアーゼの一種であると言うこともできる。この触媒三つ組残基と推定される構造を有していれば、プロテアーゼとして高い活性を有していると予測できる。発明者らは、ペプチドや抗原タンパク質を切断および/または分解する活性を有するマウス由来抗体酵素を用いて、その性質や構造の特徴を詳細に解析した結果、ペプチドや抗原タンパク質を切断および/または分解する活性を有する抗体酵素は、いずれもその立体構造中に、セリン残基と、アスパラギン酸残基と、ヒスチジン残基またはグルタミン酸残基とが立体構造上近接して存在することを明らかにした(例えば特開2004−97211号公報(平成16年4月2日公開)参照)。ここで、「立体構造上近接して存在する」とは、セリン残基と、アスパラギン酸残基と、ヒスチジン残基またはグルタミン酸残基との距離が、少なくとも3〜20Åの範囲内、好ましくは、3〜10Åの範囲内にあることを意味する。
【0018】
本発明にかかる抗体酵素として、具体的には、配列番号1に示すアミノ酸配列、または、配列番号1に示されるアミノ酸配列おいて、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたされたアミノ酸配列を含んでなるものを挙げることができる。
【0019】
この配列番号1に示すアミノ酸配列は、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対するモノクローナル抗体「5A2」の軽鎖(L鎖)の可変領域である。この5A2のL鎖の可変領域は、後述の実施例に示されるように、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域と特異的に結合し、当該ケモカインレセプターCCR5の分解活性を有するものである。
【0020】
また本発明にかかる抗体酵素の他の例として、配列番号5に示すアミノ酸配列、または、配列番号5に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたされたアミノ酸配列を含んでなるものを挙げることができる。
【0021】
この配列番号5に示すアミノ酸配列は、ケモカインレセプターCCR5のモノクローナル抗体「6A2」の軽鎖(L鎖)の可変領域である。この6A2のL鎖の可変領域も、後述の実施例に示されるように、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域と特異的に結合し、当該ケモカインレセプターCCR5の分解活性を有するものである。
【0022】
さらに本発明にかかる抗体酵素の他の例として、配列番号9に示すアミノ酸配列、または、配列番号9に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたされたアミノ酸配列を含んでなるものを挙げることができる。
【0023】
この配列番号9に示すアミノ酸配列は、ケモカインレセプターCCR5のモノクローナル抗体「2B8」の軽鎖(L鎖)の可変領域である。この2B8のL鎖の可変領域も、後述の実施例に示されるように、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域と特異的に結合し、当該ケモカインレセプターCCR5の分解活性を有するものである。
【0024】
上記「1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加された」とは、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異ポリペプチド作製法により置換、欠失、挿入、もしくは付加できる程度の数(好ましくは10個以下、より好ましくは7個以下、最も好ましくは5個以下)のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されていることを意味する。このような変異ポリペプチドは、公知の変異ポリペプチド作製法により人為的に導入された変異を有するポリペプチドに限定されるものではなく、天然に存在するポリペプチドを単離精製したものであってもよい。好ましい変異は、保存性もしくは非保存性アミノ酸置換、欠失、または添加である。より好ましくは、サイレント置換、添加、および欠失であり、特に好ましくは、保存性置換である。このように、遺伝子工学的手法を用いた場合、配列番号1、5、9のいずれかに示されるアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなる抗体酵素は、換言すれば、配列番号1、5、9のいずれかに示すアミノ酸配列からなる抗体酵素の変異体である。
【0025】
本発明にかかる抗体酵素は、HIVの感染において重要な役割を果すケモカインレセプターCCR5のN末端領域と特的に結合し、当該ケモカインレセプターCCR5を分解してその機能を消失させるため、HIVの感染を阻害する抗HIV薬剤として使用することもできる。すなわち、本発明にかかる抗HIV薬剤は、上記抗体酵素を含むことを特徴とするものである。
【0026】
上記本発明にかかる抗HIV薬剤は、HIVの感染を阻害することができる。また、本発明にかかる抗HIV薬剤は、HIV感染患者に対してエイズの発症を遅らせたり、病気の進行を阻止したりすることも可能である。すなわち、本発明にかかる抗HIV薬剤は、HIV感染患者に対する治療薬としても機能し得る。
【0027】
なお上記本発明にかかる抗HIV薬剤は、上記本発明にかかる抗体酵素のみを含み、それを静脈注射などによって直接投与して使用することもできるが、上記抗体酵素に加えて、薬理学的に許容される担体がさらに含まれるものであってもよい。このような抗HIV薬剤の製造は、従来公知の製造方法によって行なうことができる。この抗HIV薬剤は、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域のみを特異的に分解するため、抗HIV効果が顕著であるというだけでなく、副作用が少ないということも期待できる。
【0028】
また本発明には、上記本発明にかかる抗体酵素をコードする遺伝子も含まれる。この遺伝子を適当な宿主(例えば細菌、酵母)に発現可能に導入すれば、本発明にかかる抗体酵素をその宿主内で発現させることができる。
【0029】
なお、上記「遺伝子」とは、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖およびアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAやRNAを包含する。さらに、上記「遺伝子」は、本発明の抗体酵素をコードする配列以外に、非翻訳領域(UTR)の配列やベクター配列(発現ベクター配列を含む)などの配列を含むものであってもよい。
【0030】
本発明にかかる遺伝子として、具体的には、配列番号2に示す塩基配列からなるものを挙げることができる。配列番号2に示す塩基配列は、ケモカインレセプターCCR5のモノクローナル抗体5A2の軽鎖(L鎖)の可変領域をコードする遺伝子の塩基配列である。
【0031】
また本発明にかかる遺伝子の他の例として、配列番号6に示す塩基配列からなるものを挙げることができる。配列番号6に示す塩基配列は、ケモカインレセプターCCR5のモノクローナル抗体の6A2の軽鎖(L鎖)の可変領域をコードする遺伝子の塩基配列である。
【0032】
さらに本発明にかかる遺伝子の他の例として、配列番号10に示す塩基配列からなるものを挙げることができる。配列番号10に示す塩基配列は、ケモカインレセプターCCR5のモノクローナル抗体2B8の軽鎖(L鎖)の可変領域をコードする遺伝子の塩基配列である。
【0033】
さらに本発明には、上記遺伝子が導入された形質転換体も含まれる。この形質転換体は、上記遺伝子が適当な宿主(例えば細菌、酵母)に発現可能に導入されたものであり、本発明にかかる抗体酵素を自身の体内で発現させることができ、当該抗体酵素の製造に利用することができる。また、上記形質転換体は、本発明にかかる抗体酵素を自身の体内に蓄積しているため、当該形質転換体自身もHIV感染を予防する抗HIV薬剤や、エイズ治療のための抗HIV薬剤として利用することができる。
【発明の効果】
【0034】
上記本発明にかかる抗体酵素は、HIV感染において重要な役割を果すケモカインレセプターCCR5のN末端領域と特異的に結合し、当該ケモカインレセプターを分解することが可能であるため、HIV感染の予防や、エイズの治療に使用される抗HIV薬剤として有効に利用することができる。
【0035】
それゆえ、本発明は、HIVの感染の予防、およびエイズ治療に寄与することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
本発明について以下により具体的に説明するが、本発明はこの記載に限定されるものではない。
【0037】
(1)本発明にかかる抗体酵素、および遺伝子について
ここでは、本発明にかかる抗体酵素の一例として、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対するモノクローナル抗体「5A2」、「6A2」および「2B8」の抗体断片を例に挙げて説明する。なお、以下の説明において、「ケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対するモノクローナル抗体5A2」のことを「5A2」と、「ケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対するモノクローナル抗体6A2」のことを「6A2」と、「ケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対するモノクローナル抗体2B8」のことを「2B2」と称する。
【0038】
上記5A2、6A2および2B2の抗体断片は、より具体的には、5A2の軽鎖の可変領域(以下「5A2Lv」という)、6A2の軽鎖の可変領域(以下「6A2Lv」という)、および2B8の軽鎖の可変領域(以下「2B8Lv」という)である。
【0039】
上記3つの抗体酵素は、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域を構成するペプチド(MDYQVSSPIYDINYYTSEPCQKINVKQIAARLL:配列番号15)を免疫原として用いて取得されるモノクローナル抗体から得られたものである。そして、上記抗体酵素は、上記モノクローナル抗体の可変領域のアミノ酸配列を分子モデリングすることによってその立体構造を推定した結果、セリン、ヒスチジン(又はグルタミン酸)、アスパラギン酸からなる触媒三つ組残基を構成できるアミノ酸配列(抗体断片)として見出されたものである。
【0040】
本発明にかかる抗体酵素5A2Lv、6A2Lv、および2B8Lvは、ケモカインレセプターCCR5のN末端領域と特異的に結合し、当該ケモカインレセプターCCR5の分解酵素として作用する。このことは、後述の実施例において示された結果からも明らかである。
【0041】
ここで、ケモカインレセプターCCR5(以下、「CCR5」という)について、簡単に説明する。
【0042】
CCR5は、エイズウイルス(HIV)のコレセプターであり、HIVエンベロープにコンフォメーション変化をもたらし、ウイルスと宿主細胞との膜融合を導くと考えられることから、HIVがヒトに感染する際の重要な要素である。欠損変異型CCR5遺伝子を持つヒトは、HIVの感染・発症に抵抗性を示すということが知られている。
【0043】
また、CCR5は、ヒトからヒトへの感染に関与するHIVのマクロファージ指向性株の感染においてコレセプターとして用いられる唯一のものである。このことから、CCR5の機能を抑制させることがHIV感染の予防、エイズ進行の阻止につながると期待される。
【0044】
上述の3つの抗体酵素は、このCCR5、特にCCR5のN末端領域と特的に結合し、CCR5を分解し、CCR5の機能を消失させることができる。欠損変異型CCR5遺伝子を持つヒトには、明らかな免疫不全や組織病変はなく、健康上何ら問題は見られないことから、CCR5の機能を消失させる上記抗体酵素は、HIV感染を予防したり、エイズの症状の進行を抑えたりする抗HIV薬剤として有効に活用できると考えられる。
【0045】
ここで、CCR5の「N末端領域」とは、CCR5の細胞外領域の一つであって、HIVエンベロープタンパク質とCCR5との結合に重要であることが知られている。かかるN末端領域は、CCR5のアミノ酸配列のN末端から30位までの領域のことをいう。なおヒト由来CCR5のアミノ酸、塩基配列情報は、公知のデータベース等から入手可能である。例えば、ヒト由来CCR5のアミノ酸配列を、それぞれ配列番号18に示す。
【0046】
次に、上記5A2Lvの構造について、以下に詳細に説明する。5A2Lvは、CCR5のN末端領域を構成するペプチド(「N末端ペプチド」という)を免疫原とするモノクローナル抗体5A2の軽鎖の可変領域であり、配列番号1に示すアミノ酸配列を一次構造として有している。
【0047】
図1には、軽鎖と重鎖からなる5A2の可変領域の立体構造モデリング(分子モデリング)を行なった結果、推定された立体構造を模式的に示す。図1に示すように、配列番号1に示すアミノ酸配列において、第39番目のヒスチジン(図1では「His39」と記す)、第57番目のセリン(図1では「Ser57」と記す)、第75番目のアスパラギン酸(図1では「Asp75」と記す)、第94番目のセリン(図1では「Ser94」と記す)、第96番目のセリン(図1では「Ser96」と記す)が触媒三つ組残基を構成していると推測される。また図2に示すように、第1番目のアスパラギン酸(図2では「Asp1」と記す)、第96番目のセリン(図2では「Ser96」と記す)、および第98番目のヒスチジン(図2では「His98」と記す)も触媒三つ組残基を構成していると推測される。
【0048】
また、本発明にかかる抗体酵素は、配列番号1に示すアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなるもの、すなわち、上記5A2Lvの変異体であり、CCR5のN末端領域の分解酵素として作用するものであってもよい。さらに上記抗体酵素は、配列番号1に示すアミノ酸配列のC末端側に5A2のL鎖の残りのアミノ配列が適宜付加されたものでもよい。なお上記「1または数個」の範囲は特に限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1個から5個、特に好ましくは1個から3個を意味する。
【0049】
なお、5A2の重鎖の可変領域(以下「5A2Hv」という)は、配列番号3に示すアミノ酸配列を一次構造として有しているが、この5A2Hvには、触媒三つ組残基と推測される構造は存在しなかった。また、この5A2Hvをコードする遺伝子の塩基配列を、配列番号4に示す。
【0050】
次に、上記6A2Lvの構造について、以下に詳細に説明する。6A2Lvは、CCR5のN末端ペプチドを免疫原とするモノクローナル抗体6A2の軽鎖の可変領域であり、配列番号5に示すアミノ酸配列を一次構造として有している。
【0051】
図3には、軽鎖と重鎖からなる6A2の可変領域の立体構造モデリング(分子モデリング)を行なった結果、推定された立体構造を模式的に示す。図3に示すように、配列番号5に示すアミノ酸配列において、第7番目のセリン(図3では「Ser7」と記す)、第70番目のアスパラギン酸(図3では「Asp70」と記す)、第85番目のアスパラギン酸(図3では「Asp85」と記す)、および第8番目のヒスチジン(図3では「His8」と記す)が触媒三つ組残基を構成していると推測される。
【0052】
また、本発明の抗体酵素は、配列番号5に示すアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなるもの、すなわち、上記6A2Lvの変異体であり、CCR5のN末端領域の分解酵素として作用するものであってもよい。さらに上記抗体酵素は、配列番号5に示すアミノ酸配列のC末端側に6A2のL鎖の残りのアミノ配列が適宜付加されたものでもよい。なお上記「1または数個」の範囲は特に限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1個から5個、特に好ましくは1個から3個を意味する。
【0053】
なお、6A2の重鎖の可変領域(以下「6A2Hv」という)は、配列番号7に示すアミノ酸配列を一次構造として有しているが、この6A2Hvには、触媒三つ組残基と推測される構造は存在しなかった。また、この6A2Hvをコードする遺伝子の塩基配列を、配列番号8に示す。
【0054】
次に、上記2B8Lvの構造について、以下に詳細に説明する。2B8Lvは、CCR5のN末端ペプチドを免疫原とするモノクローナル抗体2B8の軽鎖の可変領域であり、配列番号9に示すアミノ酸配列を一次構造として有している。
【0055】
図4には、軽鎖と重鎖からなる2B8の可変領域の立体構造モデリング(分子モデリング)を行なった結果、推定された立体構造を模式的に示す。図4に示すように、配列番号9に示すアミノ酸配列において、第1番目のアスパラギン酸(図4では「Asp1」と記す)、第28番目のセリン(図4では「Ser28」と記す)、第31番目のアスパラギン酸(図4では「Asp31」と記す)、第98番目のヒスチジン(図4では「His98」と記す)が触媒三つ組残基を構成していると推測される。
【0056】
また、本発明の抗体酵素は、配列番号9に示すアミノ酸配列において、1またはそれ以上のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなるもの、すなわち、上記2B8Lvの変異体であり、CCR5のN末端領域の分解酵素として作用するものであってもよい。さらに上記抗体酵素は、配列番号9に示すアミノ酸配列のC末端側に2B8のL鎖の残りのアミノ配列が適宜付加されたものでもよい。なお上記「1または数個」の範囲は特に限定されないが、例えば、1から20個、好ましくは1から10個、より好ましくは1から7個、さらに好ましくは1個から5個、特に好ましくは1個から3個を意味する。
【0057】
なお、2B8の重鎖の可変領域(以下「2B8Hv」という)は、配列番号11に示すアミノ酸配列を一次構造として有しているが、この2B8Hvには、触媒三つ組残基と推測される構造は存在しなかった。また、この2B8Hvをコードする遺伝子の塩基配列を、配列番号12に示す。
【0058】
本発明にかかる遺伝子は、上記抗体酵素をコードする遺伝子であり、より具体的には、配列番号2に示す塩基配列からなるもの、配列番号6に示す塩基配列からなるもの、または配列番号10に示す塩基配列からなるものを挙げることができる。配列番号2に示す塩基配列からなる遺伝子は、5A2Lvをコードする遺伝子の塩基配列の一つであり、配列番号6に示す塩基配列からなる遺伝子は、6A2Lvをコードする遺伝子の塩基配列の一つであり、配列番号10に示す塩基配列からなる遺伝子は、2B8Lvをコードする遺伝子の塩基配列の一つである。なお上記遺伝子は、配列番号2、6、または10に示される塩基配列と必ずしも同一である必要はなく、本発明にかかる抗体酵素またはその断片をコードする遺伝子であれば、その変異体も含まれる。このような変異体としては、上記抗体酵素またはその断片をコードする遺伝子の塩基配列において1又は複数個の塩基が欠失、置換、又は付加した変異体が挙げられる。
【0059】
(2)本発明にかかる抗体酵素の取得方法について
本発明にかかる抗体酵素は、例えば、CCR5のN末端領域を構成するペプチド(N末端ペプチド)を免疫したマウス等の免疫動物の脾臓細胞と、マウスのミエローマ細胞等の融合パートナーとを融合させてなるハイブリドーマにより、モノクローナル抗体を産生することにより製造することができる。モノクローナル抗体の重鎖または軽鎖を得る場合には、得られたモノクローナル抗体を重鎖と軽鎖に分離すればよい。また、本発明の抗体断片を得る場合には、まず該当するモノクローナル抗体を取得し、その後、上記モノクローナル抗体を適当なプロテアーゼを用いて目的とする抗体断片が得られるように切断すればよい。例えば、本発明にかかる抗体酵素が、5A2の軽鎖全長や、6A2の軽鎖全長、または2B8の軽鎖全長などのように、CCR5のN末端領域に対する抗体の軽鎖の全長である場合には、従来公知の抗体取得方法を利用して、該当するCCR5のN末端ペプチドを免疫原としてモノクローナル抗体を取得し、その軽鎖を分離して取得すればよい。また、本発明にかかる抗体酵素が、CCR5の抗体断片である場合には、先ず該当するモノクローナル抗体を取得し、その後、上記モノクローナル抗体を適当なプロテアーゼを用いて目的とする抗体断片が得られるように切断すればよい。また、ファージディスプレイ法で得られる抗体であって良い。なおモノクローナル抗体の取得は通常のハイブリドーマ法(Kohler, G. and Milstein, C., Nature 256, 495-497(1975)参照)、トリオーマ法、ヒトB−細胞ハイブリドーマ法(Kozbor, Immunology Today 4, 72(1983)参照)、EBV−ハイブリドーマ法(Monoclonal Antibodies and Cancer Therapy, Alan R Liss, Inc.,77-96(1985)参照)等により行なうことが可能である。
【0060】
ところで、上記3つの抗体酵素(5A2Lv、6A2Lv、および2B8Lv)を取得する際には、配列番号15に示すアミノ酸配列を有するペプチドが免疫原として用いられているが、本発明にかかる抗体酵素を取得する方法はこれに限定されるものではなく、配列番号15と異なるアミノ酸配列を有するペプチドが免疫原として用いられてもよい。すなわち、CCR5のN末端領域を構成するアミノ酸配列を有するペプチドであれば、いずれのアミノ酸配列を有するペプチドであってもよい。またそのペプチドのアミノ酸残基数については、免疫原性を有する数であれば特に限定されるものではないが、例えば、5アミノ酸以上40アミノ酸以下であることが好ましく、7アミノ酸以上35アミノ酸以下であることが最も好ましい。上記の観点から、本発明にかかる抗体酵素を取得する際に免疫原として用いるペプチドは、例えば、配列番号18に示されるヒト由来CCR5のアミノ酸配列の第1位から第35位のアミノ酸配列の内、少なくとも10アミノ酸以上連続する領域を含むペプチドを挙げることができる。また、上記免疫原として用いられるペプチドには、免疫応答を向上させるために2〜3のアミノ酸を付加してもよいし、通常低分子ペプチドの免疫応答を向上するために用いられる「他のタンパク質」を結合させてもよい。上記「他のタンパク質」は特に限定されるものではないが、例えば、Human IgG、BSA(ウシ血清アルブミン)、HSA(ヒト血清アルブミン)、KLH(キーホールリンペットヘモシニアン)等を挙げることができる。なお、上記免疫原として用いられるペプチドは、従来公知のアミノ酸合成器を用いて取得してもよいし、遺伝子工学的手法を用いて取得してもよい。
【0061】
また、上述の5A2Lv、6A2Lv、2B8Lvなどのように、そのアミノ酸配列およびそれをコードする遺伝子配列が明らかとなっている抗体酵素については、従来公知の遺伝子組み換え技術などを用いて取得することができる。この場合、上記抗体酵素をコードする遺伝子をベクターなどに組み込んだ後、発現可能に宿主細胞に導入し、細胞内で発現したペプチドを精製するという方法などを採用することができる。なお、宿主において目的のタンパク質を大量発現させることができる適当なプロモーターとともに上記抗体酵素をコードする遺伝子を組み込めば、目的とする抗体酵素を効率よく取得できるために、好ましい。
【0062】
上記抗体酵素のアミノ酸配列が明らかでない場合には、先ずモノクローナル抗体産生細胞やそのハイブリドーマなどからmRNAを取得し、当該mRNAからcDNAを合成しその遺伝子配列を読み取る。その後、その遺伝子配列からアミノ酸配列を推定し、分子モデリングによって3次元構造を予測して触媒三つ組残基様構造が含まれているか否かを確認すればよい。そして、上記触媒三つ組残基様構造が含まれている抗体断片を抗体酵素として取得することができる。
【0063】
また、本発明にかかる抗体酵素をコードする遺伝子については、その塩基配列が明らかとなっているものの場合には、モノクローナル抗体産生細胞やそのハイブリドーマなどからcDNA(あるいはゲノムDNA)を取得した後、それを鋳型として適当なプライマーを用いてPCRを行ない、該当する領域を増幅させることで本発明にかかる抗体酵素をコードする遺伝子取得することができる。また、部位特異的突然変異誘発法を利用して、配列番号2、6、または10に示す塩基配列からなる遺伝子に適当な変異を導入すれば、それを導入した形質転換体においては、配列番号1、5、または9に示すアミノ酸配列からなる抗体酵素の変異体が発現産物としてそれぞれ得られる。
【0064】
(3)本発明にかかる抗体酵素の利用方法について
これまでに、CCR5の働きを抑制する作用をもつ抗HIV薬剤は開発されてきたが、本発明にかかる抗体酵素は、これらの抗HIV薬剤とは全く異なる手法に基づいて、CCR5を直接攻撃してそのコレセプターとしての機能を消失させることができる。そのため、この抗体酵素は抗HIV薬剤として利用することができる。
【0065】
上記抗体酵素を含む抗HIV薬剤は、CCR5のN末端領域を酵素的に完全に分解してそのコレセプターとしての機能を消失させるという、新しい作用機構でHIVの感染を阻害したり、エイズの発症を抑制したりすることができる。そして、このような抗HIV薬剤は、CCR5を特異的に分解するため、顕著な抗HIV効果を期待できるととともに、副作用も少ないものと考えられる。また、上記抗体酵素の反応機構から考えると、現在使用されている他の抗HIV薬剤と併用することによって、エイズに対する治療効果がより向上することが期待できる。
【0066】
上記本発明にかかる抗体酵素を含む抗HIV薬剤は、本発明にかかる抗体酵素のみによって構成してもよいが、薬理学的に許容される担体などと混合して構成してもよい。医薬組成物の製造法として公知の手段に従って、上記抗HIV薬剤を製造することができる。
【0067】
ここで、薬理学的に許容される担体には、製剤素材として使用可能な各種有機または無機担体物質が用いられ、固形製剤における賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤、または液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤などとして配合される。
【0068】
上記賦形剤としては、例えば乳糖、白糖、D−マンニトール、キシリトール、ソルビトール、エリスリトール、デンプン、結晶セルロースなどが挙げられ、滑沢剤としては、例えばステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク、コロイドシリカなどが挙げられる。
【0069】
また、上記結合剤としては、例えばα化デンプン、メチルセルロース、結晶セルロース、白糖、D−マンニトール、トレハロース、デキストリン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドンなどが挙げられる。
【0070】
崩壊剤としては、例えばデンプン、カルボキシメチルセルロース、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウムなどが挙げられる。
【0071】
上記溶剤としては、例えば注射用水、アルコール、プロピレングリコール、マクロゴール、ゴマ油、トウモロコシ油、トリカプリリンなどが挙げられる。
【0072】
上記溶解補助剤としては、例えばポリエチレングリコール、プロピレングリコール、D−マンニトール、トレハロース、安息香酸ベンジル、エタノール、トリスアミノメタン、コレステロール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウムなどが挙げられる。
【0073】
上記懸濁剤としては、例えばステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、モノステアリン酸グリセリンなどの界面活性剤、あるいは、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースなどの親水性高分子が挙げられる。
【0074】
上記等張化剤としては、例えば塩化ナトリウム、グリセリン、D−マンニトールなどが挙げられる。緩衝剤としては、例えばリン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩などの緩衝液などが挙げられる。
【0075】
上記無痛化剤としては、例えばベンジルアルコールなどが挙げられる。
【0076】
上記防腐剤としては、例えばパラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸などが挙げられる。
【0077】
抗酸化剤としては、例えば亜硫酸塩、アスコルビン酸などが挙げられる。
【0078】
上記抗HIV薬剤における抗体酵素の含量は、特に限定されるものではなく、投与方法に応じて適宜最適量を検討の上、採用すればよい。
【0079】
上記抗HIV薬剤は、製剤技術分野において慣用の方法により製造することができる。抗HIV薬剤の剤形としては、例えば錠剤、カプセル剤(ソフトカプセル、マイクロカプセルを含む)、散剤、顆粒剤、シロップ剤等の経口剤のほか、注射剤、坐剤、ペレット、点滴剤等の非経口剤が挙げられ、これらは毒性も低く、それぞれ経口的または非経口的に投与できる。
【0080】
本発明にかかる抗HIV薬剤の投与量は、投与対象、投与ルート、症状などによっても異なる。したがって、上記投与量は、最適な条件を適宜検討の上、採用すればよい。
【0081】
さらに、本発明にかかる抗体酵素は、それをコードする遺伝子を適当な宿主に導入することによって形質転換体を作製することができる。すなわち、本発明にかかる形質転換体は、上記抗体酵素をコードする遺伝子が導入された形質転換体である。ここで、「遺伝子が導入された」とは、公知の遺伝子工学的手法(遺伝子操作技術)により、遺伝子が対象細胞(宿主細胞)内に発現可能に導入されることを意味する。この形質転換体は、自身の体内で上記抗体酵素を発現させることができる。
【0082】
本発明にかかる形質転換体としてより具体的には、配列番号2、6、または10に示される塩基配列からなる遺伝子が、宿主細胞に導入されたものを挙げることができる。上記宿主細胞としては、大腸菌、酵母、バキュロウイルスなど、通常使用しているもの適宜用いることができる。
【0083】
上記形質転換体は、自身の体内でCCR5を特異的に認識して完全に分解し、その機能を消失させることができるため、抗HIV薬剤として利用することができる。また、上記抗体酵素を大量発現できるような形質転換体であれば、HIVの感染の予防や、エイズの症状の治療を効率よく行なうことができると考えられ、より有効な抗HIV薬剤を得ることができる可能性がある。
【0084】
以下添付した図面に沿って実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0085】
また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【実施例】
【0086】
(1.モノクローナル抗体の作製法)
<免疫>
CCR5のN末端領域ペプチド(以下「NC5ペプチド」;MDYQVSSPIYDINYYTSEPCQKINVKQIAARLL;配列番号15)とKLH(Pierce, USA)とのconjugateの作製を以下の通りに行なった。NC5ペプチドは、Peptide & Protein Research Cons. Devon, UK.から購入された。
【0087】
KLH(10mg/ml)に対して架橋試薬MBS(m-maleimido-benzoyl-N-hydrosuccinimide、入手先:Peerce,IL,USA)を0.63mgを撹拌しながら添加し、そのまま1時間反応させた。カラム(Sephadex G-25、Parmacia社製)により未反応のMBSを除去した後、NC5ペプチド(2mg)とKLH(2mg)とを50mM リン酸緩衝液(pH7.2〜7.4)中で反応させた。この時、KLHはNC5ペプチドのアミノ酸配列中のシステインと反応し、conjigateとなる。これを免疫用抗原として用い、Balb/cマウス(雌 6週齢)に以下のようにして免疫を行なった。
【0088】
上記conjugateをクリーンベンチ内でFCA(Freund’s complete adjuvant;三菱ヤトロン社、コードRM606-1)と混合し、マウスフットパッドに100μlずつ、計3回免疫した。
【0089】
抗体価の上昇の確認は、マウス眼窩静脈叢より採血を行ない、通常のELISA法でNC5ペプチドに対する抗体価の測定をすることにより行なった。ELISA法は以下のようにした。NC5ペプチドをPBSにて5μg/mlになるように調製した。上記NC5ペプチドを96穴ウェルプレートに50μl注入した。上記ウェルプレートを4℃、一晩で静置後、0.05%のTween 20を含むPBS(「PBS−T」)でプレートを3回洗浄した。ウェルプレートの全ウェルに2%ゼラチンを含むPBSを150μlずつ加えた。上記ウェルプレートを室温で1時間静置して、ブロッキングを行なった。採取した血清をPBSで1/100希釈し、1/100から4倍連続希釈を7回繰り返し、1サンプルにつき抗血清希釈液を8種類用意した。また陰性対照として、未免疫マウスの血清も同様にして試験に用いた。ブロッキング後の各ウェルに、連続希釈した血清を50μlずつ加え、室温で1時間、静置した(一次反応)。PBS−Tによる洗浄後、PBS−Tで1/1000希釈したペルオキシダーゼ(POD)標識抗マウスIgG(Fc)(ICN社 コード67429)を各ウェルに50μlずつ加えた。室温で1時間、静置を行なった(二次反応)。ウェルプレートをPBS−Tで洗浄後、TMB基質(3,3’,5,5’-tetramethylbenzidine、入手先:KPL,Gaithersburg, MD, USA)を各ウェルに100μlずつ加え、30分間静置後にプレートリーダー(波長450nm)で吸光度を測定した。
【0090】
<細胞融合>
抗体価が上昇したマウスから脾臓を摘出し、マウスリンパ節細胞(1×108個)とマウスミエローマ細胞(P3U1;2×107個)との細胞融合を行なった。上記細胞融合の方法は、ポリエチレングリコール(PEG4000、和光純薬工業株式会社 コード162-09115)を使って行なう通常の方法で行なった。その後、HAT選択、スクリーニング、およびクローニングを繰り返し、表1に示す8個の抗NC5モノクローナル抗体産生細胞を確立した。
【0091】
確立したモノクローナル抗体のアイソタイプの決定を、アイソタイピングキット(Iso StripTMマウスモノクローナル抗体アイソタイピングキット(Roche 1493027))を用いて行なった。その方法は、添付のマニュアルに準じて行なった。その結果を表1に示した。
【0092】
【表1】
【0093】
<NC5ペプチド以外のペプチドおよびタンパク質との交差反応性試験>
上記で得られた抗NC5モノクローナル抗体産生細胞のうちの5クローン(5A2株、6A2株、2B8株、3F4株、および4H6株)の培養上清を用いて、NC5ペプチド以外の種々のペプチドおよびタンパク質との交差反応性をELISA法により調べた。ペプチドおよびタンパク質には、NC5ペプチド、Keyhole Lympet Hemocyanine(図15および図16では「KLH」と表記する)、ヒト血清アルブミン(図15および図16では「HSA」と表記する)、ウシ血清アルブミン(図15および図16では「BSA」と表記する)、ヒト-γ-グロブリン(図15および図16では「Human-γ-globlin」と表記する)、ヒトヘモグロビン(図15および図16では「Human-hemoglobin」と表記する)、TP41-1 peptide(TPRGPDRPEGIEEEGGERDRD:21mer:配列番号16、図15および図16では「TP41-1」と表記する)、RT-1 peptide(KLLRGTKALTFVIPLTEEAE:配列番号17、図15および図16では「RT-1」と表記する、)を用いた。なお上記RT-1 peptideは、エイズウイルスの逆転写酵素の部分ペプチドである。
【0094】
ELISA法は以下のようにして行なった。上記ペプチドおよびタンパク質がそれぞれPBSで5μg/mlとなるようにサンプルを調製し、96穴のウェルプレートに200μlずつ入れ、コーティングを行なった。またペプチドおよびタンパク質をコートせずにELISA法を行なった場合を陰性対照とした(図15および図16では「(−)」と表記する)。細胞の培養上清はPBS−Tで1/2希釈し、一次反応に用いた。2次抗体として、AP-F(ab’)2 Rabbit anti Mouse IgGAM(H+L)、(入手先:Zymed 61-6322 Lot.11167841R)を500倍希釈して用いた。その他の操作は、既述のELISA法に準じて行なった。
【0095】
その結果を図15および16に示す。図15には、5A2株(同図中「5A2」で示す)、6A2株(同図中「6A2」で示す)、および陰性対照として各モノクローナル抗体の培養に用いた培養前の培地(同図中「陰性対照(培地)」で示す)について、交差反応性試験を行なった結果を示した。また図16には、2B8株(同図中「2B8」で示す)、3F4株(同図中「3F4」で示す)、および4H6株(同図中「4H6」で示す)について交差反応性試験を行なった結果を示した。上記の交差反応性試験の結果、NC5ペプチド以外の基質に対して非特異的な結合が若干観察されたが、抗NC5モノクローナル抗体産生細胞によって産生されるいずれのモノクローナル抗体もNC5ペプチドに対して高い特異性を有しているということがわかった。
【0096】
<抗NC5モノクローナル抗体産生細胞の培養>
抗NC5モノクローナル抗体産生細胞(ハイブリドーマ)は20%FCSを含むIMDM培地(SIGMA社製、I−2510)を用い、37℃、CO2濃度5.5%の条件で、1〜5×107cellsが得られるまで培養された。上記培養によって得られた細胞を50ml遠心チューブに移し、1,400rpmで6分間、遠心分離して、当該細胞を回収した。培養培地をアスピレーターにて除去後、10mlのPBSで上記細胞を懸濁し、1つのチューブにまとめて再度1,400rpmで6分間、遠心分離を行なった。上清をアスピレーターにて吸引除去後、再度10mlのPBSで懸濁した後、血球計算盤を使用して細胞数をカウントした。
【0097】
カウント後、1〜5×107cells分の細胞懸濁液を取り、1,400rpmで6分間、遠心分離を再度行ない、上清を除去した。さらに、ペーパータオル上で逆さにし、完全にPBSを除去した。この時アスピレートが不十分であれば、再度遠心分離を行ない、マイクロピペットで残ったPBSを除去した。
【0098】
<mRNAの抽出と精製>
mRNAの抽出は、QuickPrepTM mRNA purirfcation Kit(アマシャム ファルマシア バイオテク株式会社製)を用い、上記キットの推奨プロトコールに準じて行なった。以下にその方法を示す。
【0099】
mRNAの抽出は、予め37℃のインキュベーターに30分間ほど静置して結晶を完全に溶解させた1.5mlのExtraction bufferを、上記にて回収した細胞(ペレット)に添加し、21Gの注射針に数回通すことによって、細胞を破砕した。その細胞破砕溶液に、3mlのElution bufferを加え、更に細胞を破砕した。得られた細胞破砕溶液を、RNease freeの1.5ml容マイクロチューブ4本に分注し、室温(25℃)、18,000×gで20分間遠心分離を行なって、oligo(dT)-cellulose spin columnに供するサンプルを調製した。
【0100】
mRNAの単離は、まず、oligo(dT)-cellulose spin columnの樹脂を懸濁し、上下のキャップを外して15ml容 遠心チューブにセットし、1,300rpmで2分間(樹脂が乾燥しすぎないように1分45秒で遠心分離機を止めた)遠心分離を行なって、カラム内の保存液の除去を行なった。その後、下キャップをカラムに取り付けた。除タンパクおよび除DNA処理を行なったサンプル(上清)4mlをカラムに添加し、上キャップをカラムに取り付け、樹脂を懸濁した後、10〜15分間、転倒混和を行なうことによって、樹脂にmRNAを吸着させた。そして、上下のキャップをカラムに装着したまま、1,400rpmで1〜2分間遠心分離を行なった後、上キャップをはずし、上清をRNase freeのマイクロピペットを使用して除去した。そこに、3mlのHigh-salt bufferを添加し、2分間ほど緩やかに混和した後、上キャップをカラムに装着し、1,400rpmで2分間遠心分離を行なって上清を除去した。この操作をさらに2回繰り返した。
【0101】
次に3mlのLow-salt bufferをカラムに添加して約1〜2分間 穏やかに懸濁後、上キャップを装着し15ml容 遠心チューブに入れ、1,400rpmで2分間 遠心分離を行なって上清を除去した。その後、下キャップも取り外し、3mlのLow-salt bufferを樹脂表面が平らになるように壁面に添わせながら添加した後、15ml容 遠心チューブにカラムを設置し1,300rpmで2分間遠心分離を行なった。
【0102】
次に新しい15ml容 遠心チューブを用意し、mRNA回収用の1.5ml容マイクロチューブ2個の蓋をハサミで切断後、15ml容 遠心チューブに重ねて入れることによって溶出用チューブを作製した。溶出用チューブにカラムを入れ、そこに65℃に加熱した0.25mlのElution bufferを添加し、1,300rpmで2分間遠心分離を行なった。この操作を2回繰り返し、溶出液をmRNA画分として回収した。回収したmRNA画分を氷上に静置した。10μlのmRNA画分に対して、70μl Elution bufferを加えて8倍希釈し、Elution Bufferを吸光度ブランクとしてA260(RNA)、A280(タンパク質)を測定した。なお吸光度の測定には、塩酸:メタノール=1:1の溶液に1時間ほど浸漬することによってRNease freeにした後、DEPC処理水(Dietyl Pyrocarbonate 処理水)で洗浄したセルを使用した。またRNA濃度は、A260×希釈率40μg/mlで算出した。
【0103】
また、回収したmRNA画分に1/10量の3M 酢酸カリウム、1/50量のグリコーゲン、2.5倍量の95%エタノールを加えて混合した。上記混合液を−30℃に約40分間置き、4℃、15,000rpmで5分間遠心分離を行なった後、−80℃で保存した。
【0104】
なお、240℃で2時間乾熱滅菌がなされたガラスおよび金属類、並びにRNase and DNase freeのプラスチック類を、上記mRNAの調製において使用した。
【0105】
<mRNAからのFirst strand cDNAの合成>
−130℃でエタノール沈殿の状態で保存していたmRNAを取り出し、4℃、15,000rpmで10分間遠心分離を行ない、マイクロピペットで上清を除去した。その後、1ml冷75%エタノール(当該冷75%エタノールは予めDEPC処理水で調製し、−30℃に保存したもの)を、マイクロチューブに対してペレットの無い方から穏やかに添加してリンスを行なった。次に上記マイクロチューブを、4℃、15,000rpmで10分間遠心分離を行なった後、マイクロピペットで上清を除去した。そして、15分間真空乾燥を行ない、RNA濃度が0.2μg/μlとなるようにDEPC処理水を添加し、1時間静置してRNAを溶解した。溶解後、確認の為にmRNA溶液をDEPC処理水でA260=1前後になるように希釈し、吸光度を測定した。
【0106】
cDNAの合成は、AMV Reverse Transcriptase First-strand cDNA Synthesis Kit (インビトロジェン社製)を用い、当該キットのプロトコールに準じて行なった。以下に方法を示す。キットを−80℃より取り出し、各試薬を氷上で溶解し、よく混合した。RNase freeの0.2ml容マイクロチューブに、mRNA2μg相当のmRNA溶液を添加した。上記マイクロチューブにpd(T)12〜18primer(0.5μg/ml)を2ml添加し、17μlとなるようにDEPC処理水でメスアップした。上記溶液を混合後、70℃で10分間アニーリング処理を行なった。その後、氷上にマイクロチューブを置き、0.25M DTTを1μl、Rnase inhibitor を1μl、および5×Reaction buffer 5μlをマイクロチューブへ添加し、よく混合した。さらに、AMV-RT 1μlをマイクロチューブへ添加し緩やかに混合した後、41℃で60分間伸長反応を行なった。60分間経過後、氷上にマイクロチューブを置くことで伸長反応を停止し、その後マイクロチューブは−30℃に保存された。
【0107】
<PCRによる抗体可変領域遺伝子の増幅>
Mouse Ig primer Kit(Novagen社製)、およびNovaTaqTMHot Start DNA Polymerase Kit(Novagen社製)を使用し、上記にて得られたcDNAから、抗体遺伝子の可変領域の増幅を行なった。
【0108】
まず抗体重鎖および軽鎖をコードする遺伝子の増幅には、Master mix(37.25μl 滅菌超純水、0.5μl 3’-Primer(最終濃度5pmol)、3μl 25mM MgCl2(最終濃度1.5mM)、1μl 10mM dNTPs(最終濃度 0.2mM)、5μl 10×NovaTaq Hot Start Buffer(最終濃度1×)、および0.25μl NovaTaq Hot Start DNA Polymerase(最終濃度1.25U)を混合した溶液を準備し、陽性対照、陰性対照、およびプライマーの本数分準備したPCRチューブに当該溶液を47μlずつ分注した。上記PCRチューブに、1ml 5’-Primer(最終濃度5pmol)、および2ml cDNA溶液を添加した。なお、上記陽性対照として Mouse Ig primer Kitに付属にものを使用し、陰性対照として滅菌超純水を使用した。
【0109】
上記PCRチューブ内の溶液をよく混合し、Biometra社 T-GRADIENT、TaKaRa社 PCR Thermal cycler PERSONALを使用してPCRを行なった。PCRの反応条件として、軽鎖は95℃ 7分間のプレヒート後、熱変性を98℃ 15秒間、伸長反応を74℃ 15秒間とし、アニーリングは70℃→66℃→62℃→58℃→54℃→50℃と6段階で4℃ずつ下げるStep Down法を採用し15秒間行なった。上記の熱変性、伸長反応、およびアニーリングのステップを、アニーリング温度が54℃になるまでは、3サイクルずつ行ない、アニーリング温度が50℃の反応を10サイクル行なった。一方、重鎖は95℃ 10分間のプレヒート後、熱変性を94℃ 1分間、アニーリング温度50℃ 2分間、伸長反応を72℃ 2分の3ステップを40サイクル行なった後、72℃の伸長反応を10分間行なった。上記PCR終了後、アガロースゲル電気泳動により、各抗体可変領域遺伝子の増幅を確認した。
【0110】
<TOPO TA Cloning Kit(インビトロジェン社製)によるクローニング>
以下のようにして、クローニングを行なった。
【0111】
アガロースゲル電気泳動で抗体可変領域と予測されるDNAの増幅を確認したPCR産物2μl、Salt Solution 1μl、およびSterile Water 2μlを、氷上にてPCRチューブに分注し、混合した。さらに上記PCRチューブに、TOPO vector 1μlを添加して緩やかに混合後、当該PCRチューブ内の溶液を30分間、室温でライゲーション反応させた。30分後、直ちにPCRチューブを氷上に置き、反応を停止させた。
【0112】
使用直前に−80℃のフリーザーからOne Shot TOP10 Chemically Competent E. coli(インビトロジェン社製)を取り出して、氷上で溶解した。上記One Shot TOP10 Chemically Competent E. coliに、氷上に置いていたライゲーション反応液2μlを加え、氷上で30分間インキュベーションを行ない、Competent cell間にDNAを拡散させた。反応終了後、42℃で45秒間ヒートショックを与えてDNAを取り込ませた後、氷上に戻し2分間静置した。あらかじめ室温に戻しておいた250μlのSOC mediumをクリーンベンチ内で上記DNA溶液に対して加え、振盪(200rpm)しながら37℃で1時間培養した。
【0113】
この間に、予め準備しておいたAmpicillin/LB plate 1枚に対して、100μlの100mM IPTG stockと、20μlのX-Gal 50mg/mlを塗り広げ、15〜30分間乾燥させた。感想終了後、Ampicillin/IPTG/X-Gal/LB plateに、大腸菌液(50μlまたは100μl)を塗り広げ、37℃で一晩培養を行なった。
【0114】
形質転換後の青/白判定により、DNA断片がインサートされていると考えられる白コロニーを12コロニー程度選択し、偽陽性を除くため、更に画線培養を行なった。画線培養では、形質転換と同様にAmpicillin/IPTG/X-Gal/LB plateを使用し、白金耳で単一コロニーが得られるように画線し、37℃で一晩培養を行なった。
【0115】
各コロニーにDNA断片が挿入されていることを確認の後、プラスミドDNAを以下のように調製した。
【0116】
形質転換体の培養液から0.75mlの培養液を取り、0.2mlの80%グリセロールと混合して−80℃にストックし、残りの約5.25mlの培養液を1.5ml容 マイクロチューブ6本に移し、12,000rpmで1分間遠心分離を行なって集菌し、上清を丁寧に吸引除去した。上記マイクロチューブにSolution I(50mM D−グルコース、25mM Tris−HCl、10mM EDTA、pH8.0)を100μl加え、ボルテックスミキサーにかけてよく懸濁した。
【0117】
次に上記マイクロチューブにSolution II(0.2N NaOH、1%(w/v)SDS)を200μl加えて転倒混和後、当該マイクロチューブを氷中に5分間置き、Solution III(3M CH3COOK、2MCH3COOH)を150μl加えて緩やかに混合した後、当該マイクロチューブを氷上に5分間置いた。
【0118】
そして、4℃、15,000rpmで10分間遠心分離を行なった後、沈殿が入らない様に注意しながら上清を採り(この時採取量を把握しておく)、新しい1.5ml容 マイクロチューブに移し、等量のフェノール・クロロホルムを加えて混合した後、4℃、15,000rpmで2分間遠心分離を行なった。さらに上記作業を繰り返して合計2回のフェノール・クロロホルム処理を行なった後、上層(水層)を別のマイクロチューブに移し、2倍等量の冷エタノール 1mlを加えて上下に振って混合した後、−70℃で5分間静置した。そして、4℃、15,000回転で10分間遠心分離を行なった後、上清を除去した。そして70%冷エタノールを1ml加えてペレットをリンスし、4℃、15,000rpmで10分間遠心分離を行ない、上清を除去した後、15分間真空乾燥を行なった。
【0119】
真空乾燥終了後、TE(10mM Tris−HCl、1mM EDTA)45μlでペレットを溶解し、RNase A溶液(5mg/ml Rnase A、10mM Tris,15mM NaCl、pH7.5)5μlをマイクロチューブへ加えた(終濃度:50μg/ml)。マイクロチューブ2本分の溶液を、1本のマイクロチューブにまとめ、37℃で1時間反応させた。
【0120】
反応終了後、2/3等量のPEG(13%(w/v)PEG6000、0.8M NaCl)をマイクロチューブへ添加し、当該マイクロチューブを氷上に1時間以上置いた。その後、4℃、15,000rpmで15分間遠心分離を行ない、上清を除去した。上記マイクロチューブへ、70%エタノール 1mlを加えてリンスし、4℃、15,000rpmで10分間遠心分離を行なった。上記遠心分離の上清を除去した後、真空乾燥を行なった。真空乾燥後、1サンプルにつき50μlの滅菌水を添加してサンプルを溶解してプラスミド溶液とした。そして、アガロース電気泳動によるバンド比較にてサンプルのDNA濃度を推定した。
【0121】
<塩基配列の決定>
Thermo SequenaseTMCyTM5.5 Terminator Cycle Sequencing Kit (Pharmacia)を用いて、塩基配列の決定を行なった。A(アデニン)、C(シトシン)、G(グアニン)、およびT(チミン)の4種類の塩基用に、PCRチューブを用意し、d(N)TP/Cy5.5-dd(N)TPを各サンプル分、1μlずつ分注した。
【0122】
次に、DNA/プライマーミックスの調製を行なった。前項で調製された1.5μgのDNA、3.5μlのReaction Buffer、1μlのTOPO13 Reverse(4pmol/μl)(Invitrrogen)、および2μlのThermo Sequenase(10U/μl)を混合し、さらに滅菌超純水を添加して全量が31.5μlとなるようにした。これを上記のPCRチューブに7μlずつ分注し、すみやかにBiometora社 サーマルサイクラーにセットし、95℃で30秒間、58℃で30秒間、および72℃で120秒間の反応サイクルを30サイクル行ない、4℃で冷却し反応を停止させた。
【0123】
反応終了後、サンプルをPCRチューブから1.5ml容のマイクロチューブに移し、20mg/mlグリコーゲンを1μl、7.5M酢酸アンモニウムを2μl、および98%エタノールを30μl添加し、よく混合した。10分間氷上で静置した後、12000rpmで20分間遠心分離した。その後、ペーパータオル上でデカンテーションにより上清を除去し、70%エタノールを200μl添加し、ペレットおよびチューブ内壁をリンスした。そして12000rpmで10分間遠心分離を行ない、その後、マイクロピペットを使用し、上清を丁寧に除去した。そして、遮光してペレットを乾燥させ、6μlのLoading Dyeに溶解し、72℃で、3分間熱処理を行ない、LONG-READ TOWERTM System (Amersham Pharmacia Biotech.)に各2μlずつローディングし、解析を行なった。得られた塩基配列は、DNASISソフトウェアを使用して解析され、アミノ酸配列に翻訳された。
【0124】
<抗体可変領域の立体構造予測>
上記にて決定した塩基配列から推測した抗体可変領域のアミノ酸配列をもとに、ソフトウェアAbM (Oxford Molecular社製、 Oxford、UK)を用いて、目的抗体のCDR領域のループ構造およびFR領域の立体構造を予測した。AbMで予測された立体構造をもとに、ソウトウェアInsightII/Discover3 (Molecular Simulatoin社製、USA)により分子間力計算を行ない、熱力学的に安定となる立体構造を予測した。
【0125】
さらに、ソフトウェア PPC Protein AdviSer(富士通九州システムエンジニアリング)を用いて、立体構造中のセリンプロテアーゼの活性部位を構成する触媒三つ組み残基を構成するSer、HisおよびAspの残基群を探索した。その結果、モノクローナル抗体5A2、6A2、および2B8の3種類の抗体軽鎖(L鎖)はいずれも触媒三つ組み残基構造を有していた(図1〜3参照)。なお図の見方については、「発明を実施するための最良の形態」の項で既に述べたとおりである。
【0126】
発明者らによるこれまでの多くの研究(Appl. Biochem. Biotech., 83, 209-220(2000); J. Immunol. Methods, 269, 283-298(2002); Immunol. Lett. 86, 249-257(2003); Biotechnol. Bioeng., 84(7), 485-493(2003); 化学工業、54, 368-372(2003); Biotechnol. Bioeng. 86(2), 217-225(2004); 科学、75(11), 1254-1259(2005).)から、抗NC5モノクローナル抗体5A2、6A2、および2B8は、抗体酵素である可能性が示唆された。そこで、上記3つの抗NC5モノクローナル抗体について、重鎖(H鎖)軽鎖(L鎖)の抗原分解能の有無について検討することとした。
【0127】
<抗NC5モノクローナル抗体の大量取得と精製>
上記3つの抗NC5モノクローナル抗体の大量調製は、あらかじめプリスタン(2,6,10,14-tetramethylpentadecane)が投与されたBalb/cマウスに、各抗NC5モノクローナル抗体産生細胞 0.5×106個投与し、当該マウスから腹水を採取することによって行なった。上記のようにして取得した各抗NC5モノクローナル抗体を以下の方法で精製し、目的の実験に用いた。
【0128】
(1)塩析
腹水約8mlを同量のPBSで希釈後、濾過してフィブリンを除去した。これを2本の高速冷却遠心チューブに分け、各々、同量の飽和硫酸アンモニウムをドロップワイズで加えた。これを氷中で30分間静置し、その後、4℃、10000rpmで、10分間遠心分離した。デカンテーションにより上清を除去し、ペレットを6mlのPBSに溶解した。再度、等量の飽和硫酸アンモニウムを添加して塩析し、ペレットを6mlのPBSに溶解した。これを、1本のチューブに合わせ、PBSに対して2回透析した。
【0129】
(2)カラム精製
透析終了後、抗体の精製を行った。操作はMAPS-IIキット(BIO-RAD社製/ProteinAを使った精製キット)の説明に従い、4℃で行なった。使用する試薬として、0.05%NaN3/PBS、Binding buffer、Elution buffer、および2M Tris−HCl(pH8.0)を以下のようにして調製した。0.05%NaN3/PBSは、0.1gのNaN3を200mlのPBSに溶解した。Binding bufferは、47.1gのBinding buffer粉末を蒸留水に溶解し、150mlにメスアップして調製した。この時、pHメーターを用い、pHが9±0.2であることを確認し、範囲外である時はHClまたはNaOHでpHを調整した。Elution bufferは2.3gのElution buffer粉末を蒸留水に溶解し、100mlにメスアップして調製した。この時、pHメーターを用い、pHが3±0.2であることを確認し、範囲外である時はHClまたはNaOHでpHを調整した。2M Tris−HClは、12.11gのTrisを蒸留水に溶解し、HClでpHを8.0に調整した後、蒸留水で50mlにメスアップした。
【0130】
透析終了後、上記の塩析済みの腹水を、腹水: Binding buffer=1:1.2になるように希釈した。不溶物が認められる時には濾紙で濾過して取り除いた。また、精製操作前に、0.05%NaN3/PBS、Binding buffer、およびElution buffer、並びにサンプル(上記腹水の濾液)を脱気した。
【0131】
キットに含まれるアフィゲルプロテインA(BIO-RAD社 商品名)を充填し、カラムを上記Binding bufferで洗浄した。UV 280nmの吸光度をモニターし、ベースラインが落ち着くまで上記Binding bufferでゲルを洗浄した。流速を0.2ml/minに調節し、ゲル表面とBinding bufferの液面とがほぼ一致したところで、上記サンプルをカラムに供した。
【0132】
次に、50ml以上のBinding bufferを供し、抗体以外の夾雑物質を除去した。ここで検出したピーク部分は、素通り画分として採取した。素通り画分を分取後、ベースラインが安定したら、ゲル表面とBinding bufferの液面とがほぼ一致したところで、45mlのElution bufferを添加し、アフィゲルプロテインA(BIO-RAD社製)に結合した抗体を溶出させ、ピーク部分を抗体画分として分取した。回収した各画分について、pH試験紙でpHを測定し、2M Tris−HCl(pH8.0)で中和した。上記抗体画分(抗体液)はPBSに対して2回透析された後、SDS−PAGEで純度を確認した。純度の高い画分のみを回収し、DCプロテインスタンダードアッセイ(BIO-RAD社製)でタンパク濃度を測定し、1mg/ml以上の濃度(1mg/ml未満の場合は濃縮して)で凍結保存した。
【0133】
<抗NC5抗体重鎖(H鎖)および軽鎖(L鎖)の分離精製>
(1)限界ろ過
上記精製した抗体溶液(タンパク質5mg分)を0.15M NaClを含む50mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0)に対して2回透析した。透析終了後の抗体溶液をセントリプレップ−10(ミリポア社製)を用い、4℃、2,800rpmで遠心し、約1mlになるまで限外ろ過濃縮を行なった。上記抗体溶液に対して、5mlの50mM Tris-HCl+0.15M NaCl buffer(pH8.0)を加え、約1mlになるまで再び限外ろ過濃縮を行なった。上記操作を再度行なった後、50mM Tris-HCl+0.15M NaCl buffer(pH8.0)で抗体溶液を2.7mlに調整し、当該抗体溶液を褐色瓶に入れた。上記抗体溶液は、以下の実験に使用するまで低温下で保存された。
【0134】
(2)重鎖・軽鎖抗体の分離
50mM Tris-HCl+0.15M NaCl buffer(pH8.0)、1M Tris solution、および抗体溶液2.7mlをそれぞれ脱気した。2-ME(メルカプトエタノール)と50mM Tris-HCl+0.15M NaCl buffer(pH8.0)とを抗体溶液に加え、ピペッティングによって溶液を軽く混合しつつ、1M Tris solutionでpH8.0に調整した後、反応容器内に窒素を封入した。インキュベーター内で、15℃、3時間スターラーで撹拌しながら還元反応を行なった。脱気後の0.6M ヨードアセトアミド 600μlを抗体溶液に対して加え、混合した。上記抗体溶液のpHを、1M Tris solutionでpH8.0に調整した。15℃で15分間撹拌しながらアルキル化反応を行なった。ディスクフィルター(ポアサイズ0.2μm)を使用し、抗体溶液の除粒子を行なった。上記抗体溶液を、セントリプレップ−10を用いて、液量が約0.5mlになるまで、限外ろ過濃縮を行なった。
【0135】
<サイズ排除HPLCによる抗NC5モノクローナル抗体重鎖および軽鎖の精製>
重鎖および軽鎖の精製は、サイズ排除クロマトグラフィー(JASCO,PU-2080 Plus)、カラム(Waters,Protein-PakTM300SW,7.5 × 300 mm Column)を使用して行なわれた。移動相に用いる6M グアニジン塩酸塩(pH6.5)、流速0.15ml/分でカラムの平衡化を行なった(120 分間程度)。抗体溶液のサンプルを2〜3回に分けてカラムへインジェクションした。クロマトグラムを参照しながら、重鎖および軽鎖をそれぞれ分取した。取得した重鎖および軽鎖のサンプルそれぞれをPBSに対して透析し、重鎖および軽鎖をRefoldingした。重鎖および軽鎖のサンプルのバッファーを15mM PBに交換した後、クリーンベンチ内でサンプルを回収した。重鎖および軽鎖のサンプルについてDCプロテインスタンダードアッセイ(BIO-RAD社製)で重鎖および軽鎖の濃度を測定した後、SDS−PAGEで純度を確認して当該サンプルを4℃で保存した。
【0136】
<抗NC5モノクローナル抗体重鎖および軽鎖のペプチダーゼ活性の検討>
天然型抗体酵素の特徴は、その抗体自身が標的となるタンパクを特異的に完全分解することである。しかし、ペプチド基質を用いて抗体酵素の分解活性を検討する場合には、非特異的に反応するということが知られている。そこで、これまでの抗体酵素のペプチダーゼ活性の検討によく用いられてきたペプチドTP41-1 peptide(TPRGPDRPEGIEEEGGERDRD:21mer:配列番号16)を使用して該抗体が該ペプチド分解能を有するか検討した。なお、マウスの免疫に用いた抗原ペプチドは水に難溶性であったため、ペプチダーゼ活性の検討の基質として用いることはできなかった。
【0137】
(1)実験方法
まずクリーンベンチ内で、240μMのTP41-1 peptide 溶液(15mM PB(pH6.5)を調製し、0.2μmのフィルターでろ過滅菌を行なった。試験管内でTP41-1 peptide 溶液と15mM PB(pH6.5)とを1:1となるように混合したものをコントロール溶液とした。上記のようにして調製した各反応溶液は以下の通りである。
反応液(1)0.8μM 軽鎖+TP41-1 peptide溶液 ・・・600μl作製
反応液(2)0.4μM 重鎖+TP41-1 peptide溶液 ・・・600μl作製
反応液(3)コントロール溶液 ・・・500μl作製
反応は、25℃で行なわれた。
【0138】
また反応の分析はHPLC(puresil C18、Waters社)を使用した。HPLCの測定条件として、カラムオーブンは40℃、溶離液は0.08% TFA、13%アセトニトリル、超純水を使用した。各反応液をクリーンベンチ内で30μl回収し、当該反応液を0.45μmのフィルターに通し、さらに10,000rpmで1分間遠心分離後のものをサンプルとして、HPLCに供した(サンプルのインジェクション量20μl)。
【0139】
(2)結果
上記試験の結果を示すべく、反応基質(TP41-1 peptide)の経時変化を図5〜8に示した。図5は抗NC5モノクローナル抗体5A2(Lot.1)の結果を示し、図6は抗NC5モノクローナル抗体5A2(Lot.2)の結果を示し、図7は抗NC5モノクローナル抗体6A2の結果を示し、図8は抗NC5モノクローナル抗体2B8の結果を示している。また各図において、丸のシンボルは上記反応液(1)の結果を示し、四角のシンボルは上記反応液(2)の結果を示し、三角のシンボルは上記反応液(3)の結果を示している。
【0140】
図5によれば、反応液(1)の場合に、約25時間の誘導期を経た後にTP41-1 peptideの分解が確認され、約96時間後にTP41-1 peptideの完全分解が確認された。反応液(3)(コントロール溶液)の結果と反応液(1)の結果とを比較すると、明らかにTP41-1 peptideが分解しているということが分かる。この時、HPLCによりTP41-1 peptideの分解反応を追跡した結果を図11に示す。
【0141】
また図6によれば、反応液(1)の場合に、約50時間の誘導期を経た後にTP41-1 peptideの分解が確認され、約120時間後にTP41-1 peptideの完全分解が確認された。反応液(3)(コントロール溶液)の結果と反応液(1)の結果とを比較すると、明らかにTP41-1 peptideが分解しているということが分かる。この時、HPLCによりTP41-1 peptideの分解反応を追跡した結果を図12に示す。
【0142】
したがって、図5および6の結果より、抗NC5モノクローナル抗体5A2の軽鎖は、TP41-1 peptideを再現性良く分解することができるということが分かった。
【0143】
また、図7によれば、反応液(1)の場合に、約20時間の誘導期を経た後にTP41-1 peptideの分解が確認され、約70時間後にTP41-1 peptideの完全分解が確認された。また反応液(2)の場合において、TP41-1 peptideの分解が若干確認された。反応液(3)(コントロール溶液)の結果と反応液(1)の結果とを比較すると、明らかにTP41-1 peptideが分解しているということが分かる。この時、HPLCによりTP41-1 peptideの分解反応を追跡した結果を図13に示す。
【0144】
したがって、図7の結果より、抗NC5モノクローナル抗体6A2の軽鎖は、TP41-1 peptideを分解することができるということが分かった。
【0145】
また、図8によれば、反応液(1)の場合に、約50時間の誘導期を経た後にTP41-1 peptideの分解が確認され、約142時間後にTP41-1 peptideの完全分解が確認された。反応液(3)(コントロール溶液)の結果と反応液(1)の結果とを比較すると、明らかにTP41-1 peptideが分解しているということが分かる。この時、HPLCによりTP41-1 peptideの分解反応を追跡した結果を図14に示す。
【0146】
したがって、図8の結果より、抗NC5モノクローナル抗体2B8の軽鎖は、TP41-1 peptideを分解することができるということが分かった。
【0147】
上記の結果より、抗NC5モノクローナル抗体5A2、6A2および2B8の軽鎖は、いずれもペプチダーゼ活性を有するものであるということが分かった。
【0148】
<抗NC5モノクローナル抗体における動力学的解析>
(1)方法
抗NC5モノクローナル抗体の動力学的パラメーターを求めるにあたり、当該抗NC5モノクローナル抗体の軽鎖は、2相性の曲線を描きながら基質(TP41-1 peptide)を分解するため、分解初速度を求めるのは困難である。そこで、一度完全に基質(TP41-1 peptide)を分解した反応液に再びペプチドを添加して反応させることによって、誘導期が存在しない条件で動力学的パラメーターの解析を行なった。
【0149】
分解初速度を用いて、各種動力学的パラメーターを求めた。分解初速度は、当該抗NC5モノクローナル抗体の軽鎖の濃度を0.4μM一定としつつ、基質濃度を変化させることによって算出した。算出された分解初速度をMichaelis-Menten式に当てはめ、以下に示す動力学的パラメーターを算出した。
【0150】
(2)結果
図17には、上記酵素分解実験における速度論的解析結果(抗NC5モノクローナル抗体5A2の軽鎖)を示す。図17(a)は、基質(TP41-1 peptide)濃度と分解速度との関係を示すグラフであり、図17(b)は、Hanes-Woolfプロットの結果を示すグラフである。
【0151】
上記Hanes-Woolfプロットを用いて算出された抗NC5モノクローナル抗体5A2の軽鎖の動力学的パラメーターは、以下の通りであった。
Km=1.7×10−6(M)
kcat=1.4×10−1(min-1)
kcat/Km=8.5×104(M−1min−1)
また図18には、上記酵素分解実験における速度論的解析結果(抗NC5モノクローナル抗体2B8の軽鎖)を示す。図18(a)は、基質(TP41-1 peptide)濃度と分解速度との関係を示すグラフであり、図18(b)は、Hanes-Woolfプロットの結果を示すグラフである。
【0152】
上記Hanes-Woolfプロットを用いて算出された抗NC5モノクローナル抗体2B8の軽鎖の動力学的パラメーターは、以下の通りであった。
Km=1.1×10−5(M)
kcat=6.1×10−1(min-1)
kcat/Km=5.7×104(M−1min−1)
以上の結果より、上記抗体軽鎖によるペプチド基質の分解反応は酵素反応であるということが分かった。
【0153】
<抗NC5モノクローナル抗体の軽鎖とCCR5との反応性>
(1)方法
抗NC5モノクローナル抗体(5A2、6A2、2B8)の軽鎖と反応基質(TP41-1 peptide)とをあらかじめ反応させた後、MOLT-4/CCR5破砕液(「MOLT-4/CCR5」については「MASANORI BABA,HIROSHI MIYAKE,MIKA OKAMOTO,YUJI IIZAWA,and KENJI OKONOGI”Establishment of a CCR5-Expressing T-Lymphoblastoid Cell Line Highly Susceptible to R5 HIV Type 1”AIDS RESEARCH AND HUMAN RETROVIRUSES Volume 16,Number 10,2000,pp.9350941」参照)を上記反応液に対して、体積比で反応液:破砕液=4:1となるように添加した。上記反応液を25℃のインキュベーターに入れ、反応を開始した。反応開始後0、6、12、24、および48時間後の反応液を採取した。
【0154】
全サンプルをSDS−PAGE(12%Running Gel、3% Stacking Gel)に供した。SDS−PAGEを行なっている間に、ウエスタンブロッティングで用いる冷水とろ紙2枚、Immobilion-P(ミリポア社製、Cat.no IPVH0010 Lot.no K4DN9499W)1枚、ブロッティングバッファー(25mM Tris、192mM Glycine、0.1% SDS)を用意しておき、Immobilion-Pとろ紙とはゲル大に切り取っておいた。SDS−PAGE終了15分前に、Immobilion-Pをメタノールに20秒間浸漬した後、ブロッティングバッファーに10分間以上浸漬した。パッド、ろ紙も同様にブロッティングバッファーに浸漬しておいた。SDS−PAGE終了後、ゲルをブロッティングバッファーに5分間浸漬しておいた。ブロッティング装置のマイナス側電極板の上にパッド2枚、ろ紙、Immobilion-P、ゲル、ろ紙、パッド2枚、プラス電極板の順で重ね、泳動槽の中に入れた。陽極板と陰極板の間にブロッティングバッファーをパッドが浸るまで注入し、外側に冷水を泳動槽の上端から1cm位の所まで入れた。ブロッティング装置に対して通電(180mA、30V)し、90分間ブロッティングを行なった。
【0155】
ブロッティング終了後、Immobilion-Pを3% skim milk/TBS-Tで、1時間ブロッキングを行なった。RABBIT ANTI HUMAN CCR5(SEROTEC社製、 Catalog Number AHP568 Lot.220501)が最終濃度1μg/mlになるように添加された3% skim milk/TBS-Tへ、Immobilion-Pを浸漬し、1時間反応させた(一次反応)。一次反応終了後のImmobilion-P をTBS-Tで軽く洗浄後、3% skim milk/TBS-Tで5分間×3回洗浄を行なった。
【0156】
3% skim milk/TBS-Tで1000倍希釈したalkaline phosphatase conjugated goat affinity purified F(ab’)2 fragment to Rabbit IgG(whole molecule)(Cappel社製、Catalog Number 59306 Lot.00852)溶液に、洗浄後のImmobilion-Pを浸漬し、1時間反応させた(二次反応)。二次反応終了後のImmobilion-P をTBS-Tで軽く洗浄後、3% skim milk/TBS-Tで5分間×3回洗浄を行なった。陽性バンドをBCIP/NBTで検出を行なった(検出時間20分間)。検出された陽性バンドの濃さを、NIH Image(米国 NIHより入手)で数値化し、グラフ化した。
【0157】
(2)結果
図9にウェスタンブロットの結果を示した。同図中、上部に「MOLT-4/CCR5」を付したものは、比較として抗NC5モノクローナル抗体(5A2、2B8)の軽鎖をMOLT-4/CCR5に作用させていない場合の結果であり、「5A2」を付したものは、抗NC5モノクローナル抗体5A2の軽鎖をMOLT-4/CCR5に作用させた場合の結果であり、「2B8」を付したものは、抗NC5モノクローナル抗体2B8の軽鎖をMOLT-4/CCR5に作用させた場合の結果である。また同図中、上部に「0」、「6」、「12」、「24」、「48」を付したものは、「反応開始0時間後の反応液」、「反応開始6時間後の反応液」、「反応開始12時間後の反応液」、「反応開始24時間後の反応液」、「反応開始48時間後の反応液」をそれぞれ示している。なお、同図中「M」は分子量マーカーを示す。
【0158】
また図10は、図9におけるバンドの濃さをNIH Imageで数値化し、グラフ化したものであり、反応基質であるMOLT-4/CCR5濃度(相対値)の経時変化を示している。図10中、四角のシンボルは抗NC5モノクローナル抗体5A2の軽鎖をMOLT-4/CCR5に作用させた場合の結果を示し、ひし形のシンボルは抗NC5モノクローナル抗体6A2の軽鎖をMOLT-4/CCR5に作用させた場合の結果を示し、丸のシンボルは抗NC5モノクローナル抗体2B8の軽鎖をMOLT-4/CCR5に作用させた場合の結果であり、三角のシンボルは比較として抗NC5モノクローナル抗体(5A2、6A2、2B8)の軽鎖をMOLT-4/CCR5に作用させていない場合の結果である。
【0159】
図9および図10の結果から、抗NC5モノクローナル抗体(5A2、6A2、2B8)の軽鎖をMOLT-4/CCR5に作用させていない場合と、抗NC5モノクローナル抗体(5A2、6A2、2B8)の軽鎖をMOLT-4/CCR5に作用させた場合とを比較すると、後者の場合にMOLT-4/CCR5の減少が確認された。特に抗NC5モノクローナル抗体2B8の軽鎖をMOLT-4/CCR5に作用させた場合に、MOLT-4/CCR5の顕著な減少が確認された。
【0160】
以上の結果より、抗NC5モノクローナル抗体(5A2、6A2、2B8)の軽鎖は、ケモカインレセプターCCR5を切断する抗体酵素であるということが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0161】
エイズウイルスがヒトに感染する場合には、ウイルス側に存在するgp120やgp41や、ヒトの細胞側に存在するCD4およびケモカインレセプターCCR5が重要な役割を果すこと、および、ケモカインレセプターCCR5が正常でない場合は、エイズウイルスの感染が成立しないことが知られている。
【0162】
本発明にかかる抗体酵素は、上述のようにCCR5に対して特異的に作用し、これを分解して機能を消失させることができるため、HIVの感染の予防やエイズの治療のための抗HIV薬剤として有用である。本発明の抗体酵素は、CCR5の働きを抑制するという従来の抗HIV薬剤とは全く異なる新しい作用機構でCCR5を破壊するものであるため、現在有効な治療法が見出されていないエイズの治療に有効利用できることが期待される。またエイズに関する研究用ツールとしても利用可能である。
【0163】
したがって、本発明は、医療、医薬品産業、試薬産業、等に利用することができ、非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0164】
【図1】抗NC5モノクローナル抗体5A2の可変領域の立体構造モデリング(分子モデリング)を行なった結果、推定された立体構造を模式的に示す図である。
【図2】抗NC5モノクローナル抗体5A2の可変領域の立体構造モデリング(分子モデリング)を行なった結果、推定された立体構造を模式的に示す図である。
【図3】抗NC5モノクローナル抗体6A2の可変領域の立体構造モデリング(分子モデリング)を行なった結果、推定された立体構造を模式的に示す図である。
【図4】抗NC5モノクローナル抗体2B8の可変領域の立体構造モデリング(分子モデリング)を行なった結果、推定された立体構造を模式的に示す図である。
【図5】抗NC5モノクローナル抗体5A2(Lot.1)の重鎖および軽鎖のペプチダーゼ活性の検討を行なった結果を示す折れ線グラフである。
【図6】抗NC5モノクローナル抗体5A2(Lot.2)の重鎖および軽鎖のペプチダーゼ活性の検討を行なった結果を示す折れ線グラフである。
【図7】抗NC5モノクローナル抗体6A2の重鎖および軽鎖のペプチダーゼ活性の検討を行なった結果を示す折れ線グラフである。
【図8】抗NC5モノクローナル抗体2B8の重鎖および軽鎖のペプチダーゼ活性の検討を行なった結果を示す折れ線グラフである。
【図9】抗NC5モノクローナル抗体(5A2、2B8)の軽鎖とCCR5との反応性を検討するために行なった、ウェスタンブロットの結果を示す図である。
【図10】抗NC5モノクローナル抗体(5A2、6A2、2B8)の軽鎖とCCR5との反応性を検討した結果を示す折れ線グラフである。
【図11】抗NC5モノクローナル抗体5A2(Lot.1)の軽鎖のペプチダーゼ活性の検討を行なった際のTP41-1 peptideの分解反応をHPLCにより追跡した結果を示すチャート図である。
【図12】抗NC5モノクローナル抗体5A2(Lot.2)の軽鎖のペプチダーゼ活性の検討を行なった際のTP41-1 peptideの分解反応をHPLCにより追跡した結果を示すチャート図である。
【図13】抗NC5モノクローナル抗体6A2の軽鎖のペプチダーゼ活性の検討を行なった際のTP41-1 peptideの分解反応をHPLCにより追跡した結果示すチャート図である。
【図14】抗NC5モノクローナル抗体2B8の軽鎖のペプチダーゼ活性の検討を行なった際のTP41-1 peptideの分解反応をHPLCにより追跡した結果を示すチャート図である。
【図15】抗NC5モノクローナル抗体産生細胞(5A2および6A2)の培養上清を用いて、NC5ペプチド以外の種々のペプチドおよびタンパク質との交差反応性をELISA法により調べた結果を示す棒グラフである。
【図16】抗NC5モノクローナル抗体産生細胞(2B8、3F4、および4H6)の培養上清を用いて、NC5ペプチド以外の種々のペプチドおよびタンパク質との交差反応性をELISA法により調べた結果を示す棒グラフである。
【図17】抗NC5モノクローナル抗体5A2の軽鎖による基質(TP41-1 peptide)酵素分解実験における速度論的解析結果を示し、図17(a)は、基質濃度と分解速度との関係を示すグラフであり、図17(b)は、Hanes-Woolfプロットの結果を示すグラフである。
【図18】抗NC5モノクローナル抗体2B8の軽鎖による基質(TP41-1 peptide)酵素分解実験における速度論的解析結果を示し、図18(a)は、基質濃度と分解速度との関係を示すグラフであり、図18(b)は、Hanes-Woolfプロットの結果を示すグラフである。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト由来ケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対する抗体または抗体断片であり、
当該ケモカインレセプターCCR5のN末端領域と特異的に結合し、かつ、
当該ケモカインレセプターCCR5を分解する活性を有することを特徴とする抗体酵素。
【請求項2】
上記抗体酵素は、上記ケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対する抗体の可変領域を含んでなることを特徴とする請求項1に記載の抗体酵素。
【請求項3】
上記抗体酵素は、触媒三つ組残基構造を有することを特徴とする請求項1または2に記載の抗体酵素。
【請求項4】
上記抗体酵素は、配列番号1に示すアミノ酸配列、または
配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたされたアミノ酸配列を含んでなることを特徴とする請求項3に記載の抗体酵素。
【請求項5】
上記抗体酵素は、配列番号5に示すアミノ酸配列、または、
配列番号5に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたされたアミノ酸配列を含んでなることを特徴とする請求項3に記載の抗体酵素。
【請求項6】
上記抗体酵素は、配列番号9に示すアミノ酸配列、または、
配列番号9に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたされたアミノ酸配列を含んでなることを特徴とする請求項3に記載の抗体酵素。
【請求項7】
請求項1ないし6の何れか1項に記載の抗体酵素をコードする遺伝子。
【請求項8】
配列番号2に示す塩基配列からなることを特徴とする請求項7に記載の遺伝子。
【請求項9】
配列番号6に示す塩基配列からなることを特徴とする請求項7に記載の遺伝子。
【請求項10】
配列番号10に示す塩基配列からなることを特徴とする請求項7に記載の遺伝子。
【請求項11】
請求項7ないし10の何れか1項に記載の遺伝子が導入された形質転換体。
【請求項1】
ヒト由来ケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対する抗体または抗体断片であり、
当該ケモカインレセプターCCR5のN末端領域と特異的に結合し、かつ、
当該ケモカインレセプターCCR5を分解する活性を有することを特徴とする抗体酵素。
【請求項2】
上記抗体酵素は、上記ケモカインレセプターCCR5のN末端領域に対する抗体の可変領域を含んでなることを特徴とする請求項1に記載の抗体酵素。
【請求項3】
上記抗体酵素は、触媒三つ組残基構造を有することを特徴とする請求項1または2に記載の抗体酵素。
【請求項4】
上記抗体酵素は、配列番号1に示すアミノ酸配列、または
配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたされたアミノ酸配列を含んでなることを特徴とする請求項3に記載の抗体酵素。
【請求項5】
上記抗体酵素は、配列番号5に示すアミノ酸配列、または、
配列番号5に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたされたアミノ酸配列を含んでなることを特徴とする請求項3に記載の抗体酵素。
【請求項6】
上記抗体酵素は、配列番号9に示すアミノ酸配列、または、
配列番号9に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたされたアミノ酸配列を含んでなることを特徴とする請求項3に記載の抗体酵素。
【請求項7】
請求項1ないし6の何れか1項に記載の抗体酵素をコードする遺伝子。
【請求項8】
配列番号2に示す塩基配列からなることを特徴とする請求項7に記載の遺伝子。
【請求項9】
配列番号6に示す塩基配列からなることを特徴とする請求項7に記載の遺伝子。
【請求項10】
配列番号10に示す塩基配列からなることを特徴とする請求項7に記載の遺伝子。
【請求項11】
請求項7ないし10の何れか1項に記載の遺伝子が導入された形質転換体。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【公開番号】特開2007−202443(P2007−202443A)
【公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−23638(P2006−23638)
【出願日】平成18年1月31日(2006.1.31)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年1月31日(2006.1.31)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】
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