説明

セル多重インバータ

【課題】パルス電圧印加によりモータに回転トルクが発生することを抑制して磁極位置を推定でき、さらにモータからの騒音やモータの発熱を抑制して磁極位置を推定できる。
【解決手段】PMモータのU、V、W相に電圧を印加する各相アームは、セルユニットU1〜U3,V1〜V3の出力端をそれぞれ直列多重接続して各セルユニットの出力を重畳させた多段の電圧を出力するセル多重インバータにおいて、インバータ起動時に、セルユニットのうちの1つのセルユニットU3のみから磁極位置推定用のパルス電圧Vdcを出力し、このパルス電圧の電気角位相を変化させながらPMモータの電機子巻線に印加し、このパルス電圧によってPMモータの巻線に流れる電流変化で求められるインダクタンスから磁極位置を推定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁極位置推定によってPMモータ(Permanent Magnet Synchronous Moter)を可変速制御するセル多重インバータに係り、特にPMモータにパルス電圧や高周波電圧を印加してその回転子磁極位置を推定し、この磁極位置推定値を使ったPMモータの位置センサレス制御に関する。
【背景技術】
【0002】
(1)セル多重インバータ
セル多重インバータは、従来の2レベルインバータや3レベルインバータなど、直流リンク部が1つのインバータではなく、入力トランスで絶縁された複数の直流リンク部を持ち、セルユニットと呼ぶ1組の単相ブリッジ回路で構成される単相インバータを多段に直列接続することで、各セルユニットの出力を重畳させた多段の電圧を出力することができる従来技術として、特許文献1や2がある。また、回生可能なセル多重インバータとして特許文献3がある。
【0003】
図3はセル多重インバータの全体構成を示し、図4にはセルユニットの主回路構成を示す。図3において、交流モータMotorのU、V、W相に電圧を印加する各相アームは、前記セルユニットU1〜U3,V1〜V3,W1〜W3の出力端をそれぞれ直列多重(セル多重)接続し、セルユニットU1〜U3,V1〜V3,W1〜W3の交流電源は共通の入力トランスTRの各二次巻線から取り込み、交流モータMotorに可変速駆動の交流電流を供給可能とする。
【0004】
なお、各セルユニットの各アームをPWM制御するセル多重インバータとする場合、同じアームのセルユニットではキャリア信号の位相を同じとすることで、高電圧出力を得ることができる。さらに、キャリア信号の位相制御で、各ユニット間、相間、相内で均等なスイッチングを得ることができる(例えば、特許文献1参照)。さらに、キャリア信号を互いに異なる位相とすることで、等価的に高いキャリア周波数のPWMインバータを実現できる。
【0005】
(2)磁極位置推定
現在、PMモータの回転子磁極の位置を、位置センサを用いずに検出し、モータの駆動制御を実現するPMモータのセンサレス制御技術が確立されている。このセンサレス制御は、インバータ起動時に回転子の磁極位置が不明のままで制御を行うとPMモータが脱調してしまう虞があるため、インバータ起動時にPMモータの巻線に磁極位置推定用のパルス電圧を印加したときのPMモータの電流、電圧の変化から初期磁極位置を推定する方式がある(例えば、特許文献4参照)
図5は2レベルインバータで駆動されるPMモータのパルス電流経路図であり、図6はPMモータに印加するパルス電圧と巻線電流波形の例を示す。PMモータは回転子磁極位置により電機子巻線のインピーダンスが変化することを利用し、インバータから発生するパルス電圧の電気角位相を変化させながらPMモータの電機子巻線に印加し、このパルス電圧によってPMモータの巻線に流れる電流変化からインダクタンスを測定し、インダクタンスが最も小さくなる電気角位相を磁極位置として推定する。
【0006】
(3)高調波による低速域でのPMモータのセンサレス制御
上記のパルス電圧印加による磁極位置推定方式は、PMモータが停止状態にある場合は磁極位置を推定することができる。しかし、磁極位置推定時にPMモータが回転している場合、磁極位置の推定処理中にPMモータが回転して巻線インダクタンスが変化するため、上記の磁極位置推定方式では正確な推定ができない場合がある。しかも、印加するパルス電圧が小さいため出力電圧誤差が大きく、磁束オブザーバなどの静的な推定機構はモデルのパラメータ誤差が大きくなってしまう問題がある。
【0007】
この方式に対し、PMモータが低速回転中にも、PMモータ巻線に積極的に高調波電流を流してその挙動から磁極位置を推定する方法がある(例えば、特許文献5参照)。この方法は、ベクトル制御インバータのd軸電流指令(界磁成分)に正弦波状の高周波電圧を注入し、このときのモータの検出電流から回転座標変換したq軸電流に含まれる高調波電流を抽出し、この高調波電流の位相から磁極位置を推定する。または、モータ検出電流を回転座標変換したd,q軸電流idc,iqcから、それらに含まれる高調波電流成分を抽出し、この高調波電流成分と正相軸および逆相軸に対する写像を求め、これら2つの写像成分の非対称性を特徴量として求め、この特徴量から磁極位置を推定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−278266号公報
【特許文献2】特開2006−109688号公報
【特許文献3】特開2006−230027号公報
【特許文献4】特開2001−78486号公報
【特許文献5】特開2003−153582号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来の特許文献1乃至3の技術は、セル多重インバータの発明であり、PMモータの磁極位置推定に関する言及はない。
【0010】
特許文献4に記載される磁極位置推定方式は、PMモータにパルス状の電圧を印加し、電流特性からインピーダンスを計測する。このとき、永久磁石の界磁方向によるインダクタンスの変化を利用して、電圧パルスを固定座標上のいろいろな角度に出力し、これによりインピーダンスの変化を計測する。しかし、パルス状の電圧を印加した場合、トルクを発生する方向にも電流が流れるため、モータが回転してしまう虞があり、磁極位置を推定している最中にモータが回転した場合には、正確に磁極の位置を推定することができなくなる。
【0011】
これを防止するために、パルス電圧の幅を狭くすればトルクを発生する電流を抑制することができるが、PMモータヘの通流時間が短くなることで電圧検出時間も短くなり、パルス電圧の幅を狭くすることは電圧精度の問題が生じる。
【0012】
一方、特許文献5に記載される方法では、PMモータが低速回転している状態で高周波成分をd軸電流(界磁成分)指令に注入するため、この高周波成分注入によるトルク成分の発生は抑制できるが、パルス電圧印加による磁極位置推定方式と同様に、PMモータ巻線に流すインバータ出力は高周波成分を含むパルス電圧の振幅が直流電圧しか出力できないため、巻線に流れるパルス電流が電磁騒音の発生や過剰な高周波により発熱する問題がある。
【0013】
本発明の目的は、パルス電圧印加によりモータに回転トルクが発生することを抑制して磁極位置を推定でき、さらにモータからの騒音やモータの発熱を抑制して磁極位置を推定できるセル多重インバータを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、前記の課題を解決するため、セル多重インバータのセルユニットのうちの一部のセルユニットにのみ磁極位置推定用のパルス電圧または高周波電圧を出力し、このときのPMモータ電流、電圧の変化から磁極位置を推定するようにしたもので、以下の構成を特徴とする。
【0015】
(1)PMモータのU、V、W相に電圧を印加する各相アームは、1組の単相ブリッジ回路で構成される単相インバータで構成されるセルユニットの出力端をそれぞれ直列多重接続して各セルユニットの出力を重畳させた多段の電圧を出力するセル多重インバータにおいて、
インバータ起動時に、前記セルユニットのうちの一部のセルユニットのみから磁極位置推定用のパルス電圧を出力し、このパルス電圧の電気角位相を変化させながらPMモータの電機子巻線に印加し、このパルス電圧によってPMモータの巻線に流れる電流変化で求められるインダクタンスから磁極位置を推定する磁極位置推定手段を備えたことを特徴とする。
【0016】
(2)PMモータのU、V、W相に電圧を印加する各相アームは、1組の単相ブリッジ回路で構成される単相インバータで構成されるセルユニットの出力端をそれぞれ直列多重接続して各セルユニットの出力を重畳させた多段の電圧を出力するセル多重インバータにおいて、
PMモータの回転中に、前記セルユニットのうちの一部のセルユニットの電圧指令に磁極位置推定用の高周波電圧を注入し、このときのPMモータの検出電流に含まれる高周波電流成分から磁極位置を推定する磁極位置推定手段を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
以上のとおり、本発明によれば、セル多重インバータのセルユニットのうちの一部のセルユニットにのみ磁極位置推定用のパルス電圧を出力またはd軸電流指令として高周波電圧を注入し、このときのPMモータ電流、電圧の変化から磁極位置を推定するようにしたため、以下の効果がある。
【0018】
(1)パルス電圧の振幅を低減することで、モータに過剰なトルクが加わり難くなり、回転子の回転力を抑制した磁極位置推定が可能となる。
【0019】
(2〕モータ回転中での高周波電流を利用した磁極位置推定により、モータからの騒音やモータの発熱を抑制可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施形態1におけるセル多重インバータの主回路構成図。
【図2】実施形態1におけるPMモータに印加するパルス電圧と巻線電流波形の例。
【図3】セル多重インバータの全体構成図。
【図4】セルユニットの主回路構成図。
【図5】PMモータのパルス電流経路図。
【図6】従来のPMモータに印加するパルス電圧と巻線電流波形の例。
【発明を実施するための形態】
【0021】
(実施形態1)
図1は、本実施形態のセル多重インバータの主回路構成図である。同図は、セル多重インバータでPMモータの磁極位置を推定するための構成として、U相―V相間に磁極位置推定用のパルス電圧を印加する構成を示す。
【0022】
なお、図1は、U相およびV相にセルユニット(交流電圧を整流する整流器で直流電圧を得て、この直流電圧を1組の単相ブリッジ回路による単相インバータで構成される)U1〜U3,V1〜V3を3段に直列接続したセル多重インバータの場合を示すが、セルの直列接続数は3段に限定されることなく、駆動するPMモータの定格電圧とインバータに使用されるスイッチング素子の定格電圧に合わせて適宜決定されるものである。また、図示しない入力変圧器によってセルユニットの交流電圧を得ている。
【0023】
セル多重インバータは多段のセルユニット毎に電圧出力が可能なため、本実施形態では、PMモータの起動前にU−V間のセルユニットのうちの1つのセルユニットU3のみ、固定座標上の様々な角度に対してパルス電圧を出力し、磁極の位置推定を行う。
【0024】
図1の構成において、各相のセルユニット3段のシステムで、3段全て+Vdcのパルス電圧を出力すると、1相あたり3×Vdcのパルス電圧が出力されるが、これをセルユニット1段だけ出力するようにスイッチング素子をONさせ、1×Vdcのパルス電圧を出力させる。
【0025】
U−V間の線間で考えると、6つのセルユニットがあり、このうちの1つのセルユニットU3のみにパルス電圧を出力するようにスイッチング素子をONするようにすれば(図1のスイッチング素子のON状態を参照)、図2のPMモータに印加する磁極位置推定用のパルス電圧と巻線電流波形の例を示すように、パルス電圧の振幅はすべてのセルユニットが出力するときのパルス電圧に比べて「1/(段数×2)」の電圧となり、パルス電圧の振幅を低減できるので、巻線に流れる電流も低減することができる。
【0026】
これにより、インバータ起動時の磁極位置推定において、パルス電圧振幅を抑制することができ、パルス電圧によってPMモータに掛かるトルクを低減できるため、ブレーキ機構などを用いてPMモータの回転子を固定することなく、正確な磁極位置が推定できる。
【0027】
なお、パルス電圧を出力するセルユニットは1ユニットに限定することなく、セル多重インバータのセルユニットのうちの一部のセルユニットにのみパルス電圧を出力することもできる。
【0028】
(実施形態2)
本実施形態は、セル多重インバータの主回路構成を図1と同様の構成とし、セルユニットが3段構成である以外の磁極位置推定の制御回路構成は、特許文献5と同じに、磁極位置推定用の正弦波状の単振動高周波電圧をベクトル制御インバータのd軸電流指令に注入し、このときのPMモータの高周波検出電流から磁極位置を推定する。
【0029】
本実施形態による磁極位置推定を説明する。セル多重インバータは、直列多重接続したセルユニット毎に異なる電圧指令による電圧出力が可能であり、PMモータの回転時にセル多重インバータでPMモータを駆動制御する。なお、セル多重インバータでPMモータを駆動制御する方式は、例えば、特許文献1乃至3に示すPWM制御方式など、公知の技術により行う。
【0030】
さらに、本実施形態では、セル多重インバータの一部のユニットのみにモータ駆動制御の基本波成分の電圧出力に高周波電圧を重畳させて、モータの検出電流から高周波電流のみを抽出(高周波成分のみをHPFなどのフィルタを用いて基本波成分との分離を行うなど、公知の技術で高周波成分を分離すれば良い)し、前記高周波電圧と抽出した高周波電圧からインピーダンスを求めて、このインピーダンスの変化に基づきPMモータ回転時の磁極位置を推定することができる。
【0031】
例えば、1相当たりセルユニット3段のシステムで、モータ駆動制御のための基本成分の電圧出力を行っている任意のセルユニットが1段ずつ交替で高周波電圧を出力するようにスイッチング素子を制御すると、3段すべてのセルユニットが同期して高周波電圧を出力する場合に比べて、高周波電圧の振幅が1/3となる。U−V間の線間で考えると6つのセルユニットがあり、このうちの1つのセルユニットのみ基本波に重畳させるようにセルユニットが交替で高周波電圧を出力するようにスイッチング素子を制御すれば、高周波電圧の振幅はすべてのセルユニットが同期して高周波電圧を出力するときの電圧振幅に比べて「1/(段数×2)」の電圧となり、高周波電圧の振幅を低減することができる。このため、高周波電圧の振幅を低減できるので、高周波電圧幅を拡大でき、デッドタイムによる電圧誤差を低減できると共に、無駄な高周波を抑制し、モータからの騒音や発熱を抑制することができる。
【0032】
なお、高周波電圧を出力するユニットは1ユニットとすることなく、セル多重インバータのセルユニットのうちの一部のセルユニットにのみ高周波電圧を出力することもできる。
【符号の説明】
【0033】
U1〜U3,V1〜V3,W1〜W3 セルユニット
Motor 交流モータ
TR3 入力トランス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
PMモータのU、V、W相に電圧を印加する各相アームは、1組の単相ブリッジ回路で構成される単相インバータで構成されるセルユニットの出力端をそれぞれ直列多重接続して各セルユニットの出力を重畳させた多段の電圧を出力するセル多重インバータにおいて、
インバータ起動時に、前記セルユニットのうちの一部のセルユニットのみから磁極位置推定用のパルス電圧を出力し、このパルス電圧の電気角位相を変化させながらPMモータの電機子巻線に印加し、このパルス電圧によってPMモータの巻線に流れる電流変化で求められるインダクタンスから磁極位置を推定する磁極位置推定手段を備えたことを特徴とするセル多重インバータ。
【請求項2】
PMモータのU、V、W相に電圧を印加する各相アームは、1組の単相ブリッジ回路で構成される単相インバータで構成されるセルユニットの出力端をそれぞれ直列多重接続して各セルユニットの出力を重畳させた多段の電圧を出力するセル多重インバータにおいて、
PMモータの回転中に、前記セルユニットのうちの一部のセルユニットの電圧指令に磁極位置推定用の高周波電圧を注入し、このときのPMモータの検出電流に含まれる高周波電流成分から磁極位置を推定する磁極位置推定手段を備えたことを特徴とするセル多重インバータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−213293(P2012−213293A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−78141(P2011−78141)
【出願日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【出願人】(000006105)株式会社明電舎 (1,739)
【Fターム(参考)】