説明

切削条件設定装置

【課題】工作物Wの材質の変更や工具5の磨耗の進行がおきても、正確なびびり安定限界線図を短時間に作成し、それを用いて切削能率の高い切削条件設定ができる切削条件設定装置92を提供する。
【解決手段】所定工具5aで基準工作物Wを切削したときの基準比切削抵抗Kfa0と基準びびり安定限界線図をNC装置9のデータ記録部922に記録し、所定工具5aの磨耗状況を累積工具磨耗率ηa0としてデータ記録部922に記録する。実切削時の比切削抵抗Kfabと基準比切削抵抗Kfa0と累積工具磨耗率ηa0を用いてρ=Kfab/(ηa0・Kfa0)を演算し、基準びびり安定限界線図の臨界切込み深さLをρで除することで実びびり安定限界線図を演算・作成する。実びびり安定限界線図を用いて、びびりが発生しないで最大能率となる切削条件を設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主軸に装着された回転工具を用いて工作物の切削を行う工作機械における、びびり振動を発生しない切削条件を設定する切削条件設定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
回転工具を用いた切削において、工具のびびり振動を防止して切削能率の高い切削をするために、びびり安定限界線図を用いて切削条件を設定することが行われている。びびり安定限界線図は所定の主軸回転速度におけるびびり振動の発生する工具切込み深さの限界を示す図であり、通常は図9に示すように横軸に主軸回転速度を設定した図である。図9の臨界曲線の下側部分がびびり振動が発生しないで切削可能な安定領域である。
【0003】
びびり安定限界線図における限界切込み深さLは式L=−1/(2K(φ(s)の実部))で表されることが知られており、主軸系の伝達関数であるφ(s)は、一般的にφ(s)=1/(ms+cs+k)となる。ここで、Kは比切削抵抗、mは主軸系の質量、cは主軸系の減衰係数、kは主軸系の剛性であり、たとえば、加振テストにより求めることができる。比切削抵抗Kは工作物を所定の工具で切削し、そのときの切削抵抗を切屑断面積で除することで求めることができる。限界切込み深さLは比切削抵抗Kに反比例するので、比切削抵抗Kが大きくなるとびびり安定限界は低下する(たとえば非特許文献1)。
【0004】
比切削抵抗Kは工具の種類と工作物の材質により異なり、さらに、同一工具であっても刃先の磨耗状態により変動し、磨耗が大きいと比切削抵抗Kは増大する。
一方で、工具の刃先が磨耗すると切削プロセスにおけるダンピングが増大してびびり振動に対する安定性が増大することが知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】「神戸製鋼技報 2001年Vol.51 No.3」、p.20〜p.22
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このびびり安定限界線図に用いる比切削抵抗は、通常、所定の工具による工作物切削時の比切削抵抗を用い、同一工具による切削において比切削抵抗が変動した場合でも、工作物材質の変化によるものか、工具の磨耗によるものかの判別を行わず、びびり安定限界線図を作成している。このため、工具の磨耗により比切削抵抗が増大した場合にも、ダンピングの増大にともなう限界切込み深さの増大分を無視して、実際より限界切込み深さが小さいびびり安定限界線図の臨界曲線を算出している。
このびびり安定限界線図を用いて切削条件の設定をすると余裕を見た設定となるため、びびり振動の発生しない最大能率に設定することができず、工作機械の能力を充分に発揮できない場合がある。
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、工作物材質の変更や工具磨耗の進行がおきても、正確なびびり安定限界線図を短時間に作成し、それを用いて切削能率の高い切削条件設定ができる切削条件設定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するための請求項1に係る発明の特徴は、主軸に装着した回転する所定工具により工作物を切削する工作機械の切削条件を設定するため、前記主軸の回転速度におけるびびりの発生しない限界の工具切込み深さを示す臨界曲線により表したびびり安定限界線図を用いる切削条件設定装置であって、
前記主軸に前記所定工具を装着した系の質量・剛性値・減衰係数および前記所定工具により基準工作物を切削したときの比切削抵抗である基準比切削抵抗を用いて作成された基準びびり安定限界線図と、前記基準比切削抵抗を記録するデータ記録部と、
前記所定工具を用いた工作物の切削中の比切削抵抗である実比切削抵抗を演算する比切削抵抗演算部と、
前記基準比切削抵抗と前記実比切削抵抗の比率に応じて、前記基準びびり安定限界線図における工具切込み深さ軸方向へ前記臨界曲線をオフセットして実臨界曲線を算出し、実びびり安定限界線図を作成する補正演算部と、
前記実びびり安定限界線図を用いて切削条件を設定する切削条件設定部と、
前記切削条件を出力する切削条件出力部を備えることである。
【0008】
請求項2に係る発明の特徴は、請求項1に係る発明において、前記実比切削抵抗を、前記基準比切削抵抗の測定時から前記実比切削抵抗の測定時までの前記所定工具の磨耗に起因する前記比切削抵抗の上昇量に、所定の係数を乗じた値を差し引いた値とする、前記比切削抵抗演算部を備えることである。
【発明の効果】
【0009】
請求項1に係る発明によれば、基準比切削抵抗と実比切削抵抗の比率に応じて、基準びびり安定限界線図の臨界曲線をオフセットして実臨界曲線を算出し、実びびり安定限界線図を作成する。この実びびり安定限界線図を用いて切削条件を設定し出力するので、切削する工作物が変わっても切削能率の高い切削条件を短時間に設定し出力できる切削条件設定装置を提供できる。
【0010】
請求項2に係る発明によれば、工具が磨耗した場合に工具磨耗による比切削抵抗上昇量を差し引くことで、基準びびり安定限界線図の臨界曲線のオフセット量に余分な余裕を持たせることがなくなり、正確な実びびり安定限界線図を作成できるので、この実びびり安定限界線図を用いることにより切削能率の高い切削条件を設定し出力できる切削条件設定装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本実施形態の工作機械の全体図である。
【図2】本実施形態の基準比切削抵抗と基準びびり安定限界線図を作成する工程を示す工程図である。
【図3】本実施形態の加振テストの概念を示す図である。
【図4】本実施形態の所定工具5aの累積工具磨耗率を演算する工程を示す工程図である。
【図5】本実施形態の実びびり安定限界線図を作成する工程を示す工程図である。
【図6】本実施形態の基準びびり安定限界線図と実びびり安定限界線図の臨界曲線の関係を示す図である。
【図7】本実施形態の推奨切削条件を設定する工程を示す工程図である。
【図8】本実施形態の実びびり安定限界線図の推奨領域と臨界曲線の関係を示す図である。
【図9】びびり安定限界線図を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態を工作機械1を制御するNC制御装置9に切削条件設定装置92を組み込んだ例に基づき説明する。
図1において、工作機械1は、ベッド2上にZ軸方向へ前後進するコラム3とX軸方向(紙面に垂直な方向)に移動可能なテーブル4を備え、コラム3はX軸とZ軸に直角な方向であるY軸方向へ上下する主軸6を可動に支持し、テーブル4上には工作物Wが固定されている。主軸6は回転自在に保持されモータ8により回転駆動されるスピンドル7を備え、スピンドル7の先端には工具5が装着されている。工具5と工作物Wを、図示しない送り装置によりX軸、Y軸、Z軸方向に相対運動させることにより、工作物Wの切削を行う。
【0013】
工作機械1はNC制御装置9により制御され、NCプログラム、切削条件からなる切削データに基づき工作物Wの切削を行う。
NC制御装置9は、モータ8の回転を制御する主軸モータ制御装置91、切削条件を設定する切削条件設定装置92、NCプログラム、切削条件などを記録する切削データ記録部93、X軸を制御するX軸制御装置94、Y軸を制御するY軸制御装置95、Z軸を制御するZ軸制御装置96などを備えている。切削条件設定装置92は比切削抵抗を演算する比切削抵抗演算部921、びびり安定限界線図、基準比切削抵抗などの各種データを記録するデータ記録部922、びびり安定限界線図の補正を行い実びびり安定限界線図を演算する補正演算部923、実びびり安定限界線図に基づき推奨切削条件を設定する切削条件設定部924、推奨切削条件を出力する切削条件出力部925から構成されている。
【0014】
以下に、図2〜図7に基づき詳細を説明する。
はじめに、基準比切削抵抗と基準びびり安定限界線図の演算方法を図2の工程図に基づき説明する。
図3に示すように、スピンドル7に装着された所定工具5aに振動検出器21を固定し、所定工具5aを加振し、周波数応答測定装置20により所定工具5aを装着した主軸系のコンプライアンスの周波数応答を測定する。(S1)。測定したコンプライアンスの周波数応答の最大ピークに対して、最適フィッティングする伝達関数φ(s)=1/(ms+cs+k)のm、c、kを決定する。ここで、この主軸系の質量がm、減衰係数がc、剛性がkである(S2)。磨耗していない所定工具5aをスピンドル7に装着し、基準工作物Wをテーブル4に固定し、所定工具5aにより基準工作物Wを切削し基準比切削抵抗Kfa0を求める(S3)。基準比切削抵抗Kfa0とm、c、kの値を用いて、たとえば2010年3月4日、日本機械学会No.10−24講習会−生産切削基礎講座−実習で学ぼう「切削加工、びびり振動の基礎知識」、講習会テキスト、pp、1−12に示されるようなびびり安定限界線図の求め方により、基準びびり安定限界線図を演算する(S4)。基準比切削抵抗Kfa0と基準びびり安定限界線図のデータを切削条件設定装置92のデータ記録部922に記録する。ここで、基準びびり安定限界線図のデータとは、所望の主軸回転速度の範囲における、主軸回転速度に対応した工具のびびり安定限界切込み深さを示す数値群である(S5)。
【0015】
次に、所定工具5aを用いた工作物Wの切削における所定工具5aの磨耗による、比切削抵抗の増加度合いを示す累積工具磨耗率ηa0の演算工程を図4の工程図に基づき説明する。なお、磨耗のない初期値はηa0=1としてデータ記録部922に記録されている。
所定工具5aを用いて工作物Wを切削するときの、切削開始時の正味切削動力Pをデータ記録部922に記録する。ここで、正味切削動力とは切削時の動力から非切削時の空転動力を差し引いた動力であり、モータ8の電流値から算出できる(S11)。所定工具5aを用いて所定の切削サイクルを実施する(S12)。切削終了直前に切削開始時と同一の切削条件で工作物Wを切削中の正味切削動力Pをデータ記録部922に記録する(S13)。この切削後における所定工具5aの切削抵抗力の増大比率である累積工具磨耗率ηa1を式ηa1=ηa0・P/Pを用いて比切削抵抗演算部921で演算する。これは、工具磨耗による動力変動と比切削抵抗の変動は比例するので測定の容易な切削動力で代用したものである。ここで、ηa0はこの切削の開始時の所定工具5aの累積工具磨耗率であり、この所定工具5aを用いた前回の切削の終了時にデータ記録部922に記録されている値である(S14)。ηa1の値を所定工具5aのこの切削の終了時の累積工具磨耗率ηa0のデータとしてデータ記録部922に記録する(S15)。
【0016】
所定工具5aを用いて任意の工作物を切削したときの実びびり安定限界線図を演算する工程について図5の工程図に基づき説明する。この例では、工具磨耗による比切削抵抗の上昇に起因するびびり安定限界の低下は、磨耗によるダンピングの増大に起因するびびり安定限界の上昇と相殺されて、びびり安定限界に影響しないとした場合の計算事例である
【0017】
現在の工具磨耗の所定工具5aを用いて任意の工作物を試し切削し、主軸モータ制御部91で検出したモータ8の電流値を用いて比切削抵抗演算部921において比切削抵抗Kfabを演算する(S21)。データ記録部922に記録されている基準比切削抵抗Kfa0の値と所定工具5aの現在の累積工具磨耗率ηa0を積算することで、現在の工具磨耗の所定工具5aを用いて基準工作物Wを切削した場合の推定値である推定比切削抵抗ηa0・Kfa0を比切削抵抗演算部921で演算する。比切削抵抗Kfabと推定比切削抵抗ηa0・Kfa0の比ρを式ρ=Kfab/(ηa0・Kfa0)を用いて補正演算部923において演算する。ρは同一磨耗状態の同一工具で基準工作物Wと任意の工作物を切削した場合の両者の比切削抵抗の比率であり、工作物材質の違いによる比切削抵抗の比率を示している(S22)。図6に示す現在の所定工具5aを用いて任意の工作物を切削するときの実びびり安定限界線図を作成する。基準びびり安定限界線図の臨界切込み深さLの値をρで除して実びびり安定限界線図の臨界切込み深さLを演算する。具体的にはデータ記録部922に記録されている主軸回転速度に応じた全ての臨界切込み深さの値Lに対してL=L/ρの演算を補正演算部923で行いデータ記録部922に記録する(S23)。
【0018】
以下に、作成した実びびり安定限界線図を使用して工作機械1において切削データの設定を行う例を示す。
所定工具5aを用いた切削条件(主軸回転速度と工具切込み深さL)について、切削条件設定部924においてびびり振動発生有無の判定と、推奨工具切込み深さLを決定する工程について図7の工程図に基づき説明する。
切削データの主軸回転速度と工具切込み深さが所定工具5aの実びびり安定限界線図の安定領域にあるか判定する(図9参照)。安定領域にあるならS33へ移動し、びびり振動発生領域にあるならS32へ移動する(S31)。推奨工具切込み深さLを、図8に示すような実びびり安定限界線図の推奨領域の最大の値とする。ここで、推奨領域は臨界切込み深さLに対して80〜95%の範囲が好適である(S32)。切削データの主軸回転速度と工具切込み深さが所定工具5aの実びびり安定限界線図の推奨領域にあるか判定する(図8参照)。推奨領域にあるならS36へ移動し、そうでないならS34へ移動する(S33)。推奨工具切込み深さLを、図8に示すような実びびり安定限界線図の推奨領域の最大の値とする(S34)。「びびり振動発生の可能性があります、推奨値への変更を推奨します」のメッセージと推奨工具切込み深さLを切削条件出力部925へ出力する(S35)。「設定は適正です」のメッセージを切削条件出力部925へ出力する(S36)。「安定した高能率切削が可能な、推奨値への変更を推奨します」のメッセージと推奨工具切込み深さLを切削条件出力部925へ出力する(S37)。
【0019】
以上のように、本発明の切削条件設定装置は工作物Wの材質の変化と、工具5の磨耗による比切削抵抗の変動を分別することができ、基準びびり安定限界線図から工作物Wの材質変化に伴う比切削抵抗の変動分だけを補正した実びびり安定限界線図を短時間に作成できる。この実びびり安定限界線図を用いて切削条件を設定することで余分な余裕を含まない能率の高い切削条件を設定できる。
複数の工具を用いる工作物の加工においては、各々の工具毎に実びびり安定限界線図を作成し、それに基づき該当する工程の切削条件を設定することで、工作物を短時間で加工できる。
【0020】
上記説明では、工具磨耗による比切削抵抗の増加の影響が0となるように差し引き、工作物の材質による比切削抵抗の変化量のみを反映して基準びびり安定限界線図の補正を行ったが、基準工作物の比切削抵抗η・Kfa0に重み付け係数εを乗じてもよい。具体的には、基準工作物の比切削抵抗をε・η・Kfa0として、磨耗によるダンピング効果の影響度合いを小さくする場合はε<1とし、磨耗によるダンピング効果の影響度合いを大きくする場合はε>1とし、工具の種類により適切なεの値を設定する。
また、主軸回転速度は変更しないで推奨工具切込み深さLの値を出力したが、主軸回転速度についても推奨値を出力してもよい。この場合は臨界曲線のピークの主軸回転速度を推奨値とすることで工具切込み深さを最大とできる。
【符号の説明】
【0021】
1:工作機械 W:工作物 5:工具 6:主軸 7:スピンドル 8:モータ 9:NC制御装置 92:切削条件設定装置 921:比切削抵抗演算部 922:データ記録部 923:補正演算部 924:切削条件設定部 925:切削条件出力部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主軸に装着した回転する所定工具により工作物を切削する工作機械の切削条件を設定するため、前記主軸の回転速度におけるびびりの発生しない限界の工具切込み深さを示す臨界曲線により表したびびり安定限界線図を用いる切削条件設定装置であって、
前記主軸に前記所定工具を装着した系の質量・剛性値・減衰係数および前記所定工具により基準工作物を切削したときの比切削抵抗である基準比切削抵抗を用いて作成された基準びびり安定限界線図と、前記基準比切削抵抗を記録するデータ記録部と、
前記所定工具を用いた工作物の切削中の比切削抵抗である実比切削抵抗を演算する比切削抵抗演算部と、
前記基準比切削抵抗と前記実比切削抵抗の比率に応じて、前記基準びびり安定限界線図における工具切込み深さ軸方向へ前記臨界曲線をオフセットして実臨界曲線を算出し、実びびり安定限界線図を作成する補正演算部と、
前記実びびり安定限界線図を用いて切削条件を設定する切削条件設定部と、
前記切削条件を出力する切削条件出力部を備える切削条件設定装置。
【請求項2】
前記実比切削抵抗を、前記基準比切削抵抗の測定時から前記実比切削抵抗の測定時までの前記所定工具の磨耗に起因する前記比切削抵抗の上昇量に、所定の係数を乗じた値を差し引いた値とする、前記比切削抵抗演算部を備える請求項1に記載の切削条件設定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−27944(P2013−27944A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−164321(P2011−164321)
【出願日】平成23年7月27日(2011.7.27)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】