説明

回路基板およびその製法

【課題】 母基板の熱伝導率を向上できる回路基板およびその製法を提供する。
【解決手段】 窒化珪素質焼結体からなる母基板に導体層を形成してなる回路基板であって、基板が、Liを全量中0.009〜0.046質量%含有することを特徴とする。このような回路基板の母基板は、窒化珪素粉末にLi化合物をLiO換算で全量中0.3〜1.5質量%添加した混合粉末を成形し、焼成し、Liを全量中0.009〜0.046質量%含有せしめて作製される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回路基板およびその製法に関し、特に、窒化珪素質焼結体からなる母基板に導体層を形成してなる回路基板およびその製法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電気絶縁性に優れたアルミナ(Al)焼結体の表面に導体層を形成し、半導体素子を実装した絶縁回路基板が普及している。特に大電力で動作する半導体を実装する、いわゆるパワー半導体モジュールに使用する絶縁回路基板には、パワー半導体から発する熱を拡散して放熱する必要がある。
【0003】
このような放熱が要求される回路基板にはアルミナ焼結体のほかに、窒化アルミニウム(AlN)焼結体が用いられている。
【0004】
ところが、近年、このようなパワー半導体モジュールにおいて、パワー半導体の発熱量増加や実装密度向上への対策として基板の放熱性を向上する要求や、小型・薄型化への要求が高まっている。このような要求に対して、アルミナ焼結体では、その熱伝導率が20〜30W/m・K程度と低いことから上記要求を満足できない。また、窒化アルミニウム焼結体はその強度が低い(三点曲げ強度で約300MPa程度)ことから、実装信頼性に問題があり、小型・薄型化を満足できない。そこで、高放熱性かつ高強度である窒化珪素(Si)焼結体が注目されている。
【0005】
窒化珪素質焼結体は、エンジニアリングセラミックスとして知られており、高強度、高温高強度、高靭性である上、耐熱性、耐熱衝撃性、耐摩耗性および耐酸化性に優れることから、特にガスタービンやターボロータ等の熱機関用部品や切削工具として応用されている(特許文献1参照)。
【0006】
この特許文献1の表には、炭酸リチウムを全量中0.2〜12モル%添加することが記載されており、1750℃以下で4時間窒素ガス中で焼成し、冷却工程で1400℃、1050℃の温度で熱処理し、窒化珪素結晶粒子の粒界にリチウムと希土類元素を含む複合酸化物からなる結晶相を存在せしめ、自動車部品やガスタービンエンジン用部品等で使用される温度域における強度を向上させた窒化珪素質焼結体が記載されている。
【0007】
一方、1980年代後半から1990年代には、窒化珪素質焼結体は、パワー半導体モジュール用放熱性基板としての応用が活発に検討されたが、熱伝導率に勝る窒化アルミニウム焼結体に実用面では先を越されていた。ところが、上記したように、窒化珪素質焼結体は高強度であるために薄型化できることから、厚い窒化アルミニウム焼結体からなる基板に肉薄する放熱性が期待でき、さらなる高熱伝導率化が検討されている(特許文献2、3等参照)。
【0008】
これらの特許文献2、3には、Li、Al、Na、K等の不可避不純物は、熱伝導率を低下させるので、含有量を合計で0.5質量%以下とすることが記載されている。
【特許文献1】特開平5−139838号公報
【特許文献2】特開平9−69590号公報
【特許文献3】特開2002−201075号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1〜3では未だ熱伝導率が低いという問題があった。即ち、特許文献1に記載された窒化珪素質焼結体は、自動車部品やガスタービンエンジン用部品用であり、実施例からLiO換算で1.2モル%以上添加し、これらは熱処理によりリチウムと希土類元素の複合酸化物として存在せしめているが、Liは焼成中に蒸発し易い物質であり、焼結後にどの程度Liを含有しているか全く記載されておらず、どの程度の熱伝導率を有するか全く記載されていない。
【0010】
また、窒化珪素Siは難焼結体であることから、焼結助剤としてYなどの希土類酸化物やアルミナなどを添加する必要があるが、特許文献2、3では、このような焼結助剤としての様々な添加物や、この添加物中に含まれるLi、Al、Na、K等の不純物が原因となって窒化珪素質焼結体の熱伝導率を低下させてしまうことが記載され、具体的には、添加物や不純物は窒化珪素質焼結体中に高熱抵抗の粒界相を形成したり、窒化珪素結晶相の中に固溶してしまい、窒化珪素結晶の熱拡散率を低下させ、熱伝導率を低下させてしまうと考えられていた。従って、特許文献2、3では、Liについても含有しないように制御していた。
【0011】
本発明は、母基板の熱伝導率を向上できる回路基板およびその製法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等は、従来、熱伝導率向上を阻害すると考えられていたLiについては、母基板中に一定量含有させることにより、熱伝導率を低下させる要因とならず、却って熱拡散率を高め、熱伝導率を向上させることができることを見出し、本発明に至った。
【0013】
即ち、本発明の回路基板は、窒化珪素質焼結体からなる母基板に導体層を形成してなる回路基板であって、前記基板が、Liを全量中0.009〜0.046質量%含有することを特徴とする。このような回路基板では、母基板が、全量中Liを0.009〜0.046質量%含有するため、母基板の熱拡散率を向上でき、これにより、母基板の熱伝導率を向上できる。
【0014】
即ち、母基板中にLiを全量中0.009〜0.046質量%含有するということは、焼結時までLiが0.009〜0.046質量%存在していたということであり、これにより、後述するように、窒化珪素結晶中への添加元素やLi以外の不純物の固溶を抑制でき、これにより、窒化珪素結晶が本来有する熱拡散率の低下を抑制し、その結果、母基板の熱伝導率を従来よりも大幅に向上できると考えている。
【0015】
また、本発明の回路基板は、前記Liの少なくとも一部は、窒化珪素結晶中に固溶していることを特徴とする。このような回路基板では、Liの少なくとも一部が窒化珪素結晶中に固溶することにより、理由は明確ではないが、窒化珪素結晶中への添加元素やLi以外の不純物の固溶をさらに抑制でき、これにより、母基板の熱伝導率をさらに向上できると考えている。
【0016】
さらに、本発明の回路基板は、前記母基板中に、Al、Na、K、Fe、Ba、MnおよびBを、合量で0.5質量%以下含有することを特徴とする。このような回路基板では、Li以外の不純物量が、合量で0.5質量%以下であるため、さらに母基板の熱伝導率を高めることができる。
【0017】
また、本発明の回路基板は、前記母基板は、窒化珪素粉末にLi化合物をLiO換算で全量中0.3〜1.5質量%添加した混合粉末を成形し、焼成してなることを特徴とする。このような回路基板では、Li化合物をLiO換算で全量中0.3〜1.5質量%添加して焼成し、焼結後にはLiを全量中0.009〜0.046質量%含有することになり、焼成時において窒化珪素結晶中への添加元素やLi以外の不純物の固溶を抑制できる。
【0018】
さらに、本発明の回路基板は、前記母基板中に、希土類元素を酸化物換算で全量中1〜17質量%含有することを特徴とする。このような回路基板では、母基板の焼結性を向上でき、母基板の緻密化を促進し、強度を向上することができる。
【0019】
本発明の回路基板の製法は、窒化珪素質焼結体からなる母基板に導体層を形成する回路基板の製法であって、前記母基板を、窒化珪素粉末にLi化合物をLiO換算で全量中0.3〜1.5質量%添加した混合粉末を成形して焼成し、Liを全量中に0.009〜0.046質量%含有せしめることを特徴とする。
【0020】
このような回路基板の製法では、基板を、窒化珪素粉末にLi化合物をLiO換算で全量中0.3〜1.5質量%添加した混合粉末を成形して焼成し、焼結後にはLiを全量中0.009〜0.046質量%含有することになり、焼成時において窒化珪素結晶中への添加元素やLi以外の不純物の固溶を抑制できる。
【発明の効果】
【0021】
本発明の回路基板では、母基板が、全量中Liを0.009〜0.046質量%含有するため、母基板の熱拡散率を向上でき、これにより、母基板の熱伝導率を向上できる。
【0022】
本発明の回路基板の製法では、窒化珪素粉末にLi化合物をLiO換算で全量中0.3〜1.5質量%添加した混合粉末を成形して焼成し、焼結後にはLiを全量中0.009〜0.046質量%含有する母基板を容易に作製でき、焼成時において窒化珪素結晶中への添加元素やLi以外の不純物の固溶を抑制できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明の回路基板は、窒化珪素質焼結体からなる母基板に導体層(金属回路を含む)を形成してなるもので、母基板の上面、または下面、さらには上下両面に導体層を設けたもので、この導体層には、半導体素子が搭載される。
【0024】
そして、窒化珪素質焼結体からなる母基板は、窒化珪素を主成分とし、LiをLi金属換算で母基板全量中0.009〜0.046質量%含有することを特徴とする。このような回路基板では、母基板の熱拡散率を向上でき、これにより、母基板の熱伝導率を向上できる。Liは、熱拡散率を向上するという点から、Li金属換算で母基板全量中0.02〜0.03質量%含有することが望ましい。このようなLiの少なくとも一部は、窒化珪素結晶中に固溶しているものと考えられる。
【0025】
即ち、母基板中のLi金属換算量を0.009〜0.046質量%することにより、0.450[m/秒]以上の高い熱拡散率が得られる一方で、Li金属換算量が0.009質量%未満、もしくは0.0046質量%を超える場合には、熱拡散率は0.450[m/秒]未満に低下してしまう。
【0026】
また、原料中にはAl、Na、K、Fe、Ba、MnおよびB等の不可避不純物を混入しており、これらの不可避不純物は、母基板全量中に合量で0.5質量%以下であることが望ましい。これにより母基板の熱拡散率の低下を抑制でき、結果として母基板の熱伝導率を向上できる。
【0027】
さらに、母基板中には、希土類元素を酸化物換算で全量中1〜17質量%含有することが、焼結性を向上させるという点から望ましい。窒化珪素は前述したように、難焼結性であるので、焼結助剤を添加することが望ましく、一般的に知られている希土類元素酸化物、例えば特にY、Er、Dyなどを焼結助剤として1〜17.0質量%添加含有することができる。
【0028】
ここで、希土類元素の酸化物換算量を母基板全量中1〜17質量%としたのは、1質量%未満では焼結助剤として働き不十分であり、焼結前にLiが蒸発しやすくなり、蒸発した結果熱拡散率が低下する傾向にあるからである。また、17質量%を超えると、希土類元素の窒化珪素結晶相中への固溶が抑えられなくなり、熱拡散率が低下する傾向にあるからである。希土類元素の酸化物換算量は、焼結性および熱拡散率向上という観点から、母基板全量中1.3〜7.5質量%であることが望ましい。
【0029】
本発明の回路基板の製法は、窒化珪素質焼結体からなる母基板に導体層を形成して作製される。母基板は、窒化珪素粉末にLi化合物をLiO換算で全量中0.3〜1.5質量%添加した混合粉末を成形して焼成し、Liを全量中0.009〜0.046質量%含有せしめて作製することができる。
【0030】
窒化珪素粉末は、酸素を1.7質量%以下、不純物用イオンとしてのAl、Na、K、Fe、Ba、MnおよびBを合計で0.5質量%以下、α相型窒化珪素を90質量%以上含有し、平均粒径1μm以下の粉末を用いることが望ましい。
【0031】
Li化合物としては、例えばLiCO粉末を用いることができる。このようなLiCO粉末はLiO換算で全量中0.3〜1.5質量%添加する。Li化合物は、母基板の熱拡散率を向上するという点から、LiO換算で母基板全量中0.7〜1質量%添加することが望ましい。
【0032】
さらに、必要に応じて、Y、Er、Dyなどを焼結助剤として1〜17.0質量%添加することができる。
【0033】
そして、本発明では、Li化合物をLiO換算で全量中0.3〜1.5質量%添加した混合粉末を成形して焼成し、Liを母基板全量中0.009〜0.046質量%含有せしめることが重要である。
【0034】
本発明では、Li化合物を添加し、一定量母基板中に含有せしめることを特徴とするが、その効果は、Liが焼結過程において窒化珪素結晶に固溶することによって、焼結助剤(希土類等)の添加元素や不純物元素が固溶することを抑えることができ、これによって窒化珪素焼結体の熱拡散率が向上すると考えている。
【0035】
ところが、焼結過程でLiが蒸発してしまうと、その効果が無くなるため、Li化合物をLiO換算で全量中0.3〜1.5質量%添加し、母基板全量中0.009〜0.046質量%残存させるべく、焼成に際してLiの蒸発を抑制するため、窒化珪素粉末とLi化合物を含有する混合粉末の成形体を、窒化珪素焼結体製の鉢の中に、Li化合物を含有していない、窒化珪素粉末のとも材を充填し、成形体をこのとも材の中に埋め込んで焼成する。
【0036】
成形体を窒化珪素粉末のとも材中に埋設して焼成しているため、Liの蒸発がある程度抑制されるものの、とも材がLi化合物を含有していないため、Liがある程度蒸発することになり、Li化合物をLiO換算で全量中0.3〜1.5質量%添加し、母基板全量中0.009〜0.046質量%残存することになる。
【0037】
本発明における望ましい範囲は、Li金属換算で0.02〜0.03質量%、添加するLiCOなどのLi化合物はLiO換算で0.7〜1.0質量%、希土類酸化物は1.3〜7.5質量%の範囲であり、この範囲において熱拡散率は0.528[m/秒]以上と高い値が得られる。
【0038】
本発明の回路基板の母基板は、熱拡散率は0.528[m/秒]以上、特には0.6[m/秒]以上であり、熱伝導率は117[W・m/K]以上、特には、130[W・m/K]以上のものが得られる。
【0039】
さらに、本発明の母基板では、熱伝導率が高いため、厚さを薄くすることにより、窒化珪素からなるものとしては窒化アルミニウムに比べてもそん色のない高放熱性の母基板が得られ、一方、より強度を高くするため、0.5mm以上の厚みとした場合でも、熱伝導率が高いため、回路基板として用いることができる。
【実施例】
【0040】
出発原料として、窒化珪素α相を95%含み、酸素を1質量%含み、平均粒径0.5μmの窒化珪素粉末と、平均粒径1.5μmのLiCO粉末と、平均粒径1.0μmのY粉末、平均粒径1.0μmのEr粉末、平均粒径1.0μmのDy粉末を用意した。
【0041】
これらの原料粉末を用いて、表1に示す組成比率になるように秤量し、溶媒としてイソプロピルアルコールを、メディアとして窒化珪素焼結体製のボールを加えて振動ミルにて72時間混合した。その後スラリーはイソプロピルアルコールを乾燥させて混合粉体とし、この混合粉末を0.5ton/cmの圧力で金型プレスした後、3ton/cmの圧力にて静水圧プレスを施して成形体を得た。尚、表1の試料No.1で説明すると、Y粉末を1質量%、LiCO粉末を0.3質量%、窒化珪素粉末を98.7質量%添加したことになる。
【0042】
次いで、窒化珪素焼結体製の鉢の中に、LiCO粉末を含有していない、窒化珪素粉末のとも材を充填し、上記成形体をこのとも材の中に埋め込んだ後、0.9MPaの圧力の窒素ガス雰囲気下で1950℃の温度にて焼成して焼結体を得た。
【0043】
なお、本発明の実施例については、とも材として1質量%の酸化珪素を添加含有した窒化珪素粉末を用い、表1の試料No.23については、とも材として1.5質量%のLiCOを添加含有した窒化珪素粉末を用い、試料No.22についてはとも材を使用しなかった。
【0044】
こうして得られた試料No.1〜19および比較例の試料No.20〜25に係る各窒化珪素焼結体について、熱拡散率をレーザーフラッシュ法(試料の両面にAu蒸着し、両面を黒化処理して25℃でルビーレーザーパルス光を均一に照射)にて測定し、測定した熱拡散率と比熱、密度を掛け合わせて熱伝導率を算出した。その結果を表1に示す。
【0045】
また、不純物用イオンとしてのAl、Na、K、Fe、Ba、MnおよびBを、ICP発光分光分析で測定し、表1に記載した。さらに、Li量をICP発光分光分析で測定し、Li金属換算して表1に記載した。
【表1】

【0046】
この表1によれば、本発明の範囲内にある試料No.1〜19は熱拡散率が0.45×10−4[m/秒]以上の優れた特性を有していることがわかる。一方、焼成時に埋め粉を用いなかった試料No.22では、Liの蒸発量が多くなり、熱拡散率が低く、とも材として1.5質量%のLiCOを添加含有した試料No.23では、焼結体中のLi量が多くなり、熱拡散率が低かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化珪素質焼結体からなる母基板に導体層を形成してなる回路基板であって、前記母基板が、Liを全量中0.009〜0.046質量%含有することを特徴とする回路基板。
【請求項2】
前記Liの少なくとも一部は、窒化珪素結晶中に固溶していることを特徴とする請求項1記載の回路基板。
【請求項3】
前記母基板中に、Al、Na、K、Fe、Ba、MnおよびBを、合量で0.5質量%以下含有することを特徴とする請求項1または2記載の回路基板。
【請求項4】
前記母基板中に、希土類元素を酸化物換算で全量中1〜17質量%含有することを特徴とする請求項1乃至3のうちいずれかに記載の回路基板。
【請求項5】
窒化珪素質焼結体からなる母基板に導体層を形成する回路基板の製法であって、前記母基板を、窒化珪素粉末にLi化合物をLiO換算で全量中0.3〜1.5質量%添加した混合粉末を成形して焼成し、前記基板中にLiを全量中0.009〜0.046質量%含有せしめることを特徴とする回路基板の製法。

【公開番号】特開2009−29665(P2009−29665A)
【公開日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−195912(P2007−195912)
【出願日】平成19年7月27日(2007.7.27)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【Fターム(参考)】