説明

新規な光学活性カルボン酸の製造法

下記一般式(I)


で表される4−ハロクロトン酸誘導体に、エノエートレダクターゼまたはそれを含む細胞、同細胞の調製物もしくは同細胞を培養して得られた培養液を作用させて、下記一般式(II)


で表される光学活性4−ハロ酪酸誘導体を製造する(式(I)、(II)中、Rはハロゲン原子、ニトロ基、ヒドロキシル基、置換されていてもよいアルキル基、置換されていてもよいアリール基または置換されていてもよいアルコキシ基を、Xはハロゲン原子を、AおよびAは水素原子またはハロゲン原子を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エノエートレダクターゼまたはそれを含む細胞、同細胞の調製物もしくは同細胞を培養して得られる培養液を用いて、4−ハロクロトン酸誘導体の炭素・炭素二重結合を立体選択的に還元して、医薬、農薬等の中間体原料として有用な化合物である光学活性4−ハロ酪酸誘導体を製造する方法に関する。本発明はまた、該4−ハロ酪酸誘導体の製造方法を利用した、(R)−N−(4,4,4−トリフルオロ−2−メチルブチル)−3−[2−メトキシ−4−(o−トリルスルホニルカルバモイル)ベンジル]−1−メチルインドール−5−カルボキサミドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光学活性4−ハロ酪酸誘導体は医薬、農薬等の中間体原料として産業上有用な化合物である。例えば、(R)−4,4,4−トリフルオロ−2−メチル酪酸(2R−メチル−4,4,4−トリフルオロブタン酸)は、ロイコトリエン拮抗剤として有用な(R)−4,4,4−トリフルオロ−2−メチルブチルアミンの合成中間体であることが知られている(欧州特許出願公開第489548号明細書)。光学活性4−ハロ酪酸誘導体を得る方法としては、光学活性ホスフィン化合物とルテニウム化合物からなる錯体触媒を用いて4−ハロクロトン酸誘導体を還元する方法が知られていた(欧州特許出願公開第673911号明細書)。しかし、かかる反応は高圧下で行う必要があり、用いる触媒も高価であった。
【0003】
エノエートレダクターゼは、エノエート(enoate)の炭素・炭素二重結合を還元する反応を触媒する酵素であるが、例えば、クロストリジア(Clostridia)などの微生物でその存在が報告されている(Journal of Biological Chemistry,vol.276,No.8,p5779−5787,2001)。エノエートレダクターゼ活性を有する微生物を利用した各種エノエートの不斉還元が報告されているが(Studies in Natural Products Chemistry,vol.20,817,1998)、エノエートのうち、4位の炭素がハロゲン化された4−ハロクロトン酸誘導体に関しては、エノエートレダクターゼを用いた不斉還元の報告例は無かった。
【発明の開示】
【0004】
本発明は、光学活性4−ハロ酪酸誘導体をより高い光学純度で安価かつ簡便に製造する新規な方法を提供することを課題とする。本発明はまた、(R)−N−(4,4,4−トリフルオロ−2−メチルブチル)−3−[2−メトキシ−4−(o−トリルスルホニルカルバモイル)ベンジル]−1−メチルインドール−5−カルボキサミドを製造する新規な方法を提供することを課題とする。
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決するために、光学活性4−ハロ酪酸誘導体の製造方法について鋭意検討した結果、配列番号2または配列番号4に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質が、原料となる4−ハロクロトン酸誘導体の不斉還元反応を触媒することを見出した。さらに、該タンパク質をコードする遺伝子を導入した形質転換細胞を作製し、該細胞、該細胞の調製物、または該細胞を培養して得られた培養液を、原料となる4−ハロクロトン酸誘導体に作用させることにより、高い光学純度かつ高濃度で目的物である光学活性4−ハロ酪酸誘導体を得ることができることを見出した。さらに、この方法によって得られる(R)−4,4,4−トリフルオロ−2−メチル酪酸を用いることにより、(R)−N−(4,4,4−トリフルオロ−2−メチルブチル)−3−[2−メトキシ−4−(o−トリルスルホニルカルバモイル)ベンジル]−1−メチルインドール−5−カルボキサミドを効率よく製造できることを見出した。以上によって、本発明を完成させるに至った。
【0006】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)下記一般式(I)
【化1】

で表される4−ハロクロトン酸誘導体に、エノエートレダクターゼまたはそれを含む細胞、同細胞の調製物もしくは同細胞を培養して得られた培養液を作用させて、下記一般式(II)
【化2】

で表される光学活性4−ハロ酪酸誘導体を生成させることを特徴とする、一般式(II)で表される光学活性4−ハロ酪酸誘導体の製造方法(式(I)、(II)中、Rはハロゲン原子、ニトロ基、ヒドロキシル基、置換されていてもよいアルキル基、置換されていてもよいアリール基または置換されていてもよいアルコキシ基を、Xはハロゲン原子を、AおよびAは水素原子またはハロゲン原子を示す)。
(2)エノエートレダクターゼが以下の(A)、(B)または(C)に示すタンパク質である、(1)の製造方法:
(A)配列番号2または配列番号4に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質、または
(B)配列番号2または配列番号4に記載のアミノ酸配列と50%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、一般式(I)で表される4−ハロクロトン酸誘導体を一般式(II)で表される光学活性4−ハロ酪酸誘導体に変換する酵素活性を有するタンパク質。
(C)配列番号2または配列番号4に記載のアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、一般式(I)で表される4−ハロクロトン酸誘導体を一般式(II)で表される光学活性4−ハロ酪酸誘導体に変換する酵素活性を有するタンパク質。
(3)エノエートレダクターゼを含む細胞が、エノエートレダクターゼをコードするDNAで形質転換された細胞である、(1)の製造方法。
(4)エノエートレダクターゼをコードするDNAで形質転換された細胞が、前記DNAを染色体上に組み込むことによって形質転換された細胞である、(3)の製造方法。
(5)エノエートレダクターゼをコードするDNAで形質転換された細胞が、前記DNAを含むベクターで形質転換された細胞である、(3)の製造方法。
(6)エノエートレダクターゼをコードするDNAが以下の(A)、(B)または(C)に示すタンパク質をコードするDNAである、(3)〜(5)のいずれかの製造方法:
(A)配列番号2または配列番号4に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質、または
(B)配列番号2または配列番号4に記載のアミノ酸配列と50%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、一般式(I)で表される4−ハロクロトン酸誘導体を一般式(II)で表される光学活性4−ハロ酪酸誘導体に変換する酵素活性を有するタンパク質。
(C)配列番号2または配列番号4に記載のアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、一般式(I)で表される4−ハロクロトン酸誘導体を一般式(II)で表される光学活性4−ハロ酪酸誘導体に変換する酵素活性を有するタンパク質。
(7)エノエートレダクターゼをコードするDNAが以下の(D)、(E)または(F)に示すDNAである、(3)〜(5)のいずれかの製造方法:
(D)配列番号1または配列番号3に記載の塩基配列を有するDNA、または
(E)配列番号1または配列番号3に記載の塩基配列またはその相補配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列を有し、一般式(I)で表される4−ハロクロトン酸誘導体を一般式(II)で表される光学活性4−ハロ酪酸誘導体に変換する酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA。
(F)配列番号1または配列番号3に記載の塩基配列において1または数個の塩基が置換、欠失もしくは付加された塩基配列及びその相補鎖からなり、かつ一般式(I)で表される4−ハロクロトン酸誘導体を一般式(II)で表される光学活性4−ハロ酪酸誘導体に変換する酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA。
(8)一般式(I)および(II)の化合物において、Rがメチル基であり、X、AおよびAがそれぞれフッ素原子であることを特徴とする、(1)〜(7)のいずれかの製造方法。
(9)(8)の方法により一般式(III)で表される4,4,4−トリフルオロチグリン酸を一般式(II)で表される(R)−4,4,4−トリフルオロ−2−メチル酪酸に変換する工程、前記(R)−4,4,4−トリフルオロ−2−メチル酪酸を、一般式(V)で表される(R)−4,4,4−トリフルオロ−2−メチルブチルアミンに変換する工程、及び前記(R)−4,4,4−トリフルオロ−2−メチルブチルアミンに一般式(II)で表される化合物を反応させて、一般式(VII)で表される(R)−N−(4,4,4−トリフルオロ−2−メチルブチル)−3−[2−メトキシ−4−(o−トリルスルホニルカルバモイル)ベンジル]−1−メチルインドール−5−カルボキサミドを生成させる工程を含む、(R)−N−(4,4,4−トリフルオロ−2−メチルブチル)−3−[2−メトキシ−4−(o−トリルスルホニルカルバモイル)ベンジル]−1−メチルインドール−5−カルボキサミドの製造方法.
【化3】

【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下に、本発明を詳細に説明する。
<1>光学活性4−ハロ酪酸誘導体の製造方法
本発明においては、エノエートレダクターゼまたはそれを含む細胞、同細胞の調製物もしくは同細胞を培養して得られた培養液を、反応基質である下記一般式(I)
【化4】

で表される4−ハロクロトン酸誘導体に作用させることにより、該化合物の炭素・炭素二重結合を不斉還元させ、下記一般式(II)
【化5】

で表される光学活性4−ハロ酪酸誘導体を製造する。
【0008】
上記の一般式(I)、(II)において、Rはハロゲン原子、ニトロ基、ヒドロキシル基、置換されていてもよいアルキル基、置換されていてもよいアリール基または置換されていてもよいアルコキシ基を、Xはハロゲン原子を、AおよびAは水素原子またはハロゲン原子を示す。
【0009】
ここで、アルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、シクロプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、ターシャリーブチル基、n−ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、ターシャリーペンチル基、イソアミル基、n−ヘキシル基等の炭素数1〜8の直鎖、分岐鎖、環状アルキル基が挙げられる。これらの中で、炭素数1〜4のアルキル基が好ましく、メチル基又はエチル基が特に好ましい。アリール基としては、例えば、フェニル基、メシチル基、ナフチル基等が挙げられる。また、アルコキシ基としては、例えば、メトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基、イソプロポキシ基、n−ブトキシ基、イソブトキシ基、ターシャリーブトキシ基等が挙げられる。これらの中で炭素数1〜4のアルコキシ基が好ましい。
【0010】
上記アルキル基、アリール基及びアルコキシ基は置換されていてもよい。置換基としては、前記不斉還元反応に悪影響を与えない基であれば特に限定されないが、具体的には、アルキル基、アリール基、アルコキシ基、ハロゲン基、シアノ基、アミノ基、ニトロ基及びヒドロキシル基等が挙げられる。したがって、一般式(I)および(II)において、置換されたアルキル基として具体的には、ベンジル基、フェネチル基、トリフルオロメチル基、シアノメチル基、アミノメチル基、ヒドロキシメチル基、ニトロメチル基、メトキシメチル基等が挙げられる。置換されたアリール基として具体的には、クロロフェニル基、アミノフェニル基、ヒドロキシフェニル基、ニトロフェニル基、メトキシフェニル基等が挙げられる。また、置換されたアルコキシ基として具体的には、ベンジロキシ基、フェノキシ基、トリフルオロメトキシ基等が挙げられる。
【0011】
Xはハロゲン原子を、AおよびAは水素原子またはハロゲン原子を示すが、これらのハロゲン原子は、フッ素原子、塩素原子、臭素原子が好ましく、フッ素原子がより好ましい。X、A、Aの全てがフッ素原子であることが特に好ましい。
【0012】
上記一般式(I)および(II)中のRとしては、好ましくは炭素数1〜4のアルキル基、ベンジル基又はフェニル基であり、より好ましくは炭素数1〜4のアルキル基であり、特に好ましくはメチル基である。
【0013】
上記一般式(I)で表される化合物としては、分子量が1000以下、好ましくは500以下、より好ましくは300以下のものであり、具体的には、例えば一般式(III)で表される4,4,4−トリフルオロチグリン酸等が挙げられる。上記一般式(I)で表される化合物は、例えば、下記一般式(VIII)で表されるアルデヒド(X、A、Aは前記と同様の置換基を示す)を第4版実験化学講座(19巻、p62、1992年)記載の方法により所望の安定化イリドとWittig反応を行い、得られた不飽和エステルを加水分解することにより容易に合成することができる。
【0014】
【化6】

【0015】
また、上記一般式(II)で表される化合物として、分子量が1000以下、好ましくは500以下、より好ましくは300以下のものであり、具体的には、一般式(IV)の(R)−4,4,4−トリフルオロ−2−メチル酪酸等が挙げられる。
【化7】

【0016】
エノエートレダクターゼは一般に、エノエート(enoate)の炭素・炭素二重結合の還元反応を触媒する酵素をいう(Studies in Natural Products Chemistry,vol.20,p817,1998)が、本発明においては、4−ハロクロトン酸誘導体の炭素・炭素二重結合を不斉還元して光学活性な4−ハロ酪酸誘導体を生成する活性を有することのできるタンパク質をいう。ここで、生成する4−ハロ酪酸誘導体の光学純度は、60%e.e.以上であることが好ましく、90%e.e.以上であることがより好ましく、98%e.e.以上であることがさらに好ましく、99.5%e.e.であることが特に好ましい。このような活性は、4−ハロクロトン酸誘導体を基質として含有し、さらにNADHを補酵素として含有する反応系において、NADHの減少初速度を測定することにより測定することができる。
【0017】
本発明の製造方法において用いることのできるエノエートレダクターゼは上記活性を有する限り特に制限されないが、例えば、配列番号2または配列番号4に記載のアミノ酸配列を有するものが挙げられる。これらはそれぞれ、ムーレラ サーモオートトロフィカ(Moorella thermoautotrophica)、クロストリジウム アセトブチリカム(Clostridium acetobutylicum)由来のエノエートレダクターゼである。
【0018】
また、本発明においては、これらのホモログであって、前記の酵素活性を有するものを用いてもよい。ホモログとは、例えば、前記活性を害さない範囲内において配列番号2または配列番号4に記載のアミノ酸配列に一個若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列を有するものを挙げることができる。ここで数個とは、具体的には20個以下、好ましくは10個以下、より好ましくは5個以下である。
【0019】
また、前記ホモログは、配列番号2または配列番号4に示されるアミノ酸配列と35%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは80%、特に好ましくは95%以上のホモロジーを有するタンパク質であってもよい。ちなみに上記タンパク質のホモロジー検索は、例えば、GenBankやDNA Databank of JAPAN(DDBJ)を対象に、FASTAやBLASTなどのプログラムを用いて行うことができる。配列番号2または配列番号4に記載のアミノ酸配列を用いて、GenBankを対象にBLAST programによりホモロジー検索を行った結果、配列番号2の配列はClostridium tyrobutyricum由来2−enoate reductase(Accession No.CAA71086)と59%の相同性を示し、配列番号4の配列はClostridium tyrobutyricum由来2−enoate reductase(Accession No.CAA71086)と49%の相同性を示した。また、配列番号2と配列番号4の配列は互いに50%の相同性を示した。本明細書において、Accession No.はGenBankのものを示す。
【0020】
本発明の製造法に用いるエノエートレダクターゼは、エノエートレダクターゼの一部又は全部をコードする遺伝子の塩基配列を元にして作製したプローブを用いて、エノエートレダクターゼ活性を有する任意の微生物からエノエートレダクターゼをコードするDNAを単離した後、該DNAを大腸菌などの宿主に発現させることによって得ることができる。また、エノエートレダクターゼ活性を有する微生物、例えば、クロストリジウム(Clostridium)属細菌やムーレラ(Moorella)属細菌の菌体から精製することによって得ることもできる。細菌の菌体からエノエートレダクターゼを取得する方法としては、例えば、Eur.J.Biochem.Vol.97,p103(1979)に記載の方法を参考に行うことができる。
【0021】
クロストリジウム(Clostridium)属細菌としては、例えばクロストリジウム アセトブチリカムATCC824株が、本発明に好適に利用できるエノエートレダクターゼを有しており、ムーレラ(Moorella)属細菌としては、例えばムーレラサーモオートトロフィカDSM1974株が、本発明に好適に利用できるエノエートレダクターゼを有している。前者はATCC(American Type Culture Collection)のオンラインカタログ(http://www.atcc.org/)に記載されており、該ATCCから入手できる。また、後者はDSMZ(Deutsche Sammlung von Mikroorganismen und Zellkulturen GmbH(German Collection of Microorganisms and Cell Cultures))のオンラインカタログ(http://www.dsmz.de/)に記載されており、該DSMZから入手可能である。
【0022】
本発明の製造方法においては、4−ハロクロトン酸誘導体をエノエートレダクターゼの精製酵素と反応させてもよいが、エノエートレダクターゼを含む細胞、該細胞の調製物、または該細胞を培養して得られた培養液を、4−ハロクロトン酸誘導体に反応させて、光学活性4−ハロ酪酸誘導体を製造してもよい。エノエートレダクターゼを含む細胞としては、エノエートレダクターゼをコードするDNAで形質転換された細胞が好ましい。
【0023】
この場合、エノエートレダクターゼをコードするDNAとしては、配列番号2または4のアミノ酸配列を有するエノエートレダクターゼをコードするDNAが挙げられる。また、配列番号2または配列番号4のアミノ酸配列と50%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、一般式(I)で表される4−ハロクロトン酸誘導体を一般式(II)で表される光学活性4−ハロ酪酸誘導体に変換する酵素活性を有するタンパク質をコードするDNAであってもよい。具体的には、配列番号1または配列番号3の塩基配列を有するDNAを挙げることができる。このようなDNAは配列番号1または配列番号3の塩基配列に基いて設計したプライマーを用いたPCRによって得ることができる。また、本発明製造法においては、配列番号1または配列番号3に記載の塩基配列を有するDNAのホモログであって、エノエートレダクターゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAを用いてもよい。
【0024】
ここで、ホモログとは、エノエートレダクターゼ活性を有するタンパク質をコードする限り、配列番号1または配列番号3に記載の塩基配列に1個もしくは数個の塩基が欠失、置換、若しくは付加された塩基配列及び素の相補鎖からなるDNAを含む。ここで数個とは、具体的には60個以下、好ましくは30個以下、より好ましくは10個以下である。
【0025】
また、ホモログは、配列番号1または3の塩基配列を有するDNAまたはその相補鎖とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、エノエートレダクターゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAであってもよい。ここで、「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA」とは、プローブDNAを用いて、ストリンジェントな条件下で、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法、あるいはサザンブロットハイブリダイゼーション法等を行うことにより得られるDNAを意味し、「ストリンジェントな条件」としては、例えば、コロニーハイブリダイゼーション法およびプラークハイブリダイゼーション法においては、コロニーあるいはプラーク由来のDNAまたは該DNAの断片を固定化したフィルターを用いて、0.7〜1.0Mの塩化ナトリウム存在下65℃でハイブリダイゼーションを行った後、0.1〜2×SSC溶液(1×SSCの組成は、150mM塩化ナトリウム、15mMクエン酸ナトリウム)を用い、65℃条件下でフィルターを洗浄する条件を挙げることができる。
【0026】
エノエートレダクターゼをコードするDNAは、例えば、以下のような方法によって単離することができる。まず、エノエートレダクターゼを上記の方法等により微生物菌体等から精製した後、N末端アミノ酸配列を解析する。N末端アミノ酸配列解析は、リジルエンドペプチダーゼ、V8プロテアーゼなどの酵素により精製タンパク質を切断し、逆相液体クロマトグラフィーなどによりペプチド断片を精製した後、プロテインシーケンサーによりアミノ酸配列を解析して複数のアミノ酸配列を決めることにより行う。決定したアミノ酸配列を元に設計したプライマーを用い、エノエートレダクターゼ生産微生物株の染色体DNAもしくはcDNAライブラリーを鋳型としてPCRを行うことにより、エノエートレダクターゼをコードするDNAの一部(DNA断片)を得ることができる。さらに、エノエートレダクターゼ生産微生物株の染色体DNAの制限酵素消化物をファージ、プラスミドなどに導入し、大腸菌を形質転換して得られたライブラリーやcDNAライブラリーから、前記のDNA断片をプローブに用いてコロニーハイブリダイゼーション、プラークハイブリダイゼーションなどを行うことにより、エノエートレダクターゼをコードするDNAを得ることができる。
【0027】
また、前記のPCRにより得られたDNA断片の塩基配列を解析し、得られた配列から、配列が決定された領域の外側に伸長させるためのPCRプライマーを設計し、エノエートレダクターゼ生産微生物株の染色体DNAを適当な制限酵素で消化後、自己環化反応により環化させたDNAを鋳型としてinvese PCR(Genetics vol.120,p621−623(1988))を行うことにより、エノエートレダクターゼをコードするDNAを得ることも可能である。
【0028】
なおエノエートレダクターゼをコードするDNAは、配列番号1または配列番号3の塩基配列を有するDNAを化学合成することによって得ることもできる。
【0029】
当業者であれば、配列番号1または配列番号3に記載のDNAに部位特異的変異導入法(Nucleic Acid Res.vol.10,p6487(1982),Methods in Enzymol.vol.100,p448(1983),Molecular Cloning 2nd Edt.,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)、PCR:A Practical Approach,IRL Press,p200(1991))等を用いて適宜置換、欠失、挿入及び/または付加変異を導入することにより、本発明の製造法に用いることのできるエノエートレダクターゼをコードするDNAを得ることが可能である。
【0030】
また、配列番号2または4のアミノ酸配列の全部またはその一部や、配列番号1または3の塩基配列の全部または一部を元に、例えばGenBankやDDBJ等のデータベースに対してホモロジー検索を行って、エノエートレダクターゼをコードするDNAホモログの塩基配列情報を手に入れることも可能である。当業者であれば、この塩基配列情報を元に寄託菌株(ATCC、DSMZ等から入手可能)からのPCR等によりエノエートレダクターゼをコードするDNAを手に入れることが可能である。
【0031】
さらに、エノエートレダクターゼをコードするDNAは、配列番号1または3の塩基配列の全部または一部を有するDNAをプローブに用いて、エノエートレダクターゼ活性を有する任意の微生物から調製したDNAに対し、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法、あるいはサザンブロットハイブリダイゼーション法等によりストリンジェントな条件下でハイブリダイゼーションを行い、ハイブリダイズするDNAを得ることによっても取得できる。ここで、「一部」とは、プローブとして用いるのに十分な長さのDNAのことであり、具体的には15bp以上、好ましくは50bp以上、より好ましくは100bp以上のものである。
【0032】
各ハイブリダイゼーションは、Molecular Cloning 2nd Edt.,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)等に記載されている方法に準じて行うことができる。
【0033】
上記のようにして単離された、エノエートレダクターゼをコードするDNAを公知の発現ベクターに発現可能に挿入することにより、エノエートレダクターゼ発現ベクターが提供される。この発現ベクターで形質転換した細胞を培養することにより、エノエートレダクターゼを該細胞から得ることができる。形質転換細胞は、公知の宿主細胞の染色体DNAにエノエートレダクターゼをコードするDNAを発現可能に組み込むことによっても得ることができる。
【0034】
形質転換細胞の作製方法としては、具体的には、微生物中において安定に存在するプラスミドベクターやファージベクター中に、エノエートレダクターゼをコードするDNAを組み込み、構築された発現ベクターを該微生物中に導入するか、もしくは、直接宿主ゲノム中にエノエートレダクターゼをコードするDNAを導入し、その遺伝情報を転写・翻訳させる必要がある。
【0035】
このとき、エノエートレダクターゼをコードするDNAが宿主微生物中で発現可能なプロモーターを含んでいない場合には、適当なプロモーターをエノエートレダクターゼをコードするDNA鎖の5’側上流に組み込む必要がある。さらに、ターミネーターを3’側下流に組み込むことが好ましい。このプロモーター及びターミネーターとしては、宿主として利用する微生物中において機能することが知られているプロモーター及びターミネーターであれば特に限定されず、これら各種微生物において利用可能なベクター、プロモーター及びターミネーターに関しては、例えば「微生物学基礎講座8・遺伝子工学・共立出版」、特に酵母に関しては、Adv.Biochem.Eng.vol.43,p75−102(1990)、Yeast vol.8,p423−488(1992)などに詳細に記述されている。
【0036】
本発明のエノエートレダクターゼを発現させるための形質転換の対象となる宿主微生物としては、宿主自体が本反応に悪影響を与えない限り特に限定されることはなく、具体的には、例えば、以下に示すような微生物を挙げることができる。
【0037】
エシェリヒア(Escherichia)属、バチルス(Bacillus)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、セラチア(Serratia)属、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属、ストレプトコッカス(Streptococcus)属、ラクトバチルス(Lactobacillus)属などに属する宿主ベクター系の確立されている細菌。
【0038】
ロドコッカス(Rhodococcus)属、ストレプトマイセス(Streptomyces)属などに属する宿主ベクター系の確立されている放線菌。
【0039】
サッカロマイセス(Saccharomyces)属、クライベロマイセス(Kluyveromyces)属、シゾサッカロマイセス(Schizosaccharomyces)属、チゴサッカロマイセス(Zygosaccharomyces)属、ヤロウイア(Yarrowia)属、トリコスポロン(Trichosporon)属、ロドスポリジウム(Rhodosporidium)属、ハンゼヌラ(Hansenula)属、ピキア(Pichia)属、キャンディダ(Candida)属などに属する宿主ベクター系の確立されている酵母。
【0040】
ノイロスポラ(Neurospora)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、セファロスポリウム(Cephalosporium)属、トリコデルマ(Trichoderma)属などに属する宿主ベクター系の確立されているカビ。
【0041】
上記微生物の中で宿主として好ましくは、エシェリヒア(Escherichia)属、バチルス(Bacillus)属、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属であり、特に好ましくは、エシェリヒア(Escherichia)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属である。
【0042】
形質転換細胞作製のための手順、宿主に適合した組換えベクターの構築および宿主の培養方法は、分子生物学、生物工学、遺伝子工学の分野において慣用されている技術に準じて行うことができる(例えば、「モレキュラークローニング第2版」、Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989年)、参照)。
【0043】
以下、具体的に、好ましい宿主微生物、各微生物における好ましい形質転換の手法、ベクター、プロモーター、ターミネーターなどの例を挙げるが、本発明はこれらの例に限定されない。
【0044】
エシェリヒア属、特にエシェリヒア・コリ(Escherichia coli)においては、プラスミドベクターとしては、pBR、pUC系プラスミドなどが挙げられ、プロモーターとしては、lac(β−ガラクトシダーゼ)、trp(トリプトファンオペロン)、tac、trc(lac、trpの融合)、λファージPL、PRなどに由来するプロモーターなどが挙げられる。また、ターミネーターとしては、trpA由来、ファージ由来、rrnBリボソーマルRNA由来のターミネーターなどが挙げられる。
【0045】
バチルス属においては、ベクターとしては、pUB110系プラスミド、pC194系プラスミドなどを挙げることができ、また、染色体にインテグレートすることもできる。プロモーター及びターミネーターとしては、アルカリプロテアーゼ、中性プロテアーゼ、α−アミラーゼ等の酵素遺伝子のプロモーターやターミネーターなどが利用できる。
【0046】
シュードモナス属においては、ベクターとしては、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)、シュドモナス・セパシア(Pseudomonas cepacia)などで確立されている一般的な宿主ベクター系や、トルエン化合物の分解に関与するプラスミド、TOLプラスミドを基本にした広宿主域ベクター(RSF1010などに由来する自律的複製に必要な遺伝子を含む)pKT240(Gene,vol.26,p273−82(1983))を挙げることができる。
【0047】
ブレビバクテリウム属、特にブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)においては、ベクターとしては、pAJ43(Gene vol.39,p281(1985))などのプラスミドベクターを挙げることができる。プロモーター及びターミネーターとしては、大腸菌で使用されている各種プロモーター及びターミネーターが利用可能である。
【0048】
コリネバクテリウム属、特にコリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)においては、ベクターとしては、pCS11(特開昭57−183799号公報)、pCB101(Mol.Gen.Genet.vol.196,p175(1984))などのプラスミドベクターが挙げられる。
【0049】
サッカロマイセス(Saccharomyces)属、特にサッカロマイセス・セレビジアエ(Saccharomyces cerevisiae)においては、ベクターとしては、YRp系、YEp系、YCp系、YIp系プラスミドが挙げられる。また、アルコール脱水素酵素、グリセルアルデヒド−3−リン酸脱水素酵素、酸性フォスファターゼ、β−ガラクトシダーゼ、ホスホグリセレートキナーゼ、エノラーゼといった各種酵素遺伝子のプロモーター、ターミネーターが利用可能である。
【0050】
シゾサッカロマイセス(Schizosaccharomyces)属においては、ベクターとしては、Mol.Cell.Biol.vol.6,p80(1986)に記載のシゾサッカロマイセス・ポンベ由来のプラスミドベクターを挙げることができる。特に、pAUR224は、宝酒造から市販されており容易に利用できる。
【0051】
アスペルギルス(Aspergillus)属においては、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、アスペルギルス・オリジー(Aspergillus oryzae)などがカビの中で最もよく研究されており、プラスミドや染色体へのインテグレーションが利用可能であり、菌体外プロテアーゼやアミラーゼ由来のプロモーターが利用可能である(Trends in Biotechnology vol.7,p283−287(1989))。
【0052】
また、上記以外でも、各種微生物に応じた宿主ベクター系が確立されており、それらを適宜使用することができる。また、微生物以外でも、植物、動物において様々な宿主・ベクター系が確立されており、特に蚕を用いた昆虫などの動物中(Nature vol.315,p592−594(1985))や菜種、トウモロコシ、ジャガイモなどの植物中に大量に異種タンパク質を発現させる系、及び大腸菌無細胞抽出液や小麦胚芽などの無細胞タンパク質合成系を用いた系が確立されており、好適に利用できる。
【0053】
本発明の製造方法においては、反応基質である4−ハロクロトン酸誘導体にエノエートレダクターゼをコードするDNAで形質転換された細胞を作用させてもよい。形質転換細胞は、反応液中でそのまま作用させてもよいが、該形質転換細胞の調製物、例えば、該形質転換細胞をアセトン、ジメチルスルホキシド(DMSO)、トルエン等の有機溶媒や界面活性剤により処理したもの、凍結乾燥処理したもの、物理的または酵素的に破砕したもの等の菌体細胞調製物、該形質転換細胞中の本発明の酵素画分を粗製物あるいは精製物として取り出したもの、さらには、これらをポリアクリルアミドゲル、カラギーナンゲル等に代表される担体に固定化したものを作用させてもよい。本発明の製造方法においてはさらに、前記細胞を培養して得られた培養液、すなわち、前記細胞を含む培養液を、直接用いてもよい。
【0054】
本発明の製造方法においては、反応液に補酵素NADもしくはNADHを添加するのが好ましい。添加濃度は、0.001mM〜100mM、好ましくは0.01〜10mMである。これらの補酵素を添加する場合には、NADHから生成するNADをNADHへ再生させることが生産効率向上のため好ましく、再生方法としては、
(i)宿主微生物自体のNAD還元能を利用する方法、
(ii)NADからNADHを生成する能力を有する微生物やその調製物、あるいは、グルコース脱水素酵素、ギ酸脱水素酵素、アルコール脱水素酵素、アミノ酸脱水素酵素、有機酸脱水素酵素(リンゴ酸脱水素酵素など)などのNADHの再生に利用可能な酵素(再生酵素)を反応系内に添加する方法、または
(iii)形質転換細胞を作製するに当たり、NADHの再生に利用可能な酵素である上記再生酵素類の遺伝子をエノエートレダクターゼをコードするDNAと同時に宿主に導入する方法、が挙げられる。
【0055】
このうち、上記(i)の方法においては、反応系にグルコースやエタノール、2−プロパノール、ギ酸などを添加することが好ましい。
【0056】
また、上記(ii)の方法においては、上記再生酵素類を含む微生物、該微生物菌体をアセトン処理したもの、凍結乾燥処理したもの、物理的または酵素的に破砕したもの等の菌体調製物、該酵素画分を粗製物あるいは精製物として取り出したもの、さらには、これらをポリアクリルアミドゲル、カラギーナンゲル等に代表される担体に固定化したもの等を用いてもよく、また市販の再生酵素を用いても良い。この場合、上記再生酵素の使用量としては、具体的には、本発明のエノエートレダクターゼに比較して、酵素活性で0.01〜100倍、好ましくは0.5〜20倍程度となるよう添加する。また、上記再生酵素の基質となる化合物、例えば、グルコース脱水素酵素を利用する場合のグルコース、ギ酸脱水素酵素を利用する場合のギ酸、アルコール脱水素酵素を利用する場合のエタノールもしくはイソプロパノールなどの添加も必要となるが、その添加量としては、反応原料である4−ハロクロトン酸誘導体に対して、0.1〜20倍モル当量、好ましくは1〜5倍モル当量添加する。
【0057】
また、上記(iii)の方法においては、エノエートレダクターゼをコードするDNAと上記再生酵素類のDNAを染色体に組み込む方法、単一のベクター中に両DNAを導入し、宿主を形質転換する方法、及び両DNAをそれぞれ別個にベクターに導入した後に宿主を形質転換する方法を用いることができるが、両DNAをそれぞれ別個にベクターに導入した後に宿主を形質転換する方法の場合、両ベクター同士の不和合性を考慮してベクターを選択する必要がある。単一のベクター中に複数の遺伝子を導入する場合には、プロモーター及びターミネーターなど発現制御に関わる領域をそれぞれの遺伝子に連結する方法やラクトースオペロンのような複数のシストロンを含むオペロンとして発現させることも可能である。
【0058】
本発明の製造方法は、例えば、反応基質、本発明の形質転換細胞および/または該形質転換細胞調製物、並びに、必要に応じて添加された各種補酵素及びその再生システムを含有する、水性媒体中または該水性媒体と有機溶媒との混合物中で行うことができる。
【0059】
本発明製造法において反応基質となる一般式(I)で表される化合物は、通常、基質濃度が0.01〜90%w/v、好ましくは0.1〜30%w/vの範囲で用いることができる。反応基質は、反応開始時に一括して添加しても良いが、酵素の基質阻害があった場合の影響を減らすという点や生成物の蓄積濃度を向上させるという観点からすると、連続的もしくは間欠的に添加することが望ましい。
【0060】
上記、水性媒体としては、水又は緩衝液が挙げられ、また、有機溶媒としては、酢酸エチル、酢酸ブチル、トルエン、クロロホルム、n−ヘキサン、ジメチルスルホキシド等、反応基質の溶解度が高いものを使用することができる。
【0061】
本発明の方法は例えば、4〜60℃、好ましくは10〜45℃の反応温度で、pH3〜11、好ましくはpH5〜8で行うことができる。また、膜リアクターなどを利用して行うことも可能である。また、エノエートレダクターゼの酸素による失活を防ぐため、反応液中に亜硫酸ナトリウムを添加したり、反応液を窒素やアルゴンガス等でシールすることにより、酸素の除去を行うことも効果的である。
【0062】
本発明の方法により生成する光学活性4−ハロ酪酸誘導体は、反応終了後、反応液中の菌体やタンパク質を遠心分離、膜処理などにより分離した後に、酢酸エチル、トルエンなどの有機溶媒による抽出、蒸留、カラムクロマトグラフィー、晶析等のなどを適宜組み合わせることにより精製を行うことができる。
【0063】
<2>(R)−N−(4,4,4−トリフルオロ−2−メチルブチル)−3−[2−メトキシ−4−(o−トリルスルホニルカルバモイル)ベンジル]−1−メチルインドール−5−カルボキサミドの製造法
本発明の(R)−N−(4,4,4−トリフルオロ−2−メチルブチル)−3−[2−メトキシ−4−(o−トリルスルホニルカルバモイル)ベンジル]−1−メチルインドール−5−カルボキサミドの製造方法は、エノエートレダクターゼまたはそれを含む細胞、同細胞の調製物もしくは同細胞を培養して得られた培養液を、一般式(III)で表される4,4,4−トリフルオロチグリン酸に反応させて、一般式(IV)で表される(R)−4,4,4−トリフルオロ−2−メチル酪酸を生成させる工程(a)、前記(R)−4,4,4−トリフルオロ−2−メチル酪酸を、一般式(V)で表される(R)−4,4,4−トリフルオロ−2−メチルブチルアミンに変換する工程(b)、及び前記(R)−4,4,4−トリフルオロ−2−メチルブチルアミンに一般式(VI)で表される化合物を反応させて一般式(VII)で表される(R)−N−(4,4,4−トリフルオロ−2−メチルブチル)−3−[2−メトキシ−4−(o−トリルスルホニルカルバモイル)ベンジル]−1−メチルインドール−5−カルボキサミドを生成させる工程(c)を含む。
【0064】
【化8】

【0065】
工程(a)は上述した方法と同様にして行うことができる。工程(b)はカルボン酸をアミンに変換する通常の方法を使用することができる。例えば、アンモニアと反応させてアミド化した後に還元する方法(下記反応式(IX))、ベンジルアミン等またはアンモニア等価体(例えば、HN(SiMe等)と反応させた後に、反応物を還元し、さらに接触水素化分解等により脱保護する方法(下記反応式(X))などを使用することができる。
【0066】
【化9】

【0067】
工程(c)では、工程(b)で得られる式(V)の(R)−4,4,4−トリフルオロ−2−メチルブチルアミンを、式(VI)の化合物に反応させて、式(VII)の(R)−N−(4,4,4−トリフルオロ−2−メチルブチル)−3−[2−メトキシ−4−(o−トリルスルホニルカルバモイル)ベンジル]−1−メチルインドール−5−カルボキサミドを得る。この工程は、通常のアミンとカルボン酸との反応と同様にして行うことができる。具体的には、例えば、欧州特許出願公開第489547号明細書(特に実施例5)や欧州特許出願公開第489548号明細書(特に実施例2)に開示されている方法と同様にして行うことができる。また、この工程で使用する一般式(VI)の化合物はいかなる製法によって得られるものでもよいが、例えば、上記特許公報に開示されているようにして、4−(5−メトキシカルボニル−1−メチルインドール−3−イルメチル)−3−メトキシ安息香酸(一般式XI)と2−メチルベンゼンスルホンアミド(一般式XII)と反応させ、生じた化合物を加水分解することによって得られる化合物を使用することができる。
【0068】
【化10】

【実施例】
【0069】
以下、実施例により本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0070】
(1)ムーレラ サーモアセティカ(Moorella thermoacetica)由来のエノエートレダクターゼ遺伝子で形質転換された形質転換細胞の作製
ムーレラ サーモアセティカ(Moorella thermoacetica)由来の2−enoate reductase(Accession No.CAA76082,配列番号2)をコードするDNA配列(Accession No.Y16136,REGION:47..2050,配列番号1)を元に、配列番号5および6のプライマーを合成した。これらのプライマーを各15pmol、dNTP各10nmol、ムーレラ サーモアセティカ(Moorella thermoacetica)DSM1974のゲノムDNA 25ng、KOD−plus−用10×緩衝液(東洋紡績社製)5μL、KOD−plus−1ユニット(東洋紡績社製)を含む50μLの反応液を用い、変性(94℃、15秒)、アニール(57℃、30秒)、伸長(68℃、2分)を30サイクルで、PTC−200(MJ Research社製)を用いてPCR反応を行った。PCR反応液の一部をアガロースゲル電気泳動により解析した結果、特異的と思われるバンドが検出できた。
【0071】
上記反応液をMinElute PCR Purification kit(Qiagen社製)にて精製した。精製したDNA断片を制限酵素EcoRIとXbaIで消化し、アガロースゲル電気泳動を行い、目的とするバンドの部分を切り出し、Qiagen Gel Extraction kit(Qiagen社製)により精製後回収した。得られたDNA断片を、EcoRI、及びXbaIで消化したpUC118に、Ligation high(東洋紡績社製)を用いてライゲーションし、大腸菌JM109株を熱ショック法によって形質転換した。
【0072】
形質転換細胞をアンピシリン(50μg/mL)を含むLB寒天培地上で生育させ、得られたコロニーについてコロニーダイレクトPCRを行い、挿入断片のサイズを確認した。目的とするDNA断片が挿入されていると考えられる形質転換細胞を50μg/mLのアンピシリンを含むLB培地で培養し、QIAPrepSpin Mini Prep kit(Qiagen社製)を用いてプラスミドを精製し、pUCMtER1とした。プラスミドに挿入したDNAの塩基配列をダイターミネーター法により解析したところ、挿入されたDNA断片は、配列番号1の塩基配列と一致した。
【0073】
(2)クロストリジウム アセトブチリカム(Clostridium acetobutylicum)由来のエノエートレダクターゼ遺伝子で形質転換された形質転換細胞の作製
クロストリジウムアセトブチリカム(Clostridium acetobutylicum)由来の2−enoatereductase(Accession No.AAK81302、配列番号4)をコードするDNA配列(Accession No.AE007834,REGION:859..2853、配列番号3)を元に、配列番号7および8に記載のプライマーを合成した。これらのプライマーを各15pmol、dNTP各10nmol、クロストリジウム アセトブチリカム(Clostridium acetobutylicum)ATCC824のゲノムDNA25ng、KOD−plus−用10×緩衝液(東洋紡績社製)5μL、KOD−plus−1ユニット(東洋紡績社製)を含む50μLの反応液を用い、変性(94℃、15秒)、アニール(57℃、30秒)、伸長(68℃、2分)を30サイクルで、PTC−200(MJ Research社製)を用いてPCR反応を行った。PCR反応液の一部をアガロースゲル電気泳動により解析した結果、特異的と思われるバンドが検出できた。
【0074】
上記反応液をMinElute PCR Purification kit(Qiagen社製)にて精製した。精製したDNA断片を制限酵素EcoRIとXbaIで消化し、アガロースゲル電気泳動を行い、目的とするバンドの部分を切り出し、Qiagen Gel Extraction kit(Qiagen社製)により精製後、回収した。得られたDNA断片を、EcoRI、及びXbaIで消化したpUC118に、Ligation high(東洋紡績社製)を用いてライゲーションし、大腸菌JM109株を形質転換した。形質転換細胞をアンピシリン(50μg/mL)を含むLB寒天培地上で生育させ、得られたコロニーについてコロニーダイレクトPCRを行い、挿入断片のサイズを確認した。目的とするDNA断片が挿入されていると考えられる形質転換細胞を50μg/mLのアンピシリンを含むLB培地で培養し、QIAPrepSpin Mini Prep kit(Qiagen社製)を用いてプラスミドを精製し、pUCCaER1とした。プラスミドに挿入したDNAの塩基配列をダイターミネーター法により解析したところ、挿入されたDNA断片は、配列番号3の塩基配列と一致した。
【0075】
(3)エノエートレダクターゼをコードするDNAで形質転換された大腸菌を用いた(R)−2−メチル−4,4,4−トリフルオロ酪酸の合成
上記(1)、(2)で得られた形質転換細胞をアンピシリン(50μg/mL)、0.1mMイソプロピル β−D−チオガラクトピラノシド(IPTG)を含むLB培地でアネロパック・ケンキ(三菱ガス化学社製)による嫌気条件下、37℃で30時間生育させた。得られた菌体ブロス5mLを遠心分離により集菌して菌体を得た後、下記に示す方法により、4,4,4−トリフルオロチグリン酸を基質として該菌体のエノエートレダクターゼ活性を確認した。
【0076】
なお、基質である4,4,4−トリフルオロチグリン酸は以下のようにして合成した。すなわち、4,4,4−トリフルオロチグリン酸エチルエステル(3.64g、20mmol)に50%含水メタノール(20mL)及び8mol/L NaOH(3mL)を加えた後、得られた混合物を約2時間攪拌した。反応混合物は溶媒を減圧留去し、濃塩酸を加えpHを2以下に調整した後、塩化メチレン抽出を行い、得られた有機層を減圧濃縮することにより透明油状物として4,4,4−トリフルオロチグリン酸(2.9g、収率94%)を得た。
【0077】
前記菌体に200μLの反応液(0.6g/L NAD(オリエンタル酵母社製)、50mMリン酸カリウムバッファー(pH7.0)、100mMグルコース、0.2g/Lグルコースデヒドロゲナーゼ(天野製薬社製、76unit/mg)、25mM 4,4,4−トリフルオロチグリン酸)を添加した後、アネロパック・ケンキ(三菱ガス化学社製)による嫌気条件下、37℃で20時間反応させた。10μLの6N HClを添加して反応を終了し、酢酸エチルで抽出し、2−メチル−4,4,4−トリフルオロ酪酸を定量した。定量は酢酸エチル溶液をガスクロマトグラフィー(GC)を用いて測定した。
【0078】
GCの条件は以下の通りである。
カラム:β−DEX225(SUPELCO社製、30m×0.25mmID、0.25μm film)
キャリア:He 1.5ml/min、split 1/50
カラム温度:110℃
注入温度:250℃
検出:FID 250℃
GC:島津GC−14A(島津製作所)
【0079】
この結果、pUCMtER1で形質転換した大腸菌を用いた場合の、(R)−2−メチル−4,4,4−トリフルオロ酪酸の収量は625μgであり、光学純度は67.2%e.e.であった。また、pUCCaER1で形質転換した大腸菌を用いた場合の(R)−2−メチル−4,4,4−トリフルオロ酪酸の収量は757μgであり、光学純度は99.8%e.e.以上であった。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明によって、医薬、農薬等の中間体原料として産業上有用な化合物である光学活性4−ハロ酪酸誘導体を高い光学純度で得ることが可能になった。また、ロイコトリエン拮抗剤として有用な(R)−N−(4,4,4−トリフルオロ−2−メチルブチル)−3−[2−メトキシ−4−(o−トリルスルホニルカルバモイル)ベンジル]−1−メチルインドール−5−カルボキサミドを効率よく製造することが可能になった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)
【化1】

で表される4−ハロクロトン酸誘導体に、エノエートレダクターゼまたはそれを含む細胞、同細胞の調製物もしくは同細胞を培養して得られる培養液を作用させて、下記一般式(II)
【化2】

で表される光学活性4−ハロ酪酸誘導体を生成させることを特徴とする、一般式(II)で表される光学活性4−ハロ酪酸誘導体の製造方法(一般式(I)、(II)中、Rはハロゲン原子、ニトロ基、ヒドロキシル基、置換されていてもよいアルキル基、置換されていてもよいアリール基または置換されていてもよいアルコキシ基を、Xはハロゲン原子を、AおよびAは水素原子またはハロゲン原子を示す)。
【請求項2】
エノエートレダクターゼが以下の(A)、(B)または(C)に示すタンパク質である、請求項1に記載の製造方法:
(A)配列番号2または配列番号4に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質、または
(B)配列番号2または配列番号4に記載のアミノ酸配列と50%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、一般式(I)で表される4−ハロクロトン酸誘導体を一般式(II)で表される光学活性4−ハロ酪酸誘導体に変換する酵素活性を有するタンパク質。
(C)配列番号2または配列番号4に記載のアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、一般式(I)で表される4−ハロクロトン酸誘導体を一般式(II)で表される光学活性4−ハロ酪酸誘導体に変換する酵素活性を有するタンパク質。
【請求項3】
エノエートレダクターゼを含む細胞が、エノエートレダクターゼをコードするDNAで形質転換された細胞である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
エノエートレダクターゼをコードするDNAで形質転換された細胞が、前記DNAを染色体上に組み込むことによって形質転換された細胞である、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
エノエートレダクターゼをコードするDNAで形質転換された細胞が、前記DNAを含むベクターで形質転換された細胞である、請求項3に記載の製造方法。
【請求項6】
エノエートレダクターゼをコードするDNAが以下の(A)、(B)または(C)に示すタンパク質をコードするDNAである、請求項3〜5のいずれか一項に記載の製造方法:
(A)配列番号2または配列番号4に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質、または
(B)配列番号2または配列番号4に記載のアミノ酸配列と50%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、一般式(I)で表される4−ハロクロトン酸誘導体を一般式(II)で表される光学活性4−ハロ酪酸誘導体に変換する酵素活性を有するタンパク質。
(C)配列番号2または配列番号4に記載のアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が置換、欠失もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、一般式(I)で表される4−ハロクロトン酸誘導体を一般式(II)で表される光学活性4−ハロ酪酸誘導体に変換する酵素活性を有するタンパク質。
【請求項7】
エノエートレダクターゼをコードするDNAが以下の(D)、(E)または(F)に示すDNAである、請求項3〜5のいずれか一項に記載の製造方法:
(D)配列番号1または配列番号3に記載の塩基配列を有するDNA、または
(E)配列番号1または配列番号3に記載の塩基配列またはその相補配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ一般式(I)で表される4−ハロクロトン酸誘導体を一般式(II)で表される光学活性4−ハロ酪酸誘導体に変換する酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA。
(F)配列番号1または配列番号3に記載の塩基配列において1または数個の塩基が置換、欠失もしくは付加された塩基配列及びその相補鎖からなり、かつ一般式(I)で表される4−ハロクロトン酸誘導体を一般式(II)で表される光学活性4−ハロ酪酸誘導体に変換する酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA。
【請求項8】
一般式(I)および(II)の化合物において、Rがメチル基であり、X、AおよびAがそれぞれフッ素原子であることを特徴とする、請求項1〜7のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項9】
請求項8に記載の方法により、一般式(III)で表される4,4,4−トリフルオロチグリン酸を一般式(IV)で表される(R)−4,4,4−トリフルオロ−2−メチル酪酸に変換する工程、前記(R)−4,4,4−トリフルオロ−2−メチル酪酸を、一般式(V)で表される(R)−4,4,4−トリフルオロ−2−メチルブチルアミンに変換する工程、及び前記(R)−4,4,4−トリフルオロ−2−メチルブチルアミンに一般式(VI)で表される化合物を反応させて一般式(VII)で表される(R)−N−(4,4,4−トリフルオロ−2−メチルブチル)−3−[2−メトキシ−4−(o−トリルスルホニルカルバモイル)ベンジル]−1−メチルインドール−5−カルボキサミドを生成させる工程を含む、(R)−N−(4,4,4−トリフルオロ−2−メチルブチル)−3−[2−メトキシ−4−(o−トリルスルホニルカルバモイル)ベンジル]−1−メチルインドール−5−カルボキサミドの製造方法。
【化3】


【国際公開番号】WO2005/005648
【国際公開日】平成17年1月20日(2005.1.20)
【発行日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−511562(P2005−511562)
【国際出願番号】PCT/JP2004/009932
【国際出願日】平成16年7月12日(2004.7.12)
【出願人】(000006725)三菱ウェルファーマ株式会社 (92)
【Fターム(参考)】