説明

潤滑グリース組成物を用いた転動装置およびこの転動装置を用いた電動パワーステアリング装置

【課題】低摩擦変動電動舵取装置の提供。
【解決手段】増ちょう剤に、(a)平均分子量500〜750の脂肪族ジウレア化合物でその直鎖状炭化水素基の内10〜70モル%が不飽和成分であり、且つ、原料となる1級アミンの全アミン価が200〜400の範囲であるジウレア化合物、(b)脂肪酸金属塩、(c)脂肪族アミドおよび脂肪族ビスアミドよりなる群から選ばれたアミド化合物の混合物からなり、(a)(b)(c)の配合比率はa/(b+c)=0.2〜10、(a)成分が1〜10、(b)成分が0.5〜2.5、(c)成分が0.5〜2.5の配合比、である混合増ちょう剤が全体量の2〜30重量%、(d)基油に、流動点が−25℃以下、主成分が合成炭化水素油の潤滑基油、(e)添加剤として、有機モリブデン錯体、ジチオカルバミン酸の有機亜鉛化合物、ジチオリン酸の有機亜鉛化合物混合物を、全体量の1〜7重量%配合したグリース組成物を用いた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり滑り摩擦面にて発生する不整な摩擦変動を大幅に縮減し、また広い温度範囲で低く安定したトルク特性を示し、更に、高温においても充分な油膜を維持できる長寿命の新規な増ちょう剤配合による潤滑グリース組成物を用いた転動装置およびこの転動装置を用いた電動パワーステアリング装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車産業の発展は目覚しく、個々に構成されているグリースを含めた自動車部品の要求値は年々向上の一途をたどり、つねに新規な技術の提供を求められている。
【0003】
特に自動車の電動パワーステアリング装置は、その技術革新がめざましく、当初はソーラカーや軽自動車の一部で採用されていた同装置が近年では小型乗用車から大型乗用車まで非常に幅広く装着されるようになり、またその装着台数も年々倍増の勢いで成長している分野である。
【0004】
ここで自動車の電動パワーステアリング装置を詳細に説明すると、現在、自動車のパワーステアリング装置の主流は油圧式であるが、油圧式の場合は、作動油(パワーステアリングフルード)を用いるため環境問題を直接考慮する必要があるとともに、油圧を発生させるための油圧ポンプをエンジンからの動力によって駆動し、しかも常時(ハンドルを操作していなくても)駆動しているため、エンジンの動力損失を伴うことから、燃費を悪化させる一因となっている。
【0005】
一方、電動パワーステアリング装置の場合は、電動モーターをパワーアシストの動力源に使用し、パワーアシストの必要な時にのみ制御装置によって電動モーターを駆動すればよく、また電動モーターの駆動は車両走行中に発電される電気によるため、エンジンの動力損失が極めて少なく、省燃費効果が大きくエネルギー消費量も油圧式に比較して非常に抑えられる。
しかしながら、現状の電動パワーステアリング装置は、油圧式のパワーステアリング装置と比較するとまだまだ、発生させる出力が弱いことから、電動モーターの能力を向上させると共に、個々の構成部品の摩擦をできるだけ下げて、モーターへの負担を極力軽減させることが重要である。
更に電動パワーステアリング装置は、特に寒冷地において、その低温起動性が非常に重視される。これは、油圧式のパワーステアリング装置の場合は、エンジンを暖機運転する際に、エンジンと直結した油圧ポンプの熱源が、作動油を熱媒体としてステアリング装置の各部を暖機する効果があるため、そこに使用される潤滑剤の低温特性は、一般的な性能で良かった。しかしながら、電動パワーステアリング装置の場合はエンジンからの直接的な熱源がないため、ステアリング装置は容易に暖機されない。
したがって、これらの部品に使用されるグリースは、低温での安定した摩擦トルク特性を得られるものであることが必須である。
【0006】
また、自動車は世界のいたるところで使用されるため、電動パワーステアリング装置も−40℃程度の極寒の状況から、100℃以上の灼熱の環境(外気温+エンジンルームの放射熱+路面からの輻射熱)での常時使用も考慮にいれて設計、製造され、低温から高温までの広い温度域にわたって低く安定したトルク特性が得られるとともに、高温においての粘度低下による油膜切れを起こさず、車両の寿命に対応した長寿命のグリースが求められている。
【0007】
更に、近年とみに積極的に盛り込まれているのが、人間が感覚的に受ける振動やゆらぎ、ファジーといった自然の法則に従った微妙で繊細な挙動を自動車部品に取り入れ、より快適で安定した操作性と室内空間を提供する動きが活発化し、今までにない新しい技術がとみに望まれている。
【0008】
電動パワーステアリング装置は油圧式のステアリング装置に代わり、今後の時代の主流になるステアリング装置であるため、革新的に進化している中で、今までに例をみない斬新なアイディアや技術の導入も目覚しく、上述したような、人間が感覚的に受ける微妙なフィーリングをより快適な方向に進化させることが重要な課題に挙げられており、特に高級乗用車ではその傾向は非常に強い。
本発明に係わる、具体的なフィーリングとしては、例えば、真っ直ぐな高速道路を直進している場合、ステアリング装置は無負荷の状態にあるため、ステアリングを操作する電動モーターは停止しアシストは行われていない状態である。この時、ステアリングを握る運転者の手は全く動いていない状態ではなく、路面のうねり等によりタイヤは小刻みに動いており、その微妙な振動や動作を受けステアリングは左右に微妙に作動し、その微妙な動きを、ステアリングホイールを握る運転者の手は感じ取り、小刻みに左右に調整しながら運転している状態が続く。
この微妙な操作の時には電動アシストは行われていない事から、運転者の手に伝わる微妙な感覚は、ステアリングを構成している個々の部品で発生する摩擦が直接的に伝わってきている事になる。(ステアリングを操舵し電動アシストが作動した場合は、その電動アシストの動力に相殺されるため、部品固有に発生している摩擦の感覚は運転者の手には伝わり難い)
このときに発生するステアリングを構成している個々の部品の摩擦とは、例えば、特許文献1の図2に記載されるシールドベアリング33や34の摺動部、およびラック軸15の歯面とピニオン軸22の歯面との接触部、または、ボールねじ溝15bとボールねじ溝38Aの間に介在するボールベアリング39との間の摺動部などが挙げられる。
この個々の部品の摺動部において、摩擦が不整に変動した場合は、ステアリングホイールを握る運転者の手に直接的に伝わり不快な感覚として印象づける可能性が大きくなる。
但し、ここで発生する不整な摩擦の変動は、ステアリングを操作する上で実用上は何ら影響を与えるものではないが、高級乗用車のような極めて高い品質であり尚且つ、快適性の極限を追求するような車種においては、人間に与える微妙な不快感は極めて重要な課題である。
また、上述した電動パワーステアリング装置のボールねじ構造と同様な機構を有する、ボールねじ装置の場合は、主に工作機械に用いられるケースが一般的であるが、ボールの転がりすべりの作用機構はほぼ同等であり、汎用の潤滑グリースでは、ボールとねじ部品との摺動部では摩擦変動が起き易く、不整な摩擦変動が生じた場合は、加工精度が低下したり工作物の高品質化が図れなくなったりする。
【0009】
従来、転動装置や電動パワーステアリング装置ならびに該装置に関する潤滑剤の文献は数多くあるが、本特許のグリース組成物に係る技術を用いて、人間に与える微妙な不快感を抑制し、より快適な操作性を与えるような電動パワーステアリング装置ならびに不整な摩擦変動を抑制する技術を開示した転動装置に関する技術は全くない。
例えば、潤滑に係る転動装置の文献としては特許文献2〜5がある。
特許文献2には、ウレア化合物、有機ニツケル化合物及び有機モリブデン化合物を含み、JIS K−2220による10万回混和ちょう度が280以上のグリースを封入することにより、電動タイプの射出成形機の射出駆動軸や型締め機構駆動部、あるいは電動プレス、ベンダー等に組み込まれる高負荷ボールねじのボール傷の発生を抑えて潤滑寿命の延長を図る技術が開示されているが、該特許文献のウレア化合物と一部の添加剤が本発明のグリース組成物の一部に近似する程度で基本的にそのグリース組成物は異なり、また得られる作用効果も全く異なる。
特許文献3には、増ちょう剤にウレア系、基油に基油粘度が40℃で300mm/s以上の鉱油または合成油からなるグリースを使用し、該グリースのちょう度が300以上である事を特徴とする電動射出成形機の駆動装置におけるボールねじ用グリースについて開示してあり、その効果として早期損傷を防止する技術が開示されているが、該特許文献のウレア系増ちょう剤の部分が本発明のグリース組成物の一部に近似する程度で基本的にそのグリース組成物は異なり、また得られる作用効果も全く異なる。
特許文献4には、ねじ軸の外周面とナットの内周面にそれぞれねじ溝を形成したボールねじの潤滑経路を潤滑する潤滑グリースの明度が1以上で、該潤滑グリースの組成が、100℃で粘度が3.0〜7.5mm/sの基油にウレア系増ちょう剤で増ちょうさせた潤滑グリースに有機モリブテン化合物などの添加剤を配合してなる技術が開示されており、その効果として、明度1以上の潤滑グリースを封入しているので、潤滑グリースが劣化すると、黒く変色して明度が1未満に下がるため、容易に給脂時期を識別でき、また、潤滑グリースの100℃の粘度が3.0〜7.5mm/sの基油にウレア系増ちょう剤を採用することにより、摩擦面への潤滑グリースの供給が円滑に行われるようになり、ボールねじの耐久性が向上する技術が開示されている。しかし、本発明のグリース組成物と該特許文献のグリース組成物では、ウレア系増ちょう剤の部分と一部の添加剤が本発明のグリース組成物の一部に近似する程度で基本的にそのグリース組成物は異なり、また得られる作用効果も全く異なる。
特許文献5には、ポリα−オレフイン油、アルキルベンゼン油、エチレン−プロピレンオリゴマーを基油に無灰系チオカーバメイト化合物、硫化オキシモリブデンジチオカーバメイト等の極圧剤を含有し、40℃の動粘度が10〜460mm/sである潤滑油を用いたボールねじの潤滑方法に関する技術で、摺動部の摩擦熱の抑制または摩耗粉や異物を除去しボールねじの異常摩耗や焼付を防止する技術について開示してある。該特許文献の潤滑剤は潤滑油であり、本発明のグリース組成物とは本質的に異なり、その効果も本発明の技術とは全く異なる。
また電動パワーステアリング装置および該装置に係わる潤滑剤の文献としては特許文献6〜11がある。
特許文献6には、(a)増ちょう剤、(b)流動点が−40℃以下である基油、(c)有機モリブデン化合物、(d)メラミンシアヌレート、(e)ポリテトラフルオロエチレン、及び(f)二硫化モリブデンを含む自動車ステアリング用グリース組成物について記載されている。その自動車ステアリング用グリース組成物とは、特にラック・ピニオン部やピニオンアシストタイプ電動パワーステアリングのハイポイドギヤなどのギヤ噛み合い部において上述したグリース組成物が適切な潤滑性を発揮するグリース組成物に関するものであると開示されているが、そのグリース組成物の組成は本発明のグリース組成物とは全く異なる。
特許文献7には、低温時の起動回転トルクを低く維持したまま高温時の潤滑耐久性を改善したグリースを潤滑剤として用いた電動パワーテアリング装置について記載され、グリースは、基油が合成炭化水素油であり、増ちょう剤がリチウム系複合石鹸またはウレア系化合物から選ばれたものであり、潤滑改善剤が固体潤滑剤、油性体から選ばれたものであると記載されている。その電動パワーステアリング装置とは、操舵補助力発生用電動モーターと、そのモーターの回転軸に連結されたギヤ機構により回転速度を減速せしめる減速装置とを有し、そのギヤ機構の減速ギヤの少なくとも一つが合成樹脂製であり、その合成樹脂製ギヤがグリースにより潤滑された電動パワーステアリング装置であると開示されているが、そのグリース組成物については請求項にウレア系増ちょう剤の記載があり、この部分のみにおいては一致するものの、その具体的な組成および効果の開示は全くされていない。
特許文献8には、基油と増ちょう剤とを含む潤滑グリース組成物であって、基油に対して、フッ素樹脂粉末を配合した潤滑グリース組成物について記載され、電動パワーステアリング装置の減速機などに使用されることが示されている。
特許文献9には、基油と増ちょう剤とを含む潤滑グリース組成物であって、増ちょう剤として、Liステアレートと、Liヒドロキシステアレートとを併用した潤滑グリース組成物について記載され、電動式パワーステアリング装置の減速機などに使用されることが示されている。
特許文献8および特許文献9に記載されている電動パワーステアリング装置の減速機とその具体的な潤滑部位は、例えばポリアミド樹脂などの合成樹脂製のウォームホイールを用いた減速機であり、合成樹脂製のウォームホイールと金属製のウォームシャフトとの摺動部(摩擦面)における潤滑部位にて摩擦の低減に寄与する潤滑グリース組成物の役割が重要であると開示されているが、そのグリース組成物は本発明のグリース組成物とは全く異なる。
特許文献10には、増ちょう剤と基油を含むグリースに、モンタンワックスを含有させた樹脂潤滑用グリース組成物について記載されている。その電動パワーステアリング装置の減速機とその具体的な潤滑部位は、樹脂(ポリアミド)製ウォームホイールギヤと、鋼製ウォームギヤの減速機構部であると開示されているが、そのグリース組成物については請求項にウレア系増ちょう剤の記載があり、この部分のみにおいては一致するものの、モンタンワックスを必須成分とすることや、樹脂潤滑用グリース組成であることから、本発明のグリース組成物とは全く異なる。
特許文献11には、基油と増ちょう剤とを含む潤滑グリース組成物であって、ポリエチレンオキサイド系ワックスを配合した潤滑グリース組成物について記載され、電動パワーステアリング装置の減速機などに使用されることが示されている。その電動パワーステアリング装置の減速機とその具体的な潤滑部位は、合成樹脂製のウォームホイールと金属製のウォームシャフトからなる減速機の摩擦面であるが、そのグリース組成物は本発明のグリース組成物とは全く異なる。
特許文献12には、電動モーターによる補助出力を、減速歯車機構を介して車両のステアリング機構に伝達する電動パワーステアリング装置であって、前記減速歯車機構の従動歯車が、金属製芯管の外周に、樹脂組成物からなり外周面にギア歯が形成された樹脂部を一体に設けてなり、かつ、分子構造中に極性を有する基を導入したワックスを含有するジウレア化合物等の増ちょう剤を用いたグリース組成物により該減速歯車機構が潤滑されていることを特徴とした電動パワーステアリング装置であり、該減速歯車機構の摺動部である樹脂部材と金属部材との間のすべり潤滑が長期にわたり良好に維持され操舵感に優れた装置について開示されている。しかし、本発明のグリース組成物と該特許文献のグリース組成物では、ジウレア化合物の部分と一部の添加剤成分が本発明のグリース組成物の一部に近似する程度で基本的にそのグリース組成物は異なり、また電動パワーステアリング装置の構成部品ならびに摩擦機構も全く異なる。
本発明に係る電動パワーステアリング装置は、特許文献1に開示されている添付図の装置、即ちボールねじ機構37とベアリング33および34の転がり軸受けから構成されるラックアシスト式電動パワーステアリング装置であるが、本装置はラック軸に連結されたボールねじにて軸方向の動力をアシストするものである。このボールねじ機構は、工作機械等に装着されているボールねじ機構に近似している事から、従来この部位の潤滑グリースは、これらの工作機械で頻繁に用いられているリチウム系グリースが使用されていた。
また、ラックアシスト式電動パワーステアリング装置として、特許文献1に開示されているものは電動モーターをラック軸と同軸に配置したものであるが、電動モーターがラック軸と同軸でなく平行に配置されたタイプ(例えば特許文献13)、電動モーターとラック軸とが軸心を交差させるように配置されたタイプ(例えば特許文献14)もある。これらのタイプのものは、電動モーターとボールねじ機構(ボールねじナット)とが歯車機構やベルト等の伝動手段で連結されている。
しかしながら、自動車への装着率の要求が益々高まる中で、電動パワーステアリング装置のアシスト力の向上および耐久性ならびに安定した低トルク特性の向上等々、その他諸性能の目覚しい進歩の過程において、従来技術の潤滑グリースでは、高温から低温まで安定した操舵特性が十分に発揮できなくなったり、満足した耐久寿命が得られなくなったり、またより低い温度環境下での低トルク特性においても課題があった。
前記各電動パワーステアリング装置に用いられる「転がり軸受け」は、主に単列または複列の深溝玉軸受け(例えば特許文献15参照)である。
なお、本発明に係る「電動パワーステアリング装置」は、上記のものに限定されず、例えば特許文献13、特許文献14に記載されたようなものも採用できる。前者の場合、同公報記載のボールねじ機構2および各玉軸受けが「転がり軸受け」に相当し、特にナット部2aを支承する軸受け8、10が「ボールの転がりを利用した玉軸受け」に相当する。後者の場合は、同公報記載のボールねじ機構9(19、29)および各玉軸受けが「転がり軸受け」に相当し、特にナット部9a(19a、29a)を支承する軸受け10(20)が「ボールの転がりを利用した玉軸受け」に相当する。
また、転動装置は、ボールの転がりを利用した転動装置であり如何なる機構のボールねじ構造を有する転動装置も該当する。
本発明者らは、特に特許文献1に記載の電動式パワーステアリング装置の構成部品において、どの部位が人間に微妙な不快感を与えやすいかを徹底的に調査研究した結果、シールドベアリング33や34ならびに、ボールネジ溝15bとボールネジ溝38Aの間に介在するボールベアリング39との間の摺動部等のころがり滑り摩擦を生ずる構成部品において、不整な摩擦変動が起き易い事を見出し、またこの不整な摩擦変動は潤滑グリースの差異によって非常に大きく変化することを発見し、更なる研究を重ねた結果、本発明の潤滑グリース組成物がこれらの構成部品で発生する不整な摩擦変動を大幅に縮減でき、運転者に不快な感覚を全く与えない、極めて安定した潤滑グリース組成物であることを見出し本潤滑組成物を含む転動装置および電動式パワーステアリング装置を提供するに至った。
【0010】
【特許文献1】特開2003−335249号公報
【特許文献2】特開2000−303089号公報
【特許文献3】特開2001−49274号公報
【特許文献4】特開2001−304307号公報
【特許文献5】特開2002−340132号公報
【特許文献6】特開2001−64665号公報
【特許文献7】特開2002−308125号公報
【特許文献8】特開2002−363589号公報
【特許文献9】特開2002−363590号公報
【特許文献10】特開2002−371290号公報
【特許文献11】特開2003−3185号公報
【特許文献12】特開2004−301268号公報
【特許文献13】特開2004−114972号公報
【特許文献14】特開2004−122858号公報
【特許文献15】特開2004−144118号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、転がり滑り摩擦面にて発生する不整な摩擦変動を大幅に縮減し、また広い温度範囲で低く安定したトルク特性を示し、更に、高温においても十分な油膜を維持できる長寿命の新規な増ちょう剤配合と特定の基油と添加剤組成を用いた潤滑グリース組成物を用いた転動装置および電動パワーステアリング装置に関するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは電動式パワーステアリング装置における転動装置の摺動部を徹底的に調査研究した結果、転がり滑り摩擦を生ずる構成部品において、潤滑グリースの差異によって不整な摩擦変動が起き易い状態になる事を見出し、更なる鋭意研究を重ねた結果、新規な増ちょう剤配合と特定の基油と添加剤組成を用いた潤滑グリース組成物を転動装置に適用すれば、不整な摩擦変動を大幅に縮減でき、広い温度範囲で低く安定したトルク特性を示し、更に、高温においても充分な油膜を維持できる長寿命の転動装置が得られ、更に、この転動装置の採用により高性能の電動パワーステアリング装置が得られることを見出し、本発明に至ったものである。
即ち、本発明の第1は、増ちょう剤として、
(a)平均分子量500〜750の脂肪族ジウレア化合物で、その直鎖状炭化水素基の内10〜70モル%が不飽和成分であり、且つ、原料となる1級アミンの全アミン価が200〜400の範囲であるジウレア化合物、
(b)脂肪酸金属塩、
(c)一般式(I)〜(II)に示される脂肪族アミドおよび脂肪族ビスアミドよりなる群から選ばれた少なくとも1種類以上のアミド化合物
CONH (I)
CONHRNHCOR (II)
(但し、Rは炭素数15〜17の飽和または不飽和のアルキル基を示し、Rはメチレン基またはエチレン基を示す。)
の混合物からなり、
(a)および(b)ならびに(c)の配合比率は
a/(b+c)=0.2〜10の関係にあり、それぞれ
(1)(a)成分が1〜10の配合比、
(2)(b)成分が0.5〜2.5の配合比、
(3)(c)成分が0.5〜2.5の配合比、
である混合増ちょう剤が全体量の2〜30重量%、
(d)基油として、流動点が−25℃以下で、且つ主成分が合成炭化水素油である潤滑基油、
(e)添加剤として、有機モリブデン錯体、ジチオカルバミン酸の有機亜鉛化合物、ジチオリン酸の有機亜鉛化合物からなる混合物を、全体量の1〜7重量%配合した潤滑グリース組成物を用いたことを特徴とする転動装置に関する。
本発明の第2は、前記転動装置がボールネジ機構であることを特徴とする請求項1記載の転動装置に関する。
本発明の第3は、前記転動装置が転がり軸受けであることを特徴とする請求項1記載の転動装置に関する。
本発明の第4は、前記転がり軸受けがボールの転がりを利用した玉軸受けであることを特徴とする請求項3記載の転動装置に関する。
本発明の第5は、請求項1〜4のいずれか1項に記載の転動装置を用いたことを特徴とする電動パワーステアリング装置に関する。
【0013】
本発明において、(a)の増ちょう剤の平均分子量が500未満の場合及び平均分子量が750を越える場合は、本装置において最適なグリースの介入が得られず、安定したトルク特性が十分に得られない。
また、直鎖状炭化水素基の内、不飽和成分が10モル%未満の場合は、本装置において適正な油性効果が得られず、安定したトルク特性が十分に得られない。70モル%を越える場合は、本装置において十分な耐熱性を確保するのが難しくなり寿命の低下が予想される。更に、1級アミンの全アミン価が200〜400を外れる場合は、本装置において最適なグリースの介入と、適正な油性効果ならびに十分な耐熱性を得ることが難しくなり、安定したトルク特性が十分に得られなくなったり寿命の低下が予想される。
【0014】
また、前記(b)成分である脂肪酸の金属塩は、例えば、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、12−ヒドロキシステアリン酸、アラキン酸、ベヘニン酸、リグノセリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、リシノール酸等の炭素数6〜24の直鎖状の飽和もしくは不飽和である脂肪族モノカルボン酸(一個のヒドロキシル基を含んでも可)と、リチウム、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、カルシウム、亜鉛、バリウム等の金属とを反応させたものである。特に好ましいのは、炭素数12〜18の飽和または不飽和の脂肪族モノカルボン酸と、リチウム、マグネシウム、アルミニウム、カルシウム、もしくは亜鉛の脂肪酸金属塩である。
【0015】
前記(c)成分であるアミド化合物とは、脂肪酸とアミンを反応させて得られる化合物で、一般式(I)〜(II)に示される脂肪族アミドおよび脂肪族ビスアミドよりなる群から選ばれた少なくとも1種類以上のアミド化合物
CONH (I)
CONHRNHCOR (II)
(但し、Rは炭素数15〜17の飽和または不飽和のアルキル基を示し、Rはメチレン基またはエチレン基を示す。)
の混合物からなり、例えばN,N′エチレンビスステアリルアミド、N,N′メチレンビスステアリルアミド、ステアリルアミド、オレイルアミド等がある。
【0016】
本発明における(d)成分である合成炭化水素油としては、ポリα−オレフィンやポリブテンおよびエチレンとα−オレフィンのコオリゴマー等があり、何れも流動点が−25℃以下のものが本装置において最適な効果を発揮する。−25℃より高い流動点である潤滑油をグリースに用いると、グリースそのものの粘弾性が強くなり、本装置において低温での所定のトルク特性が得られなくなる。
また、本グリース組成物に用いる基油は、これら合成炭化水素油を主成分に用いるが、合成炭化水素油の特徴としては、流動点が低く、低温においても流動性を保つことができること、また、酸化安定性が良好で、また粘度温度特性が優れているため(VIが高い)、高温においても粘度の低下が少なく安定した油膜が維持できること、ならびに、合成ゴムや合成樹脂などの部材に対して膨潤などの悪影響を及ぼさない、等の優れた特徴がある。
本装置において本グリース組成物に用いる基油の一部に鉱油や、エステル系合成油、ポリグリコール系合成油、シリコーン系合成油、またはフッ素系合成油などを用いることは可能であるが、主成分として用いるには適さない。かかる基油の主成分に鉱油を用いた場合は、低温性や耐熱性が不足し、エステル系合成油は合成ゴムや合成樹脂を膨潤させたり硬度を低下させたりする悪影響が懸念され、ポリグリコール系合成油は耐熱性あるいは潤滑性が合成炭化水素油ほど得られない。
また、シリコーン系合成油は耐熱性には優れるが満足する潤滑性が得難く、フッ素系合成油は、耐熱性は非常に優れるものの増ちょう剤との親和性が乏しく、また極めて高価なものとなる。なお、(d)における主成分とは、潤滑油の流動点が−25℃以下の合成炭化水素油が80重量%以上を含有することをいう。
【0017】
本発明における(e)成分である有機モリブテン錯体とは特公平5−66435号公報に記載されている有機モリブテン錯体を言う。またジチオカルバミン酸の有機亜鉛化合物としては、硫化ジエチルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジプロピルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジブチルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジペンチルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジヘキシルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジデシルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジイソブチルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジ(2−エチルヘキシル)ジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジアミルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジラウリルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジステアリルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジフェニルジチオカルバミン酸亜鉛等、硫化ジトリルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジキシリルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジエチルフェニルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジプロピルフェニルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジブチルフェニルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジペンチルフェニルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジヘキシルフェニルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジヘプチルフェニルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジオクチルフェニルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジノニルフェニルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジデシルフェニルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジドデシルフェニルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジテトラデシルフェニルジチオカルバミン酸亜鉛、硫化ジヘキサデシルフェニルジチオカルバミン酸亜鉛等の亜鉛ジチオカーバメートが挙げられる。また、ジチオリン酸の有機亜鉛化合物としては、硫化ジエチルジチオリン酸亜鉛、硫化ジプロピルジチオリン酸亜鉛、硫化ジブチルジチオリン酸亜鉛、硫化ジペンチルジチオリン酸亜鉛、硫化ジヘキシルジチオリン酸亜鉛、硫化ジデシルジチオリン酸亜鉛、硫化ジイソブチルジチオリン酸亜鉛、硫化ジ(2−エチルヘキシル)ジチオリン酸亜鉛、硫化ジアミルジチオリン酸亜鉛、硫化ジラウリルジチオリン酸亜鉛、硫化ジステアリルジチオリン酸亜鉛、硫化ジフェニルジチオリン酸亜鉛等、硫化ジトリルジチオリン酸亜鉛、硫化ジキシリルジチオリン酸亜鉛、硫化ジエチルフェニルジチオリン酸亜鉛、硫化ジプロピルフェニルジチオリン酸亜鉛、硫化ジブチルフェニルジチオリン酸亜鉛、硫化ジペンチルフェニルジチオリン酸亜鉛、硫化ジヘキシルフェニルジチオリン酸亜鉛、硫化ジヘプチルフェニルジチオリン酸亜鉛、硫化ジオクチルフェニルジチオリン酸亜鉛、硫化ジノニルフェニルジチオリン酸亜鉛、硫化ジデシルフェニルジチオリン酸亜鉛、硫化ジドデシルフェニルジチオリン酸亜鉛、硫化ジテトラデシルフェニルジチオリン酸亜鉛、硫化ジヘキサデシルフェニルジチオリン酸亜鉛が挙げられる。
【0018】
本発明において、(a)および(b)ならびに(c)の配合比率は
a/(b+c)=0.2〜10の関係にあり、それぞれ
(1)(a)成分が1〜10の配合比、
(2)(b)成分が0.5〜2.5の配合比、
(3)(c)成分が0.5〜2.5の配合比、
であるが、a/(b+c)が0.2未満の場合は、ジウレア成分が少なくなり、所要の耐熱性が不足し、a/(b+c)が10を越える場合は、本装置において十分な摩擦変動の縮減効果が得られなくなる。
また、(a)成分が1.0未満の場合は、a/(b+c)の関係と相関し、ジウレア成分が少なくなり、所要の耐熱性が不足し、10を越える場合は、本装置において十分な摩擦変動の縮減効果が得られなくなる。
更に、(b)成分および(c)成分がそれぞれ、0.5未満の場合は、同じく、本装置において十分な摩擦変動の縮減効果が得られなくなり、2.5を越えると、脂肪酸金属塩とアミド化合物の量が多くなるが、その割には、摩擦変動の縮減効果はそれ程向上せず、逆にトルクが上昇したり、ジウレア成分も少なくなることから耐熱性が不足したりする。
また、混合された増ちょう剤の全体量が2重量%未満の場合はグリースは軟らかくなりすぎて漏洩などの心配があり、30重量%よりも多い場合は硬くなりすぎて、流動抵抗が増し、トルクの上昇が顕著になったりコストも嵩む。
(d)成分の内合成炭化水素油である成分が80重量%未満の場合は常温から低温までの安定した低いトルクが得られない。
(e)成分は、全体量の1〜7重量%、好ましくは1.5〜6重量%、より好ましくは2〜5重量%である。
(e)成分が全体量の1重量%未満の場合は本装置として所定の耐久寿命が得られず、7重量%よりも多いと、コストが嵩むだけで、顕著な効果は得られない。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、転がり滑り摩擦面にて発生する不整な摩擦変動を大幅に縮減し、また広い温度範囲で低く安定したトルク特性を示し、更に、高温においても充分な油膜を維持できる新規な増ちょう剤配合を用いた長寿命の潤滑グリース組成物を潤滑剤として用いた転動装置ならびに電動パワーステアリング装置を提供することができた。
【実施例】
【0020】
以下、実施例及び比較例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0021】
実施例1〜4
表1に示す配合割合にてグリース試料の試作製造を行った。
その方法は、密閉式グリース試作装置に基油とジイソシアネートとを張り込み、攪拌しながら60℃まで加熱し、各種アミンと基油を混合溶解した原料をホッパーより加え反応させた。更に攪拌しながら170℃まで加熱し30分間保持し反応を完結させた。その後速やかに冷却し、その冷却工程中にて、表1に示す配合割合の脂肪酸金属塩とアミド化合物を攪拌混合し80℃まで冷却した。更に表1に示す配合割合にて添加剤を添加し、最後に酸化防止剤として、オクチルジフェニルアミンをそれぞれ1.0%外割にて添加した。約60℃まで放冷後、ホモジナイザーにて処理してグリースを得た。
【0022】
比較例1〜4
表2に示す配合割合にてグリース試料の試作製造を行った。
その方法は、密閉式グリース試作装置に基油とジイソシアネートとを張り込み、攪拌しながら60℃まで加熱し、各種アミンと基油を混合溶解した原料をホッパーより加え反応させた。更に攪拌しながら170℃まで加熱し30分間保持し反応を完結させた。その後速やかに冷却し、その冷却工程中にて、表2に示す配合割合の脂肪酸金属塩および/またはアミド化合物を攪拌混合し80℃まで冷却した。更に表2に示す配合割合にて添加剤を添加し、最後に酸化防止剤として、オクチルジフェニルアミンをそれぞれ1.0%外割にて添加した。約60℃まで放冷後、ホモジナイザーにて処理してグリースを得た。
【0023】
表1〜表2に示す(a)のジウレア化合物の原料であるジイソシアネートとは分子量250で以下の化学構造のものである。
【化1】

アミンAは、炭素数8の飽和アルキル基を主体(90%以上)とする平均分子量130の直鎖状一級アミン(工業用カプリルアミン)。
アミンBは、炭素数18の飽和アルキル基を主体(90%以上)とする平均分子量270の直鎖状一級アミン(工業用ステアリルアミン)。
アミンCは、炭素数18の不飽和アルキル基が約50%ならびに炭素数18から炭素数14の飽和もしくは不飽和アルキル基を含有する平均分子量255の直鎖状一級アミン(工業用牛脂アミン)。
アミンDは、炭素数18の不飽和アルキル基を主体(70%以上)とする平均分子量260の直鎖状一級アミン(工業用オレイルアミン)。
(b)の脂肪酸金属塩については、
脂肪酸金属塩Aは、12−ヒドロキシステアリン酸のリチウム塩である。
脂肪酸金属塩Bは、ステアリン酸のリチウム塩である。
脂肪酸金属塩Cは、ステアリン酸のカルシウム塩である。
脂肪酸金属塩Dは、ステアリン酸のアルミニウム塩である。
(c)のアマイド化合物については、
アミドAは、N,N′エチレンビスステアリルアミドである。
アミドBは、ステアリルアミドである。
また、実施例及び比較例に示す鉱油の40℃の動粘度は、101.5mm/sで流動点は−15℃であり、合成炭化水素油A(CASNo.68037−01−4)の40℃の動粘度は、14.94mm/sで流動点は−67.7℃である。また、合成炭化水素油B(CASNo.68037−01−4)の40℃の動粘度は、396.2mm/sで流動点は−36℃である。
添加剤Aは、有機モリブテン錯体で特公平5−66435号公報に記載されている油溶解性有機モリブテン化合物、
添加剤Bは、1級Zn−DTP(プライマリーZnジチオホスフェート)、
添加剤Cは、Zn−DTC(Znジチオカーバメート)、
【0024】
各表の実施例と比較例の性状は、次の試験方法に従い株式会社エス・ブイ・シー東京へ委託して行った。
ちょう度:JIS K2220
滴点 :JIS K2220
離油度 :JIS K2220B法で、条件は100℃、24時間である。
【0025】
これら実験結果から、以下のことが明らかとなった。
(1)本発明の潤滑グリースを用いた電動パワーステアリング装置は、転がり滑り摩擦面にて発生する不整な摩擦変動が大幅に縮減し安定したトルク特性を示した。
(2)本発明の潤滑グリースを用いた電動パワーステアリング装置は、広い温度範囲で低く安定したトルク特性を示した。
(3)本発明の潤滑グリースを用いた電動パワーステアリング装置は、高温での寿命も非常に長い。
本発明を適用する電動パワーステアリング装置としては、例えば特開2003−335249号公報に記載されたようなものがある。このものの構成は同公報に記載されたとおりであり、主たる構成として、同公報の図2に示されるように、車輪に連結されたラックシャフト15、このラックシャフト15を包囲するように配置された電動モーター30、前記ラックシャフト15の外周面に設けられたボールねじ溝15Bおよび前記電動モーター30のモータシャフト32の一端に装着されたボールねじナット38からなるボールねじ機構37を備えている。この構成において、ボールねじ機構37ならびに前記モータシャフト32の両端を支持するベアリング33および34が転動装置であり、中でもベアリング33および34が転がり軸受け、より詳細にはボールの転がりを利用した玉軸受けである。
この電動パワーステアリング装置の転動装置に前記実施例、比較例のグリースを潤滑剤として用いた試料を用意し、これら試料の性能比較を次の試験方法に従って行った。
【0026】
1.ハンドルひっかかり試験
運転者がハンドルを操作する(操舵する)際、前記ステアリング装置の転動装置、特にボールネジ機構において摩擦が不整に変動する部位が生じていると、ハンドル操作の途中で操舵トルクが突出する領域が現れ、ハンドルがひっかかるような違和感を運転者が感じ取り不快な感覚としておぼえることがある。そこで、この試験においては、常温下で、電動パワーステアリング装置にてハンドル操作を行い、その際の操舵トルクの変動を測定した。
具体的には、電動パワーステアリング装置に対して、左操舵エンドから右操舵エンドまで操舵した後、左操舵エンドまで戻るハンドル操作を行い、その際の負荷トルクを測定する。そして、測定されたトルクの平均値(平均トルク値)、この平均トルク値に対して所定以上、突出したトルクが測定された場合の突出量(突出トルク値)を求め、突出トルク値が出現した回数(突出トルク出現頻度)を比較評価(相対評価)した。実施例1〜4のグリースは、比較例2〜3に比較して何れも突出トルク出現頻度が低く安定した結果であった。
したがって、実施例のグリースを転動装置、特にボールねじ機構に用いることにより、工作機械などの転動装置においては安定したスムーズな作動性が期待でき、また、この転動装置を用いた電動パワーステアリング装置においては、運転者がハンドルを操作する(操舵する)際、ハンドルがひっかかるような違和感を殆ど覚えず、スムーズで快適な操舵感を与えられる。
【0027】
2.低温〜常温性能試験
低温域においてグリースの粘度が上昇すると、前記転動装置、特にボールネジ機構にかかるプレロードが上昇し、操舵フィーリングを損ねる(ハンドルが重くなり、特に、いわゆる「ハンドル戻り」性が悪化する)ことがある。そこで、実施例および比較例のグリースを用いた転動装置を適用した電動パワーステアリング装置を、電動モーターを作動させない状態、つまりパワーアシストを行わない状態に設定し、この状態にてハンドルを所定角度、回転させるのに要するハンドルトルクを測定し、その測定値(プレロード)を比較評価した。
その結果、実施例1〜4のグリースは、比較例4のグリースに較べて、常温(25℃)から低温(−20℃)まで良好な性能を示した。したがって、実施例のグリースを転動装置、特にボールネジ機構に用いることにより、低く安定したトルク特性を示す転動装置が得られる。また、この転動装置を用いた電動パワーステアリング装置によれば、エンジン始動直後の暖機がされていない状況下や厳寒の地においても良好な操舵フィーリングが得られ、特に、いわゆる「ハンドル戻り」が円滑に行われることで、本グリースの優位性が示される。
【0028】
3.耐久性能試験
高温域においてグリースの粘度が低下すると、前記転動装置においてグリースによって生成されるべき油膜がほとんど消失した状態(油膜切れ)が生じることがある。また、長期使用によるグリースの劣化、消耗によっても、油膜切れは起きる。この油膜切れにより、転動装置における円滑な潤滑が阻害されて操舵フィーリングが損なわれるばかりか、焼き付き(固化)が発生するに至ると、最悪の場合、転動装置が破損することも考えられる。そこで、この試験においては、実使用を模擬した耐久試験を行った。
具体的には、特開2003−335249号公報に示される電動パワーステアリング装置の転動部に潤滑グリースを充填し、実用条件に見合う以上の一定の負荷を加えながら正転および逆転動作を12万回繰り返し、装置の作動状態の変化や試験後の各種ベアリングやボールネジ機構の表面状態や損傷の有無ならびにグリースの状態を確認し、耐久性能を比較評価した。
その結果、実施例1〜4のグリースを用いることにより満足した耐久性能が得られることがわかった。したがって、本発明のグリースを転動装置や電動パワーステアリング装置に用いることにより、油膜切れや焼き付き等が発生しにくく、長期使用によっても高い信頼性を維持できる転動装置および電動パワーステアリング装置が得られる。
【0029】
【表1】

【0030】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
増ちょう剤として、
(a)平均分子量500〜750の脂肪族ジウレア化合物で、その直鎖状炭化水素基の内10〜70モル%が不飽和成分であり、且つ、原料となる1級アミンの全アミン価が200〜400の範囲であるジウレア化合物、
(b)脂肪酸金属塩、
(c)一般式(I)〜(II)に示される脂肪族アミドおよび脂肪族ビスアミドよりなる群から選ばれた少なくとも1種類以上のアミド化合物
CONH (I)
CONHRNHCOR (II)
(但し、Rは炭素数15〜17の飽和または不飽和のアルキル基を示し、Rはメチレン基またはエチレン基を示す。)
の混合物からなり、
(a)および(b)ならびに(c)の配合比率は
a/(b+c)=0.2〜10の関係にあり、それぞれ
(1)(a)成分が1〜10の配合比、
(2)(b)成分が0.5〜2.5の配合比、
(3)(c)成分が0.5〜2.5の配合比、
である混合増ちょう剤が全体量の2〜30重量%、
(d)基油として、流動点が−25℃以下で、且つ主成分が合成炭化水素油である潤滑基油、
(e)添加剤として、有機モリブデン錯体、ジチオカルバミン酸の有機亜鉛化合物、ジチオリン酸の有機亜鉛化合物からなる混合物を、全体量の1〜7重量%配合した潤滑グリース組成物を用いたことを特徴とする転動装置。
【請求項2】
前記転動装置がボールねじ機構であることを特徴とする請求項1記載の転動装置。
【請求項3】
前記転動装置が転がり軸受けであることを特徴とする請求項1記載の転動装置。
【請求項4】
前記転がり軸受けがボールの転がりを利用した玉軸受けであることを特徴とする請求項3記載の転動装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の転動装置を用いたことを特徴とする電動パワーステアリング装置。

【公開番号】特開2006−306275(P2006−306275A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−131702(P2005−131702)
【出願日】平成17年4月28日(2005.4.28)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【出願人】(302066630)株式会社ファーベス (138)
【Fターム(参考)】