説明

自転車用ディスクブレーキパッド

【課題】 拡散接合法により摩擦部材がバックプレートに接合される自転車用ディスクブレーキパッドにおいて、バックプレートの材質の制限を緩和する。
【解決手段】 自転車用ディスクブレーキパッド76は、ディスクブレーキ装置12に用いられ、バックプレート77と、溶射層78と、摩擦部材79と、を備えている。バックプレート77は、溶射面77cを表面に有するものである。溶射層78は、溶射面77cに形成された銅又は銅合金製の層である。摩擦部材79は、溶射層78上に拡散接合法により接合された部材である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブレーキパッド、特に、バックプレートに摩擦部材が接合された自転車用ディスクブレーキパッドに関する。
【背景技術】
【0002】
ディスクブレーキパッドは、通常、車輪とともに回転するディスクブレーキロータを挟持して車輪を制動する。この種のディスクブレーキパッドとして、銅基金属系の焼結金属製の乾式の摩擦部材と、摩擦部材が接合されたたとえばステンレス合金等の鋼製のバックプレートとを有するものが従来周知である(たとえば、特許文献1参照)。このような焼結金属製の摩擦部材を有する従来のディスクブレーキパッドでは、摩擦部材は拡散接合法によって焼結金属の焼成と、バックプレートへの接合とを同時に行って製造している。具体的には、バックプレートの接合面に銅メッキをした上に摩擦部材となる焼結金属を焼成している。このように製造されたブレーキパッドでは、バックプレートと銅めっき層とは金属的に結合する化学結合により結合されている。
【特許文献1】特開平08−188769号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
前記従来の銅めっき層上に摩擦部材を拡散接合法により接合する構成では、バックプレートに化学的に結合する銅めっき層をバックプレート上に形成し、その上に摩擦部材を焼結形成している。このため、銅との化学的結合力が大きい材質のものをバックプレートに用いなければならず、バックプレートの材質が制限されるという問題がある。たとえば、チタンやチタン化合物を含むチタン合金などをバックプレートに用いると、銅とチタンとの化学的係合力が弱いため、銅めっき層がバックプレートから剥がれ、バックプレートが摩擦部材と剥離するおそれがある。
【0004】
本発明の課題は、拡散接合法により摩擦部材がバックプレートに接合される自転車用ディスクブレーキパッドにおいて、バックプレートの材質の制限を緩和することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
発明1に係る自転車用ディスクブレーキパッドは、自転車用ディスクブレーキ装置のディスクブレーキパッドであって、バックプレートと、溶射層と、摩擦部材と、を備えている。バックプレートは、溶射面を表面に有するものである。溶射層は、溶射面に形成された銅又は銅合金製の層である。摩擦部材は、溶射層上に拡散接合法により接合された部材である。
【0006】
このディスクブレーキパッドでは、バックプレートにめっき層に代えて溶射により形成される溶射層を形成する。この溶射層上に、たとえば焼結形成により摩擦部材を形成し、拡散接合法により摩擦部材を溶射層に接合する。溶射により溶射層を形成すると、溶射の際にバックプレートが粗らされて表面粗さが粗い溶射面がバックプレートの表面に形成される。また、溶射の前に溶射面に予め表面粗さが粗くなるようにショットブラストなどにより粗面を形成してもよい。この溶射面の微小な凹凸に銅又は銅合金の溶射粒子が浸透し固化する。すると、いわゆるアンカー効果によりバックプレートと溶射層とが物理的に結合し接着界面が離れにくくなる。ここでは、溶射層がバックプレートとアンカー効果により物理的に結合するので、溶射により表面粗さが粗くなるような材質や予めショットブラストなどにより溶射面に粗面を形成できる材質であれば、どのような材質のものでもバックプレートに使用できる。このため、バックプレートと化学結合するめっき層により拡散接合する場合に比べて、バックプレートの材質の制限が緩和される。
【0007】
発明2に係る自転車用ディスクブレーキパッドは、発明1に記載のパッドにおいて、バックプレートは、チタン又はチタン合金製である。この場合には、バックプレートがチタン又はチタン合金製であるので、アルミニウムなどの他の軽金属に比べて強度を高く維持してバックプレートの軽量化を図ることができる。
【0008】
発明3に係る自転車用ディスクブレーキパッドは、発明1又は2に記載のパッドにおいて、バックプレートの溶射面は、少なくとも一部に粗面が形成されている。この場合には、予め形成された粗面により溶射層に対するアンカー効果が増大して溶射層の密着性を高めることができる。
【0009】
発明4に係る自転車用ディスクブレーキパッドは、発明1から3のいずれかに記載のパッドにおいて、摩擦部材は、三酸化二クロム、スズ及びその化合物、銅及びその化合物からなる群から選択された少なくとも一つ群の粉末を焼成して結合させたものである。この場合には、銅又は銅合金製の溶射層と接合しやすい素材で摩擦部材が構成されるので、溶射層を介して摩擦部材をバックプレートに強固に接合できる。
【0010】
発明5に係る自転車用ディスクブレーキパッドは、発明1から4のいずれかに記載のパッドにおいて、溶射層は、バックプレートの表面全体に形成され、摩擦部材は、溶射層により小さい面積で形成されている。この場合には、バックプレート状の任意の位置に摩擦部材を接合できる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、溶射層がバックプレートとアンカー効果により物理的に結合するので、溶射により表面粗さが粗くなるような材質や予めショットブラストなどにより溶射面に粗面を形成できる材質であれば、どのような材質のものでもバックプレートに使用できる。このため、バックプレートと化学結合するめっき層により拡散接合する場合に比べて、バックプレートの材質の制限が緩和される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
図1は、本発明の実施形態1によるディスクブレーキ装置12を搭載した自転車10のフロント部分を示している。このような自転車10は、当該技術では公知であり、自転車の構成部品についての詳細な説明は省略する。
【0013】
自転車10は、従来知られたものであり、ハンドルバー15を有する自転車フレーム14と、フロント及びリアフォーク16(フロントフォークのみ図示)と、前後輪17(前輪のみ図示)と、スプロケットやチェーンを含む駆動装置とを含んでいる。
【0014】
ディスクブレーキ装置12は、ダブルクラウン型のサスペンション付きのフロントフォーク16に装着されたブレーキキャリパ21と、ディスクロータ22と、ブレーキ作動機構23とを備えている。
【0015】
ブレーキキャリパ21は、ディスクロータ22に近接した位置で自転車10のフロントフォーク16に取り付けられており、ディスクロータ22にその回転を停止させる締め付け力を加えることができる。図2及び図3に示すように、ブレーキキャリパ21は、ハウジング50と、ピストンユニット51とを備えている。ハウジング50は、たとえばアルミニウム合金などの熱伝導性材料で構成されており、ボルトで結合された第1ハウジング部材52aと、第2ハウジング部材52bとを有している。両ハウジング部材52a,52bは実質的に同じ形状であり、第2ハウジング部材52bには、ブレーキ作動機構23の油圧配管86が連結され、両ハウジング部材52a,52bにブレーキオイルが供給されるようになっている。
【0016】
また、第2ハウジング部材52bは、ブレーキキャリパ21をフロントフォーク16にボルト止めするための取付部材54を形成する外向きに延出したフランジを有している。両ハウジング部材52a,52bをボルト締めすると、ブレーキスロットがその間に形成され、その間にディスクロータ22を収納することができる。また両ハウジング部材52a,52bには、図3及び図5に示すように、それぞれ2つのピストン74が収納される円形のシリンダ部57a,57bと、それぞれのシリンダ部57a,57bにブレーキオイルを供給するための油路58a,58bが形成されている。これにより、ブレーキ作動機構23から供給されたブレーキオイルは、第2ハウジング部材52bに流入して油路58a,58bに流入することによってピストンユニット51を作動させる。
【0017】
図3に示すように、ピストンユニット51は、4つのピストン74と、1対のブレーキパッド76とを有している。ピストン74は、1対のシリンダ部57a,57bに摺動自在にはめ込まれており、制動解除位置と制動位置との間で移動する。ブレーキパッド76は、ピストン74の先端に配置され一体で移動する。したがって、ピストン74が制動解除位置から制動位置に移動するとブレーキパッド76も制動解除位置から制動位置に移動する。制動位置にあるとき、ブレーキパッド76はディスクロータ22を挟持して摩擦係合し、ディスクロータ22を介して前輪17を制動する。制動解除位置にあるとき、ブレーキパッド76はディスクロータ22から離れてディスクロータ22は自由回転可能になる。
【0018】
ブレーキパッド76は、たとえば、焼結パッドであり、図6及び図7に示すように、たとえば、バックプレート77と、バックプレート77上に形成された溶射層78と、溶射層78上に拡散接合法により接合された摩擦部材79とを備えている。
【0019】
バックプレート77は、たとえば、1.7mm〜1.8mm程度の厚みのチタン又はチタン合金製の板状部材であり、第1及び第2ハウジング部材52a,52bに係止される鉤状の係止部77aと、第1及び第2ハウジング部材52a,52bに進退自在に支持される円形の支持部77bとを有している。なお、バックプレート77の溶射層78が形成される表面には、図8に示すように、形成前に、予めショットブラスト処理などにより表面粗さが粗い溶射面77cが形成されている。ショットブラスト処理により溶射面77cを形成する場合、50μm〜200μm程度の大きさのブラスト粒子を使用することが好ましく、50μm未満の大きさのブラスト粒子を使用した場合、表面粗さが粗くなり過ぎ、アンカー効果の影響が得られにくくなる。逆に、200μmを超える大きさのブラスト粒子を使用した場合、アンカー効果には特に影響しないが、厚さ1.7mm〜1.8mm程度のチタン又はチタン合金製のバックプレート77では、ショットブラスト処理の際にバックプレート77が変形するおそれがある。
【0020】
なお、図8では溶射面77cを模式的に規則的な山形面で示しているが、実際の溶射面77cはショットブラスト処理により不規則に形成されている。溶射面77cは、バックプレート77の係止部77a及び支持部77bを除く図6に示した破線より下側の部分に形成されている。なお、溶射部分の除く面をマスクして溶射部分だけに溶射面77cを形成してもよい。また、溶射により溶射面77cの表面粗さが粗くなる場合、溶射面77cを予め形成せずに、溶射層78の形成時に溶射面77cが同時に形成されてもよい。
【0021】
溶射層78は、たとえば、ガス式や電気式の溶射法により、銅又は銅合金の基材を燃焼ガスやプラズマ等を熱源として加熱溶融してガス又は圧縮エアによりバックプレート77に吹き付けて形成されている。溶射層78の厚みは、少なくとも50μmあればよいが、好ましくは、80μm〜110μmの範囲に形成されている。この厚みは、めっきにより形成されている従来のめっき層(約10μm)に比べて厚みがわずかに厚くなっている。
【0022】
摩擦部材79は、溶射層78上に積層されるものであり、たとえば、三酸化二クロム,スズ及びその化合物,銅及びその化合物等の金属粉末を形に入れて焼成して結合させた焼結金属製である。摩擦部材79の厚みは、たとえば、2.0mm〜2.5mm程度の厚みである。
【0023】
次にディスクブレーキパッド76の製造方法について説明する。
【0024】
バックプレート77では、母材となるチタン又はチタン合金製の板材を用意する。そして、たとえば油圧プレス機を利用して周囲の形状の打ち抜きを行う。続いて、表面をショットブラスト処理して溶射面77cを形成する。溶射処理により溶射面77cを形成する場合、この工程は不要である。これにより、バックプレート77の準備作業は終了する。
【0025】
次に溶射面77c上に上述した溶射処理により溶射層78を溶射面77c上に形成する。この溶射面77c上の一部又は全部に、焼結する金属粉末の混合物を含む摩擦部材79の原材料を金型に充填して900℃の温度でプレス加工して所望の形状に焼結成形する。これにより、摩擦部材79が溶射面77c上に拡散接合される。
【0026】
ここでは、焼結金属製の摩擦部材79が焼成と同時にバックプレート77に接合するので、摩擦部材79の接合工程が簡素化する。また、溶射層78がバックプレート77とアンカー効果により物理的に結合するので、溶射により表面粗さが粗くなるような材質や予めショットブラストなどにより溶射面77cに粗面を形成できる材質であれば、どのような材質のものでもバックプレート77に使用できる。このため、バックプレートと化学結合するめっき層により拡散接合する場合に比べて、バックプレート77の材質の制限が緩和される。
【0027】
ディスクロータ22は、図1に示すように、前輪17のハブに固定されており、前輪17に連動して回転する。ディスクロータ22は、図2に示すように、たとえばステンレス合金製の円板部材であり、中心に位置するハブ取付部22aと外周側の摩擦面となるリング状のロータ部22bとを一体形成したものである。
【0028】
ブレーキ作動機構23は、図4及び図5に示すように、ブレーキキャリパ21を作動させてディスクロータ22を強力に挟持することにより前輪17に制動をかけるための機構である。ブレーキ作動機構23は、ハンドルバー15の右端部に一体で取り付けられている。ブレーキ作動機構23は、ブレーキレバー80と、マスターシリンダ81と、マスターピストン82と、オイルタンク83とを有している。
【0029】
ブレーキレバー80は、図4及び図5に示すように、ハンドルバー15に装着されたブラケット84と、ブラケット84に制動位置と制動解除位置とに揺動自在に装着されたレバー部85とを有している。ブラケット84は、マスターシリンダ81と一体形成されており、マスターピストン82及びオイルタンク83はブラケット84に支持されている。マスターピストン82は、マスターシリンダ81内に移動可能に取り付けられている。さらに具体的に言うと、オイルタンク83はマスターシリンダ81に取り付けられており、マスターシリンダ81の内孔と連通してそれに作動流体を供給する。マスターピストン82は一端部でレバー部85に連結されているため、マスターピストン82をマスターシリンダ81内で軸方向に移動させることができる。
【0030】
従って、レバー部85を作動させると、マスターピストン82はマスターシリンダ81内を軸方向に移動する。このようにマスターピストン82がマスターシリンダ81内を移動することによって、圧油がブレーキキャリパ21に連結された油圧配管86へ送られる。このため、圧油がピストン74およびブレーキパッド76を移動させてディスクロータ22を挟持し、前輪17を制動する。
【0031】
このディスクブレーキ装置12では、ブレーキ作動機構23の作動によって、ブレーキキャリパ21は、ディスクロータ22が回転可能な制動解除位置とディスクロータ22に制動力を作用させる制動位置との間で動作する。
【0032】
〔他の実施形態〕
(a)前記実施形態では、バックプレート77の材質をチタン又はチタン合金としたが、バックプレート77の材質は上記金属に限定されない。ただし、軽量化を図る上では、軽金属や、耐熱性が高い、たとえば、カーボングラファイトやセラミックスが好ましい。
【0033】
(b)前記実施形態では、形成と接合を同時に行える焼結金属製の摩擦部材を開示したが、摩擦部材は溶射層に拡散接合できるものではあれば、予め形成されたものであってもよい。
【0034】
(c)前記実施形態では、摩擦部材の材料として、三酸化二クロム,スズ及びその化合物,銅及びその化合物等を例示したが、摩擦部材の材料はこれらに限定されない。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の一実施形態を採用した自転車の前部側面図。
【図2】そのディスクロータ部分の側面図。
【図3】ブレーキキャリパの分解模式図。
【図4】ブレーキ作動機構の正面図。
【図5】ディスクブレーキ装置の概略構成図。
【図6】本発明の一実施形態によるディスクブレーキパッドの平面図。
【図7】図6のVII−VII断面模式図。
【図8】ディスクブレーキパッドの断面拡大模式図。
【符号の説明】
【0036】
12 ディスクブレーキ装置
76 ブレーキパッド
77 バックプレート
77c 溶射面
78 溶射層
79 摩擦部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自転車用ディスクブレーキ装置のディスクブレーキパッドであって、
溶射面を有するバックプレートと、
前記溶射面に形成された銅又は銅合金製の溶射層と、
前記溶射層上に拡散接合法により接合された摩擦部材と、
を備えた自転車用ディスクブレーキパッド。
【請求項2】
前記バックプレートは、チタン又はチタン合金製である、請求項1に記載の自転車用ディスクブレーキパッド。
【請求項3】
前記バックプレートの溶射面は、少なくとも一部に粗面が形成されている、請求項1又は2に記載の自転車用ディスクブレーキパッド。
【請求項4】
前記摩擦部材は、三酸化二クロム、スズ及びその化合物、銅及びその化合物からなる群から選択された少なくとも一つ群の粉末を焼成して結合させたものである、請求項1から3のいずれか1項に記載の自転車用ディスクブレーキパッド。
【請求項5】
前記溶射層は、前記バックプレートの表面全体に形成され、
前記摩擦部材は、前記溶射層により小さい面積で形成されている、請求項1から4のいずれか1項に記載の自転車用ディスクブレーキパッド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−92929(P2007−92929A)
【公開日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−285055(P2005−285055)
【出願日】平成17年9月29日(2005.9.29)
【出願人】(000002439)株式会社シマノ (1,038)
【Fターム(参考)】