説明

融合タンパク質、シグマ1受容体の製造方法、化合物のスクリーニング方法、及びスクリーニング用組成物

【課題】シグマ1受容体に対して特異的に結合する化合物を容易にスクリーニングするための一連の技術を提供する。
【解決手段】シグマ1受容体のN末端側又はC末端側に分子シャペロン活性を有するタンパク質又はそのサブユニットが連結されてなり、かつリガンド結合活性を有することを特徴とする融合タンパク質が提供される。分子シャペロン活性を有するタンパク質の例として、シャペロニン、PPIaseが挙げられる。当該融合タンパク質を用いるシグマ1受容体に対して特異的に結合する化合物のスクリーニング方法、並びに、当該スクリーニング方法に用いられるスクリーニング用組成物も提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は融合タンパク質、シグマ1受容体の製造方法、化合物のスクリーニング方法、及びスクリーニング用組成物に関する。本発明は、シグマ1受容体を標的とする新規医薬の開発等に有用なものである。
【背景技術】
【0002】
シグマ受容体はオピオイド受容体ファミリーに属するものとして1976年に発見された。近年、シグマ受容体のサブタイプの1つであるシグマ1受容体が、学習記憶障害改善作用、高うつ作用、神経細胞保護作用などの脳神経機構に関連していることが多数報告されている。そのため、選択的シグマ1受容体アゴニストが新しい治療薬として注目されている(非特許文献1)。すなわち、シグマ1受容体に対して特異的に結合する化合物はアンタゴニスト又はアゴニストとして薬理活性が期待できる。
【0003】
シグマ1受容体に対するアゴニスト活性またはアンタゴニスト活性を有する化合物のスクリーニング方法としては、シグマ1受容体を発現しているラットなどの動物組織をホモジネートし、そのミクロソームを材料とし、ラジオアイソトープでラベルした既知の化合物をトレーサーとして結合実験を行うのが常法である(非特許文献2)。しかしながら、この方法は非ヒト動物のシグマ1受容体を用いた評価結果を指標とするものであり、ヒトへの薬理効果を正しく反映しているとは限らない。むしろ近年、非ヒト動物由来の材料を用いたアッセイ法が、必ずしもヒトへの薬理効果を正しく外挿しないことが明らかになりつつある。このため、ヒト由来のシグマ1受容体を用いたスクリーニングのニーズが高まっている。ところが、ヒト組織を用いて同様の実験を行うことには倫理上の問題があり、実施は事実上困難である。
【0004】
一方、シグマ1受容体を遺伝子工学的に取得する試みもある。非特許文献3には、モルモット由来のシグマ1受容体をマルトース結合タンパク質(MBP)と融合し、大腸菌のペリプラズム空間に発現させ、リガンド結合活性を有するシグマ1受容体を回収した旨が開示されている。この方法では培養液1リットル当たり240μgのシグマ1受容体が回収されているが、収量としては十分とはいえない。また、この文献ではMBP−シグマ1受容体融合タンパク質を細胞質内に発現させることが困難であったことも併せて報告されている。なお、シグマ1受容体を動物細胞や昆虫細胞などに強制発現させた例はこれまで報告されていない。
【0005】
膜タンパク質等の難溶性のタンパク質を正しく折り畳まれた可溶性の状態で発現させる技術として、「タンパク質折り畳み因子」と呼ばれるタンパク質の作用を利用する方法が提案されている。タンパク質折り畳み因子は、他のタンパク質の折り畳み反応(フォールディング)を促進する作用を有するタンパク質の総称であり、酵素的に働く「フォールダーゼ」と非酵素的に働く「分子シャペロン」とに分類することができる。例えば、難溶性の目的タンパク質をタンパク質折り畳み因子との融合タンパク質として発現させ、目的タンパク質を正しく折り畳まれた可溶性の状態で取得する方法が提案されている(特許文献1)。しかし、この方法の有効性は目的タンパク質の種類によって異なり、シグマ1受容体のような2回膜貫通型受容体に対して有効であるか否かは定かでない。
【特許文献1】国際公開第02/052029号パンフレット
【非特許文献1】植田弘師,吉田明,「シグマ受容体と神経ステロイド」,日薬理誌,1999年,第114巻,第1号,p.51−59
【非特許文献2】高柳一成,「薬物受容体 細胞膜にあるレセプターの基礎知識」,1990年,南山堂,p.33
【非特許文献3】ラマチャンドラン・エス(Ramachandran, S.)ら,プロテイン・エクスプレッション・アンド・ピュリフィケイション(Protein Expression & Purification),2007年,第51巻,p.283−292
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、シグマ1受容体に対して特異的に結合する化合物を容易にスクリーニングするための一連の技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記した課題を解決するための請求項1に記載の発明は、シグマ1受容体のN末端側又はC末端側に分子シャペロン活性を有するタンパク質又はそのサブユニットが連結されてなり、かつリガンド結合活性を有することを特徴とする融合タンパク質である。
【0008】
また請求項2に記載の発明は、シグマ1受容体はヒト由来のものであることを特徴とする請求項1に記載の融合タンパク質である。
【0009】
本発明の融合タンパク質は、シグマ1受容体のN末端側又はC末端側に分子シャペロン活性を有するタンパク質又はそのサブユニットが連結されてなるものである。そして、本発明の融合タンパク質は、受容体としての本質的な活性である「リガンド結合活性」を保持している。本発明の融合タンパク質は、リガンド結合活性を有するので、単独分子としてのシグマ1受容体の代替物質として利用できる。例えば、シグマ1受容体としてヒト由来のものを採用した融合タンパク質(請求項2)を使用すれば、組織ホモジネートを使用する従来の方法では実施できなかったヒト由来シグマ1受容体に対するスクリーニングを行うことができる。さらに、本発明の融合タンパク質は遺伝子工学的に大量取得が可能であるので、シグマ1受容体の部分を切り出すことによりシグマ1受容体を高収率かつ容易に製造することができる。
【0010】
ここで「リガンド結合活性」とは、天然(native)のシグマ1受容体が本質的に有する活性を表現したものであり、具体的には「オピオイド系化合物に特異的な結合活性」、「シグマ1受容体に対するアゴニストに特異的な結合活性」、及び「シグマ1受容体に対するアンタゴニストに特異的な結合活性」等が例示される。
【0011】
ここで「分子シャペロン活性」とは、「変性したタンパク質を元の正常型にリフォールディングさせる活性、又は、変性したタンパク質の不可逆的な凝集を抑制する活性」を指すものとする。「分子シャペロン活性を有するタンパク質」の代表例はシャペロニン、スモールヒートショックプロテイン、Hsp90等の「分子シャペロン」に属する一群のタンパク質である。ただし、分子シャペロン以外のタンパク質であっても、上記した「分子シャペロン活性」を有するタンパク質であれば、本発明における「分子シャペロン活性を有するタンパク質」に含まれる。なお、上記したMBPは本発明における「分子シャペロン活性を有するタンパク質」には含まれないものとする。
【0012】
本発明においてシグマ1受容体に連結されるタンパク質は、「分子シャペロン活性を有するタンパク質」と「そのサブユニット」のいずれかである。前者は分子シャペロン活性を有するタンパク質が単量体である場合、後者は複数のサブユニットからなる複合タンパク質の場合に該当する。
【0013】
請求項3に記載の発明は、分子シャペロン活性を有するタンパク質は、シャペロニンであることを特徴とする請求項1又は2に記載の融合タンパク質である。
【0014】
シャペロニンは分子シャペロンの一種であり、分子量約6万のサブユニット(シャペロニンサブユニット)からなる複合タンパク質ある。代表的なシャペロニンは、シャペロニンサブユニット7〜9個からなるリング状構造体が2個重なった、総分子量80万〜100万程度のシリンダー状の巨大な複合タンパク質である。シャペロニンはその内部に他のタンパク質を格納し、正しく折り畳むことができる。そして本発明の融合タンパク質は、分子シャペロン活性を有するタンパク質としてシャペロニンを採用したものである。
【0015】
請求項4に記載の発明は、シャペロニンを構成するサブユニットの少なくとも2個は、ペプチド結合を介して直列に連結されていることを特徴とする請求項3に記載の融合タンパク質である。
【0016】
2個以上のシャペロニンサブユニットがペプチド結合を介して直列に連結された人工タンパク質(以下、「シャペロニンサブユニット連結体」と称する。)が知られており、必要に応じて単独分子のシャペロニンサブユニットを補充しながら、天然型シャペロニンと同様にリング状構造体を形成することがわかっている(古谷ら,Protein Science, 2005, 14, 341)。そして本発明の融合タンパク質は、分子シャペロン活性を有するタンパク質としてシャペロニンサブユニット連結体を採用したものである。なお、N個のシャペロニンサブユニットからなるシャペロニンサブユニット連結体を、以下、「シャペロニンサブユニットN回連結体」と呼ぶこととする。
【0017】
請求項5に記載の発明は、分子シャペロン活性を有するタンパク質は、ペプチジル−プロリル・シス−トランス・イソメラーゼに属するものであることを特徴とする請求項1又は2に記載の融合タンパク質である。
【0018】
ペプチジル−プロリル・シス−トランス・イソメラーゼ(Peptidyl-prolyl cis-trans isomerase。以下、「PPIase」と略記する。)はフォールダーゼの一種であり、細胞内で折り畳み途上のタンパク質中のアミノ酸のうち、プロリン残基のN末端側ペプチド結合のシス−トランス異性化反応を触媒する活性(PPIase活性)を有する酵素である。一部のPPIaseはPPIase活性に加えて「分子シャペロン活性」を有することが知られており、本発明の融合タンパク質は、分子シャペロン活性を有するタンパク質として当該PPIaseを採用したものである。
【0019】
ペプチジル−プロリル・シス−トランス・イソメラーゼがトリガーファクタータイプ又は古細菌由来FKBPタイプのものである構成が推奨される(請求項6)。
【0020】
請求項7に記載の発明は、分子シャペロン活性を有するタンパク質又はそのサブユニットは、ペプチドリンカーを介してシグマ1受容体のN末端側又はC末端側に連結されていることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の融合タンパク質である。
【0021】
本発明の融合タンパク質においては、分子シャペロン活性を有するタンパク質又はそのサブユニットとシグマ1受容体とがペプチドリンカーを介して間接的に連結されている。本発明によれば、ペプチドリンカー部分を利用して融合タンパク質に所望の機能を容易に付与することができる。
【0022】
請求項8に記載の発明は、ペプチドリンカーは、プロテアーゼの認識切断部位を有するものであることを特徴とする請求項7に記載の融合タンパク質である。
【0023】
かかる構成により、融合タンパク質からシグマ1受容体を容易に切り出すことができる。
【0024】
請求項9に記載の発明は、請求項1〜8のいずれか1項に記載の融合タンパク質からシグマ1受容体を切り出してシグマ1受容体を取得することを特徴とするシグマ1受容体の製造方法である。
【0025】
本発明はシグマ1受容体の製造方法にかかるものであり、上記した本発明の融合タンパク質からシグマ1受容体を切り出すことを特徴とする。本発明のシグマ1受容体の製造方法では、遺伝子工学的に大量取得が可能な融合タンパク質を用いるので、シグマ1受容体を高収率で取得することができる。さらに、融合タンパク質からシグマ1受容体を切り出す構成を採用したので、製造が容易に行える。
【0026】
請求項10に記載の発明は、融合タンパク質にプロテアーゼを作用させることによってシグマ1受容体を切り出すことを特徴とする請求項9に記載のシグマ1受容体の製造方法である。
【0027】
かかる構成により、融合タンパク質からシグマ1受容体をきわめて容易に切り出すことができる。
【0028】
請求項11に記載の発明は、請求項1〜8のいずれか1項に記載の融合タンパク質と被検化合物との結合性を指標として被検化合物のシグマ1受容体に対する結合性を評価し、当該評価結果に基づいてシグマ1受容体に対して特異的に結合する化合物をスクリーニングすることを特徴とする化合物のスクリーニング方法である。
【0029】
本発明は、シグマ1受容体に対して特異的に結合する化合物のスクリーニング方法にかかるものである。本発明のスクリーニング方法では、単独分子のシグマ1受容体ではなく、本発明の融合タンパク質を用いる。上記したように、本発明の融合タンパク質は、単独分子としてのシグマ1受容体の代替物質として利用できるものである。本発明のスクリーニング方法では、融合タンパク質としてヒト由来シグマ1受容体を含むものを使用することができるので、組織ホモジネートを使用する従来の方法では実施できなかったヒト由来シグマ1受容体に対するスクリーニングを行うことができる。その結果、シグマ1受容体に対するアゴニスト活性またはアンタゴニスト活性を有する化合物を正確にスクリーニングすることができる。
【0030】
請求項12に記載の発明は、下記工程:
(1)請求項1〜8のいずれか1項に記載の融合タンパク質を含有する溶液中で前記融合タンパク質におけるシグマ1受容体と分子シャペロン活性を有するタンパク質との連結部を切断し、シグマ1受容体と分子シャペロン活性を有するタンパク質とを遊離させ、遊離したシグマ1受容体と被検化合物とを溶液中で接触させる工程、
(2)工程(1)でシグマ1受容体と被検化合物とを接触させた際の被検化合物のシグマ1受容体に対する結合性を評価し、当該評価結果に基づいてシグマ1受容体に対して特異的に結合する化合物をスクリーニングする工程、
を包含することを特徴とする化合物のスクリーニング方法である。
【0031】
本発明のスクリーニング方法では、分子シャペロン活性を有するタンパク質の存在下でシグマ1受容体と被検化合物とを接触させる。そして、分子シャペロン活性を有するタンパク質とシグマ1受容体として、本発明の融合タンパク質を切断して遊離させたものを使用する。ここで、被検化合物と接触する遊離のシグマ1受容体は、溶液中において分子シャペロン活性を有するタンパク質の作用によって正しく折り畳まれた可溶性の状態で存在できる。したがって本発明のスクリーニング方法によれば、シグマ1受容体に対するアゴニスト活性またはアンタゴニスト活性を有する化合物を正確にスクリーニングすることができる。
【0032】
融合タンパク質として前記連結部にプロテアーゼ認識切断部位を有するものを使用し、工程(1)において前記融合タンパク質に当該プロテアーゼを作用させて前記プロテアーゼ認識切断部位を切断する構成が推奨される(請求項13)。
【0033】
請求項14に記載の発明は、シグマ1受容体に対して特異的に結合する化合物をスクリーニングするために用いられる組成物であって、請求項1〜8のいずれか1項に記載の融合タンパク質を含有することを特徴とするスクリーニング用組成物である。
【0034】
本発明はシグマ1受容体に対して特異的に結合する化合物のスクリーニング用組成物に係るものであり、本発明の融合タンパク質を含有することを特徴とする。本発明のスクリーニング用組成物を使用すれば、シグマ1受容体に対して特異的に結合する化合物のスクリーニングを簡便に行うことができる。
【0035】
請求項15に記載の発明は、シグマ1受容体に対して特異的に結合する化合物をスクリーニングするために用いられる組成物であって、請求項1〜8のいずれか1項に記載の融合タンパク質を含有する溶液中で前記融合タンパク質におけるシグマ1受容体と分子シャペロン活性を有するタンパク質との連結部を切断し、シグマ1受容体と分子シャペロン活性を有するタンパク質を遊離させてなるスクリーニング用組成物である。
【0036】
本発明のスクリーニング用組成物は、本発明の融合タンパク質を溶液中で切断し、シグマ1受容体と分子シャペロン活性を有するタンパク質を遊離させてなるものであり、分子シャペロン活性を有するタンパク質とシグマ1受容体とを含有する。本発明のスクリーニング用組成物を使用すれば、シグマ1受容体に対して特異的に結合する化合物のスクリーニングを簡便に行うことができる。
【発明の効果】
【0037】
本発明の融合タンパク質は、単独分子としてのシグマ1受容体の代替物質として利用でき、例えば、シグマ1受容体としてヒト由来のものを採用することで、組織ホモジネートを使用する従来の方法では実施できなかったヒト由来シグマ1受容体に対するスクリーニングを行うことができる。さらに、本発明の融合タンパク質からシグマ1受容体の部分を切り出すことにより、シグマ1受容体を高収率かつ容易に製造することができる。
【0038】
本発明のシグマ1受容体の製造方法によれば、シグマ1受容体を高収率かつ容易に取得することができる。
【0039】
本発明のスクリーニング方法によれば、シグマ1受容体に対するアゴニスト活性またはアンタゴニスト活性を有する化合物を正確にスクリーニングすることができる。
【0040】
本発明のスクリーニング用組成物によれば、シグマ1受容体に対するアゴニスト活性またはアンタゴニスト活性を有する化合物のスクリーニングを容易に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
本発明の融合タンパク質は、シグマ1受容体のN末端側又はC末端側に分子シャペロン活性を有するタンパク質又はそのサブユニットが連結されてなり、かつリガンド結合活性を有する。好ましくは、シグマ1受容体がヒト由来のものである。
【0042】
分子シャペロン活性を有するタンパク質の例としては、シャペロニン(Hsp60)、スモールヒートショックプロテイン、プレフォルディン、DnaK、DnaJ、GrpE、Hsp90、等の分子シャペロンに属するタンパク質が挙げられる。好ましくは、シャペロニンが採用される。
【0043】
シャペロニンは、グループ1型とグループ2型とに大別される。バクテリアや真核生物のオルガネラに存在するシャペロニンはグループ1型に分類され、いずれも分子量60kDaからなるシャペロニンサブユニット7つが環状に連なるリング構造を形成し、さらに2つのリングが2層構造を形成する、14量体のホモオリゴマーを形成する。これらはコシャペロニンと称される分子量約10kDaのタンパク質の環状7量体を補因子とする。1型シャペロニンの例としては、大腸菌由来のシャペロニンであるGroELが挙げられる。一方、グループ2型シャペロニンは、真核生物の細胞質や古細菌にみられ、通常8〜9個のシャペロニンサブユニットからなるリングが2層に連なった16〜18量体のホモ、またはヘテロオリゴマーを形成している。本発明の融合タンパク質に含まれるシャペロニンは、グループ1型及びグループ2型のいずれでもよい。
【0044】
好ましい実施形態では、シャペロニンサブユニットの少なくとも2個がペプチド結合を介して連結されている。換言すれば、シグマ1受容体のN末端側又はC末端側に「シャペロニンサブユニット連結体」が連結されている。上記したように、シャペロニンサブユニット連結体においても、必要に応じて単独分子のシャペロニンサブユニットを補充しながら、天然型シャペロニンと同様にリング状構造体を形成することがわかっている。また、シャペロニンサブユニットN回連結体の連結数(N)は、そのシャペロニンの由来によって決定される最適数であることが特に好ましく、グループ1型シャペロニンの場合には7個、グループ2型シャペロニンの場合には8又は9個が好ましい。Nがこれらの最適数であれば、シャペロニンサブユニット連結体のみでリング状構造体を形成することができ、単独分子のシャペロニンサブユニットを補充する必要がない。
【0045】
本発明の融合タンパク質においては、リング構造への自己集合能が維持されている限り、天然型のシャペロニンと同様にアミノ酸変異体等の変異型のシャペロニンも採用することができる。
【0046】
本発明の融合タンパク質においては、分子シャペロンには分類されない「分子シャペロン活性を有するタンパク質」を採用することもできる。好ましくは、分子シャペロン活性を有するPPIaseを採用する。すなわち、一部のPPIaseは、本来のPPIase活性に加えて分子シャペロン活性を有する。分子シャペロン活性を有するPPIaseの例としては、古細菌由来FKBP型PPIase;トリガーファクター(TF)タイプPPIase(Huang, Protein Sci., 9, 1254-, 2000年);FkpAタイプPPIase(Arie, Mol. Microbiol. 39, 199-, 2000年);SlyDタイプPPIase(Scholz, Biochemistry, 45, 20-, 2006年);FKBP52タイプPPIase(Bose, Science, 274, 1715-, 1996年);CyP40タイプPPIase(Pirkl, J. Mol. Biol., 308, 795-, 2001年);SurAタイプPPIase(Behrens, EMBO J. 20, 285-, 2001年)、が挙げられる。
【0047】
このうち、古細菌由来FKBP型PPIaseは、その分子量の違いにより2種類に大別できる。一方は分子量が16〜18kDa程度のショートタイプであり、他方は26〜33kDa程度のロングタイプである。本発明の融合タンパク質においては、ショートタイプ、ロングタイプのいずれの古細菌由来FKBP型PPIaseでも採用できるが、一般的に、ショートタイプの方がより強い分子シャペロン活性を有する傾向にあること、タンパク質の分子量が大きくなるにつれて、その組み換えタンパク質の発現量が低下する傾向があること、の2点を考慮すると、ショートタイプの古細菌由来FKBP型PPIaseを採用することがより好ましい。
【0048】
さらに、これらのPPIaseの一部のアミノ酸残基を改変したポリペプチドや、これらのPPIaseの一部分を含むポリペプチド等であって、PPIase活性と分子シャペロン活性とを有するポリペプチドも、分子シャペロン活性を有するPPIaseとして採用できる。
【0049】
上記したように、本発明において「分子シャペロン活性」とは、「変性したタンパク質を元の正常型にリフォールディングさせる活性、又は、変性したタンパク質の不可逆的な凝集を抑制する活性」を指す。分子シャペロン活性の評価方法としては、例えば、ロダネーゼ、クエン酸合成酵素、リンゴ酸脱水素酵素、グルコース−6−リン酸脱水素酵素等をモデル酵素とし(河田,バイオサイエンスとインダストリー,56,593−,1998年)、これらを6M塩酸グアニジン等のタンパク質変性剤で変性処理後、検定対象物質を含む緩衝液で変性剤を希釈した際に開始する変性タンパク質の再生率や、変性タンパク質の凝集の抑制率をもって、検定対象物の分子シャペロン活性を評価することができる。なお、変性タンパク質の再生率を評価する方法としては、例えばロダネーゼの場合、ホロビッチらの方法(Horowitz, Methods Mol. Biol., 40, 361-, 1995年)が挙げられ、変性タンパク質の凝集抑制を評価する方法としては田口らの方法(Taguchi, J. Biol. Chem., 269, 8529-, 1994年)等が挙げられる。
【0050】
好ましい実施形態では、分子シャペロン活性を有するタンパク質又はそのサブユニットは、ペプチドリンカーを介してシグマ1受容体のN末端側又はC末端側に連結されている。特に、ペプチドリンカーがプロテアーゼ認識切断部位を有する実施形態によれば、融合タンパク質に当該のプロテアーゼを作用させることにより、シグマ1受容体を容易に切り出すことができる。当該プロテアーゼの例としては、トロンビン、エンテロキナーゼ、ファクターX、プレシジョンプロテアーゼ等が挙げられる。
【0051】
本発明の融合タンパク質は、例えば、分子シャペロン活性を有するタンパク質をコードする遺伝子とシグマ1受容体をコードする遺伝子とを連結させた融合遺伝子を発現させることにより製造することができる。好ましくは、該融合遺伝子を発現ベクターに組み込み、該組換えベクターを適宜の宿主に導入して形質転換体を作製し、該形質転換体内で融合遺伝子を発現させる。このときに用いる宿主としては特に限定はないが、培養コストが安価であり、培養日数が短く、培養操作が簡便な点からバクテリア等の微生物が好ましく、特に、大腸菌が取り扱いの容易さの面でより好ましい。
【0052】
本発明のシグマ1受容体の製造方法は、本発明の融合タンパク質からシグマ1受容体を切り出して取得するものである。好ましくは、プロテアーゼ認識切断部位を有するペプチドリンカーを介して分子シャペロン活性を有するタンパク質とシグマ1受容体とが連結されている融合タンパク質を用い、この融合タンパク質に当該プロテアーゼを作用させて、シグマ1受容体を切り出す。例えば、トロンビン認識切断部位を有するペプチドリンカーを採用した場合には、融合タンパク質にトロンビンを作用させてトロンビン認識切断部位を切断し、シグマ1受容体を切り出すことができる。
【0053】
本発明の化合物のスクリーニング方法の1つの様相では、本発明の融合タンパク質と被検化合物との結合性を指標として被検化合物のシグマ1受容体に対する結合性を評価し、当該評価結果に基づいてシグマ1受容体に対して特異的に結合する化合物をスクリーニングする。例えば、非ヒト動物の組織ホモジネートを使用する従来のスクリーニング方法において、組織ホモジネートの代わりに本発明の融合タンパク質を使用することにより、本様相のスクリーニング方法を実施することができる。特に、ヒト由来シグマ1受容体を含む融合タンパク質を用いる実施形態によれば、組織ホモジネートの使用では実施困難であったヒト由来シグマ1受容体に対するスクリーニングを行うことができ、好適である。なお、本様相のスクリーニング方法においては複数種の融合タンパク質を併用してもよく、例えば、「シグマ1受容体とシャペロニンとの融合タンパク質」と「シグマ1受容体とPPIaseとの融合タンパク質」の2種を併用することができる。
【0054】
本発明のスクリーニング用組成物の1つの様相では、本発明の融合タンパク質を含有する。本様相のスクリーニング用組成物を用いることにより、融合タンパク質と被検化合物との結合性を容易に調べることができる。本様相のスクリーニング用組成物は本発明の融合タンパク質を含有しておればよく、その他の成分については特に限定はない。例えば、適宜の緩衝成分や安定化剤を含有していてもよい。組成物の形状についても特に限定はなく、溶液状でもよいし、凍結乾燥品でもよい。
【0055】
本発明の化合物のスクリーニング方法の他の様相は、2つの工程(1)及び(2)を包含する。工程(1)では、本発明の融合タンパク質を含有する溶液中で前記融合タンパク質におけるシグマ1受容体と分子シャペロン活性を有するタンパク質との連結部を切断し、シグマ1受容体と分子シャペロン活性を有するタンパク質とを遊離させる。これにより、シグマ1受容体と分子シャペロン活性を有するタンパク質との混合物が得られる。この段階で、遊離したシグマ1受容体と被検化合物とを溶液中で接触させる。接触させるための具体的手順としては、例えば、融合タンパク質の切断処理が終了した溶液に被検化合物を添加することが挙げられる。すなわち、シグマ1受容体と分子シャペロン活性を有するタンパク質との混合物に被検化合物を添加する。他の例としては、工程(1)開始時の溶液に予め被検化合物を含有させておき、その後、融合タンパク質の切断処理を行うことが挙げられる。すなわち、融合タンパク質と被検化合物とを混合した状態で当該融合タンパク質を切断し、分子シャペロン活性を有するタンパク質の存在下でシグマ1受容体と被検化合物とを接触させる。
【0056】
そして工程(2)において、工程(1)でシグマ1受容体と被検化合物とを接触させた際の被検化合物のシグマ1受容体に対する結合性を評価し、当該評価結果に基づいてシグマ1受容体に対して特異的に結合する化合物をスクリーニングする。本様相の化合物のスクリーニング方法においても、ヒト由来シグマ1受容体を含む融合タンパク質を用いる実施形態によれば、組織ホモジネートの使用では実施困難であったヒト由来シグマ1受容体に対するスクリーニングを行うことができる。なお、本様相のスクリーニング方法においても複数種の融合タンパク質を併用することができる。
【0057】
好ましい実施形態では、融合タンパク質として前記連結部にプロテアーゼ認識切断部位を有するものを使用し、工程(1)において前記融合タンパク質に当該プロテアーゼを作用させて前記プロテアーゼ認識切断部位を切断する。当該プロテアーゼの例としては、上記したトロンビン、エンテロキナーゼ、ファクターX、プレシジョンプロテアーゼ等が挙げられる。
【0058】
本発明のスクリーニング用組成物の他の様相は、本発明の融合タンパク質を含有する溶液中で前記融合タンパク質におけるシグマ1受容体と分子シャペロン活性を有するタンパク質との連結部を切断し、シグマ1受容体と分子シャペロン活性を有するタンパク質を遊離させてなるものである。連結部の切断は、例えば、連結部にプロテアーゼ認識切断部位を設けておき、融合タンパク質に当該プロテアーゼを作用させることにより行うことができる。本様相のスクリーニング用組成物を用いることにより、分子シャペロン活性を有するタンパク質の存在下における被検化合物のシグマ1受容体に対する結合性を容易に調べることができる。なお本様相のスクリーニング用組成物は、適宜の緩衝成分や安定化剤をさらに含有していてもよいし、組成物の形状は溶液状でも凍結乾燥品でもよい。
【0059】
以下に実施例を掲げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【実施例1】
【0060】
(1)超好熱性古細菌Thermococcus sp. KS-1由来ショートタイプFKBP型PPIase(TcFKBP18)と融合するための発現ベクター構築
分子シャペロン活性を有するPPIaseの1つであるTcFKBP18(Ideno, Biochem. J., 357, 465-, 2001年)の発現プラスミドpEFE1−3(Iida, Gene, 222, 249-, 1998年)を鋳型とし、TcFu―F1(配列番号1)とTcFu―R2(配列番号2)をプライマー対としてPCRを行い、TcFKBP18遺伝子を含むDNA断片(配列番号3)を増幅した。このDNA断片の5’末端と3’末端には、それぞれプライマーに由来するNcoIサイトとSpeIサイトが導入された。
【0061】
さらに、トロンビン認識切断部位を有するペプチドリンカーをコードするDNA(ペプチドリンカーサイト)、並びに、外来遺伝子を挿入するための種々の制限酵素サイト(クローニングサイト)を含むオリゴDNAを調製した。これらのDNAとTcFKBP18遺伝子を含むDNA断片とをpET21dベクター(メルク)の制限酵素サイトに導入した。この際、TcFKBP18遺伝子を含むDNA断片が上流、ペプチドリンカーサイトとクローニングサイトが下流に位置するように導入した。得られたTcFKBP18融合タンパク質発現用プラスミドをTcFKfusion3とした(図1)。図1中、「P」はプロモーター、「Lac」はラックオペレーター、「RBS」はリボゾーム結合部位、「TcFKBP18」はTcFKBP18遺伝子、「Thrbin」はトロンビン認識切断部位をコードする配列、「His」はヒスチジンタグをコードする配列、「T」はターミネーターを表す。そして、TcFKfusion3のクローニングサイトにシグマ1受容体遺伝子を挿入することにより、TcFKBP18とシグマ1受容体との融合タンパク質を発現させることができる。
【0062】
(2)大腸菌由来トリガーファクタータイプPPIase(TF)と融合するための発現ベクター構築
NCBIコード:NP_414970に登録されている塩基配列情報を元に、プライマーTF−F1(配列番号4)とTF−R1(配列番号5)を設計した。大腸菌K12株のゲノムDNAを鋳型とし、TF−F1とTF−R1をプライマー対としてPCRを行い、終止コドンを除いたTF遺伝子を含むDNA断片(配列番号6)を増幅した。このDNA断片の5’末端と3’末端には、それぞれプライマーに由来するNcoIサイトとSpeIサイトが導入された。この増幅DNA断片をpT7BlueTベクターに挿入してシークエンシングを行い、登録情報と相違ないことを確認した。
【0063】
TF遺伝子を含む増幅DNA断片が挿入されたpT7BlueTベクターをNcoIとSpeIで処理し、TF遺伝子を得た。上記(1)で調製したTcFKfusion3をNcoIとSpeIで処理してTcFKBP18遺伝子の部分を除いた後、得られたTF遺伝子を挿入し、TF融合タンパク質発現用プラスミドTFf3を構築した。TFf3は、(1)で構築したTcFKfusion3のTcFKBP18遺伝子がTF遺伝子に置き換わった構成を有する。すなわち、TFf3のクローニングサイトにシグマ1受容体遺伝子を挿入することにより、TFとシグマ1受容体との融合タンパク質を発現させることができる。
【0064】
(3)大腸菌由来シャペロニンGroELの7回連結体と融合するための発現ベクター構築
大腸菌K12株のゲノムDNAを鋳型とし、CPN−F1(配列番号7)とCPN−R1(配列番号8)をプライマー対としてPCRを行い、GroEL遺伝子を含むDNA断片(配列番号9)を増幅した。このDNA断片の5’末端と3’末端には、それぞれプライマーに由来するSpeIサイトとXbaIサイトが導入された。このDNA断片7個を直列に連結し、GroEL7回連結体遺伝子((GroE)7遺伝子)を作製した。pTrc99A発現ベクター(アマシャムファルマシア社)のNcoI/HindIIIサイトに、(GroE)7遺伝子と他の必要な配列を導入し、発現ベクターpTrc(GV)7TC2Hを構築した(図2)。図2中、「P」はtrcプロモーター、「groEL」はGroELサブユニット遺伝子、「(GroE)7」は(GroE)7遺伝子、「PS」はペプチドリンカーをコードする配列(ペプチドリンカーサイト)、「CS」はクローニングサイト、「Ek」はエンテロキナーゼ翻訳サイト、「His」はヒスチジンタグをコードする配列(Hisペプチドサイト)、「T」はターミネーターを示す。すなわち、pTrc(GV)7TC2Hは、trcプロモーターの下流に(GroE)7遺伝子、ペプチドリンカーサイト(トロンビン切断認識部位をコードする配列を有する)、クローニングサイト、エンテロキナーゼ翻訳サイト、Hisペプチドサイト、終止コドン、及びターミネーターが配置された構成を有している。そして、pTrc(GV)7TC2Hのクローニングサイトにシグマ1受容体遺伝子を挿入することにより、GroEL7回連結体とシグマ1受容体との融合タンパク質を発現させることができる。
【0065】
(4)ヒトシグマ1受容体遺伝子の調製
ヒトcDNAクローン(インビトロジェン社)を鋳型とし、sgml−F1(配列番号10)とsgml−R1(配列番号11)をプライマー対としてPCRを行い、ヒトシグマ1受容体遺伝子を含むDNA断片(配列番号12)を増幅した。このDNA断片の5’末端と3’末端には、それぞれプライマーに由来するNdeI/XbaI/EcoRIサイトとHindIII/XhoIサイトが導入された。この増幅DNA断片をpT7BlueTベクターに挿入してシークエンシングを行い、登録情報と相違ないことを確認した。得られたベクターをpT7−Sigma1#4とした。
【0066】
(5)融合タンパク質発現ベクターの構築
上記(4)で構築したpT7−Sigma1#4をNdeIとXhoIで処理し、ヒトシグマ1受容体遺伝子を含むDNA断片を得た。このDNA断片を(1)で構築したTcFKfusion3のNdeI/XhoIサイトに導入し、TcFKBP18とシグマ1受容体との融合タンパク質を発現するベクターTcFKBP18−Sigma1#1を構築した。同様に、このDNA断片を(2)で構築したTFf3のNdeI/XhoIサイトに導入し、TFとシグマ1受容体との融合タンパク質を発現するベクターTFf3−Sigma1#1を構築した。
【0067】
上記(4)で構築したpT7−Sigma1#4をEcoRIとXhoIで処理し、ヒトシグマ1受容体遺伝子を含むDNA断片を得た。このDNA断片を(3)で構築したpTrc(GV)7TC2HのEcoRI/XhoIサイトに導入し、(GroEL)7とシグマ1受容体との融合タンパク質を発現するベクターpTrc(GV)7TC2H−sigma1を構築した。
【0068】
上記(4)で構築したpT7−Sigma1#4をEcoRIとHindIIIで処理し、ヒトシグマ1受容体遺伝子を含むDNA断片を得た。このDNA断片をpMAL−p2X(NEB社)のEcoRI/HindIIIサイトに導入し、MBPとシグマ1受容体との融合タンパク質を大腸菌ペリプラズムに発現するベクターpMAL−p2X−sigma1を得た(比較例)。
【0069】
(6)融合タンパク質の製造
上記(5)で構築した4種のベクターを、それぞれ大腸菌BL21(DE3) pRARE株に導入し、4種の形質転換体を得た。2リットル容の三角フラスコに700mLの2×YT培地(16g/L 酵母エキス、20g/Lバクトトリプトン、6g/L 塩化ナトリウム、100μg/mL アンピシリン、pH7.5)を仕込み、各形質転換体を2〜3白金耳接種した。pMAL−p2X−sigma1を導入された形質転換体については、さらに培地に0.2%グルコースを添加して用いた。25℃で40時間、110rpmで回転培養した後、遠心分離(5000rpm、10分)にて菌体を回収した。得られた菌体を1%プロテアーゼインヒビターカクテル(ナカライテスク社)及び10mMイミダゾールを含むPBS(pH7.4)20mLに懸濁し、−20℃にて凍結保存した。凍結した菌体懸濁液を融解して、超音波破砕後、超遠心分離に供し、その上清(可溶性画分)と沈殿部(沈殿画分)に分離した。
【0070】
TcFKBP18−Sigma1#1、TFf3−Sigma1#1、あるいはpTrc(GV)7TC2H−sigma1が導入された形質転換体由来の各上清(可溶性画分)をニッケルキレートカラム(5mL)にロードした。500mMイミダゾール/PBSによる直線グラジエントにより各融合タンパク質を溶出し、融合タンパク質を含む各画分を濃縮した。その結果、培養液1L当たり、TcFKBP18との融合タンパク質が14.0mg(純度:約32%)、TFとの融合タンパク質が11.2mg(純度:約35%)、シャペロニン7連結体との融合タンパク質が20.6mg(純度:約33%)得られた。
【0071】
一方、pMAL−p2X−sigma1を導入された形質転換体由来の沈殿部(沈殿画分)を1.5%TritonX−100を含むPBS(pH7.4)に懸濁して4℃で2時間撹拌し、膜画分を可溶化した。この懸濁液を再度超遠心分離に供し、上清画分を回収した。上清画分を5mLのアミロースカラム(NEB社)にロードし、20mM Tris−HCl(pH8.0;0.2M NaCl含有)でカラムを洗浄した後、10mMマルトースを含む同緩衝液にて融合タンパク質(吸着画分)を溶出した。しかし、MBPとシグマ1受容体の融合タンパク質の収量は、培養液1L当たり0.002mg(純度:約5%)と非常に少なかった。すなわち、TcFKBP18、TF、および(GroEL)7とシグマ1受容体との融合タンパク質の方が、正味量で5000倍〜10000倍収量が高かった。
【0072】
表1に本実施例で用いた各プライマーの塩基配列と制限酵素サイトを示した。
【表1】

【実施例2】
【0073】
シグマ1受容体の製造とスクリーニング用組成物の調製
実施例1の(6)で精製したTcFKBP18とシグマ1受容体との融合タンパク質をトロンビンにて22℃で一昼夜処理し、TcFKBP18とシグマ1受容体との間のトロンビン認識切断部位を切断した。これにより、TcFKBP18とシグマ1受容体との融合タンパク質からシグマ1受容体を切り出し、取得することができた。
【0074】
さらに、トロンビンにて一昼夜処理した上記反応液を、そのままTcFKBP18とシグマ1受容体とを含有するスクリーニング用組成物とした。
【実施例3】
【0075】
シグマ1受容体のリガンド結合特異性評価(1)
実施例1の(6)で調製した融合タンパク質を含む各画分(3種)、並びに、実施例2で調製したシグマ1受容体とTcFKBP18とを含むトロンビン処理済みの反応液(スクリーニング用組成物)の計4種の試料を、以下の手順によるシグマ1受容体のリガンド結合特異性評価に供した。50mM Tris−HCl(pH7.4)にシグマ1受容体34μg相当分の各試料を添加し、3H−DTG(シグマ1受容体に対するアゴニスト)をホットトレーサー、(+)-Pentazocine(シグマ1受容体に対するアゴニスト)をコールドの置換体とするリガンド結合特異性評価を行った。反応条件は25℃、60分間とした。反応終了後、セルハーベスターにより濾過し、濾紙を3mLの50mM Tris−HCl(pH7.4)で3回洗浄した。濾紙を測定用バイアルに移し、液体シンチレーター(Atomlight、登録商標)5mLを添加し、液体シンチレーションカウンターにて測定(2分間)した。シグマ1受容体に対する特異結合量(B)は、下記数式(I)に従い、非標識の置換物質非存在下で評価した「全結合量」から、置換体過剰存在下で評価した「非特異結合量」を差し引いた数値を採用した。
【0076】
特異結合量(B)=全結合量−非特異結合量 (I)
【0077】
その結果、(GroEL)7と融合させたシグマ1受容体では529dpm、TFと融合させたシグマ1受容体では532dpm、TcFKBP18と融合させたシグマ1受容体では482dpmの特異結合量を示した。実施例2の反応液の場合には、1092dpmに値が増大した。
【0078】
以上より、TcFKBP18、TF、および(GroEL)7とシグマ1受容体との融合タンパク質は、シグマ1受容体に対するアゴニストに特異的な結合活性(リガンド結合活性)を有していた。さらに、融合タンパク質から切り出されたヒトシグマ1受容体が、TcFKBP18の存在下で、シグマ1受容体に対するアゴニストに特異的な結合活性を有していた。
【実施例4】
【0079】
シグマ1受容体のリガンド結合特異性評価(2)
実施例1の(6)で調製したTcFKBP18とシグマ1受容体との融合タンパク質を発現した形質転換体由来の上清画分(可溶性画分)を採取し、トロンビンにて22℃で一昼夜処理した。これにより、上清画分に含まれるTcFKBP18とシグマ1受容体との融合タンパク質が連結部で切断され、TcFKBP18とシグマ1受容体とを含有するスクリーニング用組成物が得られた。このスクリーニング用組成物を用い、実施例3と同様にして、3H−DTGをホットトレーサー(ホットリガンド)、(+)-Pentazocineをコールド置換体とするリガンド結合特異性評価を行った。
【0080】
各ホットリガンド濃度に対する特異結合量(B)を算出し、縦軸を特異結合量(dpm)、横軸をホットリガンド濃度(nmol/L)とした飽和曲線(図3)を作成した。さらに、下記数式(II)に従ってScatchardプロット(図4)を作成し、ホットリガンドの解離定数(KD)と受容体の総数(Bmax)を算出した。
【0081】
B/F=−1/KD(B−Bmax) (II)
ここで、Fは遊離(未結合)のホットリガンドの濃度である。
【0082】
さらに、下記数式(III)に従って、縦軸をlog{B/(Bmax−B)}、横軸をlogFとしたHillプロット(図5)を作成し、Hill係数nを算出した。
【0083】
log{B/(Bmax−B)}=n(logF−logK) (III)
ここでKは半飽和濃度を示す。
【0084】
解離定数KDを測定するために、ホットトレーサー濃度45nMに対してコールド置換体濃度を0.3nM〜10μMとなるように添加した際の、ホットトレーサーの結合値(Hot結合値)から非特異結合値の差を本来の特異的結合値で除して算出される結合率(数式(IV))を算出し、コールド置換体濃度の対数に対してlog{結合率/(1−結合率)}をプロットすることでIC50を算出した。
【0085】
結合率=(各置換体濃度でのHot結合値−非特異結合値)/特異的結合値 (IV)
【0086】
次に、解離定数(KI)を、下記数式(V)に従って算出した。
【0087】
KI=IC50/(1+[L]/KD) (V)
ただし、[L]はホットリガンドの濃度、KDは数式(II)から算出したホットリガンドの解離定数を示す。
【0088】
ホットトレーサー濃度2nM〜90nMの範囲で飽和曲線を作成した。また、縦軸をlog{結合率/(1−結合率)}、横軸をlog(置換体濃度(nM))とした置換曲線(図6)を作成し、ホットトレーサー濃度45nMに対してコールド置換体を0.3nM〜10000nMとなるように添加した場合の特異的活性値の阻害の程度を評価した。リガンド結合反応の温度はすべて37℃とした。また、菌体破砕液のタンパク質濃度は3.5mg/mLとした。
【0089】
その結果、飽和曲線(図3)では特異的結合値は非特異結合の4倍程度の値を示し、Scatchardプロット(図4)においても良好な直線が得られた。Scatchardプロットにより得られたKD値は59nM、Bmax値は1527fmol/mgであった。Hillプロット(図5)により得られた直線の傾きに相当するHill係数nは1.00であり、リガンド結合サイトが1箇所であることが示された。3H−DTGに対する(+)-Pentazocineの置換曲線(図6)から得られたIC50は56nMであり、算出して得られた3H−DTGに対する(+)-Pentazocineの解離定数KIは27nMであった。シグマ1受容体に関するこれらのパラメーターは既報の値とほぼ一致した。
【0090】
以上より、TcFKBP18の存在下でヒトシグマ1受容体と被検化合物を接触させることによって、ヒトシグマ1受容体に対して特異的に結合する化合物をスクリーニングできることが示された。さたに、これらのパラメーターを用いることにより、スクリーニングされた化合物の結合パラメーターを算出することで、最適な医薬品化合物等の候補を選択することが可能であることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】実施例1で構築したTcFKfusion3の主要部の構成を示す説明図である。
【図2】実施例1で構築したpTrc(GV)7TC2Hの主要部の構成を示す説明図である。
【図3】実施例4で作成したホットトレーサーに対する飽和曲線を示すグラフである。
【図4】実施例4で作成したScatchardプロットを示すグラフである。
【図5】実施例4で作成したHillプロットを示すグラフである。
【図6】実施例4で作成したホットトレーサーに対する置換曲線を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シグマ1受容体のN末端側又はC末端側に分子シャペロン活性を有するタンパク質又はそのサブユニットが連結されてなり、かつリガンド結合活性を有することを特徴とする融合タンパク質。
【請求項2】
シグマ1受容体は、ヒト由来のものであることを特徴とする請求項1に記載の融合タンパク質。
【請求項3】
分子シャペロン活性を有するタンパク質は、シャペロニンであることを特徴とする請求項1又は2に記載の融合タンパク質。
【請求項4】
シャペロニンを構成するサブユニットの少なくとも2個は、ペプチド結合を介して直列に連結されていることを特徴とする請求項3に記載の融合タンパク質。
【請求項5】
分子シャペロン活性を有するタンパク質は、ペプチジル−プロリル・シス−トランス・イソメラーゼに属するものであることを特徴とする請求項1又は2に記載の融合タンパク質。
【請求項6】
ペプチジル−プロリル・シス−トランス・イソメラーゼは、トリガーファクタータイプ又は古細菌由来FKBPタイプのものであることを特徴とする請求項5に記載の融合タンパク質。
【請求項7】
分子シャペロン活性を有するタンパク質又はそのサブユニットは、ペプチドリンカーを介してシグマ1受容体のN末端側又はC末端側に連結されていることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の融合タンパク質。
【請求項8】
ペプチドリンカーは、プロテアーゼの認識切断部位を有するものであることを特徴とする請求項7に記載の融合タンパク質。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の融合タンパク質からシグマ1受容体を切り出してシグマ1受容体を取得することを特徴とするシグマ1受容体の製造方法。
【請求項10】
融合タンパク質にプロテアーゼを作用させることによってシグマ1受容体を切り出すことを特徴とする請求項9に記載のシグマ1受容体の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の融合タンパク質と被検化合物との結合性を指標として被検化合物のシグマ1受容体に対する結合性を評価し、当該評価結果に基づいてシグマ1受容体に対して特異的に結合する化合物をスクリーニングすることを特徴とする化合物のスクリーニング方法。
【請求項12】
下記工程:
(1)請求項1〜8のいずれか1項に記載の融合タンパク質を含有する溶液中で前記融合タンパク質におけるシグマ1受容体と分子シャペロン活性を有するタンパク質との連結部を切断し、シグマ1受容体と分子シャペロン活性を有するタンパク質とを遊離させ、遊離したシグマ1受容体と被検化合物とを溶液中で接触させる工程、
(2)工程(1)でシグマ1受容体と被検化合物とを接触させた際の被検化合物のシグマ1受容体に対する結合性を評価し、当該評価結果に基づいてシグマ1受容体に対して特異的に結合する化合物をスクリーニングする工程、
を包含することを特徴とする化合物のスクリーニング方法。
【請求項13】
融合タンパク質として前記連結部にプロテアーゼ認識切断部位を有するものを使用し、工程(1)において前記融合タンパク質に当該プロテアーゼを作用させて前記プロテアーゼ認識切断部位を切断することを特徴とする請求項12に記載の化合物のスクリーニング方法。
【請求項14】
シグマ1受容体に対して特異的に結合する化合物をスクリーニングするために用いられる組成物であって、請求項1〜8のいずれか1項に記載の融合タンパク質を含有することを特徴とするスクリーニング用組成物。
【請求項15】
シグマ1受容体に対して特異的に結合する化合物をスクリーニングするために用いられる組成物であって、請求項1〜8のいずれか1項に記載の融合タンパク質を含有する溶液中で前記融合タンパク質におけるシグマ1受容体と分子シャペロン活性を有するタンパク質との連結部を切断し、シグマ1受容体と分子シャペロン活性を有するタンパク質を遊離させてなるスクリーニング用組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−102306(P2009−102306A)
【公開日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−226929(P2008−226929)
【出願日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【出願人】(000002174)積水化学工業株式会社 (5,781)
【Fターム(参考)】