説明

靴の甲構造およびその甲構造を使用した作業靴

【目的】靴の甲を踏んだり、それらの靴を頻繁に洗濯する事によって甲が劣化、損傷・破損したり、甲に多大な負荷が掛かった後でも、甲が速やかに正常状態に復元する作業靴の甲構造を提供する。
【解決手段】靴の甲を形成するツマ1とコシ2は靴の左右において所定の幅をもって互いに重なりあうハギ2層構造4となっている。ハギ2層構造を含む左右甲ハトメには補強部材が配置され、さらにその補強部材を介して甲ゴム9の端部および後述する甲ハトメカバー3が一体に甲ハトメに縫い糸により縫い付けられている。甲ゴムは甲ハトメ同士を互いに接近する方向に結合されており、また甲ゴムの上には、甲ハトメカバーが配置されている。甲ハトメカバーは甲ゴムに対して上方にアーチを形成するように取り付けられている。そして、甲ハトメカバー、甲ゴム、ハギ2層構造により靴の甲中央部が円環状に補強された構成となっている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は安全で衛生的な靴(以下、作業靴という)の甲構造およびその甲構造を採用した原子力発電所または核燃料施設用作業靴に関するものであり、さらに詳細には、靴の甲を一時的に踏んだり、それらの靴を頻繁に洗濯(以下、洗濯とは洗濯その事自体及び/又は一連の洗濯工程を意味する。)する事によって甲が劣化、損傷、破損したり、甲に多大な負荷が掛かった後でも、甲が速やかに正常状態に復元する作業靴の甲構造に関するものである。また、本発明は、靴の甲部履き口からツマ先にかけて靴のツマの内部全体の開口率を向上させ、靴甲部の洗濯性の向上を図り、特に原子力発電所または核燃料施設で一定期問の作業後に作業靴に付着している放射性物質等の除染向上を大きな狙いとした甲構造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の原子力発電所または核燃料施設用作業靴は、日本工業標準JISZ−4811(放射性汚染防護用作業靴)及びJIST−8101(安全靴)(以下、JISZ−4811及び/又はJIST−8101と称す。)に規定されている放射性汚染防護用作業靴および安全靴を基準に、洗濯性を考慮し、革から人工皮革に変更されている。
原子力発電所または核燃料施設用作業靴は不特定多数の人が履く事等から、例えば、スリッポン(S1ip-0n)タイプの靴が多い。図7〜9にスリッポンタイプの靴斜視図および断面図を示す。
【0003】
図7〜図9を参考にして従来のスリッポンタイプの靴の構成を説明すると、この靴は、靴を構成する甲革のツマ101とコシ102とが互いに重なりあった部分で縫い合わされてハギ104を構成している。また、靴の履き口の前方には本例ではツマ101と一体に形成されたベロ103が配置されている。前記ハギ104は、例えば、コシ102とツマ101のつなぎとしての役割を果しており、靴のコシの強度補強としての用途は無かった。また、履き口側にのびている前記ベロ103は靴のコシ102あるいは図8に示す甲ゴム107とは一体と成っておらずフリーな状態となっている。即ち、従来の作業靴ではコシ102と甲ゴム107は一体化されているが、ベロ103はそれらとは結合されておらずフリーの状態となっている。このため、ベロ103は靴の強度を目的とした構造材としての役割は果していない構成となっている。
【0004】
このように従来のスリッポンタイプの靴では、「足入れ」のし易さはあるが、原子力発電所または核燃料施設用で使用される靴の特徴である過酷な条件、即ち一連の洗濯工程による劣化、損傷、破損等に耐える頑丈な靴ではなかった。また、現在の作業靴は一連の洗濯工程時等に甲部が重なり合う事による当該部の劣化に対し、靴の甲部が元の形に戻る事に配慮したものは皆無である。なお、図7中、105は縫い糸、106は靴の内布である。また、当該施設で着用する作業靴の規格としてJISZ−4811(放射性汚染防護用作業靴)に規定の4の4.1の(7)には“作業靴の表面は平滑で、不必要な凹凸が無く、除染しやすい構造である”と記載されているが十分に対応できる作業靴は無かった。
【0005】
上記の靴とは別に、従来の原子力発電所または核燃料施設用作業靴では、甲部にマジックバンドを有するものが知られ、また利用されている。このような構成の靴では洗濯時にマジックバンド同士が絡まったり、マジックバンドが挨、放射性物質等を付着する等の弊害もあった。また、図8に上記例とは若干ことなる従来の作業靴のベロ端面の構造を示すが、この靴も、コシ102と甲ゴム107は一体化されてはいるものの、ベロ103は構造的に自由であり、ベロは強度部材としての役割は果していない。
このように現在の作業靴は洗濯に対する材質選択には考慮を払っているが、甲部のへたり、変形等に、強いては当該部署に付着する放射性物質等の除染について考慮したものは無かった。
【0006】
ここで、靴を洗濯した際の問題点をさらに詳しく説明する。
原子力発電所または核燃料施設では一つの靴を不特定多数の人が履き、それらを洗濯して再使用している。洗濯は頻繁(ほぼ毎月)に行われるため靴の劣化、損傷、破損、等が激しい。洗濯は一度に83.6Kg程度の靴(約110足に相当する)が、60°Cの温度下で行われている。
【0007】
上記のような大量の靴の一連の洗濯工程はそれ自体が靴に種々の損傷を与える加害行為である。一連の洗濯工程自体が靴の構成材料に対し水分の吸脱水を繰り返し、一連の洗濯工程終了後には濡れた重量増の靴を積上げ、この際靴(複数)は自重で甲部へ負荷を与え、濡れた状態での甲潰しが一定時間継続される。袋詰めされた靴は15〜38Kg前後の重量でまとめられ、それらは数週間の間、何層かになり“甲"を潰している。はなはだしい場合は甲部が擬似的に塑性変形化する(図10参照)。
【0008】
靴の洗濯では大量の靴が同時に、機械的に浮遊されながら洗濯され、靴への負荷が大きい。大量洗濯では浮遊中に靴同士がぶつかったり、擦れたり、特定の一方向に偏重が掛かったり「ベロ」への負荷が大きく、それによる変形も大きかった。
また、甲部には洗濯工程の前後でも、種々の方向から負荷がかかり、甲部(又はベロ)や甲部直下のコシがへたったり、鋸歯状の凹凸(ギザギザ)が履き口周囲に形成される(図10参照)。これら、へたりや凹凸が繰り返されると、それら損傷は洗濯毎に同一箇所が一層強調される事が判っている。
【0009】
さらに、直後には50°Cの高温での強制乾燥工程があり靴の構成材には負荷が連続的に多様な方向から、かつ多様な物理・化学的な(機械的な力、濡れの現象、熱応力、複雑な物理・化学的な応力)負荷が、ベロ直下部のコシに対して垂直方向に座屈荷重として作用する。
従って、一連の洗濯工程で濡れた靴の積上げ時に発生する座屈に対応するには吸水性、耐熱性、等に対応できる材料を使用し、かつその材料を座屈しにくい構造に(垂直方向)する事が必要である。さらに、甲の変形と一連の洗濯工程は因果関係にあり、それらを両立させる靴の統合的な設計が必要となっている。
【0010】
図4に靴へ作用する“一連の洗濯工程を含む作業靴への主な負荷要因”を示す。
【0011】
一連の洗濯工程により靴は水分の吸脱水、洗濯後の靴の積上げによる甲部への負荷、さらに強制乾燥による形状変形や鋸歯状凹凸の固定化(塑性変形化)が促進する。
また、甲の垂れ下がった靴の一連の洗濯工程は洗浄の品質や除染にも問題を抱えていた。図10に示すように靴の甲の垂れ下がりにより、汚れに落としムラのある靴は履く人に対し不便が多く、不衛生でもあった。
さらに、再使用のため衛生上から感じる不快感や甲潰れによる履きにくさ、安全性、等について改善が要求されていた。
【0012】
また従来の靴ではベロにも欠陥があった。
即ち、これらの靴においてベロが一旦垂れ下がると、垂れ下がったベロがベロ自体の反力で機械的に復元する事が困難である。要因は種々あるがその中の一つにベロ自体を支えるストッパーが無く、垂れ下がったベロは平らに伸びるような構造が多く(少なくとも原子力発電所または核燃料施設用作業靴では)、さらにベロが復元するような反力が働く作用点(固定点)の存在も無い。
【0013】
また、ベロ直下部の左右コシの強度が不足しているための問題もある。
具体的には、甲を踏み付けてその上に上がったり一連の洗濯工程後の靴積み上げによる「甲の潰し」は甲直下のコシの部分を複雑に変形させたり(図10参照等)、甲のベロにつながる直下部近傍の「コシ」に対し、鋸歯状の凹凸を与え、一連の洗濯工程性能の非効率化を招いている。
【0014】
上記問題点を総括すると、
甲部円環状の強度不足が起因でこれら甲部の鋸歯状凹凸やへたりを招き、洗濯性の阻害要因になっている。そのような部署に放射性物質等が付着する。
従って、当該部所には、除染性を考慮し、洗濯中に甲部の開口を確保でき、併せて着用時の履きやすさ、着用中の疲れ難さに優れた作業靴が必要とされていた。
しかしながらこれまで特殊環境下で着用する原子力発電所または核燃料施設専用の作業靴が無かったため、上記のような問題点の解決は遅れていた。
【0015】
一方、従来から公知の作業靴、安全靴、靴などでは、踵を踏みつけて履く事を防止するための踵構造を有するものとして多数の提案がなされている(特許文献1、2等)。
しかし、従来公知の作業靴、安全靴、靴等において、踵を踏みつけて履いたり、甲の潰れを解消できるようにした作業靴、安全靴、靴、等は見当たらない。
【0016】
【特許文献1】実開昭63−103302号公報
【特許文献2】特開2004−321352
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
そこで本発明は、原子力発電所または核燃料施設で使用する作業靴において、
靴を共用する事を前提とし、甲を一時的に踏みつけて使用した後及び靴への重負荷による繰り返し一連の洗濯工程後でも、現在の履き心地、足入れ性、等を損なわずに、直ちに、靴の甲部が正常状態に復元する甲構造を持ち、さらに甲ハトメカバー(ベロ)直下部近傍の「コシ」部の鋸歯状凹凸を削減できる作業靴を設計する事により、甲潰れが少なくなり、潰れても復元が早く、靴の履き易さも向上し、一連の洗濯工程の性能、衛生上の品質、靴の見映えなどを実現し、強いては除染性の向上を計り、従来の作業靴の問題点を解決する事を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
このため、本発明が採用した技術解決手段は、
靴を構成する甲革のツマ部とコシ部との接続部にはツマ部とコシ部とが互いに重なり合うハギ2層構造が形成され、前記ハギ2層構造は靴の甲ハトメの左右下方に配置され、前記左右の甲ハトメは弾性材で結合され、また、前記甲ハトメと前記弾性材の外側には甲ハトメカバーが取り付けられることにより甲ハトメカバーをアーチ形成し、靴は前記甲ハトメ、弾性材、甲ハトメカバー、ハギ2層構造からなる円環構造により補強されていることを特徴とする作業靴の甲構造である。
また、前記ハギ2層構造は靴のハトメの左右下方に配置され、さらに前記ハギ2層構造の幅は少なくとも5〜50mm幅、望ましくは9〜11mmであることを特徴とする作業靴の甲構造である。
また、前記左右の甲ハトメを結合する弾性材は甲ゴムで形成され、前記甲ゴムは正常状態で甲ハトメカバーの普通状態の長さより短く設定され、この甲ゴムの作用により甲ハトメカバーが甲ゴムよりも上方に浮き上がるアーチを形成することを特徴とする作業靴の甲構造である。
また、前記甲ハトメカバーは、同カバーに継続的に曲げ、圧縮荷重が作用するように、少なくとも両端をハトメ側に固定したアーチ形状として形成されており、さらに、前記アーチ形状の中央部の高さは甲ゴムと甲ハトメカバーの中央部での隙間が5〜20mm、望ましくは10mm程度であることを特徴とする作業靴の甲構造である。
また、前記甲ハトメカバーは、少なくとも左右2箇所で甲ハトメ側に固定されていることを特徴とする作業靴の甲構造である。
また、前記甲ハトメカバーは、厚さがコシ部の材料と同等か又はそれよりも厚く、又は強度が高く形成されていることを特徴とする作業靴の甲構造である。
また、前記甲ハトメカバーは、甲ハトメカバーに薄い熱可塑性樹脂、加硫ゴム、塩化ビニール合成樹脂材等、特に非吸水性及び弾性材に富んだ材料を挿入した2層構造であることを特徴とする作業靴の甲構造である。
また、前記ハギ2層構造を形成するツマ部とコシ部の少なくとも一方には、接続部の段を解消するための「スキ」が形成されていることを特徴とする作業靴の甲構造である。
また前記2層構造ハギ部には別材の挿入でさらに強化することを特徴とする作業靴の甲構造である。
また、前記作業靴の甲構造を採用した原子力発電所または核燃料施設用作業靴である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、甲を踏みつけて使用した後及び靴への重負荷による繰り返し洗濯後でも、直ちに、靴の甲部が正常状態に復元する。甲ハトメカバー(ベロ)直下部近傍の「コシ」部の鋸歯状凹凸を削減できる。甲潰れが少なくなり、潰れても復元が早く、靴の履き易さも向上し、一連の洗濯工程性能、衛生上の品質、靴の見映えが良くなる等の優れた作用効果を達成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
靴の甲を形成するツマとコシは靴の左右において所定の幅をもって互いに重なりあうハギ2層構造4となっている。ハギ2層構造を含む左右甲ハトメには補強部材が配置され、さらにその補強部材を介して甲ゴムの端部および後述する甲ハトメカバーが一体に甲ハトメに縫い糸により縫い付けられている。甲ゴムは甲ハトメ同士を互いに接近する方向に結合されており、また甲ゴムの上には、甲ハトメカバーが配置されている。甲ハトメカバーは甲ゴムに対して上方にアーチを形成するように取り付けられている。そして、甲ハトメカバー、甲ゴム、ハギ2層構造により靴の甲中央部が円環状に補強された構成となっている。
【実施例】
【0021】
以下本発明の実施例を説明する。図1は本発明に係る作業靴の斜視図、図2は甲ハトメカバーを分離した状態の作業靴斜視図、図3(イ)は図1中のA−A断面図、(ロ)は図1中のB−B断面図である。
図1〜図3において、1は靴の甲を形成するツマ、2はコシ、3は甲ハトメカバー、11は甲ハトメである。前記ツマ1とコシ2は靴の左右において図示のように靴の履き口の少し前方で、両者が所定の幅Wをもって互いに重なりあうハギ2層構造4となっている。なお、ハギ2層構造4部では履き心地への考慮が必要であり、足に接する方のハギの端面には図3(ロ)に示すように「スキ」5(面取り加工)が加工され、滑らかな形状でつなぐように構成することが望ましい。
【0022】
図3において、ハギ2層構造4を含む左右甲ハトメ11には補強部材8a、8bが配置
され、さらにその補強部材8a、8bを介して甲ゴム9の端部および後述する甲ハトメカバー3が一体に甲ハトメ11に縫い糸10により縫い付けられている。甲ゴム9は図に示すように甲ハトメ11同士を互いに接近する方向に結合されており、また甲ゴム9の上には、甲ハトメカバー3が配置されている。甲ハトメカバー3はその左右が甲のコシ2に、また先端がツマ1の3か所に縫い付けられた構成となっており、また甲ハトメカバー3は甲ゴム9に対して図3(イ)に示すように上方にアーチを形成するように取り付けられている。さらに、甲ハトメカバー3の厚さはコシの材料と同等かあるいはそれよりも強く、さらに強度も高く形成されている。そして、甲ハトメカバー3、甲ゴム9、ハギ2層構造4により靴の甲中央部が円環状に補強されている。
【0023】
以下、円環状の補強構造について詳述する。
(a)円環効果、張り構造の必要性
従来の靴において、洗濯性が非効率なのは甲部(ベロ、又は甲ハトメ11)が、中底に接触する程にへたってしまい、甲部履き口付近全体を閉じた構造にしてしまい、洗濯時に溶液の還流が無い事である。ただしツマ先の方の甲は円環状の張り構造が連続して開口部を保っているため変形が少ない。
本発明は甲部の履き口付近全体においても、そのような張り構造を設定する事である。つまり、ツマ先部で有効的に機能している張り構造を有する円環構造を甲部履き口付近に設定する事である。従来、靴甲部の部品に関して強度設計の必要性は無かった。しかし、原子力発電所または核燃料施設用で除染を対象とする靴は、除染工程から起因する一連の洗濯工程のために甲部強度の設計が必要になる。
【0024】
従って、本例では甲の頂点部から足の左右に沿って図3に示すような円環状の構造とする。つまり、靴底、ハギ2層構造4及びコシ2の一部のハギ2層構造4部と縫い合されているアーチ形状を有する甲ハトメカバー3で、変形、座屈、等を阻止する円環構造を形成する。
従来は、図9に示すように、ベロはコシ2と連結していなく、フリーであった。従って、負荷がかかった場合等は、ベロや甲部が下方へ延び切ってしまうのが従来の甲構造であった。
本発明は、製靴構成部品の設計、サブアッセンブリー設計及び甲ハトメカバー3の固定手段(コシ2と甲ハトメカバー3の縫付け)、甲ハトメカバー3のアーチ効果やハギ2層構造4を適用することにより、新規甲部構造とし、所定の甲部強度を得ることができるようになっている。
【0025】
(b)上述した甲ハトメカバー3のアーチ効果について
既知である、それぞれの靴の部品、甲ハトメ11、甲ハトメカバー3、甲ハトメカバー3直下のコシ2の部品形状、組立て方(縫製による固定)等を特殊用途に対応させるため、それぞれ部品間の相互関係において、原子力発電所または核燃料施設用として、特殊条件に対応する目的達成の関係を有する事により、甲ハトメカバー3のアーチ効果による甲ハトメカバー3のへタリを防止できる。
【0026】
具体的にはアーチ形成による「アーチ効果」の応用展開を作業靴の設計概念に導入し、それに準じた甲部構造を持つ作業靴を設計する。それによって、甲ハトメカバー3のヘタリを防御し、ハギ2層構造4による甲ハトメカバー3直下のコシ2の座屈防止、甲ハトメカバー3直下のコシ2に対しては、甲ハトメカバー3幅の範囲内にハギ2層構造4区域帯を設ける事により甲ハトメカバー3直下のコシ2の変形、座屈(鋸歯状ギザギザした凹凸)を防御する。
【0027】
(c)甲部全体構造について
甲部全体が靴底、ハギ2層構造4により強化されたコシ2(甲ハトメカバー3直下部コシ2の事)及びアーチ構造を有する甲ハトメカバー3が図3(イ)に示すように円環状に連結され、円環はあらゆる方向からの負荷に対し復元するための「円環効果」を有する閉じた構造になり、潰れた場合でも、負荷除去後に甲部が短時間に基の形状に復元する。
それらの効果により、洗濯中に甲部の開口を十分に確保・維持でき、甲部ヘタリによる洗濯性の劣化を阻止し、洗濯により十分な靴内部の浄化と除染を行い、さらに一連の洗濯工程後でも靴の形を維持できる。
【0028】
(d)ハギ2層構造4について
原子力発電所または核燃料施設用作業靴は過酷な一連の洗濯工程を受ける。洗濯量、洗濯法等から靴のコシ2履き口部は多大な負荷を受け(図10参照)、靴としての品質の劣化、損傷、破損を招いている。これらの防止には甲ハトメカバー3直下部コシ2の負荷疲労による弱体化がその主要因であり、対策としては当該部の強化が必要である。従って、当該部署には部分的なハギ2層構造4を設定する事が有効な方法である。それにより当該部署の強度が増し、へたりや鋸歯状凹凸(ギザギザ)を防御する事ができる。
【0029】
ハギは従来、例えば、コシ2とツマ1のつなぎとしての役割が多く「コシ」の強度補強としての用途は無かったがこれを設けることにより、作業靴の強度が向上する。
本発明では靴の甲部が着用後及び洗濯・乾燥後に元の形状に復元するように甲ハトメカバー3直下のコシ2の一部をハギ2層構造4にする。ハギ2層構造4は甲ハトメカバー3の直下部に位置し、その幅は少なくとも5〜50mm、望ましくは9〜11mm、さらには10mm程度の範囲で円環効果の一翼を担う。図3(ロ)にハギ2層構造4の断面図を示す。ハギは通常ファッション性の一環として適用される事が多く、そのためハギの幅も数ミリメートルで狭い事が多い。本発明では、しかしコシ2の強化を優先した靴の設計から起因し、ハギ2層構造4は10mm程度の幅を有する事により「へたり」や「鋸歯状の凹凸」の削減ができる。
【0030】
特徴的な事は靴底を含めると、最も高い(ツマ先に比較して)甲部全体が、靴底、2層構造として強化されたハギ2層構造4(甲ハトメカバー3直下のコシ2の一部)及びアーチ構造を有する甲ハトメカバー3によって環状に連結され、閉じた構造になり、多方向からの負荷に強くなり、潰れた場合でも敏速な復元が可能になる事である。
ハギ2層構造4は、主として一連の洗濯工程後の積み上げ時に作用する座屈荷重への対応が主である。従って、ハギ2層構造4は強度を勘案した場合は垂直な形が望ましい。ハギ2層構造4は接合部の幅の調整により強度の増減も可能である。
【0031】
(e)ハギ2層構造の別法
さらに、強度を要する場合は必要により非吸水性、弾性に富んだ熱可塑性樹脂、加硫ゴム、塩化ビニール、レザー、合成樹脂のいずれか一つの材料を上記と同目的・同手段で当該箇所へ挿入する事もできる。ただし、プラスチック、ラバー等の挿入はその位置設定、固定等のために縫い付け、接着剤を使用すること等の理由により、足への違和感、接着剤使用によるムレの問題が生じ、足に対しては優しい設計法とは言えない。このため、ハギに挿入する材料は、コシ2の材料である革、人工皮革等でハギを設定することが足に対して優しい設計となる。
【0032】
(f)スキ加工について
ハギ2層構造4部でコシ2を補強する場合は履き心地への考慮が必要である。このため図3(ロ)に示すように、足に接する方のハギの端面にはスキ5が加工され、滑らかな形状でつなぐようにすることが重要である。
【0033】
(g)甲ハトメカバー3のアーチ構造について
甲部履き口周辺の形の崩れには、甲ハトメカバー3直下のコシ2のへたりや変形だけでは無く、他にベロの変形、歪み、等がある。本発明は、ベロの垂れ下がりを防止し、垂れ下がった場合でも復元を促すために、ベロの代わりに甲ハトメカバー3を別個設定(図1の甲ハトメカバー3参照)する。甲ハトメカバー3には絶えず上向きに張り出す形状にするためアーチ形状を形成する(図3(イ)参照)。アーチ形状の高さHは甲ハトメ11と甲ハトメカバー3との問隔が5〜20mm以内望ましくは10mm程度の高さ(アーチ形状)に設定する。
【0034】
通常、ベロ又は甲ハトメカバー3の設計においてファッション性、足入れ性、履き心地、等が設計上の主要因である。本発明ではアーチ形状にする事により、従来の機能は維持しつつ、甲ハトメカバー3には常に圧縮荷重が作用し、それによりアーチ形状及び効果を継続的に維持できる。本発明は甲ハトメカバー3にアーチ形成により新たな機能を付与する事である。
【0035】
甲ハトメカバー3は甲ハトメカバー3直下のコシ2に縫い付けられる事により(図1および図2参照)、固定アーチとしての新たな機能を果たす事が可能になる。「固定アーチ」としての効用は甲ハトメカバー3に継続的な圧縮荷重の作用を確実にする。
本発明によると甲ハトメカバー3は3方向(左右甲ハトメと甲ハトメカバーとの接続および甲ハトメカバーとツマとの接続)から固定(両端を縫い付け)されており、かつアーチを設定しており、そのアーチ効果により、垂れ下がりにくくなっている。垂れ下がっても甲ハトメカバー3が両端の材料よりも強度が強い(又は厚い)ため、自由度のある外側に逃げる(凸がさらに強調される)ようになる。
甲ハトメカバー3は直下のコシ2に縫い付けられる事により、固定アーチの機能を果たす事が可能になる。なお、甲ハトメカバー3は3か所で固定せず、左右でのみ固定しても同様の機能を達成できる。
【0036】
本発明は、さらに左右の甲ハトメ11間に甲ゴム9が付与されている。この甲ゴム9はアーチ形状による靴の脱着性を補完するのみならず、適切なゴムの長さ設定により、甲ハトメカバー3のアーチ形成を重ねて確実にする。
また甲ハトメカバー3に負荷が掛かっても甲ハトメカバー3は両端が固定されていることにより水平に伸びるような事は無い。
【0037】
(h)甲ハトメカバー3のアーチ構造の別法について
甲ハトメカバー3を2層にし、表側に高弾性材を用いる事により、アーチ効果をより確実に強化する方法もある。また、甲ハトメ11や甲ハトメカバー3の構造は本発明の主旨にそって種々な方法がある。左右に設置される甲ハトメの省略等も一つの方法である。
【0038】
甲部履き口周りは、靴の着用及び一連の洗濯工程において、踵部と同等に負荷を受ける部位である。この部署(板付きカマボコ状的な形状)の強化が、つまり甲ハトメカバー3と甲ハトメカバー3からツマ先の方向への開口部の確保が靴の一連の洗濯工程の洗浄性、放射性物質等の除染性、そして靴としての見映えの維持につながる靴の形状維持の要因になる。
【0039】
本法では基本的には靴の部品設計及び構造により甲ハトメカバー3がアーチ構造により垂れ下がらないようになっている。一連の洗濯工程の条件、環境等により甲ハトメカバー3が中底に接するようになった場合でも、つまり甲ハトメカバー3やコシ2が「へたった」場合でも、中底の表面と甲ハトメカバー3の問にアーチ形成に設定した数ミリメートルの隙間が設定されているので、そこに指の先端を挿入させる事により甲ハトメカバー3形状の復元は容易にできる。このような甲部履き口の形状維持法により、甲部全体(踏み潰しや一連の洗濯工程による)のへたりや鋸歯状凹凸(ギザギザや異常変形等)を削減する事によって、洗濯中に甲部の開口を十分に確保・維持し、甲部へタリによる洗濯性の劣化を阻止し、一連の洗濯工程により十分な靴内部の浄化と除染を行い、一連の洗濯工程後でも靴を元の形に維持できる。
【0040】
〔実施例と従来例との比較〕
図5には“作業靴甲部の製法とそれらに対応する効果の比較”について、図6には靴に対し靴の着脱、一連の洗濯工程後の甲部の復元性について評価値をグラフで表示した。試験に供した靴は本法と従来法による靴を各々29足使用した。
図6に示す、一連の洗濯工程後の甲部の復元性についての定義は下記に示す。
100% 甲部に捩れ等の変形が無く、着脱に問題が無い。
75% 甲部は捩れたり、潰れたりするが10分以内に復元する。
50% 甲部は捩れたり、潰れたりするが10分以上の時間で復元する。
25% 甲部は捩れたり、潰れたりして復元しない。
図6(グラフ)から本法による甲の復元性が確認できる。さらに従来法では150時間で半減、200時間で20%の復元性に対し、本法では240時間でも劣化の確認には至っていない。
【0041】
図11には靴の着脱及び一連の洗濯工程後の靴の清浄性について述べる。
評価するための主な条件、効果、等はそれぞれ図4及び図5の“洗濯を含む作業靴への主な負荷要因”及び“作業靴甲部の製法とそれらに対応する効果の比較”に示す。試験に供した靴は本法と従来法による靴を各々29足使用した。
図11に示す一連の洗濯工程後の靴の清浄性についての定義は下記に示す。
100% 靴表面に汚れが付着してなく、内装の表面も清浄性を保っている。
75% 2mの距離からの目視で、靴表面に汚れが付着してなく、内装の表面も清 浄性を保っている。
50% 汚れがあるが5mの距離からの目視で、靴表面に汚れが付着してなく、内 装の表面も清浄性を保っている。
25% 汚れが随所にあり7m以上離れた距離から確認できる。
図11(グラフ)より本法による靴は清浄性を復元でき、かつ従来法に比べ本法による靴がより良い洗浄性を得ることができている。
【0042】
下記に洗濯後の除染性の確認について述べる。除染性については、実際にその作業の前後で着脱した靴からの測定用試料作成は本試験評価では、放射性物質等の管理上の問題から困難なため、下記に示す簡易的な方法で行なった。
試験法はJISZ−4507(1998)放射性物質で汚染された表面除染─除染の容易性の試験及び評価法─の試験方法Aを採用した。
試験片は下記要領で作成した。新旧それぞれの靴に対して10回洗濯を行い、その靴の甲部から直径50mmの試験片を作成した。
その結果、耐汚染指数として下記を得た。参考として記す。
評価項目 │ 靴の種類 │ 従来法による靴 │ 本法による靴 耐汚染指数 │ │ 0.07 │ 0.16 本法において、洗濯時に靴内部の開口率を向上させる靴の構造設計が甲潰れの復元性を導き、それが洗濯性能を確保し、靴の鋸歯状凹凸部等の塵埃、ゴミ等に付着する放射性物質を排斥することにより靴の除染性の向上につながる。
【0043】
本法では課題とした改善事項に併行してそれによる靴の他要素による履き心地の劣化の有無を確認するためにフィールドサーベイ(現地での実際の着用試験)を行なった。試験に供した靴は本法と従来法による靴を各々29足使用した。“足に合った靴”とは、「指の付け根部分(ボールジョイント)がピッタリしており、指先が自由に動き(長さ、幅にゆとりがあり)、土踏まず部が確りと支えられて足の線(アーチライン)に良く合い、踵も十分に安定している事」である。
聴き取り調査は従来靴との比較に加え、上記に示す“足にあった靴”を下記に示すような優劣の定義を展開し、着用者によってそれらを念頭に適宜聴き取り調査を行なった。
【0044】
【表1】

【0045】
図12に本法による靴のフィールドサーベイの結果を示す。
本サーベイでは新旧それぞれ29足の靴を不特定多数の人が着用するため、のべ107名の被験者から聴き取り調査を行なった。
その結果、87%(93/107 フィールドサーベイの中の“甲当たりの改善”12%を含む)の着用者が改善を評価し、“変わらない”を含めると98%の着用者が本法による製品を従来品と比較して満足していることが判る。
本アンケートから判明することは甲潰しに対応するために行なった甲部に主眼をおいた靴のアッパーデザインが目的(洗濯性の改善、等)の達成と併行して他の要素において履き心地を損なっていないことである。むしろ、この程度のマイナスポイント(2/107:2%)はアンケートの誤差の範囲と考えても差し支えないと考えることができ、さらに本件(靴)の場合は既製靴の着用に加え、被験者それぞれの足の3次元的形状、大きさ、等を考慮すれば全体的には多要素の履き心地を損なうことなく開発課題を達成していると判断できる。
【0046】
以上本発明の実施例について説明してきたが、上記実施例に限定されることなく、本発明は種々の形態を採用することができる。たとえば、甲ハトメカバーの材料は適宜選択することができ、またハギ2層構造の側面から見た形状は前後の縫い目が略平行となっているが、縫い目は必ずしも平行である必要はないなど、種々の形態を採用することができる。また、本発明はその精神また主要な特徴から逸脱することなく、他の色々な形で実施することができる。そのため前述の実施例は単なる例示に過ぎず、限定的に解釈してはならない。更に特許請求の範囲の均等範囲に属する変形や変更は全て本発明の範囲内のものである。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明による作業靴は、種々の作業現場で使用する事ができるが、特に原子力発電所または核燃料施設等での作業靴として利用可能性が大である。併せて業務上靴の踵を潰して履く事の多い業務で、例えば引越し、介護等靴の履き脱ぎが多い作業者用安全靴、作業靴、靴、等の履物に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本実施例に係る作業靴の斜視図である。
【図2】甲ハトメカバーを分離した状態の作業靴斜視図である。
【図3】(イ)は図1中のA−A断面図、(ロ)は図1中のB−B断面図である。
【図4】靴の洗濯条件を示す図である。
【図5】本実施例に係る靴と従来品との比較例を示す図である。
【図6】本実施例に係る靴と従来品との比較例を示すグラフ図である。
【図7】従来の作業靴の斜視図である。
【図8】図7中のA−A断面図である。
【図9】他の従来の作業靴の斜視図である。
【図10】従来の作業靴の甲部のヘタリを示す図である。
【図11】靴に対し靴の着脱及び一連の洗濯工程後の靴の清浄性についての評価値(グラフ)を示す図である。
【図12】フィールドサーベイの結果をしめす図である。
【符号の説明】
【0049】
1 ツマ(ツマ部)
2 コシ(コシ部)
3 甲ハトメカバー
4 ハギ2層構造
5 スキ
8a、8b 補強部材
9 甲ゴム
10 縫い糸
11 甲ハトメ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
靴を構成する甲革のツマ部とコシ部との接続部にはツマ部とコシ部とが互いに重なり合うハギ2層構造が形成され、前記ハギ2層構造は靴の甲ハトメの左右下方に配置されるとともに、前記左右の甲ハトメは弾性材で結合され、また、前記甲ハトメと前記弾性材の外側には甲ハトメカバーが取り付けられる事により甲ハトメカバーをアーチ形成し、靴は前記甲ハトメ、弾性材、甲ハトメカバー、ハギ2層構造および底部からなる円環構造により補強されていることを特徴とする作業靴の甲構造。
【請求項2】
前記ハギ2層構造は靴のハトメの左右下方に配置され、さらに前記ハギ2層構造の幅は少なくとも5〜50mm幅であることを特徴とする請求項1に記載の作業靴の甲構造。
【請求項3】
前記左右の甲ハトメを結合する弾性材は甲ゴムで形成され、前記甲ゴムは正常状態で甲ハトメカバーの普通状態の長さより短く設定され、この甲ゴムの作用により甲トメカバーが甲ゴムよりも上方に浮き上がるアーチを形成することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の作業靴の甲構造。
【請求項4】
前記甲ハトメカバーは、同カバーに継続的に曲げ、圧縮荷重が作用するように、少なくとも両端をハトメ側に固定したアーチ形状として形成されており、さらに、前記アーチ形状の中央部の高さは甲ゴムと甲ハトメカバーの中央部での隙間が5〜20mm程度であることを特徴とする請求項1に記載の作業靴の甲構造。
【請求項5】
前記甲ハトメカバーは、少なくとも左右2箇所で甲ハトメ側に固定されていることを特徴とする請求項1または請求項4に記載の作業靴の甲構造。
【請求項6】
前記甲ハトメカバーは、厚さがコシ部の材料と同等か又はそれよりも厚く、又は強度が高く形成されていることを特徴とする請求項1または請求項4〜5のいずれかに記載の作業靴の甲構造。
【請求項7】
前記甲ハトメカバーは、甲ハトメカバーに薄い熱可塑性樹脂、加硫ゴム、塩化ビニール合成樹脂材等、特に非吸水性及び弾性材に富んだ材料を挿入した2層構造であることを特徴とする請求項1、4〜6のいずれかに記載の作業靴の甲構造。
【請求項8】
前記ハギ2層構造を形成するツマ部とコシ部の少なくとも一方には、接続部の段を解消するための「スキ」が形成されていることを特徴とする請求項1〜2のいずれかに記載の作業靴の甲構造。
【請求項9】
前記2層構造ハギ部には別材の挿入でさらに強化することを特徴とする請求項1、2、8のいずれかに記載の作業靴の甲構造。
【請求項10】
前記請求項1〜9のいずれかに記載の作業靴の甲構造を採用した原子力発電所または核燃料施設用作業靴。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2007−313051(P2007−313051A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−146164(P2006−146164)
【出願日】平成18年5月26日(2006.5.26)
【出願人】(390002222)株式会社シモン (7)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【出願人】(591031430)株式会社千代田テクノル (22)
【Fターム(参考)】