説明

スパッタリングターゲットおよびその製造方法

【課題】Al系のターゲットにおいて、より優れた耐食性を示す高いCrの含有量とした場合であっても、ターゲットの成形時に割れが発生することなく、また、スパッタ時においても割れが発生することがないスパッタリングターゲットおよびその製造方法を提供する。
【解決手段】原子%で、Si:5〜20%、Cr:5.5〜25%を含有し、残部:Alおよび不可避不純物からなる組成の素地中に絶対最大長:0.1〜50μmの範囲内にあるAlリッチの粒子が分散していることにより、前記課題を解決したものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザー光により情報の記録、再生、記録および再生、並びに消去を行う光情報記録媒体(以下、光ディスクという)の反射記録膜を形成するための割れが発生しにくいスパッタリングターゲット(以下、ターゲットという)およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光ディスク用の反射膜としては、これまで、Au、Cu、Ag、Alおよびこれらを主成分とする合金が汎用されてきた。
【0003】
Al系反射膜はBD(ブルーレイディスク)の記録再生に使用される青色レーザー(波長405nm)において十分高い反射率を示し、Ag系、Au系に比べ価格が安価であるものの、Ag系やAu系の反射膜より化学的安定性に劣っている。そこで、このAl系反射膜の合金化成分としてSi、Cr等を含有させることによって、適切な反射率、すぐれた再生安定性、かつ、すぐれた耐久性を示すAl系反射膜の検討が活発になされている。
【0004】
例えば、特許文献1は、原子%で、Si:5〜40at%、Cr:0.7〜5at%、Al:残部の光ディスク用反射膜と光ディスク用反射膜形成用ターゲットが開示されている。すなわち、Al合金膜の適切な反射率とすぐれた再生安定性の2特性を同時に達成させるには5%以上のSiを含有させること、および、反射膜の結晶粒の結晶組織の変化(結晶粒の粗大化)を抑制し、すぐれた耐久性を得るためにCrなどの高融点金属元素を含有させることが有効であることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−267366号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前記特許文献1に開示された光ディスク用反射膜は、一定の耐食性を備えているが、より長寿命化を求められる光ディスク反射膜としては、さらなる耐食性の向上が望まれている。ところが、耐食性を向上させるためにCrの含有量が多い組成のターゲットを作製しようとすると、機械加工時に割れが発生しやすいという問題があった。
【0007】
そこで、本発明の目的は、優れた耐食性機能を奏する高Cr含有量のAl系のターゲットにおいて、ターゲットの成形後の機械加工時に割れが発生することなく、また、スパッタ時においても割れが発生することがないスパッタリングターゲットおよびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明者らは高Cr含有量のAl系ターゲットにおいて、ターゲットの作製時およびスパッタ時に割れが発生しないターゲットを得るべく研究を行い、以下の知見を得た。
(イ)高Cr含有量のAlSiCr合金の焼結体に、真空中、または不活性ガス雰囲気中にて所定の温度および時間の熱処理を施すことにより、機械加工時において割れが発生せず、また、スパッタ時においても割れが発生しないターゲットが得られる。
(ロ)前記ターゲットについて、電子線マイクロアナライザー(以下、EPMAという)により断面組織の観察と分析を行ったところ、前記ターゲットは、素地に粒子径(絶対最大長)0.1〜50μmのAlリッチな粒子が分散した構造の組織を有する。
(ハ)前記Alリッチな粒子を3点定量分析し、組成の平均値を求めたところ、原子%で、Alを97%以上含有している。
(ニ)また、Alリッチな粒子のターゲットの組織に占める面積率が、5〜50%であることがわかった。
【0009】
前記の知見に基づき、本発明者が鋭意研究を重ねた結果、次のような本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、
「(1) 成分組成が原子%で、Si:5〜20%、Cr:5.5〜25%を含有し、残部:Alおよび不可避不純物であるスパッタリングターゲットであって、
組成の素地中にAlリッチの粒子が分散していることを特徴とするスパッタリングターゲット。
(2) 前記Alリッチの粒子の成分組成において全体に占めるAlの割合が原子%で、97%以上であることを特徴とする(1)に記載のスパッタリングターゲット。
(3) 前記Alリッチの粒子のターゲットの組織に占める面積率が、5〜50%であることを特徴とする(1)または(2)に記載のスパッタリングターゲット。
(4) (1)乃至(3)のいずれかに記載のスパッタリングターゲットの製造方法であって、
原子%で、Si:5〜20%、Cr:5.5〜25%を含有し、残部:Alおよび不可避不純物からなる組成のAlSiCr合金粉末を作製する合金粉末作製工程と、
前記合金粉末作製工程で得られた合金粉末を焼結して焼結体とする焼結工程と、
前記焼結工程で得られた焼結体を真空中、または不活性ガス雰囲気中にて720〜920℃、0.5〜10時間保持の熱処理を行う熱処理工程と、
を備えることを特徴とするスパッタリングターゲットの製造方法。」
を特徴とするものである。
【0011】
ここで、本発明において、ターゲットの組成をSi:5〜20%、Cr:5.5〜25%を含有し、残部:Alおよび不可避不純物と限定した理由は、Siが5%未満であると記録信号(再生信号)の精度が低下(すなわち、ジッター値が上昇)し、安定した再生を行うことができないため好ましくない。また、Siの含有量が20%を超えると反射膜を構成するAl合金膜の吸収量が増加し、相対的に反射率が低下するため好ましくない。よって、反射率とジッター値のバランスの観点から、Siの含有量は、5〜20%と定めた。一方、Crは、反射膜にさらなる耐食性を付与するために必要な成分であるが、含有量が5.5%未満であると十分に耐食性を持たせることができず、また、含有量が25%を超えると光ディスク反射膜として用いたときに再生安定性に劣る。よって、Crの含有量は、5.5〜25%と定めた。
【0012】
さらに本発明において、Alリッチとは、素地よりもAlの含有量が多いことを意味する、例えば、Alを97%以上含有する粒子は、Alリッチの粒子に該当する。
【0013】
Alリッチの粒子の面積率は、5%未満であるとAlリッチの粒子の効果が十分に発揮されないため、ターゲットの割れを防止することができず、一方、50%を超えるとスパッタ成膜時に膜組成がAlリッチ側にずれてしまい、形成された膜の品質、特に耐湿性が低下するため好ましくない。よって、Alリッチの粒子の面積率は、5〜50%、より好ましくは15%〜45%と定めた。
【0014】
また、本発明のターゲットは、Alリッチの粒子がターゲットの素地に分散した構造の組織を有するので、ターゲットの成形後の機械加工時の割れやスパッタ時の割れを防止するという効果を有するが、Alリッチの粒子の粒子径が0.1μm未満であるとAlリッチの粒子の効果が十分に発揮されず、一方、50μmを超えるとスパッタ時に異常放電が起きやすいため好ましくない。したがって、Alリッチの粒子の粒子径は、0.1〜50μm、より好ましくは0.5〜35μmと定めた。なお、本発明において、粒子径は粒子の輪郭線上の任意の2点間の距離の最大値、すなわち絶対最大値長によって定義している。
【0015】
焼結体を真空中にて熱処理を行う際の温度については720℃より低くても、920℃より高くてもAlリッチの粒子が析出した組織が得られないため、720〜920℃、より好ましくは760〜880℃とした。また熱処理の保持時間は0.5時間より短くても、10時間より長くてもAlリッチの粒子が析出した組織が得られないため、0.5〜10時間、より好ましくは1〜7時間とした。
【発明の効果】
【0016】
本発明のスパッタリングターゲットは、原子%で、Si:5〜20%、Cr:5.5〜25%を含有し、残部:Alおよび不可避不純物からなる組成の素地中にAlリッチの粒子が分散しているので、焼結時およびスパッタ時にターゲット内部に発生する応力を緩和するため、Crの含有量が多い場合であっても焼結時およびスパッタ時に割れが発生することがない。
【0017】
また、本発明のスパッタターゲットは、前記の構成に加えて、ターゲットの組織においてAlリッチの粒子の面積率が、5〜50%であることによって、前述したターゲットの割れを防止するという効果が得られる。
【0018】
さらに、本発明のスパッタターゲットの製造方法によれば、AlSiCr合金粉末を作製する合金粉末作製工程と、前記合金粉末作製工程で得られた合金粉末を焼結して焼結体とする焼結工程と、前記焼結工程で得られた焼結体を真空中にて720〜920℃、0.5〜10時間保持の熱処理を行う熱処理工程を備えていることによって、Alリッチな粒子を均一に分散させて析出させることができるので、前述のターゲットを再現性よく製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明ターゲット1のEPMA面分析で得られるマッピング像。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明のスパッタリングターゲットおよびスパッタリングターゲットの製造方法について、実施例を挙げて具体的に説明する。ただし、本発明は本実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0021】
まず、原料として、純度:99.99%以上のAl、純度:99.999%以上のSi、純度:99.99%以上のCrを用意した。
つぎに、これらの原料を表1に示される配合組成となるように秤量しアルミナるつぼに投入した。そして、このアルミナるつぼをガスアトマイズ装置にセットしてArガス噴射によるガスアトマイズ法によりAlSiCr合金粉末とした。ガスアトマイズの条件は溶解温度1200℃、噴射Arガス圧28kgf/cm、るつぼのノズル径は1.5mmとした。その後、目開き100μmの篩にて粉末を分級し、篩の下の粉末を回収し、原料粉末とした。この原料粉末を直径165mmの黒鉛製モールドに充填し、真空ホットプレスにて温度700℃、圧力150kgf/cmの条件にて3時間保持することによりAlSiCr合金の焼結体を得た。この焼結体を真空炉を用いて、真空中にて表1に示す条件において熱処理を行った。
【0022】
得られた焼結体を旋盤を使用した切削加工により直径152.4mm、厚さ6mmの円盤とした。本発明ターゲット1〜9の表面を目視にて観察したが、いずれもクラックは発生していなかった。
【0023】
その後、Inハンダにて無酸素銅製のバッキングプレートにボンディングして表1の配合組成と同じ成分組成を有する本発明ターゲット1〜9とした。
【0024】
さらに本発明ターゲット1〜9をスパッタ装置に装着し、Arガス圧0.5Pa、直流1000Wの条件で1時間放電させた後、表面を目視にて観察したが、いずれもクラックは発生していなかった。
【0025】
次に表1に示す焼結体の組織を観察するために、小片を樹脂に埋め、試料研磨装置にて鏡面研磨した後、EPMA(日本電子製、JXA−8500F)により断面組織の観察と分析を実施した。EPMAの分析条件は、
加速電圧:15kV、
照射電流:5E−8A
ビーム系:1μm
とした。なお分析にあたり使用した分光結晶は、Al:TAPH、Cr:LIF、Si:PETHである。
【0026】
本発明ターゲット1〜9の断面組織について500倍の視野にて、面分析を行い240μm×180μmの視野の元素分布画像得て、解析したところ、素地に、粒子径(絶対最大長)0.5〜35μmのAlリッチな粒子が分散した構造を有していることがわかった。例えば、図1は、本発明ターゲット1のEPMA面分析で得られるマッピング像であるが、0.5〜35μmのAlリッチな粒子が分散していることがわかる。
【0027】
このAlリッチな粒子を前記視野の中で3か所定量分析し、組成の平均値を求めた。その結果を表1に示す。いずれも97原子%を超えるAlを含有していることがわかった。
【0028】
また、EPMAの面分析の結果得られたAlの組成像において、Alリッチの粒子に相当するAlの特性X線のピーク強度が562を超える部分の視野中における面積率についても表1に示す。なお、ピーク強度とは、図1に例として示す、EPMA面分析で得られるマッピング像にて表示される「LV」の数値であり、また、「ピーク強度カウントが562を超える部分の面積率」とは、図1のピーク強度カウントが562より大きい部分の、「Area%」の数値の合計値を示す。
[比較例1〜4]
本発明の実施例と同様に、原料として、純度:99.99%以上のAl、純度:99.99%以上のSi、純度:99.99%以上のCrを用意した。
つぎに、これらの原料を表1に示される配合組成となるように秤量しアルミナるつぼに投入した。そして、このアルミナるつぼをガスアトマイズ装置にセットして実施例と同様の条件にてArガス噴射によるガスアトマイズ法によりAlSiCrを作製した後、目開き100μmの篩にて粉末を分級し、篩の下の粉末を回収し、原料粉末とした。この原料粉末を実施例と同様の条件にて真空ホットプレスによりAlSiCr合金の焼結体を得た。この焼結体を真空炉を用いて、真空中にて表1に示す条件において熱処理を行った。
【0029】
得られた焼結体を旋盤を使用して直径152.4mm、厚さ6mmの円盤とすべく切削加工を行ったが、比較例1では切削加工中にクラックを生じた。比較例2〜4においてはクラックは発生せず、所定サイズの円盤を得ることが出来た。
その後、比較例2〜4の焼結体について、Inハンダにて無酸素銅のバッキングプレートにボンディングして表1の配合組成と同じ成分組成を有する比較例ターゲット2〜4とした。
【0030】
さらに比較例ターゲット2〜4をスパッタ装置に装着し、実施例と同様の条件にて1時間放電させた後、表面を目視にて観察したところ、いずれも表面にクラックを生じていた。
【0031】
また、この比較例ターゲット1〜4について実施例と同様にEPMAにより面分析、定量分析を実施したところ、比較例ターゲット1の場合Al、Si、Crの原子比がおよそ73:8:19、Al、Si、Crの原子比がおよそ85:1:14、およびAl、Si、Crの原子比がおよそ62:19:19の3種の領域が観察されたが、実施例でみられたAlリッチの粒子は存在しないことが分かった。比較例ターゲット2〜4についても同様の分析を行った結果、Alリッチの粒子は存在しないことが分かった。
[比較例5]
比較のために、実施例と同様に、原料として、純度:99.99%以上のAl、99.99%以上のSi、純度:99.99%以上のCrを用意しアルミナるつぼに投入した。そして、このアルミナるつぼをガスアトマイズ装置にセットしてArガス噴射によるガスアトマイズ法によりAlSiCr合金粉末とした後、目開き100μmの篩にて粉末を分級し、篩の下の粉末を回収し、原料粉末とした。この原料粉末を直径165mmの黒鉛製モールドに充填し、真空ホットプレスにて温度700℃、圧力150kgf/cmの条件にて3時間保持することによりAlSiCr合金の焼結体を得た。
【0032】
得られた焼結体を熱処理することなく、旋盤を使用して直径152.4mm、厚さ6mmの円盤とすべく、切削加工を行ったが、加工中にクラックを生じた。
【0033】
また、この比較例ターゲット5について実施例と同様にEPMAにより面分析、定量分析を実施したところ、Alリッチの粒子は存在しないことが分かった。
【0034】
【表1】

以上の結果から分かるように、本発明ターゲットは、Alの素地中にAlリッチの粒子を含有しているので、Alの素地に生じる応力をAlリッチの粒子によって緩和されるので、Crの含有量が多いにもかかわらず、成形中およびスパッタ中に割れることを防止できる。
【0035】
これに対して、Alリッチの粒子がターゲットの素地に分散していない比較例ターゲットは、Crの含有量が多いことによって生じる応力の影響で、ターゲットの成形後の機械加工中またはスパッタ中に割れてしまうことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明のスパッタリングターゲットは、より優れた耐食性を備えた反射記録膜を形成することができ、しかも、ターゲットの成形後の機械加工中及びスパッタ中に割れが生じないので、光ディスクの反射記録膜の形成に好適に使用できるため、産業上の利用可能性がきわめて大きい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
成分組成が原子%で、Si:5〜20%、Cr:5.5〜25%を含有し、残部:Alおよび不可避不純物であるスパッタリングターゲットであって、
組成の素地中にAlリッチの粒子が分散していることを特徴とするスパッタリングターゲット。
【請求項2】
前記Alリッチの粒子の成分組成において全体に占めるAlの割合が原子%で、97%以上であることを特徴とする請求項1に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項3】
前記Alリッチの粒子のターゲットの組織に占める面積率が、5〜50%であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれかに記載のスパッタリングターゲットの製造方法であって、
原子%で、Si:5〜20%、Cr:5.5〜25%を含有し、残部:Alおよび不可避不純物からなる組成のAlSiCr合金粉末を作製する合金粉末作製工程と、
前記合金粉末作製工程で得られた合金粉末を焼結して焼結体とする焼結工程と、
前記焼結工程で得られた焼結体を真空中、または不活性ガス雰囲気中にて720〜920℃、0.5〜10時間保持の熱処理を行う熱処理工程と、
を備えることを特徴とするスパッタリングターゲットの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−224890(P2012−224890A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−91725(P2011−91725)
【出願日】平成23年4月18日(2011.4.18)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】