説明

パルスアーク溶接の出力制御方法

【課題】ピーク期間中のピーク電流の通電とベース期間中のベース電流の通電とを1パルス周期として繰り返すパルスアーク溶接にあって、短絡が発生しても所望の溶接電源の外部特性を形成すること。
【解決手段】本発明は、傾きKs、溶接電流基準値Is及び溶接電圧基準値Vsによって外部特性を設定し、溶接電圧vo及び溶接電流ioを検出し、第n回目のパルス周期の開始時点から積分値Svb=∫(Ks・io−Ks・Is+Vs−vo)・dtを演算し、ピーク期間に続くベース期間中の積分値Svbが零以上になった時点で第n回目のパルス周期を終了することによって外部特性を形成するパルスアーク溶接の出力制御方法において、短絡期間中の積分値Svbの演算には、短絡解除電流が重畳しない溶接電流ih及びアークが発生しているとしたときの溶接電圧vhを使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所望の傾きKsを有する溶接電源の外部特性を形成するためのパルスアーク溶接の出力制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
消耗電極パルスアーク溶接では、美しいビード外観、均一な溶込み深さ等の溶接品質を良好にするために、溶接中のアーク長を適正値に維持することが極めて重要である。一般的に、アーク長は溶接ワイヤの送給速度とアーク入熱による溶融速度とのバランスによって決まる。したがって、溶接電流の平均値に略比例する溶融速度が送給速度と等しくなるとアーク長は常に一定となる。しかし、送給モータの回転速度の変動、溶接トーチケーブルの引き回しによる送給経路の摩擦力の変動等によって、溶接中の送給速度が変動する。このために、溶融速度とのバランスが崩れてアーク長が変化することになる。さらには、溶接作業者の手振れ等による給電チップ・母材間距離の変動、溶融池の不規則な振動等によっても、アーク長は変動する。したがって、これらの種々の変動要因(以下、外乱という)によるアーク長の変動を抑制するためには、外乱に応じて常に溶融速度を調整してアーク長の変化を抑制するアーク長制御が必要となる。
【0003】
消耗電極パルスアーク溶接を含む消耗電極ガスシールドアーク溶接において、上述した種々の外乱に起因するアーク長の変動を抑制する方法として、溶接電源の外部特性を所望値に出力制御する方法が慣用されている。この外部特性の例を図6に示す。同図の横軸は溶接ワイヤを通電する溶接電流の平均値Iwであり、縦軸は溶接ワイヤと母材との間に印加する溶接電圧の平均値Vwである。特性L1は、傾きKs=0V/Aの完全な定電圧特性の場合である。また、特性L2は、傾きKs=−0.1V/Aと右下がりの傾きを有する定電圧特性の場合である。外部特性は直線として表わすことができるので、溶接電流基準値Isと溶接電圧基準値Vsとの交点P0を通り傾きがKsである外部特性は下式で表わされる。
Vw=Ks・(Iw−Is)+Vs ……(1)式
【0004】
ところで、溶接電源の外部特性の傾きKsによってアーク長制御の安定性(自己制御作用と呼ばれる)が大きく影響されることが従来から知られている。すなわち、外乱に対してアーク長を安定化するためには、溶接法を含む溶接条件に応じて外部特性の傾きKsを適正値に制御する必要がある。例えば、傾きKsの適正値は、炭酸ガスアーク溶接法では0〜−0.03V/A程度の範囲であり、パルスアーク溶接法では−0.05〜−0.3V/A程度の範囲である。したがって、本発明の対象であるパルスアーク溶接法においては、アーク長制御を安定化するためには、同図に示す特性L1ではなく−0.05〜−0.3V/A程度の範囲内で予め定めた傾きKsを有する特性L2等を形成する必要がある。以下、パルスアーク溶接において所望の傾きKsを有する外部特性を形成する従来技術について説明する。
【0005】
図7は、パルスアーク溶接の電流・電圧波形図である。同図(A)は溶接電流(瞬時値)ioの、同図(B)は溶接電圧(瞬時値)voの波形図である。以下,同図を参照して説明する。
【0006】
(1)時刻t1〜t2のピーク期間Tp
予め定めたピーク期間Tp中は、同図(A)に示すように、溶接ワイヤを溶滴移行させるために大電流値の予め定めたピーク電流Ipを通電し、同図(B)に示すように、この期間中のアーク長に略比例したピーク電圧Vpが印加する。
【0007】
(2)時刻t2〜t3のベース期間Tb
後述する溶接電源の出力制御によって定まるベース期間Tb中は、同図(A)に示すように、溶接ワイヤ先端の溶滴を成長させないために小電流値の予め定めたベース電流Ibを通電し、同図(B)に示すように、この期間中のアーク長に略比例したベース電圧Vbが印加する。
【0008】
上記のピーク期間Tp及びベース期間Tbからなる時刻t1〜t3の期間を1パルス周期Tpbとして繰り返して溶接を行う。同図(A)に示すように、このパルス周期Tpbごとの溶接電流の平均値がIwとなり、同様に同図(B)に示すように、このパルス周期Tpbごとの溶接電圧の平均値がVwとなる。溶接電源の外部特性を形成するための出力制御は、パルス周期Tpbの時間長さを操作量としてフィードバック制御することで行われる。すなわち、ピーク期間Tpを一定値としてパルス周期Tpbを増減させることによって出力制御を行う。
【0009】
図8に示すように、時刻t(n)〜t(n+1)の第n回目のパルス周期Tpb(n)の溶接電流平均値がIw(n)となり、溶接電圧平均値がVw(n)となる。上述した図6において、これらIw(n)とVw(n)との交点(動作点)P1が、設定された特性L2上に乗るように出力制御される。以下、所望の傾きKsを有する外部特性を形成するための溶接電源の出力制御方法について説明する。
【0010】
図7で上述したパルスアーク溶接の波形図を参照して、従来技術の外部特性形成方法を説明する。形成すべき目標の外部特性は、上述した(1)式の外部特性である。第n回目のパルス周期Tpb(n)における溶接電流平均値Iw及び溶接電圧平均値Vwは下式で表わすことができる。
Iw=(1/Tpb(n))・∫io・dt ……(2)式
Vw=(1/Tpb(n))・∫vo・dt ……(3)式
但し、積分は第n回目のパルス周期Tpb(n)の間行う。
【0011】
これら(2)式及び(3)式を上記の(1)式に代入して整理すると下式となる。
∫(Ks・io−Ks・Is+Vs−vo)・dt=0 ……(4)式
但し、積分は第n回目のパルス周期Tpb(n)の間行い、上述したように、Ksは外部特性の傾きであり、Isは溶接電流基準値であり、Vsは溶接電圧基準値である。
【0012】
したがって、第n回目のパルス周期Tpb(n)が終了した時点においては上記(4)式が成立することになる。ここで、上記(4)式の左辺を積分値Svbとして定義すると下式となる。
Svb=∫(Ks・io−Ks・Is+Vs−vo)・dt ……(5)式
【0013】
第n回目のパルス周期Tpb(n)が開始した時点から上記(5)式の積分値Svbの演算を開始する。第n回目の予め定めたピーク期間が終了して第n回目のベース期間中に上記の積分値Svb=0(又はSvb≧0)となった時点で第n回目のパルス周期Tpb(n)を終了する。この動作を繰り返すことによって、上記(1)式の外部特性を形成することができる。
【0014】
上述した従来技術の外部特性形成方法を以下に整理して記載する。
(1)傾きKs、溶接電流基準値Is及び溶接電圧基準値Vsによって目標の溶接電源の外部特性を予め設定する。
(2)溶接中の溶接電圧vo及び溶接電流ioを検出する。
(3)第n回目のパルス周期Tpb(n)の開始時点から積分値Svb=∫(Ks・io−Ks・Is+Vs−vo)・dtの演算を開始する。
(4)第n回目の予め定めたピーク期間Tpに続く第n回目のベース期間Tb中の上記積分値Svbが零以上(Svb≧0)になった時点で第n回目のパルス周期Tpb(n)を終了する。
(5)続けて第n+1回目のパルス周期Tpb(n+1)を開始して、上記(3)〜(4)の動作を繰り返し行うことによって、所望の外部特性を形成する。
【0015】
ととろで、溶接中に溶接ワイヤと母材とが短絡したときは、早期に短絡を解除してアークを再発生させるために、通常の溶接電流よりも大きな値の短絡解除電流icを重畳する(以下、短絡解除制御という)のが一般的である。以下、この短絡解除制御及び上述した外部特性形成方法を搭載した溶接電源について説明する。
【0016】
図9は、上述した外部特性形成方法及び短絡解除制御を搭載した溶接電源のブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0017】
電源主回路PMは、3相200V等の商用電源を入力として、後述する電流誤差増幅信号Eiに従ってインバータ制御、サイリスタ制御等の出力制御を行い、アーク溶接に適した溶接電流io及び溶接電圧voを出力する。溶接ワイヤ1はワイヤ送給装置の送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を通って送給されて、母材2との間にアーク3が発生する。
【0018】
電流検出回路IDは、上記の溶接電流ioを検出して、電流検出信号idを出力する。電圧検出回路VDは、上記の溶接電圧voを検出して、電圧検出信号vdを出力する。溶接電圧基準値設定回路VSは、予め定めた溶接電圧基準値信号Vsを出力する。溶接電流基準値設定回路ISは、予め定めた溶接電流基準値信号Isを出力する。傾き設定回路KSは、予め定めた傾き設定信号Ksを出力する。積分値演算回路SVBは、電流検出信号id、電圧検出信号vd、溶接電圧基準値信号Vs、溶接電流基準値信号Is及び傾き設定信号Ksを入力として、各パルス周期の開始時点から上記(5)式によって積分演算を行い積分値信号Svbを出力する。比較回路CMは、この積分値信号Svbの値が零以上になった時点で短時間Highレベルになる比較信号Cmを出力する。この比較信号Cmの周期がパルス周期となる。タイマ回路MMは、上記の比較信号CmがHighレベルに変化した時点から予め定めたピーク期間設定値Tpsによって定まる期間だけHighレベルとなるタイマ信号Mmを出力する。このタイマ信号MmがHighレベルのときがピーク期間となり、Lowレベルのときがベース期間となる。
【0019】
ピーク電流設定回路IPSは、予め定めたピーク電流設定信号Ipsを出力する。ベース電流設定回路IBSは、予め定めたベース電流設定信号Ibsを出力する。切換回路SWは、上記のタイマ信号MmがHighレベルのときはa側に切り換わり上記のピーク電流設定信号Ipsをパルス電流波形設定信号Ifsとして出力し、Lowレベルのときはb側に切り換わり上記のベース電流設定信号Ibsをパルス電流波形設定信号Ifsとして出力する。
【0020】
短絡判別回路CDは、上記の電圧検出信号vdを入力として、短絡を判別するとHighレベルとなる短絡判別信号Cdを出力する。短絡解除電流設定回路ICSは、上記の短絡判別信号CdがHighレベル(短絡)のときのみ予め定めた短絡解除電流設定信号Icsを出力する。加算回路ADは、上記のパルス電流波形設定信号Ifsと上記の短絡解除電流設定信号Icsとを加算して、電流加算設定信号Iasを出力する。電流誤差増幅回路EIは、この電流加算設定信号Iasと上記の電流検出信号idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。これらのブロックによって、図7で上述したような溶接電流ioが通電する。
【0021】
図10は、上述した溶接電源における各信号のタイミングチャートである。同図(A)は溶接電流ioの、同図(B)は溶接電圧voの、同図(C)はパルス電流波形設定信号Ifsの、同図(D)は短絡解除電流設定信号Icsの時間変化を示す。第n回目のパルス周期Tpb(n)中は短絡は発生していない。このために、同図(D)に示すように、短絡解除電流設定信号Icsは出力されない。また、同図(C)に示すように、パルス電流波形設定信号Ifsに相当する同図(A)に示す溶接電流ioが通電する。続いて、第n+1回目のパルス周期Tpb(n+1)において、短絡が短絡期間Tc中発生する。この短絡期間Tc中は、同図(D)に示すように、短絡解除電流設定信号Icsが出力される。このために、同図(A)に示すように、短絡期間Tc中の短絡解除電流icは、同図(C)に示すパルス電流波形設定信号Ifsに同図(D)に示す短絡解除電流設定信号Icsが重畳した波形となる。また、短絡期間Tc中の溶接電圧voは低い値の短絡電圧値vcとなる。第n回目のパルス周期Tpb(n)及び第n+1回目のパルス周期Tpb(n+1)中のそれぞれの溶接電流平均値と溶接電圧平均値との動作点は所望の外部特性上に乗る。上述した従来技術を記載した文献としては、特願2003-423185、特許文献1〜2等がある。
【0022】
【特許文献1】特開2002−361417号公報
【特許文献2】特開平2−290674号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
図11は、図10で上述した溶接電流io及び溶接電圧voの波形の動作点と外部特性との関係図である。特性L2は、所望の傾きを有する外部特性である。第n回目のパルス周期Tpb(n)の溶接電流平均値Iw(n)と溶接電圧平均値Vw(n)との動作点P1は特性L2上にある。第n+1回目のパルス周期Tpb(n+1)の溶接電流平均値Iw(n+1)と溶接電圧平均値Vw(n+1)との動作点P2も同様に特性L2上にある。すなわち、動作点はP1→P2へと移動する。
【0024】
このときに、上述した図10の第n+1回目のパルス周期Tpb(n+1)において、短絡期間Tcを除外してアークが発している期間のみの動作点はP3となる。これは、短絡解除電流ic分だけ溶接電流平均値が小さくなり、短絡電圧vc分だけ溶接電圧平均値が大きくなるためである。上述したように、アーク長制御を安定化して溶接品質を向上させるために、各パルス周期の動作点が外部特性上を移動するように出力制御している。パルス周期中に短絡が発生したときに、アーク長制御の安定化を図るためには、短絡期間を含む動作点ではなくアーク発生期間のみの動作点が外部特性上に存在する方が良い。しかし、従来技術の外部特性形成方法では、短絡期間も含めた動作点が外部特性上に存在し、アーク期間の動作点は外部特性上から外れてしまう。この結果,短絡が発生するとアーク長制御の安定性が溶接条件によっては低下するという課題があった。
【0025】
そこで、本発明では、上記の課題を解決することができる外部特性形成方法に関するパルスアーク溶接の出力制御方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0026】
上述した課題を解決するために、第1の発明は、予め定めたパルス電流波形設定値に基づいてピーク期間中のピーク電流の通電とベース期間中のベース電流の通電とを1パルス周期として繰り返すと共に、溶接ワイヤと母材との間に溶接電圧voを印加して溶接を行い、溶接ワイヤと母材とが短絡している期間中は短絡解除電流が重畳した溶接電流ioを通電するパルスアーク溶接の出力制御方法であって、
傾きKs及び溶接電流基準値Is及び溶接電圧基準値Vsによって溶接電源の外部特性を予め設定し、溶接中の前記溶接電圧vo及び前記溶接電流ioを検出し、第n回目のパルス周期の開始時点から積分値Svb=∫(Ks・io−Ks・Is+Vs−vo)・dtを演算し、予め定めた前記ピーク期間に続く前記ベース期間中の前記積分値Svbが零以上になった時点で前記第n回目のパルス周期を終了し、続けて第n+1回目のパルス周期を開始することによって前記設定された外部特性を形成するパルスアーク溶接の出力制御方法において、
前記短絡期間中の前記積分値Svbの演算に際しては、前記短絡解除電流が重畳しない溶接電流又はアークが発生しているとしたときの溶接電圧のどちらか一方又は両方を使用することを特徴とするパルスアーク溶接の出力制御方法である。
【0027】
また、第2の発明は、前記積分値Svbの演算に際しては、前記溶接電流ioに代えて前記パルス電流波形設定値を使用することを特徴とするパルスアーク溶接の出力制御方法である。
【0028】
また、第3の発明は、前記積分値Svbの演算を前記短絡期間中は一時停止することを特徴とするパルスアーク溶接の出力制御方法である。
【発明の効果】
【0029】
上記第1の発明によれば、短絡期間中は短絡解除電流が重畳しない溶接電流及び/又はアークが発生しているとしたときの溶接電圧を使用して積分値を演算して外部特性を形成する。このために、パルス周期中に短絡が発生してもアーク発生状態の動作点が所望の外部特性上に存在するので、アーク長制御の安定性が向上する。
【0030】
また、上記第2の発明によれば、溶接電流に代えてパルス電流波形設定値を使用して積分値を演算して外部特性を形成する。このために、パルス周期中に短絡が発生してもアーク発生状態の動作点が所望の外部特性上に存在するので、アーク長制御の安定性が向上する。
【0031】
また、上記第3の発明によれば、短絡期間中は積分値の演算を一時停止して外部特性を形成する。このために、パルス周期中に短絡が発生してもアーク発生状態の動作点が所望の外部特性上に存在するので、アーク長制御の安定性が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0033】
[実施の形態1]
図1は、本発明の実施の形態1に係るパルスアーク溶接の出力制御方法を示す波形図である。同図は上述した図10に対応している。同図(A)は溶接電流ioの、同図(B)は溶接電圧voの、同図(C)はパルス電流波形設定信号Ifsの、同図(D)は短絡解除電流設定信号Icsの時間変化を示す。以下、同図を参照して説明する。
【0034】
上述したように、傾きKs、溶接電流基準値Is及び溶接電圧基準値Vsによって所望の溶接電源の外部特性を予め設定する。次に、溶接中の溶接電圧vo及び溶接電流ioを検出する。そして、第n回目のパルス周期Tpb(n)の開始時点から上記(5)式の積分値Svb=∫(Ks・io−Ks・Is+Vs−vo)・dtを演算し、予め定めたピーク期間に続くベース期間中の積分値Svbが零以上になった時点で第n回目のパルス周期Tpb(n)を終了し、続けて第n+1回目のパルス周期Tpb(n+1)を開始することによって設定された外部特性を形成する。
【0035】
第n+1回目のパルス周期Tpb(n+1)中に短絡が発生したときは以下のように処理する。積分値Svbの演算において、短絡期間Tc中は、同図(A)に示すように、短絡解除電流icが重畳した溶接電流ioに代えて短絡解除電流icが重畳しない溶接電流ihを使用する。この短絡解除電流が重畳しない溶接電流ihは、短絡直前の溶接電流値であっても良い。また、短絡がベース期間に発生したときはベース電流の設定値であり、短絡がピーク期間に発生したときはピーク電流の設定値であっても良い。
【0036】
同様に、積分値Svbの演算において、同図(B)に示すように、短絡期間Tc中は短絡電圧値vcに代えてアークが発生しているとしたときの溶接電圧vhを使用する。このアークが発生しているとしたときの溶接電圧vhは、短絡直前の溶接電圧値であっても良い。また、短絡がベース期間中であればベース電圧の平均値であり、短絡がピーク期間中であればピーク電圧の平均値であっても良い。
【0037】
上記の演算を整理すると以下のようになる。
(1)時刻t1〜t2のアーク期間
積分値Svb=∫(Ks・io−Ks・Is+Vs−vo)・dt
(2)時刻t2〜t3の短絡期間Tc
積分値Svb=∫(Ks・ih−Ks・Is+Vs−vh)・dt …(6)式
(3)時刻t3〜t4のアーク期間
積分値Svb=∫(Ks・io−Ks・Is+Vs−vo)・dt
【0038】
上記(6)式においてはio→ih及びvo→vhに置換しているが、どちらか一方だけを置換しても良い。これは、溶接条件によっては短絡解除電流icが小さな値であるために置換しなくても外部特性に与える影響が小さい場合があるからである。溶接電圧の置換についても、溶接条件によっては短絡期間Tcが短いために置換しなくても外部特性に与える影響が小さい場合があるからである。
【0039】
図2は、上述したパルスアーク溶接の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図において、上述した図9と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。以下、図9とは異なる点線で示すブロックについて同図を参照して説明する。
【0040】
電圧検出切換回路VEは、短絡判別信号CdがLowレベル(アーク発生状態)のときは電圧検出信号vdを電圧検出切換信号veとして出力し、Highレベル(短絡状態)のときは短絡直前の電圧検出信号の値vhを電圧検出切換信号veとして出力する。電流検出切換回路IEは、短絡判別信号CdがLowレベル(アーク発生状態)のときは電流検出信号idを電流検出切換信号ieとして出力し、Highレベル(短絡状態)のときは短絡直前の電流検出信号の値ihを電流検出切換信号ieとして出力する。第1積分値演算回路SVB1は、電流検出切換信号ie、電圧検出切換信号ve、溶接電圧基準値信号Vs、溶接電流基準値信号Is及び傾き設定信号Ksを入力として、各パルス周期の開始時点から積分値信号Svb=∫(Ks・ie−Ks・Is+Vs−ve)・dtを演算して出力する。
【0041】
[実施の形態2]
本発明の実施の形態2は、積分値Svbの演算を溶接電流ioに代えてパルス電流波形設定値Ifsを使用するものである。上述した図1(C)に示すように、パルス電流波形設定信号Ifsは短絡解除電流icを重畳する前の溶接電流ioを設定する信号である。したがって、上記(5)式においてio→Ifsに置換することによって短絡解除電流icが外部特性の形成に与える影響を除去することができる。したがって、実施の形態2では上記(5)式は下式となる。
Svb=∫(Ks・Ifs−Ks・Is+Vs−vo)・dt ……(7)式
【0042】
図3は、上述したパルスアーク溶接の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図において、上述した図9と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。以下、図9とは異なる点線で示すブロックについて同図を参照して説明する。
【0043】
第2積分値演算回路SVB2は、パルス電流波形設定信号Ifs、電圧検出信号vd、溶接電圧基準値信号Vs、溶接電流基準値信号Is及び傾き設定信号Ksを入力として、各パルス周期の開始時点から積分値信号Svb=∫(Ks・Ifs−Ks・Is+Vs−vd)・dtを演算して出力する。
【0044】
[実施の形態3]
本発明の実施の形態3は、積分値Svbの演算を短絡期間中は一時停止するものである。これによって、短絡解除電流ic及び短絡電圧vcが外部特性に与える影響を除去することができる。
【0045】
図4は、上述したパルスアーク溶接の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図において、上述した図9と同一のブロックには同一符号を付してそれらの説明は省略する。以下、図9とは異なる点線で示すブロックについて同図を参照して説明する。
【0046】
第3積分値演算回路SVB3は、短絡判別信号Cd、電流検出信号id、電圧検出信号vd、溶接電圧基準値信号Vs、溶接電流基準値信号Is及び傾き設定信号Ksを入力として、各パルス周期の開始時点から積分値信号Svb=∫(Ks・id−Ks・Is+Vs−vd)・dtを短絡判別信号CdがLowレベル(アーク発生状態)中は演算しHighレベル(短絡状態)中は一時停止して出力する。
【0047】
[効果]
図5は、本発明の効果を示す外部特性と図1で上述した電流・電圧波形の動作点との関係図である。したがって、同図は上述した図11と対応している。同図において、第n回目のパルス周期Tpb(n)の動作点はP1となる。第n+1回目のパルス周期Tpb(n+1)中のアーク発生状態の動作点はP3となり、外部特性L2上に存在する。このように、本発明では、短絡が発生してもアーク発生状態の動作点は所望の外部特性上に常にある。このために、アーク長制御の安定性が向上する。
【0048】
上記においては、パルスアーク溶接が直流パルスアーク溶接である場合を説明したが、ベース期間の一部期間の電極極性が反転する交流パルスアーク溶接の場合も同様である。また、ピーク電流の立上り及び立下りにスロープがついている場合も同様である。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の実施の形態1に係るパルスアーク溶接の出力制御方法を示す波形図である。
【図2】本発明の実施の形態1に係る溶接電源のブロック図である。
【図3】本発明の実施の形態2に係る溶接電源のブロック図である。
【図4】本発明の実施の形態3に係る溶接電源のブロック図である。
【図5】本発明の効果を示す外部特性と動作点との関係図である。
【図6】従来技術における溶接電源の外部特性の設定方法を示す図である。
【図7】従来技術におけるパルスアーク溶接の電流・電圧波形図である。
【図8】従来技術における溶接電流平均値Iw及び溶接電圧平均値Vwを示す電流・電圧波形図である。
【図9】従来技術における溶接電源のブロック図である。
【図10】図9の溶接電源における各信号のタイミングチャートである。
【図11】従来技術の課題を示す外部特性と動作点との関係図である。
【符号の説明】
【0050】
1 溶接ワイヤ
2 母材
3 アーク
4 溶接トーチ
5 送給ロール
AD 加算回路
CD 短絡判別回路
Cd 短絡判別信号
CM 比較回路
Cm 比較信号
EI 電流誤差増幅回路
Ei 電流誤差増幅信号
Ias 電流加算設定信号
Ib ベース電流
IBS ベース電流設定回路
Ibs ベース電流設定信号
ic 短絡解除電流
ICS 短絡解除電流設定回路
Ics 短絡解除電流設定信号
id 電流検出信号
ie 電流検出切換信号
Ifs パルス電流波形設定信号
ih 短絡解除電流が重畳しない溶接電流
io 溶接電流
Ip ピーク電流
IPS ピーク電流設定回路
Ips ピーク電流設定信号
IS 溶接電流基準値設定回路
Is 溶接電流基準値(信号)
Iw 溶接電流平均値
KS 傾き設定回路
Ks 傾き設定信号
L1、L2 特性
MM タイマ回路
Mm タイマ信号
P0 交点
P1〜P3 動作点
PM 電源主回路
SVB 積分値演算回路
Svb 積分値(信号)
SVB1 第1積分値演算回路
SVB2 第2積分値演算回路
SVB3 第3積分値演算回路
SW 切換回路
Tb ベース期間
Tc 短絡期間
Tp ピーク期間
Tpb パルス周期
Tps ピーク期間設定値
Vb ベース電圧
vc 短絡電圧
VD 電圧検出回路
vd 電圧検出信号
VE 電圧検出切換回路
ve 電圧検出切換信号
vh 短絡していないとしたときの溶接電圧
vo 溶接電圧
Vp ピーク電圧
VS 溶接電圧基準値設定回路
Vs 溶接電圧基準値(信号)
Vw 溶接電圧平均値


【特許請求の範囲】
【請求項1】
予め定めたパルス電流波形設定値に基づいてピーク期間中のピーク電流の通電とベース期間中のベース電流の通電とを1パルス周期として繰り返すと共に、溶接ワイヤと母材との間に溶接電圧voを印加して溶接を行い、溶接ワイヤと母材とが短絡している期間中は短絡解除電流が重畳した溶接電流ioを通電するパルスアーク溶接の出力制御方法であって、
傾きKs及び溶接電流基準値Is及び溶接電圧基準値Vsによって溶接電源の外部特性を予め設定し、溶接中の前記溶接電圧vo及び前記溶接電流ioを検出し、第n回目のパルス周期の開始時点から積分値Svb=∫(Ks・io−Ks・Is+Vs−vo)・dtを演算し、予め定めた前記ピーク期間に続く前記ベース期間中の前記積分値Svbが零以上になった時点で前記第n回目のパルス周期を終了し、続けて第n+1回目のパルス周期を開始することによって前記設定された外部特性を形成するパルスアーク溶接の出力制御方法において、
前記短絡期間中の前記積分値Svbの演算に際しては、前記短絡解除電流が重畳しない溶接電流又はアークが発生しているとしたときの溶接電圧のどちらか一方又は両方を使用することを特徴とするパルスアーク溶接の出力制御方法。
【請求項2】
予め定めたパルス電流波形設定値に基づいてピーク期間中のピーク電流の通電とベース期間中のベース電流の通電とを1パルス周期として繰り返すと共に、溶接ワイヤと母材との間に溶接電圧voを印加して溶接を行い、溶接ワイヤと母材とが短絡している期間中は短絡解除電流が重畳した溶接電流ioを通電するパルスアーク溶接の出力制御方法であって、
傾きKs及び溶接電流基準値Is及び溶接電圧基準値Vsによって溶接電源の外部特性を予め設定し、溶接中の前記溶接電圧vo及び前記溶接電流ioを検出し、第n回目のパルス周期の開始時点から積分値Svb=∫(Ks・io−Ks・Is+Vs−vo)・dtを演算し、予め定めた前記ピーク期間に続く前記ベース期間中の前記積分値Svbが零以上になった時点で前記第n回目のパルス周期を終了し、続けて第n+1回目のパルス周期を開始することによって前記設定された外部特性を形成するパルスアーク溶接の出力制御方法において、
前記積分値Svbの演算に際しては、前記溶接電流ioに代えて前記パルス電流波形設定値を使用することを特徴とするパルスアーク溶接の出力制御方法。
【請求項3】
予め定めたパルス電流波形設定値に基づいてピーク期間中のピーク電流の通電とベース期間中のベース電流の通電とを1パルス周期として繰り返すと共に、溶接ワイヤと母材との間に溶接電圧voを印加して溶接を行い、溶接ワイヤと母材とが短絡している期間中は短絡解除電流が重畳した溶接電流ioを通電するパルスアーク溶接の出力制御方法であって、
傾きKs及び溶接電流基準値Is及び溶接電圧基準値Vsによって溶接電源の外部特性を予め設定し、溶接中の前記溶接電圧vo及び前記溶接電流ioを検出し、第n回目のパルス周期の開始時点から積分値Svb=∫(Ks・io−Ks・Is+Vs−vo)・dtを演算し、予め定めた前記ピーク期間に続く前記ベース期間中の前記積分値Svbが零以上になった時点で前記第n回目のパルス周期を終了し、続けて第n+1回目のパルス周期を開始することによって前記設定された外部特性を形成するパルスアーク溶接の出力制御方法において、
前記積分値Svbの演算を前記短絡期間中は一時停止することを特徴とするパルスアーク溶接の出力制御方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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