説明

半導体素子の駆動装置及び方法

【課題】半導体素子のスイッチング時において、スイッチング損失の増加を抑制しつつ、サージ電圧を低減すること。
【解決手段】電子回路1は、IGBT11と、FWD12と、半導体素子駆動回路13と、を備えている。半導体素子駆動回路13は、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeを可変することによって、IGBT11のターンオン及びターンオフを制御する。半導体素子駆動回路13のdi/dt帰還部23は、電子回路1の主電流であるIGBT11のコレクタ電流Icの時間的変化、即ち時間微分値dIc/dtに基づき帰還電圧VFBを生成し、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeの一部として加算する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スイッチング機能を有する半導体素子の駆動装置及び方法に関する。詳しくは、半導体素子のスイッチング時において、スイッチング損失の増加を抑制しつつ、サージ電圧を低減することが可能な、半導体素子の駆動装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、電気自動車においては、一般的に、3相交流により駆動される同期電動機が用いられているため、バッテリ(直流電源)の直流出力を3相交流に変換して同期電動機を駆動するインバータが搭載されている。なお、このように電気自動車に搭載されるインバータを特に、「電気自動車用インバータ」と呼ぶ。
電気自動車用インバータの多くは、PWM(Pulse Width Modulation:パルス幅変調)制御を採用し、当該PWM制御を実現するための電力用半導体素子として、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)を採用している(特許文献1乃至3参照)。
【0003】
IGBTは、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeで駆動され、ゲートに対する入力信号によってターンオン及びターンオフの動作ができる自己消弧形の半導体素子である。
ここで、ターンオフスイッチングとは、IGBTのコレクタ−エミッタ間が導通状態から遮断状態に切り替わることをいう。ターンオンスイッチングとは、IGBTのコレクタ−エミッタ間が遮断状態から導通状態に切り替わることをいう。
【0004】
電気自動車用インバータにおいては、このようなIGBTに対して、FWD(Free Wheeling Diode)が対となって用いられている。即ち、FWDは、IGBTに対する還流ダイオードであり、IGBTと並列に、かつ、IGBTの入出力方向とは逆方向に接続される。
【0005】
また、電気自動車用インバータにおいては、IGBTを駆動する回路(以下、「半導体素子駆動回路」と呼ぶ)が設けられている。即ち、半導体素子駆動回路は、IGBTのゲート−エミッタ間の電圧Vgeの値を可変することで、IGBTのターンオン及びターンオフを制御する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−306166号公報
【特許文献2】特開2008−78816号公報
【特許文献3】特開2008−199821号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、IGBTのターンオン又はターンオフといったスイッチング時の過渡期間においては、サージ電圧が発生する。以下、サージ電圧の概略について説明する。
IGBTが接続された回路(母線)には、浮遊インダクタンスが存在する。このような浮遊インダクタンスは、電流に対して慣性力となり、当該電流の変化を妨げるように作用する。従って、電流が急激に減少しようとすると、浮遊インダクタンス内部において、当該電流の減少を妨げる方向に起電力が発生する。即ち、電気自動車用インバータにおいては、バッテリの電源電圧に対して直列に加算される方向に起電力が発生する。このようにして発生された起電力に基づく電圧が、「サージ電圧」と呼ばれている。
電気自動車用インバータにおいては、直列接続された2つのIGBTが1単位として、同期電動機の3相分の負荷に対して、例えば3単位等の複数単位が並列接続されて用いられる。1単位内では、一方のIGBTがターンオンするときには、他方のIGBTがターンオフする。従って、1単位内のスイッチング時の過渡期間においては、何れか一方のIGBTのコレクタ電流が急激に低下するため、大きなサージ電圧が発生して電源電圧に重畳され、IGBTのコレクタ−エミッタ間に印加される。
【0008】
このため、IGBTは、このようなサージ電圧に耐え得る素子耐圧を有している必要がある。従って、当然ながら、サージ電圧が大きくなるほど、要求される素子耐圧も上昇するため、IGBTも大型化する。プラント等で用いられる産業用インバータであれば、工場内に充分な設置スペースがあるため、大型のIGBTを採用することができる。しかしながら、電気自動車用インバータでは、そのような設置スペースを電気自動車内に確保することは困難であり、大型のIGBTを採用することは非常に困難である。
よって、電気自動車用インバータに搭載されるIGBTとしては、小型化が要求されることになる。IGBTの小型化のためには、逆に、素子耐圧を低く抑えればよく、このためには、サージ電圧を低減させればよい。
【0009】
上述したように、電流の急激な減少によりサージ電圧が発生するのであるから、電流の減少の変化度合を緩慢にすることで、サージ電圧を低減することができる。即ち、IGBTのスイッチング時の電流や電圧の立上りや立下りの時間を、以下「スイッチング速度」と呼ぶならば、スイッチング速度を遅くすることで、サージ電圧を低減することができる。
【0010】
しかしながら、サージ電圧を低減すべくスイッチング速度を遅くすると、今度は、スイッチング時の過渡時期におけるIGBTやFWDの損失(以下、「スイッチング損失」と呼ぶ)が大きくなってしまう。
一方で、スイッチング損失を低減すべくスイッチング速度を速くすると、上述の如く、サージ電圧が大きくなってしまう。
このように、サージ電圧とスイッチング損失との間には、トレードオフ(背反要件)の関係がある。なお、以下、このような関係にあるサージ電圧とスイッチング損失の特性を、「サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性」と呼ぶ。
【0011】
従って、電気自動車用インバータにおいては、サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性を改善すること、換言すると、IGBTのスイッチング時において、スイッチング損失の増加を抑制しつつ、サージ電圧を低減することが要望されている。
このような要望を応えるべく、特許文献1乃至3には幾つかの手法が開示されているが、これらの従来の手法では当該要望に充分に応えられているとは言い難い。このため、当該要望に充分に応えることが可能な新たな手法が求められている状況である。
【0012】
以上、電気自動車用インバータを例について説明したが、小型化は、電気自動車用インバータのみに要求されている訳ではなく、スイッチング機能を有する半導体素子を採用する各種機器に対して要求されている。従って、当該要望に充分に応えることが可能な新たな手法は、電気自動車用インバータのIGBTのみならず、スイッチング機能を有する半導体素子一般に広く適用できることも要求されている状況である。
【0013】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、スイッチング機能を有する半導体素子の駆動装置及び方法であって、半導体素子のスイッチング時において、スイッチング損失の増加を抑制しつつ、サージ電圧を低減することが可能な、半導体素子の駆動装置及び方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の半導体素子の駆動装置は、ゲートに与えられる駆動信号の電圧(例えば実施形態におけるIGBTのゲート−エミッタ間の電圧)に応じてオン又はオフするスイッチング機能を有し、コレクタとエミッタが母線中に挿入される半導体素子(例えば実施形態におけるIGBT)によって、前記母線を導通又は遮断するために、前記駆動信号を前記半導体素子のゲートに供給する、半導体素子の駆動装置(例えば実施形態における半導体素子駆動回路)において、
前記半導体素子がオンからオフに切り替わるときに、前記半導体素子のコレクタ電流の時間変化に基づいて帰還電圧を生成し、前記帰還電圧を前記駆動信号の電圧の一部として印加する帰還部(例えば実施形態におけるdi/dt帰還部)
を備えることを特徴とする。
【0015】
この発明によれば、帰還部は、[発明を実施するための形態]の欄で後述する、本発明の「di/dt自己帰還動作」を行うことができる。
これにより、半導体素子のスイッチング時において、スイッチング損失の増加を抑制しつつ、サージ電圧を低減することができる。
特に、この発明によれば、スイッチング損失の増加を抑制しつつ、半導体素子がターンオフ時に生ずるサージ電圧を低減することができる。
【0016】
この場合、前記帰還部は、
前記前記半導体素子のコレクタ電流の前記時間変化が、前記半導体素子のエミッタに寄生する浮遊インダクタンスにおいて一時的に蓄えられ、その後、前記浮遊インダクタンスから放出される電圧エネルギーに基づいて、前記帰還電圧を生成する、
ようにすることができる。
【0017】
この発明によれば、帰還部を、構成上避けられない回路の浮遊インダクタンスやプリント基板の配線インダクタンス、及び、幾つかの受動素子により実現できる。
即ち、新たな能動素子を付加することなく帰還部を実現し、当該帰還部を実装した半導体素子の駆動装置により、能動的なゲート制御を実現することが可能になる。
このように、新たな能動素子を付加することなく半導体素子の駆動装置を実現することができるので、当該半導体素子の駆動装置は、小型で極めて故障しにくいものになる。
【0018】
本発明の半導体素子の駆動方法は、上述した本発明の半導体素子の駆動装置に対応する方法である。従って、上述した本発明の半導体素子の駆動装置と同様の効果を奏することが可能になる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、スイッチング機能を有する半導体素子の駆動装置及び方法として、半導体素子のスイッチング時において、スイッチング損失の増加を抑制しつつ、サージ電圧を低減することが可能な、半導体素子の駆動装置及び方法を提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の「di/dt自己帰還動作」が適用された半導体素子駆動回路を含む、電子回路の一実施形態の概略構成を示す図である。
【図2】本発明の「di/dt自己帰還動作」を実現可能な制御ブロックを示している。
【図3】サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性が生じる従来の手法を説明する図である。
【図4】本発明の「di/dt自己帰還動作」が適用された場合のIGBTがターンオフするときのゲートの駆動の様子を示すタイミングチャートである。
【図5】図1の電子回路として、本発明の「di/dt自己帰還動作」をターンオフ時に適用したターンオフ基本モデルの概略構成を示す図である。
【図6】図5の電子回路のターンオフ基本モデルのフローチャートである。
【図7】図6のターンオフ基本モデルの電子回路、及び従来の電子回路の各々のターンオフ時の動作の結果を示すタイミングチャートである。
【図8】図6のターンオフ基本モデルの電子回路及び従来の電子回路の各々のターンオフ時における、サージ電圧と損失との関係の一例を示す図である。
【図9】図6のターンオフ基本モデルの実装の形態の概略構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0022】
図1は、本発明の半導体素子駆動回路13を含む電子回路1の一実施形態の概略構成を示す図である。
【0023】
電子回路1は、例えば、電気自動車用インバータのパワーモジュールの一部として採用することができる。電子回路1は、IGBT11と、FWD12と、半導体素子駆動回路13と、を備えている。
【0024】
IGBT11とFWD12とは、並列に、かつ入出力方向が逆方向に接続されている。
IGBT11は、インバータの電源線等の母線を接続又は遮断するスイッチング機能を有しており、IGBT11のゲートに与えられる駆動信号の電圧の大きさに応じて、即ち、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeの大きさに応じて、ターンオン又はターンオフする。
半導体素子駆動回路13は、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeを可変することによって、IGBT11のターンオン及びターンオフを制御する。
【0025】
半導体素子駆動回路13は、ゲート抵抗21と、電圧源22と、di/dt帰還部23と、を備えている。
電圧源22は、ゲート電圧Vggを出力し、その一端がIGBT11のエミッタに接続され、その他端がゲート抵抗21を介してIGBT11のゲートに接続される。
即ち、ゲート抵抗21は、その一端が電圧源22に接続され、他端がIGBT11のゲートに接続される。ゲート抵抗21は、その抵抗値Rgに応じて、ターンオン又はターンオフの過渡期にみられるIGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeの振動抑制や、IGBT11のスイッチング速度等を調整する機能を有している。
電圧源22が、ゲート電圧Vggを高値(ハイ)にすると、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeも高値(ハイ)になり、IGBT11がターンオンする。一方、電圧源22が、ゲート電圧Vggを低値(ロー)にすると、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeも低値(ロー)になり、IGBT11がターンオフする。
【0026】
di/dt帰還部23は、IGBT11が接続された母線を流れる電流時間変化に基づき帰還電圧VFBを生成し、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeの一部、即ち駆動信号の電圧の一部として加算する。
具体的にはここでは、di/dt帰還部23は、電子回路1の主電流であるIGBT11のコレクタ電流Icの時間的変化、即ち時間微分値dIc/dtに基づき帰還電圧VFBを生成し、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeの一部として加算する。
このようなdi/dt帰還部23の動作が、本発明が適用される動作であり、以下、従来の他の動作と区別すべく、特に「di/dt自己帰還動作」と呼ぶ。
【0027】
以下、本発明の「di/dt自己帰還動作」について、さらに詳しく説明する。
式(1)乃至式(11)は、本発明の「di/dt自己帰還動作」の原理を説明する式である。
【数1】

式(1)において、Iceは、IGBT11のコレクタ−エミッタ間の電流(コレクタ電流Icと等価)を示している。gmは、IGBT11の相互コンダクタンスを示している。Vgeは、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧を示している。VThは、IGBT11の閾値電圧を示している。
式(1)から、式(2)が得られる。
【数2】

式(2)に示すように、IGBT11のコレクタ−エミッタ間の電流IcEの時間変化は、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeと、IGBT11の相互コンダクタンスgmの時間変化に依存する。
IGBT11の相互コンダクタンスgmは、式(3)のように示される。
【数3】

式(3)において、αPNPは、エミッタ注入効率を示している。μnsは、チャネル内電子の平均移動度を示す。
式(3)から、式(4)が得られる。
【数4】

ここで、式(5)に示すようにKを定義する。
【数5】

以上の式(2)乃至式(5)から、式(6)が得られる。
【数6】

また、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeは、式(7)のように示される。
【数7】

式(7)において、VFBは、帰還電圧を示す。ここで、簡素化のためにゲート抵抗Rg=0とすると、式(7)から、式(8)が得られる。
【数8】

式(8)から、式(9)が得られる。
【数9】

式(9)より、ゲイン(大きさ)は2gmに、IGBT11のコレクタ−エミッタ間の電流Ice(コレクタ電流Icと等価)の時間的変化、即ち時間微分値dIc/dtは、帰還電圧FBに、それぞれ比例することがわかる。
ここで、IGBT11のコレクタ−エミッタ間の電流Ice(コレクタ電流Icと等価)の時間的変化、即ち時間微分値dIc/dtに比例した電圧を、帰還電圧VFBとしてフィードバックさせると、式(10)及び式(11)が得られる。
【数10】

【数11】

式(11)より、IGBT11のコレクタ−エミッタ間の電流Ice(コレクタ電流Icと等価)の時間的変化、即ち時間微分値dIc/dtは、自身の2階微分に比例することがわかる。
このように、本発明の「di/dt自己帰還動作」では、IGBT11のコレクタ電流Icの時間的変化、即ち時間微分値dIc/dtに比例した電圧が、帰還電圧VFBとなり、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeの一部として加算される。これにより、IGBT11のサージ電圧の発生が開始する領域であって、コレクタ電流Icの時間変化の変曲する領域において、最も高いゲインを得ること、即ち、dIc/dtに作用させることができる。
【0028】
図2は、上述した式(10)や式(11)により得られる制御ブロック、即ち本発明の「di/dt自己帰還動作」を実現可能な制御ブロックを示している。
図2に示すように、本発明の「di/dt自己帰還動作」は、加算ブロックB1と、ゲインブロックB2と、時間微分ブロックB3とから構成されるフィードバックループ制御系により実現される。
加算ブロックB1は、IGBT11のゲートに対応する。即ち、加算ブロックB1において、正(+)入力は、電圧源22からIGBT11のゲートへの入力に対応し、負(−)入力は、di/dt帰還部23からIGBT11のゲートへの入力に対応する。
di/dt帰還部23からIGBT11のゲートへの入力は、IGBT11のコレクタ電流Icの時間的変化、即ち時間微分値dIc/dtが時間微分ブロックB3においてさらに時間微分された電圧情報となる。
このように、本発明の「di/dt自己帰還動作」は、IGBT11のコレクタ電流Icの時間微分値dIc/dtがさらに時間微分された電圧情報が、帰還電圧VFBとして、IGBT11のゲートに負帰還することにより実現される。
【0029】
ここで、帰還電圧VFBの極性は、IGBT11がターンオンする時には、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeを下げる方向となり、IGBT11がターンオフする時には、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeを上げる方向となる。即ち、IGBT11のゲートにおいて、電流の時間的変化の変曲点(電流の2階時間微分)がゼロになるように、電流変化の度合に応じて、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeが自動的に増減することによって、IGBT11からのサージ電圧が自動的に抑制される。さらに、IGBT11のコレクタ電流Icの時間的変化、即ち時間微分値dIc/dtの状態は時々刻々と変化するが、この時々刻々と変化する状態は帰還されるので、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeが常に最適調整される。
【0030】
この場合の帰還ゲインは、ゲインブロックB2のゲイン、即ち、予めフィードバックループ制御系に設定された制御ゲインAgainと、IGBT11が有する相互コンダクタンスgmとの積で決定される。
一般的に、IGBT11の相互コンダクタンスgmは大きいゲインを有するので、制御ゲインAgainは比較的小さな値であっても、電流変化に影響を与え、サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性を理想的に改善する作用が生じる。さらに、この作用により、IGBT11個々のスイッチング速度のばらつきが自動的に最適化される。
即ち、特許文献1の従来の技術が、IGBTの最悪値に制御パラメータを合せる必要があるのに対して、本発明の「di/dt自己帰還動作」を適用することで、個体差によらず常に最適な状態で自動的にIGBT11を駆動させることが可能になる。
【0031】
このように、本発明の「di/dt自己帰還動作」を適用することにより、サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性を改善することができる。
ここで、図3を参照して、従来一般的に行われてきた手法(以下、「従来の手法」と呼ぶ)を説明することで、サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性の詳細について説明する。
【0032】
図3は、サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性が生じる従来の手法を説明する図である。
図3(A)は、従来の手法が適用された場合における、IGBTがターンオフするときのゲートの駆動の様子を示すタイミングチャートである。具体的には、図3(A)において、上から順に、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeと、コレクタ電流Icと、コレクタ−エミッタ間の電圧Vceと、の各々についてのタイミングチャートが示されている。
図3(A)の何れのタイミングチャートにおいても、実線が、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合が相対的に大きい場合の波形を示し、破線が、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合が相対的に小さい場合の波形を示している。
図3(B)は、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合の大小と、サージ電圧及びスイッチング損失と、の対応関係を示している。
【0033】
図3(A)に示すように、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合の大小に応じて、コレクタ電流Ic及びコレクタ−エミッタ間の電圧Vceの変化の仕方が異なる。
そこで、従来の手法では、ゲート抵抗(図1のゲート抵抗21に相当)の抵抗値Rgによって、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合を一意に決定することで、コレクタ電流Ic及びコレクタ−エミッタ間の電圧Vceの変化の仕方を決定付け、これにより、サージ電圧及びスイッチング特性の度合を決定していた。
即ち、過渡期におけるゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合を大きくすると、図3(A)及び図3(B)に示すように、コレクタ電流Icの変化速度が高速になることから、サージ電圧は大きくなる。一方で、コレクタ電流Ic及びコレクタ−エミッタ間の電圧Vceの各々の立上り及び立下りの速度が急峻になる分だけ、スイッチング損失は小さくなる。
逆に、過渡期におけるゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合を小さくすると、図3(A)及び図3(B)に示すように、コレクタ電流Icの変化速度が低速になることから、サージ電圧は小さくなる。一方で、コレクタ電流Ic及びコレクタ−エミッタ間の電圧Vceの各々の立上り及び立下りの速度が緩慢になる分だけ、スイッチング損失は大きくなる。
従来の手法では、このような過渡期におけるゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合を大きくさせる状態と小さくさせる状態とのうち何れか一方のみしか選択できない。従って、サージ電圧とスイッチング損失との特性のうち、何れか一方の特性を小さくすることはできても、そのトレードオフとして、他方の特性は大きくなることになる。
即ち、従来の手法を適用した場合、サージ電圧とスイッチング損失とはトレードオフの関係にあり、何れか一方の特性のみしか改善することができない。このような関係にあるサージ電圧とスイッチング損失の特性が、サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性と呼ばれているものである。
【0034】
このようなサージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性は、本発明の「di/dt自己帰還動作」を適用することにより改善することができる。
図4は、本発明の「di/dt自己帰還動作」が適用された場合のIGBT11がターンオフするときのゲートの駆動の様子を示すタイミングチャートである。
図4(A)は、「di/dt自己帰還動作」が適用されていない場合の従来のゲート−エミッタ間の電圧Vge、及び、本発明の「di/dt自己帰還動作」により発生する帰還電圧VFBのタイミングチャートである。即ち、図4(A)において、実線が、従来のゲート−エミッタ間の電圧Vgeの波形を示し、破線が、帰還電圧VFBの波形を示している。
図4(B)は、本発明の「di/dt自己帰還動作」が適用された場合のゲート−エミッタ間の電圧Vgeのタイミングチャートである。即ち、図4(A)と図4(B)とを比較すると容易にわかることであるが、本発明の「di/dt自己帰還動作」が適用された場合のゲート−エミッタ間の電圧Vgeとは、従来のゲート−エミッタ間の電圧Vgeに対して帰還電圧VFBが加算された電圧であり、以下、「電流自己帰還のゲート−エミッタ間の電圧Vge」と呼ぶ。
図4(C)は、コレクタ電流Icのタイミングチャートである。
図4(D)は、コレクタ−エミッタ間の電圧Vceのタイミングチャートである。
【0035】
図4(A)乃至図4(C)に示すように、コレクタ電流Icの変化が小さいときには、その時間微分値dIc/dtは0に近くなる。よって、帰還電圧VFBも0に近くなるため、電流自己帰還のゲート−エミッタ間の電圧Vgeは、従来のゲート−エミッタ間の電圧Vgeとほぼ同じ大きさとなる。このため、電流自己帰還のゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合も、従来のゲート−エミッタ間の電圧Vgeとほぼ同じく大きなものとなる。
これにより、コレクタ−エミッタ間の電圧Vceの立上りの速度も従来とほぼ同程度の急峻なものになり、スイッチング損失は小さくなる。
【0036】
その後、コレクタ電流Icが減少し始めると、その時間微分値dIc/dtが一定以上となる。その結果、一定以上の帰還電圧VFBが発生して、当該帰還電圧VFBが、従来のゲート−エミッタ間の電圧Vgeに対して加算された電圧が、電流自己帰還のゲート−エミッタ間の電圧Vgeとなる。このため、電流自己帰還のゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合が、従来のゲート−エミッタ間の電圧Vgeと比較して小さくなる。
これにより、コレクタ電流Icの変化の度合が、従来と比較して抑制されるので、図4(D)に示すように、サージ電圧も従来のもの(図3(A)参照)と比較して抑制される。
【0037】
このように、本発明の「di/dt自己帰還動作」を適用することで、電流自己帰還のゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化の度合が各区間において自動的に調整され、その結果、スイッチング損失の増加を抑制しつつ、サージ電圧の低減させる効果を奏することが可能になる。即ち、当該効果とは、サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性を改善することができる効果であると把握することができる。
【0038】
図5は、このような本発明の「di/dt自己帰還動作」をターンオフ時に適用した場合における、半導体素子駆動回路13を含む電子回路1の一実施形態の概略構成を示す図である。
図1と図5とを比較するに、電子回路1の構成のうち、di/dt帰還部23以外の構成は同様なものとなっている。即ち、図5は、di/dt帰還部23の構成例が示されている点が図1との差異点である。そこで、以下、図1との差異点、即ち、di/dt帰還部23の構成について説明する。
なお、本発明の「di/dt自己帰還動作」をターンオフ時に適用した場合の電子回路1は、図5に示す構成が基本となって、各種各様の形態で具現化(実装)される。そこで、以下、電子回路1の図5に示す構成を、「ターンオフ基本モデル」と呼ぶ。
【0039】
di/dt帰還部23は、di/dt検出部31と、ゲイン部32と、電圧源33と、を備えている。
di/dt検出部31は、IGBT11のコレクタ電流Icの時間的変化、即ち時間微分値dIc/dtを検出する。
ゲイン部32は、di/dt検出部31により検出された時間微分値dIc/dtに対して、所定のゲインを乗算する。
電圧源33は、ゲイン部32により所定のゲインが乗算された時間微分値dIc/dtに対応する大きさの電圧を、帰還電圧VFBとして出力する。
【0040】
図6は、図5の電子回路1のターンオフ基本モデルのフローチャートである。
図6において、IGBT11がターンオフしたことによるゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化が、IGBT11を介してコレクタ電流Icの変化になり、リアクタンスLsを介してサージ電圧△Vcepになるまでの一方向(同図中下方向)のフローは、従来から存在する。そこで、以下、かかるフローを「従来のフロー」と呼ぶ。
ターンオフ基本モデルでは、このような従来のフローに対してさらに、コレクタ電流Icの変化に対応する帰還電圧VFBの変化が負帰還されて、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeの変化に加算される。
【0041】
図7は、図5及び図6の電子回路1のターンオフ基本モデル、及び従来のフローに従って動作する電子回路(以下、「従来の電子回路」と呼ぶ)の各々のターンオフ時の動作の結果を示すタイミングチャートである。
図7(A)は、ゲート−エミッタ間の電圧Vgeのタイミングチャートである。
図7(B)は、コレクタ電流Icのタイミングチャートである。
図7(C)は、帰還電圧VFBのタイミングチャートである。
図7(D)は、コレクタ−エミッタ間の電圧Vceのタイミングチャートである。
図7(A)、図7(B)、及び図7(D)において、実線が、電子回路1のターンオフ基本モデルの波形を示し、破線が、従来の電子回路についての波形を示している。なお、帰還電圧VFBは従来の電子回路では存在しないので、図7(C)に示す帰還電圧VFBは、当然ながら、電子回路1のターンオフ基本モデルによるものである。
【0042】
詳細な原理については、図4を用いて上述した通りであるため、ここでは簡単に説明する。
図7(B)のコレクタ電流Icの減少が開始されるまでの区間、即ち同図中の「作用区間」となる前の区間では、図7(C)に示すように、電子回路1のターンオフ基本モデルでは帰還電圧VFBが発生しない。
このため、図7(A)に示すように、電子回路1のターンオフ基本モデルのゲート−エミッタ間の電圧Vge(実線の波形)は、従来の電子回路のゲート−エミッタ間の電圧Vge(破線の波形)とほぼ同様に変化していくことになる。
その結果、図7(D)に示すように、電子回路1のターンオフ基本モデルのコレクタ−エミッタ間の電圧Vce(実線の波形)の立上りの速度は、従来の電子回路のコレクタ−エミッタ間の電圧Vce(破線の波形)とほぼ同等に急峻なものとなる。
これにより、電子回路1のターンオフ基本モデルのスイッチング損失は、従来の電子回路とほぼ同程度の低レベルを維持することが可能になる。
【0043】
一方で、図7(B)のコレクタ電流Icが減少している区間、即ち同図中の「作用区間」では、図7(C)に示すように、電子回路1のターンオフ基本モデルにおいて帰還電圧VFBが発生する。
このため、図7(A)に示すように、電子回路1のターンオフ基本モデルのゲート−エミッタ間の電圧Vge(実線の波形)は、従来の電子回路のゲート−エミッタ間の電圧Vge(破線の波形)に対して、帰還電圧VFBが加算されたものになる。その結果、電子回路1のターンオフ基本モデルのゲート−エミッタ間の電圧Vge(実線の波形)の変化の度合が、従来の電子回路のゲート−エミッタ間の電圧Vge(破線の波形)と比較して小さくなる。
その結果、図7(B)に示すように、電子回路1のターンオフ基本モデルのコレクタ電流Ic(実線の波形)の変化の度合が、従来の電子回路のコレクタ電流Ic(破線の波形)と比較して抑制される。
これにより、図7(D)に示すように、電子回路1のターンオフ基本モデルのサージ電圧△Vcep(実線の波形の高低差)が、従来の電子回路のサージ電圧△Vcep(破線の波形の高低差)と比較して抑制される。
【0044】
図8は、電子回路1のターンオフ基本モデル及び従来の電子回路の各々のターンオフ時における、サージ電圧と損失との関係の一例を示す図である。
図8において、縦軸はサージ電圧△Vcepを示し、横軸はスイッチング損失を示している。また、実線は、電子回路1のターンオフ基本モデルについての、帰還ゲインを変化させた場合の各実測値をプロットしたものを結んだ曲線である。一方、破線は、従来の電子回路について、帰還ゲインを変化させた場合の各実測値をプロットしたものを結んだ曲線である。
図8に示すように、電子回路1のターンオフ基本モデルの帰還ゲインを最適化することによって、例えば同図の白抜き矢印の先が示すプロットに対応する帰還ゲインを採用することによって、従来の回路と比較して、スイッチング損失を増加させることなく、サージ電圧△Vcepを大幅に抑制することが可能になる。
なお、実測として、IGBT11のターンオフ速度が高速になるほど、サージ電圧△Vcepの改善効果が大きいことも判明した。
【0045】
次に、図9を参照して、このような図5及び図6の電子回路1のターンオフ基本モデルの実装の形態について説明する。
図9は、本発明の電子回路1U及び1Dが実装されたインバータの一部の構成を示している。
図9に示すように、電子回路1UのIGBT11U及び電子回路1DのIGBT11Dは同方向に直列接続され、当該直列接続は、主回路電源51及び平滑コンデンサ52と並列接続されている。具体的には、主回路電源51の正極端は、電子回路1UのIGBT11Uのコレクタ側に接続され、主回路電源51の負極端は、電子回路1DのIGBT11Dのエミッタ側に接続される。
例えば本インバータが電気自動車用インバータとして採用される場合には、電子回路1UのIGBT11U及び電子回路1DのIGBT11Dの直列接続が1単位として、同期電動機の3相分の負荷61に対しては、例えば3単位等の複数単位が並列接続されて用いられる。
【0046】
なお、以下の説明において、電子回路1U及び電子回路1Dの各々を区別する必要がない場合、符号「U」及び符号「D」は省略して、単に「電子回路1」と呼ぶことにする。そして、電子回路1と呼んでいる場合には、各構成要素についても、符号「U」及び符号「D」は省略して呼ぶことにする。
【0047】
半導体素子駆動回路13は、図1等を用いて上述したゲート抵抗21乃至di/dt帰還部23に加えてさらに、ゲイン部24と、抵抗25と、を備えている。
ゲイン部24は、電圧源22の両端のうちのIGBT11のゲート側の端と、ゲート抵抗21の両端のうちのIGBT11のゲートの逆側の端との間に接続される。抵抗25は、ゲート抵抗21Uの両端のうちのIGBT11のゲートの逆側の端と、IGBT11のエミッタとの間に接続される。
抵抗25は、ゲートの終端抵抗(ターミネート機能)であり、安全のために設けられている。
【0048】
di/dt帰還部23は、リアクタンス71と、ダイオード72と、可変抵抗73と、リアクタンス74と、を備えている。
ここで、リアクタンス71は、素子(部品)を採用してもよいが、本実施形態では、IGBT11のエミッタに必ず寄生する浮遊の配線インダクタンス成分である。同様に、リアクタンス74は、素子(部品)を採用してもよいが、本実施形態では、半導体素子駆動回路13とIGBT11との間の配線インダクタンス成分である。
従って、di/dt帰還部23を半導体素子駆動回路13に実装する場合に必要となる素子(部品)は、ダイオード72及び可変抵抗73のみとなる。
ダイオード72は、例えばショットキーバリアダイオード等で構成され、電圧源22の両端のうちIGBT11のエミッタ側の端にカソードが接続され、IGBT11のエミッタにアノードが接続される。
可変抵抗73は、抵抗25の両端のうちのIGBT11のエミッタ側の端と、電圧源22Dの両端のうちIGBT11のエミッタ側の端との間に接続される。
【0049】
図5の電子回路1のターンオフ基本モデルと、図9の構成の電子回路1とを比較するに、図5のdi/dt検出部31は、図9のリアクタンス71としての浮遊インダクタンス成分に対応する。
図5のゲイン部32は、図9の可変抵抗73を含む半導体素子駆動回路13の全体の電圧ゲイン(図2で説明した制御ゲインAgain)と、IGBT11の相互コンダクタンスgmとの積を帰還ゲインとして乗算する部分に対応する。
図5の電圧源33は、リアクタンス71から放出された電圧エネルギーに基づく電流がダイオード72を介して駆動回路に流れ込むまでの部分、即ち、帰還電圧VFBを、IGBT11のゲート−エミッタ間の電圧Vgeに加算する部分に対応する。
この場合、可変抵抗73は、帰還ゲインを調整する機能を発揮する。また、リアクタンス74は、帰還時定数を調整する機能を発揮する。
【0050】
ここで、このような図9の構成のdi/dt帰還部23による「di/dt自己帰還動作」について説明する。
【0051】
電子回路1UのIGBT11U及び電子回路1DのIGBT11Dの各々は、一方が導通状態の場合には他方が遮断状態となるように、電子回路1Uの半導体素子駆動回路13U及び電子回路1Dの半導体素子駆動回路13Dの各々により駆動される。
ここで、図9の例では、電子回路1UのIGBT11Uが遮断状態であって、電子回路1UのIGBT11Uが導通状態の場合の負荷61の接続形態が示されている。即ち、図9の例の初期状態では、電流は、主回路電源51の正極端、負荷61の端a及び端b、電子回路1DのIGBT11D、並びに、主回路電源51の負極端の順に流れている。
【0052】
このような初期状態で、電子回路1Uは静止状態のまま、電子回路1Dにおいて、半導体素子駆動回路13DによりIGBT11Dがターンオン動作後にターンオフしたとする。
この場合、IGBT11Dがターンオフするときのコレクタ電流Icの時間的変化、即ち時間微分値dIc/dtが、リアクタンス71Dにおいて一時的に蓄えられた後、電圧エネルギーとして放出される。放出された電圧エネルギーに基づく電流が、ダイオード72Dを介して電圧源22Dの両端のうちIGBT11Dのエミッタ側の端に流れ込むことにより、時間微分値dIc/dtに比例した電圧が帰還電圧VFB分だけ、IGBT11Dのゲート−エミッタ間の電圧Vgeの値が上昇する。即ち、帰還電圧VFBが加算される。
この場合の帰還電圧VFBは、次の式(12)により表わされる。
VFB = −Ls・dIc/dt ・・・(12)
【0053】
なお、逆の場合、即ち、電子回路1Uにおいて、半導体素子駆動回路13UによりIGBT11Uがターンオフする場合、半導体素子駆動回路13U側のdi/dt帰還部23Uによって、全く同様の「di/dt自己帰還動作」が行われる。
【0054】
以上説明した本実施形態によれば、次の(1)や(2)の効果を奏することが可能になる。
【0055】
(1)本実施形態の電子回路1の半導体素子駆動回路13は、本発明の「di/dt自己帰還動作」を行うことが可能なdi/dt帰還部23を備えている。
これにより、サージ電圧とスイッチング損失のトレードオフ特性を改善することができる。
【0056】
(2)特に本発明の「di/dt自己帰還動作」をターンオフ時に適用することで、即ち、図5の電子回路1のターンオフ基本モデルを適用することで、ターンオフ時において、スイッチング損失を従来よりも増加させることなく、サージ電圧を従来よりも大幅に抑制することが可能になる。
サージ電圧の抑制は、耐電圧近くまでIGBT11の動作が可能になるという効果に結びつく。また、スイッチング損失の維持(増加させないこと)は、IGBT11の製造バラつきを抑制し、ひいては、設計マージンを少なくして電子回路1全体の小型化やコストダウンが図れるという効果に結びつく。
【0057】
さらに、図9の構成の電子回路1を採用することで、di/dt帰還部23における帰還ゲインとして、可変抵抗73を含む半導体素子駆動回路13全体の電圧ゲイン(図2で説明した制御ゲインAgain)と、IGBT11の相互コンダクタンスgmとの積をそのまま利用することができる。これにより、次の(3)及び(4)の効果が得られる。
【0058】
(3)このような帰還ゲインと、IGBT11のコレクタ電流Icの時間的変化、即ち時間微分値dIc/dの帰還の効果とにより、IGBT11の特性や製造状のバラつきを吸収する効果がある。
その結果、IGBT11の個々の調整作業が不要になる。
また、負荷61を1相分負荷とする3相交流モータの駆動用のパワーモジュールとして、本実施形態の電子回路1が実装される場合等には、2つのIGBT11の直列接続が3つ用意され、これら3つの直列接続が並列接続される。このように、複数のIGBT11が並列接続されるような場合であっても、複数のIGBT11の選別や調整作業が不要になる。
【0059】
(4)IGBT11が将来技術進化する際に改善される相互インダクタンスgmやスイッチング速度はそのまま、帰還ゲインとして利用することができるので、上述した(1)や(2)の効果の度合をさらに高めることが可能になる。
【0060】
さらにまた、図9の構成の電子回路1を採用することで、次の(5)の効果を奏することも可能である。
(5)di/dt帰還部23の構成要素のうち、リアクタンス71やリアクタンス74については、電子回路1の構成上避けられない回路の浮遊インダクタンスやプリント基板の配線インダクタンスにより実現できる。その他のdi/dt帰還部23の構成要素についても、例えばショットキーバリアダイオード等で構成されるダイオード72や、可変抵抗73といった受動素子により実現できる。
即ち、新たな能動素子を付加することなく、di/dt帰還部23を実現し、当該di/dt帰還部23を実装した半導体素子駆動回路13により、能動的なゲート制御を実現することが可能になる。
このように、新たな能動素子を付加することなく半導体素子駆動回路13を実現することができるので、当該半導体素子駆動回路13は、小型で極めて故障しにくいものになる。
【0061】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
例えば、本発明は、IGBTのみならず、スイッチング機能を有する任意の半導体素子の駆動用として適用することができる。
即ち、本発明は、例えば、ゲートに与えられる駆動信号の電圧に応じてオン又はオフするスイッチング機能を有し、コレクタとエミッタが母線中に挿入される半導体素子によって、母線を導通又は遮断するために、駆動信号を半導体素子のゲートに供給する駆動回路に広く適用することができる。この場合、当該駆動回路は、母線を流れる電流の時間変化に基づいて帰還電圧を生成し、帰還電圧を駆動信号の電圧の一部として印加する帰還部を備えている。
換言すると、本発明は、電気自動車、電車、産業用装置等に用いられるインバータは勿論のこと、その他、電圧又は電流駆動型の任意の半導体素子を用いた任意の電流開閉器に適用することができる。
特に、図9の構成は、本発明の「di/dt自己帰還動作」を非常にシンプルな構成で実現できていることから、何れの電流開閉器の構成としても好適である。
【符号の説明】
【0062】
1 電子回路
11 IGBT
12 FWD
13 半導体素子駆動回路
21 ゲート抵抗
22 電圧源
23 di/dt帰還部
24 ゲイン部
25 抵抗
31 di/dt検出部
32 ゲイン部
33 電圧源
51 主回路電源
52 平滑コンデンサ
61 負荷
71 リアクタンス
72 ダイオード
73 可変抵抗
74 リアクタンス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲートに与えられる駆動信号の電圧に応じてオン又はオフするスイッチング機能を有し、コレクタとエミッタが母線中に挿入される半導体素子によって、前記母線を導通又は遮断するために、前記駆動信号を前記半導体素子のゲートに供給する、半導体素子の駆動装置において、
前記半導体素子がオンからオフに切り替わるときに、前記半導体素子のコレクタ電流の時間変化に基づいて帰還電圧を生成し、前記帰還電圧を前記駆動信号の電圧の一部として印加する帰還部
を備える半導体素子の駆動装置。
【請求項2】
前記帰還部は、
前記半導体素子のコレクタ電流の前記時間変化が、前記半導体素子のエミッタに寄生する浮遊インダクタンスにおいて一時的に蓄えられ、その後、前記浮遊インダクタンスから放出される電圧エネルギーに基づいて、前記帰還電圧を生成する、
請求項1に記載の半導体素子の駆動装置。
【請求項3】
ゲートに与えられる駆動信号の電圧に応じてオン又はオフするスイッチング機能を有し、コレクタとエミッタが母線中に挿入される半導体素の駆動方法において、
前記母線を導通又は遮断するために、前記駆動信号を前記半導体素子のゲートに供給する駆動装置が、
前記半導体素子がオンからオフに切り替わるときに、前記半導体素子のコレクタ電流の時間変化に基づいて帰還電圧を生成し、前記帰還電圧を前記駆動信号の電圧の一部として印加する、
ステップを含む半導体素子の駆動方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−39457(P2012−39457A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−178784(P2010−178784)
【出願日】平成22年8月9日(2010.8.9)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】