説明

撥水親水表面を有する基材の製造方法

【課題】フォトレジストパターン形成工程、およびエッチング工程を不要とし、簡素な工程で、大規模な設備、真空装置あるいは高エネルギー光源などの特別な装置を準備しなくても所望のパターンニングを容易に達成できる、実用性の高い撥水親水表面を有する基材の提供。
【解決手段】基材に、ケイ素原子に結合した水素原子が存在する撥水表面を形成する工程(1)、つぎに、工程(1)で形成した撥水表面の所望領域を、光照射によって塩基を発生する光塩基発生剤(B)と水との存在下に光照射して、該所望領域の撥水表面のケイ素原子に結合した水素原子を水酸基に変換することにより、ケイ素原子に結合した水酸基が存在する親水表面を形成させる工程(2)を順に行うことを特徴とする撥水親水表面を有する基材の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、撥水親水表面を有する基材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、半導体素子、ディスプレー、発光素子などの分野において、多くの種類の機能性薄膜が実用化されている。機能性薄膜は、所望特性を有する材料を所望位置に配置させてパターン化したもので、たとえば配線、電極、絶縁層、発光層、光学薄膜などとして利用されている。高精細なパターンが要求される機能性薄膜の作製には、従来、一般的にフォトリソグラフィーが広く適用されている。しかしフォトリソグラフィーにより機能性薄膜を得るには、目的材料で形成した膜上に、一旦フォトレジスト膜を積層し、これを露光し、現像してフォトレジストパターンを作製する工程を要するため、工程が複雑で、エネルギー、材料等の利用効率が低く、またクリーンルーム内で実施する必要があり、設備コストが高価となるという課題が付随する。
【0003】
フォトリソグラフィーに代わるパターン形成方法としてインクジェット法が提案され、機能性薄膜を簡易に作製しうる方法として期待されている。しかしながらインクジェット法は、位置精度等の課題を有し、高精細なパターンを形成することは困難な状況である。このようなインクジェット法あるいは印刷などのインク(機能性液体)によりパターンを形成する方法において、予め基材表面上に、インクを受容しない部位と受容する部位、つまり撥水部位と親水部位とからなる撥水親水のパターンをもつ下地膜を形成することにより、インクで形成されるパターンの位置精度を向上させる方法が提案されている。
【0004】
たとえば、露光時の光触媒の作用により、共存物質の濡れ性を変化させるか、または分解除去することにより、印刷インクあるいはトナーを受容もしくは反発するパターンを形成する方法が提案されている(特許文献1参照)。ここでは、光触媒として酸化チタンなどの金属酸化物が使用され、光触媒の作用により濡れ性が変化する物質として界面活性剤が使用される。また、光触媒の結着剤として必要に応じて使用されるシロキサン結合(−Si−O−)の主骨格を有するシリコーン樹脂は、光触媒作用により、シリコーン分子のケイ素原子に結合した有機基が酸素含有基に置換されて濡れ性が向上することが開示されている。
【0005】
また、基板表面を親水化処理した後、化学気相蒸着法によりフッ化アルキルシランの有機単分子膜を形成する方法が提案されている(特許文献2参照)。該方法においては、基板表面の親水化処理として、具体的に、単結晶シリコン(自然酸化膜表面SiO)、ポリエチレンフィルム、ガラスなどの基板の表面を、Xeエキシマランプの紫外光(172nm)あるいは酸素プラズマにより親水化処理することが示されている。また有機単分子膜のパターニングは、上記と同じ紫外光(172nm)または電子ビームを照射して、その一部を除去している。また、パターニング後に残存するフッ化アルキルシランの単分子膜をエッチングのレジスト膜とすることも開示されている。
【0006】
【特許文献1】特開平11−344804号公報
【特許文献2】特開2000−282240号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の各法により実用性のある撥水親水パターンを形成するには、200nm未満の高エネルギー光を必要としたり、長時間の光照射を要する。
本発明は、フォトレジストパターンを形成するための工程、およびエッチング工程を不要とし、したがってこれら工程の実施による不利益を生じないとともに、簡素な工程でかつ大規模な設備、真空装置あるいは高エネルギー光源などの特別な装置を準備しなくても所望の撥水親水パターンニングを容易に行うことができる、実用性の高い撥水親水表面を有する基材の製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的は、以下の本発明により達成することができる。
<1>下記工程(1)および工程(2)を順に行うことを特徴とする撥水親水表面を有する基材の製造方法。
工程(1):基材に、ケイ素原子に結合した水素原子が存在する撥水表面を形成する工程。
工程(2):工程(1)で形成した撥水表面の所望領域を、光照射によって塩基を発生する光塩基発生剤(B)と水との存在下に光照射して、該所望領域の撥水表面のケイ素原子に結合した水素原子を水酸基に変換することにより、ケイ素原子に結合した水酸基が存在する親水表面を形成させる工程。
【0009】
<2>工程(1)で形成する撥水表面が、基材上に、ケイ素原子に結合した水素原子の1個以上とケイ素原子に結合した加水分解性基の1個以上とを有するヒドロシラン(A)または該ヒドロシラン(A)の加水分解物を塗布することによって形成するシリコーン膜からなる撥水表面である前記記載の製造方法。
【0010】
<3>ヒドロシラン(A)が、H−SiX(R)3−n(Xは加水分解性基、Rは一価有機基、nは1〜3の整数)である前記記載の製造方法。
<4>ヒドロシラン(A)のXがアルコキシ基でありnが3である前記記載の製造方法。
<5>シリコーン膜が、ヒドロシラン(A)またはヒドロシラン(A)の加水分解物とともに、光塩基発生剤(B)を含む膜である前記記載の製造方法。
<6>工程(2)が、工程(1)で形成した撥水表面に、光塩基発生剤(B)を塗布し、つぎに水の存在下に光照射を行う工程である、前記記載の製造方法。
【0011】
<7>光塩基発生剤(B)が200〜800nmの波長を有する光を吸収する構造を有する化合物からなり、光照射反応を、200〜800nmの波長を有する光を照射することにより行う前記記載の製造方法。
<8>工程(2)の光照射を、フォトマスクを介して光を照射することにより行う前記記載の製造方法。
<9>撥水親水表面が、親水表面と撥水表面が所望のパターンを形成してなる表面である前記記載の製造方法。
<10>親水表面の水に対する接触角が50度以下であり、撥水表面の水に対する接触角が80度以上である前記記載の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明では、ケイ素原子に結合した水素原子(Si−H)が存在する撥水表面を有する基材、特には水素原子結合部位が残存する撥水性のシリコーン膜をベース材料とし、その所望領域を光照射による塩基生成反応により親水化することにより、1つの膜内に撥水親水パターンを形成することができる。この光塩基発生剤として、200nm以上の光照射で塩基を発生する化合物を用いれば汎用の光源を用いて上記パターニングを行うことができる。また、残余の領域は、より一層の撥水化処理することもできる。したがって、フォトレジストパターンを形成するための工程、およびエッチング工程を必要とせず、これら工程の実施による不利益を生じないとともに、大規模な設備、真空装置あるいは高エネルギー光源などの特別な設備、光源などを特別に準備しなくても、汎用の安価な光源を利用して、全体に簡素な工程で撥水親水パターンの機能性薄膜が形成した基材を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明に係る撥水親水表面を有する基材の製造方法を概念的に示す図1を参照しながら、本発明を具体的に説明する。
本発明における撥水親水表面とは、撥水表面と親水表面とが併存する表面をいい、撥水表面とはSi−Hが存在する表面を、親水表面とはSi−OHが存在する表面である。まず本発明では、基材にケイ素原子に結合した水素原子が存在する撥水表面を形成する工程(1)を行う。
【0014】
基材としては、ガラス;シリコンウェハー;Pd、Pt、Ru、Ag、Au、Ti、In、Cu、Cr、Fe、Zn、Sn、Ta、W、またはPb等の金属;PdO、SnO、In、PbO、またはSb等の金属酸化物;HfB、ZrB、LaB、CeB、YB、またはGdB等の硼化物;TiC、ZrC、HfC、TaC、SiC、またはWC等の炭化物;TiN、ZrN、またはHfN等の窒化物;SiまたはGe等の半導体;カーボン;ポリイミド、ポリスチレン、ポリエチレンテレフタレート、またはポリテトラフルオロエチレン等の樹脂;等の材料からなる基材から選択でき、ガラスが好ましい。
【0015】
基材の形状としては、特に限定されず、平面、曲面、または部分的に曲面を有する平面が好ましく、平面がより好ましい。また基材の面積も特に限定されず、従来の塗布方法が適用できる限りの大きさの面を有する基材を採用できる。また、Si−Hが存在する撥水表面は平面上の基材の片面に形成するのが好ましい。
【0016】
工程(1)は、下記方法によるのが好ましい。
方法(1−1):Si−Hの1個以上とケイ素原子に結合した加水分解性基の1個以上とを有するヒドロシラン(A)または該ヒドロシラン(A)の加水分解物を塗布して、ケイ素原子に結合した水素原子を表面に有するシリコーン膜からなる撥水表面を形成する方法。
方法(1−2):Si−H基に変換される表面を有する基材の該変換されうる基をSi−H基に変換する方法。
該方法(1−2)としては、シリコンウエハを用いて、該ウエハ表面をHF水溶液またはNHF水溶液で処理することによって、表面にH−Siを形成させうる。該方法としては、J.AM.CHEM.SOC.,2005,Vol.127,No.8,2514−2523等に記載される方法が挙げられる。
【0017】
方法(1−1)は方法(1−2)よりも簡便であり好ましい。図1は方法(1−1)によりシリコーン膜を形成する方法を示している。方法(1−1)では、まず、基材(図1における1)の表面に、ヒドロシラン(A)またはその加水分解物をベース材料としてシリコーン膜(図における2)を形成する。このヒドロシラン(A)は、ケイ素原子に結合した水素原子(Si−H)を含有し、膜形成性のケイ素化合物である。ヒドロシラン(A)から形成されるシリコーン膜は、これに制限されないが、たとえばシロキサン結合(−Si−O−)の主骨格を有する。一方、上記ヒドロシラン(A)の有する水素原子結合部位Si−Hは、膜骨格の形成に関与しない自由結合手として、シリコーン膜中にそのまま残存する。このようなヒドロシラン(A)から形成されるシリコーン膜は、そのままで撥水性を示す。
【0018】
ヒドロシラン(A)は、Si−Hを含有し、自己組織的に膜を形成しうるケイ素化合物から選択されるのが好ましく、塗布性、入手容易性、さらには基材との密着性などを考慮すると、H−SiX(R)3−n(Rは一価有機基、Xは加水分解性基、nは1〜3の整数)で示されるヒドロシランが好ましい。
上記Xは、ハロゲン原子、アルコキシ基、アセトキシ基、ケトオキシム基が好ましく、ハロゲン原子、アルコキシ基がより好ましく、Cl−、CHO−、CO−が最も好ましい。このXは加水分解反応により水酸基に変換される。またRが含まれる場合には、炭素原子数1〜5のアルキル基が好ましく、炭素原子数1〜3のアルキル基がより好ましく、メチル基が最も好ましい。
nは2〜3が好ましく、3がより好ましい。nが3であるとヒドロシラン(A)は、一般的な基材に対し優れた密着性を発現する。
【0019】
このようなヒドロシラン(A)の具体例としては、H−Si(OCHCH、H−Si(OCH、H−SiClなどが挙げられる。これらは、東京化成工業株式会社などから市販品として入手可能である。
【0020】
方法(1−1)において、ヒドロシラン(A)の加水分解物を塗布する場合としては、
H−SiX(R)3−nで示されるヒドロシランを加水分解して、Xの一部または全部が水酸基になった化合物を調製して用いるのが好ましい。たとえば、上記H−SiX(R)3−n中のXがアルコキシ基の場合に、塗布前にアルコキシ基を加水分解する態様が挙げられる。加水分解の方法としては、H−SiX(R)3−nを溶媒に溶解し、1×10−2〜2×10−1モル/Lの塩酸水溶液を入れ1〜20時間程度、室温にて撹拌する方法が好ましい。塩酸水溶液は、アルコキシ基のモル数に対して、水の量が0.5〜50等量になる量で導入すればよい。
【0021】
上記H−SiX(R)3−n中のXがハロゲン原子の場合は、一般に、溶媒に溶解して塗布するだけで加水分解して−Si−O−結合を生じるが、塗布前に水を導入して発生する酸により加水分解してもよい。
【0022】
H−SiX(R)3−nの加水分解では、アルコキシ基またはハロゲン原子であるXの一部または全部が加水分解されて水酸基に変換され、さらに任意の分子間で縮合反応がおこり−Si−O−Si結合ができる。通常の方法で加水分解した生成物中には、H−SiX(R)3−nの一部または全部が加水分解物された化合物、および該化合物の加水分解縮合物が含まれている。本発明におけるヒドロシラン(A)の加水分解物には、ヒドロシラン(A)の一部または全部が加水分解された化合物および縮合反応の生成物であって、かつSi−Hを有する化合物の全てが含まれる。また以下において、ヒドロシラン(A)とヒドロシラン(A)の加水分解物を総称して、ヒドロシラン(A’)と記す。
【0023】
ヒドロシラン(A’)は、有機溶媒に溶解させて基材に塗布することが好ましい。この有機溶媒は、特に限定されないが、アルコール類、ケトン類、芳香族炭化水素類、パラフィン系炭化水素類が好ましく、エチルアルコール、2−プロピルアルコール等の低級アルコール類またはパラフィン系炭化水素類がより好ましい。有機溶媒は、1種を用いてもよく、2種以上を併用して、極性、蒸発速度などを調節してもよい。有機溶媒は、ヒドロシラン(A’)/有機溶媒(質量比)=1/10〜1/1000が好ましく、5/100〜5/1000がより好ましい。ヒドロシラン(A’)を、このような量比の有機溶媒の溶液として用いると、良好な塗布性が得られ、ベースとなるシリコーン膜を均一な薄膜で形成することができる。
【0024】
塗布方法としては、スピンコート、ディップコートを用いることができる。
方法(1−1)により工程(1)を実施した場合に形成するシリコーン膜は、シロキサン(−Si−O−)が連なる主骨格を有し、かつ、Si−Hが存在するため、通常は撥水性である。該シリコーン膜の膜厚は0.1〜100nmが好ましく、本発明の製造方法により得られる撥水親水膜の膜厚も0.1〜100nmが好ましい。
【0025】
工程(2)は、工程(1)で形成した撥水表面、好ましくはヒドロシラン(A’)から形成される撥水性のシリコーン膜の所望領域を親水化処理し、親水撥水表面を形成する工程である。本発明では、この親水化処理を、水、および光塩基発生剤(Photobase Generator)(B)の存在下において光照射することにより行う。
【0026】
光塩基発生剤(B)は、光照射により塩基を発生して光反応を起こさせる化合物であり、東京化成工業株式会社等から光重合開始剤(Photopolymerization Initiators)として市販されている化合物のうち、塩基を発生する化合物を使用できる。
光塩基発生剤が発生する塩基としては、アミン(NH、RNH(Rはアルキル基等の1価有機基)等のアミン化合物。)、アミンアニオン(NH)、ヒドロキシアニオン(OH)などが挙げられる。光塩基発生剤としては公知の化合物を使用することができ、200nm以上で塩基を発生しうる化合物が好ましく使用される。
【0027】
たとえば、アミンを発生する化合物としては、4,4’−[Bis[[(2−nitrobenzyl)oxy]carbonyl]trimethylene]dipiperidine(4,4’−[ビス[[(2−ニトロベンジル)オキシ]カルボニル]トリメチレン]ジピペリジン)(Journal of Photopolymer science and Technology 2003,16,81−82.,Macromolecules 1997,30,1304−1310参照)などが例示される。
【0028】
またヒドロキシアニオンを発生する化合物としては、European Journal of Medicinal Chemistry 1989, 24, 391−396に従って合成される9−hydroxy−10−methyl−9−phenyl−9,10−dihydroacridine(9−ヒドロキシ−10−メチル−9−フェニル−9,10−ジヒドロアクリジン)(J.Chemical Communications(Cambridge)1996,605−606参照)などが例示される。
【0029】
たとえば、上記9−ヒドロキシ−10−メチル−9−フェニル−9,10−ジヒドロアクリジンは、汎用光源である高圧水銀ランプの紫外線照射により光反応を生起してヒドロキシアニオンを発生することができる。ヒドロキシアニオン発生のメカニズムを下記に示す。
【化1】

【0030】
図1には、光塩基発生剤(B)として、光照射によりヒドロキシアニオンを発生し、これによりシリコーン膜中のSi−HをSi−OHとし、所望領域を親水化する好ましい態様例を示す。
【0031】
本発明においては、撥水表面に、好ましくはシリコーン膜のSi−Hに、塩基を作用させて親水表面とするために、光塩基発生剤(B)の存在下で光照射を行う。撥水表面がシリコーン膜からなる場合においては、光塩基発生剤(B)をシリコーン膜中に含ませてもよく、シリコーン膜上に積層してもよい。
【0032】
所望する領域内でのみ親水化を行い、かつ他の領域で親水化を起こさない方法としては、光塩基発生剤(B)を共存させた膜の所望領域のみに選択的に光を照射する方法、または所望領域のみに光塩基発生剤(B)を共存させる方法、が挙げられ、前者の方法が好ましい。
【0033】
該前者の方法としては、ヒドロシラン(A)の塗布液中に光塩基発生剤(B)を含ませることにより、光塩基発生剤(B)を含むシリコーン膜を形成する方法、またはヒドロシラン(A’)からシリコーン膜を形成した後に光塩基発生剤(B)からなる層をシリコーン膜全域にわたって積層することによって、光塩基発生剤(B)がシリコーン膜の全域において前記ケイ素原子に結合した水素原子と共存する状態をつくる方法、が挙げられる。光塩基発生剤(B)とヒドロシラン(A’)とをそれぞれ塗布する場合には、ヒドロシラン(A’)の溶液の調製に使用する有機溶媒と、光塩基発生剤(B)の調製に使用する有機溶媒とを同一溶媒とするのが好ましい。
該後者の方法としては、シリコーン膜の所望領域のみに光塩基発生剤(B)を積層する方法が挙げられる。
【0034】
つぎに光照射の手法としては、図1に示すようにフォトマスク(図における3)を介して所望領域に光照射する方法が挙げられる。このように光塩基発生剤(B)の存在下に光照射を行った領域は、該領域内に存在するH−Siの少なくとも1つが、Si−OHも変換され、該領域に親水化表面が形成される。
【0035】
光塩基発生剤(B)は、通常、光照射により発生する塩基が、基材表面に存在するSi−Hの理論量に対して、(通常は該理論量とは、ヒドロシラン(A’)中のSi−H量として求められる。)に対して、0.01〜1倍モルになる量で使用することができる。またこのとき存在させる水は、基材表面に存在するSi−Hの理論量に対して0.01〜1倍モルになる量が好ましい。親水化に関与する水は、通常の場合には、光照射時に大気中に存在する水や光塩基発生剤(B)を有機溶媒を用いて塗布した場合の該有機溶媒中に含まれる水が利用できる。
【0036】
照射する光の波長は、200〜800nmが好ましく、250〜600nmがより好ましく、300〜400nmが最も好ましい。通常は紫外線を用いるのが簡便である。光波長が該範囲にあると、基材を構成する材料自体を分解しない。光の光源としては、低圧水銀ランプ、高圧水銀ランプ、超高圧水銀ランプ、キセノンランプ、ナトリウムランプ、窒素等の気体レーザー、有機色素溶液の液体レーザー、無機単結晶に希土類イオンを含有させた固体レーザー等が挙げられる。また、単色光が得られるレーザー以外の光源としては、広帯域の線スペクトル、連続スペクトルをバンドパスフィルター、カットオフフィルター等の光学フィルターを使用して取出した特定波長の光を使用してもよい。一度に大きな面積を照射することができることから、光源としては高圧水銀ランプまたは超高圧水銀ランプが好ましい。広い領域のUV波長帯で光を確保するために、さらに光増感剤を併用してもよい。
【0037】
上記で親水化されず、残余のSi−Hが存在する領域は、撥水性を示す。したがって光照射を、パターンを有するフォトマスクを介して行った場合には、撥水性領域と、親水性領域とで構成される撥水親水パターンが形成される。本発明では、上記のような撥水性領域、親水性領域として、それぞれ5μmまたはそれ以下のパターンを形成することができる。
【0038】
本発明では、撥水性および親水性は、水に対する接触角で評価することができる。静滴法による測定値で、本発明の撥水性領域の接触角は、通常80度以上であり、100度以上が好ましく、110度以上が最も好ましい。また、親水性領域の接触角は、通常50度以下であり、40度以下が好ましく、20度以下が最も好ましい。
上記撥水性領域は、水素原子をフッ素原子含有基、炭化水素基等のより撥水性に優れる撥水性基に置換することもでき、これにより撥水性領域をpH変動に対し安定化することができる。
【実施例】
【0039】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。実施例で使用するガラス基板は、10cm四方の厚さ2mmソーダライム系ガラス基板の表面を、酸化セリウム系微粒子を含む研磨剤で研磨洗浄し、純水ですすいで風乾したものである。
水に対する接触角は、静滴法により、JIS R3257「基板ガラス表面のぬれ性試験方法」に準拠して、基板上の測定表面の3ケ所に水滴を載せ、各水滴について測定した。接触角は、これら3測定値の平均値(n=3)で示す。
【0040】
[例1]
100mLのガラス製容器に、H−Si(OCHCH(東京化成(株)製)の0.5g、イソプロパノールの50g、0.1モル/LのHClの0.16gを装入して20時間撹拌し、ヒドロシランの加水分解溶液を調製した。
この溶液の2mLをガラス基板に滴下し、3000rpmで20秒間スピンコートして、シリコーン膜層を形成した。
次いで、5gのイソプロパノールに、0.27gの9−hydroxy−10−methyl−9−phenyl−9,10−dihydroacridine(東京化成(株)販売のN−methyl−9−acridoneを原料として、European Journal of Medicinal Chemistry 1989,24,391−396の393頁記載の方法に従い合成した)を溶解して調製したPBG溶液の2mLを、上記シリコーン膜層表面に滴下し、3000rpmで20秒間スピンコートした。
【0041】
上記シリコーン膜表面に、高圧水銀ランプ(アイグラフィックス社製)を用い、1cm×1cmの開孔パターンを有するフォトマスクを介して、紫外線を400mJ/cmの光量で、部分的に照射した。
紫外線照射後のシリコーン膜表面を蒸留水ですすいだ後、シリコーン膜表面の水に対する接触角を測定したところ、非照射部分の接触角は92度、紫外線照射部分の接触角は5度であった。
すなわち、撥水性(接触角92度)のシリコーン膜表面の所望領域が親水化(接触角5度)された撥水親水パターンのシリコーン膜が形成されたことが確認された。
【0042】
[例2]
例1で合成したヒドロシランの加水分解溶液5gに、例1で合成したPBG溶液の0.1gを入れた。
この溶液の2mLをガラス基板に滴下し、3000rpmで20秒間スピンコートして、シリコーン膜層を形成した。
【0043】
上記シリコーン膜表面に、高圧水銀ランプ(アイグラフィックス社製)を用い、1cm×1cmの開孔パターンを有するフォトマスクを介して、紫外線を400mJ/cmの光量で、部分的に照射した。
紫外線照射後のシリコーン膜表面を蒸留水ですすいだ後、シリコーン膜表面の水に対する接触角を測定したところ、非照射部分の接触角は92度、紫外線照射部分の接触角は5度であった。
すなわち、撥水性(接触角92度)のシリコーン膜表面の所望領域が親水化(接触角5度)された撥水親水パターンのシリコーン膜が形成されたことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の撥水親水表面を有する基材は、それ自体が機能の基板であり、またさらなる機能性パターンの形成に使用できる。たとえば、インクジェットプリンティングにより機能性インクを表面の親水性領域に噴射することにより、鮮明な機能性材料のパターンが容易に形成できる。該機能性インクとして親水性インクを用いる場合には、撥水表面のSi−Hを変化させない中性のインクを用いるのが好ましい。撥水性親水性パターンを有する基材は、親水性領域に機能性インクを含ませ、該機能性インクを別の基材に転写することにより、マイクロコンタクトプリンティング用のスタンプとしての用途を有する。親水性領域は、シランカップリング剤などの化合物との反応部位としても利用可能であり、異種材料からなるパターニングに応用可能である。また、非親水化領域のH−Si結合の水素原子を、ヒドロシリル化反応等により異種の基に変換することが可能である。たとえば炭化水素基等の親油性の基で置換すれば印刷の製版作りにも応用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の撥水親水表面を有する基材の製造方法を模式的に説明する図。
【符号の説明】
【0046】
1…基材
2…シリコーン膜
3…フォトマスク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程(1)および工程(2)を順に行うことを特徴とする撥水親水表面を有する基材の製造方法。
工程(1):基材に、ケイ素原子に結合した水素原子が存在する撥水表面を形成する工程。
工程(2):工程(1)で形成した撥水表面の所望領域を、光照射によって塩基を発生する光塩基発生剤(B)と水との存在下に光照射して、該所望領域の撥水表面のケイ素原子に結合した水素原子を水酸基に変換することにより、ケイ素原子に結合した水酸基が存在する親水表面を形成させる工程。
【請求項2】
工程(1)で形成する撥水表面が、基材上に、ケイ素原子に結合した水素原子の1個以上とケイ素原子に結合した加水分解性基の1個以上とを有するヒドロシラン(A)または該ヒドロシラン(A)の加水分解物を塗布することによって形成するシリコーン膜からなる撥水表面である請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
ヒドロシラン(A)が、H−SiX(R)3−n(Xは加水分解性基、Rは一価有機基、nは1〜3の整数)である請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
ヒドロシラン(A)のXがアルコキシ基でありnが3である請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
シリコーン膜が、ヒドロシラン(A)またはヒドロシラン(A)の加水分解物とともに、光塩基発生剤(B)を含む膜である請求項2〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
工程(2)が、工程(1)で形成した撥水表面に、光塩基発生剤(B)を塗布し、つぎに水の存在下に光照射を行う工程である、請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
光塩基発生剤(B)が200〜800nmの波長を有する光を吸収する構造を有する化合物からなり、光照射反応を、200〜800nmの波長を有する光を照射することにより行う請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
工程(2)の光照射を、フォトマスクを介して光を照射することにより行う請求項1〜7のいずれかに記載の製造方法。
【請求項9】
撥水親水表面が、親水表面と撥水表面が所望のパターンを形成してなる表面である請求項1〜8のいずれかに記載の製造方法。
【請求項10】
親水表面の水に対する接触角が50度以下であり、撥水表面の水に対する接触角が80度以上である請求項1〜9のいずれかに記載の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−189819(P2006−189819A)
【公開日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−354264(P2005−354264)
【出願日】平成17年12月8日(2005.12.8)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】