説明

車両用ディスクブレーキ装置

【課題】 保守性を低下させずに、且つ、低コストでキャリパの復帰不良を防止することができる車両用ディスクブレーキ装置を得る。
【解決手段】 フローティング・キャリパ式のディスクブレーキ装置1において、サポート22又はキャリパ25に固定されてその固定部位に振動を加える加振素子41と、加振素子41を作動させる制御手段43とを備え、制御手段43は、車両の制動解除後の加速時に加振素子41に振動を発生させて、振動により、ガイドピン30a及びロックピン30bによる嵌合部における摺動抵抗を低減させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フローティング・キャリパ式の車両用ディスクブレーキ装置に関し、特に、制動解除後の空転時に案内ピンの案内穴内での引っ掛かりによるキャリパの復帰不良を防止するための改良に関する。
【背景技術】
【0002】
フローティング・キャリパ式の車両用ディスクブレーキ装置は、通常、車軸に固定されるロータと、このロータの軸方向に移動自在にロータを挟んで対向配置されるパッドと、ロータの一側のパッドをロータに押圧するピストンを内蔵すると共にロータの他側のパッドの背面を押さえる爪部を有したキャリパと、該キャリパの支持のために車体に固定装備されたサポートと、前記キャリパを前記ロータの軸方向に移動可能に前記サポートに連結する案内ピンとを備えている。
【0003】
このような車両用ディスクブレーキ装置では、制動時に、ロータの高温時変形、特に半径方向アウタ側へのロータ倒れにより、キャリパに嵌まり合う案内ピンの軸がサポートの案内穴に対して傾いた状態のままになっていると、制動解除後の高速回転時に徐々に冷却したロータが元の形状に戻るにつれて一緒に復帰しようとするキャリパに大きな摺動抵抗が働き、案内ピンの引っ掛かりによるキャリパの復帰不良が発生する。
【0004】
このようなキャリパの復帰不良の発生は、同時に、各パッドのロータからの離脱不良を招き、特に高速空転時のパッドの引き摺りや、ロータの局部摩耗等の問題を招く。
【0005】
そこで、キャリパの復帰不良の発生を防止するために、案内ピンの嵌合部に、摺動抵抗低減材を介在させる技術(例えば、特許文献1参照)や、ロータを挟んで対向配置される一対のパッドの内、アウタパッドはキャリパの爪部に固定し、アウタパッドの押圧中心とインナパッドの押圧中心(即ち、ピストンの押圧中心)とをオフセットさせる技術(例えば、特許文献2参照)が提案されている。
【0006】
【特許文献1】特開平9−32871号公報
【特許文献2】特開平7−217678号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところが、特許文献1に記載の技術では、案内ピンに作用する拗り力で案内ピンの嵌合部に介在させた摺動抵抗低減材の耐久性の問題でその局部摩耗が発生すると、逆に案内ピンがこの摺動抵抗低減材の局部に引っかかってキャリパの復帰不良を招く原因となってしまう。そのため、摺動抵抗低減材に局部摩耗が生じていないか定期的に点検することが必要になるが、摺動抵抗低減材の点検には、案内ピンの嵌合部を分解しなければならないため、保守性が悪く、更に部品点数も増加してしまう。
【0008】
一方、特許文献2に記載の技術では、キャリパを挙動させないようにアウタパッドとインナパッドの面圧中心をオフセットさせているが、キャリパの構造が、車両の左右で非対称になるため、型や余計な管理が必要になり、コストアップを招くという問題が生じた。
【0009】
そこで、本発明の目的は上記課題を解消することに係り、キャリパの復帰不良を防止する機能の点検に手間のかかる分解作業が必要とならず、保守性の向上を図ることができ、また、特にキャリパの左右別構造が必要とならず、低コストでキャリパの復帰不良を防止することができる車両用ディスクブレーキ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的は下記構成により達成される。
(1) 車両と共に回転するロータに隣接して車体に固定されるサポートと、このサポートに設けられた一対の案内穴と、これら各案内穴に嵌り合う一対の案内ピンにより、前記ロータの軸方向に変位可能に支持されたキャリパとを備えるフローティング・キャリパ式の車両用ディスクブレーキ装置において、
前記サポート又はキャリパに固定されて固定部位に振動を加える加振素子と、該加振素子を作動させる制御手段とを備え、
前記制御手段は、車両の制動解除後に前記加振素子に振動を発生させることを特徴とする車両用ディスクブレーキ装置。
【0011】
(2) 上記(1)において、前記制御手段は、車両の制動解除後の加速時に振動を発生させることを特徴とするディスクブレーキ装置。
【0012】
(3) 上記(1)において、前記制御手段は、車両の制動解除後の空転時に振動を発生させることを特徴とするディスクブレーキ装置。
【0013】
(4) 上記(1)乃至(3)のいずれか一つにおいて、前記加振素子の固定位置を、前記サポートの、前記一対の案内ピンの少なくとも一方を支持する部位の周辺に設定したことを特徴とするディスクブレーキ装置。
【0014】
(5) 上記(1)乃至(4)のいずれか一つにおいて、前記加振素子に、振動を増幅するウエイトを装備したことを特徴とするディスクブレーキ装置。
【0015】
(6) 上記(1)乃至(5)のいずれか一つにおいて、前記加振素子として圧電素子を用いたことを特徴とするディスクブレーキ装置。
【発明の効果】
【0016】
上記(1)に記載のディスクブレーキ装置では、制動が解除され、加速時又は空転時に、加振素子が作動させられ、加振素子の固定部位に振動が加えられる。この振動は、案内ピンと案内穴の嵌合部に伝達され、これらの間の拗りを緩和して、案内ピンが軸方向に摺動し易くなり、その結果、制動解除後の空転時等においてキャリパの復帰が円滑になる。従って、各パッドのロータとの引き摺り、ロータの局部摩耗を防止することができる。
また、キャリパの復帰不良の防止のために追加した加振素子や制御手段は、車両用ディスクブレーキ装置の外部に取り付けられるため、キャリパの復帰不良を防止する機能の点検に手間のかかる分解作業が必要とならない。
更に、加振素子からサポート又はキャリパに伝達する振動は、それほど大きなもので無くて良い。また、キャリパが車両の左右で別構造にならず、低コストでキャリパの復帰不良を防止することができる。
【0017】
上記(2)、(3)に記載のディスクブレーキ装置では、制御手段が加振素子に対し車両の制動解除後の加速時あるいは空転時にサポート又はキャリパに振動を加える様に指令するので、キャリパの復帰不良を防止することができる。
【0018】
上記(4)に記載のディスクブレーキ装置では、加振素子の装備位置が、案内ピンの嵌合部の近くに設定されているため、加振素子の発生した振動が効率良く、拗りの緩和に作用し、より小さな加振力で、キャリパの復帰不良を防止することができる。
【0019】
上記(5)に記載のディスクブレーキ装置では、加振素子の発生した振動は、加振素子に装備されたウエイトの慣性により増大されるため、加振素子としては、加振力の小さな小型で安価なものを採用することが可能になり、車両用ディスクブレーキ装置の低コスト化に貢献する。
【0020】
上記(6)に記載のディスクブレーキ装置では、加振素子として、応答性やコンパクト化に優れる圧電素子を採用したことで、制動解除後の空転時に、速やかにキャリパを正常復帰させることのできる高性能の車両用ディスクブレーキ装置を提供することが可能になる。
なお、加振素子としては、他に、磁歪素子や、小型モータ等を採用することも可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明に係る車両用ディスクブレーキ装置の好適な実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。
図1は本発明に係る車両用ディスクブレーキ装置の一実施の形態の正面図、図2は図1のディスクブレーキ装置を周方向から見た図であって、一部分を断面とした図である。
【0022】
この一実施の形態の車両用ディスクブレーキ装置1は、車軸に固定されて車輪と一体に回転するロータ21と、このロータ21の周辺の車体に固定されたサポート(トルク受け部材)22と、このサポート22から伸びる二つの脚部22a,22a間においてロータ21を挟むように対向配置されると共にロータ21の軸方向に移動自在に支持されるパッド23,24と、これらパッド23,24及びロータ21を跨ぐように配され、案内ピン30a,30bを介して前記脚部22a,22aにロータ21の軸方向に移動自在に支持されたキャリパ25とを備えるものである。
【0023】
前記キャリパ25上で、ロータ21の一側に配置されたインナパッド23の裏側となる位置にはシリンダ27が設けられ、このシリンダ27には、インナパッド23の裏面をロータ21側に押圧するピストン26が摺動自在に嵌挿されている。
【0024】
また、ロータ21の上を跨いでロータ21の他側に延出したキャリパ25の先端は、ロータ21の他側に配置されたアウタパッド24の裏側に伸び、このアウタパッド24の裏面に対向する爪部29で、アウタパッド24を位置決めしている。
【0025】
本実施の形態のディスクブレーキ装置1の場合、一方の案内ピン(ガイドピン)30aを支持しているサポート22の一方の脚部22aの外面には、固定部位に振動を加える加振素子41が固定されており、この加振素子41には制御手段43が接続されている。
【0026】
本実施の形態の場合、加振素子41としては、印加電圧に応じた加振を行う圧電素子が使用されている。また、加振素子41の頂部には、振動を増幅するウエイト45が固定されている。
【0027】
制御手段43は、加振素子41に作動電圧を供給する電力制御手段46と、車両の走行速度を検出する車速センサ47と、車速センサ47の検出値を監視して電力制御手段46の動作を制御するコントローラ48とを具備した構成で、車両の制動解除後の加速時又はその後の空転時に加振素子41に所定強度の振動を所定時間(1秒以上)発生させる。
【0028】
以上に説明したディスクブレーキ装置1では、制動解除時には、制御手段43によって加振素子41が作動させられ、加振素子41の固定部位に振動が加えられる。この振動は、案内ピン30a,30bの嵌合部に伝達され、これら案内ピン30a,ピン30bとサポート22側の案内穴22bとの間の拗りを緩和するため、案内ピン30a,30bが各案内穴22bを軸方向に摺動し易くなり、その結果、制動解除後のキャリパ25の復帰が円滑になる。従って、キャリパ25の復帰不良を防止することができる。
【0029】
また、キャリパ25の復帰不良の防止のために追加した加振素子41や制御手段43は、ディスクブレーキ装置1の外部に取り付けられるため、キャリパ25の復帰不良を防止する機能の点検に手間のかかる分解作業が必要とならない。従って、保守性の向上を図ることができる。
【0030】
更に、加振素子41からサポート22に伝達する振動は、それほど大きなもので無くて良い。従って、インナパッドとアウタパッドの面圧中心をオフセットした従来の対策の場合と比較して、キャリパ25が車両の左右で別構造にならず、低コストでキャリパ25の復帰不良を防止することができる。
【0031】
なお、通常、案内ピン30a,30bは、案内穴22bとのクリアランスが小さい一方の案内ピン30aのガイドピンと、クリアランスが大きい他方の案内ピン30bのロックピンとで構成される。
高速からの制動の繰り返しによって、ロータ21は高温となって、図3の矢印aに示すように半径方向でアウタ側へ倒れ変形すると、制動に伴って爪部29がアウタパッドの背面を押さえるキャリパ25もロータ21に接触して、正規位置に対して傾いた倒れ状態となる。この時、案内ピン30a,30bは、図4に示すようにキャリパ半径方向に傾いた状態で案内穴22bに嵌合することになる。やがて制動が終了し、加速、高速空転に移るとロータ21は、図4の矢印bに示すように冷えて元の形状に復帰するが、キャリパ25は、液圧がかかるタイミングがなく(液圧がかかればロータ21に追従して復帰可能)、そのため、パッド23,24が空転するロータ21にたたかれてキャリパ25に伝わり、キャリパ25に嵌り合う案内ピン30a,30bのうち、ロックピン30bはスムーズに戻るものの、クリアランスの小さいガイドピン30aは、案内穴22bの中で拗って戻れず、ロータ21とパッド23,24とが高速空転で引き摺り、ロータ21の局部摩耗(ジャダー性の悪化)を招いてしまう。また同様に、制動解除後のキャリパ円周方向の傾きについても、図5に示すように、ロータ21に対し案内ピン30a,30bのうち、ロックピン30bはスムーズに戻るものの、ガイドピン30aは、案内穴22bの中で拗って戻れず、インナパッド23がロータ21に局所的に当たって引き摺りを生じる。
【0032】
しかし、本実施の形態のディスクブレーキ装置1では、加振素子41の装備位置が、案内ピン30a,30bの近く、とりわけそのクリアランスが小さいために拗りが発生し易いガイドピン30aの嵌合部の近くに設定されているため、加振素子41の発生した振動が効率良く、拗りの緩和に作用し、より小さな加振力で、キャリパ25の復帰不良を防止することができる。
【0033】
また本実施の形態のディスクブレーキ装置1では、加振素子41の発生した振動は、加振素子41に装備されたウエイト45の慣性により増大される様に共振周波数に近い周波数で加振することにより、加振素子41としては、加振力の小さな小型で安価なものを採用することが可能になり、ディスクブレーキ装置1の低コスト化に貢献する。
【0034】
更に、本実施の形態のディスクブレーキ装置1では、加振素子41として、応答性やコンパクト化に優れる圧電素子を採用したことで、制動解除直後に、速やかにキャリパ25を正常復帰させることのできる高性能のディスクブレーキ装置を提供することが可能になる。
なお、加振素子41としては、他に、磁歪素子や、小型モータ等を採用することも可能である。
【0035】
なお、加振素子41の固定位置は、加振素子41の発生した振動を、案内ピン30a,30bの嵌合部に伝達して、これらの嵌合部における摺動抵抗を緩和できれば良く、上記実施の形態に示した位置に限らない。例えば、サポート22の上でも、他方の案内ピン(ロックピン)30bを支持している他方の脚部22aの外面を選択することもできるし、また、キャリパ25上の適宜位置を選択することも可能である。
【0036】
次に、本発明の効果を確認するため図6に示すような試験装置を用いて行った試験結果について述べる。
ブレーキ装置を車両組付け角度相当で試験装置台上に取り付け、ガイドピン30a側のサポート22上に加振素子41としての圧電素子を配置して、キャリパ25にネジ止め固定したウエイト50により10〜50kgのロータ回転方向の偏荷重Fをかけるとともに、圧電素子によりロータ回転方向に振動を加え、その周波数(〜2kHz)、振幅(〜200μm)を種々変更した状態で、ロードセル54を介挿させた摺動抵抗測定装置52でガイドピン30aの頭部301を押し引きしたところ、各ポイントでガイドピン30aの摺動抵抗の低下が10〜50%の範囲で確認できた。
また、振動条件がキャリパの共振点に近い場合には、摺動抵抗の低下が大きいことも確認された。さらに、圧電素子の振動方向は、ロータ回転方向以外に半径方向、軸方向でも効果が認められた。
なお、キャリパに偏荷重をかける目的は、ロータが冷えて元の位置に復帰した後、回転するロータがパッドを介して傾いたキャリパを押圧する状態を再現している。
【0037】
実車の場合、圧電素子による加振のタイミングは、加速開始直後の低速では、ロータがキャリパを押す力が小さく効果が低い可能性がある。逆に、高速空転後しばらく経過してしまうと、ロータへの引き摺りによるダメージが発生するので、車速がある閾値以上(例えば80km/h)以上になったら、振動を開始しても良い。また、異なる周波数の振動を組み合わせたり、断続的に加えたりしても良好な結果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明に係る車両用ディスクブレーキ装置の一実施の形態の正面図である。
【図2】図1のディスクブレーキ装置を周方向から見た図であって、一部分を断面とした図である。
【図3】ロータの変形に伴うキャリパの倒れ状態を説明する図である。
【図4】ロータ冷却後のキャリパ半径方向の傾きを説明する図である。
【図5】ロータ冷却後のキャリパ円周方向の傾きを説明する図である。
【図6】試験装置の一例を説明する構成図である。
【符号の説明】
【0039】
1 ディスクブレーキ装置
21 ロータ
22 サポート
22a 脚部
22b ガイド穴
23 インナパッド
24 アウタパッド
25 キャリパ
26 ピストン
27 シリンダ
29 爪部
30a ガイドピン(案内ピン)
30b ロックピン(案内ピン)
41 加振素子
43 制御手段
45 ウエイト
46 電力制御手段
47 車速センサ
48 コントローラ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両と共に回転するロータに隣接して車体に固定されるサポートと、このサポートに設けられた一対の案内穴と、これら各案内穴に嵌り合う一対の案内ピンにより、前記ロータの軸方向に変位可能に支持されたキャリパとを備えるフローティング・キャリパ式の車両用ディスクブレーキ装置において、
前記サポート又はキャリパに固定されて固定部位に振動を加える加振素子と、該加振素子を作動させる制御手段とを備え、
前記制御手段は、車両の制動解除後に前記加振素子に振動を発生させることを特徴とする車両用ディスクブレーキ装置。
【請求項2】
前記制御手段は、車両の制動解除後の加速時に振動を発生させることを特徴とする請求項1に記載の車両用ディスクブレーキ装置。
【請求項3】
前記制御手段は、車両の制動解除後の空転時に振動を発生させることを特徴とする請求項1に記載の車両用ディスクブレーキ装置。
【請求項4】
前記加振素子の固定位置を、前記サポートの、前記一対の案内ピンの少なくとも一方を支持する部位の周辺に設定したことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の車両用ディスクブレーキ装置。
【請求項5】
前記加振素子に、振動を増幅するウエイトを装備したことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の車両用ディスクブレーキ装置。
【請求項6】
前記加振素子として圧電素子を用いたことを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の車両用ディスクブレーキ装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2006−321328(P2006−321328A)
【公開日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−145484(P2005−145484)
【出願日】平成17年5月18日(2005.5.18)
【出願人】(000000516)曙ブレーキ工業株式会社 (621)
【Fターム(参考)】