説明

ニトリル化合物の製造方法

【課題】金属触媒を使用することなく、芳香族化合物の無置換位置に直接シアノ基を導入することが可能な、芳香族ニトリル化合物の製造方法を提供する。
【解決手段】芳香族化合物と、ホルムアミド化合物と、強塩基性化合物と、アンモニア水と、ヨウ素化剤とを混合することにより、上記芳香族化合物をワンポットでシアノ化するか、芳香族化合物と強塩基性化合物とを混合して反応させた後、ホルムアミド化合物とアンモニア水とヨウ素化剤とを更に混合することにより、上記芳香族化合物をシアノ化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香族化合物を原料として、ニトリル化合物を製造するためのニトリル化合物の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
芳香族ニトリル化合物は、医薬、農薬、機能性色素および機能性ポリマーなどの中間体、及びエステル、アミン、アミド、或いはイソシアネート等の中間原料として有用な化合物である。
【0003】
このような芳香族ニトリル化合物を製造する方法において、芳香族環の無置換位置に直接シアノ基を導入する反応例として、フリーデルクラフツ反応による製造方法(例えば、非特許文献1、2参照。)が知られているが、毒性が高いハロシアン化物を用い、一般的に収率も低い。また芳香族環の無置換位置に直接シアノ基を導入する他の例として、アンモニア存在下、周期表第8族元素を担体に担持した触媒を使用して製造する方法(例えば、特許文献1参照。)が報告されているが、高価な重金属触媒を使用し、400℃以上の高温条件が必要となるなど、工業的には不利な点を有する。
【0004】
また、ハロゲン置換芳香族環のハロゲン置換位置にシアノ基を導入する製造方法では、毒性が高いシアン化水素等のシアノ化物を用い、同時にパラジウム等の高価な重金属触媒を用いる方法(例えば、特許文献2、3参照。)等が知られているが、工業的には安全性とコスト面から不利である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平6−293715号公報
【特許文献2】特開2003−64040号公報
【特許文献3】特開2008−189656号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Helv.Chim.Acta.2巻、482−486頁(1919年)
【非特許文献2】Helv.Chim.Acta.3巻、261−272頁(1920年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで本発明は、上述した問題点に鑑みて案出されたものであり、その目的とするところは、毒性が高いハロシアン化物やシアン化物を用いることなく、高価な重金属触媒を用いることなく、高収率で芳香族化合物に直接シアノ基を導入することが可能な、芳香族ニトリル化合物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上述した課題を解決するために鋭意検討を行ったところ、芳香族化合物と、強塩基性化合物と、ホルムアミド化合物と、アンモニア水と、ヨウ素化剤とをワンポットで混合することにより、上記芳香族化合物をシアノ化できることを新たに見出した。
【0009】
また本発明者は、上述した課題を解決するために鋭意検討を行ったところ、芳香族化合物と強塩基性化合物とを混合して反応させた後、ホルムアミド化合物とアンモニア水とヨウ素化剤とを更に混合することにより、上記芳香族化合物をシアノ化できることを新たに見出した。
【0010】
更に、本発明者は、上述した課題を解決するために鋭意検討を行ったところ、芳香族化合物と強塩基性化合物とを混合して反応させた後、ホルムアミド化合物と混合し、更にその後にヨウ素化剤とアンモニア水を混合することにより、上記芳香族化合物をシアノ化できることを新たに見出した。
【0011】
請求項1に係るニトリル化合物の製造方法は、芳香族化合物と、強塩基性化合物と、ホルムアミド化合物と、アンモニア水と、ヨウ素化剤とを混合することにより、上記芳香族化合物をワンポットでシアノ化することを特徴とする。
【0012】
請求項2に係るニトリル化合物の製造方法は、芳香族化合物と強塩基性化合物とを混合して反応させた後、ホルムアミド化合物とアンモニア水とヨウ素化剤とを更に混合することにより、上記芳香族化合物をシアノ化することを特徴とする。
【0013】
請求項3に係るニトリル化合物の製造方法は、芳香族化合物と強塩基性化合物とを混合して反応させた後、ホルムアミド化合物と混合し、更にその後にヨウ素化剤とアンモニア水を更に混合することにより、上記芳香族化合物をシアノ化することを特徴とする。
【0014】
請求項4に係るニトリル化合物の製造方法は、請求項1〜3の何れかに係る発明において、上記ホルムアミド化合物は、HCONR12であり(R1、R2はそれぞれ独立に、直鎖又は分岐鎖状の炭素数1〜12のアルキル基、水素原子の何れかを示す)、上記強塩基性化合物は、アルカリ金属、アルカリ土類金属、アルキルリチウム化合物、アルキルマグネシウム化合物、アルカリ金属アミド化合物、アルカリ金属水素化物の何れかであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、芳香族化合物と、強塩基性化合物と、ホルムアミド化合物と、酸アンモニア水と、ヨウ素化剤とを混合することにより、最終生成物たるニトリル化合物をワンポットで製造することが可能となる。このため、中間生成物をその都度単離して、これを次の工程で利用する2ポット以上の工程が不要となり、かつ有害な金属シアン化物を使用することなく、より安全で低労力のニトリル化合物の製造方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明を適用したニトリル化合物の製造方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態として、ニトリル化合物の製造方法について詳細に説明をする。
【0018】
本発明を適用したニトリル化合物の製造方法では、出発原料としての芳香族化合物から、以下の一般式(2)のニトリル化合物を製造するものである。
【0019】
より具体的には、
一般式(1):Ar−X (1)
【0020】
(式(1)中、Arは、置換されていてもよい芳香族基を示し、Xは水素原子又はハロゲン原子を示す)で示される芳香族化合物と、強塩基性化合物と、ホルムアミド化合物と、アンモニア水と、ヨウ素化剤とを混合する。その結果、一般式(2)で示されるニトリル化合物を製造することが可能となる。
【0021】
一般式(2):Ar−CN (2)
(式(2)中Arは上記の意味を示す)
【0022】
ここで、芳香族基とは、芳香族炭化水素環基又は芳香族複素環基が挙げられ、具体的にはフェニル基、ナフチル基、アントラニル基、フリル基、チエニル基、キノリル基、インドリル基、ベンゾフラニル基等が挙げられる。
【0023】
置換されていてもよい芳香族基における置換基の数は、置換可能であれば特に制限はなく、1又は複数であり、置換してもよい基としては直鎖又は分岐鎖状の炭素数1〜12のアルキル基、ハロゲン原子、置換されていてもよい芳香族基、置換されていてもよい非芳香族複素環式基、カルボキシル基、直鎖又は分岐鎖状の炭素数1〜12のアルコキシ基、シアノ基又はニトロ基等が挙げられる。
【0024】
ホルムアミド化合物は、HCONR12の式で表される。ここでいうR1、R2は、それぞれ独立に水素原子又は直鎖又は分岐鎖状の炭素数1〜12のアルキル基を示す。
【0025】
強塩基性化合物は、アルカリ金属、アルカリ土類金属、アルキルリチウム化合物、アルキルマグネシウム化合物、アルカリ金属アミド化合物、アルカリ金属水素化物などが挙げられる。
【0026】
アルカリ金属としては、例えばリチウム、ナトリウム、カリウムなどが挙げられ、アルカリ土類金属としては、例えばマグネシウムが挙げられる。
【0027】
アルキルリチウム化合物としては、例えばメチルリチウム、n−ブチルリチウム、t−ブチルリチウムなどが挙げられる。
【0028】
アルキルマグネシウム化合物としては、例えば臭化メチルマグネシウム、臭化イソプロピルマグネシウムなどが挙げられる。
【0029】
アルカリ金属アミド化合物としては、例えばリチウムジイソプロピルアミド、ナトリウムアミドなどが挙げられる。
【0030】
アルカリ金属水素化物としては、例えば水素化リチウム、水素化ナトリウム、水素化カリウムなどが挙げられる。
【0031】
直鎖又は分岐鎖状の炭素数1〜12のアルキル基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、i−プロピル基、n−ブチル基、s−ブチル基、t−ブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、ヘキシル基、オクチル基、デシル基などが挙げられる。
【0032】
直鎖又は分岐鎖状の炭素数1〜12のアルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基、i−プロポキシ基、n−ブトキシ基、t−ブトキシ基、ペントキシ基、デシロキシ基などが挙げられる。
【0033】
ヨウ素化剤とは、酸化能を有するヨウ素化合物が挙げられ、具体的にはヨウ素単体、1−ヨードピロリジン−2,5−ジオン、一塩化ヨウ素等が挙げられる。
【0034】
本発明において式(2)に示される化合物は、式(1)で示される化合物に、強塩基性化合物と、ホルムアミド化合物と、アンモニア水と、ヨウ素化剤を加えて反応させることによって製造する。反応は、無溶媒で行うことができるが、溶媒を用いて行うこともできる。反応に用い得る溶媒としては、反応を阻害しないものであれば良く、例えば、ジメチルホルムアミド、ジクロロメタン、ヘキサン、テトラヒドロフランもしくはジエチルエーテル等が挙げられる。
【0035】
なお、反応温度は−78℃以上が好ましく、より好ましくは−78℃から120℃であり、通常0.5時間から24時間程度で完了する。また反応時における圧力は常圧又は加圧のいずれでもよい。
【0036】
特に本発明では、出発原料としての芳香族化合物から、ニトリル化合物を製造する上で、芳香族環に直接シアノ基を導入することにより、対応するニトリル化合物をワンポットで得ることが可能となり、製法の汎用化を推し進める上で好適となる。
【0037】
本発明を適用したニトリル化合物の製造方法は、例えば図1に示すフローチャートに基づいて実行される。
【0038】
先ず、ステップS1において、芳香族化合物と、強塩基性化合物とを混合する。このステップS1における混合は、副反応を抑制するために室温以下に冷却して行うことが好ましく、より好ましくは−78℃から120℃である。
【0039】
次にステップS2へ移行し、ホルムアミド化合物を混合槽内へ混合する。このステップS2における温度は−40〜200℃、より好ましくは−20〜120℃であり、添加後にホルムアミド化合物が芳香族環に付加する反応を完結させるため、攪拌を5分から6時間継続してもよい。仮に混合槽内に強塩基性化合物が残存している場合にホルムアミド化合物を加えると強塩基性化合物が分解する場合があり、収率の低下を招く。このため、ホルムアミド化合物の添加をあえてステップS2としたものである。但し、ホルムアミド化合物を後段のステップS2において添加することは必須の要件ではなく、ステップS1において、他の2つの混合種である芳香族化合物と、強塩基性化合物とを同時に添加してもよい。
【0040】
次にステップS3へ移行し、ヨウ素化剤と、アンモニア水を混合槽内へ混合する。仮にホルムアミド化合物が芳香族環に付加する反応が完結していない場合に、ヨウ素又はアンモニア水を加えると、収率の低下を招く場合がある。このため、ヨウ素及びアンモニア水の添加をあえてステップS3としたものである。但し、ヨウ素化剤と、アンモニア水を後段のステップS3において添加することは必須の要件ではなく、ステップS2において同時に添加してもよい。このステップS3における温度は−20℃以上が好ましく、より好ましくは−10〜120℃であり、通常0.5時間から24時間程度で完結する。添加後にホルムアミド化合物が芳香族環に付加する反応を完結させるため、攪拌を5分から6時間継続してもよい。
【0041】
また、これ以外に、芳香族化合物と、強塩基性化合物と、ホルムアミド化合物と、アンモニア水と、ヨウ素化剤とをステップS1においてワンポットで混合するようにしてもよい。
【0042】
次にステップS4へ移行し、反応混合溶液を熟成させる。このときの熟成温度は−20〜200℃、好ましくは−10〜120℃で、且つ熟成時間は0.5〜24時間、好ましくは1〜12時間がよい。
【0043】
このステップS4の工程終了後に、一般式(2)で示されるニトリル化合物が製造されることになる。
【0044】
このように、本発明によれば、芳香族化合物と、強塩基性化合物と、ホルムアミド化合物と、アンモニア水と、ヨウ素化剤とを混合することにより、最終生成物たるニトリル化合物をワンポットで製造することが可能となる。このため、中間生成物をその都度単離して、これを次の工程で利用する2ポット以上の工程が不要となり、かつ金属廃液を生成することなく、より安全で低労力のニトリル化合物の製造方法を提供することが可能となる。
【実施例】
【0045】
以下に、実施例に基づいて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0046】
実施例1
4−ブロモトルエン0.855g(5mmol)にブチルリチウム3.3mL(1.67Mヘキサン溶液、5.5mmol)を−78℃で添加した。同温で30分攪拌した後、0℃に昇温し5分間攪拌し、この混合液に、DMF0.43mL(5.5mmol)を0℃で添加した。同温で1時間攪拌した後、アンモニア水10mL(150mmol)とヨウ素1.396g(5.5mmol)を加えた。室温に昇温し、2時間攪拌し、得られた反応混合物に、飽和亜硫酸水溶液15mLを加え、エーテルで抽出した。抽出液を無水硫酸ナトリウムで乾燥後、減圧濃縮し、4−メチルベンゾニトリル0.47g(収率80%)を得た。
【化1】

【0047】
実施例2〜16
表1、2に示す原料(Ar−X)5mmolに、ブチルリチウム3.3mL(1.67Mヘキサン溶液、5.5mmol)を−78℃で添加した。その後、同温で表1、2に示す時間攪拌した後、0℃に昇温し5分間攪拌し、この混合液に、表1、2に示す量のDMFを0℃で添加した。同温で1時間攪拌した後、アンモニア水10mL(150mmol)とヨウ素1.396g(5.5mmol)を加えた。室温に昇温し、2時間攪拌し、得られた反応混合物に、飽和亜硫酸水溶液15mLを加え、エーテルで抽出した。抽出液を無水硫酸ナトリウムで乾燥後、減圧濃縮し、表1、2に示すニトリル化合物(Ar−CN)をそれぞれ表1、2に示す収率で得た。
【0048】
【表1】

【0049】
【表2】

【0050】
実施例17
1,3−ジメトキシベンゼン0.552g(4mmol)のTHF5mL溶液を0℃に冷却し、ブチルリチウム2.9mL(1.67Mヘキサン溶液、4.8mmol)を添加した。同温で2時間攪拌した後、この混合液に、DMF0.34mL(4.4mmol)を添加した。同温で2時間攪拌した後、アンモニア水8mL(120mmol)とヨウ素1.117g(4.4mmol)を加えた。室温に昇温し、2時間攪拌し、得られた反応混合物に、飽和亜硫酸水溶液15mLを加え、エーテルで抽出した。抽出液を無水硫酸ナトリウムで乾燥後、減圧濃縮し、2,6−ジメトキシベンゾニトリル0.59g(収率91%)を得た。
【化2】

【0051】
実施例18〜24
実施例16において使用した1,3−ジメトキシベンゼンに代わり、表1、2に示す原料(Ar−X)4mmolを用いる以外は同様に処理し、表3に示すニトリル化合物(Ar−CN)をそれぞれ表3に示す収率で得た。
【0052】
【表3】

【0053】
実施例25
N−トシルインドール1.09g(4mmol)のTHF5mL溶液を0℃に冷却し、ブチルリチウム2.9mL(1.67Mヘキサン溶液、4.8mmol)を添加した。この混合液を室温に昇温し、2時間攪拌した後、DMF0.34mL(4.4mmol)を添加した。室温で2時間攪拌した後、アンモニア水8mL(120mmol)とヨウ素1.117g(4.4mmol)を加えた。2時間攪拌し、得られた反応混合物に、飽和亜硫酸水溶液15mLを加え、エーテルで抽出した。抽出液を無水硫酸ナトリウムで乾燥後、減圧濃縮し、N−トシルインドール−2−カルボニトリル0.77g(収率65%)を得た。
【化3】










【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族化合物と、強塩基性化合物と、ホルムアミド化合物と、アンモニア水と、ヨウ素化剤とを混合することにより、上記芳香族化合物をワンポットでシアノ化することを特徴とする芳香族ニトリル化合物の製造方法。
【請求項2】
芳香族化合物と強塩基性化合物とを混合して反応させた後、ホルムアミド化合物とアンモニア水とヨウ素化剤とを更に混合することにより、上記芳香族化合物をシアノ化することを特徴とする芳香族ニトリル化合物の製造方法。
【請求項3】
芳香族化合物と強塩基性化合物とを混合して反応させた後、ホルムアミド化合物と混合し、更にその後にヨウ素化剤とアンモニア水を更に混合することにより、上記芳香族化合物をシアノ化することを特徴とする芳香族ニトリル化合物の製造方法。
【請求項4】
上記ホルムアミド化合物は、HCONR12であり(R1、R2はそれぞれ独立に直鎖又は分岐鎖状の炭素数1〜12のアルキル基、水素原子の何れかを示す。)、
上記強塩基性化合物は、アルカリ金属、アルカリ土類金属、アルキルリチウム化合物、アルキルマグネシウム化合物、アルカリ金属アミド化合物、アルカリ金属水素化物の何れかであることを特徴とする請求項1〜3のうち何れか1項記載のニトリル化合物の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−241196(P2011−241196A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−116777(P2010−116777)
【出願日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【出願人】(392000888)合同資源産業株式会社 (16)
【Fターム(参考)】