説明

可変焦点レンズ

【課題】焦点距離の変更を高速に行うことができる偏波無依存型可変焦点レンズを提供する。
【解決手段】偏波ビームスプリッタ(PBS)11によって偏波分離された第1の偏波光は、直列に配列された第1の基本単位素子12と半波長板13と第2の基本単位素子14(第1セット)とを透過する。もう一方の偏波分離された第2の偏波光は、光学ミラー16を介して、直列に配列された第3の基本単位素子17と半波長板18と第4の基本単位素子19(第2セット)とを透過する。第1の基本単位素子と第2の基本単位素子、第3の基本単位素子と第4の基本単位素子のそれぞれは、光軸を中心に互いに90度の角度をなすように配置する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可変焦点レンズに関し、より詳細には、電気光学効果を有する光学材料を用いて、焦点距離を変更可能とし、偏波依存性が無い動作をする偏波無依存型可変焦点レンズに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、光学レンズ、プリズムなどの光学部品は、カメラ、顕微鏡、望遠鏡などの光学機器、プリンタ、コピー機など電子写真方式の記録装置、DVDなどの光記録装置、通信用、工業用の光デバイス等に用いられている。通常の光学レンズは、焦点距離が固定されているが、上述の機器、装置の中には、状況に応じて焦点距離を調整することのできるレンズ、いわゆる可変焦点レンズを用いる場合がある。従来の可変焦点レンズは、複数のレンズを組み合わせて、機械的に焦点距離を調整する。しかしながら、このような機械式の可変焦点レンズは、応答速度・製造コスト・小型化・消費電力などの点から、適用範囲を広げることには限界があった。
【0003】
そこで、光学レンズを構成する透明媒質に、屈折率を可変できる物質を適用した可変焦点レンズ、光学レンズの位置を動かすのではなく、機械的に光学レンズの形状を変形させる可変焦点レンズなどが考え出された。前者の可変焦点レンズとして、光学レンズとして液晶を利用した可変焦点レンズが提案されている。この可変焦点レンズは、2枚のガラス板で液晶を挟み込むなどして、透明物質でできた容器に液晶を封じ込めている。この容器の内側を球面上に加工して、液晶をレンズ形状に成形すると、可変焦点レンズを構成することができる。この容器の内側には透明電極が設けられ、液晶に電界をかけることによって屈折率を制御し、焦点距離を可変制御する(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
後者の可変焦点レンズとして、変形するレンズの材料は、液体が用いられることが多い。例えば、特許文献2に記載された可変焦点レンズは、ガラス板に挟まれた空間に、シリコンオイルなどの液体を封入した構造を有している。ガラス板は、薄く加工されており、外部からチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)ピエゾアクチュエータによって、ガラス板に圧力をかけることにより、オイルとガラス板全体で構成されるレンズを変形させ、焦点位置を制御する。この可変焦点レンズの動作原理は、眼球の水晶体と同じである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−064817号公報
【特許文献2】特開平11−133210号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来の可変焦点レンズは、機械的に焦点距離を調整する可変焦点レンズ、液晶に電界をかけて屈折率を制御する可変焦点レンズ、およびPZTピエゾアクチュエータによりレンズを変形させる可変焦点レンズのいずれも、焦点距離を変更するのに要する応答速度に限界があり、1ms以下の高速応答に適用することができないという問題があった。
【0007】
本発明の目的は、焦点距離の変更を高速に行うことができるように電気光学効果を用いた可変焦点レンズを提供することにある。また、多くの電気光学効果デバイスは、偏波に依存した動作をするため、電気光学効果を利用しつつも偏波無依存の可変焦点レンズを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
このような目的を達成するために、本発明の一実施態様は、反転対称性を有する単結晶からなる電気光学材料(1)と、該電気光学材料の第1の面上に形成された第1の陽極(2)と、前記第1の面に対向する第2の面上に形成され、前記第1の陽極と向かい合う位置に形成された第1の陰極(3)と、前記第1の面上に形成され、前記第1の陽極とは間隔をおいて配置された第2の陰極(4)と、前記第2の面上に形成され、前記第2の陰極と向かい合う位置に形成され、前記第1の陰極とは間隔をおいて配置された第2の陽極(5)とを備え、前記第1の面と直交する第3の面から光を入射させたとき、前記第1の陽極および前記第1の陰極からなる第1の電極対の間を透過してから、前記第2の陽極および前記第2の陰極からなる第2の電極対の間を透過して、前記第3の面に対向する第4の面から光が出射するように光軸が設定された第1乃至第4の単位素子(12,14,17,19)と、前記第1の単位素子(12)の光軸と前記第2の単位素子(14)の光軸とを一致させ、前記第1の単位素子と前記第2の単位素子との間の光軸上に配置された第1の半波長板(13)と、前記第3の単位素子(17)の光軸と前記第4の単位素子(19)の光軸とを一致させ、前記第3の単位素子と前記第4の単位素子との間の光軸上に配置された第2の半波長板(18)と、入射光を第1の偏波光と第2の偏波光とに偏波分離し、前記第1の偏波光を前記第1の単位素子(12)に入射し、前記第2の偏波光を前記第3の単位素子(17)に入射する偏波分離素子(11)と、前記第2の単位素子(14)から出射された第1の出射光と、前記第4の単位素子(19)から出射された第2の出射光とを合波する偏波合成素子(20)とを備え、前記第1の単位素子の第1および第2の電極対による電圧の印加方向と、前記第2の単位素子の第1および第2の電極対による電圧の印加方向とが互いに直交し、前記第3の単位素子の第1および第2の電極対による電圧の印加方向と、前記第4の単位素子の第1および第2の電極対による電圧の印加方向とが互いに直交するように配置し、前記第1乃至第4の単位素子の第1および第2の電極対の間の印加電圧を変えることにより、前記偏波合成素子から出射された光の焦点を可変することを特徴とする。
【0009】
前記電気光学材料は、ペロブスカイト型単結晶材料が好適であり、典型的にはタンタル酸ニオブ酸カリウム(KTN:KTa1-xNbx3、0<x<1)を用いることができる。また、前記電気光学材料は、結晶の主成分が、周期律表Ia族とVa族から構成されており、Ia族はカリウムであり、Va族はニオブ、タンタルの少なくとも1つを含むことができ、さらに、添加不純物としてカリウムを除く周期律表Ia族、例えばリチウム、またはIIa族の1または複数種を含むこともできる。
【0010】
第1〜第4の可変焦点レンズの同一面上の陽極と陰極とは、帯状の形状を有し、その長手方向の辺は、すべて平行であることが好ましい。さらに、第1ないし第4の同一面上の陽極と陰極の間隔G、前記電気光学材料の厚さTとすると、G<1.5Tであることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
以上説明したように、本発明によれば、反転対称性を有する単結晶からなる電気光学材料と、所望の電極構成を有する可変焦点レンズの基本単位素子を複数配置することにより、偏波に依存しない可変焦点レンズを実現することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の第1の実施形態にかかる可変焦点レンズの基本単位要素の構成を示す図である。
【図2】可変焦点レンズの基本単位要素の原理を説明するための図である。
【図3】可変焦点レンズの基本単位要素の光路長変調の例を示す図である。
【図4】可変焦点レンズの基本単位要素の焦点距離の電極間隔依存性を示す図である。
【図5】本発明の第2の実施形態にかかる可変焦点レンズの基本単位要素の構成を示す図である。
【図6】本発明の実施例1にかかる偏波無依存型可変焦点レンズの構成を示す図である。
【図7】本発明の実施例2にかかる偏波無依存型可変焦点レンズの構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態について詳細に説明する。本実施形態の可変焦点レンズは、電気光学材料と、これに取付けた電極から構成される。電気光学効果を利用することにより、従来の可変焦点レンズと比較して、はるかに高速な応答速度を得ることができ、かつ、偏波に依存しない可変焦点レンズを得ることができる。
【0014】
(可変焦点レンズの基本単位要素)
図1に、本発明の第1の実施形態にかかる可変焦点レンズの基本単位要素の構成を示す。電気光学材料を板状に加工した基板1の上面(第1の面)および下面(第2の面)に、帯状の電極4つが形成されている。光の入射側の上部電極として陽極2(第1の陽極)、基板1を挟んで下部電極として陰極3(第1の陰極)が配置されている。さらに、これら電極対とは間隔を置き、光の出射側にもう一対の電極が配置されおり、上部電極が陰極4(第2の陰極)であり、下部電極が陽極5(第2の陽極)である。帯状の4つ電極は、長手方向の辺がすべて平行となる形状を有している。
【0015】
光は、電極を配置した面と直交する面(第3の面)から入射され、基板1の内部をx軸方向に進行し、陽極2と陰極3の間を、これらの帯状電極の長手方向とは垂直な方向に透過する。次いで、陰極4と陽極5との間を透過してから、入射した面と対向する面(第4の面)から空気中へと出射するように設定する。
【0016】
このような構成において、陽極と陰極との間に電圧を印加する。光の入射側の電極対と光の出射側の電極対とは、電圧をかける向き(z軸方向)が互いに逆になっている。陽極2と陽極5との電位は異なっていてもよく、陰極3と陰極4の電位も同様である。なお、陽極2,5の低いほうの電位は、陰極3,4の高いほうの電位よりも高くなるように設定する。
【0017】
このとき、これら電極の間には電界の分布が発生し、基板1の有する電気光学効果によって屈折率が変調される。屈折率の変調された部分を光が透過する時、この屈折率分布によって光は屈曲させられ、その結果、光は集光あるいは発散させられる。集光される場合、図1の構造によれば、シリンドリカル凸レンズとして機能し、発散される場合は、シリンドリカル凹レンズとして機能する。また、印加する電圧によって光の屈曲の度合いが変化するので、焦点距離を電圧によって制御することができる。
【0018】
電気光学効果は、電圧の印加から遅く見積もっても1μs以下の時間で応答するので、従来の可変焦点レンズよりも著しく高速に応答する可変焦点レンズを実現することができる。以上説明したように、図1に示した基本単位要素はシリンドリカル可変焦点レンズであり、様々なレンズを構成する基本単位となる。通常の球面レンズを実現するためには、この基本単位である素子を2つ組み合わせればよい。すなわち、2つの基本単位要素を、光軸を中心に互いに90度の角度をなすように配置することにより、球面レンズと等価な機能を実現することができる。なお、本実施形態では基板1の材料として、電気光学効果を有する材料の中でも、特に反転対称性を有する結晶からなる材料を用いることを特徴としており、その理由については後述する。
【0019】
以下、図2を参照して、屈折率の変調の様子とレンズとしての機能を詳述する。図2は、図1に示した基本単位要素の側面をy軸方向から見た様子を示している。基板1は、4つの電極に電圧を印加しない時には、屈折率が均一であるため、光はそのまま変調を受けずに透過する。従って、レンズの機能はない。しかし、平面波を入射したときには、基板1から出射される光の波面は平面のままで、曲率半径は無限大であることを考慮すると、焦点距離無限大のレンズとみなすこともできる。
【0020】
4つの電極に電圧を印加した時には、これらの電極の間に、図2に示したような電気力線6が発生する。電気力線6は、陽極2と陰極3との間、陰極4と陽極5との間のみならず、これらの電極の外側にも大きく広がって生成される。電気力線が生成されているということは、言い換えると電界が発生している。このとき、基板1が電気光学効果を有するため、基板1内部の電界が発生している箇所では屈折率が変調される。基板1の内部において、4つの電極の付近、すなわち基板1の表面付近では、電界が大きく、屈折率変化が大きい。これに対して基板1の中央部分(厚み(z軸)方向における中央付近)では、電界が比較的小さく、屈折率変化が小さい。
【0021】
図2の右側には、屈折率変化分の分布を表す屈折率変調曲線7を模式的に示している。屈折率変調曲線の縦軸は、z軸の座標、横軸は電圧をかけないときからの屈折率の変化分Δnである。図2においては、屈折率は、全体的にマイナス方向に変化している様子が示されているが、基板1の表面付近では変調が大きく、したがって屈折率変化分Δnとしては小さくなる。一方、中央部付近では変調が小さく、したがって屈折率変化分Δnとしては、表面付近ほどには小さくなっていない。このような屈折率分布の中を光が透過すると、基板1の中央部の光の速度に比べて表面付近の光の速度が速いため、凸レンズとして機能する。すなわち、電圧をかけていない場合の無限大の焦点距離から、有限の焦点距離へと、焦点が移動する。
【0022】
(電気光学材料)
電気光学効果には、いくつかの次数の異なる電気光学効果が含まれるが、一般的には、1次の電気光学効果(以下、ポッケルス効果という)が利用されている。ポッケルス効果は、屈折率変化が電界に比例する。図1、2に示した構成においては、陽極2と陰極3との間と、陰極4と陽極5との間では、電界の向きが逆になり、屈折率分布も逆になる。従って、 ポッケルス効果を利用すると、光がこれら2つの電極対の間を透過すると、屈折率分布による光の偏向が正負で相殺されてしまい、レンズとしての機能を奏さない。
【0023】
これに対して、2次の電気光学効果(以下、カー効果という)を利用すると、屈折率変化は電界の二乗に比例する。従って、陽極2と陰極3との間と、陰極4と陽極5との間とで、電界の向きが逆になっても、屈折率分布は同じになるので、光の偏向が相殺されることなく、強めあう。
【0024】
多くの電気光学材料は、反転対称性を有しておらず、ポッケルス効果を発現する。これに対して、一部の電気光学材料は、反転対称性を有しており、ポッケルス効果を発現せず、カー効果が支配的となる。従って、本実施形態の基板1を構成する電気光学材料としては、反転対称性を有する材料を用いることが重要である。
【0025】
一般に誘電体は、外部から電界を印加すると、それに比例した分極が発生するが、電界を取り去ると、分極はゼロに戻る。しかし、電界を取り去っても有限の分極が残る物質が存在する。外部電界がなくても存在する分極を自発分極という。この自発分極を、外部電界によって向きを反転させることができる物質が存在し、これを強誘電体という。
【0026】
反転対称性を有する単結晶とは、原子の配列を、ある原点を中心としてx,y,z座標系で反転したとき、元の原子の配列と完全に同じ配列となる結晶をいう。自発分極を有する結晶を、座標軸上で反転すると、自発分極の向きが反転するので、このような結晶は反転対称性を有するとはいえない。従って、強誘電体は自発分極を有するので、反転対称性を有していない。
【0027】
一方、自発分極を有していても、それを外部電界で反転することができない物質も存在する。このような物質は、反転対称性を有していないが、強誘電体でもないので、反転対称性を有していない物質が全て強誘電体であるわけではない。また、強誘電体であって、かつ反転対称性を有するということは、ありえない。
【0028】
反転対称性を有する電気光学材料としては、ペロブスカイト型の結晶構造を有する単結晶材料がある。ペロブスカイト型単結晶材料は、使用温度を適切に選択すれば、使用状態において反転対称性を有する立方晶相となる。立方晶相においては、ポッケルス効果を発現せず、カー効果が支配的となる。例えば、最もよく知られたチタン酸バリウム(BaTiO3、以下BTという)でも、120℃付近において正方晶相から立方晶相へ相転移する温度(以下、相転移温度という)を超えた温度であれば、立方晶相となり、カー効果を発現する。
【0029】
また、タンタル酸ニオブ酸カリウム(KTN:KTa1-xNbx3、0<x<1)を主成分とする単結晶材料は、より好適な特徴を有する。BTは相転移温度が決まっているのに対し、KTNは、タンタルとニオブの組成比により、相転移温度を選択することができる。これにより、室温付近に相転移温度を設定することができる。KTNは、相転移温度よりも高い温度であれば立方晶相となり、反転対称性を有し、大きなカー効果を有する。同じ立方晶相にあっても、より相転移温度に近い方が、カー効果が圧倒的に大きくなる。このため、室温付近に相転移温度を設定することは、大きなカー効果を簡便に実現する上で、非常に重要である。
【0030】
さらに、KTNに関連する単結晶材料として、結晶の主成分が、周期律表Ia族とVa族から構成されており、Ia族はカリウムであり、Va族はニオブ、タンタルの少なくとも1つを含む材料を用いることができる。また、添加不純物としてカリウムを除く周期律表Ia族、例えばリチウム、またはIIa族の1または複数種を含むこともできる。例えば、立方晶相のKLTN(K1-yLiyTa1-xNbx3、0<x<1、0<y<1)結晶を用いることもできる。
【0031】
(光路長変調)
KTNの場合について、光路長変調を詳述する。図2の構成において、偏波は、光電界の向きがy軸方向の場合と、z軸方向の場合の2種類がある。それぞれの場合に、光が感じる屈折率変調ΔnyとΔnzとは、
【0032】
【数1】

【0033】
となって異なる。ここで、n0は変調前の屈折率であり、s11とs12は電気光学係数である。s11は正の値であるのに対して、s12は負の値を有し、絶対値はs11の方が大きい。レンズの特性は、下記の式のように、この屈折率変化分を光の進行経路(長さL)にわたって積分した光路長変調Δsによって評価する。
【0034】
【数2】

【0035】
図3に、基本単位要素の光路長変調の例を示す。光路長変調ΔsyとΔszとの分布を、数値計算で求めたものである。比誘電率は20,000、基板1の長さLを7mm、z軸方向の基板の厚さを4mm、4つの電極の幅を0.8mm、同一面上の電極の間隔を4mm、電圧を1000Vとして計算した。図3の横軸は、図2に示したz座標を示し、原点を基板1の中央にとっている。Δsyの分布は、下に凸の曲線を成しており、この素子がシリンドリカル凹レンズとして機能することを表す。一方、Δszの分布は上に凸の曲線を成しており、この素子がシリンドリカル凸レンズとして機能することを表す。このKTNの例のように、偏波によって凸レンズになったり、凹レンズになることもある。
【0036】
(電極の配置)
基本単位要素では、基板1の上面に陽極2と陰極4を配置し、下面に陰極3と陽極5とを配置している。これと類似した構成として、上面の電極を双方ともに陽極とし、下面の電極を双方ともに陰極にする構成が考えられる。この構成でも可変焦点レンズとして機能するが、以下の点で第1の実施形態の方が優れている。
【0037】
素子の小型化を考えた場合に、図2の構成において、基板1をz軸方向に小さくする、すなわち基板1の厚さを薄くしようとしても、基板1を透過する光ビームの大きさによって制限されてしまう。そこで、x軸方向に小さくしようとすると、上面の両電極を陽極、下面の両電極を陰極とする構成では、電極の間隔を詰めると、レンズの効果が小さくなってしまう。電極間隔を詰めた極限は、間隔がゼロになって上面の両電極、下面の両電極ともに一体化した電極となる。この場合には、基板1の内部の電界は均一になり、屈折率分布も均一になって、レンズ効果はほとんどなくなってしまう。
【0038】
一方、第1の実施形態では、上面の陽極2と陰極4とは印加する電位が異なるため、電極間隔を詰めた極限は、両電極が一体になることにはならない。第1の実施形態において電極間隔を詰めると、電界が大きくなるため、逆にレンズ効果は大きくなる。
【0039】
図4に、基本単位要素の焦点距離の電極間隔依存性を示す。数値計算で求めた焦点距離を、電極の間隔の関数としてプロットしている。図3の計算条件と同様の条件で、電極間隔の増減と同時に、基板1の長さも同じ分だけ増減して計算した。光の電界は、z軸方向である。縦軸の焦点距離は、小さいほど集光度合いが強く、効果が大きいことを示す。□のプロットは、上面の両電極がともに陽極、下面の両電極がともに陰極の場合であり、電極間隔が小さいと効果が劣化していくことがわかる。○のプロットは、第1の実施形態の場合で、電極間隔が小さいと逆に効果が強くなっている。電極間隔が広がっていくと、2つの電極対の間の相互作用が弱くなっていくので、どちらの構成でも同じような効果に収束していく。基板1の厚さが4mmなので、図4を参照すると、厚さの1.5倍(6mm)よりも、電極間隔が小さい場合に、第1の実施形態の構成が有利である。
【0040】
上述したように、KTNを用いると、偏波を変えて使い分ければ、凸レンズとして使用することもできるし、凹レンズとして使用することもできる。一方、電気光学結晶に電界を印加すると、圧電効果や電歪効果により、その物理的形状が変化することが知られている。圧電効果とは、歪が印加電界に比例する現象であり、電歪効果とは、歪が印加電界の二乗に比例する現象である。その物理的形状の変化は、圧電効果と電歪効果との和で表される。一般的に、反転対称性を有する電気光学材料においては、圧電効果が生じないため、電歪効果のみとなる。この電歪効果により、屈折率の分布が、上述したような電界分布の計算から求めた分布から、若干ずれが生じることがある。
【0041】
この点では、Δnz(または光路長sz)の方が、Δny(または光路長sy)よりも計算値と実際の値とのずれが少ない。すなわち、第1の実施形態の電極構成によれば、全体的に電界のz成分が大きくなるが、光の振動電界を、そのz軸に平行に合わせた方が、計算通りの屈折率分布に合致しやすいので好適である。もちろん、電界のx成分も大きくなるが、第1の実施形態の光軸設定では、光の振動電界をx軸に平行にすることはできない。
【0042】
(電極材料)
電気光学材料に高い電圧を印加すると、電極から電荷が注入され、結晶内に空間電荷が発生しうる。この空間電荷により電圧の印加方向に電界の大きさの傾斜が生じるために、屈折率の変調にも傾斜が生じる。従って、電気光学材料をレンズとして機能させるための所望の屈折率分布を得るため、または、電気光学材料を透過する光が偏向しないようにするためには、基板1に電圧を印加した際に、基板1の内部に空間電荷が形成されない方がよい。
【0043】
空間電荷の量は、キャリアの注入効率に依存する量であるため、電極から注入されるキャリアの注入効率は小さい方がよい。電気光学結晶において電気伝導に寄与するキャリアが電子の場合には、電極材料の仕事関数が大きくなるにつれて、電極と基板との間はショットキー接合に近づき、キャリアの注入効率は減少する。従って、電極は、電気光学材料とショットキー接合が形成される材料であることが好ましい。具体的には、電気光学結晶において電気伝導に寄与するキャリアが電子の場合には、電極材料の仕事関数は、5.0eV以上であることが好ましい。例えば、仕事関数が5.0eV以上の電極材料として、Co(5.0)、Ge(5.0)、Au(5.1)、Pd(5.12)、Ni(5.15)、Ir(5.27)、Pt(5.65)、Se(5.9)を用いることができる。()内は仕事関数を示し、単位はeVである。
【0044】
一方、電気光学結晶において電気伝導に寄与するキャリアが正孔の場合には、正孔の注入を抑えるために、電極材料の仕事関数は、5.0eV未満であることが好ましい。例えば、仕事関数が5.0eV未満の電極材料として、Ti(3.84)等を用いることができる。なお、Tiの単層電極は酸化して高抵抗になるので、一般的には、Ti/Pt/Auを順に積層した電極を用いて、Tiの層と電気光学結晶とを接合させる。さらに、ITO(Indium Tin Oxide)、ZnOなどの透明電極を用いることもできる。
【0045】
図5に、本発明の第2の実施形態にかかる可変焦点レンズの基本単位要素を示す。上述した基本単位要素を、光軸方向に沿って直列に配置した構成である。1つの基板6に複数の電極8a,8b,9a,9b,10a,10b・・・を配置し、互いに隣り合う電極対には反対の電圧を印加する。このように素子を構成すれば、より低い電圧でも、大きなレンズ効果を得ることができる。電極対の数は、2つ以上あれば、偶数でも奇数でもよい。
【0046】
すなわち、基板6の第1の面と第2の面のそれぞれに2N個の電極を備える。1≦k≦N−1の時、光の入射側からk番目の電極をk番目の陽極とし、第1の面に対向する第2の面上に形成され、k番目の陽極と向かい合う位置に形成された電極をk番目の陰極とする。第1の面上に形成され、k番目の陽極とは間隔をおいて配置された電極をk+1番目の陰極とし、第2の面上に形成され、k+1番目の陰極と向かい合う位置に形成され、k+1番目の陰極とは間隔をおいて配置された電極をk+1番目の陽極とする。
【0047】
(偏波無依存型可変焦点レンズ)
上述したように、通常の球面レンズを実現するには、2つの基本単位素子の光軸を一致させて縦続配置し、光軸を中心に互いに90度の角度をなすように配置すればよい。しかし、KTNのような反転対称性を有する単結晶材料の場合、図3に示したように、偏波によって凸レンズから凹レンズへとレンズ効果が全く逆転する場合がある。球面レンズを実現するために、z軸方向に電界が振動する光を第1の基本単位素子に入射し、z軸方向に集光したのちに、この光をそのまま、90度回転した第2の基本単位素子に入射する。しかしながら、この構成によれば、y軸方向には発散されてしまい、球面レンズとして機能しない。
【0048】
球面レンズとして正常に機能させるためには、第2の基本単位素子に入射する前に、この素子に合わせて偏波方向も90度回転さなければならない。そこで、第1の基本単位素子と第2の基本単位素子との間に、偏波回転素子を挿入した構造とする。偏波回転素子としては様々なものがあるが、半波長板がもっとも一般的に用いられる。
【0049】
半波長板は、互いに直交する2つの偏波の間に、波長の半分に相当する位相ずれ、すなわちπラジアンだけの位相ずれを生じさせる光学素子である。典型的には、複屈折性の材料を板状に加工したものからなる。KTNのような反転対称性を有する単結晶材料は、通常、複屈折はないが、電界を一方向に印加することにより、電界に平行な方向と、これに直交する方向とで複屈折が生じる。この性質を利用して、KTNによって半波長板を構成することができる。
【実施例1】
【0050】
図6に、本発明の実施例1にかかる偏波無依存型可変焦点レンズの構成を示す。偏波ビームスプリッタ(PBS)11によって偏波分離された第1の偏波光は、直列に配列された第1の基本単位素子12と半波長板13と第2の基本単位素子14(第1セット)とを透過する。もう一方の偏波分離された第2の偏波光は、光学ミラー16を介して、直列に配列された第3の基本単位素子17と半波長板18と第4の基本単位素子19(第2セット)とを透過する。第1の基本単位素子12の電極対による電圧の印加方向と、第2の基本単位素子14の電極対による電圧の印加方向とが、互いに直交するように配置する。同様に、第3の基本単位素子17の電極対による電圧の印加方向と、第4の基本単位素子19の電極対による電圧の印加方向とが、互いに直交するように配置する。
【0051】
第1乃至第4の基本単位素子は、上述した第1の実施形態にかかる基本単位要素である。これら4個の基本単位要素の各々の電極に電圧を印加すると、第1セットにておいては、効率的に可変焦点球面レンズとして機能し、第1の偏波光は、第1の出射光として光学ミラー15を介して偏波ビームスプリッタ(PBS)20に入射される。第2セットにおいても、効率的に可変焦点球面レンズとして機能し、第2の偏波光は、第2の出射光としてPBS20に入射される。第1および第2の出射光は、PBS20によって偏波合成され、全体として偏波無依存な可変焦点レンズとして機能する。
【0052】
偏波分離/合成素子としてPBSを挙げたが、1X2偏波分離機能、2X1偏波合成機能を有する素子であればなんでもよい。例えば、市販されているファイバ型の偏波分離/合成素子が挙げられる。
【0053】
半波長板は、上述した基本単位素子であるシリンドリカル可変焦点レンズと同じくKTNで構成することもできる。前後の基本単位素子の基板と一体に成型し、前後の基本単位素子用の電極と、KTN半波長板用の電極とを順に並べて取り付ける。このようにして、一体化した偏波無依存型球面可変焦点レンズを構成することもできる。
【0054】
第1乃至第4の基本単位素子のそれぞれは、図1に示したように、電気光学材料を板状に加工した基板1の上面および下面に、陽極2,陰極3を,陰極4,陽極5を形成する。基板1は、KTN単結晶から、ブロックを切り出し、7mm×7mm×(厚さT=)4mmの形状に成形する。基板1の6面とも、結晶の(100)面に平行とし、光学研磨を行っている。このKTN単結晶は、相転移温度35℃であったので、これを少し上回る40℃で使用する。この温度での比誘電率は20,000である。4つの電極は、0.8mm×7mmの帯状で、同一面上の電極の間隔は4mmとする。2つの電極対は、基板1の7mm×7mmの面上に、白金(Pt)を蒸着して形成されている。電極の各辺は、基板1の辺に平行である。
【0055】
この可変焦点レンズを、40℃で温度制御した状態で、コリメートした無偏波レーザ光を入射する。PBS11を透過したレーザ光は、偏波分離され、直交する2方向の光路にわかれて出射される。一方の偏波光(第1の偏波光)を、第1の基本単位素子12と半波長板13と第2の基本単位素子14に入射する。第1および第2の基本単位素子の上下電極間に電圧を印加すると、第1の出射光は、z軸方向に集光され、球面凸レンズとして機能する。一方、他方の第2の偏波光を、第3の基本単位素子17と半波長板18と第4の基本単位素子19に入射する。第3および第4の基本単位素子の上下電極間に電圧を印加すると、第2の出射光は、z軸方向に集光され、球面凸レンズとして機能する。最後に、PBS20を透過した2つの出射光は偏波合成され、高速動作が可能な偏波無依存型の球面凸レンズとして機能する。
【実施例2】
【0056】
図7に、本発明の実施例2にかかる偏波無依存型可変焦点レンズの構成を示す。偏波ビームスプリッタ(PBS)31によって偏波分離された第1の偏波光は、直列に配列された第1の基本単位素子32と半波長板33と第2の基本単位素子34(第1セット)とを透過する。もう一方の偏波分離された第2の偏波光は、光学ミラー36を介して、直列に配列された第3の基本単位素子37と半波長板38と第4の基本単位素子39(第2セット)とを透過する。第1の基本単位素子32の電極対による電圧の印加方向と、第2の基本単位素子34の電極対による電圧の印加方向とが、互いに直交するように配置する。同様に、第3の基本単位素子37の電極対による電圧の印加方向と、第4の基本単位素子39の電極対による電圧の印加方向とが、互いに直交するように配置する。
【0057】
第1乃至第4の基本単位素子は、上述した第2の実施形態にかかる基本単位要素である。これら4個の基本単位要素の各々の電極に電圧を印加すると、第1セットにておいては、効率的に可変焦点球面レンズとして機能し、第1の偏波光は、第1の出射光として光学ミラー35を介して偏波ビームスプリッタ(PBS)40に入射される。第2セットにおいても、効率的に可変焦点球面レンズとして機能し、第2の偏波光は、第2の出射光としてPBS40に入射される。第1および第2の出射光は、PBS40によって偏波合成され、全体として偏波無依存な可変焦点レンズとして機能する。
【0058】
実施例1と比較して、より低い電圧でも、大きなレンズ効果を得ることができる。なお、電極対の数は、2つ以上あれば、偶数でも奇数でもよい。
【符号の説明】
【0059】
1,6 基板
2,5,8a,9a,10a 陽極
3,4,8b,9b,10b 陰極
11,20,31,40 偏波ビームスプリッタ(PBS)
12,32 第1の基本単位素子
13,33,18,38 半波長板
14,34 第2の基本単位素子
15,16,35,36 光学ミラー
17,37 第3の基本単位素子
19,39 第4の基本単位素子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
反転対称性を有する単結晶からなる電気光学材料と、該電気光学材料の第1の面上に形成された第1の陽極と、前記第1の面に対向する第2の面上に形成され、前記第1の陽極と向かい合う位置に形成された第1の陰極と、前記第1の面上に形成され、前記第1の陽極とは間隔をおいて配置された第2の陰極と、前記第2の面上に形成され、前記第2の陰極と向かい合う位置に形成され、前記第1の陰極とは間隔をおいて配置された第2の陽極とを備え、前記第1の面と直交する第3の面から光を入射させたとき、前記第1の陽極および前記第1の陰極からなる第1の電極対の間を透過してから、前記第2の陽極および前記第2の陰極からなる第2の電極対の間を透過して、前記第3の面に対向する第4の面から光が出射するように光軸が設定された第1乃至第4の単位素子と、
前記第1の単位素子の光軸と前記第2の単位素子の光軸とを一致させ、前記第1の単位素子と前記第2の単位素子との間の光軸上に配置された第1の半波長板と、
前記第3の単位素子の光軸と前記第4の単位素子の光軸とを一致させ、前記第3の単位素子と前記第4の単位素子との間の光軸上に配置された第2の半波長板と、
入射光を第1の偏波光と第2の偏波光とに偏波分離し、前記第1の偏波光を前記第1の単位素子に入射し、前記第2の偏波光を前記第3の単位素子に入射する偏波分離素子と、
前記第2の単位素子から出射された第1の出射光と、前記第4の単位素子から出射された第2の出射光とを合波する偏波合成素子とを備え、
前記第1の単位素子の第1および第2の電極対による電圧の印加方向と、前記第2の単位素子の第1および第2の電極対による電圧の印加方向とが互いに直交し、前記第3の単位素子の第1および第2の電極対による電圧の印加方向と、前記第4の単位素子の第1および第2の電極対による電圧の印加方向とが互いに直交するように配置し、前記第1乃至第4の単位素子の第1および第2の電極対の間の印加電圧を変えることにより、前記偏波合成素子から出射された光の焦点を可変することを特徴とする可変焦点レンズ。
【請求項2】
前記第1乃至第4の単位素子の少なくとも1つは、第1および第2の電極対を複数組備え、1≦k≦N−1の時、光の入射側からk番目の電極をk番目の陽極とし、前記第2の面上に形成され、前記k番目の陽極と向かい合う位置に形成された電極をk番目の陰極とし、前記第1の面上に形成され、前記k番目の陽極とは間隔をおいて配置された電極をk+1番目の陰極とし、前記第2の面上に形成され、前記k+1番目の陰極と向かい合う位置に形成され、前記k+1番目の陰極とは間隔をおいて配置された電極をk+1番目の陽極としたことを特徴とする請求項1に記載の可変焦点レンズ。
【請求項3】
前記電気光学材料は、ペロブスカイト型単結晶材料であることを特徴とする請求項1または2に記載の可変焦点レンズ。
【請求項4】
前記電気光学材料は、タンタル酸ニオブ酸カリウム(KTN:KTa1-xNbx3、0<x<1)であることを特徴とする請求項3に記載の可変焦点レンズ。
【請求項5】
前記電気光学材料は、結晶の主成分が、周期律表Ia族とVa族から構成されており、Ia族はカリウムであり、Va族はニオブ、タンタルの少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項3に記載の可変焦点レンズ。
【請求項6】
前記電気光学材料は、さらに、添加不純物としてカリウムを除く周期律表Ia族またはIIa族の1または複数種を含むことを特徴とする請求項5に記載の可変焦点レンズ。
【請求項7】
前記陽極と前記陰極とは、前記電気光学材料とショットキー接合が形成される材料からなることを特徴とする請求項1ないし6のいずれかに記載の可変焦点レンズ。
【請求項8】
前記陽極と前記陰極とは、帯状の形状を有し、その長手方向の辺は、すべて平行であることを特徴とする請求項7に記載の可変焦点レンズ。
【請求項9】
前記陽極と前記陰極との間の間隔G、前記電気光学材料の厚さTとすると、G<1.5Tであることを特徴とする請求項7または8に記載の可変焦点レンズ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−221395(P2011−221395A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−92359(P2010−92359)
【出願日】平成22年4月13日(2010.4.13)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】