説明

配向性酸化物セラミックスの製造方法、配向性酸化物セラミックス、圧電素子、液体吐出ヘッド、超音波モータおよび塵埃除去装置

【課題】配向性の良好な配向性酸化物セラミックスの製造方法を提供する。
【解決手段】酸化物結晶Bを含むスラリーを得る工程と、前記酸化物結晶Bに磁場を印加するとともに前記酸化物結晶Bの成形体を得る工程と、前記成形体を酸化処理して、前記酸化物結晶Bの一部もしくは全体とは異なる結晶系を有する酸化物結晶Cからなる配向性酸化物セラミックスを得る工程を有する配向性酸化物セラミックスの製造方法。(1)原料を反応、(2)酸化物結晶Aを還元、または(3)酸化物結晶Aを高温に保持、急冷することで得られた酸化物結晶Bを含むスラリーを用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は配向性酸化物セラミックスの製造方法に関し、特に酸化物圧電セラミックスの製造方法に関する。また本発明は、前記配向性酸化物セラミックスを用いた圧電素子およびこれを利用した液体吐出ヘッド、超音波モータおよび塵埃除去装置に関する。
【背景技術】
【0002】
圧電セラミックスの圧電性を向上させる手段の一つとして、結晶配向を制御することが知られている。圧電性は異方的物性であり、無配向酸化物セラミックスよりも、配向性酸化物セラミックスの方が圧電性に優れるからである。
【0003】
このような配向性酸化物セラミックスを作成する方法の一つとして非特許文献1には磁場配向が開示されている。非特許文献1によれば、磁場中で結晶にかかるトルクT(N・m)は下記の式(1)で表される。
【0004】
【数1】

【0005】
式中、Bは磁場強度(N・A−1・m−1)、μは真空の透磁率(N・A−2)、θは結晶の磁化容易軸と磁場のなす角度(°)、Vは粒子の体積(m)を表す。このトルクは、結晶の磁化容易軸と磁場が平行になるように結晶に作用する。
【0006】
特許文献1によると、代表的な圧電材料である正方晶チタン酸バリウムは、磁場中で(001)配向することが開示されている(特に断りのない限り、本明細書中では正方晶ペロブスカイト構造結晶を、擬立方晶ペロブスカイト構造結晶として取り扱う)。これは、チタン酸バリウムの磁化容易軸が、<001>方向であることを示している。
ところが、非特許文献2によれば、正方晶ペロブスカイト構造圧電材料では、<111>方向に電圧を印加することで、エンジニアードドメイン構造が形成され、良好な圧電性が得られることが報告されている。つまり、高性能な圧電素子作成のためには、(111)配向したセラミックスを作成すればよい。しかし、正方晶チタン酸バリウムの磁化容易軸は<001>であるため、(111)配向したチタン酸バリウムセラミックスは、磁場配向では容易に作成することができなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−37064号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】”Sakkaら、Journal of the European Ceramic Society”2008年、28巻、935ページから942ページ
【非特許文献2】”Wadaら、Japanese Journal of Applied Physics”1999年、38巻5505ページから5511ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来の技術では、磁化容易軸が<001>方向である結晶の場合、磁場配向では(111)配向体が得られないという課題があった。
本発明は、この様な背景技術に鑑みてなされたものであり、(111)配向した酸化物セラミックスの製造方法を提供するものである。また本発明は、上記の製造方法により得られた配向性酸化物セラミックスを用いた圧電素子、及び前記圧電素子を用いた液体吐出ヘッド、超音波モータ、および塵埃除去装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第一の様態は、酸化物結晶Bを含むスラリーを得る工程と、前記酸化物結晶Bに磁場を印加するとともに前記酸化物結晶Bの成形体を得る工程と、前記成形体に熱処理を施し、前記酸化物結晶Bの一部もしくは全体とは異なる結晶系を有する酸化物結晶Cからなる配向性酸化物セラミックスを得る工程を有することを特徴とする配向性酸化物セラミックスの製造方法である。
【0011】
本発明の第二の様態は、前記製造方法によって製造された配向性酸化物セラミックスである。
【0012】
本発明の第三の様態は、第一の電極、圧電材料及び第二の電極を有する圧電素子であって、前記圧電材料が前記配向性酸化物セラミックスであることを特徴とする圧電素子である。
【0013】
本発明の第四の様態は、前記圧電素子を用いた液体吐出ヘッドである。
本発明の第五の様態は、前記圧電素子を用いた超音波モータである。
本発明の第六の様態は、前記圧電素子を用いた塵埃除去装置である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、配向性の良好な配向性酸化物セラミックスの製造方法を提供することができる。
また本発明は、上記の製造方法により得られた配向性酸化物セラミックスを用いた圧電素子、及び前記圧電素子を用いた液体吐出ヘッド、超音波モータ、および塵埃除去装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の液体吐出ヘッドの一実施態様を示す概略図である。
【図2】本発明の超音波モータの一実施態様を示す概略図である。
【図3】本発明の塵埃除去装置の一実施態様を示す概略図である。
【図4】本発明の図3における圧電素子330の構成を示す概略図である。
【図5】本発明の塵埃除去装置310の振動原理を示す概略図である。
【図6】本発明に用いられる垂直磁場中に配置された石膏型を示す模式図である。
【図7】磁場中で鋳込み成型して得られた正方晶チタン酸バリウムの成形体を、1300℃で焼結した後のX線回折図形である。(a)印加磁場0T、(b)印加磁場10T
【図8】BaCO、TiO、MnO粉末を混合し、1250℃で焼成して得られた六方晶(a)Ba(Ti0.98Mn0.01)O3+β、(b)Ba(Ti0.9Mn0.05)O3+β結晶のX線回折図形
【図9】六方晶Ba(Ti0.9Mn0.05)O3+βα結晶を磁場中で鋳込み成型して得られた成形体の、204X線回折強度の試料傾斜角度依存性
【図10】10Tの磁場中で鋳込み成型して得られた六方晶Ba(Ti0.9Mn0.05)O3+β+0.025Nb成形体を、1300℃で焼結した後に測定されたX線回折図形
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を実施するための形態について説明する。
本発明に係る配向性酸化物セラミックスの製造方法は、酸化物結晶Bを含むスラリーを得る工程と、前記酸化物結晶Bに磁場を印加するとともに前記酸化物結晶Bの成形体を得る工程と、前記成形体を酸化処理して、前記酸化物結晶Bの一部もしくは全体とは異なる結晶系を有する酸化物結晶Cの成形体からなる配向性酸化物セラミックスを得る工程を有することを特徴とする。
【0017】
本発明における配向性酸化物セラミックスは、コンデンサ材料、熱電材料や圧電材料をはじめ様々な用途が考えられるが、以下では圧電材料として説明する。もちろん本発明の酸化物の用途が、圧電素子に限定されないことは言うまでもない。
【0018】
本発明における結晶系とは、結晶が軸率と軸角によって分類される7つのグループを指す。結晶系には、立方晶、正方晶、斜方晶、菱面体晶、六方晶、単斜晶、三斜晶の7種類がある。
本発明における、前記酸化物結晶Bの一部もしくは全体とは異なる結晶系を有する酸化物結晶Cとは、酸化物結晶Cが酸化物結晶Bの有さない結晶系を有する場合である。例えば、酸化物結晶Bが六方晶であり、酸化物結晶Cが正方晶の場合である。また、酸化物結晶Cが有する結晶系の数が酸化物結晶Bの有する結晶系の数よりも少ない場合も該当する。例えば、酸化物結晶Bが正方晶と六方晶を有し、酸化物結晶Cが正方晶のみを有する場合である。
【0019】
本発明の配向性酸化物セラミックスの製造方法は、まず酸化物結晶Bを得る工程を行う。酸化物結晶Bを得る工程の例として、下記の(1)、(2)、または(3)の方法が挙げられる。
【0020】
(1)原料を反応させて酸化物結晶Bを得る工程
酸化物結晶Bの具体例として、六方晶のBaTi0.9Mn0.053+β、BaTi0.9Cu0.052.85等の結晶が挙げられる。これらの結晶は、炭酸バリウム、酸化チタン、酸化マンガン、酸化銅等の固相反応により作成される。酸化物結晶Bは固相反応でも作成されるが、大量生産、粒径制御に優れた水熱合成法やシュウ酸法など別の手法で作成してもかまわない。
【0021】
(2)酸化物結晶Aを還元処理して、酸化物結晶Aの結晶系とは異なる結晶系を有する酸化物結晶Bを得る工程
【0022】
還元処理とは、例えば還元雰囲気で酸化物結晶Aに熱処理を加えることである。具体的には、水素を10Vol%以上含むガス雰囲気下で800℃から1500℃で10分以上保持する熱処理である。好ましくは大気圧以上の圧力下で、水素を10Vol%以上含むガス雰囲気下で800℃から1500℃で10分以上保持することである。
【0023】
本還元処理により、酸化物結晶Aには以下の変化が複数もしくは単独で起こることがある。(I)結晶系が変化する、(II)重量が減少する、(III)波長400から500nmの光を照射した場合の反射率が低下する、(IV)電気抵抗率が減少する。
酸化物結晶Bの具体例として、六方晶のチタン酸バリウムが挙げられる。六方晶のチタン酸バリウムは、正方晶のチタン酸バリウム(酸化物結晶A)を水素雰囲気中で1400〜1500℃に保持することで得られる。還元処理後に、酸化物結晶Bの結晶系が変化しない条件下で熱処理を加えることもある。
【0024】
(3)酸化物結晶Aを高温に保持、急冷して、酸化物結晶Aの結晶系とは異なる結晶系を有する酸化物結晶Bを得る工程
酸化物結晶Bの具体例として、六方晶のチタン酸バリウムが挙げられる。室温で正方晶のチタン酸バリウム(酸化物結晶A)を約1500℃以上に保持すると六方晶のチタン酸バリウムへと相転移が起こる。相転移の後に急冷することで、室温で六方晶のチタン酸バリウムが得られる。
【0025】
上記に例示した(2)、(3)の場合、酸化物結晶Aは、酸化物結晶Bと同じ金属組成を有するが、少なくとも一種類の異なる結晶系を有する。
【0026】
これらの方法により得られる酸化物結晶Bの磁化率は異方性である。酸化物結晶Bは、現在工業的に利用できる強度(例えば〜12T)の磁場中に静置した時、磁場によるトルクにより配向可能な酸化物結晶である。
【0027】
酸化物結晶Bを含むスラリーを作成するためには、酸化物結晶Bを必要に応じて粉砕し、粉末状にすることが必要である。結晶粒子が大きすぎると、結晶粒子はスラリー中ですぐに沈降してしまい配向しない。小さすぎるとスラリー中で凝集してしまう。よって、好ましくは、平均粒子径は10ミクロン以下10nm以上、より好ましくは1ミクロン以下50nm以上である。スラリー中の平均粒子径、粒度分布は、例えば動的光散乱で測定できる。
【0028】
スラリーは主成分である結晶粒子と溶媒、そして分散剤、消泡剤、帯電剤などの添加物で概ね構成される。たとえば、酸化物結晶Bを含む成形体を鋳込み成形で作成する場合、安全性とコスト、及び表面張力の観点から溶媒は水が好ましい。スラリーの重量中、結晶粒子が40から80重量%であることが好ましい。溶媒に対する結晶粒子の割合は、高すぎるとスラリーの粘度が高くなり、そのため磁場中での結晶粒子の円滑な配向を妨げる。また、少なすぎると、所望の厚みの成形体を得るために必要なスラリーの量が多くなってしまい実用的ではない。したがって、結晶粒子のスラリー中での割合は40から80重量%が好ましい。
【0029】
上記の酸化物粉末とは、酸化物結晶Bのみでもよいし、配向性セラミックスの特性を調製する目的で他の金属化合物を加えてもよい。金属化合物の具体例としては、BaCO、BaC、MnCO、Nb、Ta、V、WO、CaTiO、(Bi1/2Na1/2)TiO、Bi(Mg1/2Ti1/2)O等が挙げられる。
【0030】
スラリーに分散する結晶粒子は凝集していないことが好ましい。結晶粒子が凝集してしまうと、各粒子のもつ磁気的異方性を打ち消しあい、磁場中での結晶粒子の配向を妨げるからである。また、スラリーの粘度は低い方が好ましい。スラリーの粘度が低ければ、分散した結晶粒子が磁場によって与えられるトルクで容易に回転することができるからである。したがって、結晶粒子の分散性を向上させたり、スラリーの粘度を低下させたりするために、スラリーに添加物として分散剤や界面活性剤などの有機物成分を加えてもかまわない。また、配向性セラミックスの密度を上げるために、バインダーを加えてもかまわない。さらに、成形体の作成手法として電気泳動を用いるために、スラリーに帯電剤を加えてもかまわない。
【0031】
以上のような手法で酸化物結晶Bを作成し、酸化物結晶Bを含むスラリーを得ることができるが、これら以外の方法により酸化物結晶Bを含むスラリーを作成してもかまわない。
【0032】
次に、前記酸化物結晶Bに磁場を印加するとともに前記酸化物結晶Bの成形体を得る工程を行う。
【0033】
成形体を作成するために、磁場中にスラリーの入った容器を置き、結晶粉末が堆積するまで放置すればよい。より短時間で成形体を作成するためには、磁場中での鋳込み成形もしくは電気泳動が利用できる。鋳込み成型では、任意の形状の密度の高い成形体が得られる。電気泳動では、スラリーに浸した電極上に成形体シートを得ることができる。
【0034】
本発明の中では、磁場中での成形体の成長方向と磁場が平行となる場合について主に記載する。しかし、磁場と堆積方向の間の角度は、作成したい結晶の配向に応じて任意に変えることができる。
【0035】
印加する磁場の強度は大きい方が好ましい。しかし磁場強度が大きすぎると磁場の発生・遮蔽のための設備が大掛かりになったり、作業の危険性が著しく増したりする。反対に磁場が小さすぎると粒子は配向しない。そのため使用する磁場強度はせいぜい15T以下、1T以上が好ましい。
次に、前記成形体を酸化処理して、前記酸化物結晶Bの一部もしくは全体とは異なる結晶構造を有する酸化物結晶Cからなる配向性酸化物セラミックスを得る工程を行う。
【0036】
酸化処理とは、例えば、大気中など酸化雰囲気で成形体に熱を加える処理である。具体的には、酸化雰囲気とは酸素濃度18Vol%以上の雰囲気で400℃から1450℃で10分以上保持する熱処理である。好ましくは大気圧以上の圧力下で、酸素濃度18Vol%以上の雰囲気下で600℃から1450℃で10分以上保持することである。本酸化処理は、セラミックス作成工程で通常行われる焼成工程を兼ねる場合がある。
【0037】
本酸化処理により、酸化物結晶Bには以下の変化が複数もしくは単独で起こることがある。(I)結晶系が変化する、(II)重量が増加する、(III)波長400から500nmの光を照射した場合の反射率が増加する、(IV)電気抵抗率が増加する。
【0038】
得られた配向性酸化物セラミックスの配向度は、ロットゲーリングファクターで評価できる。
ロットゲーリングファクター(F)の算出法は、対象とする結晶面から回折されるX線のピーク強度を用いて、式2により計算する。
【0039】
F=(ρ−ρ)/(1−ρ) (式2)
ここで、ρは無配向試料のX線の回折強度(I)を用いて計算される。(001)配向した正方晶結晶のロットゲーリングファクターを計算する場合、無配向試料の全回折強度の和に対する、00l回折強度の合計の割合として、式3により求める。
【0040】
ρ=ΣI(00l)/ΣI(hkl) (式3)(h、k、lは整数である。)
ρは配向サンプルのX線の回折強度(I)を用いて計算され、(001)配向した正方晶結晶の場合、全回折強度の和に対する、00l回折強度の合計の割合として、上式3と同様に式4により求める。
【0041】
ρ=ΣI(00l)/ΣI(hkl) (式4)
無配向試料のロットゲーリングファクターはゼロである。ロットゲーリングファクターが5%以上のとき、配向性セラミックスであると判断できる。
本発明で述べる同じ金属組成とは、還元処理、酸化処理、焼成などの工程で起こる蒸発などに起因する、最大で5%の金属組成変化を許容する。
【0042】
本発明によって得られる配向性酸化物セラミックスは圧電材料であることが望ましい。酸化物セラミックスには多数の圧電材料が存在する。圧電性は結晶の方位によって変化する異方的物性であるため、高い圧電性を得るためには配向制御が重要である。よって、前記配向性セラミックスが圧電体である場合、本発明は好適に適用され好ましい。
【0043】
さらに、本発明によって得られる配向性酸化物セラミックスが組成に鉛を含まないことが望ましい。鉛は人体への蓄毒性のため規制されているためである。
【0044】
本発明の配向性酸化物セラミックスの製造方法において、前記配向性酸化物セラミックスの結晶構造がペロブスカイト構造であることが好ましい。これらの材料系には強誘電性を示すものが多く、工業的な用途が広いからである。
【0045】
本発明の配向性酸化物セラミックスの製造方法において、酸化物結晶Bの結晶構造は、6H型六方晶構造であると好ましい。例えば、6H型六方晶チタン酸バリウムの磁化容易軸はc軸である。そのため、垂直磁場中に置かれた石膏型の中へ六方晶チタン酸バリウム結晶を含むスラリーを流し込めば(鋳込み成型)、c軸配向した六方晶チタン酸バリウムの成形体が得られる。さらに、6H型六方晶チタン酸バリウム結晶のc軸方向への原子の積層様式は、一般にABOで表わされるペロブスカイト構造結晶の<111>方向への原子の積層様式と類似である。そのため、c軸配向した6H型六方晶チタン酸バリウム型の結晶が得られれば、適当な処理によって(111)配向したペロブスカイト構造へと結晶構造を変化させることが可能である。(111)配向したペロブスカイト構造圧電体には、エンジニアードドメイン構造による良好な圧電性が期待できる。さらに、正方晶チタン酸バリウムの場合、大きな圧電定数d15の寄与により、(111)配向したセラミックスの見かけの圧電定数d33やd31は、無配向のセラミックスのそれらと比較して増加すると予想できる。
よって、酸化物結晶Bの結晶構造は6H型六方晶であることが好ましい。酸化物結晶Bが6H型六方晶チタン酸バリウムであるとさらに好ましい。
【0046】
本発明の配向性酸化物セラミックスの組成は、下記一般式(1)で表され、c軸が特定の軸から放射状に40°から70°傾いているペロブスカイト構造セラミックスである。特定の軸とは、試料表面への垂線、成形体の成長方向、もしくは試料に付与される電極対を最短距離で結ぶ軸である。
【0047】
【化1】

【0048】
(式中、MはV,Nb,Ta,Wの少なくとも一種の元素である。0.02<x≦0.05、0<y≦0.05、−0.05<α≦0.05である。)
【0049】
αは金属元素の量と価数によって変化する。本発明では、Mnの価数が一般に不安定であり評価が難しいため、αは容易には決定できない。しかし、一酸化Mnと二酸化Mnが入手可能であることから、Mnの価数は+2価以上+4価以下になると仮定できる。よってαの範囲は−0.05<α≦0.05と予想できる。
xが0.02以下の場合は、磁場配向で十分な効果を得られる量の六方晶結晶を得ることができない。xが0.05よりも大きくなると、得られる配向性酸化物セラミックスの圧電性が低下するので好ましくない。
【0050】
BaTi1−x−yMn3+βは少なくとも六方晶結晶を含む。スラリーを構成する酸化物粉末の組成を、BaTi1−x−yMn3+β+yMOγで表される組成にし、磁場中で成形体を得た後に熱処理を行うと、BaTi1−x−yMn3+βがMOγと反応して正方晶結晶へと変化する。MはTiよりも価数の高い元素である。
【0051】
本発明の製造方法によって作成されるセラミックスは、高い配向性を有しており好ましい。
【0052】
以下に本発明の圧電セラミックスを用いた圧電素子について説明する。
本発明に係る圧電素子は、第一の電極、圧電セラミックスおよび第二の電極を少なくとも有する圧電素子であって、前記圧電セラミックスが上記の圧電セラミックスであることを特徴とする。
【0053】
第一の電極および第二の電極は、厚み5nmから2000nm程度の導電層よりなる。その材料は特に限定されず、圧電素子に通常用いられているものであればよい。例えば、Ti、Pt、Ta、Ir、Sr、In、Sn、Au、Al、Fe、Cr、Ni、Pd、Ag、Cuなどの金属およびこれらの酸化物を挙げることができる。第一の電極および第二の電極は、これらのうちの1種からなるものであっても、あるいはこれらの2種以上を積層してなるものであってもよい。第一の電極と第二の電極が、それぞれ異なる材料であっても良い。
第一の電極と第二の電極の製造方法は限定されず、金属ペーストの焼き付けにより形成しても良いし、スパッタ、蒸着法などにより形成してもよい。また第一の電極と第二の電極とも所望の形状にパターニングして用いても良い。
【0054】
図1は、本発明の液体吐出ヘッドの構成の一実施態様を示す概略図である。図1(a)(b)に示すように、本発明の液体吐出ヘッドは、本発明の圧電素子101を有する液体吐出ヘッドである。圧電素子101は、第一の電極1011、圧電セラミックス1012、第二の電極1013を少なくとも有する圧電素子である。圧電セラミックス1012は、図1(b)の如く、必要に応じてパターニングされている。
【0055】
図1(b)は液体吐出ヘッドの模式図である。液体吐出ヘッドは、吐出口105、個別液室102、個別液室102と吐出口105をつなぐ連通孔106、液室隔壁104、共通液室107、振動板103、圧電素子101を有する。図において圧電素子101は矩形状だが、その形状は、楕円形、円形、平行四辺形等の矩形以外でも良い。一般に、圧電セラミックス1012は個別液室102の形状に沿った形状となる。
本発明の液体吐出ヘッドに含まれる圧電素子101の近傍を図1(a)で詳細に説明する。図1(a)は、図1(b)に示された圧電素子の幅方向の断面図である。圧電素子101の断面形状は矩形で表示されているが、台形や逆台形でもよい。
【0056】
図中では、第一の電極1011が下部電極、第二の電極1013が上部電極として使用されている。しかし、第一の電極1011と、第二の電極1013の配置はこの限りではない。例えば、第一の電極1011を下部電極として使用しても良いし、上部電極として使用しても良い。同じく、第二の電極1013を上部電極として使用しても良いし、下部電極として使用しても良い。また、振動板103と下部電極の間にバッファ層108が存在しても良い。
なお、これらの名称の違いはデバイスの製造方法によるものであり、いずれの場合でも本発明の効果は得られる。
【0057】
前記液体吐出ヘッドにおいては、振動板103が圧電セラミックス1012の伸縮によって上下に変動し、個別液室102の液体に圧力を加える。その結果、吐出口105より液体が吐出される。本発明の液体吐出ヘッドは、プリンタ用途や電子デバイスの製造に用いる事が出来る。
【0058】
振動板103の厚みは、1.0μm以上15μm以下であり、好ましくは1.5μm以上8μm以下である。振動板の材料は限定されないが、好ましくはSiである。振動板のSiにBやPがドープされていても良い。また、振動板上のバッファ層、電極層が振動板の一部となっても良い。
バッファ層108の厚みは、5nm以上300nm以下であり、好ましくは10nm以上200nm以下である。
吐出口105の大きさは、円相当径で5μm以上40μm以下である。吐出口105の形状は、円形であっても良いし、星型や角型状、三角形状でも良い。
【0059】
次に、本発明の圧電素子を用いた超音波モータについて説明する。
図2は、本発明の超音波モータの構成の一実施態様を示す概略図である。
本発明の圧電素子が単板からなる超音波モータを、図2(a)に示す。超音波モータは、振動子201、振動子201の摺動面に不図示の加圧バネによる加圧力で接触しているロータ202、ロータ202と一体的に設けられた出力軸203を有する。前記振動子201は、金属の弾性体リング2011、本発明の圧電素子2012、圧電素子2012を弾性体リング2011に接着する有機系接着剤2013(エポキシ系、シアノアクリレート系など)で構成される。本発明の圧電素子2012は、不図示の第一の電極と第二の電極によって挟まれた圧電セラミックスで構成される。
【0060】
本発明の圧電素子に位相がπ/2異なる二相の交流電圧を印加すると、振動子201に屈曲進行波が発生し、振動子201の摺動面上の各点は楕円運動をする。この振動子201の摺動面にロータ202が圧接されていると、ロータ202は振動子201から摩擦力を受け、屈曲進行波とは逆の方向へ回転する。不図示の被駆動体は、出力軸203と接合されており、ロータ202の回転力で駆動される。
圧電セラミックスに電圧を印加すると、圧電横効果によって圧電セラミックスは伸縮する。金属などの弾性体が圧電素子に接合している場合、弾性体は圧電セラミックスの伸縮によって曲げられる。ここで説明された種類の超音波モータは、この原理を利用したものである。
【0061】
次に、積層構造を有した圧電素子を含む超音波モータを図2(b)に例示する。振動子204は、筒状の金属弾性体2041に挟まれた積層圧電素子2042よりなる。積層圧電素子2042は、不図示の複数の積層された圧電セラミックスにより構成される素子であり、積層外面に第一の電極と第二の電極、積層内面に内部電極を有する。金属弾性体2041はボルトによって締結され、圧電素子2042を挟持固定し、振動子204となる。
【0062】
圧電素子2042に位相の異なる交流電圧を印加することにより、振動子204は互いに直交する2つの振動を励起する。この二つの振動は合成され、振動子204の先端部を駆動するための円振動を形成する。なお、振動子204の上部にはくびれた周溝が形成され、駆動のための振動の変位を大きくしている。
ロータ205は、加圧用のバネ206により振動子204と加圧接触し、駆動のための摩擦力を得る。ロータ205はベアリングによって回転可能に支持されている。
【0063】
次に、本発明の圧電素子を用いた塵埃除去装置について説明する。
図3(a)および図3(b)は本発明の塵埃除去装置の一実施態様を示す概略図である。塵埃除去装置310は板状の圧電素子330と振動板320より構成される。振動板320の材質は限定されないが、塵埃除去装置310を光学デバイスに用いる場合には透光性材料や光反射性材料を振動板320として用いることができる。
【0064】
図4は図3における圧電素子330の構成を示す概略図である。図4(a)と(c)は圧電素子330の表裏面の構成、図4(b)は側面の構成を示している。圧電素子330は図4に示すように圧電セラミックス331と第1の電極332と第2の電極333より構成され、第1の電極332と第2の電極333は圧電材料331の板面に対向して配置されている。図4(c)において圧電素子330の手前に出ている第1の電極332が設置された面を第1の電極面336、図4(a)において圧電素子330の手前に出ている第2の電極332が設置された面を第2の電極面337とする。ここで、本発明における電極面とは電極が設置されている圧電素子の面を指しており、例えば図4に示すように第1の電極332が第2の電極面337に回りこんでいても良い。
【0065】
圧電素子330と振動板320は、図3(a)(b)に示すように圧電素子330の第1の電極面336で振動板320の板面に固着される。そして圧電素子330の駆動により圧電素子330と振動板320との間に応力が発生し、振動板に面外振動を発生させる。本発明の塵埃除去装置310は、この振動板320の面外振動により振動板320の表面に付着した塵埃等の異物を除去する装置である。面外振動とは、振動板を光軸方向つまり振動板の厚さ方向に変位させる弾性振動を意味する。
【0066】
図5は本発明の塵埃除去装置310の振動原理を示す模式図である。上図は左右一対の圧電素子330に同位相の交番電界を印加して、振動板320に面外振動を発生させた状態を表している。左右一対の圧電素子330を構成する圧電セラミックスの分極方向は圧電素子330の厚さ方向と同一であり、塵埃除去装置310は7次の振動モードで駆動している。下図は左右一対の圧電素子330に位相が180°反対である逆位相の交番電圧を印加して、振動板320に面外振動を発生させた状態を表している。塵埃除去装置310は6次の振動モードで駆動している。本発明の塵埃除去装置310は少なくとも2つの振動モードを使い分けることで振動板の表面に付着した塵埃を効果的に除去できる装置である。
【0067】
前述したように本発明の圧電素子は、液体吐出ヘッド、超音波モータや塵埃除去装置に好適に用いられる。
【0068】
本発明の配向性酸化物セラミックスを含む非鉛系の圧電セラミックスを用いることで、鉛を含む圧電セラミックスを用いた場合と同等以上のノズル密度、および吐出力を有する液体吐出ヘッドを提供出来る。
【0069】
本発明の配向性酸化物セラミックスを含む非鉛系の圧電セラミックスを用いることで、鉛を含む圧電セラミックスを用いた場合と同等以上の駆動力、および耐久性を有する超音波モータを提供出来る。
【0070】
本発明の配向性酸化物セラミックスを含む非鉛系の圧電セラミックスを用いることで、鉛を含む圧電セラミックスを用いた場合と同等以上の塵埃除去効率を有する塵埃除去装置を提供出来る。
【0071】
本発明の圧電セラミックスは、液体吐出ヘッド、超音波モータ、塵埃除去装置に加え、超音波振動子、圧電アクチュエータ、圧電センサ、強誘電メモリ等のデバイスに用いることができる。
【0072】
以下に実施例を挙げて本発明の圧電材料をより具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例により限定されるものではない。なお、実施例および比較例の結果の一部を表1と表2に示す。
【0073】
[比較例1]
磁場を印加しない環境下で、正方晶BaTiO結晶の鋳込み成型を行い、成形体を作成した。まず、固相反応で作成した正方晶BaTiO結晶粉末と水、分散剤を含むスラリーを作成した。代表的なスラリーの成分は、酸化物粉末が60重量%、カルボン酸系の分散剤が2重量%、水が38重量%であった。粒子を分散させてスラリーの粘度を下げるためには、分散剤の種類と量はこの限りではない。スラリー中の粒子は、動的光散乱で評価される粒径が概ね1ミクロン以下になるまでボールミルで混合、解砕された。
得られたスラリーを石膏型に流し込み、鋳込み成形で成形体を作成した。石膏型の形状は原則任意である。本発明中での比較例および実施例では、中心に円筒状の穴(直径24mm、深さ10mm)の空いた直方体状の石膏型1を用いた。図6に示すように、穴の壁面をフィルムで覆った。石膏型にスラリーを流し込んだ後、スラリー中の水分がある程度石膏型に吸収されて、スラリーが成形体となるまで放置した。その後石膏型から成形体を取り出した。取り出した成形体は24時間空気中で乾燥させた。
【0074】
図6には垂直磁場の印加方向が記載されているが、本比較例1は無磁場状態での鋳込み成型の例であり、鋳込み成型中に磁場は印加されていない。
得られた成形体を空気中1300〜1400℃で2〜6時間焼成して、試料Aが得られた。その後X線回折によって試料Aの構成相と結晶配向を評価した。その結果、試料Aは無配向の正方晶結晶であった(図7(a))。
【0075】
[比較例2]
比較例1に示された鋳込み成型を、図6に示されるように、超伝導磁石によって発生した10Tの垂直磁場下で行った。スラリー中の水分がある程度石膏型に吸収され、スラリーが成形体となってから石膏型を磁場中から取り出した。その後一晩乾燥させた後に石膏型から成形体を取り出した。得られた成形体を空気中1300〜1400℃で2〜6時間焼成して、試料Bが得られた。試料Bの表面を研磨した後にX線回折測定を行ったところ、試料Bは(001)配向した正方晶結晶であった(図7(b))。この時、(111)配向度を示すロットゲーリングファクターは−12%であった。ロットゲーリングファクターの計算には、波長0.15406nmのX線による回折角度(2θ)で20°から50°の間のピークを用いた(以後も同様)。
以上に示したように、正方晶チタン酸バリウムは、無磁場での鋳込み成形では当然配向せず、磁場があっても(001)配向してしまう。つまり、酸化物結晶Bが正方晶のチタン酸バリウムのみである場合、(111)配向した正方晶チタン酸バリウムは磁場中での鋳込み成型では容易には得られない。
【0076】
次に、(111)配向した正方晶チタン酸バリウム結晶をえるために、酸化物結晶Bに6H型六方晶の結晶を用いる効果を示す。
【0077】
[比較例3]
モル比がBa:Ti:Mn=1.00:0.98:0.01で表される組成の粉末を作成した。
原料には、炭酸バリウム、酸化チタン、酸化マンガンを用いた。各粉末を目的の組成になるように秤量し混合した。混合された粉末は大気中900から1250℃で、2から20時間かけて仮焼した。次に得られた仮焼粉をボールミルで粉砕し、50から250ミクロンの篩で分級した。仮焼から分級までの工程を1から2回行った。
【0078】
比較例1、2で用いられたBaTiO結晶の粉末は白色であったが、得られた仮焼粉は茶色であった。X線回折測定によると、試料は正方晶結晶と六方晶結晶の二相で構成されていた(図8(a))。
上記仮焼粉に、仮焼粉中のMnと同モル数のNbを与えるNb粉末を混合して酸化物粉末を作成した。
【0079】
続いて、作成した酸化物粉末を含むスラリーを調整した。代表的なスラリーの成分は、比較例1と同様である。スラリー中の粒子は、動的光散乱で評価される粒径が概ね1ミクロン以下になるまでボールミルで混合、解砕された。
【0080】
得られたスラリーは、図6に示されるように、超伝導磁石によって発生した10Tの磁場中に置かれた石膏型に流し込まれた。
スラリーの中では、酸化物結晶Bが磁場によるトルクによって配向する。
【0081】
スラリー中の水分が徐々に石膏型に吸収され、配向した結晶粒子が堆積する。スラリー中の水分がある程度石膏型に吸収され、スラリーが成形体となってから石膏型を磁場中から取り出した。その後一晩乾燥させてから成形体を石膏型から取り出した。得られた成形体を空気中1300〜1400℃で2〜6時間焼成して、試料Cが得られた。試料Cの表面を研磨した後にX線回折測定を行ったところ、試料Cは(001)配向した正方晶結晶であった。ただし、試料Bと比較して、110回折に対する111回折の強度は試料Cの方が大きかった。よって、酸化物結晶Bに六方晶結晶が含まれる効果が少なくとも確認された。(111)配向度を示すロットゲーリングファクターは−2%であった。
【0082】
[比較例4]
モル比がBa:Ti:Mn=1.00:0.96:0.02で表される組成の粉末を作成した。手法は比較例3と同様である。得られた仮焼粉は茶色であった。X線回折測定によると、試料は正方晶結晶と六方晶結晶の二相で構成されていた。
【0083】
さらに比較例3と同様な手法で鋳込み成型を行い、成形体を作成した。得られた成形体を空気中1300〜1400℃で2〜6時間焼成して、試料Dが得られた。その後X線回折によって構成相と配向を評価したところ、試料Dは(001)配向した正方晶結晶単相であった。(111)配向度を示すロットゲーリングファクターは−2%であった。
【0084】
[実施例1]
モル比がBa:Ti:Mn=1.00:0.9:0.05で表される組成の粉末を作成した。手法は比較例3と同様である。得られた仮焼粉は茶色であった。X線回折測定によると、試料は比較例3や4とは異なり、六方晶結晶のみで構成されていた(図8(b))。
さらに比較例3と同様な手法で鋳込み成型を行い、成形体を作成した。
得られた成形体は(001)配向した六方晶チタン酸バリウムであった。スラリー作成時に加えられたNb結晶は僅かであるため、X線回折では検出されなかった。
【0085】
図9には六方晶チタン酸バリウムの204回折強度の試料傾斜角依存性を示す。試料傾斜角度が0°の時に、試料鉛直方向は印加された垂直磁場と概ね平行である。ICDD34−129に記載されている六方晶チタン酸バリウムの構造に基づいて(001)面と(204)面の間の角度を計算すると54.6°となる。図9では、傾斜角度が55°付近で204回折強度が最大となっている。この結果は、成形体が(001)配向していることを示している。試料鉛直方向を軸として、試料を回転させた後に同じ測定をおこなっても、結果は図9と概ね同様であった。
得られた成形体を空気中1300〜1400℃で2〜6時間焼成して、試料Eが得られた。試料Eの表面を研磨した後にX線回折測定を行ったところ、試料Eは(111)配向した正方晶結晶であった。図10に示すように強い111回折が観察された。(111)配向度を示すロットゲーリングファクターは76%であった。
【0086】
[実施例2、3、4]
実施例1ではスラリーに、Mnと同じモル数となるNbの酸化物粉末を加えているが、Nbの代わりにW、V、もしくはTaを加えた実験を行い、試料F、G、Hを得た。試料F、G、Hは(111)配向した正方晶結晶であり、(111)配向度を示すロットゲーリングファクターはそれぞれ83、61、53%であった。
【0087】
[比較例5、6]
実施例1ではスラリーに、Mnと同じモル数となるNbの酸化物粉末を加えているが、Nbの代わりにMoもしくはTiを加えた実験を行い、試料I、Jを得た。試料I、Jを構成する結晶は、焼成後も正方晶に変化することはなく、六方晶結晶のままであった。(111)配向した正方晶結晶は得られなかった。つまり、焼成によって六方晶結晶を正方晶結晶に変化させるためには、少なくともTiよりも価数の高い元素が必要であった。
【0088】
ここまでは、酸化物結晶Bの例として、チタン酸バリウムのBサイトにMnを加えた酸化物を用いたケースを示した。以下に、酸化物結晶Aを還元して酸化物結晶Bを得る場合を示す。
【0089】
[実施例5]
水熱合成法で作成された正方晶チタン酸バリウム粉末(粒径は約100nm)を還元処理して酸化物結晶Bの粉末を得た。還元処理は、大気圧で水素の体積濃度が99%以上であり、温度が1400〜1500℃の雰囲気で30分から120分間行われた。還元処理した粉末をX線回折で評価したところ、構成相は六方晶チタン酸バリウムであった。本還元処理によってチタン酸バリウム粉末の重量が0.2重量%減少した。また粉末の色は白から青に変わった。還元温度を1250℃まで低下させると、六方晶チタン酸バリウムも検出できたが、正方晶チタン酸バリウムが主相であった。主相とは、X線回折を行った場合に、最大のピークを与える相のことである。
1450℃で還元された六方晶チタン酸バリウム粉末を、空気中1000℃で1〜6時間熱処理した。粉末の色は薄い青色となったが、粉末の構成相は熱処理の前後で変化はなかった。本熱処理を実施しなければ、最終的に得られる正方晶チタン酸バリウムの(111)配向度が低下することがあった。
【0090】
続いて、この六方晶チタン酸バリウム粉末を含むスラリーを作成し、磁場中で鋳込み成型をおこなった。用いたスラリーの成分や工程、成形体の作成方法は実施例1とほぼ同様である。ただしスラリーには、六方晶結晶を正方晶結晶に変化させることを目的とした金属成分は加えられていない。つまり、実施例1では、六方晶結晶を正方晶結晶に変化させることを目的に、Mnと同じモル数のNbがスラリーを調整する際に加えられているが、本実施例4のスラリーには同じ目的での金属添加は行われていない。
【0091】
磁場中での鋳込み成型により得られた成形体は、(001)配向した六方晶チタン酸バリウムであった。
成形体を1200から1400℃で空気中で1から6時間、酸化・焼成して配向性酸化物セラミックス(試料K)を得た。試料Kの相対密度は94%以上であった。
【0092】
得られた配向性酸化物セラミックスの表面を研磨した後に、X線回折で構成相と結晶配向を評価した。その結果、得られた配向性セラミックスを構成しているのは、正方晶チタン酸バリウム単相であった。さらに、図10と同じように、111回折の相対強度が強く、得られたセラミックスは(111)配向していることが確認された。
【0093】
[比較例7]
実施例5との比較のために、実施例5で行った鋳込み成型を無磁場環境下で行った。得られた六方晶チタン酸バリウムの成形体はc軸には配向していなかった。成形体を空気中1300℃で6時間焼成して試料Lを得た。試料Lの結晶系は正方晶であったが、結晶配向はランダムであった。
【0094】
次に得られた試料の圧電定数d31(pC/N)を測定した。圧電定数の評価は以下のような手順で行った。
まず試料KとLを研磨して厚みを0.5mmとした。スパッタ法を用いて、表裏に接着層としてTi層(厚み3から10nm)を形成し、続いて金電極(200から300nm)を作成した。その後10×2.5×0.5t mmサイズの短冊状に切断した。
【0095】
続いて、試料に分極処理を施した。試料を一旦100℃に保持し、30分間1kV/mmの直流電界を印加した。その後試料を室温まで自然冷却したが、電界は試料温度が室温に下がるまで印加したままであった。
分極処理を施した試料の圧電定数d31を共振反共振法で測定した。結果を表2に示す。無配向の試料と比較して(111)配向した試料は大きな圧電定数を示すことが確認された。
【0096】
以下に、酸化物結晶Aを高温に保持したのちに急冷して酸化物結晶Bを得る場合を示す。
【0097】
[実施例6]
水熱合成法で作成された正方晶チタン酸バリウム粉末(粒径は約100nm)を、冷間静水等方圧プレスなどの方法で押し固め、棒状の成形体を作成した。この成形体を、例えば浮遊帯溶融法装置を用いるなどして1500℃以上に加熱した後に急冷して六方晶チタン酸バリウムを得た。六方晶チタン酸バリウムは正方晶チタン酸バリウムの高温相であるが、急冷することで室温でも準安定相として六方晶構造を維持する。得られた結晶を酸化物結晶Bとして、実施例5と同様に磁場中で鋳込み成型を行い、成形体を作成した。得られた成形体は(001)配向した六方晶チタン酸バリウムであった。成形体を1300から1400℃で空気中で1から6時間、酸化・焼成して配向性酸化物セラミックス(試料M)を得た。試料Mの相対密度は94%以上であった。X線回折測定によると、焼成された試料Mは正方晶チタン酸バリウム単相であった。記録されたX線回折パターンは、図10と同様に、無配向試料と比較して111回折の相対強度が強いパターンであった。すなわち得られたセラミックスは(111)配向していた。
【0098】
本発明の配向性酸化物セラミックス、つまり(111)配向チタン酸バリウムを用いて、図1、図2、および図3〜5に示される、液体吐出ヘッド、超音波モータおよび塵埃除去装置を試作し、良好な特性であった。
【0099】
【表1】

【0100】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0101】
本発明の配向性酸化物セラミックスの製造方法は、広範な酸化物圧電体セラミックスに好適に応用できる。本発明による結晶配向制御により、結晶配向を制御しない場合に比べて、圧電体セラミックスでは圧電性能を高めることができる。特に非鉛圧電体は環境負荷が小さいので、液体吐出ヘッド、超音波モータ、そして塵埃除去装置などの圧電体セラミックスを多く用いる機器にも問題なく利用することができる。
【符号の説明】
【0102】
101 圧電素子
102 個別液室
103 振動板
104 液室隔壁
105 吐出口
106 連通孔
107 共通液室
108 バッファ層
1011 第一の電極
1012 圧電セラミックス
1013 第二の電極
201 振動子
202 ロータ
203 出力軸
204 振動子
205 ロータ
206 バネ
2011 弾性体リング
2012 圧電素子
2013 有機系接着剤
2041 金属弾性体
2042 積層圧電素子
310 塵埃除去装置
330 圧電素子
320 振動板
330 圧電素子
331 圧電セラミックス
332 第1の電極
333 第2の電極
336 第1の電極面
337 第2の電極面
310 塵埃除去装置
320 振動板
330 圧電素子
1 石膏型
2 フィルム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化物結晶Bを含むスラリーを得る工程と、前記酸化物結晶Bに磁場を印加するとともに前記酸化物結晶Bの成形体を得る工程と、前記成形体を酸化処理して、前記酸化物結晶Bの一部もしくは全体とは異なる結晶系を有する酸化物結晶Cの成形体からなる配向性酸化物セラミックスを得る工程を有することを特徴とする配向性酸化物セラミックスの製造方法。
【請求項2】
前記酸化物結晶Bを含むスラリーを得る工程は、原料を反応させて酸化物結晶Bを得る工程と、前記酸化物結晶Bを含むスラリーを得る工程からなることを特徴とする請求項1に記載の配向性酸化物セラミックスの製造方法。
【請求項3】
前記酸化物結晶Bを含むスラリーを得る工程は、酸化物結晶Aを還元処理して、前記酸化物結晶Aの結晶系とは異なる結晶系を有する酸化物結晶Bを得る工程と、前記酸化物結晶Bを含むスラリーを得る工程からなることを特徴とする請求項1に記載の配向性酸化物セラミックスの製造方法。
【請求項4】
前記酸化物結晶Bを含むスラリーを得る工程は、酸化物結晶Aを高温に保持、急冷して、前記酸化物結晶Aの結晶系とは異なる結晶系を有する酸化物結晶Bを得る工程と、前記酸化物結晶Bを含むスラリーを得る工程からなることを特徴とする請求項1に記載の配向性酸化物セラミックスの製造方法。
【請求項5】
前記酸化物結晶Aと酸化物結晶Cの金属組成が等しいことを特徴とする請求項3または4に記載の配向性酸化物セラミックスの製造方法。
【請求項6】
前記酸化物結晶Bが六方晶のチタン酸バリウムであることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の配向性酸化物セラミックスの製造方法。
【請求項7】
前記配向性酸化物セラミックスが圧電体であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の配向性酸化物セラミックスの製造方法。
【請求項8】
前記配向性酸化物セラミックスの結晶構造がペロブスカイト構造である請求項1乃至7のいずれか1項に記載の配向性酸化物セラミックスの製造方法。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれか1項に記載の製造方法によって製造されたことを特徴とする配向性酸化物セラミックス。
【請求項10】
前記配向性酸化物セラミックスが、下記一般式(1)で表され、c軸が特定の軸から放射状に40°から70°傾いているペロブスカイト構造セラミックスである請求項8に記載の配向性酸化物セラミックス。
【化1】

(式中、MはV,Nb,Ta,Wの少なくとも一種の元素である。0.02<x≦0.05、0<y≦0.05、x≧y、−0.05<α≦0.05である。)
【請求項11】
第一の電極、圧電材料及び第二の電極を有する圧電素子であって、前記圧電材料が請求項9または10に記載の配向性酸化物セラミックスであることを特徴とする圧電素子。
【請求項12】
請求項11に記載の圧電素子を用いた液体吐出ヘッド。
【請求項13】
請求項11に記載の圧電素子を用いた超音波モータ。
【請求項14】
請求項11に記載の圧電素子を用いた塵埃除去装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−184289(P2011−184289A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−23451(P2011−23451)
【出願日】平成23年2月7日(2011.2.7)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度文部科学省元素戦略プロジェクトの委託研究の成果で、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【出願人】(304023994)国立大学法人山梨大学 (223)
【Fターム(参考)】