説明

トランジスタ素子

【課題】単体構造のHBTデバイスと同等の信頼性を得る。
【解決手段】化合物半導体からなる、高電子移動度トランジスタ(HEMT)とヘテロバイポーラトランジスタ(HBT)とを、同一基板上に重ねてエピタキシャル成長した多層構造のトランジスタ素子において、エピ層として内在するインジウムガリウムリン層(InGaP)のバンドギャップエネルギを1.91eV以上にすることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はトランジスタ素子に係り、特に化合物半導体からなる高周波素子用パワーアンプに好適なトランジスタ素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高周波素子用のパワーアンプ(PA)に適用されるヘテロバイポーラトランジスタ(HBT)は、低歪で超高速動作が可能であり、主に携帯電話、無線LANなどの送信部に使われている。このHBTに高電子移動度トランジスタ(HEMT)を付加した構造をBiHEMTという。BiHEMTによりHBTの周辺回路の一部を集積化1チップ化することが可能になる。BiHEMTは、モジュールの小型化や伝送経路の短縮化が実現されることから、モジュールの特性向上を図れるなどの優位性がある。
【0003】
BiHEMTエピタキシャルウエハは化合物半導体基板上にHEMT構造を積み、その上にHBT構造を積んで構成される。HEMT構造には高性能な高抵抗バッファ層が必要であり、この特性を確保する面から、一般的にHEMT構造を下側(基板側)、HBT構造を上側に配置する場合多い(特許文献1、2、3参照)。しかし、逆にHBT構造が下側でHEMT構造が上側の場合も少ないながらも存在する(特許文献1参照)。ただし、この場合には、HEMT構造に要求される高抵抗バッファ層をかなり厚く成長させる必要があり、コスト面でのデメリットがある。
【0004】
BiHEMT中のHEMT及びHBTの構造や材質は、基本的には従来からある単体品と同じであり、単にHEMT単体品の上にHBT単体品が積層されているに過ぎない。HEMT構造とHBT構造を分離するためにもっぱら選択エッチングしやすいInGaP層や、やや選択性に劣るが容易に成長可能なアルミニウム砒素(AlAs)層が用いられている。積層されたHBTとHEMTは、同一の場所で両方同時に使うことが出来ず、配線パターンや電極部などを除くと、どちらか一方のみが使われる排他的な使い方となる。
【0005】
図5を用いてBiHEMTエピタキシャルウエハ15の基本構造を説明する。HEMT構造16は、化合物半導体基板1上に、電流リークを防止し歪を緩衝するためのバッファ層2を、電子を供給するキャリア供給層3、電子が走行する電子走行層(チャネル層)4、電子を供給するキャリア供給層5を、ショットキー電極と接し耐圧をとるためのショットキー層6を、更にその上に電極となる金属との接触抵抗を小さくするためにn型のキャリアを高濃度にドープしたコンタクト層7を順に積層したものである。この上にHEMT部16とHBT部17を分離するための分離層(InGaP又はAlAs)8を積層する。
【0006】
HBT部17は、分離層8上に、外部へ電流を取り出すためのサブコレクタ層9、電子を集めるコレクタ層10、電子の流れを制御するベース層11、電子を放射するエミッタ層12、外部から電流を注入するためのエミッタコンタクト層13を積層したものである。
【0007】
このような薄膜多層構造は、有機金属気相成長法(MOVPE : Metal Organic Vapor Phase Epitaxy, MOCVD : Metal
Organic Chemical Vapor Deposition)や分子線成長法(MBE : Metal Beam Epitaxy)などの方法により形成することが出来る。
【0008】
有機金属気相成長法は、固体或いは液状の有機金属原料をガス化して供給し、昇温した基板上で熱分解、化学反応させて、その上に薄膜結晶をエピタキシャル成長させる方法である。分子線成長法は、超真空中で結晶の構成元素をそれぞれ別々のルツボから蒸発させ、分子線の形で昇温させた基板上に供給し、その上に薄膜結晶をエピタキシャル成長させる方法である。ただし、MBE法は、高真空が要求されることから、蒸気圧の高いリン系のエピタキシャル成長が苦手であり、BiHEMTの場合、もっぱらMOVPE法で成長されている。これらの方法により、化合物半導体基板上に結晶成長させた薄膜多層構造のエピタキシャルウエハが完成し、パターン形成、エッチング、電極形成、保護膜形成やパッケージングなどの加工プロセスを経て、BiHEMTを用いたデバイスが完成する。
【0009】
プロセス後のBiHEMTデバイスの模式化した断面図を図6に示す。半絶縁性化合物半導体基板20、HEMT部21、HBT部22、HEMTのソース電極23、ゲート電極24、ドレイン電極25、HBTのエミッタ電極26、ベース電極27、コレクタ電極28、絶縁エリア29などから形成される。先に説明した通り、一般的なBiHEMTであれば、デバイスの下半分がHEMT部21となり、上半分がHBT部22となる。また、一般的には、パワーアンプとなるHBT部22の面積が多く、バイアス回路などの周辺回路に使用されるHEMT部21の面積は小さい。なお、絶縁エリア29は、必要に応じて形成され、イオンを打ち込んで高抵抗にしたり、エッチングでトレンチを掘り込んだりして形成する方法がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第3439578号公報
【特許文献2】特開2010−263018号公報
【特許文献3】特開2008−60554号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前述のとおり、BiHEMTデバイスは、従来のHEMTデバイスやHBTデバイスを組み合わせて製作したモジュールに対して、モジュールの小型化や伝送ロス低減による電気特性の向上が期待されるが、次世代通信(LTE、A−LTE)など要求特性の非常に厳しい信頼性試験において、従来の単体のHBTデバイスと比較して、特性が劣化し易いという問題を抱えていた。
【0012】
本発明の目的は、単体構造のHBTデバイスと同等の信頼性を有するトランジスタ素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の一実施の態様によれば、化合物半導体からなる、高電子移動度トランジスタ(HEMT)とヘテロバイポーラトランジスタ(HBT)とを、同一基板上に重ねてエピタキシャル成長した多層構造のトランジスタ素子において、エピ層として内在するインジウムガリウムリン層(InGaP)のバンドギャップエネルギを1.91eV以上にすることを特徴とするトランジスタ素子が提供される。
【0014】
前記エピ層として内在するInGaP層は、HEMTとHBTを分離するための分離層、HBTのエミッタ層、またはHEMTとHBTを分離するための分離層及びHBTのエミッタ層であることが好ましい。
【0015】
前記化合物半導体なるものが、GaAs、AlGaAs、InGaAs、InGaP、InAlGaPのいずれか複数若しくは全てを含むことが好ましい。
【0016】
上記化合物半導体のいずれかにドープされるn型不純物がSi、Sn、S、Se、Teの何れか若しくは複数を含むことが好ましい。
【0017】
前記化合物半導体のいずれかにドープされるp型不純物がC(カーボン)であることが好ましい。
【0018】
前記エピ層として内在するInGaP層とGaAs層との格子不整合度が、エックス線解析測定において±500s以内であることが好ましく、±200s以内であることがより好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、単体構造のHBTデバイスと同等の信頼性を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施例1に係るトランジスタ素子のエピタキシャルウエハの構造図である。
【図2】本発明の実施例2に係るトランジスタ素子のエピタキシャルウエハの構造図である。
【図3】本発明の実施例3に係るトランジスタ素子のエピタキシャルウエハの構造図である。
【図4】本実施例及び比較例におけるBiHEMTを構成するHBT部の信頼性試験の比較結果を示す図である。
【図5】従来のトランジスタ素子のエピタキシャルウエハの基本構造図である。
【図6】従来のエピタキシャルウエハを用いて製作したトランジスタ素子の概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
(発明の概要)
前述したように、BiHEMTデバイスを構成するHBTデバイスは、単体構造のHBTデバイスより劣化し易いという問題があった。この原因としてBiHEMTに内在するInGaPの特性に問題があることが分かった。InGaPの特性を改善する大きなポイントの一つとしては、InGaP層を低温で成長させることである。
【0022】
しかしながら一概に低温で成長するといっても、炉の構造やヒータの配置の違いやそれに伴う成長圧力などの諸条件の違いによって、実際に常用する成長条件にかなりの差異を生じるため、単純に温度で規定することが難しい。
【0023】
ところで、半導体のバンドギャップエネルギは温度が上昇することで減少する傾向がある。そこで、発明者は、温度ではなく、InGaPのバンドギャップエネルギに着目して検討した。その結果、InGaP層のバンドギャップエネルギを1.91eV以上にすることが出来れば、前述の通り炉の構造やヒータの配置や成長圧力などの諸条件が異なっていても、分布などの影響は残るものの、一様にBiHEMTのHBT部の信頼性の向上を図れることを見出した。本発明は、上記知見に基づいてなされたものである。
【0024】
本発明の一実施の態様では、化合物半導体からなる、高電子移動度トランジスタ(HEMT)とヘテロバイポーラトランジスタ(HBT)とを、同一基板上に重ねてエピタキシャル成長した多層構造のトランジスタ素子において、エピ層として内在するインジウムガリウムリン層(InGaP)のバンドギャップエネルギを1.91eV以上にすることを特徴としている。エピ層に内在するInGaP層のバンドギャップエネルギを1.91e
V以上とすることで、低温でInGaP層を成長させることになるので、トランジスタ素子中のHBTの信頼性が向上する。
【0025】
実施の態様によっては、バンドギャップエネルギを1.91eV以上とするInGaP層は分離層であることも、エミッタ層であることも、あるいは分離層及びエミッタ層であることもある。これらはHBTの信頼性向上において高い効果が得られる組合せである。
【0026】
また、実施の態様によっては、上記化合物半導体なるものが、GaAs、AlGaAs、InGaAs、InGaP、InAlGaPのいずれか複数若しくは全てを含んでいることもある。これはHBTの信頼性向上において高い効果の得られる化合物半導体の組み合わせである。InP系でも実施の形態の考えに則れば、同様の効果を得られる組み合わせがあると考えているが、成長が難しい。
【0027】
(第1の実施の形態)
図1に示す第1の実施の形態のトランジスタ素子用エピタキシャルウエハでは、エピ層として内在するInGaP層は分離層である。
【0028】
図1に示すように、トランジスタ素子用エピタキシャルウエハ50は、GaAsからなる半絶縁性基板31上に、HEMT構造51が形成され、そのHEMT構造51上に、In(1−y)GaP層(0<y<1)からなる分離層40を介して、HBT構造52が形成されたBiHEMT構造を有するものである。
【0029】
HEMT構造51は、2層のバッファ層となるGaAs層32a、AlGaAs層32b、キャリア供給層33となるn型AlGa(1−x)As層(0<x<1)、スペーサ層34となるAlGa(1−x)As層(0<x<1)、チャネル層35となるInGa(1−x)As層(0<x<1)、スペーサ層36となるAlGa(1−x)As層(0<x<1)、キャリア供給層37となるn型InGa(1−x)As層(0<x<1)、ショットキー層38となるAlGa(1−x)As層(0<x<1)、コンタクト層39となるn型GaAs層を順に積層することにより形成される。
【0030】
HBT構造52は、サブコレクタ層41となるn型GaAs層、コレクタ層42となるn型GaAs層、ベース層43となるp型GaAs層、エミッタ層44となるn型InGaP層、エミッタコンタクト層45となるn型GaAs層、ノンアロイコンタクト層46となるn型InGa(1−x)As層(0<x<1)を順に積層することにより形成される。
【0031】
HEMT構造51とHBT構造52とを分離するIn(1−y)GaP層(0<y<1)からなる分離層40は、バンドギャップエネルギを1.91eV以上とした構造である。上記分離層40は、HBT構造52を分離層40まで選択的にエッチングすることを可能とするストッパ層でもある。
【0032】
GaAs層上に形成されたIn(1−y)GaPは、そのバンドギャップエネルギがGa組成yに依存して変化する。Ga組成yが約0.515で約1.91eVとなる。Ga組成yが0.515より大きくなると1.91eVより大きくなる。一方、Ga組成yが0.515より小さくなると1.91eVより小さくなる。
【0033】
したがって、In(1−y)GaPのバンドギャップエネルギを1.91eV以上にするには、Ga組成yを0.515より大きくするとよい。バンドギャップエネルギは温度が上昇することで減少する傾向があるので、温度を下げることにより、バンドギャップエネルギを増加させることができる。
【0034】
BiHEMTに内在するInGaP層のバンドギャップエネルギを1.91eV以上とすることでBiHEMT中のHBTの信頼性が向上する。この理由としては、色々と考えられるが、大きなポイントの一つとしては、低温でInGaPを成長させることである。
【0035】
InGaPを低温成長する効果としては、(a)InGaP/GaAs界面の遷移層低減、(b)InGaP中への不純物取り込みの低減、(c)エミッタ層にInGaPを用いた場合、価電子帯のバンドギャップエネルギ差(ΔEv)大によりベース電流制限による発熱の抑制などが挙げられる。以下各効果について詳述する。
【0036】
(a)InGaP/GaAs界面の遷移層は、その層が存在するとデバイスにおいて抵抗成分になったり、欠陥を多く含むので再結合を起こし易くなったりして、発熱などにより信頼性を低下させてしまう。また、エッチングプロセスにおいて、遷移層は中途半端に残るため、電極直下での抵抗成分の増加や表面電流の増加を引き起こし、同様に信頼性を低下させてしまう。したがって、InGaP/GaAs界面の遷移層が低減することにより、HBTの信頼性が向上する。
【0037】
(b)InGaP中への不純物の取り込みについては、主に砒素(As)を考えており、これにより深い順位の形成や組成シフトによる格子歪を生じさせ、再結合電流の増大を生じさせ、信頼性の低下を引き起こしてしまう。したがって、InGaP中への不純物取り込みが低減することにより、HBTの信頼性が向上する。
【0038】
(c)ΔEv大におるベース電流制限は、物質にもよるがInGaPの場合、ディスオーダー化によりバンドギャップが広がると、GaAsとのヘテロ界面においてΔEvが大きくなる方向になるので、この場合には、HBTのエミッタ層にこのInGaPを用いれば、ベース電流がより制限される方向になるので、トータルの電流(主にIe)を減らせるので、発熱を抑制する方向へ働き、信頼性の向上へ寄与できる。したがって、ΔEv大によりベース電流制限による発熱が抑制されることにより、HBTの信頼性が向上する。
【0039】
したがって、上記(a)および(b)から、InGaPのバンドギャップエネルギを1.91eV以上にすることにより、HBTの信頼性を向上する場所の一つが本実施の形態で採用した分離層40であると言える。上記場所を分離層40及びエミッタ層44とすると、一番高い効果の得られる組み合わせとなる。
【0040】
また、実施の形態によっては、InGaP/GaAsの格子不整合度を規定することが好ましい。InGaPはバンドギャップエネルギが大きくなるとGaAs(コンタクト層39)との格子不整合度が大きくなる。格子不整合度が大きくなると、たとえInGaPのバンドギャップエネルギを1.91eV以上に出来たとしても、結晶の歪により、抵抗成分が生じたり、欠陥の発生による再結合電流の増大が起きたりして信頼性へ影響を与えるため、実施の形態の効果が得られなくなる。エックス線解析測定において、GaAsとの格子不整合度は、最低でも±500s以内とする必要があり、±200s以内であれば十分に本実施の形態の効果を得ることが出来る。ここでsは角度の単位としての秒である。
【0041】
エピ層へのn型不純物としてはシリコン(Si)、スズ(Sn)、イオウ(S)、セレン(Se)、テルル(Te)の何れか若しくは複数を含んでいてもよい。本実施の形態では、基本的にn型ドーパントの種類にあまり依存しないと考えているが、ここで掲げた種類は、少なくとも検証できている。
【0042】
また、エピ層へのp型不純物としてはカーボンがよい。p型のドーパントにカーボンを
用いると本実施の形態の効果が高いといえる。一例としては、HBTのp型ベース層へのドーピングがこれに該当するが、カーボン以外のドーパント、例えば亜鉛などを用いると、亜鉛自体が熱拡散や電界による異常拡散を引き起こし、本実施の形態の効果がマスクされてしまう。
【0043】
本実施の形態によれば、以下に挙げる一つ又はそれ以上の効果を有する。
(1)BiHEMTに内在するInGaP層のバンドギャップエネルギを1.91eV以上とすることでBiHEMT中のHBTの信頼性が向上し、単体構造のHBTエピタキシャルウエハと同等の特性を発揮できる。
【0044】
(2)特に、BiHEMT中のHEMTとHBTの分離層にバンドギャップエネルギ1.91eV以上のInGaP層を用いると、既述した(a)および(b)の理由から、HBTの信頼性向上に大きな効果を得られる。
【0045】
(3)BiHEMTを構成する化合物半導体なるものが、GaAs、AlGaAs、InGaAs、InGaP、InAlGaPのいずれか複数若しくは全てを含む組合せであると、一番高い効果が得られる。
【0046】
(4)エピ層として内在するInGaP層とGaAs層の格子不整合度が、エックス線解析測定において±500s以内、好ましくは±200s以内であると、信頼性へ影響が少ないため、本実施の形態の効果が十分に得られる。
【0047】
(5)本実施の形態のBiHEMTエピタキシャルウエハは、信頼性試験において単体構造のHBTエピタキシャルウエハと同等の特性を発揮できるので、小型化と高信頼性を両立した次世代通信用のパワーアンプ用のエピタキシャルウエハを提供することが可能である。したがって、本実施の形態のBiHEMTデバイスにおいても、単体構造のHBTデバイスと同等の特性を発揮できるので、小型化と高信頼性を両立した次世代通信用のパワーアンプを提供することが可能である。
【0048】
(第2の実施の形態)
図2に示す第2の本実施の形態のトランジスタ素子用エピタキシャルウエハでは、エピ層として内在するInGaP層はエミッタ層である。エミッタ層48をバンドギャップエネルギが1.91eV以上のIn(1−y)GaP層(0<y<1)で構成し、分離層47は従来例と同様に1.91eV未満のInGaP層で構成している。このように、BiHEMT中のHBTのエミッタ層48に1.91eV以上のInGaP層を用いても、既述したc)の効果により、第1の実施の形態と同様に高い効果を得ることができる。
【0049】
(第3の実施の形態)
図3に示す第3の実施の形態のトランジスタ素子用エピタキシャルウエハでは、エピ層として内在するInGaP層は分離層及びエミッタ層である。分離層40のみならず、エミッタ層48もバンドギャップエネルギが1.91eV以上のIn(1−y)GaP層(0<y<1)で構成している。その他の構成は第1の実施の形態と同じである。このように、BiHEMT中のHEMTとHBTの分離層40及びHBTのエミッタ層48にバンドギャップエネルギ1.91eV以上のInGaP層を用いると、既述したa)〜c)の理由から、第1の実施の形態よりもさらに大きな効果を得ることができる。
【0050】
(変形例)
本発明は以上説明した実施例の限定されるものではなく、多くの変形が本発明の技術的思想内で当分野において通常に知識を有する者により可能である。
【0051】
実施の形態では、InGaP層をBiHEMT中のHBTとHEMTの分離層40や、HBTのInGaPエミッタ層48に適用した場合について記載したが、この他の層に適用しても、前述の層ほどではない場合もあるが、同様な効果が得られる。例えば、基板31とエピ部を分離するための層、HEMT部のゲート出し選択エッチングやHBTのコレクタ出し選択エッチングに用いるエピ層などに本発明のInGaP層を適用した場合が該当する。
【0052】
また、実施の形態では、HEMT部の構造に、チャネル層(電子走行層)35をキャリア供給層33、37で挟んだダブルドーピング構造を採用しているが、キャリア供給層が1つしかない、すなわちシングルドープ構造に替えても同様な効果を得られる。
【0053】
また、本実施の形態では、HEMT部のキャリア供給層に、ドーピング層に厚みを持たせた一般的なエピ構造を採用しているが、故意にドーピング層に厚みを持たせないプレーナドーピング的な層を用いても、同様な効果を得られる。
【0054】
また、本実施の形態では、HEMT部のバッファ層32をGaAs単層としているが、もっと高度な構造、例えばAlxGa(1−x)As(0<x<1)/GaAsを周期的に積層するようなスーパーラティス構造や、単層または多層のAlxGa(1−x)As(0<x<1)を含むバッファ構造において、層の一部または全部に酸素をドーピングした特殊なバッファ構造などでも、同様な効果を得られる。
【実施例】
【0055】
(実施例1)
図1に示すトランジスタ素子用エピタキシャルウエハを製作した。その製作方法では、先ず、半絶縁性基板31上に、HEMT構造51を形成するために、III族原料ガス、V
族原料ガス、ドーパント原料ガスなどを供給し、MOVPE成長法により、GaAsバッファ層32aを500nm、AlGaAsバッファ層32bを50nm、Siでn型にドーピングしたAlxGa(1−x)As(x=0.3)キャリア供給層33を30nm、AlxGa(1−x)As(x=0.3)スペーサ層34を10nm、InxGa1−xAs(x=0.18)チャネル層35を15nm、AlxGa(1−x)As(x=0.3)スペーサ層36を10nm、Siでn型にドーピングしたAlxGa(1−x)As(x=0.48)キャリア供給層37を30nm、AlxGa(1−x)As(x=0.3)ショットキー層38を30nm、Siでn型にドーピングしたGaAsコンタクト層39を600nm、順番にエピタキシャル成長した。HEMT構造51の各層を成長させる際は、成長温度を580℃以上750℃以下とした。また、成長圧力を6666Pa(50torr)、V/III比を10以上300以下とした。
【0056】
本実施例では、GaAsコンタクト層39の上にHEMT構造51とHBT構造52を分離するための分離層40にバンドギャップエネルギ1.91eV以上のIn(1−y)GaP層(0.515≦y)を10nm成長した。InGaP層40の成長温度は、前述のGaAsコンタクト層39より低い温度で成長させるため、温度インターバルを設けている。この実施例では、HEMT構造51のGaAsコンタクト層39を成長後、キャリアガスとアルシンを流しながら降温し、5族原料をアルシンからホスフィンに切り替え、InGaP層40を成長している。バンドギャップエネルギが1.91eV以上となるInGaP層40の成長温度は、原料ガスが分解に必要な熱をどのような経緯で受けるかによって変わる。要するに装置依存性があるが、おおよそ550℃以下にすれば1.91eV以上が得られる。したがって、成長温度は550℃以下とし、成長圧力、V/III比はHEMT構造51の条件と同じとした。
【0057】
InGaP層40を成長した後、今度はキャリアガスとホスフィンを流しながら昇温し
、ホスフィンをアルシンに切り替えて、この分離層40の上にHBT構造52として、Siでn型にドーピングしたGaAsサブコレクタ層41を500nm、Siでn型にドーピングしたGaAsコレクタ層42を700nm、C(カーボン)でp型にドーピングしたGaAsベース層43を120nm、Siでn型にドーピングしたInGaPエミッタ層44を40nm、Siでn型にドーピングしたGaAsエミッタコンタクト層45を100nm、Siでn型にドーピングしたInxGa(1−x)As(0<x<1)ノンアロイコンタクト層46、を成長した。HBT構造52の各層を成長させる際は、HEMT構造51の移動度の低下させないように、成長温度をHEMT構造51の成長温度よりも低く、400℃以上580℃以下とした。また、成長圧力を6666Pa(50torr)、V/III比を0.5以上300以下とした。このうち、サブコレクタ層41、コレクタ層42の成長時のV/III比は1以上75以下とした。
【0058】
(実施例2)
図2に示すBiHEMTエピタキシャルウエハを製作した。分離層47は、GaAsコンタクト層39と同じ温度で成長させて、InGaPのバンドギャップエネルギを1.91eV未満とした。エミッタ層48は、基本的に実施例1のInGaP分離層40と同じ成長方法で成長させた。ただし、直前に成長しているGaAsベース層43の成長温度がInGaPエミッタ層48の成長温度である550℃以下より低いため、GaAsベース層成長後の温度変更のインターバルは昇温となる。エミッタ層48は、成長温度550℃以下でベース層43の成長温度よりも高い温度で成長させて、バンドギャップエネルギを1.91eV以上とした。
【0059】
なお、ベース層43と同じ成長温度でInGaPエミッタ層48を成長しても、バンドギャップエネルギは、1.91eV以上となるが、n型ドーパントが分解し難い温度となるため、実用的でない。
【0060】
(実施例3)
図3に示すBiHEMTエピタキシャルウエハを製作した。InGaPエミッタ層48の成長方法は実施例2と同じとし、他のエピ層は分離層40も含めて実施例1と同様に製造した。これにより分離層40及びエミッタ層48のバンドギャップエネルギをともに1.91eV以上とした。
【0061】
(比較例)
比較例のBiHEMTは、InGaP分離層をGaAsコンタクト層と同じ温度で成長させた点を除いて、実施例1と同様に製造して、分離層及びエミッタ層のInGaPのバンドギャップエネルギをともに1.91eV未満とした。
【0062】
(評価)
実施例1、2、3、及び比較例の方法で製作した化合物半導体基板上に結晶成長させた薄膜多層構造のトランジスタ素子用エピタキシャルウエハ50を用い、パターン形成、エッチング、電極形成、保護膜形成やパッケージングなどの加工プロセスを経て、BiHEMTを用いたデバイスを完成した(図6参照)。このデバイスは、送信用パワー増幅器において使用されるとき、低電圧で動作し、出力信号の歪みを抑え、消費電力を軽減でき、かつ高移動度を有する。
【0063】
図4は、BiHEMTにおけるHBT構造52の信頼性を評価した結果である。縦軸は規格化した増幅率β、横軸は規格化した通電時間を示す。エミッタ電流が平方センチメートルあたりエミッタ面積に対して1×10Aとなるようにベース電流を調整している。なお、測定値は、それぞれの水準に付き20個の平均値を表している。
【0064】
図4を見て分かるように、比較例の方法で製作したHBTは、通電時間途中で電流増幅率の落ち込みが見られ、デバイスの劣化が起こっている。これに対して本実施例の方法で製作したHBTは、実施例1、実施例2、実施例3ともその電流増幅率の変化が小さかった。特にデバイス分離層とエミッタ層に本実施の形態を適用した実施例3では、その効果が大きく、今回の実験範囲においては、ほとんど増幅率の劣化が見られなかった。
【0065】
理由に付いては既述したとおり、InGaP層を従来に無いほどの低温で成長させることにより、ヘテロ界面急峻性の改善、不純物混入の低減、HBTのエミッタに適用した場合に限定されるがΔEv大、などの効果が得られるためである。
【0066】
以上より、実施例1〜3から作製したトランジスタ素子を構成するHBTデバイスが、単体構造のHBTデバイスと同等の信頼性を実現できることがわかった。
【0067】
(付記)
以下、本発明の好ましい形態を付記する。
【0068】
<付記1>
化合物半導体からなる、HEMTとHBTを、同一基板上に重ねてエピタキシャル成長した多層構造(BiHEMT)において、エピ層として内在するインジウムガリウムリン層(InGaP)のバンドギャップエネルギを1.91eV以上にすることを特徴とするBiHEMT構造。
【0069】
<付記2>
付記1において、エピ層として内在するInGaP層がHEMTとHBTを分離するための分離層とHBTのエミッタ層であることを特徴とするBiHEMT構造。
【0070】
<付記3>
付記1において、化合物半導体なるものが、GaAs、AlGaAs、InGaAs、InGaP、InAlGaPのいずれか複数若しくは全てを含むことを特徴とするBiHEMT構造。
【0071】
<付記4>
付記3において、エピ層として内在するInGaP層とGaAs層の格子不整合度が、エックス線解析測定において±500s以内であることを特徴とするBiHEMT構造。
【0072】
<付記5>
付記3において、エピ層として内在するInGaP層とGaAs層の格子不整合度が、エックス線解析測定において±200s以内であることを特徴とするBiHEMT構造。
【0073】
<付記6>
付記4及び5において、エピ層として内在するInGaP層がHEMTとHBTを分離するための分離層であることを特徴とするBiHEMT構造。
【0074】
<付記7>
付記3において、n型不純物がSi、Sn、S、Se、Teの何れか若しくは複数を含むことを特徴とするBiHEMT構造。
【0075】
<付記8>
付記7において、エピ層として内在するInGaP層とGaAs層の格子不整合度が、エックス線解析測定において±500s以内であることを特徴とするBiHEMT構造
【0076】
<付記9>
付記7において、エピ層として内在するInGaP層とGaAs層の格子不整合度が、エックス線解析測定において±200s以内であることを特徴とするBiHEMT構造。
【0077】
<付記10>
付記8及び9において、エピ層として内在するInGaP層がHEMTとHBTを分離するための分離層とHBTのエミッタ層であることを特徴とするBiHEMT構造。
【0078】
<付記11>
付記7において、p型不純物がC(カーボン)であることを特徴とするBiHEMT構造。
<付記12>
付記11において、エピ層として内在するInGaP層とGaAs層の格子不整合度が、エックス線解析測定において±500s以内であることを特徴とするBiHEMT構造。
【0079】
<付記13>
付記11において、エピ層として内在するInGaP層とGaAs層の格子不整合度が、エックス線解析測定において±200s以内であることを特徴とするBiHEMT構造。
【0080】
<付記14>
付記12及び13において、エピ層として内在するInGaP層がHEMTとHBTを分離するための分離層とHBTのエミッタ層であることを特徴とするBiHEMT構造。
【0081】
<付記15>
付記1において、エピ層として内在するInGaP層がHBTのエミッタ層であることを特徴とするBiHEMT構造。
【0082】
<付記16>
付記15において、化合物半導体なるものが、GaAs、AlGaAs、InGaAs、InGaP、InAlGaPのいずれか複数若しくは全てを含むことを特徴とするBiHEMT構造。
【0083】
<付記17>
付記16において、n型不純物がSi、Sn、S、Se、Teの何れか若しくは複数を含むことを特徴とするBiHEMT構造。
【0084】
<付記18>
付記17において、エピ層として内在するInGaP層とGaAs層の格子不整合度が、エックス線解析測定において±500s以内であることを特徴とするBiHEMT構造。
【0085】
<付記19>
付記17において、エピ層として内在するInGaP層とGaAs層の格子不整合度が、エックス線解析測定において±200s以内であることを特徴とするBiHEMT構造。
【0086】
<付記20>
付記18及び19において、HBTのベース層のドーピングにC(カーボン)を用いることを特徴とするBiHEMT構造。
【符号の説明】
【0087】
1:化合物半導体基板、2:バッファ層、3:キャリア供給層、4:電子走行層(チャネル層)、5:キャリア供給層、6:ショットキー層、7:コンタクト層、8:分離層、
9:サブコレクタ層、10:コレクタ層、11:ベース層、12:エミッタ層、13:エミッタコンタクト層、20:半絶縁性化合物半導体基板、21:HEMT部、22:HBT部、23:ソース電極、24:ゲート電極、25:ドレイン電極、26:エミッタ電極、27:ベース電極、28:コレクタ電極、29:絶縁エリア、31:半絶縁性基板、32a:GaAsバッファ層、32b:AlGaAsバッファ層、33:AlGa(1−x)As(0<x<1)キャリア供給層、34:AlGa(1−x)As(0<x<1)スペーサ層、35:InGa1−xAs(0<x<1)チャネル層、36:AlGa(1−x)As(0<x<1)スペーサ層、37:AlGa(1−x)As(0<x<1)キャリア供給層、38:AlGa(1−x)As(0<x<1)ショットキー層、39:GaAsコンタクト層、40:分離層(本実施の形態のIn(1−y)GaP層)、41:GaAsサブコレクタ層、42:GaAsコレクタ層、43:GaAsベース層、44:InGaPエミッタ層、45:GaAsエミッタコンタクト層、46:InGa(1−x)As(0<x<1)ノンアロイ層、47:分離層(InGaP層)、48:エミッタ層(本実施の形態のIn(1−y)GaP層)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化合物半導体からなる、高電子移動度トランジスタとヘテロバイポーラトランジスタとを、同一基板上に重ねてエピタキシャル成長した多層構造のトランジスタ素子において、
エピ層として内在するInGaP層のバンドギャップエネルギを1.91eV以上にすることを特徴とするトランジスタ素子。
【請求項2】
請求項1に記載のトランジスタ素子において、前記エピ層として内在するInGaP層は高電子移動度トランジスタとヘテロバイポーラトランジスタを分離するための分離層であることを特徴とするトランジスタ素子。
【請求項3】
請求項1に記載のトランジスタ素子において、前記エピ層として内在するInGaP層はヘテロバイポーラトランジスタのエミッタ層であることを特徴とするトランジスタ素子。
【請求項4】
請求項1に記載のトランジスタ素子において、前記エピ層として内在するInGaP層は高電子移動度トランジスタとヘテロバイポーラトランジスタを分離するための分離層及びヘテロバイポーラトランジスタのエミッタ層であることを特徴とするトランジスタ素子。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかに記載のトランジスタ素子において、前記化合物半導体なるものが、GaAs、AlGaAs、InGaAs、InGaP、InAlGaPのいずれか複数若しくは全てを含むことを特徴とするトランジスタ素子。
【請求項6】
請求項5に記載のトランジスタ素子において、n型不純物がSi、Sn、S、Se、Teの何れか若しくは複数を含むことを特徴とするトランジスタ素子。
【請求項7】
請求項6に記載のトランジスタ素子において、p型不純物がC(カーボン)であることを特徴とするトランジスタ素子。
【請求項8】
請求項5〜7のいずれかに記載のトランジスタ素子において、前記エピ層として内在するInGaP層とGaAs層の格子不整合度が、エックス線解析測定において±500s以内であることを特徴とするトランジスタ素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−21024(P2013−21024A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−151108(P2011−151108)
【出願日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】