説明

ヘテロ接合バイポーラトランジスタ

【課題】高電流注入における高周波特性が改善されたダブルヘテロ接合バイポーラトランジスタを提供すること。
【解決手段】基板1上に、サブコレクタ層2、コレクタ層、ベース層4、エミッタ層5、キャップ層6が順次積層されたダブルヘテロ接合バイポーラトランジスタにおいて、前記コレクタ層が、第1の半導体層31と第2の半導体層32の積層構造から形成され、第1の半導体層31と第2の半導体層32がType−II型のヘテロ接合を形成し、第2の半導体層32とベース層4がホモ接合あるいはType−I型のヘテロ接合を形成することを特徴とするダブルヘテロ接合バイポーラトランジスタを構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はヘテロ接合バイポーラトランジスタに関し、特に、基板上に、サブコレクタ層、コレクタ層、ベース層、エミッタ層およびキャップ層が順次積層されたnpn形のヘテロ接合バイポーラトランジスタに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヘテロ接合バイポーラトランジスタ(HBT:Heterojunction Bipolar Transistor)には、ベース層とコレクタ層に同じ半導体材料を用いたシングルヘテロ接合バイポーラトランジスタ(SHBT:Single HBT)と、異なる半導体材料を用いたダブルへテロ接合バイポーラトランジスタ(DHBT:Double HBT)とがある。一般に、エピタキシャル結晶成長が容易なことからSHBT構造が用いられる場合が多いが、コレクタ耐圧を大きくする必要がある場合などは、コレクタ層に広バンドギャップ半導体材料を用いたDHBT構造が採用されている。
【0003】
さらに、DHBTには、ベース層の半導体材料とコレクタ層の広バンドギャップ半導体材料がType−I型のヘテロ接合を形成するもの(以下、単に「Type−I型DHBT」という)と、Type−II型のヘテロ接合を形成するもの(以下、単に「Type−II型DHBT」という)がある。
【0004】
Type−I型DHBTは、使用できる半導体材料の組み合わせが豊富にあり、しかも、エピタキシャル結晶成長が比較的容易なことから、早い時期から、多くの研究機関で開発が進められてきた。このType−I型DHBTは、ベース層と広バンドギャップ層の間に伝導帯端エネルギ障壁が生じてしまうために、いわゆる電流ブロッキング効果が働いてしまうという問題があったが、現在では、組成傾斜層などを用いることによって良好なデバイス特性が得られている。しかしながら、高電流注入領域においては、コレクタ空間電荷の増加とともに組成傾斜層の効果が緩和されてしまうために、SHBT並みの高周波特性を得ることは難しいものとされている。
【0005】
一方、Type−II型DHBTは、Type−II型ヘテロ接合を形成する半導体材料の組み合わせが少なく、エピタキシャル結晶成長も比較的難しいこともあり、最近になって開発が進められるようになった。しかしながら、Type−II型DHBTは、ベース層と広バンドギャップ層の間に伝導帯端エネルギ障壁が発生しないために、層構造に特殊な工夫を施さなくとも良好なデバイス特性を得ることができる。その結果、Type−I型DHBTと同等かそれ以上の性能を示すものが既に報告されている。
【0006】
図4は、従来のType−II型DHBTの一例を示す図である。同図に示すように、半絶縁性InPからなる基板1上に高濃度に不純物が添加されたn型のInPからなるサブコレクタ層2が形成され、サブコレクタ層2上にn型のInPからなるコレクタ層3が形成され、コレクタ層3上に高濃度に不純物が添加されたp型のGaAsSbからなるベース層4が形成され、ベース層4上にn型のInAlPからなるエミッタ層5が形成され、エミッタ層5上に高濃度に不純物が添加されたn型のInGaAsからなるキャップ層6が形成され、キャップ層6上にエミッタ電極13が形成されている。また、サブコレクタ層2上にコレクタ電極11が形成され、ベース層4上にベース電極12が形成されている。
【0007】
図5は、図4記載の破線A−A’における、エミッタ層5からコレクタ層3までのエネルギ・バンド図である。同図に示すように、ベース層4に使用されるGaAsSbとコレクタ層3に使用されるInPは、Type−II型ヘテロ接合を形成するために、ベース層4からコレクタ層3へと注入される電子に対して伝導帯端エネルギ障壁が形成されない。このため、図4に示すType−II型DHBTは、コレクタ耐圧が大きく、かつ、高電流注入領域においても優れた高周波特性が得られるものと期待されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】C. Maneux, M. Belhaj, B. Grandchamp, N. Labat,and A. Touboul, “Two-Dimensional DC Simulation Methodology for InP/GaAs0.51Sb0.49/InP Heterojunction Bipolar Transistor,”Solid-State Electronics, Vol. 49, pp. 956−964, 2005.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
さらに、図5に示すように、Type−II型DHBTでは、ベース層4とコレクタ層3の間に価電子帯端エネルギ障壁が形成されるために、ベース層4からコレクタ層3へ正孔が注入されることがない。このため、Type−II型DHBTでは、SHBTとは異なり、高電流注入領域においてベース・プッシュ・アウト効果(あるいは、カーク効果)が発生しない。従って、Type−II型DHBTは、SHBTと比べても、より優れた高周波特性を示すことが期待される。
【0010】
しかしながら、実際は、Type−II型DHBTが、SHBTと同等あるいはそれ以上の高周波特性を示すことを報告した例はない。図6は、実際に、本発明者らが試作した図4に記載のType−II型DHBTと、InP/InGaAs系SHBTの電流利得遮断周波数を、コレクタ電流密度の関数としてプロットし、比較したものである。ここでは、両者の高周波特性を公平に比較評価するために、エミッタ層、ベース層、コレクタ層を同じ厚さにしている。具体的には、エミッタ層は40nm、ベース層は35nm、コレクタ層は150nmである。同図から分かるように、電流利得遮断周波数のピーク値として、Type−II型DHBTでは300GHz、SHBTでは340GHzが得られており、Type−II型DHBTの高周波特性が、必ずしもSHBTよりも優れているわけではない。さらに重要なことは、電流利得遮断周波数のピーク値を与えるコレクタ電流密度(〜6mA/μm)を超えた高電流注入領域においては、Type−II型DHBTの方が、SHBTより、はるかに急激に電流利得遮断周波数が劣化していくということである。この事実は、高電流注入領域において、ベース・プッシュ・アウト効果以外の深刻な問題が、Type−II型DHBTで生じていることを示唆している。
【0011】
こうした問題は、最近、2次元デバイス・シミュレーションによって以下のように説明されている(上記非特許文献1参照)。図7と図8に、各々、高電流注入領域におけるSHBTと従来のType−II型DHBTのエネルギ・バンド図を示す。ここで、SHBTのコレクタ層、ベース層、エミッタ層は、各々、n型のInGaAs、p型のInGaAs、n型のInPから形成されている。SHBTでは、図7に示すように、コレクタ空間電荷によってエネルギ・バンドが湾曲し、ベース層からコレクタ層へ正孔が注入されやすくなる。そのため、コレクタ層において、走行電子が少数キャリアとなる擬似的なベース領域(ベース・プッシュ・アウト領域)が形成される。その結果、実効的なベース走行時間が増加するとともにコレクタ容量が増加する。これが、いわゆる、ベース・プッシュ・アウト効果(あるいは、カーク効果)である。
【0012】
一方、従来のType−II型DHBTでは、図8に示すように、ベース層4とコレクタ層3の間に価電子帯端不連続によるエネルギ障壁が存在するために、正孔がベース層4からコレクタ層3へ注入されることはない。そのため、コレクタ層3にベース・プッシュ・アウト領域は形成されない。しかしながら、正孔がコレクタ層3へ注入されないためにコレクタ電子による空間電荷が補償されず、エネルギ・バンドがより大きく湾曲してしまうという別の問題が発生する。その結果、ベース層とコレクタ層の接合付近に伝導帯端ポテンシャル・ノッチ構造が形成され、同時に、電子蓄積層が形成される。このように、局所的な領域に電子蓄積が生じると電子のコレクタ走行時間が急激に増加してしまうので、電流利得遮断周波数は急激に減少することになる。また、蓄積された電子は、ベース層4の正孔とダイポールを形成することになるので、コレクタ容量も急激に増加してしまう。その結果、最大発振周波数も急激に減少することになる。すなわち、従来のType−II型DHBTでは、ベース・プッシュ・アウト効果とは異なる、別の機構に基づくコレクタ空間電荷効果が働く結果、高周波性能が劣化することになる。
【0013】
この新しい空間電荷効果は、Type−II型ヘテロ接合に由来するものであり、図6に示す実験事実から、SHBTで生じる空間電荷効果に比べて高周波特性に及ぼす影響が大きいことが推察できる。
【0014】
本発明は、この問題を解決するためになされたものであり、高電流注入領域における、Type−II型DHBTの高周波特性を改善することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
この目的を達成するために、本発明においては、基板上に、サブコレクタ層、コレクタ層、ベース層、エミッタ層およびキャップ層が順次積層されたヘテロ接合バイポーラトランジスタにおいて、前記コレクタ層が、前記サブコレクタ層上に形成された第1の半導体層と、前記第1の半導体層上に形成された第2の半導体層とから構成されており、前記第1の半導体層と前記第2の半導体層が、Type−II型のヘテロ接合を形成しており、前記第2の半導体層と前記ベース層が、ホモ接合あるいはType−I型のヘテロ接合を形成していることを特徴とする。
【0016】
この場合、前記第1の半導体層の材料として、InP、InGaP、InAlP、InGaAsP、InGaAs、InAlAs、InAlGaAsのいずれかが用いられており、前記第2の半導体層の材料として、GaAsSb、AlGaAsSb、InGaAsSbのいずれかが用いられており、前記ベース層の材料として、GaAsSb、AlGaAsSb、InGaAsSbのいずれかが用いられていることを特徴としてもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係るType−II型DHBTは、ベース層と第2の半導体層がホモ接合あるいはType−I型のヘテロ接合を形成しているために、コレクタ空間電荷が大きくなると、ベース層から第2の半導体層へ正孔が注入される結果、第2の半導体層における負電荷量が緩和され、コレクタ空間電荷によるバンド・ベンディングを緩和させることができる。これにより、接合付近における電子蓄積を回避することが可能となり、高電流注入領域における高周波特性を大幅に改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に係るType−II型DHBTを示す図である。
【図2】本発明に係るType−II型DHBTのエネルギ・バンド図である。
【図3】発明に係るType−II型DHBTのエネルギ・バンド図である。
【図4】従来のType−II型DHBTを示す図である。
【図5】従来のType−II型DHBTのエネルギ・バンド図である。
【図6】従来のType−II型DHBTとSHBTの高周波特性を比較した図である。
【図7】SHBTのエネルギ・バンド図である。
【図8】従来のType−II型DHBTのエネルギ・バンド図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図1に、本発明に係るType−II型DHBT構造の一例を示す。同図に示すように、コレクタ層は、サブコレクタ層2上に形成されたn型のInPからなる第1の半導体層である第1のコレクタ層31と、第1のコレクタ層31上に形成されたn型あるいはi型のGaAsSbからなる第2の半導体層である第2のコレクタ層32とによって構成されている。なお、その他の構成については、図4に示すものと同様なため、ここでは説明を省略する。
【0020】
図2は、図1記載の破線A−A’における、エミッタ層5から第1のコレクタ層31までのエネルギ・バンド図である。同図に示すように、第1のコレクタ層31と第2のコレクタ層32はType−II型のヘテロ接合を形成しており、また、第2のコレクタ層32とベース層4はホモ接合を形成している。
【0021】
図3は、図1記載の破線A−A’における、高電流注入時のエネルギ・バンド図である。図3に示すように、ベース層4と第2のコレクタ層32がホモ接合を形成しているために、高電流注入によってコレクタ空間電荷が大きくなると、ベース層4から第2のコレクタ層32へ正孔が注入される。その結果、コレクタ電子による負電荷量が緩和され、空間電荷によるバンド・ベンディングも抑制される。すなわち、接合付近の空間電荷量に対して自動的な負帰還制御が働くことになり、局所的で急激な電荷蓄積を抑制あるいは回避することが可能となる。ベース層4から第2のコレクタ層32への正孔注入は、SHBTと同様のベース・プッシュ・アウト効果を招くことになるが、第2のコレクタ層32の厚さを全コレクタ層厚の1/3以下にしておけば、その影響を比較的小さく抑えることができる。また第2のコレクタ層32と第1のコレクタ層31はType−II型のヘテロ接合を形成していることから、伝導帯端不連続からの(高エネルギ)電子放出効果が働くことになる。その結果、第2のコレクタ層32における電子濃度は減少し、空間電荷効果がより一層緩和されることが期待できる。以上のことから、高電流注入領域におけるType−II型DHBTの高周波特性を大幅に改善することが可能となる。
【0022】
なお、上記の説明では、ベース層4と第2のコレクタ層32に同じGaAsSbを用いているが、本発明の効果を得るのに、必ずしも、ベース層4と第2のコレクタ層32に同じ半導体材料を用いる必要はない。例えば、ベース層4に、AlAsSb組成(x)をエミッタ側からコレクタ側に向かって0.1から0まで変化させたAlGa1−xAsSbからなる傾斜ベース構造を用い、第2のコレクタ層32にGaAsSbを用いてもよい。この場合、ベース層4と第2のコレクタ層32の接合面が、ホモ接合を形成していれば十分である。
【0023】
また、ベース層4と第2のコレクタ層32がType−I型のヘテロ接合を形成しても良い。この場合、接合付近において正孔蓄積層が形成される結果、コレクタ空間電荷をより効率的に補償することができる。
【0024】
なお、第2のコレクタ層32は、一般に衝突イオン化係数が大きい狭バンドギャップ半導体材料で形成されることになるが、第2のコレクタ層32の厚さを全コレクタ層厚の1/5以下にしておけば、コレクタ耐圧の劣化を十分小さく抑えることができる。すなわち、本発明に係るType−II型DHBTにおいては、本来DHBT構造に要求されている高耐圧特性が損なわれることはない。
【0025】
以上の実施の形態から、従来のType−II型DHBT構造に特有の空間電荷効果を抑制できるという、本発明によるコレクタ層構造の効果が分かる。本発明を用いることによって、高電流注入領域においても優れた高周波特性が実現できる結果、高耐圧と高速性能を兼ねそろえたDHBT素子を提供することができる。本発明によるType−II型DHBT構造は、高電流密度注入による高速動作を図る上で有利となる。
【0026】
なお、本発明では、第1のコレクタ層31にInPを、第2のコレクタ層32にGaAsSbを、ベース層4にGaAsSbを用いた場合について詳細に述べたが、同様な効果は、第1のコレクタ層31にInGaP、InAlP、InGaAsP、InGaAs、InAlAs、InAlGaAsのいずれかを用いた場合に対しても有効である。また、第2のコレクタ層32にAlGaAsSbやInGaAsSbのいずれかを用いた場合に対しても有効である。また、ベース層4にAlGaAsSbやInGaAsSbのいずれかを用いた場合に対しても有効である。
【0027】
また、本発明は上述した実施の形態のみに限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能であることは云うまでもない。
【符号の説明】
【0028】
1:基板、2:サブコレクタ層、3:コレクタ層、4:ベース層、5:エミッタ層、6:キャップ層、11:コレクタ電極、12:ベース電極、13:エミッタ電極、31:第1のコレクタ層(請求項記載の第1の半導体層)、32:第2のコレクタ層(請求項記載の第2の半導体層)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、サブコレクタ層、コレクタ層、ベース層、エミッタ層およびキャップ層が順次積層されたヘテロ接合バイポーラトランジスタにおいて、
前記コレクタ層が、前記サブコレクタ層上に形成された第1の半導体層と、前記第1の半導体層上に形成された第2の半導体層とから構成されており、
前記第1の半導体層と前記第2の半導体層が、Type−II型のヘテロ接合を形成しており、
前記第2の半導体層と前記ベース層が、ホモ接合あるいはType−I型のヘテロ接合を形成していることを特徴とするヘテロ接合バイポーラトランジスタ。
【請求項2】
請求項1に記載のヘテロ接合バイポーラトランジスタにおいて、
前記第1の半導体層の材料として、InP、InGaP、InAlP、InGaAsP、InGaAs、InAlAs、InAlGaAsのいずれかが用いられており、
前記第2の半導体層の材料として、GaAsSb、AlGaAsSb、InGaAsSbのいずれかが用いられており、
前記ベース層の材料として、GaAsSb、AlGaAsSb、InGaAsSbのいずれかが用いられていることを特徴とするヘテロ接合バイポーラトランジスタ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−9330(P2011−9330A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−149444(P2009−149444)
【出願日】平成21年6月24日(2009.6.24)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】