リング光変調器
【目的】より小さな変調電圧振幅で高速変調可能なリング光変調器を提供することを目的とする。
【構成】実施形態のリング光変調器は、リング共振器120と入出力光導波路110とを備えている。そして、前記リング共振器を構成する閉ループ光導波路121の共振波長λrにおける群屈折率をng、閉ループ光導波路121の周長をl[μm]、閉ループ光導波路121のうち光カプラ130として機能するリング共振器120の一部を除く残りの部分の導波路長をl’[μm]とするとき、光カプラ130の出力から入力までリング共振器120を周回する共振波長λrの光に対して、電流OFF時の共振器一周回あたりの損失x[%]と光カプラのパワー結合比y[%]が、所定の式(2)から式(8)までの関係を満たすことを特徴とする。
【構成】実施形態のリング光変調器は、リング共振器120と入出力光導波路110とを備えている。そして、前記リング共振器を構成する閉ループ光導波路121の共振波長λrにおける群屈折率をng、閉ループ光導波路121の周長をl[μm]、閉ループ光導波路121のうち光カプラ130として機能するリング共振器120の一部を除く残りの部分の導波路長をl’[μm]とするとき、光カプラ130の出力から入力までリング共振器120を周回する共振波長λrの光に対して、電流OFF時の共振器一周回あたりの損失x[%]と光カプラのパワー結合比y[%]が、所定の式(2)から式(8)までの関係を満たすことを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、リング光変調器に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、コアと周囲の屈折率のコントラストが大きなシリコン(Si)光細線導波路を利用することで、光素子の小型化が進んでいる。波長1.55μm帯のSi光細線導波路の典型的な断面寸法は220nm×450nmであり、高屈折率差による強い光閉じ込めにより、曲率半径の小さな曲がり導波路でも放射損失を小さく抑えることができる。高度に発達したCMOSプロセス技術を応用すれば、微細な光・電子デバイスを多数集積化した光集積回路を量産可能なことから、機器間・ボード間光インターコネクションだけでなく、波長多重(WDM:wavelength division multiplexing)技術を使ったチップ間・チップ内の大容量光配線への応用も期待されている。
【0003】
光インターコネクションや光配線に用いるためには、最低限、光信号の送信機能と受信機能が必要である。チップ間・チップ内光配線への応用を考えると、素子の小型化、低消費電力化(高効率化)、及び高速化が重要である。受信側に関しては、Si細線光導波路に集積化された長さ5〜10μm、幅数μmの導波路型Ge系受光素子やInGaAs系受光素子で、1mA/mW前後の効率と数〜数十GHzの帯域が実現されている。
【0004】
送信側については、間接遷移半導体であるSiで高効率のレーザを実現することは極めて困難なため、外部光源とSi系光変調素子の組み合わせが一般的である。Si系光変調器には、電界吸収型光変調器、マッハ・ツェンダ光変調器、リング光変調器などがあるが、チップ内の大容量光配線へ適用できる超小型(フットプリント≦100μm2)の光変調器はリング光変調器のみである。
【0005】
リング光変調器は、少なくとも一本の入出力光導波路と、少なくとも一個のリング共振器が光カプラで結合してなるもので、リング共振器を構成する光導波路のキャリア密度を変化させることにより屈折率を介して共振波長を変化させる。入射光波長が共振帯域内にある状態と共振帯域外にある状態を切り替えることにより、出力光パワーを変調することができる。
【0006】
Si内導波路の屈折率のキャリア密度による変化Δnは、以下の式(1)で近似できることが知られている。
【0007】
【数1】
【0008】
ここで、Neは電子密度、Nhは正孔密度である。係数ae、ahは波長の二乗に比例する量で、波長1.55μmでは、ae=−8.8×10−22cm3、ah=−8.5×10−18cm2.4である。
【0009】
ここで、キャリア密度を変化させる方法としては、以下の3通りに分類できる。
(ii−a)二つの半導体層の間に薄い絶縁膜を挟んだキャパシタ型。
(ii−b)pnダイオード構造の光導波路に逆方向電圧を印加して空乏化させるもの。
(ii−c)pinダイオード構造の光導波路に順方向電流を流してキャリア注入するもの。
【0010】
(ii−a)のキャパシタ型と(ii−b)の空乏モードの光変調器は高速であるが、変調効率が低く、変調電圧振幅は大きめになる。変調効率を上げるためには、キャリア密度の変化する領域と導波モードのオーバラップが大きくなるような不純物分布が必要で、(ii−c)のpin構造のキャリア注入型と比べて作製精度が劣ってしまう。一方、(ii−c)のキャリア注入型の光変調器は、低周波では数mAの電流変化(0.1V程度の電圧変化)で10dB以上の消光比が得られるが、光導波路内のキャリア注入、排出に時間(〜1ns)を要するため、高速応答性に難があるといった問題があった。
【0011】
かかる応答の遅いpinダイオード構造のキャリア注入型Si光変調器を10Gbpsオーダーの速度で駆動する方法として、プリエンファシスが知られている。例えば、元の10Gbpsの駆動波形の微分波形を増幅して元の駆動波形に重畳することによりプリエンファシスのかかった駆動波形を作り出すことができる。プリエンファシスによりオン・オフ切り替え時にi−Si領域内のキャリア注入・排出が加速されるので、高速応答出力波形が得られる。
【0012】
今のところ、プリエンファシスをかけないキャリア注入型リング光変調器の変調速度の上限は4Gbps(振幅1.4V)にとどまっており、従来、プリエンファシスがキャリア注入型リング光変調器を高速(10Gbps)動作させる唯一の方法となっていた。プリエンファシスには、変調電圧振幅や消費電力がかなり大きくなるといった問題がある。さらに、特殊な駆動回路が必要になるといった問題がある。さらに、素子の発熱が大きく共振特性の温度依存性で動作が不安定になりやすいといった問題がある。プリエンファシスには、これらのデメリットがあり、実用化の障害となっていた。上述のように、特に、pinダイオード構造のキャリア注入型リング光変調器は、大きなプリエンファシスをかけないと高速動作しないという問題があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】S.Manipatruni et al.,Optics Express,Vol.18,No.17,p.18235,2010年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の実施形態は、より小さな変調電圧振幅(<1V)で高速(〜10Gbps)変調可能なリング光変調器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
実施形態のリング光変調器は、リング共振器と入出力光導波路とを備えている。そして、リング共振器は、電流注入手段を備えたp−i−nダイオード構造の閉ループ光導波路を有する。入出力光導波路は、一部が前記閉ループ光導波路の一部の近傍に位置するように配置される。互いに近傍に位置する前記閉ループ光導波路の一部と前記入出力光導波路の一部とが、前記リング共振器と前記入出力光導波路とを光学的に結合する光カプラとして機能し、前記リング共振器に注入する電流を変化させて閉ループ光導波路内のキャリア密度と実効屈折率を介して所定の共振波長λrを変化させることにより前記入出力光導波路の一端から入力された共振波長λrおよび前記共振波長λrから所定の範囲内の波長の光の強度を変調する。そして、前記リング共振器を構成する閉ループ光導波路の共振波長λrにおける群屈折率をng、前記閉ループ光導波路の周長をl[μm]、前記閉ループ光導波路のうち前記光カプラとして機能する前記リング共振器の一部を除く残りの部分の導波路長をl’[μm]とするとき、前記光カプラの出力から入力までリング共振器を周回する共振波長λrの光に対して、電流OFF時の共振器一周回あたりの損失x[%]と光カプラのパワー結合比y[%]が、以下の式(2)から式(8)までの関係を満たすことを特徴とする。
【0016】
【数2】
【0017】
【数3】
【0018】
【数4】
【0019】
【数5】
【0020】
【数6】
【0021】
【数7】
【0022】
【数8】
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】第1の実施形態におけるリング光変調器の構成の一例を示す上面図が示されている。
【図2】第1の実施形態におけるリング共振器部分の構成の一例を示す断面図である。
【図3】第1の実施形態における光カプラ部分の構成の一例を示す断面図である。
【図4】第1の実施形態におけるメサ部側壁からp+領域とn+領域までの距離と自由キャリア吸収による光伝搬損失の関係の一例を示す図である。
【図5】第1の実施形態におけるリング光変調器の電圧印加による波長1549nm付近の透過スペクトルの変化を示す図である。
【図6】第1の実施形態におけるリング光変調器の波長1549.59nmにおける直流電圧−光出力特性を示す図である。
【図7】第1の実施形態における入出力光導波路の出射端における変調光波形のシミュレーション結果を示す図である。
【図8】第1の実施形態におけるリング光変調器で得られる変調光信号を10Gbps伝送に最適化された光受信器で受信・等化した後のアイパターンを示す図である。
【図9】第1の実施形態における光受信器入力レベルとビット誤り率(BER)の関係を示す図である。
【図10】第1の実施形態におけるリング光変調器の他の一例の構成を示す上面図である。
【図11】第1の実施形態における円形状のリング光変調器での変調光出力波形のシミュレーション結果の一例と受信・等化後のアイパターンの一例とを示す図である。
【図12】第1の実施形態におけるレーストラック状のリング共振器を有するリング光変調器においてメサ部と高濃度領域との距離を広げて配置した場合の光変調出力波形のシミュレーション結果の一例と受信・等化後のアイパターンの一例とを示す図である。
【図13】第1の実施形態におけるレーストラック状のリング共振器を有するリング光変調器においてメサ部と高濃度領域との距離を狭めて配置した場合の光変調出力波形のシミュレーション結果の一例と受信・等化後のアイパターンの一例とを示す図である。
【図14】第1の実施形態における共振器の周回損失と光カプラのパワー結合比をマトリクス状に振った場合の受光特性を示す図である。
【図15】第1の実施形態におけるリング光変調器の製造方法の要部工程を示すフローチャートである。
【図16】第1の実施形態におけるリング光変調器の工程断面図である。
【図17】第2の実施形態における光変調器の周回損失およびパワー結合比を変えた場合の伝送特性の評価結果を示す図である。
【図18】第2の実施形態におけるリング共振器の形状の一例を示す図である。
【図19】第3の実施形態におけるリング光変調器のリング共振器部分の構成の一例を示す断面図である。
【図20】第4の実施形態におけるリング光変調器のリング共振器部分の構成の一例を示す断面図である。
【図21】第5の実施形態におけるリング光変調器を搭載した半導体装置の構成の一例を示す断面図である。
【図22】第6の実施形態におけるリング光変調器の構成を示す上面概念図である。
【図23】第6の実施形態におけるリング光変調器のリング共振器部分の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
(第1の実施形態)
第1の実施形態について、以下、図面を用いて説明する。
【0025】
図1には、第1の実施形態におけるリング光変調器の構成の一例を示す上面図が示されている。図2は、第1の実施形態におけるリング共振器部分の構成の一例を示す断面図である。図3は、第1の実施形態における光カプラ部分の構成の一例を示す断面図である。
【0026】
図1において、リング光変調器100は、リング共振器120と入出力光導波路110とを備えている。リング共振器120は、電流注入手段を備えたp−i−nダイオード構造の閉ループ光導波路121を有する。閉ループ光導波路121は、一例として、平行する2本の直線部と2本の直線部を左右から半円部でつなげたレーストラック状に形成される。言い換えれば、図1におけるリング共振器120は、レーストラック型共振器となる。入出力光導波路110は、閉ループ光導波路121の直線部分と平行に配置される。そして、入出力光導波路110は、一部が閉ループ光導波路121の一部の近傍に位置するように配置される。互いに近傍に位置する閉ループ光導波路121の一部と入出力光導波路110の一部とが、リング共振器120と入出力光導波路110とを光学的に結合する光カプラ130として機能する。リング光変調器100は、リング共振器120に注入する電流を変化させて閉ループ光導波路121内のキャリア密度と実効屈折率を介して所定の共振波長λrを変化させることにより入出力光導波路110の一端から入力された共振波長λrおよび共振波長近傍(共振波長λrから所定の範囲内の波長)の光の強度を変調する。
【0027】
閉ループ光導波路121の内側には、例えば、(p+)型半導体領域160が形成される。そして、閉ループ光導波路121の外側には、例えば、(n+)型半導体領域170が形成される。(p+)型半導体領域160上には、電極20が形成される。一方、(n+)型半導体領域170上には、電極30が形成される。また、光カプラ130の入出力光導波路110側には、(n+)型半導体領域172が形成される。(n+)型半導体領域172上には、電極32が形成される。電極30,32間は導通されている。電極20には、電圧Vfが印加可能に配置される。電極30,32は地絡(アース)されている。
【0028】
図1の例では、入出力光導波路110とリング共振器120(閉ループ光導波路121)が長さ5μmの平行導波路からなる方向性結合器(光カプラ130)で結合した構成となっている。閉ループ光導波路121の曲線部の曲率半径Rは10μm、光カプラ130での入出力光導波路110と閉ループ光導波路121間のギャップの幅は380nmに設定する。
【0029】
リング光変調器100は、例えば、Si基板138とシリコン酸化膜(SiO2膜)136とSi膜134とが積層されたSOI(シリコン・オン・インシュレータ)基板に形成されると好適である。例えば、SiO2膜136は、厚さ3μmで形成され光導波路の下部クラッドとなる。Si膜134は、光導波路では、i(イントリンシック)−Si領域となる。また、Si層134は、p型の場合、アクセプタ密度<1×1016cm−3となる。Si層134は、入出力光導波路110のコアとなるメサ部40と、閉ループ光導波路121のコアとなるメサ部10とを除き、ドライエッチングにより掘り込まれている。ここでは、メサ部10,40が幅450nmで形成され、メサ部10,40は厚さ220nmで形成される。また、残りのスラブ部11は、厚さ50nmで形成される。
【0030】
このように、リング共振器120および入出力光導波路110を構成する光導波路として、シリコン(Si)を主たる構成要素とするメサ部とメサ部の両側に位置するスラブ部とを有するリブ光導波路が用いられる。光は、このいわゆるリブ光導波路を伝搬することになる。リング共振器120を構成する閉ループ光導波路121と入出力光導波路110が、いずれもSiを主たる構成要素とするメサ部とスラブ部からなるリブ光導波路であることにより、光導波路への電流注入が容易になり、かつ変調効率を大きくすることができる。
【0031】
また、図2に示すように、メサ部10の両側に位置するスラブ部の一方には、キャリア密度が5×1019cm−3以上の(p+)型の半導体領域160(p型の高不純物濃度領域)が設けられる。他方のスラブ部には、キャリア密度が5×1019cm−3以上の(n+)型の半導体領域170(n型の高不純物濃度領域)が設けられる。そして、(p+)型の半導体領域160と(n+)型の半導体領域170の間のメサ部10を含む領域がp−i−nダイオード構造のi−Si領域140となる。このように、閉ループ光導波路121は、半導体領域160,170といった電流注入手段を備えたp−i−nダイオード構造となる。
【0032】
光カプラ130部分でも、図3に示しように、メサ部10,40がi−Si領域140の隙間を空けて配置され、メサ部10のメサ部40とは逆側のスラブ部11に上述した(p+)型の半導体領域160が形成される。そして、メサ部40のメサ部10とは逆側のスラブ部11に(n+)型の半導体領域172が形成される。(n+)型の半導体領域172も(n+)型の半導体領域170と同様、キャリア密度が5×1019cm−3以上とすると好適である。
【0033】
ここで、次の関係を満たすようにリング光変調器100を構成することで、小さな変調電圧振幅(<1V)で高速(〜10Gbps)変調が可能となることを見出した。これにより、小型・低消費電力のキャリア注入型リング光変調器を実現できる。
【0034】
リング共振器120を構成する閉ループ光導波路121の共振波長λrにおける群屈折率をng、閉ループ光導波路121の周長をl[μm]、閉ループ光導波路121のうち光カプラ130として機能するリング共振器120の一部を除く残りの部分の導波路長をl’[μm]とする。そのとき、光カプラ130の出力142から入力140までリング共振器120を周回する共振波長λrの光に対して、電流OFF時の共振器一周回あたりの損失x[%]と光カプラのパワー結合比y[%]が、上述した式(2)から式(8)までの関係を満たすようにすればよい。
【0035】
【数9】
【0036】
【数10】
【0037】
【数11】
【0038】
【数12】
【0039】
【数13】
【0040】
【数14】
【0041】
【数15】
【0042】
以上の条件に設定すると、キャリアの応答速度が多少遅くても(数百ps〜1ns)、リング共振器の立ち上がりと立下りの応答を共に高速化できるので、電圧振幅の大きなプリエンファシスをかけなくても、入力光を高速に変調することができる。なお、ここで言うリング共振器は図1で示したレーストラック状のリング共振器120に限定されるものではなく、後述する真円形状のリング共振器なども含め、閉ループ光導波路一般で成り立つ。また、光カプラ(方向性結合器)のパワー結合比は、リング共振器の無い単独の光カプラについて定義される値とする。
【0043】
ここで、第1の実施態様におけるより望ましい条件としては、上述した共振器一周回あたりの損失x[%]と光カプラ130のパワー結合比y[%]が、さらに以下の式(9)および式(10)を満たすとなおよい。
【0044】
【数16】
【0045】
【数17】
【0046】
かかる条件を満たすようにすると、ほぼ最良の特性を実現することができる。
【0047】
ここで、結晶Siからなる典型的なpinダイオードを想定した場合、10Gbpsにおいて式(8)が有効なのは、リング共振器120の周長とダイオードの高注入時の直列抵抗の積が4Ωmm以下のときである。直列抵抗がこの値を超えると、xmaxとymaxの値は顕著に低下する。ただし、アモルファスシリコン、ポリシリコン、ライフタイムキラーとなる不純物をドープした結晶シリコンなどを用いることで、キャリア寿命の短縮を図った場合はこの限りでない。第1の実施形態では、リング共振器に上式の条件を満たすような周回損失(平均伝搬損失に換算して20dB/cm〜35dB/cm)を与えてやる必要がある。高不純物濃度領域を近づけると光導波路の伝搬損失が増大してしまうので、従来は、メサ側壁から高不純物濃度領域までの距離を200nm以上離していた。しかし、第1の実施形態では、あえて上式(1)〜式(8)の条件を満たすような周回損失を発生させる。そのために、p型の半導体領域160側のメサ部10の側壁からp型の半導体領域160端までの最短部の距離L1と、n型の半導体領域170側のメサ部10の側壁からn型の半導体領域170端までの最短部の距離L2とが、共に100〜180nmとなるように半導体領域160,170を形成する。かかる構成により式(1)〜式(8)の条件を満たすことができる。最小半径7.5μm以上のリング共振器において有効である。p−i−nダイオードの高濃度領域を光導波路メサに近づけることにより、i(イントリンシック)領域の体積を小さくできるため、直列抵抗が低減され、キャリアの応答速度も幾分改善できる。
【0048】
図1から図2で示す例では、閉ループ光導波路121のメサ部10側壁から左右に約150nm離れた位置に、それぞれp型の半導体領域160とn型の半導体領域170を形成する。p型の半導体領域160上に形成された電極20は、メサ部10の側壁から電極20の端部までの最短距離がL3離れた位置に形成される。同様に、n型の半導体領域170上に形成された電極30は、メサ部10の側壁から電極30の端部までの最短距離がL4離れた位置に形成される。ここでは、L3=L4=500nmとする。電極20,30は、共にニッケルシリサイドを用いて、p型の半導体領域160とn型の半導体領域170にそれぞれオーミック接合されている。また、ここでは、p型の半導体領域160とn型の半導体領域170のキャリア密度は、いずれも約1×1020cm−3とする。かかる第1の実施形態のp−i−nダイオードの高注入時の直列抵抗は約40Ωであるが、ダイオードの微分抵抗が大きな低電圧領域でもインピーダンス整合がとれるよう、並列に60Ωの薄膜抵抗が集積化されている。
【0049】
また、図3に示すように、光カプラ130部分では、p型の半導体領域160側のメサ部10の側壁からp型の半導体領域160端までの最短部の距離L5と、n型の半導体領域172側のメサ部40の側壁からn型の半導体領域172端までの最短部の距離L6が、共に、400nmに設定している。また、p型の半導体領域160上に形成された電極20は、光カプラ130部分では、メサ部10の側壁から電極20の端部までの最短距離がL7離れた位置に形成される。同様に、n型の半導体領域172上に形成された電極32は、光カプラ130部分では、メサ部40の側壁から電極32の端部までの最短距離がL8離れた位置に形成される。ここでは、L7=L8=800nmとする。p型の半導体領域160とn型の半導体領域172の間のメサ部10,40を含めた領域が、p−i−nダイオードのi−Si領域140となっている。また、ここでは、メサ部10,40間のギャップを380nmに設定している。
【0050】
図4は、第1の実施形態におけるメサ部側壁からp+領域とn+領域までの距離と自由キャリア吸収による光伝搬損失の関係の一例を示す図である。図4では、図1から図3に示した構造の直線状のリブ光導波路における、メサ部10側壁からp型の半導体領域160とn型の半導体領域170までの距離と自由キャリア吸収による光伝搬損失の関係を示している。
【0051】
閉ループ光導波路121における曲線部分の光導波路の光パワーの分布は外側に偏るので、外側の不純物高ドープ領域の吸収が直線部分の光導波路より強くなる。そのため、実際の光共振器では図4の曲線よりやや大きな損失を受けることになる。従来のp−i−nダイオード構造のキャリア注入型光変調器では、自由キャリア吸収による導波損失の増大を避ける。そのため、従来手法に従った場合、p型の半導体領域160に相当する領域とn型の半導体領域170に相当する領域は、導波損失が無くなる導波路のメサ部10に相当する部分から400nm以上離れた位置に配置されることになる。しかし、このような従来構造に従った場合、メサ部の側壁の凹凸による散乱損、曲線導波路における放射損、曲線導波路と直線導波路の接続部におけるモード変換損、方向性結合器の反射・散乱損などを含めたリング共振器の周回損失は、長さあたりの平均伝搬損失に換算して10〜15dB/cmであった。しかしながら、本実施形態のリング光変調器では、故意にp型の半導体領域160とn型の半導体領域170を光導波路のメサ部10から150nmの位置まで近づけることにより、共振器に過剰な導波損失を与え、光カプラ130を除くリング共振器120の長さあたりの平均導波損失を約25dB/cmとしている。このとき、光カプラ130の出力部142から光カプラ130の入力部140までの共振器周回損失は、約3.8%となる。
【0052】
ここで、光カプラ130の損失を無視すれば、リング共振器120の周回損失と光カプラ130のパワー結合比が等しいときに、いわゆる臨界結合となる。臨界結合では、リング共振器120の共振波長において、光カプラ130をリング共振器120から入出力光導波路110に結合する光と入出力光導波路110をそのまま伝搬する光の強度が等しく、位相が180度ずれた状態になる。強度が等しく位相が反対の光の干渉により、入出力光導波路110の光出力部112の出力光はほぼ0となり、光入力部111からの入力光はほぼすべてリング共振器120に捕獲されることになる。ここで、説明を簡単化するため、周回損失とパワー結合比がともに1%の場合を考える。入出力光導波路110からの入力光パワーを1mWと仮定すると、光カプラ130のリング共振器120側の入力部150のパワーが99mWのときにこの条件が満たされ、このときリング共振器120側の出力部152のパワーは100mWとなる。言い換えれば、臨界結合は、入出力光導波路110の光入力部111側からの光の供給レート(上記の場合1mW=1mJ/s)と、リング共振器120内で光が失われるレート(同1mJ/s)が釣り合って、出力がほぼ0になっている状態と言える。大きな消光比を得るためには臨界結合に近い状態で使う必要があるが、高速光変調器の消光比は10dB程度で十分なので、ある程度のずれは許容される。本実施形態の導波路間隔が380nmの方向性結合器3のパワー結合比(曲線アプローチ部における結合も含む)は4.4%であり、臨界結合から少しずらした設計となっている。
【0053】
図5は、第1の実施形態におけるリング光変調器の電圧印加による波長1549nm付近の透過スペクトルの変化を示す図である。図5において、縦軸は光出力、横軸は波長を示す。ここでは、縦軸について、挿入損失を差し引いて、透過波長域の透過率を0dBとした。電流注入による発熱の影響を受けないよう、素子温度は一定に保った。なお、直流電流の注入で温度が上昇すると、実効屈折率が増大するため、共振波長シフト量は図5の1/2以下になる。出力スペクトルのコントラストが充分に大きければ(おおむね6dB以上あれば)、出力スペクトルが−3dBレベル以下となる波長幅Δλと共振波長λrの比、Δλ/λrから、共振器のQuality factor(Q値)を推定することができる。電圧無印加時の共振波長は1549.59nmで、Q値は1.43×104であった。ダイオードのターンオン電圧(〜0.75V)以下では共振波長は1549.58〜1549.59nmで、ほとんど変化しない。ターンオン電圧以上では注入キャリア密度の増大で屈折率が減少するため、共振波長は短波長側にシフトしていく。また、自由キャリア吸収の増大にともなって共振器の周回損失が増加するため、Q値が低下してスペクトル幅が広がる。電圧が0.85〜0.9Vでほぼ臨界結合となって共振が最も深くなるが、さらに電圧を上げると共振器の周回損失が方向性結合器のパワー結合比を上回るため、コントラストはしだいに低下する。(実際の測定では、素子の不完全性や光源スペクトル幅の影響で、臨界結合条件の近傍でもコントラストは10〜20dBに範囲にとどまることが多いが、変化の傾向は一致する。)
【0054】
図6は、第1の実施形態におけるリング光変調器の波長1549.59nmにおける直流電圧−光出力特性を示す図である。リング光変調器の波長1549.59nmは、図5において矢印で示す波長である。電圧印加により共振波長が短波長化して波長1549.59nmが吸収帯域から外れてしまえば、それ以降の共振波長や共振スペクトル形状の変化にかかわらず、透過状態が維持される。このため、V10%=0.79VからV90%=0.93Vの間で急激に出力が変化する。このデジタルスイッチ的な入出力特性を利用すれば、オン時のキャリア密度がある値(本実施形態では、約1.5×1017cm−3)以上でほぼ一定の光出力が得られることになる。この効果を利用すれば、キャリア密度の応答速度よりも光変調器を高速に動作させることが可能である。
【0055】
しかしながら、リング光変調器の応答速度は、共振器のビルドアップタイム(ダイオードをターンオフして共振状態に戻した際に共振器内の光がほぼ定常状態になるまでの時定数)や光子寿命(ダイオードをターンオンして共振波長をずらした際に共振器から光が失われる時定数)によっても制約される。共振器のビルドアップタイムは、τ〜Q/ωrで与えられるので、Q値が高すぎると高速応答は得られない。ここでωrは、共振光の角周波数である。10Gbpsに応答させるためにはビルドアップタイムを20ps程度以下に抑える必要があるから、波長1550nm(〜194THz)ではQ値を2.4×104以下にしなければならない。本実施形態のリング光変調器の電圧無印加時の共振器のQ値は1.4×104であり、この条件は満たしている。ただし、これは必要条件であって、Q値の制御だけでは高速動作は実現できない。
【0056】
第1の実施形態におけるリング光変調器100を用いて、波長1549.59nmの入射光を10GbpsのNRZ擬似ランダム信号(210−1)で変調した。電極20に印加する電圧Vfのレベルは、VL=0.5V、VH=0.95Vに設定した。すなわち、0.725Vの直流バイアス電圧に電圧振幅0.45Vppの変調信号を重畳した。立ち上がりと立下がり時間はいずれも25psである。
【0057】
図7は、第1の実施形態における入出力光導波路の出射端における変調光波形のシミュレーション結果を示す図である。入出力光導波路110の出射端となる光出力部112における変調光波形のシミュレーションでは、リング光変調器100の平均消費電力が0.26mWで、ビット当たりの変調エネルギーは0.026pJ/bitであった。(実際には、インピーダンス整合用薄膜抵抗でかなり大きな電力が消費されている。しかし、CMOS駆動回路を光変調器の近傍にモノリシック集積化して集中定数回路として扱えるようにすれば、インピーダンス整合用の抵抗は不要になる。)
【0058】
図7に示すように、曲線の立ち上がりには干渉による小さなオーバーシュートがあり、その結果、立ち上がりの遅れがある程度相殺されている。立ち下がり部のトレースが複数本に分かれているのは、“1”(Mark)が長く続くとキャリア密度が増加し続けるため、ダイオードをターンオフする際に蓄積キャリアを引き抜くのに必要な時間が長くなるためである。この駆動条件では“1”の連続回数に対する遅延時間の増加はほぼ飽和しており、擬似ランダム信号の段数を増やしても光応答波形はそれほど大きく劣化しない。
【0059】
図8は、第1の実施形態におけるリング光変調器で得られる変調光信号を10Gbps伝送に最適化された光受信器で受信・等化した後のアイパターンを示す図である。光受信器への平均入力パワーは−18dBmである。
【0060】
図9は、第1の実施形態における光受信器入力レベルとビット誤り率(BER)の関係を示す図である。図9では、光受信器入力レベルとビット誤り率(BER)の関係を図8に実線で示した。BER=10−11のときの最小受信レベルPminは、約−19dBmであった。
【0061】
図10は、第1の実施形態におけるリング光変調器の他の一例の構成を示す上面図である。図10において、レーストラック状のリング共振器120が、直線部のない円形状のリング共振器122に代わった点と、スラブ部11を図10の一点鎖線で囲まれた範囲のみに制限した点、光カプラ130が光カプラ132に代わった点、電極20が電極22に代わった点、及び光カプラ132における入出力光導波路110側の電極32を無くした点、以外は、図1〜3と同様である。なお、図10の一点鎖線の外側では、Si層134が完全に除去されて、SiO2層136が露出している。図10の例では、光カプラ132部分において、リング共振器122の閉ループ光導波路121と出入力光導波路110間のギャップを260nmまで近づけている。これにより、パワー結合比を約3.9%とした。閉ループ光導波路121と出入力光導波路110間のギャップはメサ部10,40の側壁間の最短距離を示している。リング共振器122の閉ループ光導波路121のリング半径、光導波構造、高濃度領域とメサ部との距離、及び、電極とメサ部との距離は、図1〜3と同様である。
【0062】
図10に示すリング光変調器でのリング共振器122の周回損失は約3.6%で、波長1550nmに最も近い電圧無印加時の共振波長は1551.57nm、Q値は1.36×104であった。このリング光変調器をVL=0.5V、VH=0.95Vの10Gbps擬似ランダム信号で変調した場合、消費電力は0.25mWで、上述した図1〜3で示したリング光変調器とほぼ同じ光変調出力波形とアイパターンが得られた。ビット誤り率(図8の細実線)も、図1〜3で示したリング光変調器の場合(太実線)と同等(BER=10−11のときの最小受信レベルPminは、−19dBm)であった。
【0063】
第1の実施形態のリング光変調器においては、ダイオードをターンオフする際に短時間で蓄積キャリアを引き抜けるよう、VLの値はターンオン電圧より十分低め(本実施形態では0.6V以下)に設定されていればよい。ただし、素子の内部抵抗が高い場合は、蓄積キャリアの引き抜きを加速するためにVLをもっと下げる必要がある。変調振幅は大きくなるが、必要があれば、VLを0V以下まで振り込んでも特に支障はない。
【0064】
一方、VHを高くしすぎると変調時の最大キャリア密度が高くなり、ダイオ−ドのターンオフ時の遅延時間が長くなるため、良好なアイ開口が得られなくなる。
【0065】
図11は、第1の実施形態における円形状のリング光変調器での変調光出力波形のシミュレーション結果の一例と受信・等化後のアイパターンの一例とを示す図である。図11(a)では、図10に示したリング光変調器において、VLを0.5Vに保ったままVHを1.1Vに上げた場合の変調光出力波形のシミュレーション結果を示す。図11(b)では、図10に示したリング光変調器において、VLを0.5Vに保ったままVHを1.1Vに上げた場合の受信・等化後のアイパターンを示す。キャリア密度の時間変化率が大きいので、図11(a)に示すように、光出力波形のオーバーシュートが大きく、振動の周期も短くなっている。また、遅延時間の増大で立下りのトレースの幅が広がっている。この結果、図8に細点線で示したように、ビット誤り率は10−10台でフロアを生じる。Markビット“1”が10個連続しても遅延時間の増大が飽和しきっていないので、擬似ランダム信号の段数がもっと長い場合、立下りのトレースの広がりはさらに拡大し、フロアレベルも上昇することになる。平均消費電力もVH=0.95Vの場合の約4倍の1.04mWとなった。したがって、VHの値は、デジタル的な入出力特性を活かせる程度に高く、かつ、遅延時間の影響が顕著にならない程度に設定しなければならない。本実施形態の光変調器については、VH=0.9〜0.95Vの範囲が最適であった。以後の実施形態についても、駆動電圧レベルは最適に近い状態に設定されていることを前提として説明を行う。
【0066】
図12は、第1の実施形態におけるレーストラック状のリング共振器を有するリング光変調器においてメサ部と高濃度領域との距離を広げて配置した場合の光変調出力波形のシミュレーション結果の一例と受信・等化後のアイパターンの一例とを示す図である。図12(a)では、メサ10側壁からp型半導体領域160とn型半導体領域170までの距離を従来技術の典型的な値、400nmとした場合の、10Gbps変調時の光変調出力波形(シミュレーション)を示す。図12(b)では、メサ10側壁からp型半導体領域160とn型半導体領域170までの距離を従来技術の典型的な値、400nmとした場合の、10Gbps変調時のアイパターンを示す。かかる構成では、リング共振器の周回損失は約1.55%(長さあたり平均伝搬損失〜10dB/cm)で、臨界結合条件に近づけるため光カプラの光導波路間ギャップを450nmに広げて、パワー結合比を1.64%とした。共振器のQ値(3.7×104)が大きすぎるため、図12(a)に示すように、変調光出力波形の緩和振動成分が大きく、立ち下がり時間も長い。このため、アイパターンは図12(b)に示すようにアイマスクの境界をはみ出してしまう。ビット誤り率BERは、図8に破線で示したように、3×10−8付近にフロアを生じた。なお、このような従来構造のリング光変調器においては、プリエンファシスにより10Gbps光変調を実現できたとしても、図12に示したようなオーバーシュートを生じるので、アイマスク判定をパスすることはできない。
【0067】
図13は、第1の実施形態におけるレーストラック状のリング共振器を有するリング光変調器においてメサ部と高濃度領域との距離を狭めて配置した場合の光変調出力波形のシミュレーション結果の一例と受信・等化後のアイパターンの一例とを示す図である。図13(a)では、メサ10側壁からp型半導体領域160とn型半導体領域170までの距離を90nmと狭めすぎた場合の、10Gbps変調時の光変調出力波形(シミュレーション)を示す。図13(b)では、メサ10側壁からp型半導体領域160とn型半導体領域170までの距離を90nmと狭めすぎた場合の、10Gbps変調時のアイパターンを示す。周回損失は約7.5%(50dB/cm)、光カプラの光導波路間ギャップは340nm(パワー結合比7.8%)で、Q値は7.5×103であった。立ち上がりの遅れと消光比の低下で図13(b)に示すようにアイパターンのトレースが広がり、開口が小さくなるので、アイマスク判定は不合格となる。図8に一点鎖線で示したように、ビット誤り率は10−10台にフロアを生じた。
【0068】
ここで、図1と図9のリング光変調器において、共振器の周回損失と光カプラのパワー結合比をマトリクス状に振った場合の受光特性を、シミュレーションにより評価した。評価の基準は、以下の3点とした。
(1)ITU−Tで規定されたアイマスクをはみ出さないこと。
(2)アイの平均“1”(Mark)レベルと平均“0”(Space)レベルの比が10:1以上とれること。
(3)ビット誤り率10−11以下で受信できること。
【0069】
図14は、第1の実施形態における共振器の周回損失と光カプラのパワー結合比をマトリクス状に振った場合の受光特性を示す図である。図14において、縦軸はパワー結合比、横軸は周回損失を示す。図14(a)では、図9で示したリング光変調器における受光特性を示す。図14(b)は、図1で示したリング光変調器における受光特性を示す。ここでは、●印が最も良好な特性(最小受光レベル〜−19dBm)の得られた点、○印はパワーペナルティ1.5dB以内の点、▲印はそれ以上のパワーペナルティを生じた点である。計算では、光源の雑音は無視でき、10Gbps用の理想的な光受信器で受信することを仮定しているが、この前提条件の下では、周回損失とパワー結合比を●印と○印の範囲に設定すれば良好な光伝送特性が実現できる。
【0070】
光増幅器の挿入等で光波形に雑音が重畳している場合や光受信器の性能が劣る場合は、○印の領域の縮小、最小受信レベルの増大、あるいは受信可能なビットレートの低下を招くことになる。そのような場合、上記の実施形態より光受信器入力光レベルを上げるか、伝送レートを落とすかしなければならなくなる。しかし、それでも、リング光変調器の共振器周回損失とパワー結合比を●印の領域に設定したときに、その光受信器を用いてほぼ最良の光伝送特性を実現することができる。
【0071】
臨界結合に近い条件においては、共振波長の光は方向性結合器における干渉で共振器に閉じ込められているため、共振器に捕獲された光の寿命はほとんど周回損失で決まることになる。したがって、共振器を高速応答させるためには、共振器にある程度大きな周回損失を与えて、光子寿命を短くしてやる必要がある。逆に、周回損失が大きすぎるとQ値の低下で十分な消光比や急峻な入出力特性が得られなくなるので、周回損失には最適値が存在することになる。図14(a)と図14(b)から、共振器の周回損失は3.5〜4%とするのが好ましく、最低でも図1のタイプでは図14(b)に示すように2%以上、図9のタイプでは図14(a)に示すように2.5%以上の周回損失が必要なことがわかる。
【0072】
従来の半径10μmのリング光変調器の共振器周回損失は1.5%前後であり、光カプラのパワー結合比による共振器のQ値の調整だけでは10Gbpsに応答する条件を得ることができない。
【0073】
標準的なSiリブ導波路構造(メサ部の幅450±60nm、メサ部のSi厚220±30nm、Siスラブ厚50±15nm)のリング共振器(半径10μm±2.5μm)において、光導波路から高不純物濃度領域(キャリア密度5×1019cm−3以上)までの距離で周回損失を最適化する場合、少なくともp+領域かn+領域のいずれか一方をSiメサ側壁から100〜180nmまで近づける必要がある。
【0074】
なお、第1の実施形態ではp+領域やn+領域と光導波路のメサ部の距離を変数として共振器の周回損失を制御したが、ダイオードをp+−p−−i−n−−n+構造として、光導波路近傍に形成されたp領域とn領域のキャリア密度を制御するという方法を用いてもよい。
【0075】
図15は、第1の実施形態におけるリング光変調器の製造方法の要部工程を示すフローチャートである。図15において、第1の実施形態におけるリング光変調器の製造方法は、メサ・スラブ加工工程(S102)と、(p+)不純物注入工程(S104)と、(n+)不純物注入工程(S106)と、アニール工程(S108)と、ニッケル(Ni)膜形成工程(S110)と、シリサイド処理工程(S112)と、配線や抵抗膜の形成工程(S114)という一連の工程を実施する。
【0076】
図16は、第1の実施形態におけるリング光変調器の工程断面図である。図16では、リング共振器120,122における断面を示している。リング共振器120,122の光カプラ部分130,132の断面および入出力光導波路110の断面については図示を省略している。また、それぞれの工程において、フォトレジストや絶縁膜をマスクとして用いているが、説明を簡略化するため記載を省略した。
【0077】
図16(a)において、メサ加工工程(S102)として、SOI基板200の表層のSi層134について、メサ部10の領域を残して残りのSi層134をドライエッチングでエッチングして、メサ部10とスラブ部11のリブ光導波路構造を形成する。この後、光変調器外の領域では、さらにスラブ部11もエッチングしてSiO2層136を露出させるが、図では記載を省略した。
【0078】
図16(b)において、(p+)不純物注入工程(S104)として、メサ部10の一方の側面側に位置するスラブ部11の一部の領域に(p+)不純物を注入し、p型の半導体領域160を形成する。ここでは、上述したように、メサ部10の側壁から設定された距離だけ離した位置にp型の半導体領域160を形成する。(p+)不純物として、例えば、ホウ素(B)が用いられる。
【0079】
図16(c)において、(n+)不純物注入工程(S106)として、メサ部10の他方の側面側に位置するスラブ部11の一部の領域に(n+)不純物を注入し、n型の半導体領域170を形成する。ここでも、上述したように、メサ部10の側壁から設定された距離だけ離した位置にn型の半導体領域170を形成する。(n+)不純物として、例えば、リン(P)が用いられる。
【0080】
そして、アニール工程(S108)として、(p+)不純物と(n+)不純物がそれぞれイオン注入された後、アニール処理を行なう。これにより、p型の半導体領域160とn型の半導体領域170を低抵抗化し、安定化させる。
【0081】
図16(d)において、ニッケル(Ni)膜形成工程(S110)として、p型の半導体領域160上とn型の半導体領域170上にそれぞれメサ部10の側壁から設定された距離だけ離した位置にNi膜を形成する。
【0082】
そして、シリサイド処理工程(S112)として、アニール処理を行うことで、Ni膜のうち、下部のSi膜と接触する部分をシリサイド化し、オーミック接合する。さらに、配線金属や、必要に応じて薄膜抵抗を形成する工程(S114)を経て、オーミック接合された電極20,30とパッド(または、集積化された駆動回路)が接続される(図では省略)。なお、図では省略したが、メサ部側壁の荒れによる光の散乱損失を減らすため、メサ部10を含むi−Si層140の部分の表面は軽く酸化されていると好適である。
【0083】
各寸法については、上述した寸法で形成すればよい。以上のように構成することで、第1の実施形態におけるリング光変調器を製造できる。
【0084】
以上のように、第1の実施形態によれば、リング共振器に共振波長近傍の光が捉えられるレートとリング共振器で共振波長の光が消費されるレートがともに大きいため、共振器のビルドアップタイムと光子寿命が短い。また、この二つのレートがほぼつり合っているので、十分大きな消光比が得られる。この結果、高速変調時にもデジタル光スイッチ的な応答が維持され、小さな変調電圧振幅(<1V)で十分大きな消光比と対称性のよいアイ開口を得ることができる。その結果、従来のpinダイオード構造のキャリア注入型光変調器では不可能であったプレエンファシスなしの低駆動電圧・低消費電力で高速(〜10Gbps)の光変調動作を実現することができる。
【0085】
(第2の実施形態)
第1の実施形態では、p+領域やn+領域と光導波路のメサ部の距離を変数として共振器の周回損失を制御することで、式(2)から式(8)の条件を満たしていたが、周回損失を制御する手法はこれに限るものではない。
【0086】
第2の実施形態では、リング共振器の曲率半径を5〜7.5μmにして、放射損を大きくする。曲率半径の小さな光導波路と直線導波路の接続部、あるいは曲率半径の小さなS字光導波路の変曲点におけるモード変換損失も、共振器周回損失の増大に寄与する。リング径を小さくすることは、光変調器のフットプリントを小さくする観点からも有益である。共振波長周期から周長が決まっている場合には、リング共振器の一部に曲率半径の小さな円弧状の導波路を使えばよい。以下、特に説明しない点は、第1の実施形態と同様である。
【0087】
リング半径を縮小しても、放射損の増大、曲線部と直線部のモード不整合による散乱損失の増大等により、共振器の周回損失を増大させることができる。例えば、半径5μm、光カプラ(方向性結合器)長0μm(周長約31.4μm)のリング光変調器では、高不純物濃度領域とメサ部の間隔を300nm以上にした場合でも、周回損失は2.1〜2.5%(おおむね30〜35dB/cmで、素子により多少ばらついた。)と、半径10μmの場合より大きくできた。そして、方向性結合器における光導波路間のギャップが240nmのときのパワー結合比は約2.4%で、電圧無印加時のQ値は1.2×104となった。ダイオードの高注入時の直列抵抗は、100Ωである。この光変調器でも、BER=10−11における最小受信感度は、−18.5dBmの10Gbps伝送が可能であった。
【0088】
図17は、第2の実施形態における光変調器の周回損失およびパワー結合比を変えた場合の伝送特性の評価結果を示す図である。図17(a)では、上述のリング共振器の曲率半径5μm、方向性結合器長0μmの場合の伝送特性の評価結果を示す。図17(b)では、リング共振器の曲率半径5μm、方向性結合器長2.5μmのレーストラック型(周長約36.4μm、直列抵抗100Ω)の場合の伝送特性の評価結果を示す。図17(c)では、リング共振器の曲率半径7.5μm、方向性結合器長0μmのリング型(周長約47.1μm、直列抵抗66.7Ω)の場合の伝送特性の評価結果を示す。図17(d)では、リング共振器の曲率半径7.5μm、方向性結合器長2.5μmのレーストラック型(周長約52.1μm、直列抵抗66.7Ω)の場合の伝送特性の評価結果を示す。ここでは、図13と同様、●印が最も良好な特性(最小受光レベル〜−19dBm)の得られた点、○印はパワーペナルティ1.5dB以内の点、▲印はそれ以上のパワーペナルティを生じた点である。計算では、光源の雑音は無視でき、10Gbps用の理想的な光受信器で受信することを仮定しているが、この前提条件の下では、図13と同様、周回損失とパワー結合比を●印と○印の範囲に設定すれば良好な光伝送特性が実現できる。
【0089】
例えば、半径5μm、光カプラ(方向性結合器)長0μm(周長約31.4μm)のリング光変調器では、図17(a)に示すように、周回損失をもう少し減らすことができれば、BER=10−11での最小受信感度が−19dBmとなる10Gbps光伝送が可能となる。
【0090】
図17(a)から図17(d)に示されるように、周長を短くするほど、リング共振器の周回損失や方向性結合器のパワー結合比の最適範囲は値の小さな方にシフトすることがわかる。例えば、半径7.5μmのリング共振器の周回損失は2%弱であり、図17の最適条件より小さめであった。一方、半径5μm以下では損失のばらつきが大きくなり、半径が4μmを切ると急激に損失が増加し、受信可能範囲から外れてしまう。このことから、高不純物濃度領域による過剰損失を無視できるレベル(高不純物濃度領域・メサ間隔300nm以上)に保って、リング半径の縮小のみにより共振器損失の調整を行う場合は、半径を5〜7.5μmの範囲、望ましくは半径6μm付近に設定するのが望ましいと言える。
【0091】
共振器の半径を小さくすると、共振波長周期や共振波長帯域が広がってしまう。仕様上の制約でリング共振器の周長をあまり小さくできない場合は、以下のように構成しても好適である。
【0092】
図18は、第2の実施形態におけるリング共振器の形状の一例を示す図である。図18(a)では、リング共振器12の閉ループ光導波路と出入力光導波路110の形状の一例を示している。図18では、4隅が曲線となりその他は直線の閉ループ光導波路を示している。かかる形状にすることで、リング共振器12の一部のみに半径の小さな部分を設けることで、周長を小さくすることなしに共振器の周回損失を増大させることができる。
【0093】
図18(b)では、第2の実施形態におけるリング共振器の形状の他の一例を示す。図18(b)では、閉ループの内側に食い込むまで曲がる曲線部を設け、いわゆるS字カーブを形成する。かかる形状にすることで、リング共振器12の一部のみに半径の小さな部分を設けることで、周長を小さくすることなしに共振器の周回損失を増大させることができる。
【0094】
以上のように、第2の実施形態によれば、p+領域やn+領域と光導波路のメサ部の距離の調整によって周回損失を発生させない場合でも、閉ループ光導波路の曲率半径を調整することで、周回損失を調整できる。その結果、第1の実施形態と同様、高速変調時にもデジタル光スイッチ的な応答が維持され、小さな変調電圧振幅(<1V)で十分大きな消光比と対称性のよいアイ開口を得ることができる。その結果、従来のpinダイオード構造のキャリア注入型光変調器では不可能であったプレエンファシスなしの低駆動電圧・低消費電力で高速(〜10Gbps)の光変調動作を実現することができる。
【0095】
ここで、上述した各実施形態で説明した10Gbps伝送が可能になる周回損失x[%]と光カプラのパワー結合比yを決める式(2)から式(8)の条件は、図13と図17で示した伝送特性評価結果から導くことができる。なお、上述した各実施形態の光導波路の群屈折率は4.07とした。図13と図17では、式(2)の境界を一点鎖線で示している。また、式(3)の境界を破線で示している。また、式(4)と式(5)の境界を実線で示している。これらの範囲に囲まれた領域内では、高性能の光受信器を用いて10Gbps伝送を行うことが可能である。また、より最適化された特性を得るための条件である式(9)と式(10)の境界は、図13と図17の実線と一点鎖線と点線とで囲まれた領域内にあるさらに点線で囲まれた範囲で示している。
【0096】
光受信器の特性が理想的でない場合でも、最高伝送レートの低下、ないしは最小受信レベルの増大を許容すれば、最も良好な光伝送特性が得られる。
【0097】
共振器の周回損失を平均伝搬損失に換算した場合、式(2)から式(8)を満たす平均伝搬損失の範囲は、共振器の周長によらずほぼ20dB/cm弱〜35dB/cmの範囲となる。また、最良の特性が得られるのは、リング共振器の平均伝搬損失が25dB/cm前後のときである。
【0098】
なお、式(4)、(5)、(8)で規定される境界は、ダイオードの直列抵抗、寄生容量、キャリア寿命等で決まるキャリアの応答時間にも依存している。式(8)は、波長1.55μm付近、データレート10Gbpsにおいて、試作素子のうち最も特性の良好な素子から決定した数値である。コンタクト抵抗と寄生容量の積で決まる時定数がこれより大きいと、良好な光伝送特性が得られる範囲は狭まり、最小受光レベルも増大する。典型的な結晶Siのキャリア寿命を仮定した場合、周長とダイオードの高注入時の直列抵抗の積を4Ωmm以下に抑えることが好ましい。ダイオードの高注入時の直列抵抗Rsの値は、直流電圧(V)―電流(I)特性をダイオードの特性を表す以下の式(11)でフィッティングすることにより求めることができる。
【0099】
【数18】
【0100】
ここで、Isは飽和電流、nはideality factor、kはボルツマン定数、Tは絶対温度、qは電子の素電荷である。なお、キャリアの応答時間が式(2)、式(3)、式(6)および式(7)で規定される境界に及ぼす影響は、比較的軽微である。
【0101】
ビットレートを下げた場合は、図13、図17の最適範囲が左下と右上に広がるが、左上と右下の境界はそれほど大きく動かない。逆にビットレートを上げると最適範囲は狭まるが、式(9)および式(10)の条件を満たしていれば、計算上は15Gbpsくらいまで上述した(1)〜(3)の判定条件を満たすことができる。しかし、実用上のトレランスを考えると、10Gbpsを超えるデータレートの光変調に本実施形態を適用する場合は、同時にキャリアの応答時間の短縮も図ることが望ましい。
【0102】
(第3の実施形態)
周回損失を制御する手法は上述した実施形態に限るものではない。第3の実施形態では、リング共振器の閉ループ光導波路をアサーマル化することで周回損失を制御する。
【0103】
図19は、第3の実施形態におけるリング光変調器のリング共振器部分の構成の一例を示す断面図である。リング共振器は共振波長が温度に極めて敏感なので、温度依存性を実質的に無くすアサーマル化を行うことがより望ましい。そのためには、リング共振器を構成する光導波路のクラッドの少なくとも一部に屈折率の温度係数が負の材料を用い、光変調器をアサーマル化する。屈折率の温度係数が負の材料の具体例としては、酸化チタン(TiO2)、SixTi(1−x)Oy、ポリマー、或いはポリイミド等が挙げられる。ここでは、例えば、TiO2膜207で光導波路部分を上部から覆う。ここでは、幅700nm、厚さ500nmのTiO2膜207(上部クラッド)で、光導波路部分が覆われている。また、ここでは、SOI基板を用いることで、厚さ3μmのSiO2膜136(BOX層、下部クラッド)が光導波路の下部を覆っている。以下、特に説明しない点は、第1の実施形態と同様である。
【0104】
一般に温度係数が負の材料は、Siより屈折率が低いので、アサーマル化するためにはSi導波路の断面積を小さくして、モードのかなりの割合を屈折率の温度係数が負のクラッド材料に染み出させることが有効である。図19の例では、メサ部16の幅を上述した各実施形態に比べて小さくすることでSi導波路の断面積を小さくする。ここでは、幅200nmで形成する。メサ部16の厚さは90nmで、残りのスラブ部分は厚さ50nmで形成される。
【0105】
また、SOI基板の表面のSi層のスラブ部分には、メサ部16から一方の側面側に所定の距離離した位置にp型の半導体領域160を形成し、他方の側面側に所定の距離離した位置にn型の半導体領域170を形成する点は、上述した第1の実施形態と同様である。しかし、第3の実施形態では、メサ部16とp型の半導体領域160或いはn型の半導体領域170との距離で周回損失を制御するものではない。そのため、メサ部16とp型の半導体領域160或いはn型の半導体領域170との距離は周回損失が生じないだけの距離だけ離して配置すればよい。また、抵抗低減と光損失抑制の兼ね合いから、(p+)型の半導体領域160とi−Si領域144の間に、(p+)型の半導体領域160よりキャリア密度が小さい、(p−)型の半導体領域164を形成するとよい。同様に、(n+)型の半導体領域170とi−Si領域144の間に、(n+)型の半導体領域170よりキャリア密度が小さい、(n−)型の半導体領域174を形成するとよい。図19では、メサ部16を含むi−Si領域144とその両側の(p−)型の半導体領域164と(n−)型の半導体領域174上にTiO2膜207が形成される。また、(p+)型の半導体領域160上にはオーミック接合した電極20が、(n+)型の半導体領域170上にはオーミック接合した電極30が、それぞれ形成される点は、第1の実施形態と同様である。
【0106】
このような断面積が小さく光閉じ込めの弱い光導波路で放射損の増大を抑えるためには、リング共振器の最小半径をかなり大きくする必要があり、従来手法でアサーマル化しようとすれば、高速性やフットプリントの観点で問題があった。TiO2の屈折率とその温度係数dn/dTの値は作製方法に依存していろいろな値をとるが、ここで用いているTiO2膜207の波長1550nm付近における屈折率は約2.3、dn/dTは−1×10−4/Kである。TiO2膜207の負の温度係数がメサ部16を含むSi層やSiO2層136の正の温度係数を相殺するため、この導波路はTE基本モード(実効屈折率2.06)の伝搬光に対してほぼアサーマル条件を満たしている。ただし、導波光のかなりの割合がTiO2膜207(上部クラッド)に染み出した状態になるため、曲がり半径を10μm以上にしないと放射損失を無視できないという問題があり、高速動作も実現できなかった。しかし、本実施形態によれば、周回損失をあえて発生させることができるので、共振器の最小半径を少し小さめに設定できる。かかる共振器の最小半径の調整で、共振器周回損失を式(2)〜式(8)の条件を満たす範囲に調整することができるので、小型で高速の実用的なアサーマル光変調器を実現することができる。ここでは、半径8μm前後の比較的小型のアサーマル光変調器で式(2)〜式(8)の条件が満たすことができ、5Gbps以上の高速動作が実現される。
【0107】
ここでは、アサーマル化するためにメサ部の断面積を小さくし、その代わりに共振器の最小半径を大きくして周回損失を解消すべきところ、共振器の最小半径を若干小さくすることで周回損失を式(2)〜式(8)の条件を満たす範囲に調整する。
【0108】
ここで、アサーマル導波路でなくても、リング共振器を構成する光導波路メサ部の断面積を入出力光導波路の主要部(リング光変調器から離れた低損失の光導波路部分)のメサ部の断面積より狭くすることで、共振器の周回損失を増大させることができる。よって、かかる手法で周回損失を式(2)〜式(8)の条件を満たす範囲に調整しても好適である。
【0109】
(第4の実施形態)
周回損失を制御する手法は上述した実施形態に限るものではない。第4の実施形態では、マイクロヒーターで温度制御を行うことで、共振波長の微調整を行う構成について説明する。リング共振器は共振波長が温度に極めて敏感である点は上述した通りである。そこで、第4の実施形態では、あえてマイクロヒーターを光導波路の近傍に配置することで温度制御を行う。以下、特に説明しない点は、第1の実施形態と同様である。
【0110】
図20は、第4の実施形態におけるリング光変調器のリング共振器部分の構成の一例を示す断面図である。リング共振器は共振波長が温度に極めて敏感なので、温度制御を行うことがより望ましい。そのために、リング共振器を構成する光導波路のメサ部10から500nm以内の部分に金属を配置する。例えば、光導波路上に温度制御用のマイクロヒーター252を設け、電流を流すことで共振波長の微調整を行う。光導波路の近傍にマイクロヒーター252を配置できるので小さい電流で高速に共振波長の微調整を行うことができるようになる。マイクロヒーター252は、電極の一例である。マイクロヒーター252の材料として、例えば、タングステン、ニッケルなどの金属抵抗膜が好適である。ここでは、図1〜図3で示す構成のうち、メサ部10からp型半導体領域160までの距離とメサ部10からn型半導体領域170までの距離が、周回損失を生じない400nmに設定している。また、メサ部10を含むi−Si領域140上をシリコン酸化膜251で覆い上部クラッドを構成する。そして、シリコン酸化膜251上にマイクロヒーター252を配置する。メサ部10上部とマイクロヒーター252の距離を約300nmに設定する。
【0111】
かかる構成では、リング共振器の導波損失はマイクロヒーターのない場合に比べて15dB/cm大きい。その結果、p型半導体領域160やn型半導体領域170の配置位置で調整しなくても共振器の周回損失が実施形態1とほぼ同じになり、プリエンファシスなしの高速変調が可能となる。また、従来手法でマイクロヒーターを配置しようとする場合、周回損失を発生させないようにマイクロヒーターと光導波路のメサ部との距離を大きく離す必要があった。これに対して、第4の実施形態では、あえて、マイクロヒーター252と光導波路のメサ部10の距離を近づけて周回損失を発生させるので、従来手法で設計する場合と比べて、より小さな電流で、より高速に共振波長を制御することができる。
【0112】
ここで、メサ部10上部にマイクロヒーター252を配置する代わりに、金属、またはシリサイドのオーミック電極20,30を光導波路から500nm以内の位置に近づけても好適である。この場合、素子の小型化、低抵抗化にも効果がある。
【0113】
(第5の実施形態)
上述した各実施形態では、SOI基板の単結晶Si層を用いて光導波路を構成したが、これに限るものではない。第5の実施形態では、ポリシリコン層を光導波路の一部に含めることで共振器の周回損失を調整する構成について説明する。以下、特に説明しない点は、第1の実施形態と同様である。
【0114】
図21は、第5の実施形態におけるリング光変調器を搭載した半導体装置の構成の一例を示す断面図である。図21において、第5の実施形態におけるリング光変調器は、Si基板401表面に形成されたCMOS集積回路の多層配線層402の上に形成された光配線用光集積回路の一部を構成する。リング共振器を構成する光導波路の一部にポリシリコンを用いると、ポリシリコンの結晶粒界による散乱損失で、共振器の周回損失を増大させることができる。この方法は、図21に示すように、バックエンドプロセスでLSIの電気配線層の上に光集積回路を形成する場合に、特に有益である。通常のバックエンドプロセスで形成された多層配線層402は、絶縁膜403内に埋め込まれた多層の金属配線層404やその間をつなぐ配線ビア405からなる。実際の金属配線層の層数はもっと多いが、図21では簡略化して三層の配線層を示している。
【0115】
本実施形態のリング光変調器の閉ループ光導波路406は、低温形成p型ポリシリコン層407、低温形成n型ポリシリコン層408、および、これらのポリシリコン層407、408に接触するように低温(〜250℃)プラズマCVDにより形成された水素終端アンドープ・アモルファス・シリコン(a−Si:H)メサ部409を有している。そして、リング光変調器の閉ループ光導波路406は、多層配線が埋め込まれた絶縁膜403上に形成される。そして、上部から絶縁膜410によりほぼ平坦に埋め込まれている。閉ループ光導波路406のスラブ部分に形成されるポリシリコン層407、408の厚さは50nmで、a−Si:Hメサ部409の厚さは約220nm、幅は約450nmである。ポリシリコン層407,408は、電極配線411、ビア405、金属配線層404等を介して、CMOS駆動回路412に接続されている。
【0116】
ここでは、リング共振器の半径は10μmで、方向性結合器の長さとギャップはそれぞれ5μm、370nmとした。入出力導波路の方向性結合器以外の部分は、両側にポリシリコン・スラブのない光細線導波路とした。a−Si:Hメサ部409自体の光損失は小さいので、入出力光導波路の伝搬損失は2dB/cm以下となる。一方、リング共振器には、ポリシリコン・スラブのポリシリコン層407,408の結晶粒界による散乱損失や自由キャリア吸収、放射損失、モード変換損失等があるため、周回損失は約4.5%(約30dB/cm相当)となった。方向性結合器のパワー結合比は、約5%である。直列抵抗はやや高めであるが、a−Si:Hは結晶Siよりキャリア寿命が短いため、キャリアの応答時間は第1の実施形態より短くなる。図13(a)から明らかなように、かかるリング共振器は式(2)から式(8)の条件を満たしている。そして、キャリアの応答時間も短いので、駆動回路を高速化できれば、10Gbps以上でも光伝送が可能である。駆動回路と近接集積化されているので、整合用の抵抗は不要であり、5Gbps伝送を行う場合における消費電力は0.3mWであった。
【0117】
以上のように、第5の実施形態によれば、光損失が大きめのポリシリコンを光導波路の一部に用いることで周回損失を調整できる。そして、ポリシリコンを光導波路の一部に用いても、特性の優れたリング光変調器を実現することができるので、バックエンドプロセスにより光集積回路をLSIチップに集積化する場合に極めて有効である。
【0118】
(第6の実施形態)
上述した各実施形態では、リング共振器と1つの入出力光導波路110を備えていたが、これに限るものではない。第6の実施形態では、複数の入出力光導波路をリング共振器に結合させる構成について説明する。以下、特に説明しない点は、第1の実施形態と同様である。
【0119】
図22は、第6の実施形態におけるリング光変調器の構成を示す上面概念図である。図22では、内容の理解が得られやすいように、光導波路部分だけを示している。その他の構成については図示を省略している。レーストラック状の閉ループ光導波路302に入出力光導波路301(第1の入出力光導波路)が光カプラ303(第1の光カプラ)を介して光学的に結合している。かかる構成までは、図1のリング光変調器と同様である。図22では、さらに、入出力光導波路301とは異なる位置で、一部が閉ループ光導波路302の一部の近傍に位置するように配置された入出力光導波路304(第2の入出力光導波路)(ドロップポート)を備える。入出力光導波路304は、光カプラ305(第2の光カプラ)を介して閉ループ光導波路302に光学的に結合している。
【0120】
図23は、第6の実施形態におけるリング光変調器のリング共振器部分の断面図である。図23において、リング共振器の光導波路は、厚さ50nmの結晶Siスラブ134と、その上に形成されたアモルファスシリコン(a−Si:H)からなるメサ部18(厚さ170nm、幅450nm)から構成される。かかる点を除けば図1の構成と同様である。但し、図23に示すリング共振器では、メサ部18の側壁からp型半導体領域160までの距離とメサ部18の側壁からn型半導体領域170までの距離とを調整することで周回損失を調整するわけではない。そのため、メサ部18の側壁からp型半導体領域160までの距離とメサ部18の側壁からn型半導体領域170までの距離は、それぞれ、周回損失が生じない距離で設定しておけばよい。レーストラック状の閉ループ光導波路302は、半径10μmの弧状導波路部分と直線状の光カプラ303,305(長さ2.5μm)部分からなる(周回長約67.8μm)。共振器自体の導波損失は約10dB/cm(周回損失1.6%相当)で、第1の光カプラ303での光導波路間のギャップは330nm(パワー結合比4.4%)、第2の光カプラ305での光導波路間のギャップは380nm(パワー結合比2.2%)の非対称構造とした。第2の入出力光導波路305は入力光との干渉がないので、第2の光カプラ305を介してドロップポートへ分岐される光パワーが共振器の損失の一部となる。したがって、共振器を構成する導波路自体に故意に別の損失を与えなくても、共振器の周回損失は3.8%となり、式(2)〜式(8)に相当する条件を満たす。したがって、第1の実施形態の場合と同様の駆動条件で、スルーポート側光出力を用いて、10Gbpsの良好な光伝送を実現できる。また、第2の出力導波路305の光出力は、共振器の共振状態のモニタや、相補型光伝送に利用することができる。なお、最も良好な特性を得るためには、第2の光カプラ305のパワー結合比を、第1の光カプラ303のパワー結合比より小さめに設定するのが好ましい。
【0121】
また、二出力型のリング光変調器を用いた場合、ドロップポートを共振波長のモニタ用に使うことができるので、制御回路やリング共振器に近接して設けたマイクロヒーターと組み合わせることにより、共振波長を光源の波長に合わせることが可能となる。温度変化等により光源の波長が変動する場合、あるいはWDMで光変調器の波長チャネルを切り替えて使う場合等に有効である。
【0122】
また、スルーポート出力とドロップポートで相補型の出力が得られるので、差動型光受信器と組み合わせれば、シングルエンド伝送と比べて小さな消光比、ないしは小さな光パワーで信号伝送を行うことができる。ドロップポート側はスルーポート側より挿入損失が大きく、立ち上がりも遅いため、キャリア寿命を短縮しないと、10Gbpsで上述した(1)〜(3)のアイ判定基準を満たすことは難しい。本実施形態では、a−Si:Hのキャリア寿命がSOI基板のSi層を用いて形成する場合よりも短いので、ドロップポート側も高速に応答し、10Gbpsの相補型光伝送が可能である。
【0123】
以上、具体例を参照しつつ実施形態について説明した。しかし、本発明は、これらの具体例に限定されるものではない。例えば、リング共振器を構成する光導波路の少なくとも一部に、キャリア寿命を短縮するための不純物ないし欠陥を導入することで条件式を満たすように調整しても好適である。金、白金などの金属不純物をドープしたり、シリコン、水素、ヘリウム等をイオン注入して欠陥を導入したりすることにより、キャリア寿命を短くすれば、より高速の応答が実現できる。このような手法によりキャリアの応答を速めることができることはよく知られているが、本実施例においては、金属不純物や欠陥による共振器周回損失増大の結果として式(2)〜(8)の条件が満たされることが特徴である。また、上述した各実施形態を適宜組み合わせてもよい。方向性結合器のパワー結合比は、導波路間のギャップ、方向性結合器の長さのほか、スラブ層厚、上部クラッド材料の選択などによっても、制御することができる。
【0124】
波長が1.55μm帯から離れるにつれて、最適範囲は式(2)〜式(5)で規定される範囲から多少ずれるが、最適点は式(2)〜式(8)で規定される範囲の中にある。
【0125】
また、方向性結合器のパワー結合比は、同一プロセスで作製した評価用方向性結合器のパワー分岐比から求めることができる。あるいは、方向性結合器の寸法や構成材料の屈折率が既知であれば、BPM、FDTD等によるシミュレーションで計算することが可能である。方向性結合器の入出力部の曲がり導波路における光の結合が無視できないので、モード結合理論による直線部のみの計算では不十分である。
【0126】
また、共振器の周回損失は、単独のリング光変調器の特性評価から直接求められる量ではないが、長さ、曲がりの数、直線導波路と曲がり導波路の接続の数等を変えた複数の評価用光導波路の透過特性から求めることができる。あるいは、周長が同じで方向性結合器のパワー結合比が異なる複数のリング光共振器の出力スペクトルのコントラスト比やスペクトル幅を、理論計算と比較することによっても推算することができる。周回損失がパワー結合比よりやや小さい場合は、電流を注入して透過スペクトルのコントラストが最も深くなったところで、共振器周回損失=方向性結合器のパワー結合比(臨界結合)となる。方向性結合器のパワー結合比やキャリア寿命が既知であれば、これらの値を使って電界無印加時の周回損失を計算することができる。
【0127】
以上、詳述したように、各実施形態によれば、プリエンファシスをかけることなしに、低電圧駆動で高速の光変調をかけることができる。いずれにしても、式(2)から式(8)の条件を満たす必要がある。また、このような構成をとったことにより、素子の直列抵抗や寄生容量が大きくならないよう、注意する必要がある。
【0128】
また、各層(膜)の膜厚や、サイズ、形状、数などについても、半導体集積回路や各種の半導体素子において必要とされるものを適宜選択して用いることができる。
【0129】
その他、本発明の要素を具備し、当業者が適宜設計変更しうる全てのリング光変調器は、本発明の範囲に包含される。
【0130】
また、説明の簡便化のために、半導体産業で通常用いられる手法、例えば、フォトリソグラフィプロセス、処理前後のクリーニング等は省略しているが、それらの手法が含まれ得ることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0131】
10,12,14,16,18 メサ部、11 スラブ部、20,22,30,32 電極、100 リング光変調器、110,301,304 入出力光導波路、120,302 リング共振器、121 閉ループ光導波路、130,132,303,305 光カプラ、160,170,172 高不純物濃度半導体領域、207 TiO2膜、252 マイクロヒーター、407,408 ポリシリコン膜
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、リング光変調器に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、コアと周囲の屈折率のコントラストが大きなシリコン(Si)光細線導波路を利用することで、光素子の小型化が進んでいる。波長1.55μm帯のSi光細線導波路の典型的な断面寸法は220nm×450nmであり、高屈折率差による強い光閉じ込めにより、曲率半径の小さな曲がり導波路でも放射損失を小さく抑えることができる。高度に発達したCMOSプロセス技術を応用すれば、微細な光・電子デバイスを多数集積化した光集積回路を量産可能なことから、機器間・ボード間光インターコネクションだけでなく、波長多重(WDM:wavelength division multiplexing)技術を使ったチップ間・チップ内の大容量光配線への応用も期待されている。
【0003】
光インターコネクションや光配線に用いるためには、最低限、光信号の送信機能と受信機能が必要である。チップ間・チップ内光配線への応用を考えると、素子の小型化、低消費電力化(高効率化)、及び高速化が重要である。受信側に関しては、Si細線光導波路に集積化された長さ5〜10μm、幅数μmの導波路型Ge系受光素子やInGaAs系受光素子で、1mA/mW前後の効率と数〜数十GHzの帯域が実現されている。
【0004】
送信側については、間接遷移半導体であるSiで高効率のレーザを実現することは極めて困難なため、外部光源とSi系光変調素子の組み合わせが一般的である。Si系光変調器には、電界吸収型光変調器、マッハ・ツェンダ光変調器、リング光変調器などがあるが、チップ内の大容量光配線へ適用できる超小型(フットプリント≦100μm2)の光変調器はリング光変調器のみである。
【0005】
リング光変調器は、少なくとも一本の入出力光導波路と、少なくとも一個のリング共振器が光カプラで結合してなるもので、リング共振器を構成する光導波路のキャリア密度を変化させることにより屈折率を介して共振波長を変化させる。入射光波長が共振帯域内にある状態と共振帯域外にある状態を切り替えることにより、出力光パワーを変調することができる。
【0006】
Si内導波路の屈折率のキャリア密度による変化Δnは、以下の式(1)で近似できることが知られている。
【0007】
【数1】
【0008】
ここで、Neは電子密度、Nhは正孔密度である。係数ae、ahは波長の二乗に比例する量で、波長1.55μmでは、ae=−8.8×10−22cm3、ah=−8.5×10−18cm2.4である。
【0009】
ここで、キャリア密度を変化させる方法としては、以下の3通りに分類できる。
(ii−a)二つの半導体層の間に薄い絶縁膜を挟んだキャパシタ型。
(ii−b)pnダイオード構造の光導波路に逆方向電圧を印加して空乏化させるもの。
(ii−c)pinダイオード構造の光導波路に順方向電流を流してキャリア注入するもの。
【0010】
(ii−a)のキャパシタ型と(ii−b)の空乏モードの光変調器は高速であるが、変調効率が低く、変調電圧振幅は大きめになる。変調効率を上げるためには、キャリア密度の変化する領域と導波モードのオーバラップが大きくなるような不純物分布が必要で、(ii−c)のpin構造のキャリア注入型と比べて作製精度が劣ってしまう。一方、(ii−c)のキャリア注入型の光変調器は、低周波では数mAの電流変化(0.1V程度の電圧変化)で10dB以上の消光比が得られるが、光導波路内のキャリア注入、排出に時間(〜1ns)を要するため、高速応答性に難があるといった問題があった。
【0011】
かかる応答の遅いpinダイオード構造のキャリア注入型Si光変調器を10Gbpsオーダーの速度で駆動する方法として、プリエンファシスが知られている。例えば、元の10Gbpsの駆動波形の微分波形を増幅して元の駆動波形に重畳することによりプリエンファシスのかかった駆動波形を作り出すことができる。プリエンファシスによりオン・オフ切り替え時にi−Si領域内のキャリア注入・排出が加速されるので、高速応答出力波形が得られる。
【0012】
今のところ、プリエンファシスをかけないキャリア注入型リング光変調器の変調速度の上限は4Gbps(振幅1.4V)にとどまっており、従来、プリエンファシスがキャリア注入型リング光変調器を高速(10Gbps)動作させる唯一の方法となっていた。プリエンファシスには、変調電圧振幅や消費電力がかなり大きくなるといった問題がある。さらに、特殊な駆動回路が必要になるといった問題がある。さらに、素子の発熱が大きく共振特性の温度依存性で動作が不安定になりやすいといった問題がある。プリエンファシスには、これらのデメリットがあり、実用化の障害となっていた。上述のように、特に、pinダイオード構造のキャリア注入型リング光変調器は、大きなプリエンファシスをかけないと高速動作しないという問題があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】S.Manipatruni et al.,Optics Express,Vol.18,No.17,p.18235,2010年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の実施形態は、より小さな変調電圧振幅(<1V)で高速(〜10Gbps)変調可能なリング光変調器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
実施形態のリング光変調器は、リング共振器と入出力光導波路とを備えている。そして、リング共振器は、電流注入手段を備えたp−i−nダイオード構造の閉ループ光導波路を有する。入出力光導波路は、一部が前記閉ループ光導波路の一部の近傍に位置するように配置される。互いに近傍に位置する前記閉ループ光導波路の一部と前記入出力光導波路の一部とが、前記リング共振器と前記入出力光導波路とを光学的に結合する光カプラとして機能し、前記リング共振器に注入する電流を変化させて閉ループ光導波路内のキャリア密度と実効屈折率を介して所定の共振波長λrを変化させることにより前記入出力光導波路の一端から入力された共振波長λrおよび前記共振波長λrから所定の範囲内の波長の光の強度を変調する。そして、前記リング共振器を構成する閉ループ光導波路の共振波長λrにおける群屈折率をng、前記閉ループ光導波路の周長をl[μm]、前記閉ループ光導波路のうち前記光カプラとして機能する前記リング共振器の一部を除く残りの部分の導波路長をl’[μm]とするとき、前記光カプラの出力から入力までリング共振器を周回する共振波長λrの光に対して、電流OFF時の共振器一周回あたりの損失x[%]と光カプラのパワー結合比y[%]が、以下の式(2)から式(8)までの関係を満たすことを特徴とする。
【0016】
【数2】
【0017】
【数3】
【0018】
【数4】
【0019】
【数5】
【0020】
【数6】
【0021】
【数7】
【0022】
【数8】
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】第1の実施形態におけるリング光変調器の構成の一例を示す上面図が示されている。
【図2】第1の実施形態におけるリング共振器部分の構成の一例を示す断面図である。
【図3】第1の実施形態における光カプラ部分の構成の一例を示す断面図である。
【図4】第1の実施形態におけるメサ部側壁からp+領域とn+領域までの距離と自由キャリア吸収による光伝搬損失の関係の一例を示す図である。
【図5】第1の実施形態におけるリング光変調器の電圧印加による波長1549nm付近の透過スペクトルの変化を示す図である。
【図6】第1の実施形態におけるリング光変調器の波長1549.59nmにおける直流電圧−光出力特性を示す図である。
【図7】第1の実施形態における入出力光導波路の出射端における変調光波形のシミュレーション結果を示す図である。
【図8】第1の実施形態におけるリング光変調器で得られる変調光信号を10Gbps伝送に最適化された光受信器で受信・等化した後のアイパターンを示す図である。
【図9】第1の実施形態における光受信器入力レベルとビット誤り率(BER)の関係を示す図である。
【図10】第1の実施形態におけるリング光変調器の他の一例の構成を示す上面図である。
【図11】第1の実施形態における円形状のリング光変調器での変調光出力波形のシミュレーション結果の一例と受信・等化後のアイパターンの一例とを示す図である。
【図12】第1の実施形態におけるレーストラック状のリング共振器を有するリング光変調器においてメサ部と高濃度領域との距離を広げて配置した場合の光変調出力波形のシミュレーション結果の一例と受信・等化後のアイパターンの一例とを示す図である。
【図13】第1の実施形態におけるレーストラック状のリング共振器を有するリング光変調器においてメサ部と高濃度領域との距離を狭めて配置した場合の光変調出力波形のシミュレーション結果の一例と受信・等化後のアイパターンの一例とを示す図である。
【図14】第1の実施形態における共振器の周回損失と光カプラのパワー結合比をマトリクス状に振った場合の受光特性を示す図である。
【図15】第1の実施形態におけるリング光変調器の製造方法の要部工程を示すフローチャートである。
【図16】第1の実施形態におけるリング光変調器の工程断面図である。
【図17】第2の実施形態における光変調器の周回損失およびパワー結合比を変えた場合の伝送特性の評価結果を示す図である。
【図18】第2の実施形態におけるリング共振器の形状の一例を示す図である。
【図19】第3の実施形態におけるリング光変調器のリング共振器部分の構成の一例を示す断面図である。
【図20】第4の実施形態におけるリング光変調器のリング共振器部分の構成の一例を示す断面図である。
【図21】第5の実施形態におけるリング光変調器を搭載した半導体装置の構成の一例を示す断面図である。
【図22】第6の実施形態におけるリング光変調器の構成を示す上面概念図である。
【図23】第6の実施形態におけるリング光変調器のリング共振器部分の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
(第1の実施形態)
第1の実施形態について、以下、図面を用いて説明する。
【0025】
図1には、第1の実施形態におけるリング光変調器の構成の一例を示す上面図が示されている。図2は、第1の実施形態におけるリング共振器部分の構成の一例を示す断面図である。図3は、第1の実施形態における光カプラ部分の構成の一例を示す断面図である。
【0026】
図1において、リング光変調器100は、リング共振器120と入出力光導波路110とを備えている。リング共振器120は、電流注入手段を備えたp−i−nダイオード構造の閉ループ光導波路121を有する。閉ループ光導波路121は、一例として、平行する2本の直線部と2本の直線部を左右から半円部でつなげたレーストラック状に形成される。言い換えれば、図1におけるリング共振器120は、レーストラック型共振器となる。入出力光導波路110は、閉ループ光導波路121の直線部分と平行に配置される。そして、入出力光導波路110は、一部が閉ループ光導波路121の一部の近傍に位置するように配置される。互いに近傍に位置する閉ループ光導波路121の一部と入出力光導波路110の一部とが、リング共振器120と入出力光導波路110とを光学的に結合する光カプラ130として機能する。リング光変調器100は、リング共振器120に注入する電流を変化させて閉ループ光導波路121内のキャリア密度と実効屈折率を介して所定の共振波長λrを変化させることにより入出力光導波路110の一端から入力された共振波長λrおよび共振波長近傍(共振波長λrから所定の範囲内の波長)の光の強度を変調する。
【0027】
閉ループ光導波路121の内側には、例えば、(p+)型半導体領域160が形成される。そして、閉ループ光導波路121の外側には、例えば、(n+)型半導体領域170が形成される。(p+)型半導体領域160上には、電極20が形成される。一方、(n+)型半導体領域170上には、電極30が形成される。また、光カプラ130の入出力光導波路110側には、(n+)型半導体領域172が形成される。(n+)型半導体領域172上には、電極32が形成される。電極30,32間は導通されている。電極20には、電圧Vfが印加可能に配置される。電極30,32は地絡(アース)されている。
【0028】
図1の例では、入出力光導波路110とリング共振器120(閉ループ光導波路121)が長さ5μmの平行導波路からなる方向性結合器(光カプラ130)で結合した構成となっている。閉ループ光導波路121の曲線部の曲率半径Rは10μm、光カプラ130での入出力光導波路110と閉ループ光導波路121間のギャップの幅は380nmに設定する。
【0029】
リング光変調器100は、例えば、Si基板138とシリコン酸化膜(SiO2膜)136とSi膜134とが積層されたSOI(シリコン・オン・インシュレータ)基板に形成されると好適である。例えば、SiO2膜136は、厚さ3μmで形成され光導波路の下部クラッドとなる。Si膜134は、光導波路では、i(イントリンシック)−Si領域となる。また、Si層134は、p型の場合、アクセプタ密度<1×1016cm−3となる。Si層134は、入出力光導波路110のコアとなるメサ部40と、閉ループ光導波路121のコアとなるメサ部10とを除き、ドライエッチングにより掘り込まれている。ここでは、メサ部10,40が幅450nmで形成され、メサ部10,40は厚さ220nmで形成される。また、残りのスラブ部11は、厚さ50nmで形成される。
【0030】
このように、リング共振器120および入出力光導波路110を構成する光導波路として、シリコン(Si)を主たる構成要素とするメサ部とメサ部の両側に位置するスラブ部とを有するリブ光導波路が用いられる。光は、このいわゆるリブ光導波路を伝搬することになる。リング共振器120を構成する閉ループ光導波路121と入出力光導波路110が、いずれもSiを主たる構成要素とするメサ部とスラブ部からなるリブ光導波路であることにより、光導波路への電流注入が容易になり、かつ変調効率を大きくすることができる。
【0031】
また、図2に示すように、メサ部10の両側に位置するスラブ部の一方には、キャリア密度が5×1019cm−3以上の(p+)型の半導体領域160(p型の高不純物濃度領域)が設けられる。他方のスラブ部には、キャリア密度が5×1019cm−3以上の(n+)型の半導体領域170(n型の高不純物濃度領域)が設けられる。そして、(p+)型の半導体領域160と(n+)型の半導体領域170の間のメサ部10を含む領域がp−i−nダイオード構造のi−Si領域140となる。このように、閉ループ光導波路121は、半導体領域160,170といった電流注入手段を備えたp−i−nダイオード構造となる。
【0032】
光カプラ130部分でも、図3に示しように、メサ部10,40がi−Si領域140の隙間を空けて配置され、メサ部10のメサ部40とは逆側のスラブ部11に上述した(p+)型の半導体領域160が形成される。そして、メサ部40のメサ部10とは逆側のスラブ部11に(n+)型の半導体領域172が形成される。(n+)型の半導体領域172も(n+)型の半導体領域170と同様、キャリア密度が5×1019cm−3以上とすると好適である。
【0033】
ここで、次の関係を満たすようにリング光変調器100を構成することで、小さな変調電圧振幅(<1V)で高速(〜10Gbps)変調が可能となることを見出した。これにより、小型・低消費電力のキャリア注入型リング光変調器を実現できる。
【0034】
リング共振器120を構成する閉ループ光導波路121の共振波長λrにおける群屈折率をng、閉ループ光導波路121の周長をl[μm]、閉ループ光導波路121のうち光カプラ130として機能するリング共振器120の一部を除く残りの部分の導波路長をl’[μm]とする。そのとき、光カプラ130の出力142から入力140までリング共振器120を周回する共振波長λrの光に対して、電流OFF時の共振器一周回あたりの損失x[%]と光カプラのパワー結合比y[%]が、上述した式(2)から式(8)までの関係を満たすようにすればよい。
【0035】
【数9】
【0036】
【数10】
【0037】
【数11】
【0038】
【数12】
【0039】
【数13】
【0040】
【数14】
【0041】
【数15】
【0042】
以上の条件に設定すると、キャリアの応答速度が多少遅くても(数百ps〜1ns)、リング共振器の立ち上がりと立下りの応答を共に高速化できるので、電圧振幅の大きなプリエンファシスをかけなくても、入力光を高速に変調することができる。なお、ここで言うリング共振器は図1で示したレーストラック状のリング共振器120に限定されるものではなく、後述する真円形状のリング共振器なども含め、閉ループ光導波路一般で成り立つ。また、光カプラ(方向性結合器)のパワー結合比は、リング共振器の無い単独の光カプラについて定義される値とする。
【0043】
ここで、第1の実施態様におけるより望ましい条件としては、上述した共振器一周回あたりの損失x[%]と光カプラ130のパワー結合比y[%]が、さらに以下の式(9)および式(10)を満たすとなおよい。
【0044】
【数16】
【0045】
【数17】
【0046】
かかる条件を満たすようにすると、ほぼ最良の特性を実現することができる。
【0047】
ここで、結晶Siからなる典型的なpinダイオードを想定した場合、10Gbpsにおいて式(8)が有効なのは、リング共振器120の周長とダイオードの高注入時の直列抵抗の積が4Ωmm以下のときである。直列抵抗がこの値を超えると、xmaxとymaxの値は顕著に低下する。ただし、アモルファスシリコン、ポリシリコン、ライフタイムキラーとなる不純物をドープした結晶シリコンなどを用いることで、キャリア寿命の短縮を図った場合はこの限りでない。第1の実施形態では、リング共振器に上式の条件を満たすような周回損失(平均伝搬損失に換算して20dB/cm〜35dB/cm)を与えてやる必要がある。高不純物濃度領域を近づけると光導波路の伝搬損失が増大してしまうので、従来は、メサ側壁から高不純物濃度領域までの距離を200nm以上離していた。しかし、第1の実施形態では、あえて上式(1)〜式(8)の条件を満たすような周回損失を発生させる。そのために、p型の半導体領域160側のメサ部10の側壁からp型の半導体領域160端までの最短部の距離L1と、n型の半導体領域170側のメサ部10の側壁からn型の半導体領域170端までの最短部の距離L2とが、共に100〜180nmとなるように半導体領域160,170を形成する。かかる構成により式(1)〜式(8)の条件を満たすことができる。最小半径7.5μm以上のリング共振器において有効である。p−i−nダイオードの高濃度領域を光導波路メサに近づけることにより、i(イントリンシック)領域の体積を小さくできるため、直列抵抗が低減され、キャリアの応答速度も幾分改善できる。
【0048】
図1から図2で示す例では、閉ループ光導波路121のメサ部10側壁から左右に約150nm離れた位置に、それぞれp型の半導体領域160とn型の半導体領域170を形成する。p型の半導体領域160上に形成された電極20は、メサ部10の側壁から電極20の端部までの最短距離がL3離れた位置に形成される。同様に、n型の半導体領域170上に形成された電極30は、メサ部10の側壁から電極30の端部までの最短距離がL4離れた位置に形成される。ここでは、L3=L4=500nmとする。電極20,30は、共にニッケルシリサイドを用いて、p型の半導体領域160とn型の半導体領域170にそれぞれオーミック接合されている。また、ここでは、p型の半導体領域160とn型の半導体領域170のキャリア密度は、いずれも約1×1020cm−3とする。かかる第1の実施形態のp−i−nダイオードの高注入時の直列抵抗は約40Ωであるが、ダイオードの微分抵抗が大きな低電圧領域でもインピーダンス整合がとれるよう、並列に60Ωの薄膜抵抗が集積化されている。
【0049】
また、図3に示すように、光カプラ130部分では、p型の半導体領域160側のメサ部10の側壁からp型の半導体領域160端までの最短部の距離L5と、n型の半導体領域172側のメサ部40の側壁からn型の半導体領域172端までの最短部の距離L6が、共に、400nmに設定している。また、p型の半導体領域160上に形成された電極20は、光カプラ130部分では、メサ部10の側壁から電極20の端部までの最短距離がL7離れた位置に形成される。同様に、n型の半導体領域172上に形成された電極32は、光カプラ130部分では、メサ部40の側壁から電極32の端部までの最短距離がL8離れた位置に形成される。ここでは、L7=L8=800nmとする。p型の半導体領域160とn型の半導体領域172の間のメサ部10,40を含めた領域が、p−i−nダイオードのi−Si領域140となっている。また、ここでは、メサ部10,40間のギャップを380nmに設定している。
【0050】
図4は、第1の実施形態におけるメサ部側壁からp+領域とn+領域までの距離と自由キャリア吸収による光伝搬損失の関係の一例を示す図である。図4では、図1から図3に示した構造の直線状のリブ光導波路における、メサ部10側壁からp型の半導体領域160とn型の半導体領域170までの距離と自由キャリア吸収による光伝搬損失の関係を示している。
【0051】
閉ループ光導波路121における曲線部分の光導波路の光パワーの分布は外側に偏るので、外側の不純物高ドープ領域の吸収が直線部分の光導波路より強くなる。そのため、実際の光共振器では図4の曲線よりやや大きな損失を受けることになる。従来のp−i−nダイオード構造のキャリア注入型光変調器では、自由キャリア吸収による導波損失の増大を避ける。そのため、従来手法に従った場合、p型の半導体領域160に相当する領域とn型の半導体領域170に相当する領域は、導波損失が無くなる導波路のメサ部10に相当する部分から400nm以上離れた位置に配置されることになる。しかし、このような従来構造に従った場合、メサ部の側壁の凹凸による散乱損、曲線導波路における放射損、曲線導波路と直線導波路の接続部におけるモード変換損、方向性結合器の反射・散乱損などを含めたリング共振器の周回損失は、長さあたりの平均伝搬損失に換算して10〜15dB/cmであった。しかしながら、本実施形態のリング光変調器では、故意にp型の半導体領域160とn型の半導体領域170を光導波路のメサ部10から150nmの位置まで近づけることにより、共振器に過剰な導波損失を与え、光カプラ130を除くリング共振器120の長さあたりの平均導波損失を約25dB/cmとしている。このとき、光カプラ130の出力部142から光カプラ130の入力部140までの共振器周回損失は、約3.8%となる。
【0052】
ここで、光カプラ130の損失を無視すれば、リング共振器120の周回損失と光カプラ130のパワー結合比が等しいときに、いわゆる臨界結合となる。臨界結合では、リング共振器120の共振波長において、光カプラ130をリング共振器120から入出力光導波路110に結合する光と入出力光導波路110をそのまま伝搬する光の強度が等しく、位相が180度ずれた状態になる。強度が等しく位相が反対の光の干渉により、入出力光導波路110の光出力部112の出力光はほぼ0となり、光入力部111からの入力光はほぼすべてリング共振器120に捕獲されることになる。ここで、説明を簡単化するため、周回損失とパワー結合比がともに1%の場合を考える。入出力光導波路110からの入力光パワーを1mWと仮定すると、光カプラ130のリング共振器120側の入力部150のパワーが99mWのときにこの条件が満たされ、このときリング共振器120側の出力部152のパワーは100mWとなる。言い換えれば、臨界結合は、入出力光導波路110の光入力部111側からの光の供給レート(上記の場合1mW=1mJ/s)と、リング共振器120内で光が失われるレート(同1mJ/s)が釣り合って、出力がほぼ0になっている状態と言える。大きな消光比を得るためには臨界結合に近い状態で使う必要があるが、高速光変調器の消光比は10dB程度で十分なので、ある程度のずれは許容される。本実施形態の導波路間隔が380nmの方向性結合器3のパワー結合比(曲線アプローチ部における結合も含む)は4.4%であり、臨界結合から少しずらした設計となっている。
【0053】
図5は、第1の実施形態におけるリング光変調器の電圧印加による波長1549nm付近の透過スペクトルの変化を示す図である。図5において、縦軸は光出力、横軸は波長を示す。ここでは、縦軸について、挿入損失を差し引いて、透過波長域の透過率を0dBとした。電流注入による発熱の影響を受けないよう、素子温度は一定に保った。なお、直流電流の注入で温度が上昇すると、実効屈折率が増大するため、共振波長シフト量は図5の1/2以下になる。出力スペクトルのコントラストが充分に大きければ(おおむね6dB以上あれば)、出力スペクトルが−3dBレベル以下となる波長幅Δλと共振波長λrの比、Δλ/λrから、共振器のQuality factor(Q値)を推定することができる。電圧無印加時の共振波長は1549.59nmで、Q値は1.43×104であった。ダイオードのターンオン電圧(〜0.75V)以下では共振波長は1549.58〜1549.59nmで、ほとんど変化しない。ターンオン電圧以上では注入キャリア密度の増大で屈折率が減少するため、共振波長は短波長側にシフトしていく。また、自由キャリア吸収の増大にともなって共振器の周回損失が増加するため、Q値が低下してスペクトル幅が広がる。電圧が0.85〜0.9Vでほぼ臨界結合となって共振が最も深くなるが、さらに電圧を上げると共振器の周回損失が方向性結合器のパワー結合比を上回るため、コントラストはしだいに低下する。(実際の測定では、素子の不完全性や光源スペクトル幅の影響で、臨界結合条件の近傍でもコントラストは10〜20dBに範囲にとどまることが多いが、変化の傾向は一致する。)
【0054】
図6は、第1の実施形態におけるリング光変調器の波長1549.59nmにおける直流電圧−光出力特性を示す図である。リング光変調器の波長1549.59nmは、図5において矢印で示す波長である。電圧印加により共振波長が短波長化して波長1549.59nmが吸収帯域から外れてしまえば、それ以降の共振波長や共振スペクトル形状の変化にかかわらず、透過状態が維持される。このため、V10%=0.79VからV90%=0.93Vの間で急激に出力が変化する。このデジタルスイッチ的な入出力特性を利用すれば、オン時のキャリア密度がある値(本実施形態では、約1.5×1017cm−3)以上でほぼ一定の光出力が得られることになる。この効果を利用すれば、キャリア密度の応答速度よりも光変調器を高速に動作させることが可能である。
【0055】
しかしながら、リング光変調器の応答速度は、共振器のビルドアップタイム(ダイオードをターンオフして共振状態に戻した際に共振器内の光がほぼ定常状態になるまでの時定数)や光子寿命(ダイオードをターンオンして共振波長をずらした際に共振器から光が失われる時定数)によっても制約される。共振器のビルドアップタイムは、τ〜Q/ωrで与えられるので、Q値が高すぎると高速応答は得られない。ここでωrは、共振光の角周波数である。10Gbpsに応答させるためにはビルドアップタイムを20ps程度以下に抑える必要があるから、波長1550nm(〜194THz)ではQ値を2.4×104以下にしなければならない。本実施形態のリング光変調器の電圧無印加時の共振器のQ値は1.4×104であり、この条件は満たしている。ただし、これは必要条件であって、Q値の制御だけでは高速動作は実現できない。
【0056】
第1の実施形態におけるリング光変調器100を用いて、波長1549.59nmの入射光を10GbpsのNRZ擬似ランダム信号(210−1)で変調した。電極20に印加する電圧Vfのレベルは、VL=0.5V、VH=0.95Vに設定した。すなわち、0.725Vの直流バイアス電圧に電圧振幅0.45Vppの変調信号を重畳した。立ち上がりと立下がり時間はいずれも25psである。
【0057】
図7は、第1の実施形態における入出力光導波路の出射端における変調光波形のシミュレーション結果を示す図である。入出力光導波路110の出射端となる光出力部112における変調光波形のシミュレーションでは、リング光変調器100の平均消費電力が0.26mWで、ビット当たりの変調エネルギーは0.026pJ/bitであった。(実際には、インピーダンス整合用薄膜抵抗でかなり大きな電力が消費されている。しかし、CMOS駆動回路を光変調器の近傍にモノリシック集積化して集中定数回路として扱えるようにすれば、インピーダンス整合用の抵抗は不要になる。)
【0058】
図7に示すように、曲線の立ち上がりには干渉による小さなオーバーシュートがあり、その結果、立ち上がりの遅れがある程度相殺されている。立ち下がり部のトレースが複数本に分かれているのは、“1”(Mark)が長く続くとキャリア密度が増加し続けるため、ダイオードをターンオフする際に蓄積キャリアを引き抜くのに必要な時間が長くなるためである。この駆動条件では“1”の連続回数に対する遅延時間の増加はほぼ飽和しており、擬似ランダム信号の段数を増やしても光応答波形はそれほど大きく劣化しない。
【0059】
図8は、第1の実施形態におけるリング光変調器で得られる変調光信号を10Gbps伝送に最適化された光受信器で受信・等化した後のアイパターンを示す図である。光受信器への平均入力パワーは−18dBmである。
【0060】
図9は、第1の実施形態における光受信器入力レベルとビット誤り率(BER)の関係を示す図である。図9では、光受信器入力レベルとビット誤り率(BER)の関係を図8に実線で示した。BER=10−11のときの最小受信レベルPminは、約−19dBmであった。
【0061】
図10は、第1の実施形態におけるリング光変調器の他の一例の構成を示す上面図である。図10において、レーストラック状のリング共振器120が、直線部のない円形状のリング共振器122に代わった点と、スラブ部11を図10の一点鎖線で囲まれた範囲のみに制限した点、光カプラ130が光カプラ132に代わった点、電極20が電極22に代わった点、及び光カプラ132における入出力光導波路110側の電極32を無くした点、以外は、図1〜3と同様である。なお、図10の一点鎖線の外側では、Si層134が完全に除去されて、SiO2層136が露出している。図10の例では、光カプラ132部分において、リング共振器122の閉ループ光導波路121と出入力光導波路110間のギャップを260nmまで近づけている。これにより、パワー結合比を約3.9%とした。閉ループ光導波路121と出入力光導波路110間のギャップはメサ部10,40の側壁間の最短距離を示している。リング共振器122の閉ループ光導波路121のリング半径、光導波構造、高濃度領域とメサ部との距離、及び、電極とメサ部との距離は、図1〜3と同様である。
【0062】
図10に示すリング光変調器でのリング共振器122の周回損失は約3.6%で、波長1550nmに最も近い電圧無印加時の共振波長は1551.57nm、Q値は1.36×104であった。このリング光変調器をVL=0.5V、VH=0.95Vの10Gbps擬似ランダム信号で変調した場合、消費電力は0.25mWで、上述した図1〜3で示したリング光変調器とほぼ同じ光変調出力波形とアイパターンが得られた。ビット誤り率(図8の細実線)も、図1〜3で示したリング光変調器の場合(太実線)と同等(BER=10−11のときの最小受信レベルPminは、−19dBm)であった。
【0063】
第1の実施形態のリング光変調器においては、ダイオードをターンオフする際に短時間で蓄積キャリアを引き抜けるよう、VLの値はターンオン電圧より十分低め(本実施形態では0.6V以下)に設定されていればよい。ただし、素子の内部抵抗が高い場合は、蓄積キャリアの引き抜きを加速するためにVLをもっと下げる必要がある。変調振幅は大きくなるが、必要があれば、VLを0V以下まで振り込んでも特に支障はない。
【0064】
一方、VHを高くしすぎると変調時の最大キャリア密度が高くなり、ダイオ−ドのターンオフ時の遅延時間が長くなるため、良好なアイ開口が得られなくなる。
【0065】
図11は、第1の実施形態における円形状のリング光変調器での変調光出力波形のシミュレーション結果の一例と受信・等化後のアイパターンの一例とを示す図である。図11(a)では、図10に示したリング光変調器において、VLを0.5Vに保ったままVHを1.1Vに上げた場合の変調光出力波形のシミュレーション結果を示す。図11(b)では、図10に示したリング光変調器において、VLを0.5Vに保ったままVHを1.1Vに上げた場合の受信・等化後のアイパターンを示す。キャリア密度の時間変化率が大きいので、図11(a)に示すように、光出力波形のオーバーシュートが大きく、振動の周期も短くなっている。また、遅延時間の増大で立下りのトレースの幅が広がっている。この結果、図8に細点線で示したように、ビット誤り率は10−10台でフロアを生じる。Markビット“1”が10個連続しても遅延時間の増大が飽和しきっていないので、擬似ランダム信号の段数がもっと長い場合、立下りのトレースの広がりはさらに拡大し、フロアレベルも上昇することになる。平均消費電力もVH=0.95Vの場合の約4倍の1.04mWとなった。したがって、VHの値は、デジタル的な入出力特性を活かせる程度に高く、かつ、遅延時間の影響が顕著にならない程度に設定しなければならない。本実施形態の光変調器については、VH=0.9〜0.95Vの範囲が最適であった。以後の実施形態についても、駆動電圧レベルは最適に近い状態に設定されていることを前提として説明を行う。
【0066】
図12は、第1の実施形態におけるレーストラック状のリング共振器を有するリング光変調器においてメサ部と高濃度領域との距離を広げて配置した場合の光変調出力波形のシミュレーション結果の一例と受信・等化後のアイパターンの一例とを示す図である。図12(a)では、メサ10側壁からp型半導体領域160とn型半導体領域170までの距離を従来技術の典型的な値、400nmとした場合の、10Gbps変調時の光変調出力波形(シミュレーション)を示す。図12(b)では、メサ10側壁からp型半導体領域160とn型半導体領域170までの距離を従来技術の典型的な値、400nmとした場合の、10Gbps変調時のアイパターンを示す。かかる構成では、リング共振器の周回損失は約1.55%(長さあたり平均伝搬損失〜10dB/cm)で、臨界結合条件に近づけるため光カプラの光導波路間ギャップを450nmに広げて、パワー結合比を1.64%とした。共振器のQ値(3.7×104)が大きすぎるため、図12(a)に示すように、変調光出力波形の緩和振動成分が大きく、立ち下がり時間も長い。このため、アイパターンは図12(b)に示すようにアイマスクの境界をはみ出してしまう。ビット誤り率BERは、図8に破線で示したように、3×10−8付近にフロアを生じた。なお、このような従来構造のリング光変調器においては、プリエンファシスにより10Gbps光変調を実現できたとしても、図12に示したようなオーバーシュートを生じるので、アイマスク判定をパスすることはできない。
【0067】
図13は、第1の実施形態におけるレーストラック状のリング共振器を有するリング光変調器においてメサ部と高濃度領域との距離を狭めて配置した場合の光変調出力波形のシミュレーション結果の一例と受信・等化後のアイパターンの一例とを示す図である。図13(a)では、メサ10側壁からp型半導体領域160とn型半導体領域170までの距離を90nmと狭めすぎた場合の、10Gbps変調時の光変調出力波形(シミュレーション)を示す。図13(b)では、メサ10側壁からp型半導体領域160とn型半導体領域170までの距離を90nmと狭めすぎた場合の、10Gbps変調時のアイパターンを示す。周回損失は約7.5%(50dB/cm)、光カプラの光導波路間ギャップは340nm(パワー結合比7.8%)で、Q値は7.5×103であった。立ち上がりの遅れと消光比の低下で図13(b)に示すようにアイパターンのトレースが広がり、開口が小さくなるので、アイマスク判定は不合格となる。図8に一点鎖線で示したように、ビット誤り率は10−10台にフロアを生じた。
【0068】
ここで、図1と図9のリング光変調器において、共振器の周回損失と光カプラのパワー結合比をマトリクス状に振った場合の受光特性を、シミュレーションにより評価した。評価の基準は、以下の3点とした。
(1)ITU−Tで規定されたアイマスクをはみ出さないこと。
(2)アイの平均“1”(Mark)レベルと平均“0”(Space)レベルの比が10:1以上とれること。
(3)ビット誤り率10−11以下で受信できること。
【0069】
図14は、第1の実施形態における共振器の周回損失と光カプラのパワー結合比をマトリクス状に振った場合の受光特性を示す図である。図14において、縦軸はパワー結合比、横軸は周回損失を示す。図14(a)では、図9で示したリング光変調器における受光特性を示す。図14(b)は、図1で示したリング光変調器における受光特性を示す。ここでは、●印が最も良好な特性(最小受光レベル〜−19dBm)の得られた点、○印はパワーペナルティ1.5dB以内の点、▲印はそれ以上のパワーペナルティを生じた点である。計算では、光源の雑音は無視でき、10Gbps用の理想的な光受信器で受信することを仮定しているが、この前提条件の下では、周回損失とパワー結合比を●印と○印の範囲に設定すれば良好な光伝送特性が実現できる。
【0070】
光増幅器の挿入等で光波形に雑音が重畳している場合や光受信器の性能が劣る場合は、○印の領域の縮小、最小受信レベルの増大、あるいは受信可能なビットレートの低下を招くことになる。そのような場合、上記の実施形態より光受信器入力光レベルを上げるか、伝送レートを落とすかしなければならなくなる。しかし、それでも、リング光変調器の共振器周回損失とパワー結合比を●印の領域に設定したときに、その光受信器を用いてほぼ最良の光伝送特性を実現することができる。
【0071】
臨界結合に近い条件においては、共振波長の光は方向性結合器における干渉で共振器に閉じ込められているため、共振器に捕獲された光の寿命はほとんど周回損失で決まることになる。したがって、共振器を高速応答させるためには、共振器にある程度大きな周回損失を与えて、光子寿命を短くしてやる必要がある。逆に、周回損失が大きすぎるとQ値の低下で十分な消光比や急峻な入出力特性が得られなくなるので、周回損失には最適値が存在することになる。図14(a)と図14(b)から、共振器の周回損失は3.5〜4%とするのが好ましく、最低でも図1のタイプでは図14(b)に示すように2%以上、図9のタイプでは図14(a)に示すように2.5%以上の周回損失が必要なことがわかる。
【0072】
従来の半径10μmのリング光変調器の共振器周回損失は1.5%前後であり、光カプラのパワー結合比による共振器のQ値の調整だけでは10Gbpsに応答する条件を得ることができない。
【0073】
標準的なSiリブ導波路構造(メサ部の幅450±60nm、メサ部のSi厚220±30nm、Siスラブ厚50±15nm)のリング共振器(半径10μm±2.5μm)において、光導波路から高不純物濃度領域(キャリア密度5×1019cm−3以上)までの距離で周回損失を最適化する場合、少なくともp+領域かn+領域のいずれか一方をSiメサ側壁から100〜180nmまで近づける必要がある。
【0074】
なお、第1の実施形態ではp+領域やn+領域と光導波路のメサ部の距離を変数として共振器の周回損失を制御したが、ダイオードをp+−p−−i−n−−n+構造として、光導波路近傍に形成されたp領域とn領域のキャリア密度を制御するという方法を用いてもよい。
【0075】
図15は、第1の実施形態におけるリング光変調器の製造方法の要部工程を示すフローチャートである。図15において、第1の実施形態におけるリング光変調器の製造方法は、メサ・スラブ加工工程(S102)と、(p+)不純物注入工程(S104)と、(n+)不純物注入工程(S106)と、アニール工程(S108)と、ニッケル(Ni)膜形成工程(S110)と、シリサイド処理工程(S112)と、配線や抵抗膜の形成工程(S114)という一連の工程を実施する。
【0076】
図16は、第1の実施形態におけるリング光変調器の工程断面図である。図16では、リング共振器120,122における断面を示している。リング共振器120,122の光カプラ部分130,132の断面および入出力光導波路110の断面については図示を省略している。また、それぞれの工程において、フォトレジストや絶縁膜をマスクとして用いているが、説明を簡略化するため記載を省略した。
【0077】
図16(a)において、メサ加工工程(S102)として、SOI基板200の表層のSi層134について、メサ部10の領域を残して残りのSi層134をドライエッチングでエッチングして、メサ部10とスラブ部11のリブ光導波路構造を形成する。この後、光変調器外の領域では、さらにスラブ部11もエッチングしてSiO2層136を露出させるが、図では記載を省略した。
【0078】
図16(b)において、(p+)不純物注入工程(S104)として、メサ部10の一方の側面側に位置するスラブ部11の一部の領域に(p+)不純物を注入し、p型の半導体領域160を形成する。ここでは、上述したように、メサ部10の側壁から設定された距離だけ離した位置にp型の半導体領域160を形成する。(p+)不純物として、例えば、ホウ素(B)が用いられる。
【0079】
図16(c)において、(n+)不純物注入工程(S106)として、メサ部10の他方の側面側に位置するスラブ部11の一部の領域に(n+)不純物を注入し、n型の半導体領域170を形成する。ここでも、上述したように、メサ部10の側壁から設定された距離だけ離した位置にn型の半導体領域170を形成する。(n+)不純物として、例えば、リン(P)が用いられる。
【0080】
そして、アニール工程(S108)として、(p+)不純物と(n+)不純物がそれぞれイオン注入された後、アニール処理を行なう。これにより、p型の半導体領域160とn型の半導体領域170を低抵抗化し、安定化させる。
【0081】
図16(d)において、ニッケル(Ni)膜形成工程(S110)として、p型の半導体領域160上とn型の半導体領域170上にそれぞれメサ部10の側壁から設定された距離だけ離した位置にNi膜を形成する。
【0082】
そして、シリサイド処理工程(S112)として、アニール処理を行うことで、Ni膜のうち、下部のSi膜と接触する部分をシリサイド化し、オーミック接合する。さらに、配線金属や、必要に応じて薄膜抵抗を形成する工程(S114)を経て、オーミック接合された電極20,30とパッド(または、集積化された駆動回路)が接続される(図では省略)。なお、図では省略したが、メサ部側壁の荒れによる光の散乱損失を減らすため、メサ部10を含むi−Si層140の部分の表面は軽く酸化されていると好適である。
【0083】
各寸法については、上述した寸法で形成すればよい。以上のように構成することで、第1の実施形態におけるリング光変調器を製造できる。
【0084】
以上のように、第1の実施形態によれば、リング共振器に共振波長近傍の光が捉えられるレートとリング共振器で共振波長の光が消費されるレートがともに大きいため、共振器のビルドアップタイムと光子寿命が短い。また、この二つのレートがほぼつり合っているので、十分大きな消光比が得られる。この結果、高速変調時にもデジタル光スイッチ的な応答が維持され、小さな変調電圧振幅(<1V)で十分大きな消光比と対称性のよいアイ開口を得ることができる。その結果、従来のpinダイオード構造のキャリア注入型光変調器では不可能であったプレエンファシスなしの低駆動電圧・低消費電力で高速(〜10Gbps)の光変調動作を実現することができる。
【0085】
(第2の実施形態)
第1の実施形態では、p+領域やn+領域と光導波路のメサ部の距離を変数として共振器の周回損失を制御することで、式(2)から式(8)の条件を満たしていたが、周回損失を制御する手法はこれに限るものではない。
【0086】
第2の実施形態では、リング共振器の曲率半径を5〜7.5μmにして、放射損を大きくする。曲率半径の小さな光導波路と直線導波路の接続部、あるいは曲率半径の小さなS字光導波路の変曲点におけるモード変換損失も、共振器周回損失の増大に寄与する。リング径を小さくすることは、光変調器のフットプリントを小さくする観点からも有益である。共振波長周期から周長が決まっている場合には、リング共振器の一部に曲率半径の小さな円弧状の導波路を使えばよい。以下、特に説明しない点は、第1の実施形態と同様である。
【0087】
リング半径を縮小しても、放射損の増大、曲線部と直線部のモード不整合による散乱損失の増大等により、共振器の周回損失を増大させることができる。例えば、半径5μm、光カプラ(方向性結合器)長0μm(周長約31.4μm)のリング光変調器では、高不純物濃度領域とメサ部の間隔を300nm以上にした場合でも、周回損失は2.1〜2.5%(おおむね30〜35dB/cmで、素子により多少ばらついた。)と、半径10μmの場合より大きくできた。そして、方向性結合器における光導波路間のギャップが240nmのときのパワー結合比は約2.4%で、電圧無印加時のQ値は1.2×104となった。ダイオードの高注入時の直列抵抗は、100Ωである。この光変調器でも、BER=10−11における最小受信感度は、−18.5dBmの10Gbps伝送が可能であった。
【0088】
図17は、第2の実施形態における光変調器の周回損失およびパワー結合比を変えた場合の伝送特性の評価結果を示す図である。図17(a)では、上述のリング共振器の曲率半径5μm、方向性結合器長0μmの場合の伝送特性の評価結果を示す。図17(b)では、リング共振器の曲率半径5μm、方向性結合器長2.5μmのレーストラック型(周長約36.4μm、直列抵抗100Ω)の場合の伝送特性の評価結果を示す。図17(c)では、リング共振器の曲率半径7.5μm、方向性結合器長0μmのリング型(周長約47.1μm、直列抵抗66.7Ω)の場合の伝送特性の評価結果を示す。図17(d)では、リング共振器の曲率半径7.5μm、方向性結合器長2.5μmのレーストラック型(周長約52.1μm、直列抵抗66.7Ω)の場合の伝送特性の評価結果を示す。ここでは、図13と同様、●印が最も良好な特性(最小受光レベル〜−19dBm)の得られた点、○印はパワーペナルティ1.5dB以内の点、▲印はそれ以上のパワーペナルティを生じた点である。計算では、光源の雑音は無視でき、10Gbps用の理想的な光受信器で受信することを仮定しているが、この前提条件の下では、図13と同様、周回損失とパワー結合比を●印と○印の範囲に設定すれば良好な光伝送特性が実現できる。
【0089】
例えば、半径5μm、光カプラ(方向性結合器)長0μm(周長約31.4μm)のリング光変調器では、図17(a)に示すように、周回損失をもう少し減らすことができれば、BER=10−11での最小受信感度が−19dBmとなる10Gbps光伝送が可能となる。
【0090】
図17(a)から図17(d)に示されるように、周長を短くするほど、リング共振器の周回損失や方向性結合器のパワー結合比の最適範囲は値の小さな方にシフトすることがわかる。例えば、半径7.5μmのリング共振器の周回損失は2%弱であり、図17の最適条件より小さめであった。一方、半径5μm以下では損失のばらつきが大きくなり、半径が4μmを切ると急激に損失が増加し、受信可能範囲から外れてしまう。このことから、高不純物濃度領域による過剰損失を無視できるレベル(高不純物濃度領域・メサ間隔300nm以上)に保って、リング半径の縮小のみにより共振器損失の調整を行う場合は、半径を5〜7.5μmの範囲、望ましくは半径6μm付近に設定するのが望ましいと言える。
【0091】
共振器の半径を小さくすると、共振波長周期や共振波長帯域が広がってしまう。仕様上の制約でリング共振器の周長をあまり小さくできない場合は、以下のように構成しても好適である。
【0092】
図18は、第2の実施形態におけるリング共振器の形状の一例を示す図である。図18(a)では、リング共振器12の閉ループ光導波路と出入力光導波路110の形状の一例を示している。図18では、4隅が曲線となりその他は直線の閉ループ光導波路を示している。かかる形状にすることで、リング共振器12の一部のみに半径の小さな部分を設けることで、周長を小さくすることなしに共振器の周回損失を増大させることができる。
【0093】
図18(b)では、第2の実施形態におけるリング共振器の形状の他の一例を示す。図18(b)では、閉ループの内側に食い込むまで曲がる曲線部を設け、いわゆるS字カーブを形成する。かかる形状にすることで、リング共振器12の一部のみに半径の小さな部分を設けることで、周長を小さくすることなしに共振器の周回損失を増大させることができる。
【0094】
以上のように、第2の実施形態によれば、p+領域やn+領域と光導波路のメサ部の距離の調整によって周回損失を発生させない場合でも、閉ループ光導波路の曲率半径を調整することで、周回損失を調整できる。その結果、第1の実施形態と同様、高速変調時にもデジタル光スイッチ的な応答が維持され、小さな変調電圧振幅(<1V)で十分大きな消光比と対称性のよいアイ開口を得ることができる。その結果、従来のpinダイオード構造のキャリア注入型光変調器では不可能であったプレエンファシスなしの低駆動電圧・低消費電力で高速(〜10Gbps)の光変調動作を実現することができる。
【0095】
ここで、上述した各実施形態で説明した10Gbps伝送が可能になる周回損失x[%]と光カプラのパワー結合比yを決める式(2)から式(8)の条件は、図13と図17で示した伝送特性評価結果から導くことができる。なお、上述した各実施形態の光導波路の群屈折率は4.07とした。図13と図17では、式(2)の境界を一点鎖線で示している。また、式(3)の境界を破線で示している。また、式(4)と式(5)の境界を実線で示している。これらの範囲に囲まれた領域内では、高性能の光受信器を用いて10Gbps伝送を行うことが可能である。また、より最適化された特性を得るための条件である式(9)と式(10)の境界は、図13と図17の実線と一点鎖線と点線とで囲まれた領域内にあるさらに点線で囲まれた範囲で示している。
【0096】
光受信器の特性が理想的でない場合でも、最高伝送レートの低下、ないしは最小受信レベルの増大を許容すれば、最も良好な光伝送特性が得られる。
【0097】
共振器の周回損失を平均伝搬損失に換算した場合、式(2)から式(8)を満たす平均伝搬損失の範囲は、共振器の周長によらずほぼ20dB/cm弱〜35dB/cmの範囲となる。また、最良の特性が得られるのは、リング共振器の平均伝搬損失が25dB/cm前後のときである。
【0098】
なお、式(4)、(5)、(8)で規定される境界は、ダイオードの直列抵抗、寄生容量、キャリア寿命等で決まるキャリアの応答時間にも依存している。式(8)は、波長1.55μm付近、データレート10Gbpsにおいて、試作素子のうち最も特性の良好な素子から決定した数値である。コンタクト抵抗と寄生容量の積で決まる時定数がこれより大きいと、良好な光伝送特性が得られる範囲は狭まり、最小受光レベルも増大する。典型的な結晶Siのキャリア寿命を仮定した場合、周長とダイオードの高注入時の直列抵抗の積を4Ωmm以下に抑えることが好ましい。ダイオードの高注入時の直列抵抗Rsの値は、直流電圧(V)―電流(I)特性をダイオードの特性を表す以下の式(11)でフィッティングすることにより求めることができる。
【0099】
【数18】
【0100】
ここで、Isは飽和電流、nはideality factor、kはボルツマン定数、Tは絶対温度、qは電子の素電荷である。なお、キャリアの応答時間が式(2)、式(3)、式(6)および式(7)で規定される境界に及ぼす影響は、比較的軽微である。
【0101】
ビットレートを下げた場合は、図13、図17の最適範囲が左下と右上に広がるが、左上と右下の境界はそれほど大きく動かない。逆にビットレートを上げると最適範囲は狭まるが、式(9)および式(10)の条件を満たしていれば、計算上は15Gbpsくらいまで上述した(1)〜(3)の判定条件を満たすことができる。しかし、実用上のトレランスを考えると、10Gbpsを超えるデータレートの光変調に本実施形態を適用する場合は、同時にキャリアの応答時間の短縮も図ることが望ましい。
【0102】
(第3の実施形態)
周回損失を制御する手法は上述した実施形態に限るものではない。第3の実施形態では、リング共振器の閉ループ光導波路をアサーマル化することで周回損失を制御する。
【0103】
図19は、第3の実施形態におけるリング光変調器のリング共振器部分の構成の一例を示す断面図である。リング共振器は共振波長が温度に極めて敏感なので、温度依存性を実質的に無くすアサーマル化を行うことがより望ましい。そのためには、リング共振器を構成する光導波路のクラッドの少なくとも一部に屈折率の温度係数が負の材料を用い、光変調器をアサーマル化する。屈折率の温度係数が負の材料の具体例としては、酸化チタン(TiO2)、SixTi(1−x)Oy、ポリマー、或いはポリイミド等が挙げられる。ここでは、例えば、TiO2膜207で光導波路部分を上部から覆う。ここでは、幅700nm、厚さ500nmのTiO2膜207(上部クラッド)で、光導波路部分が覆われている。また、ここでは、SOI基板を用いることで、厚さ3μmのSiO2膜136(BOX層、下部クラッド)が光導波路の下部を覆っている。以下、特に説明しない点は、第1の実施形態と同様である。
【0104】
一般に温度係数が負の材料は、Siより屈折率が低いので、アサーマル化するためにはSi導波路の断面積を小さくして、モードのかなりの割合を屈折率の温度係数が負のクラッド材料に染み出させることが有効である。図19の例では、メサ部16の幅を上述した各実施形態に比べて小さくすることでSi導波路の断面積を小さくする。ここでは、幅200nmで形成する。メサ部16の厚さは90nmで、残りのスラブ部分は厚さ50nmで形成される。
【0105】
また、SOI基板の表面のSi層のスラブ部分には、メサ部16から一方の側面側に所定の距離離した位置にp型の半導体領域160を形成し、他方の側面側に所定の距離離した位置にn型の半導体領域170を形成する点は、上述した第1の実施形態と同様である。しかし、第3の実施形態では、メサ部16とp型の半導体領域160或いはn型の半導体領域170との距離で周回損失を制御するものではない。そのため、メサ部16とp型の半導体領域160或いはn型の半導体領域170との距離は周回損失が生じないだけの距離だけ離して配置すればよい。また、抵抗低減と光損失抑制の兼ね合いから、(p+)型の半導体領域160とi−Si領域144の間に、(p+)型の半導体領域160よりキャリア密度が小さい、(p−)型の半導体領域164を形成するとよい。同様に、(n+)型の半導体領域170とi−Si領域144の間に、(n+)型の半導体領域170よりキャリア密度が小さい、(n−)型の半導体領域174を形成するとよい。図19では、メサ部16を含むi−Si領域144とその両側の(p−)型の半導体領域164と(n−)型の半導体領域174上にTiO2膜207が形成される。また、(p+)型の半導体領域160上にはオーミック接合した電極20が、(n+)型の半導体領域170上にはオーミック接合した電極30が、それぞれ形成される点は、第1の実施形態と同様である。
【0106】
このような断面積が小さく光閉じ込めの弱い光導波路で放射損の増大を抑えるためには、リング共振器の最小半径をかなり大きくする必要があり、従来手法でアサーマル化しようとすれば、高速性やフットプリントの観点で問題があった。TiO2の屈折率とその温度係数dn/dTの値は作製方法に依存していろいろな値をとるが、ここで用いているTiO2膜207の波長1550nm付近における屈折率は約2.3、dn/dTは−1×10−4/Kである。TiO2膜207の負の温度係数がメサ部16を含むSi層やSiO2層136の正の温度係数を相殺するため、この導波路はTE基本モード(実効屈折率2.06)の伝搬光に対してほぼアサーマル条件を満たしている。ただし、導波光のかなりの割合がTiO2膜207(上部クラッド)に染み出した状態になるため、曲がり半径を10μm以上にしないと放射損失を無視できないという問題があり、高速動作も実現できなかった。しかし、本実施形態によれば、周回損失をあえて発生させることができるので、共振器の最小半径を少し小さめに設定できる。かかる共振器の最小半径の調整で、共振器周回損失を式(2)〜式(8)の条件を満たす範囲に調整することができるので、小型で高速の実用的なアサーマル光変調器を実現することができる。ここでは、半径8μm前後の比較的小型のアサーマル光変調器で式(2)〜式(8)の条件が満たすことができ、5Gbps以上の高速動作が実現される。
【0107】
ここでは、アサーマル化するためにメサ部の断面積を小さくし、その代わりに共振器の最小半径を大きくして周回損失を解消すべきところ、共振器の最小半径を若干小さくすることで周回損失を式(2)〜式(8)の条件を満たす範囲に調整する。
【0108】
ここで、アサーマル導波路でなくても、リング共振器を構成する光導波路メサ部の断面積を入出力光導波路の主要部(リング光変調器から離れた低損失の光導波路部分)のメサ部の断面積より狭くすることで、共振器の周回損失を増大させることができる。よって、かかる手法で周回損失を式(2)〜式(8)の条件を満たす範囲に調整しても好適である。
【0109】
(第4の実施形態)
周回損失を制御する手法は上述した実施形態に限るものではない。第4の実施形態では、マイクロヒーターで温度制御を行うことで、共振波長の微調整を行う構成について説明する。リング共振器は共振波長が温度に極めて敏感である点は上述した通りである。そこで、第4の実施形態では、あえてマイクロヒーターを光導波路の近傍に配置することで温度制御を行う。以下、特に説明しない点は、第1の実施形態と同様である。
【0110】
図20は、第4の実施形態におけるリング光変調器のリング共振器部分の構成の一例を示す断面図である。リング共振器は共振波長が温度に極めて敏感なので、温度制御を行うことがより望ましい。そのために、リング共振器を構成する光導波路のメサ部10から500nm以内の部分に金属を配置する。例えば、光導波路上に温度制御用のマイクロヒーター252を設け、電流を流すことで共振波長の微調整を行う。光導波路の近傍にマイクロヒーター252を配置できるので小さい電流で高速に共振波長の微調整を行うことができるようになる。マイクロヒーター252は、電極の一例である。マイクロヒーター252の材料として、例えば、タングステン、ニッケルなどの金属抵抗膜が好適である。ここでは、図1〜図3で示す構成のうち、メサ部10からp型半導体領域160までの距離とメサ部10からn型半導体領域170までの距離が、周回損失を生じない400nmに設定している。また、メサ部10を含むi−Si領域140上をシリコン酸化膜251で覆い上部クラッドを構成する。そして、シリコン酸化膜251上にマイクロヒーター252を配置する。メサ部10上部とマイクロヒーター252の距離を約300nmに設定する。
【0111】
かかる構成では、リング共振器の導波損失はマイクロヒーターのない場合に比べて15dB/cm大きい。その結果、p型半導体領域160やn型半導体領域170の配置位置で調整しなくても共振器の周回損失が実施形態1とほぼ同じになり、プリエンファシスなしの高速変調が可能となる。また、従来手法でマイクロヒーターを配置しようとする場合、周回損失を発生させないようにマイクロヒーターと光導波路のメサ部との距離を大きく離す必要があった。これに対して、第4の実施形態では、あえて、マイクロヒーター252と光導波路のメサ部10の距離を近づけて周回損失を発生させるので、従来手法で設計する場合と比べて、より小さな電流で、より高速に共振波長を制御することができる。
【0112】
ここで、メサ部10上部にマイクロヒーター252を配置する代わりに、金属、またはシリサイドのオーミック電極20,30を光導波路から500nm以内の位置に近づけても好適である。この場合、素子の小型化、低抵抗化にも効果がある。
【0113】
(第5の実施形態)
上述した各実施形態では、SOI基板の単結晶Si層を用いて光導波路を構成したが、これに限るものではない。第5の実施形態では、ポリシリコン層を光導波路の一部に含めることで共振器の周回損失を調整する構成について説明する。以下、特に説明しない点は、第1の実施形態と同様である。
【0114】
図21は、第5の実施形態におけるリング光変調器を搭載した半導体装置の構成の一例を示す断面図である。図21において、第5の実施形態におけるリング光変調器は、Si基板401表面に形成されたCMOS集積回路の多層配線層402の上に形成された光配線用光集積回路の一部を構成する。リング共振器を構成する光導波路の一部にポリシリコンを用いると、ポリシリコンの結晶粒界による散乱損失で、共振器の周回損失を増大させることができる。この方法は、図21に示すように、バックエンドプロセスでLSIの電気配線層の上に光集積回路を形成する場合に、特に有益である。通常のバックエンドプロセスで形成された多層配線層402は、絶縁膜403内に埋め込まれた多層の金属配線層404やその間をつなぐ配線ビア405からなる。実際の金属配線層の層数はもっと多いが、図21では簡略化して三層の配線層を示している。
【0115】
本実施形態のリング光変調器の閉ループ光導波路406は、低温形成p型ポリシリコン層407、低温形成n型ポリシリコン層408、および、これらのポリシリコン層407、408に接触するように低温(〜250℃)プラズマCVDにより形成された水素終端アンドープ・アモルファス・シリコン(a−Si:H)メサ部409を有している。そして、リング光変調器の閉ループ光導波路406は、多層配線が埋め込まれた絶縁膜403上に形成される。そして、上部から絶縁膜410によりほぼ平坦に埋め込まれている。閉ループ光導波路406のスラブ部分に形成されるポリシリコン層407、408の厚さは50nmで、a−Si:Hメサ部409の厚さは約220nm、幅は約450nmである。ポリシリコン層407,408は、電極配線411、ビア405、金属配線層404等を介して、CMOS駆動回路412に接続されている。
【0116】
ここでは、リング共振器の半径は10μmで、方向性結合器の長さとギャップはそれぞれ5μm、370nmとした。入出力導波路の方向性結合器以外の部分は、両側にポリシリコン・スラブのない光細線導波路とした。a−Si:Hメサ部409自体の光損失は小さいので、入出力光導波路の伝搬損失は2dB/cm以下となる。一方、リング共振器には、ポリシリコン・スラブのポリシリコン層407,408の結晶粒界による散乱損失や自由キャリア吸収、放射損失、モード変換損失等があるため、周回損失は約4.5%(約30dB/cm相当)となった。方向性結合器のパワー結合比は、約5%である。直列抵抗はやや高めであるが、a−Si:Hは結晶Siよりキャリア寿命が短いため、キャリアの応答時間は第1の実施形態より短くなる。図13(a)から明らかなように、かかるリング共振器は式(2)から式(8)の条件を満たしている。そして、キャリアの応答時間も短いので、駆動回路を高速化できれば、10Gbps以上でも光伝送が可能である。駆動回路と近接集積化されているので、整合用の抵抗は不要であり、5Gbps伝送を行う場合における消費電力は0.3mWであった。
【0117】
以上のように、第5の実施形態によれば、光損失が大きめのポリシリコンを光導波路の一部に用いることで周回損失を調整できる。そして、ポリシリコンを光導波路の一部に用いても、特性の優れたリング光変調器を実現することができるので、バックエンドプロセスにより光集積回路をLSIチップに集積化する場合に極めて有効である。
【0118】
(第6の実施形態)
上述した各実施形態では、リング共振器と1つの入出力光導波路110を備えていたが、これに限るものではない。第6の実施形態では、複数の入出力光導波路をリング共振器に結合させる構成について説明する。以下、特に説明しない点は、第1の実施形態と同様である。
【0119】
図22は、第6の実施形態におけるリング光変調器の構成を示す上面概念図である。図22では、内容の理解が得られやすいように、光導波路部分だけを示している。その他の構成については図示を省略している。レーストラック状の閉ループ光導波路302に入出力光導波路301(第1の入出力光導波路)が光カプラ303(第1の光カプラ)を介して光学的に結合している。かかる構成までは、図1のリング光変調器と同様である。図22では、さらに、入出力光導波路301とは異なる位置で、一部が閉ループ光導波路302の一部の近傍に位置するように配置された入出力光導波路304(第2の入出力光導波路)(ドロップポート)を備える。入出力光導波路304は、光カプラ305(第2の光カプラ)を介して閉ループ光導波路302に光学的に結合している。
【0120】
図23は、第6の実施形態におけるリング光変調器のリング共振器部分の断面図である。図23において、リング共振器の光導波路は、厚さ50nmの結晶Siスラブ134と、その上に形成されたアモルファスシリコン(a−Si:H)からなるメサ部18(厚さ170nm、幅450nm)から構成される。かかる点を除けば図1の構成と同様である。但し、図23に示すリング共振器では、メサ部18の側壁からp型半導体領域160までの距離とメサ部18の側壁からn型半導体領域170までの距離とを調整することで周回損失を調整するわけではない。そのため、メサ部18の側壁からp型半導体領域160までの距離とメサ部18の側壁からn型半導体領域170までの距離は、それぞれ、周回損失が生じない距離で設定しておけばよい。レーストラック状の閉ループ光導波路302は、半径10μmの弧状導波路部分と直線状の光カプラ303,305(長さ2.5μm)部分からなる(周回長約67.8μm)。共振器自体の導波損失は約10dB/cm(周回損失1.6%相当)で、第1の光カプラ303での光導波路間のギャップは330nm(パワー結合比4.4%)、第2の光カプラ305での光導波路間のギャップは380nm(パワー結合比2.2%)の非対称構造とした。第2の入出力光導波路305は入力光との干渉がないので、第2の光カプラ305を介してドロップポートへ分岐される光パワーが共振器の損失の一部となる。したがって、共振器を構成する導波路自体に故意に別の損失を与えなくても、共振器の周回損失は3.8%となり、式(2)〜式(8)に相当する条件を満たす。したがって、第1の実施形態の場合と同様の駆動条件で、スルーポート側光出力を用いて、10Gbpsの良好な光伝送を実現できる。また、第2の出力導波路305の光出力は、共振器の共振状態のモニタや、相補型光伝送に利用することができる。なお、最も良好な特性を得るためには、第2の光カプラ305のパワー結合比を、第1の光カプラ303のパワー結合比より小さめに設定するのが好ましい。
【0121】
また、二出力型のリング光変調器を用いた場合、ドロップポートを共振波長のモニタ用に使うことができるので、制御回路やリング共振器に近接して設けたマイクロヒーターと組み合わせることにより、共振波長を光源の波長に合わせることが可能となる。温度変化等により光源の波長が変動する場合、あるいはWDMで光変調器の波長チャネルを切り替えて使う場合等に有効である。
【0122】
また、スルーポート出力とドロップポートで相補型の出力が得られるので、差動型光受信器と組み合わせれば、シングルエンド伝送と比べて小さな消光比、ないしは小さな光パワーで信号伝送を行うことができる。ドロップポート側はスルーポート側より挿入損失が大きく、立ち上がりも遅いため、キャリア寿命を短縮しないと、10Gbpsで上述した(1)〜(3)のアイ判定基準を満たすことは難しい。本実施形態では、a−Si:Hのキャリア寿命がSOI基板のSi層を用いて形成する場合よりも短いので、ドロップポート側も高速に応答し、10Gbpsの相補型光伝送が可能である。
【0123】
以上、具体例を参照しつつ実施形態について説明した。しかし、本発明は、これらの具体例に限定されるものではない。例えば、リング共振器を構成する光導波路の少なくとも一部に、キャリア寿命を短縮するための不純物ないし欠陥を導入することで条件式を満たすように調整しても好適である。金、白金などの金属不純物をドープしたり、シリコン、水素、ヘリウム等をイオン注入して欠陥を導入したりすることにより、キャリア寿命を短くすれば、より高速の応答が実現できる。このような手法によりキャリアの応答を速めることができることはよく知られているが、本実施例においては、金属不純物や欠陥による共振器周回損失増大の結果として式(2)〜(8)の条件が満たされることが特徴である。また、上述した各実施形態を適宜組み合わせてもよい。方向性結合器のパワー結合比は、導波路間のギャップ、方向性結合器の長さのほか、スラブ層厚、上部クラッド材料の選択などによっても、制御することができる。
【0124】
波長が1.55μm帯から離れるにつれて、最適範囲は式(2)〜式(5)で規定される範囲から多少ずれるが、最適点は式(2)〜式(8)で規定される範囲の中にある。
【0125】
また、方向性結合器のパワー結合比は、同一プロセスで作製した評価用方向性結合器のパワー分岐比から求めることができる。あるいは、方向性結合器の寸法や構成材料の屈折率が既知であれば、BPM、FDTD等によるシミュレーションで計算することが可能である。方向性結合器の入出力部の曲がり導波路における光の結合が無視できないので、モード結合理論による直線部のみの計算では不十分である。
【0126】
また、共振器の周回損失は、単独のリング光変調器の特性評価から直接求められる量ではないが、長さ、曲がりの数、直線導波路と曲がり導波路の接続の数等を変えた複数の評価用光導波路の透過特性から求めることができる。あるいは、周長が同じで方向性結合器のパワー結合比が異なる複数のリング光共振器の出力スペクトルのコントラスト比やスペクトル幅を、理論計算と比較することによっても推算することができる。周回損失がパワー結合比よりやや小さい場合は、電流を注入して透過スペクトルのコントラストが最も深くなったところで、共振器周回損失=方向性結合器のパワー結合比(臨界結合)となる。方向性結合器のパワー結合比やキャリア寿命が既知であれば、これらの値を使って電界無印加時の周回損失を計算することができる。
【0127】
以上、詳述したように、各実施形態によれば、プリエンファシスをかけることなしに、低電圧駆動で高速の光変調をかけることができる。いずれにしても、式(2)から式(8)の条件を満たす必要がある。また、このような構成をとったことにより、素子の直列抵抗や寄生容量が大きくならないよう、注意する必要がある。
【0128】
また、各層(膜)の膜厚や、サイズ、形状、数などについても、半導体集積回路や各種の半導体素子において必要とされるものを適宜選択して用いることができる。
【0129】
その他、本発明の要素を具備し、当業者が適宜設計変更しうる全てのリング光変調器は、本発明の範囲に包含される。
【0130】
また、説明の簡便化のために、半導体産業で通常用いられる手法、例えば、フォトリソグラフィプロセス、処理前後のクリーニング等は省略しているが、それらの手法が含まれ得ることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0131】
10,12,14,16,18 メサ部、11 スラブ部、20,22,30,32 電極、100 リング光変調器、110,301,304 入出力光導波路、120,302 リング共振器、121 閉ループ光導波路、130,132,303,305 光カプラ、160,170,172 高不純物濃度半導体領域、207 TiO2膜、252 マイクロヒーター、407,408 ポリシリコン膜
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電流注入手段を備えたp−i−nダイオード構造の閉ループ光導波路を有するリング共振器と、
一部が前記閉ループ光導波路の一部の近傍に位置するように配置された入出力光導波路と、
を備え、
互いに近傍に位置する前記閉ループ光導波路の一部と前記入出力光導波路の一部とが、前記リング共振器と前記入出力光導波路とを光学的に結合する光カプラとして機能し、前記リング共振器に注入する電流を変化させて閉ループ光導波路内のキャリア密度と実効屈折率を介して所定の共振波長λrを変化させることにより前記入出力光導波路の一端から入力された共振波長λrおよび前記共振波長λrから所定の範囲内の波長の光の強度を変調するリング光変調器であって、
前記リング共振器を構成する閉ループ光導波路の共振波長λrにおける群屈折率をng、前記閉ループ光導波路の周長をl[μm]、前記閉ループ光導波路のうち前記光カプラとして機能する前記リング共振器の一部を除く残りの部分の導波路長をl’[μm]とするとき、前記光カプラの出力から入力までリング共振器を周回する共振波長λrの光に対して、電流OFF時の共振器一周回あたりの損失x[%]と光カプラのパワー結合比y[%]が、以下の式(2)から式(8)までの関係を満たすことを特徴とするリング光変調器。
【数19】
【数20】
【数21】
【数22】
【数23】
【数24】
【数25】
【請求項2】
さらに、前記共振器一周回あたりの損失x[%]と前記光カプラのパワー結合比y[%]が、以下の式(9)から式(10)の関係を満たすことを特徴とする請求項1記載のリング光変調器。
【数26】
【数27】
【請求項3】
前記リング共振器を構成する光導波路として、シリコン(Si)を主たる構成要素とするメサ部とスラブ部とを有するリブ光導波路が用いられることを特徴とする請求項1又は2記載のリング光変調器。
【請求項4】
前記ダイオード構造に対しての高注入時の直列抵抗と前記リング共振器の周長の積が、4Ωmm以下であることを特徴とする請求項1〜3いずれか記載のリング光変調器。
【請求項5】
前記リング共振器を構成する前記リブ光導波路は、メサ部の両側にスラブ部を有し、一方のスラブ部には、キャリア密度が5×1019cm−3以上のp型の高不純物濃度領域が設けられ、他方のスラブ部には、キャリア密度が5×1019cm−3以上のn型の高不純物濃度領域が設けられ、
p型の高不純物濃度領域側の前記メサ部の側壁から前記p型の高不純物濃度領域端までの最短部の距離と、n型の高不純物濃度領域側の前記メサ部の側壁から前記n型の高不純物濃度領域端までの最短部の距離とが、共に100〜180nmとなるように前記p型の高不純物濃度領域とn型の高不純物濃度領域とが形成されたことを特徴とする請求項3又は4記載のリング光変調器。
【請求項6】
前記閉ループ光導波路に曲率半径5〜7.5μmの部分が形成されたことを特徴とする請求項1〜4いずれか記載のリング光変調器。
【請求項7】
前記閉ループ光導波路の少なくとも一部を覆う、屈折率の温度係数が負の材料を用いたクラッドをさらに備えたことを特徴とする請求項1〜4いずれか記載のリング光変調器。
【請求項8】
前記閉ループ光導波路のメサ部の断面積が前記入出力光導波路のメサ部の断面積よりも狭くなるように形成されたことを特徴とする請求項3又は4いずれか記載のリング光変調器。
【請求項9】
前記閉ループ光導波路のメサ部から500nm以内の位置に、金属と金属シリサイドとの少なくとも1つをさらに備えたことを特徴とする請求項3又は4いずれか記載のリング光変調器。
【請求項10】
前記閉ループ光導波路の一部の材料として、ポリシリコンが用いられることを特徴とする請求項1〜3いずれか記載のリング光変調器。
【請求項11】
前記入出力光導波路を第1の入出力光導波路とし、前記光カプラを第1の光カプラとした場合に、
前記第1の入出力光導波路とは異なる位置で、一部が前記閉ループ光導波路の一部の近傍に位置するように配置された第2の入出力光導波路をさらに備え、
互いに近傍に位置する前記閉ループ光導波路の一部と前記第2の入出力光導波路の一部とが、前記リング共振器と前記第2の入出力光導波路とを光学的に結合する第2の光カプラとして機能し、
前記第2の入出力光導波路への分岐損失も含めた共振器一周回あたりの損失x[%]と第1の光カプラのパワー結合比y[%]が、前記式(2)から式(8)までの関係を満たすことを特徴とする請求項1〜4いずれか記載のリング光変調器。
【請求項12】
前記第2の光カプラのパワー結合比が前記第1の光カプラのパワー結合比よりも小さくなるように形成されたことを特徴とする請求項11記載のリング光変調器。
【請求項1】
電流注入手段を備えたp−i−nダイオード構造の閉ループ光導波路を有するリング共振器と、
一部が前記閉ループ光導波路の一部の近傍に位置するように配置された入出力光導波路と、
を備え、
互いに近傍に位置する前記閉ループ光導波路の一部と前記入出力光導波路の一部とが、前記リング共振器と前記入出力光導波路とを光学的に結合する光カプラとして機能し、前記リング共振器に注入する電流を変化させて閉ループ光導波路内のキャリア密度と実効屈折率を介して所定の共振波長λrを変化させることにより前記入出力光導波路の一端から入力された共振波長λrおよび前記共振波長λrから所定の範囲内の波長の光の強度を変調するリング光変調器であって、
前記リング共振器を構成する閉ループ光導波路の共振波長λrにおける群屈折率をng、前記閉ループ光導波路の周長をl[μm]、前記閉ループ光導波路のうち前記光カプラとして機能する前記リング共振器の一部を除く残りの部分の導波路長をl’[μm]とするとき、前記光カプラの出力から入力までリング共振器を周回する共振波長λrの光に対して、電流OFF時の共振器一周回あたりの損失x[%]と光カプラのパワー結合比y[%]が、以下の式(2)から式(8)までの関係を満たすことを特徴とするリング光変調器。
【数19】
【数20】
【数21】
【数22】
【数23】
【数24】
【数25】
【請求項2】
さらに、前記共振器一周回あたりの損失x[%]と前記光カプラのパワー結合比y[%]が、以下の式(9)から式(10)の関係を満たすことを特徴とする請求項1記載のリング光変調器。
【数26】
【数27】
【請求項3】
前記リング共振器を構成する光導波路として、シリコン(Si)を主たる構成要素とするメサ部とスラブ部とを有するリブ光導波路が用いられることを特徴とする請求項1又は2記載のリング光変調器。
【請求項4】
前記ダイオード構造に対しての高注入時の直列抵抗と前記リング共振器の周長の積が、4Ωmm以下であることを特徴とする請求項1〜3いずれか記載のリング光変調器。
【請求項5】
前記リング共振器を構成する前記リブ光導波路は、メサ部の両側にスラブ部を有し、一方のスラブ部には、キャリア密度が5×1019cm−3以上のp型の高不純物濃度領域が設けられ、他方のスラブ部には、キャリア密度が5×1019cm−3以上のn型の高不純物濃度領域が設けられ、
p型の高不純物濃度領域側の前記メサ部の側壁から前記p型の高不純物濃度領域端までの最短部の距離と、n型の高不純物濃度領域側の前記メサ部の側壁から前記n型の高不純物濃度領域端までの最短部の距離とが、共に100〜180nmとなるように前記p型の高不純物濃度領域とn型の高不純物濃度領域とが形成されたことを特徴とする請求項3又は4記載のリング光変調器。
【請求項6】
前記閉ループ光導波路に曲率半径5〜7.5μmの部分が形成されたことを特徴とする請求項1〜4いずれか記載のリング光変調器。
【請求項7】
前記閉ループ光導波路の少なくとも一部を覆う、屈折率の温度係数が負の材料を用いたクラッドをさらに備えたことを特徴とする請求項1〜4いずれか記載のリング光変調器。
【請求項8】
前記閉ループ光導波路のメサ部の断面積が前記入出力光導波路のメサ部の断面積よりも狭くなるように形成されたことを特徴とする請求項3又は4いずれか記載のリング光変調器。
【請求項9】
前記閉ループ光導波路のメサ部から500nm以内の位置に、金属と金属シリサイドとの少なくとも1つをさらに備えたことを特徴とする請求項3又は4いずれか記載のリング光変調器。
【請求項10】
前記閉ループ光導波路の一部の材料として、ポリシリコンが用いられることを特徴とする請求項1〜3いずれか記載のリング光変調器。
【請求項11】
前記入出力光導波路を第1の入出力光導波路とし、前記光カプラを第1の光カプラとした場合に、
前記第1の入出力光導波路とは異なる位置で、一部が前記閉ループ光導波路の一部の近傍に位置するように配置された第2の入出力光導波路をさらに備え、
互いに近傍に位置する前記閉ループ光導波路の一部と前記第2の入出力光導波路の一部とが、前記リング共振器と前記第2の入出力光導波路とを光学的に結合する第2の光カプラとして機能し、
前記第2の入出力光導波路への分岐損失も含めた共振器一周回あたりの損失x[%]と第1の光カプラのパワー結合比y[%]が、前記式(2)から式(8)までの関係を満たすことを特徴とする請求項1〜4いずれか記載のリング光変調器。
【請求項12】
前記第2の光カプラのパワー結合比が前記第1の光カプラのパワー結合比よりも小さくなるように形成されたことを特徴とする請求項11記載のリング光変調器。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
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【公開番号】特開2012−198465(P2012−198465A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−64066(P2011−64066)
【出願日】平成23年3月23日(2011.3.23)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年3月23日(2011.3.23)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】
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