説明

動作補助装置

【課題】人の関節に適切なトルクを付与して動作を補助する動作補助装置を提供する。
【解決手段】動作補助装置は、記憶モジュール、人の関節の角度を計測するセンサ、特定関節にトルクを加えるモータを有する装具、制御器を備える。記憶モジュールは、人の動作に伴って実現されるn個の関節角の第1時刻から第2時刻までの既知軌道群と、各既知軌道に対応するs次元の既知時系列データ群を記憶している。制御器は、計測されたn個の関節角の時系列データによるn次元計測軌道を取得し、その計測軌道に対応するs(n>s)次元の計測時系列データを算出する。制御器は、中間時刻までの各既知時系列データを計測時系列データと比較し、計測時系列データに最も近い既知時系列データを特定し、中間時刻以後に設定されている時刻以降に、特定された既知時系列データに対応する既知軌道における特定関節の軌道に、特定関節の角度が追従するようにモータを制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人の関節にトルクを加えて人の動作を補助する動作補助装置に関する。
【背景技術】
【0002】
人の関節にトルクを加えて人の動作を補助する動作補助装置が研究されている。特許文献1に、そのような動作補助装置の一つが開示されている。特許文献1の動作補助装置は、人の関節にトルクを加えるアクチュエータを有する装具と、人の動作パターンを構成する複数の最小単位(フェーズ)を、予め定められた基準パラメータで分類したデータベースを備えている。基準パラメータには、例えば関節角が選ばれる。その動作補助装置は、基準パラメータに相当する物理量を計測し、計測結果を基準パラメータと比較することによって現在人が行っている動作のフェーズを推定する。即ち、動作補助装置は、計測結果に最も近い基準パラメータを有するフェーズを、人が行っている動作パターンの推定値として決定する。そして動作補助装置は、推定されたフェーズを実現するように人の関節にトルクを付与し、人の動作を補助する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−95561号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
人の動作を補助する動作補助装置には、動作パターンごとに適切なトルクを人の関節に加えることが求められる。なお、特許文献1における「フェーズ」は、動作パターンを換言したものと考えられる。人の動作を適切に補助するためには、人が行っている動作のパターンを適切に推定することが必要である。本発明は、人が行っている動作のパターンを適切に推定し、推定した動作パターンに基づいて人の関節に適切なトルクを付与することのできる動作補助装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
人の動作パターンは、関節の角度の軌道で定まる。ここで、「軌道」は、「時系列データ」或いは「経時的変化」と換言してもよい。従って、人の動作パターンを推定する方法として次の手順が考えられる。まず、人の予め定められた動作に伴って実現されるn個の関節の角度の軌道データ(既知軌道)を相互に異なる複数の動作について記憶しておく。次に、人が何等かの動作を行っている最中の関節角度をリアルタイムに計測する。計測された関節角度の軌道データ(計測軌道)に最も近い既知軌道を記憶されている既知軌道群から選択する。選択された既知軌道が表す動作パターンが、人が現在行っている動作パターンの推定値として決定される。
【0006】
しかしながら上記の方法では必ずしも正確に動作パターンを推定できない。その主な要因は2つある。第1の要因は、動作補助装置が、自力では目的の動作パターンを完全には実現できない人が対象であることに起因する。補助を要する関節は、補助なしでは目的とする関節角軌道に沿って動かないことが起こり得る。即ち、センサによって検出した関節角群の軌道データ(計測軌道)は、本来一致すべき既知軌道に必ずしも一致するとは限らない。第2の要因は、人が行っている動作が繰り返す毎に微妙に異なることに起因する。例えば歩行動作では、関節の角度が描く軌道は歩行周期毎に僅かに異なる。歩行動作に限らず、同じ動作でも繰り返し毎に関節の角度の軌道が僅かに変動することはしばしば発生する。そのため、例えば、n個の関節の角度の軌道で構成されるn次元の計測軌道を、予め記憶されている複数のn次元の既知軌道の夫々と比較する場合、繰り返し毎の計測軌道の変動に起因して適切でない既知軌道が選択されてしまう虞がある。
【0007】
本明細書が開示する新規な技術は、動作パターンの適切な推定を阻害する上記2つの要因の影響を低減する。そのための技術の一つは、補助を要しない先行タイムスパンと補助を要する後続タイムスパンの2つのタイムスパンを含む既知軌道で一連の動作パターンを表し、先行タイムスパンの間で計測軌道に最も近い既知軌道を特定する。補助を要しない先行タイムスパンでは、計測軌道は、人が意図した動作パターンに対応する既知軌道に近くなるはずである。本明細書が開示する技術の一つは、補助を要しない先行タイムスパンにおいて計測軌道と既知軌道を比較することによって、適切な既知軌道を特定できる可能性を高める。即ち、そのような技術によって、前述した第1の要因の影響を低減する。
【0008】
本明細書が開示する新規な技術の他の一つは、n次元の計測軌道に最も近い既知軌道を特定する際、主成分分析によってn次元よりも縮約(低次元化)した変数を採用する。主成分分析は、多変量解析ではよく知られた手法であり、n次元の説明変数によって表される特徴をできるだけ継承しながらnより小さいs次元の目的変数に変換する変換関数を与える。主成分分析による低次元化は、n次元の説明変数の局所的な変動の影響を抑制し、大局的な振舞いを良く表すs次元の目的変数ベクトルを与える。本明細書が開示する技術の一つは、そのような主成分分析の手法を動作補助装置に応用する。
【0009】
本明細書が開示する動作補助装置の一実施形態は、記憶モジュール、センサ、装具、及びコントローラを備える。記憶モジュールは、人の予め定められた動作に伴って実現されるn個の人の関節の角度の第1タイミングから第2タイミングまでの既知軌道を複数の相互に異なる動作群の夫々について記憶している。さらに記憶モジュールは、後述する変換関数に、n次元の各既知軌道の各時刻における値を入力して得られるs次元の目的変数ベクトルの既知時系列データ群を記憶している。ここで、変換関数は、n個の関節の角度を説明変数として入力するとnより小さいs次元の目的変数ベクトルを出力する主成分分析に基づく関数である。変換関数は、実験や解析などによって予め決定されている。
【0010】
センサは、n個の人の関節の角度を計測する。装具は、n個の人の関節の中の特定関節にトルクを加えるアクチュエータを有する。コントローラは、アクチュエータを制御する。そのコントローラは、計測軌道取得処理、計測時系列データ算出処理、最近既知時系列データ特定処理、追従制御処理を実行する。計測軌道取得処理ではコントローラは、先行タイムスパンの間に、特定関節にトルクを加えないようにアクチュエータを制御しながら、センサによって計測されるn個の関節の角度の時系列データによって構成されるn次元の計測軌道を取得する。ここで、先行タイムスパンは、第1タイミングと、第1タイミング以降であり第2タイミングよりも早いタイミングに設定されている中間タイミングとの間の期間を意味する。
【0011】
計測時系列データ算出処理ではコントローラは、変換関数に、n次元の計測軌道の各時刻における値を入力して得られる先行タイムスパンにおけるs次元の目的変数ベクトルの計測時系列データを算出する。最近既知時系列データ特定処理ではコントローラは、各既知時系列データの先行タイムスパンにおけるデータを計測時系列データと比較し、比較結果に基づいて計測時系列データに最も近い既知時系列データを特定する。追従制御処理ではコントローラは、中間タイミング以後に設定されている補助開始タイミング以降に、特定された既知時系列データに対応する既知軌道に含まれている特定関節の軌道に、特定関節の計測角度が追従するようにアクチュエータを追従制御する。なお、追従制御は、古典制御理論による制御則を採用してもよいし、現代制御理論による制御則を採用してもよい。ここで、補助開始タイミングは、中間タイミングにほぼ等しいことが好ましい。
【0012】
本明細書が開示する新規な動作補助装置は、先行タイムスパンを予め設定し、その先行タイムスパンの間に人の関節にトルクを加えずにセンサによってn個の関節の角度の時系列データによって構成されるn次元計測軌道を取得する。計測軌道を取得している期間は、人の特定関節にトルクが加えられない。逆に言えば、先行タイムスパンは、人が装置の補助なしに目的の動作を継続することができる期間に予め設定される。そのため、先行タイムスパンの間は、動作補助がなくとも人はスムーズに動作を行うことができる。そのような構成によって、上記第1の要因を抑制する。
【0013】
さらに本明細書が開示する動作補助装置は、複数のn次元既知軌道ベクトルの中から計測軌道に最も近い既知軌道を特定する。特定の際、コントローラは、n次元の既知軌道とn次元の計測軌道を直接に比較するのではなく、既知軌道と計測軌道の夫々をn次元を低次元化したs(n>s)次元の目的変数ベクトルの時系列データ同士で比較する。
【0014】
記憶された既知時系列データや計測時系列データは、動作パターンを表す関節の数nよりも低次元でありながら、n個の関節の全体の動きを反映している。従って、動作パターンの相違に応じて夫々の既知時系列データが描く軌跡が異なる。ここで、「既知時系列データが描く軌跡」とは、s次元空間においてs次元目的変数ベクトルの既知時系列データが時間の経過とともに描く軌跡である。
【0015】
上記の動作補助装置によれば、低次元化された変数を用いて比較が行われるので、n個の関節の角度の時系列データの局所的な変動が比較結果に与える影響を抑制することができ、大局的な振る舞いが計測軌道に最も似ている既知軌道が選択される。そのような構成は、n次元の個々の関節角を比較する必要がなく、前述した第2の要因の影響を抑制することができる。
【0016】
コントローラは、計測時系列データと特定された既知時系列データとの差が閾値よりも大きい場合に、追従制御をキャンセルすることが好ましい。計測時系列データと特定された既知時系列データとの差が閾値よりも大きい場合とは、同じタイミングにおける既知軌道上の値と計測軌道上の値との差が大きいことを意味する。即ち、そのような構成は、特定関節の計測角度と既知軌道に含まれる特定関節の目標値が大きく異なる場合に特定関節が大きく動かされてしまうことを防止する。なお、計測角度とは、センサによって計測された関節角度を意味する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、人が行っている動作のパターンを適切に推定し、推定した動作パターンに基づいて人の関節に適切なトルクを付与することのできる動作補助装置を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例の動作補助装置の模式図を示す。
【図2】動作補助装置のコントローラのブロック図を示す。
【図3】関節角の軌道の模式的グラフを示す。
【図4】コントローラが実行する処理のフローチャート図を示す。
【実施例】
【0019】
図面を参照して実施例の動作補助装置100を説明する。本実施例では、ユーザは左膝関節を自由に動かすことができないと仮定する。本実施例の動作補助装置100は、ユーザの左膝関節に適切なトルクを加えてユーザの歩行動作を補助する装置である。以下では、動作補助装置100が補助の対象とする左膝関節を特定関節と称することがある。図1に、ユーザが装着した状態の動作補助装置100の模式図を示す。図1(A)は正面図を示し、図1(B)は側面図を示す。
【0020】
動作補助装置100は、ユーザの左脚に沿って装着される脚装具12と、コントローラ40を備えている。脚装具12は、支持リンク30によってユーザの腰に固定されている。
【0021】
脚装具12を詳しく説明する。脚装具12は、ユーザの大腿部から下腿部に沿って左脚の外側に装着される。脚装具12は、上部リンク14L、下部リンク16L、及び足底リンク18Lを有する多リンク機構を有する。上部リンク14Lの上端が腰ジョイント20aLを介して支持リンク30に揺動可能に連結されている。下部リンク16Lは、膝の外側に位置する膝ジョイント20bLによって、上部リンク14Lに揺動可能に連結されている。足底リンク18Lは、ユーザの足首の外側に位置する足首ジョイント20cLによって、下部リンク16Lに揺動可能に連結されている。上部リンク14Lは、ベルトでユーザの大腿部に固定される。下部リンク16Lは、ベルトでユーザの下腿部に固定される。足底リンク18Lは、ベルトでユーザの足底に固定される。足底リンク18Lを固定するベルトは、図示を省略している。支持リンク30は、ユーザの体幹(腰)に固定される。
【0022】
ユーザが脚装具12を装着すると、腰ジョイント20aL、膝ジョイント20bL、及び、足首ジョイント20cLは夫々、ユーザの股関節のピッチ軸、膝関節のピッチ軸、及び、足首関節のピッチ軸と同軸に位置する。脚装具12Lの各リンクは、ユーザの左脚の動きに応じて揺動することができる。各ジョイントには、ジョイントの角度(リンク間の角度)を計測するためのエンコーダ21が取り付けられている。腰ジョイント20aLのエンコーダ21は、ユーザの左脚股関節の角度を計測する。膝ジョイント20bLのエンコーダ21は、ユーザの左膝関節の角度を計測する。足首ジョイント20cLのエンコーダ21は、ユーザの左足首関節の角度を計測する。以下では、各ジョイントに取り付けられているエンコーダ群21を脚センサ21と総称することがある。脚装具12が有する脚センサ21は、ユーザの関節の角度を計測するセンサに相当する。
【0023】
膝ジョイント20bLには、モータ32(アクチュエータ)が取り付けられている。モータ32は、ユーザの膝関節の外側に位置する。モータ32は、上部リンク14Lと下部リンク16Lを相対的に揺動させることができる。即ちモータ32は、ユーザの左膝関節にトルクを加えることができる。また、モータ32はクラッチ33を備えている。クラッチ33を解放すると、モータ32から左膝関節へのトルク伝達経路が遮断される。別言すると、クラッチ33を解放すると、膝ジョイント20bLは揺動自在となる。クラッチ33を解放すると、ユーザは左膝関節を自由に揺動させることができる。
【0024】
符号40は、モータ32を制御するコントローラを示している。図2にコントローラ40のブロック図を示す。コントローラ40の構造を概説する。コントローラ40は、記憶モジュール52を内蔵しており、そこに種々のデータを記憶している。コントローラ40は、推定モジュール54とサーボコントローラ56を備えている。コントローラ40はハードウエアとしてCPUを備えており、推定モジュール54とサーボコントローラ56の機能はソフトウエアとCPUで実現される。
【0025】
記憶モジュール52には、相互に異なる複数の既知軌道が記憶されている。既知軌道は、人の予め定められた動作に伴って実現されるn個の人の関節の角度の時系列データの集合である。記憶モジュール52は、さらに、各既知軌道のデータを変換関数にて変換した目的変数ベクトルの時系列データ(既知時系列データ)を夫々の既知軌道に対応付けて記憶している。既知軌道と、既知時系列データについては後に詳しく説明する。
【0026】
推定モジュール54は、エンコーダ21(脚センサ)によって計測された関節角度の時系列データ(計測軌道)を、記憶モジュール52に記憶された既知軌道群の夫々と比較し、計測軌道に最も近い既知軌道を選択する。なお、選択の具体的な方法については後述する。選択された既知軌道はサーボコントローラ56へ出力される。サーボコントローラ56は、ユーザの左膝関節の計測角度が、既知軌道に含まれている膝関節の軌道に追従するようにモータ32を制御する。推定モジュール54によって、ユーザが行っている動作が推定され、推定された動作を実現するための既知軌道が選択される。サーボコントローラ56によって、ユーザの膝関節の計測角度が推定された動作(推定された既知軌道)に追従するようにモータ32が制御される。こうして、動作補助装置100は、ユーザが行っている動作を推定し、推定された動作を補助するように膝関節にトルクを加える。
【0027】
記憶モジュール52に記憶されている既知軌道について説明する。既知軌道は、人の予め定められた歩行動作に伴って実現される3個の人の関節(股関節、膝関節、及び足首関節)の角度の時系列データの集合である。図3に、一つの既知軌道の例を示す。本実施例の既知軌道は、歩行の一周期のタイムスパンTSにわたる左脚の股関節、膝関節、及び足首関節の時系列データで構成されている。タイムスパンTSの始点をタイミングtAで表し、タイムスパンTSの終点をタイミングtCで表す。
【0028】
図3中の符号θhrは、既知軌道に含まれる股関節の時系列データを示す。符号θkrは、既知軌道に含まれる膝関節の時系列データを示す。符号θarは、既知軌道に含まれる足首関節の時系列データを示す。図3のグラフはそれぞれの関節角θhr、θkr、及びθarの経時変化を模式的に示しおり、関節角の現実のグラフとは異なる。タイミングtAは、歩行の1周期の始点に相当し、タイミングtCは、歩行の1周期の終点に相当する。即ち、各既知軌道は、歩行の1周期の開始タイミングtAから終了タイミングtCまでのタイムスパンTSにわたるデータを含んでいる。
【0029】
記憶モジュール52は、相互に異なる複数の動作群の夫々についての既知軌道を記憶している。例えば、一つの既知軌道は、図3の既知軌道よりも歩幅の大きな歩行動作に伴って実現される関節角の時系列データ群を表し、他の一つの既知軌道は、図3の既知軌道よりも歩幅の小さな歩行動作に伴って実現される関節角の時系列データ群を表す。既知軌道は、予め用意されている。本実施例の説明では3種の既知軌道を例示したが、既知軌道の数はいくつでもよい。
【0030】
記憶モジュール52は、各既知軌道のデータを変換関数にて変換した目的変数ベクトルの時系列データ(既知時系列データ)を既知軌道に対応付けて記憶している。変換関数について説明する。本実施例で用いる変換関数は、n個の関節の角度を説明変数として入力するとnより小さいs次元の目的変数ベクトルを出力する関数である。本実施例では、n=3であり、s=2である。夫々の既知軌道のデータは、左脚の股関節、膝関節、及び足首関節の3個の関節の角度の時系列データ(θhr(t)、θkr(t)、及びθar(t))で構成されている。変換関数は、それら3個の時系列データの各タイミングにおける値を説明変数として入力すると、2次元の目的変数ベクトルの既知時系列データ(Ar(t)、Br(t))を出力する関数である。本実施例で用いる変換関数を(数1)に示す。
【0031】
【数1】

【0032】
(数1)は、3個の関節の角度の時系列データ(θhr(t)、θkr(t)、及びθar(t))から、主成分分析法によって2個の主成分の時系列データ(Ar(t)、Br(t))を得る式である。即ち、(数1)の目的変数ベクトルの既知時系列データAr(t)、Br(t)が主成分に相当する。(数1)において、a1、a2、a3、b1、b2、及び、b3は、主成分に対する各関節の重み係数であり、予め与えられる係数である。この変換関数によって得られる2次元の目的変数ベクトルの既知時系列データ(Ar(t)、Br(t))は、2次元でありながら、3個の説明変数、即ち、既知軌道の時系列データ(θhr(t)、θkr(t)、及びθar(t))の全体が示す特徴をよく反映している。記憶モジュール52は、既知軌道毎に上記(数1)で得られる目的変数ベクトルの既知時系列データを記憶している。
【0033】
図4にコントローラ40が実行する処理のフローチャートを示す。コントローラ40は、歩行の1周期が始まる毎に図4のフローチャートの処理を開始する。即ち、コントローラ40は、歩行1周期の既知軌道の開始タイミングtAと終了タイミングtCを記憶しているとともに、経過時間を計測するタイマを有している。また、コントローラ40は、予め設定されている中間タイミングtBも記憶している。中間タイミングtBは、開始タイミングtAと終了タイミングtCの間に設定されている。別言すれば、中間タイミングtBは、終了タイミングtCよりも早いタイミングに設定されている。中間タイミングtBの用法は後に説明する。なお、開始タイミングtAが第1タイミングに相当し、終了タイミングtCが第2タイミングに相当する。また、以下では、開始タイミングtAから中間タイミングtBまでのタイムスパンTAを先行タイムスパンTAと称し、中間タイミングtBから終了タイミングtCまでのタイムスパンTBを後続タイムスパンTBと称する。
【0034】
コントローラ40は、開始タイミングtAで図4の処理を開始すると、まずクラッチ33を解放し、モータ32と膝ジョイント20bLの間の動力伝達経路を遮断する(S2)。クラッチ33を解放することで、膝ジョイント20bLは回転自在となる。コントローラ40は開始時刻tAから中間タイミングtBまでの先行タイムスパンTAの間、クラッチ33の開放を維持する。このクラッチ33を解放する処理は、別言すれば、コントローラ40が、先行タイムスパンTAの間、左膝関節(特定関節)にトルクを加えないようにモータ32を制御することに相当する。
【0035】
コントローラ40は、処理開始とともにタイマをスタートさせ、開始タイミングtAからの経過時間が先行タイムスパンTAに到達するまで、エンコーダ21が計測する各関節の角度を取得する(S4、S6:YES)。以下、股関節の計測角度を符号θhs(t)で表す。同様に、膝関節の計測角度を符号θks(t)で表し、足首関節の計測角度を符号θas(t)で表す。股関節、膝関節、及び足首関節の計測角θhs(t)、θks(t)、及び、θas(t)の時系列データが計測軌道に相当する。
【0036】
開始タイミングtAからの経過時間が先行タイムスパンTAに到達すると(S6:NO)、コントローラ40は、(数1)に示した変換関数に計測角度θhs(t)、θks(t)、及びθas(t)を入力して2次元の目的変数ベクトルの時系列データを算出する(S8)。計測角度θhs(t)、θks(t)、及びθas(t)を代入した変換関数を(数2)に示す。
【0037】
【数2】

【0038】
(数2)は(数1)と同様に、3個の関節の計測角度の時系列データ(θhs(t)、θks(t)、及びθas(t))から、主成分分析法によって2次元の主成分の時系列データ(As(t)、Bs(t))を得る式である。(数2)で得られる主成分の時系列データ(As(t)、Bs(t))が計測時系列データに相当する。即ち、コントローラ40は、変換関数を用いて計測軌道のデータから計測時系列データを算出する。なお、前述したように、コントローラ40は、先行タイムスパンTAの間、ユーザの膝関節(特定関節)にトルクを加えないようにアクチュエータ(クラッチ)を制御しながら、エンコーダ21によって計測される股関節、膝関節、及び足首関節の角度の時系列データによって構成される3次元の計測軌道を取得する。
【0039】
次にコントローラ40は、先行タイムスパンTAの期間に亘って、既知時系列データと計測時系列データの差分Dを算出する(S10)。差分Dの算出式を(数3)に示す。
【0040】
【数3】

【0041】
(数3)で表される差分Dは、既知時系列データと計測時系列データの平均自乗誤差に相当する。コントローラ40は、記憶されている複数の既知時系列データのそれぞれについて、差分Dを算出する。次いでコントローラ40は、複数の差分Dの中から最小の差分Dを特定する。コントローラ40は、最小差分Dminの大きさを予め定められた閾値と比較する(S12)。閾値は実験などによって予め定められている。最小差分Dminが閾値よりも小さい場合(ステップS12:YES)、コントローラ40は、最小差分Dminに対応する既知時系列データ(最近既知時系列データ)を特定し、その最近時系列データに対応する既知軌道(最近既知軌道)を特定する(S14)。ステップS4〜S14の処理は、推定モジュール54が実行する。推定モジュール54は、選択した最近既知軌道を、サーボコントローラ56へ出力する。最近既知時系列データは、記憶されている複数の既知時系列データのうち、計測時系列データに最も近い既知時系列データに相当する。最近既知軌道は、記憶されている既知軌道のうち、計測軌道に最も近い既知軌道に相当する。最近既知軌道に記述されている後続タイムスパンTB以降の各関節角軌道が、中間タイミングtB以後のユーザの歩行パターンの推定値に相当する。
【0042】
ここで、既知時系列データ(Ar(t)、Br(t))は、1歩行周期分のタイムスパンTSに亘るデータであるが、差分Dを算出するには開始タイミングtAから中間タイミングtBまでの先行タイムスパンTAの間の既知時系列データのみを用いていることに留意されたい。即ち、コントローラ40は、記憶されている各既知時系列データの先行タイムスパンにおけるデータを計測時系列データと比較し、計測時系列データに最も近い最近既知時系列データを特定する。
【0043】
推定モジュール54は、中間タイミングtBで最近既知軌道を出力する。推定モジュール54が出力した最近既知軌道は、一歩行周期のタイムスパンTAの終端時刻tBまでの時系列データを含んでいる。出力された最近既知軌道における中間タイミングtBから終了タイミングtCまでの後続タイムスパンTBにおける各関節角の時系列データが、これからユーザが実行しようとしている動作の推定値に相当する。
【0044】
最近既知軌道を受けたサーボコントローラ56は、追従制御を開始する。なお、追従制御を開始するタイミングは、中間タイミングtB以降となる。最も好ましいのは、中間タイミングで追従制御を開始することである。
【0045】
サーボコントローラ56は、追従制御の開始をユーザに知らせるメッセージを出力する。メッセージとは、音(ブザー音)でよいし、或いはユーザが視認できる範囲に設けられたライトを点灯すること(即ち光)であってもよい。メッセージを出力することによって、制御開始をユーザに知らせることができる。
【0046】
追従制御の開始に際してサーボコントローラ56はまず、クラッチ33を係合し、モータトルクがユーザの膝関節に伝達できるよう準備する(S16)。次いでサーボコントローラ56は、膝関節の計測角θks(t)が、推定モジュール54が出力した最近既知軌道に含まれている膝関節(特定関節)の角度の軌道(時系列データ)θkr(t)に追従するようにモータ32を追従制御する(S20)。より詳しくは、サーボコントローラ56は、膝関節の計測角θks(t)が、最近既知軌道の後続タイムスパンTBにおける膝関節角の時系列データθkr(t)に追従するように、モータ32を追従制御する。サーボコントローラ56が出力するモータ指令トルクT(t)の算出式を(数4)に示す。
【0047】
【数4】

【0048】
(数4)において、係数Pは比例ゲインを表している。モータ指令トルクT(t)によってモータ32が駆動されると、膝関節の計測角θks(t)が目標値θkr(t)に追従するようにユーザの膝関節にトルクが加えられる。なお、(数4)は極めてシンプルな制御則を表している。(数4)に代えて、PD制御、PID制御、或いは、他のいかなるフィードバック追従制御則を採用してもよい。
【0049】
サーボコントローラ56は、後続タイムスパンTBの間、追従制御を継続する(S22:YES、S20)。終了タイミングtCに到達すると、即ち、制御開始からの経過時間が後続タイムスパンTBに到達すると(S22:NO)、コントローラ40は、次の歩行周期のための補助に備え、図4のフローチャートの処理を再び開始する。
【0050】
他方、ステップS12において最小差分Dminが閾値よりも大きい場合(ステップS12:NO)、サーボコントローラ56は追従制御をキャンセルする(S24)。このとき、コントローラ40は、モータ32のクラッチ33を解放し、ユーザの膝関節を自由にする。
【0051】
動作補助装置100の利点と留意点を説明する。動作補助装置100は、一歩行周期TSの先行タイムスパンTAにおける計測時系列データを、記憶している既知時系列データ群の夫々と比較し、現在のユーザの動作に最も近い最近既知時系列データを特定する。特定された最近時系列データに対応する既知軌道が、ユーザが行なっている動作の推定値に相当する。本実施例の場合、先行タイムスパンTAは、補助対象の脚が浮いている遊脚期間に設定されている。遊脚期間では負荷が小さいので、補助トルクを膝関節に加える必要がない。動作補助装置100は、補助トルクを加えない先行タイムスパンTAにおいて、ユーザの動作パターンを推定する。
【0052】
計測軌道に最も近い既知軌道を選定する際、実施例の動作補助装置は、n個(3個)の関節の角度時系列データ群の代わりに主成分分析に基づいてnより小さいs(2)次元に低次元化した目的変数ベクトルの時系列データを用いる。目的変数ベクトルは、元の軌道の次元よりも低次元化しているが、元の軌道の大局的な振る舞いを良く表している。そのような低次元化された時系列データを用いることによって、n次元の生の軌道(関節角の軌道)を用いる際に生じる局所的な計測角度データの変動の影響を抑制し、計測時系列データに近い既知時系列データを複数の既知時系列データの中から適切に特定することができる。
【0053】
サーボコントローラ56は、人の膝関節(特定関節)の計測角度が、選択された既知時系列データに対応する既知軌道に含まれる特定関節の角度の経時的変化に追従するようにモータ32を制御する。前述したように、計測角度のタイミングと記憶されている角度時系列データ上のタイミングの位置関係が特定されているので、各制御タイミングにおける特定関節の目標値も特定される。
【0054】
実施例の動作補助装置は、ユーザの歩行動作を補助する装置である。本明細書が開示する新規な技術は、歩行動作を補助する装置だけでなく、腕の動作を補助する動作補助装置に適用することも可能である。例えば、本明細書が開示する技術は、工場の作業員が行う繰り返し作業を補助する動作補助装置に適用することも好適である。
【0055】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成し得るものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【符号の説明】
【0056】
12、12L、12R:脚装具
21:エンコーダ(脚センサ)
32:モータ(アクチュエータ)
33:クラッチ
40:コントローラ
52:記憶モジュール
54:推定モジュール
56:サーボコントローラ
100:動作補助装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
人の関節にトルクを加えて人の動作を補助する動作補助装置であり、
人の予め定められた動作に伴って実現されるn個の関節の角度の第1タイミングから第2タイミングまでの既知軌道を複数の相互に異なる動作群の夫々について記憶しているとともに、n個の関節の角度を説明変数として入力するとnより小さいs次元の目的変数ベクトルを出力する主成分分析に基づく変換関数に、n次元の既知軌道の各時刻における値を入力して得られるs次元の目的変数ベクトルの既知時系列データ群を記憶している記憶モジュールと、
n個の人の関節の角度を計測するセンサと、
n個の人の関節のうちの特定関節にトルクを加えるアクチュエータを有する装具と、
アクチュエータを制御するコントローラと、を備えており、
コントローラが、
第1タイミングと、第2タイミングよりも早いタイミングに設定されている中間タイミングとの間の先行タイムスパンに、特定関節にトルクを加えないようにアクチュエータを制御しながら、センサによって計測されるn個の関節の角度の時系列データによって構成されるn次元の計測軌道を取得し、
前記変換関数に、n次元の計測軌道の各時刻における値を入力して得られるs次元の目的変数ベクトルの計測時系列データを算出し、
各既知時系列データの先行タイムスパンにおけるデータを計測時系列データと比較し、計測時系列データに最も近い既知時系列データを特定し、
中間タイミング以後に設定されている補助開始タイミング以降に、特定された既知時系列データに対応する既知軌道に含まれている特定関節の軌道に、特定関節の計測角度が追従するようにアクチュエータを追従制御することを特徴とする動作補助装置。
【請求項2】
コントローラは、計測時系列データと特定された既知時系列データとの差が閾値よりも大きい場合に、追従制御をキャンセルすることを特徴とする請求項1に記載の動作補助装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−121152(P2011−121152A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−282076(P2009−282076)
【出願日】平成21年12月11日(2009.12.11)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】