電動パワーステアリング装置
【課題】保舵状態から手放し状態への移行時における操舵速度フィードバック制御のオーバーシュートを抑えて、その追従性の向上を図ることのできる電動パワーステアリング装置を提供すること。
【解決手段】ステアリング戻し制御部28は、操舵速度目標値ωs*に実際の操舵速度ωsを追従させるべく操舵速度フィードバック制御を実行することにより、ステアリングを中立位置に復帰させるための補償成分としてステアリング戻し制御量Isb*を演算する。また、ステアリング戻し制御部28は、そのステアリング操作の状態を判定する機能を有する。そして、当該ステアリング操作の状態が上記保舵状態から手放し状態への移行時であると判定される場合には、その出力するステアリング戻し制御量Isb*を低減する。
【解決手段】ステアリング戻し制御部28は、操舵速度目標値ωs*に実際の操舵速度ωsを追従させるべく操舵速度フィードバック制御を実行することにより、ステアリングを中立位置に復帰させるための補償成分としてステアリング戻し制御量Isb*を演算する。また、ステアリング戻し制御部28は、そのステアリング操作の状態を判定する機能を有する。そして、当該ステアリング操作の状態が上記保舵状態から手放し状態への移行時であると判定される場合には、その出力するステアリング戻し制御量Isb*を低減する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動パワーステアリング装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、車両用パワーステアリング装置として、モータを駆動源とする電動パワーステアリング装置(EPS)が広く採用されるようになっている。そして、こうしたEPSの多くでは、その補償制御の一つとして、円滑にステアリングを中立位置に復帰させるためのステアリング戻し制御(ハンドル戻し補償制御)が行われている。
【0003】
即ち、本来、走行中であれば、特段のステアリング操作を行わなくとも、ステアリングは、転舵輪に作用するセルフアライニングトルクによって、理論上、中立位置(操舵角ゼロ)まで復帰するはずである。しかしながら、EPSの場合、そのシステムの摩擦、例えば減速機構(ボール螺子やウォーム&ホイール等)の摩擦が、上記のような転舵輪に作用するセルフアライニングトルクを上回る場合があり、これにより、ステアリングが中立位置まで戻りきらない場合がある。
【0004】
そこで、上記ステアリング戻し制御の実行により、ステアリング中立方向に作用する補償成分(ステアリング戻し制御量)を演算する。例えば、特許文献1に記載のEPSは、操舵角に基づき演算される操舵速度目標値と実際の操舵速度との偏差に基づくフィードバック制御の実行によりステアリング戻し制御を実行するための補償成分を演算する。そして、その補償成分をパワーアシスト制御の基礎成分である基本アシスト制御量に重畳することにより、ステアリングの速やかな中立位置への復帰を実現し、走行路面の状態に関わらず良好なステアリングの戻り性を確保する構成となっている。
【0005】
また、転舵輪に作用するセルフアライニングトルクは、車速や操舵角に応じて変化する。そのため、車両の走行状態によっては、当該セルフアライニングトルクにより、ステアリング戻し時の操舵速度が過大となる場合がある。この点を踏まえ、上記特許文献1に記載のEPSでは、こうしたステアリング戻し時の操舵速度に過大が生じやすい大舵角領域については、そのステアリング戻し制御における操舵速度目標値が低めに設定されている(第4図参照)。そして、その操舵速度目標値に実際の操舵速度を追従させるべく上記フィードバック制御を実行することにより、その是正を図っている。
【特許文献1】特開2006−123827号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、現実には、上記のような大舵角領域からのステアリング戻し時以外にも操舵速度に過大が生じやすい状況は存在し、必ずしもその全てに上記従来技術が有効であるとは言い切れないのが実情である。そして、特に、車両を定常旋回状態から直進走行状態へと復帰させる場合等には、上記操舵速度フィードバック制御の実行により、その操舵速度の過大が助長されることがある。
【0007】
即ち、定常旋回から直進走行への復帰時には、そのステアリング操作の状態が、保舵状態から所謂手放し状態へ、即ち略操舵トルクの入力がない状態へと移行する。そして、このとき、操舵速度を略「ゼロ」から操舵速度目標値まで上昇させるべく、上記操舵速度フィードバック制御によりステアリング戻し方向に大きな補償成分が演算される一方、その操舵角を維持するための基礎成分は「略ゼロ」となる。
【0008】
つまり、保舵状態から手放し状態への移行時には、舵角方向の値を有する上記基礎成分に減じられることなく、その大きな補償成分がセルフアライニングトルクに重畳されることにより、操舵速度が急速に上昇する。その結果、当該操舵速度が操舵速度目標値を超えて過大となる現象、即ちオーバーシュートが発生し、ひいては、その追従に遅れが生ずるという問題があり、この点において、なお改善の余地を残すものとなっていた。
【0009】
本発明は、上記問題点を解決するためになされたものであって、その目的は、保舵状態から手放し状態への移行時における操舵速度フィードバック制御のオーバーシュートを抑えて、その追従性の向上を図ることのできる電動パワーステアリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記問題点を解決するために、請求項1に記載の発明は、操舵系にステアリング操作を補助するためのアシスト力を付与する操舵力補助装置と、アシスト力目標値に基づき前記操舵力補助装置の作動を制御する制御手段とを備え、前記制御手段により演算される前記アシスト力目標値は、ステアリング戻し制御を実行するための補償成分を含み、該補償成分は、操舵速度目標値と実際の操舵速度との偏差に基づくフィードバック制御の実行により演算される電動パワーステアリング装置であって、前記制御手段は、前記ステアリング操作の状態が保舵状態から手放し状態へと移行した場合には、前記ステアリング戻し制御を実行するための補償成分を低減すること、を要旨とする。
【0011】
即ち、保舵状態から手放し状態への移行時には、ステアリング戻し制御を実行するための補償成分が大きな値となることで、その操舵速度は急速に上昇する。そして、その立ち上がりが急峻であるがゆえに、そのオーバーシュート量もまた大きなものとなる。特に、操舵速度フィードバック制御として積分制御を実行するものは、その保舵状態が長く続くほど、その偏差の蓄積による影響が顕著となる。しかしながら、上記構成によれば、保舵状態から手放し状態への移行時における操舵速度の立ち上がりを穏やかなものとすることができる。その結果、オーバーシュートの発生を抑えて追従性の向上を図ることができるようになる。
【0012】
請求項2に記載の発明は、前記補償成分の低減は、前記操舵速度目標値と実際の操舵速度とが最初に同値となるまで継続されること、を要旨とする。
即ち、上記補償成分の低減によっても、ある程度のオーバーシュートは発生する。しかしながら、上記構成によれば、その発生したオーバーシュートを素早く収束させることができる。
【0013】
請求項3に記載の発明は、前記補償成分の抑制は、前記ステアリング操作の状態が保舵状態にある時点から行なわれること、を要旨とする。
上記構成によれば、演算負荷を軽減して、演算手段の処理能力強化により生ずるコスト増を抑制することができる。また、戻し方向の制御成分が減少することで、その舵角維持を容易なものとして、保舵時における運転者の負担を軽減することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、保舵状態から手放し状態への移行時における操舵速度フィードバック制御のオーバーシュートを抑えて、その追従性の向上を図ることが可能な電動パワーステアリング装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明を具体化した一実施形態を図面に従って説明する。
図1は、本実施形態の電動パワーステアリング装置(EPS)1の概略構成図である。同図に示すように、ステアリング2が固定されたステアリングシャフト3は、ラックアンドピニオン機構4を介してラック5に連結されており、ステアリング操作に伴うステアリングシャフト3の回転は、ラックアンドピニオン機構4によりラック5の往復直線運動に変換される。そして、このラック5の往復直線運動により転舵輪6の舵角、即ち転舵角が可変することにより、車両の進行方向が変更されるようになっている。
【0016】
EPS1は、操舵系にステアリング操作を補助するためのアシスト力を付与する操舵力補助装置としてのEPSアクチュエータ10と、該EPSアクチュエータ10の作動を制御する制御手段としてのECU11とを備えて構成される。
【0017】
本実施形態のEPSアクチュエータ10は、その駆動源であるモータ12がラック5と同軸に配置された所謂ラックアシスト型のEPSアクチュエータであり、モータ12が発生するモータトルクは、ボール送り機構(図示略)を介してラック5に伝達される。尚、本実施形態のモータ12は、ブラシレスモータであり、ECU11から三相(U,V,W)の駆動電力の供給を受けることにより回転する。
【0018】
一方、ECU11には、トルクセンサ14、車速センサ15、及びステアリングセンサ(操舵角センサ)16等、各種の状態量を検出するための複数のセンサが接続されており、同ECU11は、これらの各センサにより検出された状態量、即ち操舵トルクτ、車速V、及び操舵角θs(並びに操舵速度ωs)等に基づいてアシスト力目標値(目標アシスト力)を演算する。そして、ECU11は、その演算された目標アシスト力をEPSアクチュエータ10に発生させるべく、駆動源であるモータ12への駆動電力の供給を通じて、該EPSアクチュエータ10の作動、即ち操舵系に付与するアシスト力を制御する。
【0019】
次に、本実施形態のEPSにおけるアシスト制御の態様について説明する。
図2に示すように、ECU11は、モータ制御信号を出力するマイコン21と、そのモータ制御信号に基づいて、EPSアクチュエータ10の駆動源であるモータ12に駆動電力を供給する駆動回路22とを備えている。
【0020】
本実施形態では、ECU11には、モータ12に通電される実電流値Iを検出するための電流センサ23、及びモータ12の回転角θmを検出するための回転角センサ24が接続されている。そして、マイコン21は、これら各センサの出力信号に基づき検出されたモータ12の実電流値I及び回転角θm、並びに上記操舵トルクτ、車速V、操舵角θs及び操舵速度ωsに基づいて、駆動回路22にモータ制御信号を出力する。
【0021】
尚、以下に示すマイコン21内の各制御ブロックは、同マイコン21の実行するコンピュータプログラムにより実現されるものである。そして、マイコン21は、所定のサンプリング周期で上記各状態量を検出し、所定周期毎に以下の各制御ブロックに示される各演算処理を実行することにより、モータ制御信号を生成する。
【0022】
詳述すると、マイコン21は、EPSアクチュエータ10に発生させるべきアシスト力目標値(目標アシスト力)に対応した電流指令値Iq*を演算する電流指令値演算部25と、電流指令値演算部25により算出された電流指令値Iq*に基づいてモータ制御信号を出力するモータ制御信号出力部26とを備えている。
【0023】
本実施形態の電流指令値演算部25は、目標アシスト力の基礎的制御成分である基本アシスト制御量Ias*を演算する基本アシスト制御部27と、その補償成分として、ステアリング2を中立位置(θs=0)に復帰させるためのステアリング戻し制御量Isb*を演算するステアリング戻し制御部28とを備えている。
【0024】
本実施形態では、基本アシスト制御部27には、操舵トルクτ及び車速Vが入力されるようになっており、該基本アシスト制御部27は、これら操舵トルクτ及び車速Vに基づいて、その操舵トルクτが大きいほど、また車速Vが小さいほど、より大きな基本アシスト制御量Ias*を演算する。
【0025】
一方、ステアリング戻し制御部28には、車速V及び操舵角θsが入力される。そして、ステアリング戻し制御部28は、これらの各状態量に基づいて、上記ステアリング戻し制御量Isb*、即ちステアリング中立方向に作用するステアリング戻し力を発生させるための補償成分を演算する(ステアリング戻し制御)。
【0026】
具体的には、本実施形態のステアリング戻し制御部28は、上記ステアリングセンサ16(図1参照)により検出される操舵角θsに基づき演算される操舵速度目標値ωs*に実際の操舵速度ωsを追従させるべく操舵速度フィードバック制御の実行によりステアリング戻し制御量Isb*を演算する。尚、本実施形態では、操舵速度ωsは、操舵角θsを微分することにより求められる。
【0027】
詳述すると、ステアリング戻し制御部28に入力された操舵角θsは、操舵速度目標値演算部29へと入力され、同操舵速度目標値演算部29において、操舵速度目標値ωs*が演算される。具体的には、本実施形態のステアリング戻し制御部28は、操舵角θsと操舵速度目標値ωs*とが関連付けられたマップ29aを備えており(図3参照、操舵速度目標値演算マップ)、同マップ29aにおいて、操舵速度目標値ωs*は、操舵角θsの絶対値が大きいほど(大舵角であるほど)、より大きな絶対値を有する戻し方向の値となるように設定されている。そして、操舵速度目標値演算部29は、入力される操舵角θsをこのマップ29aに参照する、即ち同マップ29aを用いたマップ演算の実行により操舵速度目標値ωs*を演算する。
【0028】
操舵速度目標値演算部29において演算された操舵速度目標値ωs*は、操舵速度ωsとともに減算器30に入力され、同減算器30において、操舵速度目標値ωs*と実際の操舵速度ωsとの間の偏差(操舵速度偏差Δωs)が算出される。そして、F/B制御演算部31において、その操舵速度偏差Δωsに所定のゲインを乗ずることにより、ステアリング戻し制御量Isb*の基礎成分である基礎制御量εsbが演算される。
【0029】
また、車速Vは、車速ゲイン演算部32に入力され、同車速ゲイン演算部32において、その車速Vが大きいほど、より大きな車速ゲインKvが演算される(図4参照)。そして、本実施形態のステアリング戻し制御部28は、乗算器33において、上記F/B制御演算部31により演算された基礎制御量εsb(後述する保舵補正演算部35において補正された後の基礎制御量εsb´)に、その車速ゲインKvを乗じた値をステアリング戻し制御量Isb*として出力する構成となっている。
【0030】
基本アシスト制御部27において演算された基本アシスト制御量Ias*、及びステアリング戻し制御部28において演算されたステアリング戻し制御量Isb*は、加算器34に入力される。そして、電流指令値演算部25は、この加算器34において基本アシスト制御量Ias*にステアリング戻し制御量Isb*を重畳することにより、アシスト力目標値(目標アシスト力)としての電流指令値Iq*を演算し、モータ制御信号出力部26に出力する。
【0031】
モータ制御信号出力部26には、電流指令値演算部25が出力する電流指令値Iq*とともに、電流センサ23により検出された実電流値I、及び回転角センサ24により検出された回転角θmが入力される。そして、モータ制御信号出力部26は、目標アシスト力に対応する電流指令値Iq*に実電流値Iを追従させるべくフィードバック制御を実行することによりモータ制御信号を演算する。
【0032】
具体的には、本実施形態では、モータ制御信号出力部26は、実電流値Iとして検出されたモータ12の相電流値(Iu,Iv,Iw)をd/q座標系のd,q軸電流値に変換(d/q変換)することにより、上記電流フィードバック制御を行う。
【0033】
即ち、電流指令値Iq*は、q軸電流指令値としてモータ制御信号出力部26に入力され、モータ制御信号出力部26は、回転角センサ24により検出された回転角θmに基づいて相電流値(Iu,Iv,Iw)をd/q変換する。また、モータ制御信号出力部26は、そのd,q軸電流値及びq軸電流指令値に基づいてd,q軸電圧指令値を演算する。そして、そのd,q軸電圧指令値をd/q逆変換することにより相電圧指令値(Vu*,Vv*,Vw*)を演算し、当該相電圧指令値に基づいてモータ制御信号を生成する。
【0034】
そして、本実施形態のECU11は、上記のように生成されたモータ制御信号をマイコン21が駆動回路22に出力し、該駆動回路22がその当該モータ制御信号に基づく三相の駆動電力をモータ12に供給することにより、EPSアクチュエータ10の作動を制御する構成となっている。
【0035】
(保舵状態から手放し状態への移行時におけるステアリング戻し制御量の低減制御)
次に、本実施形態におけるステアリング戻し制御量の低減制御について説明する。
上述のように、保舵状態から手放し状態への移行時においては、上記操舵速度フィードバック制御によりステアリング戻し方向の大きな値を有するステアリング戻し制御量Isb*が演算される一方、その操舵角を維持するための基礎成分である基本アシスト制御量Ias*は「略ゼロ」となる。つまり、保舵状態から手放し状態への移行時には、舵角方向の値を有する基本アシスト制御量Ias*によって減じられることなく、その大きな値を有するステアリング戻し制御量Isb*がセルフアライニングトルクに重畳されることで、その操舵速度ωsは急速に上昇する。その結果、当該操舵速度ωsが操舵速度目標値ωs*を超えて過大となる現象、即ちオーバーシュートが発生し、ひいては、その追従に遅れが生ずるという問題がある。
【0036】
この点を踏まえ、本実施形態のステアリング戻し制御部28は、ステアリング操作の状態が上記保舵状態から手放し状態への移行時であると判定される場合には、その出力するステアリング戻し制御量Isb*を低減する(図5参照)。
【0037】
即ち、図6に示すように、保舵状態から手放し状態への移行時には、大きな値を有するステアリング戻し制御量Isb*が出力されることにより操舵速度ωは急速に上昇する。そして、その立ち上がりが急峻であるがゆえに、そのオーバーシュート量もまた大きなものとなる(同図中、一点鎖線に示す波形)。この点、保舵状態から手放し状態への移行時におけるステアリング戻し制御量Isb*を低減することで、操舵速度ωsの立ち上がりを穏やかなものとすることができる。そして、本実施形態では、これにより、オーバーシュートの発生を抑えて追従性の向上を図る構成となっている。
【0038】
詳述すると、図2に示すように、本実施形態のステアリング戻し制御部28では、その上記F/B制御演算部31と乗算器33との間に保舵補正演算部35が介在されている。この保舵補正演算部35には、F/B制御演算部31の出力する基礎制御量εsbとともに、操舵トルクτ、車速V、操舵速度ωs、及び操舵速度偏差Δωsが入力されるようになっており、同保舵補正演算部35は、これら各状態量に基づいてステアリング操作の状態を判定する機能を有している。そして、保舵補正演算部35は、そのステアリング状態が上記保舵状態から手放し状態への移行時であると判定した場合には、F/B制御演算部31から入力された基礎制御量εsbの値を低減した補正後の基礎制御量εsb´を乗算器33に出力する。
【0039】
さら詳述すると、図7のフローチャートに示すように、保舵補正演算部35は、先ず保舵状態判定を実行する(ステップ101)。具体的には、図8のフローチャートに示すように、保舵補正演算部35は、操舵速度ωs(の絶対値)が所定の閾値ω0以下であるか否かを判定し(ステップ201)、続いて操舵トルクτ(の絶対値)が所定の閾値τ1以上であるか否かを判定する(ステップ202)。そして、操舵速度ωsが所定の閾値ω0以下であり(ωs≦ω0、ステップ201:YES)、且つ操舵トルクτが所定の閾値τ1以上である場合(τ≧τ1、ステップ202:YES)に、そのステアリング状態が保舵状態であると判定する(ステップ203)。即ち、ステアリング2が略回転してないにも関わらず操舵トルクτの入力がある場合に保舵状態であると判定する。尚、操舵速度ωsが所定の閾値ω0を超える(ωs>ω0、ステップ201:NO)、又は操舵トルクτが所定の閾値τ1に満たない場合(τ<τ1、ステップ202:NO)には、保舵補正演算部35は、そのステアリング状態が保舵状態でないと判定する(非保舵状態、ステップ204)。
【0040】
次に、保舵補正演算部35は、上記保舵状態判定の結果が「保舵状態」であるか否かを判定し(ステップ102)、保舵状態である場合(ステップ102:YES)には、保舵フラグを「ON(セット)」する(ステップ103)。そして、更に、補正フラグが「ON」されているか否かを判定し(ステップ104)、当該補正フラグが「ON」されている場合(ステップ104:YES)には、その補正フラグを「OFF(リセット)」する(ステップ105)。尚、ステップ104において、補正フラグが「OFF」である場合(ステップ104:NO)には、このステップ105の処理は実行されない。
【0041】
一方、上記ステップ102において、ステップ101における保舵状態判定の結果が「非保舵状態」である場合(ステップ102:NO)、保舵補正演算部35は、続いて、手放し状態判定を実行する(ステップ106)。具体的には、図9のフローチャートに示すように、保舵補正演算部35は、操舵トルクτ(の絶対値)が所定の閾値τ2以下であるか否かを判定する(ステップ301)。そして、操舵トルクτが、所定の閾値τ2以下である場合(τ≦τ2、ステップ301:YES)には、そのステアリング状態が手放し状態であると判定し(ステップ302)、所定の閾値τ2を超える場合(τ>τ2、ステップ301:NO)には、そのステアリング状態が手放し状態ではないと判定する(非手放し状態、ステップ303)。
【0042】
次に、保舵補正演算部35は、この手放し状態判定の結果が「手放し状態」であるか否かを判定し(ステップ107)、「手放し状態」であると判定した場合(ステップ107:YES)には、続いて保舵フラグが「ON」されているか否かを判定する(ステップ108)。そして、当該保舵フラグが「ON」されている場合(ステップ108:YES)には、その保舵フラグを「OFF」し(ステップ109)、補正フラグを「ON」とする(ステップ110)。
【0043】
つまり、手放し状態であるにも関わらず、未だ保舵フラグが「ON」のままとなる状況は、保舵状態から手放し状態に移行した直後である。そして、本実施形態の保舵補正演算部35は、このような場合に、上記F/B制御演算部31から入力された基礎制御量εsbを低減するための補正演算、即ち基礎補償量補正演算を実行(開始)する(ステップ111)。
【0044】
具体的には、図10のフローチャートに示すように、保舵補正演算部35は、この基礎補償量補正演算において、先ず基礎制御量εsbを低減するための補正量βを演算する(ステップ401)。本実施形態では、この補正量βは、入力される基礎制御量εsb(の絶対値)に補正ゲインKを乗ずることにより演算される(β=|εsb|×K)。尚、本実施形態の保舵補正演算部35には、車速Vが入力されるようになっており、同補正ゲインKは、その車速Vに基づき演算される。そして、保舵補正演算部35は、このステップ401において求められた補正量βを、その入力される基礎制御量εsbの符号に応じて、当該基礎制御量εsbに加算又は減算する(εsb´=εsb+β or εsb−β)、即ちオフセットすることにより、その補正後の値を低減すべく補正量補正演算を実行する(ステップ402)。
【0045】
尚、本実施形態では、このステップ402における補正量補正演算に続いて、符号の反転を防止し及びその出力する基礎制御量εsb(εsb´)の急激な変動を抑制するためのガード処理演算が実行される(ステップ403)。そして、本実施形態の保舵補正演算部35は、そのガード処理が施された補正後の基礎制御量εsb´を上記乗算器33に出力する構成となっている(ステップ404)。
【0046】
また、上記ステップ108において、保舵フラグが「OFF」である場合(ステップ108:NO)、保舵補正演算部35は、次に、補正フラグが「ON」されているか否かを判定する(ステップ112)。そして、このステップ112において、補正フラグが「ON」である場合(ステップ112)には、更にその操舵速度偏差Δωs(の絶対値)が所定の閾値α以下であるか否かを判定する(ステップ113)。尚、この閾値αには「0」近傍の値が設定されている。そして、操舵速度偏差Δωsが所定の閾値αを超える場合(|Δωs|>α、ステップ113:NO)には、ステップ111の基礎補償量補正演算を実行し、操舵速度偏差Δωsが所定の閾値α以下である場合(|Δωs|≦α、ステップ113:YES)には、ステップ111の処理を実行することなく、その補正フラグを「OFF」とする(ステップ114)。
【0047】
つまり、手放し状態で補正フラグが「ON」されている状況とは、前回以前の演算周期において既に上記ステップ111における基礎補償量補正演算が実行された状況、即ちステアリング戻し制御量Isb*を低減するための補正制御の実行中である。そして、本実施形態の保舵補正演算部35は、その場合には、操舵速度偏差Δωsが最初に略「0」となる時点、即ち実際の操舵速度ωsが操舵速度目標値ωs*に追いつき最初に略同値となるまで、その補正制御を継続する。
【0048】
尚、ステップ112において、補正フラグが「OFF」である状況は、保舵状態から手放し状態に移行し、更にそのステアリング戻し制御量Isb*を低減するため補正制御が既に終了した後であり、このような場合、本実施形態の保舵補正演算部35は、上記ステップ113及びステップ114の処理を実行しない。
【0049】
また、上記ステップ107において「手放し状態」ではないと判定される状況(ステップ107:NO)は、保舵状態は解除されたが、手放し状態には移行しなかった場合である。このような場合、先ず、保舵補正演算部35は、保舵フラグが「ON」されているか否かを判定し(ステップ115)、当該保舵フラグが「ON」である場合(ステップ115:YES)には、その保舵フラグを「OFF」する(ステップ116)。そして、更に、補正フラグが「ON」されているか否かを判定し(ステップ117)、当該補正フラグが「ON」である場合(ステップ117:YES)には、その補正フラグを「OFF」する(ステップ118)。
【0050】
このように、本実施形態の保舵補正演算部35は、所定の演算周期で、上記ステップ101〜ステップ118の処理を繰り返し実行する。そして、これにより、保舵状態から手放し状態への移行時における上記ステアリング戻し制御量Isb*の低減制御が実行されるようになっている。
【0051】
以上、本実施形態によれば、以下のような作用・効果を得ることができる。
(1)ステアリング戻し制御部28は、ステアリング操作の状態が上記保舵状態から手放し状態への移行時であると判定される場合には、その出力するステアリング戻し制御量Isb*を低減する。
【0052】
即ち、保舵状態から手放し状態への移行時には、大きな値を有するステアリング戻し制御量Isb*が出力されることにより、その操舵速度ωsは急速に上昇する。そして、その立ち上がりが急峻であるがゆえに、そのオーバーシュート量もまた大きなものとなる。しかしながら、上記構成によれば、保舵状態から手放し状態への移行時における操舵速度ωsの立ち上がりを穏やかなものとすることができる。その結果、オーバーシュートの発生を抑えて追従性の向上を図ることができるようになる。
【0053】
(2)ステアリング戻し制御部28(保舵補正演算部35)は、操舵速度偏差Δωsが最初に略「0」となる時点、即ち実際の操舵速度ωsが操舵速度目標値ωs*に追いつき最初に略同値となるまで、その出力するステアリング戻し制御量Isb*の低減を継続する。
【0054】
即ち、ステアリング戻し制御量Isb*の低減によっても、ある程度のオーバーシュートは発生する。しかしながら、上記のように、実際の操舵速度ωsが操舵速度目標値ωs*に追いつき最初に略同値となるタイミングで当該ステアリング戻し制御量Isb*の低減を解除する構成とすることにより、その発生したオーバーシュートを素早く収束させることができる。
【0055】
なお、本実施形態は以下のように変更してもよい。
・本実施形態では、操舵速度ωs及び操舵トルクτに基づいて保舵状態判定を実行し(図8参照)、及び操舵トルクτに基づいて手放し状態判定を実行した(図9参照)。しかし、これに限らず、例えば感圧素子を用いた手放し状態判定を採用する等、これら各判定は、上記以外の方法により行なってもよい。
【0056】
・本実施形態では、保舵状態から手放し状態への移行時、当該保舵状態の解除後に、ステアリング戻し制御量Isb*の低減を開始することとしたが、これに限らず、保舵状態にある時点から行なう構成としてもよい。これにより、演算負荷が軽減される。また、戻し方向の制御成分が減少することで、その舵角維持を容易なものとして、運転者の負担を軽減することができる。
【0057】
・本実施形態では、実際の操舵速度ωsが操舵速度目標値ωs*に追いつき最初に略同値となるタイミングで当該ステアリング戻し制御量Isb*の低減を解除することとした。しかし、これに限らず、例えば、所定時間の経過により当該ステアリング戻し制御量Isb*の低減を解除する構成としてもよい。
【0058】
・本実施形態では、ステアリング戻し制御量Isb*の低減は、その基礎となる基礎制御量εsbの符号に応じて、当該基礎制御量εsbに加算又は減算する、即ちオフセットすることにより行なわれることした(図10参照、ステップ402)。しかし、これに限らず、その絶対値を所定範囲内に制限することにより行なう構成としてもよい。
【0059】
具体的には、例えば、図11のフローチャートに示すように、保舵補正演算部35は、その基礎制御量補正演算(図7参照、ステップ111)において、その入力される基礎制御量εsbの絶対値が所定の閾値ε0を超えるか否かを判定する(ステップ501)。そして、その絶対値が所定の閾値ε0を超える場合(|εsb|>ε0、ステップ501:YES)には、その補正後の基礎制御量εsb´の絶対値が上記の閾値ε0となるように補正する構成としてもよい(ステップ502)。尚、この場合、符号は補正前の符号に合わせればよい(εsb´=+εsb or -εsb)。このような構成としても本実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0060】
・また、本実施形態では、その基礎制御量補正演算において、ステップ403に示すガード処理により、符号の反転を防止することとした。しかし、必ずしも、これに限るものではなく、例えば、そのオフセットによって、実際の操舵速度ωsが操舵速度目標値ωs*に追いつき最初に略同値となるタイミングよりも早く、逆方向の基礎制御量εsb´を出力可能な構成としてもよい。これにより、そのオーバーシュート量を更に小さなものとすることが可能になる。
【0061】
次に、以上の実施形態から把握することのできる技術的思想を記載する。
(付記1)請求項1〜請求項3の何れか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記補償成分の低減は、演算された補償成分の値をオフセットすることにより行なわれること、を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【0062】
(付記2)請求項1〜請求項3の何れか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記補償成分の低減は、演算される補償成分の値を所定範囲内に制限することにより行なわれること、を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】電動パワーステアリング装置(EPS)の概略構成図。
【図2】EPSの制御ブロック図。
【図3】操舵速度目標値演算の態様を示す説明図。
【図4】車速ゲイン演算の態様を示す説明図。
【図5】保舵状態から手放し状態への移行時におけるステアリング戻し制御量の低減制御の態様を示す説明図。
【図6】保舵状態から手放し状態への移行時における操舵速度の推移を示す説明図。
【図7】ステアリング戻し制御量の低減制御の処理手順を示すフローチャート。
【図8】保舵状態判定の処理手順を示すフローチャート。
【図9】手放し状態判定の処理手順を示すフローチャート。
【図10】基礎制御量補正演算の処理手順を示すフローチャート。
【図11】別例の基礎制御量補正演算の処理手順を示すフローチャート。
【符号の説明】
【0064】
1…電動パワーステアリング装置(EPS)、2…ステアリング、6…転舵輪、10…EPSアクチュエータ、11…ECU、12…モータ、14…トルクセンサ、15…車速センサ、16…ステアリングセンサ、21…マイコン、25…電流指令値演算部、27…基本アシスト制御部、28…ステアリング戻し制御部、29…操舵速度目標値演算部、34…加算器、35…保舵補正演算部、θs…操舵角、ωs…操舵速度、ω0…閾値、ωs*…操舵速度目標値、Δωs…操舵速度偏差、α…閾値、Iq*…電流指令値、Ias*…基本アシスト制御量、Isb*…ステアリング戻し制御量、εsb,εsb´…基礎制御量、β…補正量、τ…操舵トルク、τ1,τ2…閾値、K…補正ゲイン。
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動パワーステアリング装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、車両用パワーステアリング装置として、モータを駆動源とする電動パワーステアリング装置(EPS)が広く採用されるようになっている。そして、こうしたEPSの多くでは、その補償制御の一つとして、円滑にステアリングを中立位置に復帰させるためのステアリング戻し制御(ハンドル戻し補償制御)が行われている。
【0003】
即ち、本来、走行中であれば、特段のステアリング操作を行わなくとも、ステアリングは、転舵輪に作用するセルフアライニングトルクによって、理論上、中立位置(操舵角ゼロ)まで復帰するはずである。しかしながら、EPSの場合、そのシステムの摩擦、例えば減速機構(ボール螺子やウォーム&ホイール等)の摩擦が、上記のような転舵輪に作用するセルフアライニングトルクを上回る場合があり、これにより、ステアリングが中立位置まで戻りきらない場合がある。
【0004】
そこで、上記ステアリング戻し制御の実行により、ステアリング中立方向に作用する補償成分(ステアリング戻し制御量)を演算する。例えば、特許文献1に記載のEPSは、操舵角に基づき演算される操舵速度目標値と実際の操舵速度との偏差に基づくフィードバック制御の実行によりステアリング戻し制御を実行するための補償成分を演算する。そして、その補償成分をパワーアシスト制御の基礎成分である基本アシスト制御量に重畳することにより、ステアリングの速やかな中立位置への復帰を実現し、走行路面の状態に関わらず良好なステアリングの戻り性を確保する構成となっている。
【0005】
また、転舵輪に作用するセルフアライニングトルクは、車速や操舵角に応じて変化する。そのため、車両の走行状態によっては、当該セルフアライニングトルクにより、ステアリング戻し時の操舵速度が過大となる場合がある。この点を踏まえ、上記特許文献1に記載のEPSでは、こうしたステアリング戻し時の操舵速度に過大が生じやすい大舵角領域については、そのステアリング戻し制御における操舵速度目標値が低めに設定されている(第4図参照)。そして、その操舵速度目標値に実際の操舵速度を追従させるべく上記フィードバック制御を実行することにより、その是正を図っている。
【特許文献1】特開2006−123827号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、現実には、上記のような大舵角領域からのステアリング戻し時以外にも操舵速度に過大が生じやすい状況は存在し、必ずしもその全てに上記従来技術が有効であるとは言い切れないのが実情である。そして、特に、車両を定常旋回状態から直進走行状態へと復帰させる場合等には、上記操舵速度フィードバック制御の実行により、その操舵速度の過大が助長されることがある。
【0007】
即ち、定常旋回から直進走行への復帰時には、そのステアリング操作の状態が、保舵状態から所謂手放し状態へ、即ち略操舵トルクの入力がない状態へと移行する。そして、このとき、操舵速度を略「ゼロ」から操舵速度目標値まで上昇させるべく、上記操舵速度フィードバック制御によりステアリング戻し方向に大きな補償成分が演算される一方、その操舵角を維持するための基礎成分は「略ゼロ」となる。
【0008】
つまり、保舵状態から手放し状態への移行時には、舵角方向の値を有する上記基礎成分に減じられることなく、その大きな補償成分がセルフアライニングトルクに重畳されることにより、操舵速度が急速に上昇する。その結果、当該操舵速度が操舵速度目標値を超えて過大となる現象、即ちオーバーシュートが発生し、ひいては、その追従に遅れが生ずるという問題があり、この点において、なお改善の余地を残すものとなっていた。
【0009】
本発明は、上記問題点を解決するためになされたものであって、その目的は、保舵状態から手放し状態への移行時における操舵速度フィードバック制御のオーバーシュートを抑えて、その追従性の向上を図ることのできる電動パワーステアリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記問題点を解決するために、請求項1に記載の発明は、操舵系にステアリング操作を補助するためのアシスト力を付与する操舵力補助装置と、アシスト力目標値に基づき前記操舵力補助装置の作動を制御する制御手段とを備え、前記制御手段により演算される前記アシスト力目標値は、ステアリング戻し制御を実行するための補償成分を含み、該補償成分は、操舵速度目標値と実際の操舵速度との偏差に基づくフィードバック制御の実行により演算される電動パワーステアリング装置であって、前記制御手段は、前記ステアリング操作の状態が保舵状態から手放し状態へと移行した場合には、前記ステアリング戻し制御を実行するための補償成分を低減すること、を要旨とする。
【0011】
即ち、保舵状態から手放し状態への移行時には、ステアリング戻し制御を実行するための補償成分が大きな値となることで、その操舵速度は急速に上昇する。そして、その立ち上がりが急峻であるがゆえに、そのオーバーシュート量もまた大きなものとなる。特に、操舵速度フィードバック制御として積分制御を実行するものは、その保舵状態が長く続くほど、その偏差の蓄積による影響が顕著となる。しかしながら、上記構成によれば、保舵状態から手放し状態への移行時における操舵速度の立ち上がりを穏やかなものとすることができる。その結果、オーバーシュートの発生を抑えて追従性の向上を図ることができるようになる。
【0012】
請求項2に記載の発明は、前記補償成分の低減は、前記操舵速度目標値と実際の操舵速度とが最初に同値となるまで継続されること、を要旨とする。
即ち、上記補償成分の低減によっても、ある程度のオーバーシュートは発生する。しかしながら、上記構成によれば、その発生したオーバーシュートを素早く収束させることができる。
【0013】
請求項3に記載の発明は、前記補償成分の抑制は、前記ステアリング操作の状態が保舵状態にある時点から行なわれること、を要旨とする。
上記構成によれば、演算負荷を軽減して、演算手段の処理能力強化により生ずるコスト増を抑制することができる。また、戻し方向の制御成分が減少することで、その舵角維持を容易なものとして、保舵時における運転者の負担を軽減することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、保舵状態から手放し状態への移行時における操舵速度フィードバック制御のオーバーシュートを抑えて、その追従性の向上を図ることが可能な電動パワーステアリング装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明を具体化した一実施形態を図面に従って説明する。
図1は、本実施形態の電動パワーステアリング装置(EPS)1の概略構成図である。同図に示すように、ステアリング2が固定されたステアリングシャフト3は、ラックアンドピニオン機構4を介してラック5に連結されており、ステアリング操作に伴うステアリングシャフト3の回転は、ラックアンドピニオン機構4によりラック5の往復直線運動に変換される。そして、このラック5の往復直線運動により転舵輪6の舵角、即ち転舵角が可変することにより、車両の進行方向が変更されるようになっている。
【0016】
EPS1は、操舵系にステアリング操作を補助するためのアシスト力を付与する操舵力補助装置としてのEPSアクチュエータ10と、該EPSアクチュエータ10の作動を制御する制御手段としてのECU11とを備えて構成される。
【0017】
本実施形態のEPSアクチュエータ10は、その駆動源であるモータ12がラック5と同軸に配置された所謂ラックアシスト型のEPSアクチュエータであり、モータ12が発生するモータトルクは、ボール送り機構(図示略)を介してラック5に伝達される。尚、本実施形態のモータ12は、ブラシレスモータであり、ECU11から三相(U,V,W)の駆動電力の供給を受けることにより回転する。
【0018】
一方、ECU11には、トルクセンサ14、車速センサ15、及びステアリングセンサ(操舵角センサ)16等、各種の状態量を検出するための複数のセンサが接続されており、同ECU11は、これらの各センサにより検出された状態量、即ち操舵トルクτ、車速V、及び操舵角θs(並びに操舵速度ωs)等に基づいてアシスト力目標値(目標アシスト力)を演算する。そして、ECU11は、その演算された目標アシスト力をEPSアクチュエータ10に発生させるべく、駆動源であるモータ12への駆動電力の供給を通じて、該EPSアクチュエータ10の作動、即ち操舵系に付与するアシスト力を制御する。
【0019】
次に、本実施形態のEPSにおけるアシスト制御の態様について説明する。
図2に示すように、ECU11は、モータ制御信号を出力するマイコン21と、そのモータ制御信号に基づいて、EPSアクチュエータ10の駆動源であるモータ12に駆動電力を供給する駆動回路22とを備えている。
【0020】
本実施形態では、ECU11には、モータ12に通電される実電流値Iを検出するための電流センサ23、及びモータ12の回転角θmを検出するための回転角センサ24が接続されている。そして、マイコン21は、これら各センサの出力信号に基づき検出されたモータ12の実電流値I及び回転角θm、並びに上記操舵トルクτ、車速V、操舵角θs及び操舵速度ωsに基づいて、駆動回路22にモータ制御信号を出力する。
【0021】
尚、以下に示すマイコン21内の各制御ブロックは、同マイコン21の実行するコンピュータプログラムにより実現されるものである。そして、マイコン21は、所定のサンプリング周期で上記各状態量を検出し、所定周期毎に以下の各制御ブロックに示される各演算処理を実行することにより、モータ制御信号を生成する。
【0022】
詳述すると、マイコン21は、EPSアクチュエータ10に発生させるべきアシスト力目標値(目標アシスト力)に対応した電流指令値Iq*を演算する電流指令値演算部25と、電流指令値演算部25により算出された電流指令値Iq*に基づいてモータ制御信号を出力するモータ制御信号出力部26とを備えている。
【0023】
本実施形態の電流指令値演算部25は、目標アシスト力の基礎的制御成分である基本アシスト制御量Ias*を演算する基本アシスト制御部27と、その補償成分として、ステアリング2を中立位置(θs=0)に復帰させるためのステアリング戻し制御量Isb*を演算するステアリング戻し制御部28とを備えている。
【0024】
本実施形態では、基本アシスト制御部27には、操舵トルクτ及び車速Vが入力されるようになっており、該基本アシスト制御部27は、これら操舵トルクτ及び車速Vに基づいて、その操舵トルクτが大きいほど、また車速Vが小さいほど、より大きな基本アシスト制御量Ias*を演算する。
【0025】
一方、ステアリング戻し制御部28には、車速V及び操舵角θsが入力される。そして、ステアリング戻し制御部28は、これらの各状態量に基づいて、上記ステアリング戻し制御量Isb*、即ちステアリング中立方向に作用するステアリング戻し力を発生させるための補償成分を演算する(ステアリング戻し制御)。
【0026】
具体的には、本実施形態のステアリング戻し制御部28は、上記ステアリングセンサ16(図1参照)により検出される操舵角θsに基づき演算される操舵速度目標値ωs*に実際の操舵速度ωsを追従させるべく操舵速度フィードバック制御の実行によりステアリング戻し制御量Isb*を演算する。尚、本実施形態では、操舵速度ωsは、操舵角θsを微分することにより求められる。
【0027】
詳述すると、ステアリング戻し制御部28に入力された操舵角θsは、操舵速度目標値演算部29へと入力され、同操舵速度目標値演算部29において、操舵速度目標値ωs*が演算される。具体的には、本実施形態のステアリング戻し制御部28は、操舵角θsと操舵速度目標値ωs*とが関連付けられたマップ29aを備えており(図3参照、操舵速度目標値演算マップ)、同マップ29aにおいて、操舵速度目標値ωs*は、操舵角θsの絶対値が大きいほど(大舵角であるほど)、より大きな絶対値を有する戻し方向の値となるように設定されている。そして、操舵速度目標値演算部29は、入力される操舵角θsをこのマップ29aに参照する、即ち同マップ29aを用いたマップ演算の実行により操舵速度目標値ωs*を演算する。
【0028】
操舵速度目標値演算部29において演算された操舵速度目標値ωs*は、操舵速度ωsとともに減算器30に入力され、同減算器30において、操舵速度目標値ωs*と実際の操舵速度ωsとの間の偏差(操舵速度偏差Δωs)が算出される。そして、F/B制御演算部31において、その操舵速度偏差Δωsに所定のゲインを乗ずることにより、ステアリング戻し制御量Isb*の基礎成分である基礎制御量εsbが演算される。
【0029】
また、車速Vは、車速ゲイン演算部32に入力され、同車速ゲイン演算部32において、その車速Vが大きいほど、より大きな車速ゲインKvが演算される(図4参照)。そして、本実施形態のステアリング戻し制御部28は、乗算器33において、上記F/B制御演算部31により演算された基礎制御量εsb(後述する保舵補正演算部35において補正された後の基礎制御量εsb´)に、その車速ゲインKvを乗じた値をステアリング戻し制御量Isb*として出力する構成となっている。
【0030】
基本アシスト制御部27において演算された基本アシスト制御量Ias*、及びステアリング戻し制御部28において演算されたステアリング戻し制御量Isb*は、加算器34に入力される。そして、電流指令値演算部25は、この加算器34において基本アシスト制御量Ias*にステアリング戻し制御量Isb*を重畳することにより、アシスト力目標値(目標アシスト力)としての電流指令値Iq*を演算し、モータ制御信号出力部26に出力する。
【0031】
モータ制御信号出力部26には、電流指令値演算部25が出力する電流指令値Iq*とともに、電流センサ23により検出された実電流値I、及び回転角センサ24により検出された回転角θmが入力される。そして、モータ制御信号出力部26は、目標アシスト力に対応する電流指令値Iq*に実電流値Iを追従させるべくフィードバック制御を実行することによりモータ制御信号を演算する。
【0032】
具体的には、本実施形態では、モータ制御信号出力部26は、実電流値Iとして検出されたモータ12の相電流値(Iu,Iv,Iw)をd/q座標系のd,q軸電流値に変換(d/q変換)することにより、上記電流フィードバック制御を行う。
【0033】
即ち、電流指令値Iq*は、q軸電流指令値としてモータ制御信号出力部26に入力され、モータ制御信号出力部26は、回転角センサ24により検出された回転角θmに基づいて相電流値(Iu,Iv,Iw)をd/q変換する。また、モータ制御信号出力部26は、そのd,q軸電流値及びq軸電流指令値に基づいてd,q軸電圧指令値を演算する。そして、そのd,q軸電圧指令値をd/q逆変換することにより相電圧指令値(Vu*,Vv*,Vw*)を演算し、当該相電圧指令値に基づいてモータ制御信号を生成する。
【0034】
そして、本実施形態のECU11は、上記のように生成されたモータ制御信号をマイコン21が駆動回路22に出力し、該駆動回路22がその当該モータ制御信号に基づく三相の駆動電力をモータ12に供給することにより、EPSアクチュエータ10の作動を制御する構成となっている。
【0035】
(保舵状態から手放し状態への移行時におけるステアリング戻し制御量の低減制御)
次に、本実施形態におけるステアリング戻し制御量の低減制御について説明する。
上述のように、保舵状態から手放し状態への移行時においては、上記操舵速度フィードバック制御によりステアリング戻し方向の大きな値を有するステアリング戻し制御量Isb*が演算される一方、その操舵角を維持するための基礎成分である基本アシスト制御量Ias*は「略ゼロ」となる。つまり、保舵状態から手放し状態への移行時には、舵角方向の値を有する基本アシスト制御量Ias*によって減じられることなく、その大きな値を有するステアリング戻し制御量Isb*がセルフアライニングトルクに重畳されることで、その操舵速度ωsは急速に上昇する。その結果、当該操舵速度ωsが操舵速度目標値ωs*を超えて過大となる現象、即ちオーバーシュートが発生し、ひいては、その追従に遅れが生ずるという問題がある。
【0036】
この点を踏まえ、本実施形態のステアリング戻し制御部28は、ステアリング操作の状態が上記保舵状態から手放し状態への移行時であると判定される場合には、その出力するステアリング戻し制御量Isb*を低減する(図5参照)。
【0037】
即ち、図6に示すように、保舵状態から手放し状態への移行時には、大きな値を有するステアリング戻し制御量Isb*が出力されることにより操舵速度ωは急速に上昇する。そして、その立ち上がりが急峻であるがゆえに、そのオーバーシュート量もまた大きなものとなる(同図中、一点鎖線に示す波形)。この点、保舵状態から手放し状態への移行時におけるステアリング戻し制御量Isb*を低減することで、操舵速度ωsの立ち上がりを穏やかなものとすることができる。そして、本実施形態では、これにより、オーバーシュートの発生を抑えて追従性の向上を図る構成となっている。
【0038】
詳述すると、図2に示すように、本実施形態のステアリング戻し制御部28では、その上記F/B制御演算部31と乗算器33との間に保舵補正演算部35が介在されている。この保舵補正演算部35には、F/B制御演算部31の出力する基礎制御量εsbとともに、操舵トルクτ、車速V、操舵速度ωs、及び操舵速度偏差Δωsが入力されるようになっており、同保舵補正演算部35は、これら各状態量に基づいてステアリング操作の状態を判定する機能を有している。そして、保舵補正演算部35は、そのステアリング状態が上記保舵状態から手放し状態への移行時であると判定した場合には、F/B制御演算部31から入力された基礎制御量εsbの値を低減した補正後の基礎制御量εsb´を乗算器33に出力する。
【0039】
さら詳述すると、図7のフローチャートに示すように、保舵補正演算部35は、先ず保舵状態判定を実行する(ステップ101)。具体的には、図8のフローチャートに示すように、保舵補正演算部35は、操舵速度ωs(の絶対値)が所定の閾値ω0以下であるか否かを判定し(ステップ201)、続いて操舵トルクτ(の絶対値)が所定の閾値τ1以上であるか否かを判定する(ステップ202)。そして、操舵速度ωsが所定の閾値ω0以下であり(ωs≦ω0、ステップ201:YES)、且つ操舵トルクτが所定の閾値τ1以上である場合(τ≧τ1、ステップ202:YES)に、そのステアリング状態が保舵状態であると判定する(ステップ203)。即ち、ステアリング2が略回転してないにも関わらず操舵トルクτの入力がある場合に保舵状態であると判定する。尚、操舵速度ωsが所定の閾値ω0を超える(ωs>ω0、ステップ201:NO)、又は操舵トルクτが所定の閾値τ1に満たない場合(τ<τ1、ステップ202:NO)には、保舵補正演算部35は、そのステアリング状態が保舵状態でないと判定する(非保舵状態、ステップ204)。
【0040】
次に、保舵補正演算部35は、上記保舵状態判定の結果が「保舵状態」であるか否かを判定し(ステップ102)、保舵状態である場合(ステップ102:YES)には、保舵フラグを「ON(セット)」する(ステップ103)。そして、更に、補正フラグが「ON」されているか否かを判定し(ステップ104)、当該補正フラグが「ON」されている場合(ステップ104:YES)には、その補正フラグを「OFF(リセット)」する(ステップ105)。尚、ステップ104において、補正フラグが「OFF」である場合(ステップ104:NO)には、このステップ105の処理は実行されない。
【0041】
一方、上記ステップ102において、ステップ101における保舵状態判定の結果が「非保舵状態」である場合(ステップ102:NO)、保舵補正演算部35は、続いて、手放し状態判定を実行する(ステップ106)。具体的には、図9のフローチャートに示すように、保舵補正演算部35は、操舵トルクτ(の絶対値)が所定の閾値τ2以下であるか否かを判定する(ステップ301)。そして、操舵トルクτが、所定の閾値τ2以下である場合(τ≦τ2、ステップ301:YES)には、そのステアリング状態が手放し状態であると判定し(ステップ302)、所定の閾値τ2を超える場合(τ>τ2、ステップ301:NO)には、そのステアリング状態が手放し状態ではないと判定する(非手放し状態、ステップ303)。
【0042】
次に、保舵補正演算部35は、この手放し状態判定の結果が「手放し状態」であるか否かを判定し(ステップ107)、「手放し状態」であると判定した場合(ステップ107:YES)には、続いて保舵フラグが「ON」されているか否かを判定する(ステップ108)。そして、当該保舵フラグが「ON」されている場合(ステップ108:YES)には、その保舵フラグを「OFF」し(ステップ109)、補正フラグを「ON」とする(ステップ110)。
【0043】
つまり、手放し状態であるにも関わらず、未だ保舵フラグが「ON」のままとなる状況は、保舵状態から手放し状態に移行した直後である。そして、本実施形態の保舵補正演算部35は、このような場合に、上記F/B制御演算部31から入力された基礎制御量εsbを低減するための補正演算、即ち基礎補償量補正演算を実行(開始)する(ステップ111)。
【0044】
具体的には、図10のフローチャートに示すように、保舵補正演算部35は、この基礎補償量補正演算において、先ず基礎制御量εsbを低減するための補正量βを演算する(ステップ401)。本実施形態では、この補正量βは、入力される基礎制御量εsb(の絶対値)に補正ゲインKを乗ずることにより演算される(β=|εsb|×K)。尚、本実施形態の保舵補正演算部35には、車速Vが入力されるようになっており、同補正ゲインKは、その車速Vに基づき演算される。そして、保舵補正演算部35は、このステップ401において求められた補正量βを、その入力される基礎制御量εsbの符号に応じて、当該基礎制御量εsbに加算又は減算する(εsb´=εsb+β or εsb−β)、即ちオフセットすることにより、その補正後の値を低減すべく補正量補正演算を実行する(ステップ402)。
【0045】
尚、本実施形態では、このステップ402における補正量補正演算に続いて、符号の反転を防止し及びその出力する基礎制御量εsb(εsb´)の急激な変動を抑制するためのガード処理演算が実行される(ステップ403)。そして、本実施形態の保舵補正演算部35は、そのガード処理が施された補正後の基礎制御量εsb´を上記乗算器33に出力する構成となっている(ステップ404)。
【0046】
また、上記ステップ108において、保舵フラグが「OFF」である場合(ステップ108:NO)、保舵補正演算部35は、次に、補正フラグが「ON」されているか否かを判定する(ステップ112)。そして、このステップ112において、補正フラグが「ON」である場合(ステップ112)には、更にその操舵速度偏差Δωs(の絶対値)が所定の閾値α以下であるか否かを判定する(ステップ113)。尚、この閾値αには「0」近傍の値が設定されている。そして、操舵速度偏差Δωsが所定の閾値αを超える場合(|Δωs|>α、ステップ113:NO)には、ステップ111の基礎補償量補正演算を実行し、操舵速度偏差Δωsが所定の閾値α以下である場合(|Δωs|≦α、ステップ113:YES)には、ステップ111の処理を実行することなく、その補正フラグを「OFF」とする(ステップ114)。
【0047】
つまり、手放し状態で補正フラグが「ON」されている状況とは、前回以前の演算周期において既に上記ステップ111における基礎補償量補正演算が実行された状況、即ちステアリング戻し制御量Isb*を低減するための補正制御の実行中である。そして、本実施形態の保舵補正演算部35は、その場合には、操舵速度偏差Δωsが最初に略「0」となる時点、即ち実際の操舵速度ωsが操舵速度目標値ωs*に追いつき最初に略同値となるまで、その補正制御を継続する。
【0048】
尚、ステップ112において、補正フラグが「OFF」である状況は、保舵状態から手放し状態に移行し、更にそのステアリング戻し制御量Isb*を低減するため補正制御が既に終了した後であり、このような場合、本実施形態の保舵補正演算部35は、上記ステップ113及びステップ114の処理を実行しない。
【0049】
また、上記ステップ107において「手放し状態」ではないと判定される状況(ステップ107:NO)は、保舵状態は解除されたが、手放し状態には移行しなかった場合である。このような場合、先ず、保舵補正演算部35は、保舵フラグが「ON」されているか否かを判定し(ステップ115)、当該保舵フラグが「ON」である場合(ステップ115:YES)には、その保舵フラグを「OFF」する(ステップ116)。そして、更に、補正フラグが「ON」されているか否かを判定し(ステップ117)、当該補正フラグが「ON」である場合(ステップ117:YES)には、その補正フラグを「OFF」する(ステップ118)。
【0050】
このように、本実施形態の保舵補正演算部35は、所定の演算周期で、上記ステップ101〜ステップ118の処理を繰り返し実行する。そして、これにより、保舵状態から手放し状態への移行時における上記ステアリング戻し制御量Isb*の低減制御が実行されるようになっている。
【0051】
以上、本実施形態によれば、以下のような作用・効果を得ることができる。
(1)ステアリング戻し制御部28は、ステアリング操作の状態が上記保舵状態から手放し状態への移行時であると判定される場合には、その出力するステアリング戻し制御量Isb*を低減する。
【0052】
即ち、保舵状態から手放し状態への移行時には、大きな値を有するステアリング戻し制御量Isb*が出力されることにより、その操舵速度ωsは急速に上昇する。そして、その立ち上がりが急峻であるがゆえに、そのオーバーシュート量もまた大きなものとなる。しかしながら、上記構成によれば、保舵状態から手放し状態への移行時における操舵速度ωsの立ち上がりを穏やかなものとすることができる。その結果、オーバーシュートの発生を抑えて追従性の向上を図ることができるようになる。
【0053】
(2)ステアリング戻し制御部28(保舵補正演算部35)は、操舵速度偏差Δωsが最初に略「0」となる時点、即ち実際の操舵速度ωsが操舵速度目標値ωs*に追いつき最初に略同値となるまで、その出力するステアリング戻し制御量Isb*の低減を継続する。
【0054】
即ち、ステアリング戻し制御量Isb*の低減によっても、ある程度のオーバーシュートは発生する。しかしながら、上記のように、実際の操舵速度ωsが操舵速度目標値ωs*に追いつき最初に略同値となるタイミングで当該ステアリング戻し制御量Isb*の低減を解除する構成とすることにより、その発生したオーバーシュートを素早く収束させることができる。
【0055】
なお、本実施形態は以下のように変更してもよい。
・本実施形態では、操舵速度ωs及び操舵トルクτに基づいて保舵状態判定を実行し(図8参照)、及び操舵トルクτに基づいて手放し状態判定を実行した(図9参照)。しかし、これに限らず、例えば感圧素子を用いた手放し状態判定を採用する等、これら各判定は、上記以外の方法により行なってもよい。
【0056】
・本実施形態では、保舵状態から手放し状態への移行時、当該保舵状態の解除後に、ステアリング戻し制御量Isb*の低減を開始することとしたが、これに限らず、保舵状態にある時点から行なう構成としてもよい。これにより、演算負荷が軽減される。また、戻し方向の制御成分が減少することで、その舵角維持を容易なものとして、運転者の負担を軽減することができる。
【0057】
・本実施形態では、実際の操舵速度ωsが操舵速度目標値ωs*に追いつき最初に略同値となるタイミングで当該ステアリング戻し制御量Isb*の低減を解除することとした。しかし、これに限らず、例えば、所定時間の経過により当該ステアリング戻し制御量Isb*の低減を解除する構成としてもよい。
【0058】
・本実施形態では、ステアリング戻し制御量Isb*の低減は、その基礎となる基礎制御量εsbの符号に応じて、当該基礎制御量εsbに加算又は減算する、即ちオフセットすることにより行なわれることした(図10参照、ステップ402)。しかし、これに限らず、その絶対値を所定範囲内に制限することにより行なう構成としてもよい。
【0059】
具体的には、例えば、図11のフローチャートに示すように、保舵補正演算部35は、その基礎制御量補正演算(図7参照、ステップ111)において、その入力される基礎制御量εsbの絶対値が所定の閾値ε0を超えるか否かを判定する(ステップ501)。そして、その絶対値が所定の閾値ε0を超える場合(|εsb|>ε0、ステップ501:YES)には、その補正後の基礎制御量εsb´の絶対値が上記の閾値ε0となるように補正する構成としてもよい(ステップ502)。尚、この場合、符号は補正前の符号に合わせればよい(εsb´=+εsb or -εsb)。このような構成としても本実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0060】
・また、本実施形態では、その基礎制御量補正演算において、ステップ403に示すガード処理により、符号の反転を防止することとした。しかし、必ずしも、これに限るものではなく、例えば、そのオフセットによって、実際の操舵速度ωsが操舵速度目標値ωs*に追いつき最初に略同値となるタイミングよりも早く、逆方向の基礎制御量εsb´を出力可能な構成としてもよい。これにより、そのオーバーシュート量を更に小さなものとすることが可能になる。
【0061】
次に、以上の実施形態から把握することのできる技術的思想を記載する。
(付記1)請求項1〜請求項3の何れか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記補償成分の低減は、演算された補償成分の値をオフセットすることにより行なわれること、を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【0062】
(付記2)請求項1〜請求項3の何れか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記補償成分の低減は、演算される補償成分の値を所定範囲内に制限することにより行なわれること、を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】電動パワーステアリング装置(EPS)の概略構成図。
【図2】EPSの制御ブロック図。
【図3】操舵速度目標値演算の態様を示す説明図。
【図4】車速ゲイン演算の態様を示す説明図。
【図5】保舵状態から手放し状態への移行時におけるステアリング戻し制御量の低減制御の態様を示す説明図。
【図6】保舵状態から手放し状態への移行時における操舵速度の推移を示す説明図。
【図7】ステアリング戻し制御量の低減制御の処理手順を示すフローチャート。
【図8】保舵状態判定の処理手順を示すフローチャート。
【図9】手放し状態判定の処理手順を示すフローチャート。
【図10】基礎制御量補正演算の処理手順を示すフローチャート。
【図11】別例の基礎制御量補正演算の処理手順を示すフローチャート。
【符号の説明】
【0064】
1…電動パワーステアリング装置(EPS)、2…ステアリング、6…転舵輪、10…EPSアクチュエータ、11…ECU、12…モータ、14…トルクセンサ、15…車速センサ、16…ステアリングセンサ、21…マイコン、25…電流指令値演算部、27…基本アシスト制御部、28…ステアリング戻し制御部、29…操舵速度目標値演算部、34…加算器、35…保舵補正演算部、θs…操舵角、ωs…操舵速度、ω0…閾値、ωs*…操舵速度目標値、Δωs…操舵速度偏差、α…閾値、Iq*…電流指令値、Ias*…基本アシスト制御量、Isb*…ステアリング戻し制御量、εsb,εsb´…基礎制御量、β…補正量、τ…操舵トルク、τ1,τ2…閾値、K…補正ゲイン。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
操舵系にステアリング操作を補助するためのアシスト力を付与する操舵力補助装置と、アシスト力目標値に基づき前記操舵力補助装置の作動を制御する制御手段とを備え、前記制御手段により演算される前記アシスト力目標値は、ステアリング戻し制御を実行するための補償成分を含み、該補償成分は、操舵速度目標値と実際の操舵速度との偏差に基づくフィードバック制御の実行により演算される電動パワーステアリング装置であって、
前記制御手段は、前記ステアリング操作の状態が保舵状態から手放し状態へと移行した場合には、前記ステアリング戻し制御を実行するための補償成分を低減すること、
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記補償成分の低減は、前記操舵速度目標値と実際の操舵速度とが最初に同値となるまで継続されること、を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記補償成分の抑制は、前記ステアリング操作の状態が保舵状態にある時点から行なわれること、を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項1】
操舵系にステアリング操作を補助するためのアシスト力を付与する操舵力補助装置と、アシスト力目標値に基づき前記操舵力補助装置の作動を制御する制御手段とを備え、前記制御手段により演算される前記アシスト力目標値は、ステアリング戻し制御を実行するための補償成分を含み、該補償成分は、操舵速度目標値と実際の操舵速度との偏差に基づくフィードバック制御の実行により演算される電動パワーステアリング装置であって、
前記制御手段は、前記ステアリング操作の状態が保舵状態から手放し状態へと移行した場合には、前記ステアリング戻し制御を実行するための補償成分を低減すること、
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記補償成分の低減は、前記操舵速度目標値と実際の操舵速度とが最初に同値となるまで継続されること、を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記補償成分の抑制は、前記ステアリング操作の状態が保舵状態にある時点から行なわれること、を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2009−262622(P2009−262622A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−111434(P2008−111434)
【出願日】平成20年4月22日(2008.4.22)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年4月22日(2008.4.22)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】
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