説明

振動体及び振動型駆動装置

【課題】 主に振動減衰を抑制することのできる振動体を提供する。
【解決手段】 相互に接触する複数の弾性体(2、3)と、電気信号が供給されることにより弾性体に振動を励起する電気−機械エネルギ変換素子(4)とを有し、複数の弾性体間の隙間に、樹脂材料が設けられている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、弾性体と、弾性体に振動を励起する電気−機械エネルギ変換素子とを有し、振動型駆動装置に用いられる振動体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
図4は、従来の棒状タイプの振動波モータに用いられる振動体の断面図である。振動体41は、黄銅で形成された第1の弾性体42および第2の弾性体43と、第1及び第2の弾性体42、43の間に挟まれた積層圧電素子45とを有している。また、積層圧電素子45と第2の弾性体43との間には、積層圧電素子45と電気的に接続された回路基板46が配置されている。
【0003】
シャフト44は、第1及び第2の弾性体42、43及び積層圧電素子45を貫通し、ナット47はシャフト44に締め付けられている。これにより、振動体41が構成されている。そして、第1の弾性体42のうち接触体(不図示)と接触する接触面42aには、摩擦材として、耐摩耗性を有する金属(無電解ニッケルメッキ)が用いられている。
【0004】
積層圧電素子45は、電気−機械エネルギ変換素子としての機能を有する圧電セラミックス層(以下、圧電層)と電極層とを交互に重ね合わせ、積層化した素子である。
【0005】
積層圧電素子45の一端面(図中下側の端面)に形成された複数の電極には、回路基板46上に形成された配線パターンが接触しており、積層圧電素子45には、回路基板46を介して外部電源からの交流電圧が印加されるようになっている。
【0006】
振動体41の主な寸法は、振動体41の全長(シャフト44の全長)が27mm、第1及び第2の弾性体42、43及び積層圧電素子45の直径がφ10mmとなっている。
【0007】
回路基板46を介して、積層圧電素子45に駆動用の交流電圧を印加すると、積層圧電素子45の内部電極パターンの構成により、2個所の領域が積層圧電素子45の厚み方向で伸縮変位を繰り返し、振動体41(第2の弾性体43)には二つの曲げ振動が励起される。
【0008】
そして、上記二つの曲げ振動によって接触面42aに楕円運動が生じ、接触面42a及び接触体間の摩擦力によって、接触体が振動体41に対して移動(回転)する。
【0009】
一方、金属弾性体に接着された板状圧電体素子の表面を樹脂で被覆した振動体がある(例えば、特許文献1参照)
【特許文献1】特許第2537947号(図1等)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
最近、振動波モータを各種電子機器に搭載するために、振動波モータには、小型化、低消費電力化、高出力化及び低コスト化が要求されている。
【0011】
振動波モータの小型化を図るために、振動体を構成する構成部品を小型化させる場合には、各構成部品間の密着性を向上させるために、接触面における単位面積当たりの強度を向上させる必要があり、焼入鋼を用いて構成部品を形成する必要がある。
【0012】
しかし、焼入鋼を用いた場合でも、振動体を組み立てた後の各構成部品間には隙間が残り、この隙間によって振動波モータの駆動に悪影響を与える、すなわち、従来の振動体よりも振動減衰が大きくなるおそれがある。そして、振動波モータの駆動効率や駆動性能が低下してしまうおそれがある。
【0013】
また、シャフト等の構成部品に高強度の焼入鋼を用いるとともに、錆の発生を抑制するためのメッキ処理等を施すと、コストアップとなってしまう。
【0014】
また、積層圧電素子の内部電極の領域を確保しつつ、積層圧電素子の小型化を図るために、内部電極を積層圧電素子の外周面に露出させると、内部電極間で結露による電流リークが生じるおそれがある。また、回路基板の表面において、電流リークが生じるおそれがある。
【0015】
また、高湿度環境下においては、弾性体及び接触体間の摩擦面に水分が発生し、該水分による表面張力によって、弾性体及び接触体間に、いわゆる固着現象が生じるおそれがある。固着現象が生じた場合には、接触体が正常に動作するまでの時間が長くなってしまう。
【0016】
ここで、特許文献1の振動体では、圧電体素子の表面を樹脂で被覆しているため、圧電体素子内への水分の浸入を抑制できるが、上述したように振動体を構成する各構成部品間には隙間が生じていることになる。したがって、各構成部品間に生じる隙間によって、振動減衰が大きくなってしまう。
【0017】
本発明の目的は、上述した問題を解決することのできる振動体および該振動体を備えた振動型駆動装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明の振動体は、相互に接触する複数の弾性体と、電気信号が供給されることにより前記弾性体に振動を励起する電気−機械エネルギ変換素子とを有し、前記複数の弾性体間の隙間に、樹脂材料が設けられていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、複数の弾性体間の隙間に樹脂材料を設けているため、振動体での振動減衰を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施例について説明する。
【実施例1】
【0021】
図1は、本発明の実施例1である棒状タイプの振動波モータ(振動型駆動装置)の断面図である。
【0022】
振動体1は、焼入れした炭素工具鋼で形成された第1の弾性体2と、研磨された摩擦面を有し、セラミックス(アルミナ)で形成された第2の弾性体3と、積層圧電素子(電気−機械エネルギ変換素子)4とを有している。第1の弾性体2は、第2の弾性体3に固定されている。また、積層圧電素子4は、後述するように内部電極の端部が積層圧電素子4の外周面に露出している。
【0023】
焼入れしたクロムモリブデン鋼で形成されたシャフト(締結部材)5は、第1及び第2の弾性体2、3及び積層圧電素子4を貫通しており、シャフト5の一端には、焼入れした炭素工具鋼で形成されたナット(締結部材)6が締め付けられている。ここで、第1及び第2の弾性体2、3、積層圧電素子4及び回路基板7は、シャフト5の第1のフランジ部5a及びナット6によって挟まれることで固定されている。
【0024】
積層圧電素子4とナット6の間には、回路基板7が配置されており、回路基板7は積層圧電素子4に形成された内部電極と電気的に接続されている。回路基板7は、不図示の外部電源に接続されており、外部電源からの電力は、回路基板7を介して積層圧電素子4に供給される。
【0025】
積層圧電素子4は、図2に示すように、表面に複数の内部電極が形成された圧電層を複数有しており、これらの圧電層が積層されて構成されている。ここで、図2は、積層圧電素子4の分解斜視図である。
【0026】
第1の圧電層21の表面には、内部電極と導通し、スルーホール20の端部である表面電極が露出している。この表面電極は、後述するように回路基板7に形成された配線パターンと接触している。これにより、回路基板7の配線パターンを介して外部電源と内部電極との導通が図られる。
【0027】
第2の圧電層22は、第1の圧電層21の表面電極と内部電極を繋ぐ回路パターンの役割をもっている。第3の圧電層23は、第2の圧電層22と同様に、第1の圧電層21の表面電極と内部電極とを繋ぐ回路パターンの役割を有している。
【0028】
また、第3の圧電層23の表面には、振動検出用の内部電極Sが形成されている。内部電極Sは、積層圧電素子4の駆動時に発生する振動に応じた電圧信号をスルーホール20へ出力する。内部電極Sから出力された電圧信号は、不図示の制御回路の入力され、積層圧電素子4への印加電圧を制御するために用いられる。
【0029】
第5の圧電層25の表面(片面)には、4つの内部電極A1、A2、B1、B2が形成されており、各内部電極の間は絶縁部となっている。第5の圧電層25を挟む第4の圧電層24及び第6の圧電層(不図示)の表面には、4つの内部電極A1G、A2G、B1G、B2Gが形成されている。第4の圧電層24から第30の圧電層27までは、第4の圧電層24および第5の圧電層25と同じ構成の圧電層が交互に配置されている。
【0030】
ここで、上述したように各圧電層(第2の圧電層22〜第30の圧電層27)の表面に形成された内部電極が4つの領域に分割されているのは、振動波モータの駆動力を有効に発生させるためである。最下層である第31の圧電層28は、第2の弾性体3と接触する。第31の圧電層28には内部電極が形成されておらず、積層圧電素子4の内部電極と第2の弾性体3との間での絶縁を行っている。
【0031】
各圧電層(圧電層23、25、27等)の表面に形成された4つの内部電極A1、A2、B1、B2のうち内部電極A1、A2はA相駆動用の内部電極となり、内部電極B1、B2はB相駆動用の内部電極となる。第1の圧電層21から第29の圧電層26に形成された各スルーホール(合計9種類のスルーホール)は、各内部電極A1、A2、B1、B2、A1G、A2G、B1G、B2Gの導通と内部電極Sの導通を行うために設けられている。
【0032】
内部電極A1及びA1G間と、内部電極A2及びA2G間とにA相駆動用の交流電圧を印加するとともに、内部電極B1及びB1G間と、内部電極B2及びB2G間とにB相駆動用の交流電圧を印加すると、内部電極A1、A2と、内部電極B1、B2とのそれぞれが、積層圧電素子4の厚み方向(図1の上下方向)の伸縮変位を繰り返し、第2の弾性体3には二つの曲げ振動が励起される。そして、第2の弾性体3の摩擦面3aには、進行性の振動波(以下、進行波とする)が発生する。
【0033】
本実施例では、積層圧電素子4を小型化しつつ、圧電活性領域(内部電極の形成領域)をできるだけ広くするために、第2の圧電層22から第30の圧電層27までの各圧電層に形成された内部電極が各圧電層の周縁部まで延びている。これにより、各内部電極の端部は、積層圧電素子4の外周面に露出することになる。このように各圧電層での内部電極の形成領域を広くとることで、振動波モータの駆動効率を向上させることができる。
【0034】
そして、振動波モータの駆動時には、積層圧電素子4の外周面における圧電層間に交流電圧が印加された状態になっている。ここで、内部電極が積層圧電素子4の外周面に露出している構成は、従来の積層圧電素子45と異なる点である。
【0035】
積層圧電素子4は、各圧電層22〜27に内部電極を形成した後、各圧電層21〜28を積層圧着し、焼成処理を施すことによって形成される。そして、内部電極A1及びA1G間の圧電層と、内部電極A2及びA2G間の圧電層とが互いに逆方向に分極するように分極処理が施される。同様に、内部電極B1及びB1G間の圧電層と、内部電極B2及びB2G間の圧電層とが互いに逆方向に分極するように分極処理が施される。
【0036】
本実施例では、焼成処理後の各圧電層の厚みを60μmとし、従来の積層圧電素子における圧電層の厚みよりも薄くしている。ここで、内部電極は銀及びパラジウムで形成されており、厚みが1〜2μmとなっている。
【0037】
そして、積層圧電素子4のうち第1の圧電層21に形成された各スルーホール20と、各スルーホール20に対応する回路基板7の配線パターンとを直接接触させて導通処理を行う。
【0038】
図3に回路基板7の構成を示す。回路基板7のベースである基板30上には、スルーホール20と接触する第1の配線パターン31と、第1の配線パターン31に繋がる直線状の第2の配線パターン32と、不図示の外部電源に接続される端子としての第3の配線パターン33とが形成されている。
【0039】
基板30は、絶縁性及びフレキシブル性(弾力性)を有するポリイミド樹脂で形成されており、厚みが25μmとなっている。配線パターン31、32、33は、銅箔で形成されており、厚みが30μmとなっている。配線パターン31、32、33は、基板30上に、エポキシ系の接着剤により接着されている。なお、配線パターン31、32、33が形成されていない領域では、基板30が露出している。
【0040】
図1に示す第2の弾性体3は、セラミック(酸化アルミ)の粉末をプレス成形した後、焼成処理を施すことによって形成される。そして、第2の弾性体3の両端面に対してラップ加工を行った後、片面(摩擦面3a)を研磨する。これにより、摩擦面3aでの平面度と表面粗さが所定の値となるように仕上げている。
【0041】
酸化アルミは金属よりも硬質で耐磨耗性が良く、湿度を持つ環境下においても錆びることはない。しかしながら、酸化アルミで形成された摩擦面3aは親水性を有し、濡れ性が良い。このため、後述する固着現象が起こりやすいと考えられる。
【0042】
第1の弾性体2、シャフト5及びナット6は切削加工によって形成され、焼入れ処理を施すことにより機械的強度を向上させている。ここで、第1の弾性体2、シャフト5及びナット6は鋼で形成されているため、所定の湿度を持つ環境下では錆び易いといった欠点がある。
【0043】
振動体1を構成する各構成部品(第1及び第2の弾性体2、3、積層圧電素子4、シャフト5及びナット6)を組み立てた後、各部品間の接触面については、概ね平面となるように加工処理が施される。
【0044】
なお、振動体1の全長(シャフト5の全長)が13mm、第1の弾性体2は最大直径φが4mm、長さが4.5mm、第2の弾性体3は外径がφ10mm、厚さが1.5mmとなっている。また、積層圧電素子4は外径φが6mm、厚さが1.9mmであり、ナット6の直径がφ8mm、厚さが1.2mmとなっている。上述した各構成部品の寸法は、従来の振動体(図4)における各構成部品の寸法に比べて小さくなっている。
【0045】
次に、振動波モータのうち振動体1の以外の部品について説明する。
【0046】
図1において、アルミで形成され、アルマイト処理が施されたロータ(接触体)9には、黄銅で形成されたバネケース10が接着剤等により接合されている。ロータ9に形成された凸状の接触部9aは、第2の弾性体3の摩擦面3aと接触する。
【0047】
バネケース10は、加圧バネ14をガイドするシリンダー部10aと、加圧バネ14の一端と当接するフランジ部10bとを有している。また、加圧バネ14の他端は、ギア11の側面に当接している。
【0048】
ここで、バネケース10及びギア11は、加圧バネ14を圧縮させた状態で連結されている。ギヤ11は後述するようにナット13によってスラスト方向(シャフト5の長手方向)での位置が固定されるため、加圧バネ14のバネ力は、バネケース10及びロータ9に作用する。そして、ロータ9の接触部9aは、加圧バネ14のバネ力を受けることで、第2の弾性体3の摩擦面3aに圧接する。
【0049】
フランジ部材12の一端面は、シャフト5に形成された第2のフランジ部5bに当接しており、シャフト5の他端には、フランジ部材12を固定するためのナット13が取り付けられている。ここで、フランジ部材12がナット13によってシャフト5のスラスト方向で位置決めされることで、フランジ部材12に当接するギア11もシャフト5のスラスト方向で位置決めされる。
【0050】
ギヤ11は、フランジ部材12に対して摺動可能となっており、後述するようにロータ9の回転に応じて回転する。
【0051】
上述した構成の振動波モータにおいて、不図示の外部電源から位相の異なる2相の交流信号が、回路基板7を介して積層圧電素子4(A相駆動用及びB相駆動用の内部電極)に入力されると、第2の弾性体3には、シャフト5の長手方向に対する二つの曲げ振動が励振される。そして、第2の弾性体3の摩擦面3aには楕円振動(進行波)が生じる。
【0052】
ここで、摩擦面3aにはロータ9の接触部9aが加圧接触しているため、接触部9aが摩擦面3aで生じた進行波の影響を受けることで、ロータ9はシャフト5の軸回りに回転する。そして、バネケース10及びギア11は、ロータ9と一体となって回転する。
【0053】
なお、バネケース10には、シャフト5の長手方向に延びる突部10cが形成されており、突部10cは、ギア11に形成された溝部11aに係合している。これにより、ロータ9とともに回転するバネケース10の回転力は、ギア11に伝達され、ギア11も回転することになる。
【0054】
本実施例の振動波モータは、フランジ部材12を介して電子機器に組み込まれる。ここで、図1に示すように、ギア11は、不図示の動力伝達機構を介して被駆動部材15に連結されており、被駆動部材15は振動波モータの駆動力(ギア11の回転力)を受けて動作する。
【0055】
上記電子機器としては、撮影レンズを備えたレンズ装置及びレンズ一体型カメラや、画像形成装置(例えば、プリンタ)等がある。本実施例の振動波モータをレンズ装置又はレンズ一体型カメラに搭載した場合には、被駆動部材15は撮影レンズを含むレンズユニットに相当し、画像形成装置に搭載した場合には、被駆動部材15は感光ドラム等に相当する。
【0056】
なお、本実施例では、振動体1で励起される振動によってロータ9を回転させる構成について説明したが、振動体での振動によって、該振動体に接触する被駆動部材を駆動する構成としてもよい。この構成として、例えば、画像形成装置における紙送り機構において、振動体の振動によって紙を移動させる構成がある。
【0057】
本実施例の振動体1では、上述した課題で説明した各問題の発生を抑制することができる。以下、具体的に説明する。
【0058】
1)振動体1の振動減衰を抑える効果
振動体1において、ナット6はシャフト5に対して強く締め付けられており、シャフト5及びナット6によって挟まれる各構成部品(第1及び第2の弾性体2、3及び積層圧電素子4)は互いに圧接するようになる。しかし、上記のようにナット6をシャフト5に対して強く締め付けただけでは、振動体1での振動減衰を十分に抑制することはできない。ここで、振動体1を構成する各構成部品は、材質的には振動減衰が比較的小さくなるが、シャフト5及びナット6によって各構成部品を圧接させても、各構成部品の小型化に伴い、各構成部品間の接触面においては隙間が残ってしまう。そして、この隙間によって振動減衰が大きくなってしまう。
【0059】
このように振動減衰が大きくなると、振動体1で励起される振動をロータ9に効率良く伝達させることができず、振動波モータにおける駆動効率が低下してしまう。
【0060】
そこで、本実施例では、振動体1に対して以下に説明する処理を行っている。
【0061】
フッ素系ポリマーを主成分とした樹脂と、溶剤であるメチルエチルケトンとを混ぜた混合液に、振動体1を浸漬(ディピング)し、常温で2、3分間乾燥させることで溶剤を蒸発させている。
【0062】
これにより、振動体1の各構成部品間に生じた隙間は、樹脂で充填されるとともに、振動体1の表面には厚さ2〜5μmの皮膜8(図1の点線で示す)が形成される。なお、図1は、上記処理を行った振動体1に対してロータ9等の振動体1以外の部品を組み込んだ図である。
【0063】
振動体における振動減衰は、通常、機械的品質係数Qm(Qmが大きければ、振動減衰が少ない)を用いて評価することができる。ここで、機械的品質係数Qmとは、弾性損失の尺度を表す値であって、振動体に応力を加えた際に、応力と同位相のひずみを位相ずれのひずみで割ったものである。
【0064】
上述した樹脂の充填処理及び皮膜形成処理を行う前の振動体と、充填処理及び皮膜形成処理を行った後の振動体とに対して、機械的品質係数Qmの測定を行った。処理前の振動体ではQm=200〜300であり、処理後の振動体ではQm=500〜600であった。この測定結果から分かるように、処理後の振動体は、処理前の振動体に比べて機械的品質係数Qmが大きくなり、振動減衰が小さくなった。
【0065】
ここで、振動体1を上記混合液に浸漬すると、振動体1の各構成部品間の隙間に存在する空気が追い出されるとともに、この隙間に樹脂が充填されることになる。したがって、各構成部品間での隙間は概ね無くなることで、振動体1の減衰特性が向上して、結果として機械的品質係数Qmが大きくなったものと考えられる。
【0066】
一方、振動体1を上記混合液に浸漬するのではなく、振動体1に対して刷け塗り等によって樹脂を塗布してもよい。ここで、第1及び第2の振動体2、3の間に樹脂を塗布した場合には、機械的品質係数Qmが400〜500程度になった。
【0067】
ここで、第1及び第2の弾性体2、3の接触部分は、振動体1の振動時において最も大きく変位する部分である。このため、第1及び第2の弾性体2、3の接触部分に樹脂を充填することで、振動減衰をより小さくさせる効果が得られる。
【0068】
なお、積層圧電素子4及びナット6間に樹脂を充填した場合、第2の弾性体3及び積層圧電素子4の接触部分に樹脂を充填した場合、第1及び第2の弾性体2、3の接触部分に樹脂を充填した場合の順で、振動減衰を小さくさせる効果(機械的品質係数Qmの値)が大きくなった。
【0069】
したがって、上述したように振動体1を混合液に浸漬して、振動体1の各構成部品間の隙間すべてに樹脂を充填しなくても、振動体1の一部に樹脂を充填させるだけで、振動減衰を小さくさせる効果が得られることになる。
【0070】
なお、フッ素系ポリマーを主成分とした樹脂の混合液中での濃度を変えたり、上述した浸漬及び乾燥の処理の回数を増やしたりすることで、振動体1の表面に形成される皮膜8の厚みを変更することができる。樹脂の濃度を変えれば、浸漬及び乾燥の処理を1回行うだけで、厚み約1μm〜10μmの皮膜8を形成することができる。また、浸漬及び乾燥の処理を10回程度繰り返せば、厚み約0.1mmの皮膜8を形成することもできる。
【0071】
ここで、皮膜8の厚みが0.1mmを超えた場合には、振動体1の機械的品質係数Qmが低下した。このため、皮膜8の厚みは0.1mm以下とすることが望ましい。
【0072】
なお、振動体1の表面に皮膜8を形成する方法としては、上述したように浸漬や塗布以外の方法であってもよく、例えば、スプレーを用いて樹脂を振動体1に対して吹き付けるようにしてもよい。すなわち、振動体1の表面に皮膜8を形成するとともに、振動体1の各構成部品間の隙間に樹脂を充填できる方法であれば、いかなる方法であってもよい。
【0073】
一方、浸漬処理を行った後に加熱処理を行えば、溶剤の蒸発時間を短縮させることができる。また、熱硬化性を有する高分子ポリマーを上記混合液に添加すれば、加熱処理によって高分子ポリマーを硬化させることで、皮膜8の強度や皮膜8の振動体1に対する付着力を向上させることができる。
【0074】
さらに、上記溶剤としては、酢酸ブチル、酢酸エチル及びトルエンなどの有機溶剤を用いたり、フッ素系の無機溶剤を用いたりすることができる。
【0075】
また、フッ素系ポリマーを主成分とした樹脂の他に、シリコーン系ポリマーを主成分とした樹脂を用いてもよい。この場合には、上記と同様の効果が得られた。フッ素系ポリマー、シリコーン系ポリマーを主成分とした樹脂や、上述した溶剤は、表面張力が比較的小さいため、僅かな隙間(例えば、サブミクロン程度の隙間)にも入り込み易い。このため、振動体1を構成する各構成部品間の隙間に対する樹脂の充填率を向上させることができる。
【0076】
しかも、上記樹脂は、吸湿性が低く、撥水性及び電気的絶縁性に優れており、化学的に安定した材料である。また、上記樹脂材料は、市販品の種類が多いため入手し易く、簡単に取り扱うことができる。
【0077】
なお、本発明は上述した樹脂材料に限定されるものではなく、振動体1の使用環境や使用条件に応じた樹脂材料を適宜選択することができる。
【0078】
2)防錆の効果
第1の弾性体2、シャフト5及びナット6の構成部品は、上述したように焼入鋼で形成されているため、表面が錆び易い。ここで、上述した皮膜8が形成されていない振動体1を、温度60℃及び湿度95%の環境下で500時間放置すると、上記構成部品の表面には錆が発生した。このように、振動体1の構成部品の表面に錆が発生すると、振動体1の振動減衰が大きくなったり、ロータ9がスムーズに回転しなくなったりしてしまう。
【0079】
したがって、錆が発生した場合には、上記不具合を抑制するために、構成部品(鋼)へのメッキ処理といった防錆処理を行う必要がある。
【0080】
一方、上述した処理によって皮膜8を形成した振動体1を、温度60℃及び湿度95%の環境下で500時間放置した。この場合には、第1の弾性体2、シャフト5及びナット6の表面には、錆が発生しなかった。このように錆の発生を抑制することで、防錆処理を行う必要がなくなるため、使い勝手が良く、耐久性に優れた振動体となる。
【0081】
なお、上述したように振動体1を構成する各構成部品間の隙間にも樹脂が充填されているため、隙間における錆の発生を抑制することもできる。
【0082】
上述した防錆効果は、撥水性を有する皮膜8によって、各構成部品の表面等に水分が付着するのを抑制したためと考えられる。
【0083】
ここで、十分な防錆効果を得るには皮膜8の厚みを1μm以上にすることが好ましい。ここで、皮膜8の厚みを1μmよりも薄くした場合には、厚みのばらつきによって、厚みが薄く撥水効果が不完全な部分に錆の発生がみられた。
【0084】
3)電流リークの抑制
積層圧電素子4の外周面には、上述したように内部電極が露出している。このため、例えば、高温高湿度の環境下では、積層圧電素子4の表面に水分が付着して、積層圧電素子4の各圧電層間で電流リークが発生するおそれがある。また、回路基板7には配線パターン31〜33が露出しているため、配線パターンと内部電極との間で電流リークが発生するおそれがある。
【0085】
このように電流リークが発生すると、振動体1には無駄な電流が流れ、電気的な損失が生じるため、振動波モータの駆動効率が低下してしまう。特に、振動体1に電解質(汚れ)が付着している場合には、水分を介して導通しやすくなり、電流リークが発生しやすくなる。
【0086】
ここで、電流リークによる電気的損失の評価は、回路基板7を介して積層圧電素子4の誘電正接(tanδ)を測定することによって行うことができる。tanδの値は、誘電体損失を表す。
【0087】
温度60℃及び湿度95%の環境下において、皮膜8を持たない振動体1と皮膜8が形成された振動体1とに対して、tanδの測定を行った。ここで、皮膜8の無い振動体1については、tanδが3〜5%であった。また、皮膜8を有する振動体1については、tanδが0.5%以下の値であった。0.5%以下の値は、振動体1を形成する材料が持つ値であり、電流リークが発生していないことを示している。
【0088】
上記結果より、振動体1に皮膜8を形成することで、振動体1への水分の付着を抑制することができ、電流リークの発生を抑制することができることが分かる。
【0089】
ここで、振動体1を組み立てる際や、振動波モータを電子機器に組み込む際には、振動体1の表面に汚れが付着するおそれがある。このため、振動体1の表面に汚れが付着しないように振動体1を組み立ててから、振動体1に皮膜8を形成することが好ましい。
【0090】
一方、電流リークの発生を抑制するためには、皮膜8の厚みを1μm以上とすることが好ましい。皮膜8の厚みを1μmよりも薄くすると、上述したように十分な撥水効果を得ることができず、電流リークが発生するおそれがあるからである。
【0091】
回路基板7の表面に対しても皮膜8を形成することで、回路基板7における電流リークの発生を抑制することができる。すなわち、回路基板7の表面には、上述したように配線パターンが露出しているため、水分の付着によって電流リークが発生するおそれがある。そこで、回路基板7の表面に皮膜8を形成することで、回路基板7への水分の付着を抑制することができ、電流リークの発生を抑制することができる。
【0092】
4)固着防止の効果
高温高湿の環境下では、第2の弾性体3の摩擦面3aに水分が付着する。この場合、摩擦面3aと、ロータ9の接触部9aと間のわずかな隙間に水分が浸入し、水分が持つ表面張力によって接触部9aを摩擦面3aに吸着させてしまうことがある。この現象は固着現象と呼ばれ、摩擦力を利用する振動波アクチュエータに特有の現象である。
【0093】
固着現象が発生すると、振動波モータ(積層圧電素子4)の駆動開始の時点からロータ9が直ちに回転し難くなり、ロータ9の立ち上がり動作が遅くなってしまう。
【0094】
第2の弾性体3はアルミナで形成されているため、摩擦面3aは濡れ性(親水性)を有している。また、摩擦面3aは研磨処理されているため、摩擦面3aに付着した水滴が、ロータ9の接触部9a及び摩擦面3a間の僅かな隙間に入り込み易くなっている。このため、接触部9a及び摩擦面3a間で固着現象が発生しやすくなっている。
【0095】
通常、進入した水分が多ければ多いほど、大きな吸着力が発生し、該吸着力によって振動波モータの駆動に悪影響を与えることになる。
【0096】
本実施例では、上述したように振動体1の表面に皮膜8を形成しており、ロータ9の接触部9a及び摩擦面3aにも皮膜8が形成されることになる。撥水性を有する皮膜8を形成することで、接触部9a及び摩擦面3aへの水分の付着を抑制することができ、固着現象の発生を抑制することができる。
【0097】
ここで、皮膜8が形成されていない振動体1を備えた振動波モータと、皮膜8が形成された振動体1を備えた振動波モータとを、温度60℃及び湿度95%の環境下に設置して、ロータ9の起動時間を測定した。また、温度60℃及び湿度が0%の環境下におけるロータ9の起動時間も測定した。起動時間としては、ロータ9の回転速度がゼロの状態(駆動停止状態)から、回転速度が20rpmに到達するまでの時間とした。
【0098】
湿度0%の環境下では、皮膜8の無い振動体1を用いた振動波モータ及び皮膜8を有する振動体1を用いた振動波モータの起動時間はそれぞれ、20〜30msecとなった。また、湿度95%の環境下において、皮膜8の無い振動体1を用いた振動波モータの起動時間は90msec以上となり、皮膜8を有する振動体1を用いた振動波モータの起動時間は35〜50msecとなった。
【0099】
上記測定結果より、皮膜8を形成した振動体1を用いた振動波モータでは、皮膜8の無い振動体1を用いた振動波モータに比べて起動時間を大幅に短縮することができた。
【0100】
ここで、皮膜8の厚みは1μm以上であることが好ましい。すなわち、皮膜8の厚みが1μmよりも薄い場合には、上述したように厚みのバラツキによって十分な撥水効果が得られない部分が生じ、固着現象の発生を抑制することができないおそれがある。
【0101】
なお、振動波モータを駆動すると、ロータ9の接触部9a及び摩擦面3a間の摩擦によって皮膜8が剥がれることになる。ここで、接触部9a及び摩擦面3aの接触領域以外の非領域には、皮膜8が形成されたままとなっているため、この非接触領域に形成された皮膜8によって撥水効果を得ることができる。
【0102】
また、樹脂の充填及び皮膜の形成は、振動体1の一部に行ってもよい。この場合、刷毛を用いれば、樹脂を容易に塗布することができる。そして、上述した浸漬及び乾燥の処理を振動体1に対して1回行うようにすれば、短時間で振動体1を量産することができ、低コスト化を図ることができる。
【0103】
また、振動体1の各構成部品の表面や各構成部品間の隙間に樹脂を充填できる方法であれば、いかなる方法であっても構わない。例えば、各構成部品をあらかじめ浸漬しその表面を樹脂で覆ってから、振動体1を組み立てても良い。
【0104】
さらに、本実施例では、棒状タイプの振動波モータについて説明したが、他のタイプ、例えば、円環型の振動体を備えた振動波モータについても本発明を適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0105】
【図1】本発明の実施例1である振動波モータの断面図。
【図2】実施例1の振動波モータに用いられる振動体の積層圧電素子の分解斜視図。
【図3】実施例1の振動体における回路基板を示す図。
【図4】従来の振動体の断面図。
【符号の説明】
【0106】
1:振動体
2:第1の弾性体
3:第2の弾性体
4:積層圧電素子
5:シャフト
6:ナット
7:回路基板
8:皮膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
相互に接触する複数の弾性体と、
電気信号が供給されることにより前記弾性体に振動を励起する電気−機械エネルギ変換素子とを有し、
前記複数の弾性体間の隙間に、樹脂材料が設けられていることを特徴とする振動体。
【請求項2】
前記弾性体と前記電気−機械エネルギ変換素子との間の隙間に、樹脂材料が設けられていることを特徴とする請求項1に記載の振動体。
【請求項3】
弾性体と、
電気信号が供給されることにより前記弾性体に振動を励起する電気−機械エネルギ変換素子と、
前記弾性体と前記電気−機械エネルギ変換素子とを圧接させる締結部材とを有し、
前記締結部材により圧接された前記弾性体と前記電気−機械エネルギ変換素子との間に残った隙間に、樹脂材料が設けられていることを特徴とする振動体。
【請求項4】
弾性体と、
電気信号が供給されることにより前記弾性体に振動を励起する電気−機械エネルギ変換素子と、
該電気−機械エネルギ変換素子に接触し、該変換素子に前記電気信号を供給する回路基板とを有し、
前記電気−機械エネルギ変換素子と前記回路基板との間の隙間に、樹脂材料が設けられていることを特徴とする振動体。
【請求項5】
弾性体と、
電気信号が供給されることにより前記弾性体に振動を励起する電気−機械エネルギ変換素子とを有する振動体であって、
前記弾性体が、樹脂材料で覆われていることを特徴とする振動体。
【請求項6】
前記電気−機械エネルギ変換素子が前記樹脂材料で覆われていることを特徴とする請求項5に記載の振動体。
【請求項7】
弾性体と、
電気信号が供給されることにより前記弾性体に振動を励起する電気−機械エネルギ変換素子と、
前記弾性体および前記電気−機械エネルギ変換素子とを圧接させる締結部材とを有する振動体であって、
該振動体の全体が、樹脂材料により覆われていることを特徴とする振動体。
【請求項8】
前記樹脂材料は、フッ素系樹脂およびシリコーン系樹脂を主成分とすることを特徴とする請求項1から6のいずれか1つに記載の振動体。
【請求項9】
前記樹脂材料が1μmから0.1mmの厚さを有することを特徴とする請求項5から7のいずれか1つに記載の振動体。
【請求項10】
請求項1から9のいずれか1つに記載の振動体と、
該振動体に接触する接触体とを有し、
前記振動により前記振動体と前記接触体とが相対移動することを特徴とする振動型駆動装置。
【請求項11】
請求項10に記載の振動型駆動装置と、
該振動型駆動装置により駆動される被駆動部材とを有することを特徴とする装置。
【請求項12】
請求項1から9のいずれか1つに記載の振動体を有し、
該振動体に接触した被駆動部材を駆動することを特徴とする装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−67765(P2006−67765A)
【公開日】平成18年3月9日(2006.3.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−250582(P2004−250582)
【出願日】平成16年8月30日(2004.8.30)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】