説明

車両用前後輪転舵制御装置

【課題】ステアリング操作による前後輪自動追従制御時、ステア角とヨーレートの比例関係を保つことで、ドライバーに与える操作違和感を軽減すること。
【解決手段】車両用前後輪転舵制御装置は、前輪11,11及び後輪12,12がステアリング操作とは独立して転舵可能である4WS車1において、軌跡演算機21及び後輪舵角演算機22と、前輪舵角演算機23と、を備える。軌跡演算機21及び後輪舵角演算機22は、4WS車1の進行方向側に設定した車両前部定点αの軌跡を、4WS車1の進行方向とは反対側に設定した車両後部定点βがトレースするように、後輪転舵角ψを制御する。前輪舵角演算機23は、ステアリング操作による操舵角Θに基づく前輪転舵角(k1Θ)を、前後輪転舵角差を減じるように、後輪転舵角ψに応じて補正制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステアリング操作時、前輪転舵角と後輪転舵角を制御する車両用前後輪転舵制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ステアリング操作時、車両後部にある定点βが、車両前部にある定点αの軌跡を追従するように、後輪の転舵角を制御する後輪転舵角制御手段を備えた車両用後輪転舵制御装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭62−6869号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の車両用前後輪転舵制御装置にあっては、ステアリング操作時、ステア角(=ステアリングホイールへの操舵角)とヨーレートが比例関係とはならない(ヒステリシスがある)。このため、ドライバーがステアリング操作したときの車両挙動によりドライバーに操作違和感を与える、という問題があった。
【0005】
本発明は、上記問題に着目してなされたもので、ステアリング操作による前後輪自動追従制御時、ステア角とヨーレートの比例関係を保つことで、ドライバーに与える操作違和感を軽減することができる車両用前後輪転舵制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明の車両用前後輪転舵制御装置は、前輪及び後輪がステアリング操作とは独立して転舵可能である車両において、後輪転舵角制御手段と、前輪転舵角制御手段と、を備える。
前記後輪転舵角制御手段は、前記車両の進行方向側に設定した車両特定部の定点の軌跡を、前記車両の進行方向とは反対側に設定した車両特定部の定点がトレースするように、後輪転舵角を制御する。
前記前輪転舵角制御手段は、前記ステアリング操作による操舵量に基づく前輪転舵角を、前後輪転舵角差を減じるように、前記後輪転舵角に応じて補正制御する。
【発明の効果】
【0007】
よって、ステアリング操作時、後輪転舵角制御により、車両の進行方向側の車両特定部の定点の軌跡を、車両の進行方向とは反対側の車両特定部の定点によりトレースさせることで、前後輪自動追従制御モードの旋回走行となる。このとき、前輪転舵角をステアリング操作による操舵量に基づいてのみ与えると、ステア角とヨーレートの関係特性にヒステリシスが生じ、ドライバーのヨーレート予測に対し実ヨーレートが乖離し、ドラーバーに操作違和感を与える。
これに対し、前輪転舵角を、前後輪転舵角差を減じるように、後輪転舵角に応じて補正制御する。この前後輪転舵角差を減じるということは、前輪転舵角を補正前の前輪転舵角よりも小さくすること、つまり、実ヨーレートの発生を小さくすることを意味する。したがって、後輪転舵角に応じて前輪転舵角の補正制御(=ヨーレート制御)を行うことにより、ドライバーのヨーレート予測に実ヨーレートが近づき、ステア角とヨーレートの比例関係が保たれる(ヒステリシスが抑えられる)。
すなわち、後輪側で行われる後輪転舵角制御により、定点トレースによる前後輪自動追従制御機能を保持したまま、前輪側で行われる後輪転舵角に応じた前輪転舵角補正制御により、ステア角とヨーレートを比例関係に近づけるヨーコントロール機能を分担するようにした。
この結果、ステアリング操作による前後輪自動追従制御時、ステア角とヨーレートの比例関係を保つことで、ドライバーに与える操作違和感を軽減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施例1の車両用前後輪転舵制御装置を示す全体システム図である。
【図2】実施例1の車両用前後輪転舵制御装置における前輪舵角演算機を示す制御ブロック図である。
【図3】比較例1であるコンベ車におけるステア角特性及びヨーレート特性とステア角に対するヨーレートの関係特性を示す特性図である。
【図4】比較例2である4WS車において前後輪自動追従制御を行ったときの前後輪転舵角差を示す説明図である。
【図5】比較例2である4WS車における前輪舵角演算機を示す制御ブロック図である。
【図6】比較例2である4WS車においてステアリング操作により前後輪自動追従制御を行ったときの車両旋回挙動を示す挙動説明図である。
【図7】比較例2である4WS車におけるステア角特性及びヨーレート特性とステア角に対するヨーレートの関係特性を示す特性図である。
【図8】実施例1の車両用前後輪転舵制御装置を搭載した4WS車において前後輪自動追従制御と前輪転舵角制御を行ったときの前後輪転舵角差を示す説明図である。
【図9】実施例1の車両用前後輪転舵制御装置を搭載した4WS車において割合係数k2をk2=0.5とした場合、(a)ステア角特性及びヨーレート特性、(b)ステア角に対するヨーレートの関係特性、(c)旋回挙動特性を示す特性図である。
【図10】実施例1の車両用前後輪転舵制御装置を搭載した4WS車において割合係数k2をk2=1とした場合、(a)ステア角特性及びヨーレート特性、(b)ステア角に対するヨーレートの関係特性、(c)旋回挙動特性を示す特性図である。
【図11】実施例2の車両用前後輪転舵制御装置における前輪舵角演算機を示す制御ブロック図である。
【図12】実施例2の車両用前後輪転舵制御装置において割合係数を変化させたときの小回り性指標と操作違和感指標の変化特性を示す指標特性図である。
【図13】実施例2の車両用前後輪転舵制御装置において操作違和感指標として用いたヨーレートずれ量を示すステア角-ヨーレート関係特性図である。
【図14】実施例2の車両用前後輪転舵制御装置において小回り性(1/旋回半径)と操作違和感(ヨーレートずれ量)を総合的に評価する評価関数であらわしたときの割合係数と評価関数の関係を示す関係特性図である。
【図15】実施例3の車両用前後輪転舵制御装置における前輪舵角演算機を示す制御ブロック図である。
【図16】実施例3の車両用前後輪転舵制御装置における前輪転舵角補正前の旋回中心と前輪転舵角補正後の旋回中心を示す説明図である。
【図17】実施例4の車両用前後輪転舵制御装置における前輪舵角演算機を示す制御ブロック図である。
【図18】実施例4の車両用前後輪転舵制御装置における前輪転舵角補正後の旋回中心を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の車両用前後輪転舵制御装置を実現する最良の形態を、図面に示す実施例1〜実施例4に基づいて説明する。
【実施例1】
【0010】
まず、構成を説明する。
実施例1における車両用前後輪転舵制御装置の構成を、「全体システム構成」、「前輪舵角演算機の構成」に分けて説明する。
【0011】
[全体システム構成]
図1は、実施例1の車両用前後輪転舵制御装置を示す。以下、図1に基づき、全体システム構成を説明する。
【0012】
実施例1の車両用前後輪転舵制御装置は、図1に示すように、前輪11,11及び後輪12,12がステアリング操作とは独立して転舵可能である4WS車1(車両)と、後輪転舵角制御及び前輪転舵角制御を行う4WSコントロールユニット2と、を備えている。
【0013】
前記4WS車1は、電気自動車であり、図1に示すように、ステアリングホイール13と、前輪ラック&ピニオン14と、前輪転舵モータ15と、後輪ラック&ピニオン16と、後輪転舵モータ17と、を有する。すなわち、ステアリングホイール13と、前輪11,11及び後輪12,12と、が機械的に連結されていないバイワイヤによるステアリング系構成としている。
【0014】
前記ステアリングホイール13は、ドライバーがステアリング操作を行う操作手段である。このステアリングホイール13には、ステアリングシミュレータ等によりステアリング負荷をドライバーに与える。また、ステアリングホイール13への操舵量は、ステアリングシャフトに設けられた操舵角センサ31により検出し、4WSコントロールユニット2へ操舵量情報を送る。
【0015】
前記前輪ラック&ピニオン14及び前輪転舵モータ15は、左右の前輪11,11に転舵角を与える前輪転舵アクチュエータである。前輪転舵モータ15は、4WSコントロールユニット2からの前輪制御信号により駆動する。前輪ラック&ピニオン14は、前輪転舵モータ15によりピニオンを回転させ、ピニオンに噛み合う前輪ラックを車幅方向にストロークさせる。前輪ラックのストロークは、前輪ラックストロークセンサ32により検出し、4WSコントロールユニット2へ前輪転舵角情報を送る。
【0016】
前記後輪ラック&ピニオン16及び後輪転舵モータ17は、左右の後輪12,12に転舵角を与える後輪転舵アクチュエータである。後輪転舵モータ17は、4WSコントロールユニット2からの後輪制御信号により駆動する。後輪ラック&ピニオン16は、後輪転舵モータ17によりピニオンを回転させ、ピニオンに噛み合う後輪ラックを車幅方向にストロークさせる。後輪ラックのストロークは、後輪ラックストロークセンサ33により検出し、4WSコントロールユニット2へ後輪転舵角情報を送る。
【0017】
なお、4WS車1には、車速センサ34が設けられ、4WSコントロールユニット2へ車輪速をあらわすパルス信号を車速情報として送り、4WSコントロールユニット2での計算実行のトリガー信号とする。
【0018】
前記4WSコントロールユニット2は、前後輪自動追従する後輪転舵角制御と操舵量に基づく前輪転舵角を後輪転舵角に応じて補正する前輪転舵角制御を行う。この4WSコントロールユニット2は、図1に示すように、軌跡演算機21(後輪転舵角制御手段)と、後輪舵角演算機22(後輪転舵角制御手段)と、前輪舵角演算機23(前輪転舵角制御手段)と、前輪転舵モータF/Bコントローラ24と、後輪転舵モータF/Bコントローラ25と、を有する。
【0019】
前記軌跡演算機21は、4WS車1の進行方向側に設定した車両前部定点α(車両特定部の定点)の軌跡データを記録する。この軌跡演算機21は、回転中心演算部21aと、車両移動量/車両回転量演算部21bと、車両前部定点軌跡記録部21cと、を有する。回転中心演算部21aは、前輪ラックストロークと後輪ラックストロークを入力し、これらの入力情報に基づき4WS車1の回転中心O(例えば、重心位置)を演算する。車両移動量/車両回転量演算部21bは、回転中心演算部21aからの回転中心Oの情報を入力し、4WS車1の移動量と回転量を演算する。車両前部定点軌跡記録部21cは、車両移動量/車両回転量演算部21bからの車両移動量・回転量を入力し、車両前部定点αの軌跡を演算し、車両前部定点軌跡データを記録する。
【0020】
前記後輪舵角演算機22は、車両前部定点軌跡データに基づき、車両の進行方向とは反対側に設定した車両後部定点β(車両特定部の定点)が車両前部定点αをトレースするように、後輪転舵角を演算する。この後輪舵角演算機22は、車両後部定点と前輪軌跡ズレ量演算部22aと、車両後部定点位置における前輪軌跡方向演算部22bと、後輪舵角演算部22cと、を有する。車両後部定点と前輪軌跡ズレ量演算部22aは、車両前部定点軌跡データに基づき、車両後部定点βと前輪軌跡のズレ量を演算する。車両後部定点位置における前輪軌跡方向演算部22bは、車両前部定点軌跡データに基づき、車両後部定点βの位置における前輪軌跡方向を演算する。後輪舵角演算部22cは、車両後部定点βと前輪軌跡のズレ量と、車両後部定点βの位置における前輪軌跡方向と、に基づき、車両後部定点βが車両前部定点αをトレースするように、後輪転舵角を演算する。
【0021】
前記前輪舵角演算機23は、操舵角センサ31からの操舵量情報と、後輪舵角演算機22からの後輪舵角指令値と、を入力し、ステアリング操作による操舵量に基づく補正前の前輪転舵角指令値を、前後輪転舵角差を減じるように、後輪転舵角指令値に応じて補正する。
【0022】
前記前輪転舵モータF/Bコントローラ24は、前輪舵角演算機23からの前輪舵角指令値と、前輪ラックストロークセンサ32からの前輪転舵角実際値を入力する。そして、前輪転舵角の実際値が指令値に一致するように、両値の偏差に基づくフィードバック制御により、前輪転舵モータ15に出力する前輪制御信号を生成する。
【0023】
前記後輪転舵モータF/Bコントローラ25は、後輪舵角演算機22からの後輪舵角指令値と、後輪ラックストロークセンサ33からの後輪転舵角実際値を入力する。そして、後輪転舵角の実際値が指令値に一致するように、両値の偏差に基づくフィードバック制御により、後輪転舵モータ17に出力する後輪制御信号を生成する。
【0024】
[前輪舵角演算機の構成]
図2は、実施例1の車両用前後輪転舵制御装置における前輪舵角演算機23を示す。以下、図2に基づき、前輪舵角演算機23の構成を説明する。
【0025】
前記前輪舵角演算機23は、図2に示すように、補正前の前輪転舵角演算部23aと、補正量演算部23bと、前輪転舵角演算部23cと、を備えている。
【0026】
前記補正前の前輪転舵角演算部23aは、操舵角センサ31から入力した操舵量(=操舵角Θ)と、第1ゲインk1(タイヤ転舵角/ハンドル操舵角)を掛け合わせることで、補正前の前輪舵角指令値(=k1Θ)を演算する。
ここで、第1ゲインk1は、ステアリングギヤ比に相当する係数であり、予め固定値により設定されている。
【0027】
前記補正量演算部23bは、後輪舵角演算機22から入力した後輪舵角指令値(=後輪転舵角ψ)と、第2ゲインk2(補正転舵角/後輪転舵角)を掛け合わせることで、補正量(=k2ψ)を演算する。
この補正量(=k2ψ)の考え方は、後輪転舵角がゼロで、前輪転舵角が補正前の前輪転舵角であった場合の旋回半径に、4WS車1の実旋回半径が近づくように、後輪転舵角に応じて補正量を決めるというものである。
ここで、第2ゲインk2(割合係数)は、補正量(=k2ψ)に対し後輪舵角指令値(=後輪転舵角ψ)をどれだけ反映させるかの割合を決める値であり、実施例1の場合、0〜1の何れかの値を、メーカーやユーザー等で任意に設定できるようにしている。
【0028】
前記前輪転舵角演算部23cは、補正前の前輪転舵角演算部23aからの補正前の前輪舵角指令値(=k1Θ)と、補正量演算部23bからの補正量(k2ψ)を加算することで、前輪舵角指令値(=k1Θ+k2ψ)を演算する。
【0029】
次に、作用を説明する。
まず、「比較例の課題」の説明を行う。続いて、実施例1の車両用前後輪転舵制御装置における作用を、「前後輪転舵制御作用」、「ドライバーの操作違和感軽減作用」に分けて説明する。
【0030】
[比較例の課題]
ステアリング操作により前輪のみを転舵し、後輪は直進状態のままで転舵しない、いわゆるコンベ車を比較例1とする。また、特開昭62−6869号公報に記載されているように、ステアリング操作時、車両後部にある定点βが、車両前部にある定点αの軌跡を追従するように、後輪の転舵角を制御する後輪転舵角制御手段を備えた前後輪自動追従制御車を比較例2とする。
【0031】
この比較例1の場合は、図3のステア角特性及びヨーレート特性に示すように、ステアリング角の切り増し操作とステア角の保舵操作とステア角の切り戻し操作に追従してヨーレートが発生する特性となる。そして、図3のステア角に対するヨーレートの関係特性に示すように、ステア角とヨーレートが比例関係を持つ。
したがって、コンベ車でのステアリング操作時、ドライバーが予測するヨーレートと実ヨーレートの発生が一致し、ドライバーに操作違和感を与えない。
【0032】
一方、比較例2は、前輪の転舵方向に対し後輪を逆方向に転舵する逆相転舵により比較例1の課題である小回り性を確保する。さらに、逆相転舵での課題である旋回時の車体後部の張り出し(車体後部の外への膨らみ)を防止するため、車両後部にある定点βが車両前部にある定点αの軌跡をトレースする前後輪自動追従制御を行うものである。
【0033】
比較例2の場合、図4及び図5に示すように、ステアリング操作時、ステアリングギヤ比k1と操舵角Θを掛け合わせた値のみによる前輪転舵角が与えられる。一方、後輪転舵角ψは、車両後部定点が車両前部定点の軌跡をトレースするように与えられる。このときの前後輪転舵角差は、(k1Θ−ψ)であり、後輪転舵角ψが前輪転舵角k1Θに対して逆位相であることで、前輪転舵角k1Θの絶対値と後輪転舵角ψの絶対値の和による大きな値が、前後輪転舵角差になる。
【0034】
このため、ステアリング操作時の前後輪の転舵挙動をみると、図6に示すように、旋回直前(A)からコーナーへの旋回開始域(B)に入ると、前輪に対し後輪が遅れて転舵してくる。そして、コーナー通過域(C)からコーナー抜け域(D)に入ると、前輪が真っ直ぐ(=ステアリングホイールが真っ直ぐ)であるにもかかわらず、後輪が転舵したままとなる。そして、旋回後の直線域(E)になって後輪が真っ直ぐ戻る。
【0035】
したがって、比較例2の場合は、図7のステア角特性及びヨーレート特性に示すように、ステアリング角の切り増し操作とステア角の保舵操作とステア角の切り戻し操作に対し応答遅れを持ってヨーレートが発生する特性となる。そして、図7のステア角に対するヨーレートの関係特性に示すように、応答遅れに起因してステア角とヨーレートの間が比例関係とはならず、ヒステリシスを持つ。
【0036】
この結果、ステアリング操作時、ドライバーが予測するヨーレートと実ヨーレートが乖離し、ドライバーに操作違和感を与えることになる。
【0037】
[前後輪転舵制御作用]
上記のように、比較例2の前後輪自動追従制御におけるメリット(小回り性と張り出し防止)を残しつつ、ドライバーに与える操作違和感を軽減するためには、前後輪転舵制御に工夫が必要である。以下、これを反映する前後輪転舵制御作用を説明する。
【0038】
まず、本発明の狙いとするところは、ステアリング操作による前後輪自動追従制御時、ステア角とヨーレートの比例関係を保つことで、ドライバーに与える操作違和感を軽減することにある。この狙い達成のために改善した点は、前後輪自動追従制御を前提としながら、前輪転舵角を補正(修正)することで、ステア角とヨーレートを比例関係に近づけた点にある。
【0039】
実施例1での前輪転舵角は、前輪舵角演算機23において演算される。前輪舵角演算機23の補正前の前輪転舵角演算部23aでは、操舵角Θと、第1ゲインk1(タイヤ転舵角/ハンドル操舵角)を掛け合わせることで、補正前の前輪舵角指令値(=k1Θ)が演算される。補正量演算部23bでは、後輪転舵角ψと、第2ゲインk2(補正転舵角/後輪転舵角)を掛け合わせることで、補正量(=k2ψ)が演算される。そして、前輪転舵角演算部23cにおいて、補正前の前輪転舵角演算部23aからの補正前の前輪舵角指令値(=k1Θ)と、補正量演算部23bからの補正量(k2ψ)を加算することで、前輪舵角指令値(=k1Θ+k2ψ)が演算される(図8)。
【0040】
この補正量(k2ψ)は、後輪転舵角ψが前輪転舵角に対し逆位相であることで、実際には、補正前の前輪舵角指令値k1Θが減じられることになる。このため、実施例1での前後輪転舵角差は、図8に示すように、{k1Θ−(1−k2)ψ}になる。よって、図4に示す比較例2の前後輪転舵角差(k1Θ−ψ)と対比すると、補正量(k2ψ)の差があることになり、前後輪転舵角差も補正量(k2ψ)だけ減じられることになる。
【0041】
上記のように、実施例1では、前輪転舵角(k1Θ+k2ψ)を、前後輪転舵角差を減じるように、後輪転舵角ψに応じて補正制御するようにした。
この前後輪転舵角差を減じるということは、前輪転舵角を補正前の前輪転舵角(k1Θ)よりも小さくすること、つまり、実ヨーレートの発生を小さくすることを意味する。したがって、後輪転舵角ψに応じた前輪転舵角の補正制御(=ヨーレート制御)を行うことにより、ドライバーのヨーレート予測に実ヨーレートが近づき、ステア角とヨーレートの比例関係が保たれる(ヒステリシスが抑えられる)。
すなわち、後輪12,12側で行われる後輪転舵角制御により、定点トレースによる前後輪自動追従制御機能を保持したまま、前輪11,11側で行われる後輪転舵角ψに応じた前輪転舵角補正制御により、ステア角とヨーレートを比例関係に近づけるヨーコントロール機能を分担するようにした。
この結果、ステアリング操作による前後輪自動追従制御時、ステア角とヨーレートの比例関係を保つことで、ドライバーに与える操作違和感が軽減される。
【0042】
実施例1の場合、前後輪自動追従制御を行う4WS車1において、後輪転舵角に応じて、前輪転舵角に補正を加える。その際、後輪転舵角がゼロで、前輪転舵角が補正前の前輪転舵角であった場合の旋回半径に、4WS車1での実旋回半径が近づくように、補正量を決めるようにしている。
一般的なドライバーは、コンベ車(後輪転舵角=0)に慣れているため、「後輪転舵角がゼロで、前輪転舵角が補正前の前輪転舵角であった場合の旋回半径」とは、すなわち、一般的なドライバーが無意識に予想する旋回半径となる。この予想旋回半径と、実際の4WS車1の旋回半径が近ければ、ドライバーは操作違和感を持ちにくい。
現実には、ドライバーは、旋回半径を予測しているというよりは、ヨーレートを予測していると考えられる。ヨーレートは、
(ヨーレート)=(車速)÷(旋回半径)
の関係があるので、車速が一定なら、旋回半径を管理しておけば、実質的にヨーレートを管理できていることになる。
したがって、後輪転舵角がゼロで、前輪転舵角が補正前の前輪転舵角であった場合の旋回半径に、4WS車1での実旋回半径が近づくように、補正量を決めると、ドライバーに与える操作違和感(ヨーレートの予測と実際のズレ)が軽減されることになる。
【0043】
実施例1では、後輪転舵角分の何割かを、前輪転舵角に加えるようにしている。
旋回半径rは、下記の式(1)で表される。
r=[WB√{4+(tanθF+tanθR)2}]/{2(tanθF-tanθR)} …(1)
但し、WB:ホイールベース、θF:前輪転舵角、θR:後輪転舵角
前輪転舵角θFと後輪転舵角θRが小さければ、下記の式(2)のように近似できる。
r=WB/(θFR) …(2)
従って、上記の式(2)が、近似的な実際の車両の旋回半径rを表す。
一方、ドライバーが無意識に予想する旋回半径rは、下記の式(3)で表される。
r=WB/θF …(3)
そこで、(2)式と(3)式の差を減らすため、θF⇒θF+k2×θRという補正を行う。
例えば、k2=0.6ならば、
r=WB/(θF-0.4θR) …(4)
となり、予想旋回半径に近づいている。
したがって、後輪転舵角分の何割かを、前輪転舵角に加える近似計算を行うと、近似計算であるため、多少の誤差はあるものの、計算負荷が軽減される。
【0044】
[ドライバーの操作違和感軽減作用]
実施例1の場合、第2ゲインK2を任意に設定できるため、K2=0.5の場合とK2=1の場合とで操作違和感軽減効果を確認した。以下、これを反映するドライバーの操作違和感軽減作用を説明する。
【0045】
K2=0.5の場合は、図9(a)のステア角特性及びヨーレート特性に示すように、ステアリング角の切り増し操作とステア角の保舵操作とステア角の切り戻し操作に対する応答遅れが比較例2に比べて減少し、ステアリング操作に対し良好な追従性を持ってヨーレートが発生する特性となる。そして、図9(b)のステア角に対するヨーレートの関係特性に示すように、ステア角とヨーレートの関係でヒステリシスが比較例2に比べて減少し、比例関係を保つようになる。また、旋回時における前後輪の転舵挙動をみると、図9(c)に示すように、比較例2に比べ後輪がトレースされているし、小回り性も確保されている。
したがって、K2=0.5に設定した4WS車1でのステアリング操作時には、ドライバーが予測するヨーレートと実ヨーレートの一致性が高まり、ドライバーに操作違和感が軽減される。特に、K2=0.5というように、第2ゲインK2を0〜1の中間値に設定した場合、小回り性の確保と操作違和感の軽減との両立を図ることができる。
【0046】
K2=1の場合は、図10(a)のステア角特性及びヨーレート特性に示すように、ステアリング角の切り増し操作とステア角の保舵操作とステア角の切り戻し操作に対し比較例1と同様に高い追従性を持ってヨーレートが発生する特性となる。そして、図10(b)のステア角に対するヨーレートの関係特性に示すように、ステア角とヨーレートの関係でヒステリシスが比較例1と同様に比例関係を保つようになる。また、旋回時における前後輪の転舵挙動をみると、図10(c)に示すように、小回り性がK2=0.5の場合に比べて低くなるものの、後輪が整然とトレースされている。
したがって、K2=1に設定した4WS車1でのステアリング操作時には、ドライバーが予測するヨーレートと実ヨーレートの一致性がコンベ車レベルまで高まり、ドライバーに操作違和感が軽減される。特に、K2=1というように、第2ゲインK2を1に近い大きな値に設定した場合、操作違和感の軽減要求が高いとき、その要求に応えことができる。
【0047】
次に、効果を説明する。
実施例1の車両用前後輪転舵制御装置にあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0048】
(1) 前輪11,11及び後輪12,12がステアリング操作とは独立して転舵可能である車両(4WS車1)において、
前記車両(4WS車1)の進行方向側に設定した車両特定部の定点(車両前部定点α)の軌跡を、前記車両(4WS車1)の進行方向とは反対側に設定した車両特定部の定点(車両後部定点β)がトレースするように、後輪転舵角ψを制御する後輪転舵角制御手段(軌跡演算機21,後輪舵角演算機22)と、
前記ステアリング操作による操舵量(操舵角Θ)に基づく前輪転舵角(k1Θ)を、前後輪転舵角差を減じるように、前記後輪転舵角ψに応じて補正制御する前輪転舵角制御手段(前輪舵角演算機23)と、
を備える。
このため、ステアリング操作による前後輪自動追従制御時、ステア角とヨーレートの比例関係を保つことで、ドライバーに与える操作違和感を軽減することができる。
【0049】
(2) 前記前輪転舵角制御手段(前輪舵角演算機23)は、前記後輪転舵角ψに応じて補正制御する際、後輪転舵角ψがゼロで、前輪転舵角が補正前の前輪転舵角(k1Θ)であった場合の旋回半径に、前記車両(4WS車1)の実旋回半径が近づくように補正量(K2ψ)を決める。
このため、(1)の効果に加え、コンベ車に慣れているドライバーに与える操作違和感(ヨーレートの予測と実際のズレ)を軽減することができる。
【0050】
(3) 前記前輪転舵角制御手段(前輪舵角演算機23)は、前記後輪転舵角ψに割合係数(第2ゲインk2)を掛け合わせて得られる転舵角を補正量(K2ψ)とし、前記操舵量(操舵角Θ)に基づく前輪舵角(k1Θ)に前記補正量(K2ψ)を加える(図2)。
このため、(2)の効果に加え、旋回半径の近似計算に基づいて、補正量(K2ψ)を与えることで、前輪舵角指令値を得る計算負荷を軽減することができる。
【実施例2】
【0051】
実施例2は、第2ゲインk2(割合係数)を、小回り性と操作違和感を総合的に評価する評価関数を用いて選択するようにした例である。
【0052】
まず、構成を説明する。
[前輪舵角演算機の構成]
図11は、実施例2の車両用前後輪転舵制御装置における前輪舵角演算機23を示す。以下、図11に基づき、前輪舵角演算機23の構成を説明する。
【0053】
前記前輪舵角演算機23は、図11に示すように、補正前の前輪転舵角演算部23aと、補正量演算部23dと、前輪転舵角演算部23cと、を備えている。
【0054】
前記補正前の前輪転舵角演算部23aは、実施例1と同様に、操舵角センサ31から入力した操舵量(=操舵角Θ)と、第1ゲインk1(タイヤ転舵角/ハンドル操舵角)を掛け合わせることで、補正前の前輪舵角指令値(=k1Θ)を演算する。
【0055】
前記補正量演算部23dは、後輪舵角演算機22から入力した後輪舵角指令値(=後輪転舵角ψ)と、第2ゲインk2(補正転舵角/後輪転舵角)を掛け合わせることで、補正量(=k2ψ)を演算する。
ここで、実施例1では、第2ゲインk2(割合係数)を0〜1の何れかの値を任意に設定したが、実施例2では、第2ゲインk2(割合係数)を、0〜1の値のうち評価関数が最大となる値を選択する。そして、評価関数を、1/旋回半径と、ステア角に対するヨーレートのヒステリシス特性に伴うヨーレートずれ量の係数k3を掛け合わせた値と、の差にて求めるようにしている。
【0056】
前記前輪転舵角演算部23cは、実施例1と同様に、補正前の前輪転舵角演算部23aからの補正前の前輪舵角指令値(=k1Θ)と、補正量演算部23dからの補正量(k2ψ)を加算することで、前輪舵角指令値(=k1Θ+k2ψ)を演算する。
なお、[全体システム構成]は、実施例1の図1と同様であるので、図示並びに説明を省略する。
【0057】
次に、作用を説明する。
[前後輪転舵制御作用]
実施例2では、第2ゲインk2(割合係数)を、0〜1の値のうち評価関数が最大となる値を選択する。そして、評価関数を、1/旋回半径と、ステア角に対するヨーレートのヒステリシス特性に伴うヨーレートずれ量の係数k3を掛け合わせた値と、の差にて求めるようにしている。
【0058】
実施例2における前後輪転舵制御作用において、第2ゲインk2(割合係数)の決め方を、図12〜図14に基づき説明する。
【0059】
まず、第2ゲインk2は、0〜1の範囲の値をとるが、図12に示すように、第2ゲインk2が0の値に近づくほど、小回り性は高くなるものの、ドライバーに操作違和感を与える。一方、第2ゲインk2が1の値に近づくほど、ドライバーに与える操作違和感を軽減できるものの、旋回半径が大きくなり小回りが効かなくなる。
すなわち、第2ゲインk2の値は、0〜1の範囲のどこかに、バランスの取れた値が存在すると考えられる。
【0060】
これを求めるため、下記の評価関数の式(5)を用いて、この評価関数の値が最大となるような第2ゲインk2を求める。
(評価関数)=1/旋回半径−k3×(ヨーレートずれ量) …(5)
ここで、「ヨーレートずれ量」は、図13に示すように、比較例2のステア角-ヨーレート関係特性図において、切り戻し操作域のステア角におけるヨーレートのずれ幅により与える。
【0061】
そして、第2ゲインk2を変化させたときの評価関数値の一例(係数k3の与え方で異なる)を示すのが図14である。図14の場合、第2ゲインk2がk2=0のとき評価関数値=0.5、第2ゲインk2がk2=0.5のとき評価関数値=0.6を超える値、第2ゲインk2がk2=1のとき評価関数値=0.6未満の値となる。すなわち、評価関数の値が最大となる値として、第2ゲインk2としてk2=0.5が選択される。
【0062】
したがって、評価関数の値が最大となる値を第2ゲインk2として選択することで、ドライバー違和感の軽減し、かつ、小回り性を大きく犠牲にしないというように、小回り性の確保と操作違和感の軽減との両立が図られる。
なお、他の作用は、実施例1と同様であるので、説明を省略する。
【0063】
次に、効果を説明する。
実施例2の車両用前後輪転舵制御装置にあっては、下記の効果を得ることができる。
【0064】
(4) 前記前輪転舵角制御手段(前輪舵角演算機23)は、前記割合係数(第2ゲインk2)を、0〜1の値のうち評価関数が最大となる値を選択し、前記評価関数を、1/旋回半径と、ステア角に対するヨーレートのヒステリシス特性に伴うヨーレートずれ量の係数(k3)倍と、の差にて求める(図12)。
このため、実施例1の(3)の効果に加え、小回り性と操作違和感を総合的に評価する評価関数を用い、評価関数の最大値を、補正量(k2ψ)を決める割合係数(第2ゲインk2)として選択することで、小回り性の確保と操作違和感の軽減との両立を図ることができる。
【実施例3】
【0065】
実施例1,2は、旋回半径rの近似式(2)を用いて前輪転舵角を決定する例であるのに対し、実施例3は、複雑な旋回半径rの正規式(1)を用いて前輪転舵角を決定するようにした例である。
【0066】
まず、構成を説明する。
[前輪舵角演算機の構成]
図15は、実施例3の車両用前後輪転舵制御装置における前輪舵角演算機23を示す。以下、図15に基づき、前輪舵角演算機23の構成を説明する。
【0067】
前記前輪舵角演算機23は、図15に示すように、補正前の前輪転舵角演算部23aと、理想旋回半径演算部23eと、前輪転舵角演算部23fと、を備えている。
【0068】
前記補正前の前輪転舵角演算部23aは、実施例1と同様に、操舵角センサ31から入力した操舵量(=操舵角Θ)と、第1ゲインk1(タイヤ転舵角/ハンドル操舵角)を掛け合わせることで、補正前の前輪舵角指令値(=k1Θ)を演算する。
【0069】
前記理想旋回半径演算部23eは、補正前の前輪転舵角演算部23aからの補正前の前輪舵角指令値(=k1Θ)を入力し、車両特定点をO(例えば、重心位置)とし、後輪転舵角がゼロで、前輪転舵角が補正前の前輪転舵角(k1Θ)であった場合の旋回中心をPとしたとき、直線OPによる理想旋回半径(ドライバーの期待する旋回半径)を演算する。
【0070】
前記前輪転舵角演算部23fは、理想旋回半径演算部23eからの理想旋回半径(直線OP)と、後輪舵角指令値と、を入力し、旋回半径が理想旋回半径(直線OP)となる前輪舵角指令値を演算する。
すなわち、後輪12,12の左右中心をFとし、後輪転舵角が補正前の後輪転舵角で、前輪転舵角が補正前の前輪転舵角であった場合の旋回中心をQとしたとき、車両特定点Oを中心とし、旋回中心Pを通る円と、直線FQをQ側に延長した線が交差する点Rが、旋回中心となるように、前輪転舵角を決定する。
なお、[全体システム構成]は、実施例1の図1と同様であるので、図示並びに説明を省略する。
【0071】
次に、作用を説明する。
[前後輪転舵制御作用]
実施例3では、車両特定点をOとする(例えば、重心)。後輪12,12の左右中心をFとする。後輪転舵角がゼロで、前輪転舵角が補正前の前輪転舵角であった場合の旋回中心をPとする。後輪転舵角が補正前の後輪転舵角で、前輪転舵角が補正前の前輪転舵角であった場合の旋回中心をQとする。すなわち、前輪転舵角の補正前は、図16(a)に示すように、ドライバーの期待する旋回半径は、直線OPであるのに対し、実際の旋回半径は直線OQになる。
【0072】
これに対し、前輪転舵角の補正後は、図16(b)に示すように、車両特定点Oを中心とし、旋回中心Pを通る円と、直線FQをQ側に延長した線が交差する点R(旋回半径OR=直線OP)が、旋回中心となるように、前輪転舵角を決定するようにしている。
【0073】
この実施例3での旋回半径の幾何学的な決め方は、実施例1で示した近似式(2)を用いず、実施例1で示した正規式(1)による複雑な式を用い、正確に旋回半径を決める手法に相当する。
【0074】
したがって、誤差の無い正確な理想旋回半径(ドライバーの期待する旋回半径)の計算に基づく前輪転舵角を補正制御になることで、ドライバーに与える操作違和感(ヨーレートの予測と実際のズレ)が確実に軽減されることになる。
なお、他の作用は、実施例1と同様であるので、説明を省略する。
【0075】
次に、効果を説明する。
実施例3の車両用前後輪転舵制御装置にあっては、下記の効果を得ることができる。
【0076】
(5) 前記前輪転舵角制御手段(前輪舵角演算機23)は、車両特定点をOとし、後輪の左右中心をFとし、後輪転舵角がゼロで、前輪転舵角が補正前の前輪転舵角であった場合の旋回中心をPとし、後輪転舵角が補正前の後輪転舵角で、前輪転舵角が補正前の前輪転舵角であった場合の旋回中心をQとしたとき、前記車両特定点Oを中心とし、旋回中心Pを通る円と、直線FQをQ側に延長した線が交差する点Rが、旋回中心となるように、前輪転舵角を決定する(図16)。
このため、実施例1の(3)の効果に加え、誤差の無い正確な理想旋回半径の計算に基づく前輪転舵角の補正制御により、ドライバーに与える操作違和感(ヨーレートの予測と実際のズレ)を確実に軽減することができる。
【実施例4】
【0077】
実施例3は、操作違和感の軽減を重視した理想旋回半径(直線OR=直線OP)により旋回中心Rを決めたが、実施例4は、操作違和感の軽減と小回り性とのバランスにより旋回中心を決めるようにした例である。
【0078】
まず、構成を説明する。
[前輪舵角演算機の構成]
図17は、実施例4の車両用前後輪転舵制御装置における前輪舵角演算機23を示す。以下、図17に基づき、前輪舵角演算機23の構成を説明する。
【0079】
前記前輪舵角演算機23は、図17に示すように、補正前の前輪転舵角演算部23aと、理想旋回半径演算部23eと、前輪転舵角演算部23gと、を備えている。
【0080】
前記補正前の前輪転舵角演算部23aは、実施例1と同様に、操舵角センサ31から入力した操舵量(=操舵角Θ)と、第1ゲインk1(タイヤ転舵角/ハンドル操舵角)を掛け合わせることで、補正前の前輪舵角指令値(=k1Θ)を演算する。
【0081】
前記理想旋回半径演算部23eは、補正前の前輪転舵角演算部23aからの補正前の前輪舵角指令値(=k1Θ)を入力し、車両特定点をO(例えば、重心位置)とし、後輪転舵角がゼロで、前輪転舵角が補正前の前輪転舵角(k1Θ)であった場合の旋回中心をPとしたとき、直線OPによる理想旋回半径(ドライバーの期待する旋回半径)を演算する。
【0082】
前記前輪転舵角演算部23gは、理想旋回半径演算部23eからの理想旋回半径(直線OP)と、後輪舵角指令値と、を入力し、直線RQ上に|QG|/|QR|が第2ゲインk2(所定の割合係数)となるように点Gをとり、点Gが旋回中心となるように、前輪舵角指令値を演算する。
すなわち、後輪12,12の左右中心をFとし、後輪転舵角が補正前の後輪転舵角で、前輪転舵角が補正前の前輪転舵角であった場合の旋回中心をQとしたとき、車両特定点Oを中心とし、旋回中心Pを通る円と、直線FQをQ側に延長した線が交差する旋回中心をRとする。そして、2つの旋回中心Q,Rを結ぶ直線RQ上に|QG|/|QR|が第2ゲインk2(所定の割合係数)となるように点Gをとり、点Gが旋回中心となるように、前輪転舵角を決定する。
ここで、第2ゲインk2は、実施例2と同様に、0〜1の値のうち評価関数が最大となる値を選択する。評価関数は、1/旋回半径と、ステア角に対するヨーレートのヒステリシス特性に伴うヒステリシス面積(図13のハッチング部分)の係数(k3)を掛けた値と、の差にて求める。つまり、実施例2では、ヨーレートズレ量を操作違和感の評価指標にしたのに対し、この実施例4では、ヒステリシス面積を操作違和感の評価指標にしている。
なお、[全体システム構成]は、実施例1の図1と同様であるので、図示並びに説明を省略する。
【0083】
次に、作用を説明する。
[前後輪転舵制御作用]
実施例4では、直線RQ上に|QG|/|QR|が所定の割合係数となるように点Gをとり、点Gが旋回中心となるように、前輪転舵角を決定するようにしている。
【0084】
すなわち、後輪12,12の左右中心をFとし、後輪転舵角が補正前の後輪転舵角で、前輪転舵角が補正前の前輪転舵角であった場合の旋回中心をQとしたとき、車両特定点Oを中心とし、旋回中心Pを通る円と、直線FQをQ側に延長した線が交差する旋回中心をRとする(実施例3を参照)。
【0085】
そして、図18に示すように、2つの旋回中心Q,Rを結ぶ直線RQ上に|QG|/|QR|が第2ゲインk2となるように点Gをとる。
OG=(1-k2)OQ+k2OR 但し、k2は、0〜1の数
この点Gが旋回中心となるように、前輪転舵角を決定するようにしている。
【0086】
つまり、実施例3では、旋回半径を、ドライバーの予測と、実際の値がピッタリ一致する理想旋回半径により与えていた。このため、図16(a)に示す前輪転舵角補正前の旋回半径(直線OQ)に対し、前輪転舵角補正後の旋回半径(直線OP=OQ)が大きくなってしまっていた。
このため、実施例4では、旋回半径を小さくするため、旋回中心を点Rよりも点Q寄りの点Gに移動させるようにした。これにより、実施例3に比べ、旋回半径が縮小し、小回り性が高められる。但し、旋回半径を小さくするほど、ヨーレートの予測と実際のズレが拡大することになる。
【0087】
そこで、操作違和感と小回り性のバランスを取るため、実施例4では、実施例2と同様に、第2ゲインk2を、0〜1の値のうち評価関数が最大となる値を選択するようにしている。評価関数は、1/旋回半径と、ステア角に対するヨーレートのヒステリシス特性に伴うヒステリシス面積の係数(k3)を掛けた値と、の差にて求める。
したがって、評価関数の値が最大となる値を第2ゲインk2として選択することで、ドライバー違和感の軽減し、かつ、小回り性を大きく犠牲にしないというように、小回り性の確保と操作違和感の軽減との両立が図られる。
なお、他の作用は、実施例1と同様であるので、説明を省略する。
【0088】
次に、効果を説明する。
実施例4の車両用前後輪転舵制御装置にあっては、下記の効果を得ることができる。
【0089】
(6) 前記前輪転舵角制御手段(前輪舵角演算機23)は、直線RQ上に|QG|/|QR|が所定の割合係数(第2ゲインk2)となるように点Gをとり、点Gが旋回中心となるように、前輪転舵角を決定する(図18)。
このため、実施例3の(5)の効果に加え、実施例3に比べて旋回半径が縮小することにより、ドライバーへの操作違和感を軽減しつつ小回り性を高めることができる。
【0090】
(7) 前記前輪転舵角制御手段(前輪舵角演算機23)は、前記割合係数(第2ゲインk2)を、0〜1の値のうち評価関数が最大となる値を選択し、前記評価関数を、1/旋回半径と、ステア角に対するヨーレートのヒステリシス特性に伴うヒステリシス面積の係数倍と、の差にて求める(図13)。
このため、(6)の効果に加え、小回り性と操作違和感を総合的に評価する評価関数を用い、評価関数の最大値を、旋回中心Gを決める割合係数(第2ゲインk2)として選択することで、小回り性の確保と操作違和感の軽減との両立を図ることができる。
【0091】
以上、本発明の車両用前後輪転舵制御装置を実施例1〜実施例4に基づき説明してきたが、具体的な構成については、これらの実施例に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
【0092】
実施例1,2では、前輪転舵角制御手段として、第2ゲインk2と後輪転舵角ψを掛け合わせた補正量による制御例を示した。また、実施例3,4では、前輪転舵角制御手段として、旋回半径rの演算式を用いる補正制御例を示した。しかし、前輪転舵角制御手段としては、ステアリング操作による操舵量に基づく前輪転舵角を、前後輪転舵角差を減じるように、後輪転舵角に応じて補正制御するものであれば、理想あるいは目標ヨーレートを操舵角と車速により決め、実ヨーレートが理想あるいは目標ヨーレートに追従するように前輪転舵角の補正制御を行うような例としても良い。
【0093】
実施例1〜4では、4WS車1として、ステアリングホイール13と、前輪11,11及び後輪12,12と、が機械的に連結されていないバイワイヤによるステアリング系構成とした例を示した。しかし、4WS車としては、ステアリングホイールと後輪は切り離されているが、ステアリングホイールと前輪は機械的に連結され、前輪の転舵角の補正量だけ制御する補助転舵アクチュエータを備えた例としても良い。
【0094】
実施例1〜4では、本発明の車両用前後輪転舵制御装置を電気自動車による4WS車1に適用する例を示した。しかし、本発明の車両用前後輪転舵制御装置を適用する車両としては、電気自動車以外のハイブリッド車やエンジン車等の他の駆動形式の車両に対しても適用することができる。
【符号の説明】
【0095】
1 4WS車(車両)
11,11 前輪
12,12 後輪
13 ステアリングホイール
14 前輪ラック&ピニオン
15 前輪転舵モータ
16 後輪ラック&ピニオン
17 後輪転舵モータ
2 4WSコントロールユニット
21 軌跡演算機(後輪転舵角制御手段)
22 後輪舵角演算機(後輪転舵角制御手段)
23 前輪舵角演算機(前輪転舵角制御手段)
23a 補正前の前輪転舵角演算部
23b,23d 補正量演算部
23c,23f,23g 前輪転舵角演算部
23e 理想旋回半径演算部
24 前輪転舵モータF/Bコントローラ
25 後輪転舵モータF/Bコントローラ
32 前輪ラックストロークセンサ
33 後輪ラックストロークセンサ
34 車速センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
前輪及び後輪がステアリング操作とは独立して転舵可能である車両において、
前記車両の進行方向側に設定した車両特定部の定点の軌跡を、前記車両の進行方向とは反対側に設定した車両特定部の定点がトレースするように、後輪転舵角を制御する後輪転舵角制御手段と、
前記ステアリング操作による操舵量に基づく前輪転舵角を、前後輪転舵角差を減じるように、前記後輪転舵角に応じて補正制御する前輪転舵角制御手段と、
を備えることを特徴とする車両用前後輪転舵制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載された車両用前後輪転舵制御装置において、
前記前輪転舵角制御手段は、前記後輪転舵角に応じて補正制御する際、後輪転舵角がゼロで、前輪転舵角が補正前の前輪転舵角であった場合の旋回半径に、前記車両の実旋回半径が近づくように補正量を決める
ことを特徴とする車両用前後輪転舵制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載された車両用前後輪転舵制御装置において、
前記前輪転舵角制御手段は、前記後輪転舵角に割合係数を掛け合わせて得られる転舵角を補正量とし、前記操舵量に基づく前輪舵角に前記補正量を加える
ことを特徴とする車両用前後輪転舵制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載された車両用前後輪転舵制御装置において、
前記前輪転舵角制御手段は、前記割合係数を、0〜1の値のうち評価関数が最大となる値を選択し、前記評価関数を、1/旋回半径と、ステア角に対するヨーレートのヒステリシス特性に伴うヨーレートずれ量の係数倍と、の差にて求める
ことを特徴とする車両用前後輪転舵制御装置。
【請求項5】
請求項1から3までの何れか1項に記載された車両用前後輪転舵制御装置において、
前記前輪転舵角制御手段は、車両特定点をOとし、後輪の左右中心をFとし、後輪転舵角がゼロで、前輪転舵角が補正前の前輪転舵角であった場合の旋回中心をPとし、後輪転舵角が補正前の後輪転舵角で、前輪転舵角が補正前の前輪転舵角であった場合の旋回中心をQとしたとき、前記車両特定点Oを中心とし、旋回中心Pを通る円と、直線FQをQ側に延長した線が交差する点Rが、旋回中心となるように、前輪転舵角を決定する
ことを特徴とする車両用前後輪転舵制御装置。
【請求項6】
請求項5に記載された車両用前後輪転舵制御装置において、
前記前輪転舵角制御手段は、直線RQ上に|QG|/|QR|が所定の割合係数となるように点Gをとり、点Gが旋回中心となるように、前輪転舵角を決定する
ことを特徴とする車両用前後輪転舵制御装置。
【請求項7】
請求項6に記載された車両用前後輪転舵制御装置において、
前記前輪転舵角制御手段は、前記割合係数を、0〜1の値のうち評価関数が最大となる値を選択し、前記評価関数を、1/旋回半径と、ステア角に対するヨーレートのヒステリシス特性に伴うヒステリシス面積の係数倍と、の差にて求める
ことを特徴とする車両用前後輪転舵制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2013−86672(P2013−86672A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−229542(P2011−229542)
【出願日】平成23年10月19日(2011.10.19)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】