説明

電動パワーステアリング装置

【課題】ラックシャフトがストッパに衝突したときに発生するステアリングシャフトの慣性トルクを小さくすることのできる電動パワーステアリング装置を提供する。
【解決手段】電動パワーステアリング装置1は、ステアリングシャフト10と、ラックシャフト20と、ストッパ41と、ステアリングシャフト10にトルクを付与する電動モータ51と、電動モータ51の駆動電流を制御するための指令信号を出力する制御装置54とを備える。制御装置54は、ラックシャフト20がストッパ41に衝突したときにステアリングシャフト10に発生するトルクを慣性トルクとし、慣性トルクとは反対の方向のトルクを補償トルクとし、ステアリングシャフト10に補償トルクを付与する電動モータ51の駆動電流を補償電流とし、補償電流を電動モータ51に供給するための指令信号を補償指令信号として、慣性トルクが発生しているときに補償指令信号を出力する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステアリングシャフトと、ラックシャフトと、このラックシャフトの移動を制限するストッパと、ステアリングシャフトにトルクを付与する電動モータと、ステアリングシャフトのトルクに応じて電動モータの駆動電流を制御するための指令信号を出力する制御装置とを備える電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の電動パワーステアリング装置は、ステアリングホイールの操作によりステアリングシャフトに入力されるトルクに応じて電動モータから同シャフトに付与するトルクの大きさを制御している。また、特許文献1に記載の電動パワーステアリング装置は、転舵輪に対して路面から入力されるトルクの影響を抑制し、ステアリングホイールの操作のアシストを良好なものにするための制御をさらに行なう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−74983号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
転舵輪に対して路面から入力される力が大きい場合、例えば車両の走行時に転舵輪が車道の縁石に衝突した場合、ラックシャフトがストッパに衝突することがある。そして、ラックシャフトがストッパに衝突した場合には、ステアリングシャフトに過度に大きな慣性トルクが発生するおそれがある。なお、特許文献1の電動パワーステアリング装置は、ラックシャフトがストッパに衝突することを考慮した制御を行なうものではないため、上記慣性トルクが十分に低減されないと考えられる。
【0005】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その目的は、ラックシャフトがストッパに衝突したときに発生するステアリングシャフトの慣性トルクを小さくすることのできる電動パワーステアリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するための手段を以下に記載する。
(1)第1の手段は、請求項1に記載の発明すなわち、「ステアリングシャフトと、ラックシャフトと、このラックシャフトの移動を制限するストッパと、前記ステアリングシャフトにトルクを付与する電動モータと、前記ステアリングシャフトのトルクに応じて前記電動モータの駆動電流を制御するための指令信号を出力する制御装置とを備える電動パワーステアリング装置において、前記制御装置は、前記ラックシャフトが前記ストッパに衝突したときに前記ステアリングシャフトに発生するトルクを慣性トルクとし、この慣性トルクとは反対の方向のトルクを補償トルクとし、前記ステアリングシャフトにこの補償トルクを付与する前記電動モータの駆動電流を補償電流とし、この補償電流を前記電動モータに供給するための指令信号を補償指令信号として、前記慣性トルクが発生しているときに前記補償指令信号を出力する」ことを要旨とする。
【0007】
この発明によれば、ステアリングシャフトに慣性トルクが発生しているとき、電動モータにより慣性トルクとは反対の方向のトルクがステアリングシャフトに付与される。このため、ラックシャフトがストッパに衝突したときに発生するステアリングシャフトの慣性トルクを小さくすることができる。
【0008】
(2)第2の手段は、請求項2に記載の発明すなわち、「ステアリングシャフトと、ラックシャフトと、このラックシャフトの移動を制限するストッパと、前記ステアリングシャフトにトルクを付与する電動モータと、前記ステアリングシャフトのトルクに応じて前記電動モータの駆動電流を制御するための指令信号を出力する制御装置とを備える電動パワーステアリング装置において、前記制御装置は、前記ラックシャフトを前記ストッパに向けて移動させる前記ステアリングシャフトの回転方向を制限方向とし、前記ステアリングシャフトを制限方向とは反対の方向に回転させるためのトルクを補償トルクとし、前記ステアリングシャフトにこの補償トルクを付与する前記電動モータの駆動電流を補償電流とし、この補償電流を前記電動モータに供給するための指令信号を補償指令信号として、前記ラックシャフトが前記ストッパに衝突しているときに前記補償指令信号を出力する」ことを要旨とする。
【0009】
この発明によれば、ラックシャフトがストッパに衝突しているとき、電動モータによりラックシャフトをストッパに向けて移動させるステアリングシャフトの回転方向とは反対の方向のトルクがステアリングシャフトに付与される。このため、ラックシャフトがストッパに衝突したときに発生するステアリングシャフトの慣性トルクを小さくすることができる。
【0010】
(3)第3の手段は、請求項3に記載の発明すなわち、「請求項1または2に記載の電動パワーステアリング装置において、前記ラックシャフトが前記ストッパに衝突していることを示す条件を衝突発生条件として、この衝突発生条件が成立しているとき、前記補償指令信号を出力する」ことを要旨とする。
【0011】
(4)第4の手段は、請求項4に記載の発明すなわち、「請求項3に記載の電動パワーステアリング装置において、前記電動モータの回転速度の減少速度が所定の減少速度以上であることを前記衝突発生条件とする」ことを要旨とする。
【0012】
ラックシャフトがストッパに衝突したときに確認できる現象として、電動モータの回転速度の減少速度が過度に大きいというものが挙げられる。このため、電動モータの回転速度の減少速度が所定の減少速度以上のときには、ラックシャフトがストッパに衝突した可能性が高いと考えることができる。
【0013】
本発明においては、この考え方に基づいて、電動モータの回転速度の減少速度が所定の減少速度以上のときに補償指令信号を出力するため、ステアリングシャフトに発生する慣性トルクをより的確に小さくすることができる。
【0014】
(5)第5の手段は、請求項5に記載の発明すなわち、「請求項3に記載の電動パワーステアリング装置において、前記電動モータの駆動電流の絶対値が「0」の状態から前記電動モータの駆動電流の絶対値が「0」よりも大きい状態に変化したことを前記衝突発生条件とする」ことを要旨とする。
【0015】
ラックシャフトがストッパに衝突したときに確認できる現象として、指令信号による電動モータの制御が不能な状態から制御が可能な状態に変化するというものが挙げられる。このため、電動モータの駆動電流の絶対値が「0」の状態から「0」よりも大きい状態に変化したときには、ラックシャフトがストッパに衝突した可能性が高いと考えることができる。
【0016】
本発明においては、この考え方に基づいて、電動モータの駆動電流の絶対値が「0」の状態から「0」よりも大きい状態に変化したときに補償指令信号を出力するため、ステアリングシャフトに発生する慣性トルクをより的確に小さくすることができる。
【0017】
(6)第6の手段は、請求項6に記載の発明すなわち、「請求項3に記載の電動パワーステアリング装置において、前記ステアリングシャフトに作用するトルクの変化量が所定の変化量以上であることを前記衝突発生条件とする」ことを要旨とする。
【0018】
ラックシャフトがストッパに衝突したときに確認できる現象として、ステアリングシャフトに作用するトルクが過度に大きいというものが挙げられる。このため、ステアリングシャフトに作用するトルクの変化量が所定の変化量以上のときには、ラックシャフトがストッパに衝突した可能性が高いと考えることができる。
【0019】
本発明においては、この考え方に基づいて、ステアリングシャフトに作用するトルクの変化量が所定の変化量以上のときに補償指令信号を出力するため、ステアリングシャフトに発生する慣性トルクをより的確に小さくすることができる。
【0020】
(7)第7の手段は、請求項7に記載の発明すなわち、「請求項3に記載の電動パワーステアリング装置において、前記ステアリングシャフトに作用するトルクの方向が反転したことを前記衝突発生条件とする」ことを要旨とする。
【0021】
ラックシャフトがストッパに衝突したときに確認できる現象として、ステアリングシャフトに作用するトルクの方向が反転するというものが挙げられる。このため、ステアリングシャフトに作用するトルクの方向が反転したときには、ラックシャフトがストッパに衝突した可能性が高いと考えることができる。
【0022】
本発明においては、この考え方に基づいて、ステアリングシャフトに作用するトルクの方向が反転したときに補償指令信号を出力するため、ステアリングシャフトに発生する慣性トルクをより的確に小さくすることができる。
【0023】
(8)第8の手段は、請求項8に記載の発明すなわち、「請求項1〜7のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記ラックシャフトが前記ストッパに衝突することを示す条件を衝突見込条件として、この衝突見込条件が成立しているとき、前記補償指令信号を出力する」ことを要旨とする。
【0024】
この発明によれば、電動モータの動作状態が制御可能状態にあるにもかかわらず長期間にわたり補償指令信号が出力されることが抑制される。このため、ラックシャフトがストッパに衝突した後において、ステアリングホイールに対する適切なアシストを速やかに再開することができる。
【0025】
(9)第9の手段は、請求項9に記載の発明すなわち、「請求項8に記載の電動パワーステアリング装置において、前記電動モータの動作状態が所定の動作状態にあることを前記衝突見込条件とする」ことを要旨とする。
【0026】
ラックシャフトがストッパに衝突するときに確認できる現象として、電動モータの動作状態が衝突発生に応じた状態にあるというものが挙げられる。このため、電動モータの動作状態が所定の動作状態のときには、ラックシャフトがストッパに衝突する可能性が高いと考えることができる。
【0027】
本発明においては、この考え方に基づいて、電動モータの動作状態が所定の動作状態のときに補償指令信号を出力するため、ステアリングシャフトに発生する慣性トルクをより的確に小さくすることができる。
【0028】
(10)第10の手段は、請求項10に記載の発明すなわち、「請求項8または9に記載の電動パワーステアリング装置において、前記電動モータの回転速度が所定の回転速度以上であることを前記衝突見込条件とする」ことを要旨とする。
【0029】
ラックシャフトがストッパに衝突するときに確認できる現象として、電動モータの回転速度が過度に大きいというものが挙げられる。このため、電動モータの回転速度が所定の回転速度以上のときには、ラックシャフトがストッパに衝突する可能性が高いと考えることができる。
【0030】
本発明においては、この考え方に基づいて、電動モータの回転速度が所定の回転速度以上のときに補償指令信号を出力するため、ステアリングシャフトに発生する慣性トルクをより的確に小さくすることができる。
【0031】
(11)第11の手段は、請求項11に記載の発明すなわち、「請求項8または9に記載の電動パワーステアリング装置において、前記電動モータの駆動電流と前記指令信号の指令電流との差が所定の差以上であることを衝突見込条件とする」ことを要旨とする。
【0032】
ラックシャフトがストッパに衝突するときに確認できる現象として、電動モータの駆動電流と指令信号の指令電流とが過度に乖離しているというものが挙げられる。このため、電動モータの駆動電流と指令信号が指令する駆動電流との差が所定の差以上のときには、ラックシャフトがストッパに衝突する可能性が高いと考えることができる。
【0033】
本発明においては、この考え方に基づいて、電動モータの駆動電流と指令信号が指令する駆動電流との差が所定の差以上のときに補償指令信号を出力するため、ステアリングシャフトに発生する慣性トルクをより的確に小さくすることができる。
【0034】
(12)第12の手段は、請求項12に記載の発明すなわち、「請求項8または9に記載の電動パワーステアリング装置において、前記電動モータの駆動電流が「0」であることを前記衝突見込条件とする」ことを要旨とする。
【0035】
ラックシャフトがストッパに衝突するときに確認できる現象として、電動モータが制御装置による制御が不能な状態にあるというものが挙げられる。このため、電動モータの駆動電流が「0」のときには、ラックシャフトがストッパに衝突する可能性が高いと考えることができる。
【0036】
本発明においては、この考え方に基づいて、電動モータの駆動電流が「0」のときに補償指令信号を出力するため、ステアリングシャフトに発生する慣性トルクをより的確に小さくすることができる。
【0037】
(13)第13の手段は、請求項13に記載の発明すなわち、「請求項8に記載の電動パワーステアリング装置において、前記ラックシャフトの移動速度が所定の移動速度以上であることを前記衝突見込条件とする」ことを要旨とする。
【0038】
ラックシャフトがストッパに衝突するときに確認できる現象として、ラックシャフトの移動速度が過度に大きいというものが挙げられる。このため、ラックシャフトの移動速度が所定の移動速度以上のときには、ラックシャフトがストッパに衝突する可能性が高いと考えることができる。
【0039】
本発明においては、この考え方に基づいて、ラックシャフトの移動速度が所定の移動速度以上のときに補償指令信号を出力するため、ステアリングシャフトに発生する慣性トルクをより的確に小さくすることができる。
【0040】
(14)第14の手段は、請求項14に記載の発明すなわち、「請求項1〜13のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記制御装置は、前記補償指令信号を出力しているとき、かつ前記電動モータの駆動電流と前記指令信号の指令電流との差が基準の差以下のとき、前記ステアリングシャフトのトルクに応じて前記指令信号を出力する」ことを要旨とする。
【0041】
制御装置による電動モータの制御が可能なときに確認できる現象として、電動モータの駆動電流と指令信号の指令電流との乖離が小さいというものが挙げられる。このため、電動モータの駆動電流と指令信号の指令電流との差が基準の差以下のときには、電動モータの制御が可能な状態にあると考えることができる。
【0042】
本発明においては、この考え方に基づいて、電動モータの駆動電流と指令信号が指令する駆動電流との差が基準の差以下のとき、ステアリングシャフトのトルクに応じた指令信号の出力を開始する。このため、補償指令信号に基づく電動モータの制御からトルクに応じた指令信号に基づく電動モータの制御への切り替えが適切な時期に行なわれる。
【0043】
(15)第15の手段は、請求項15に記載の発明すなわち、「請求項14に記載の電動パワーステアリング装置において、前記制御装置は、前記電動モータの駆動電流と前記指令信号の指令電流との差が前記基準の差以下の状態を許容乖離状態として、この許容乖離状態が所定時間以上にわたり継続しているとき、前記ステアリングシャフトのトルクに応じて前記指令信号を出力する」ことを要旨とする。
【0044】
電動モータの駆動電流と指令信号の指令電流との差が基準の差よりも大きい状態から基準の差以下の状態に変化した場合において、同電流の差が直ちに基準の差よりも大きい状態に変化することもある。このため、補償指令信号に基づく電動モータの制御からトルクに応じた指令信号に基づく電動モータの制御への切り替えをより適切な時期に行なうためには、上記電流の差が基準の差以下の状態が所定時間以上にわたり継続しているか否かを確認することが好ましい。
【0045】
本発明においては、この考え方に基づいて、電動モータの駆動電流と指令信号の指令電流との差が基準の差以下の状態を許容乖離状態として、許容乖離状態が所定時間以上にわたり継続しているとき、ステアリングシャフトのトルクに応じた指令信号の出力を開始している。このため、補償指令信号に基づく電動モータの制御からトルクに応じた指令信号に基づく電動モータの制御への切り替えをより適切な時期に行なうことができる。
【0046】
(16)第16の手段は、請求項16に記載の発明すなわち、「請求項1〜13のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記制御装置は、前記補償指令信号を出力しているとき、かつ前記電動モータの回転方向が反転したとき、前記ステアリングシャフトのトルクに応じて前記指令信号を出力する」ことを要旨とする。
【0047】
ラックシャフトがストッパに衝突したときに確認できる現象として、ステアリングシャフトに作用する電動モータの回転方向が反転するというものが挙げられる。このため、電動モータの回転方向が反転したときには、ラックシャフトがストッパに衝突した可能性が高いと考えることができる。また、ラックシャフトがストッパに衝突したときには電動モータの回転速度が低下するため、制御装置による電動モータの制御が不能な状態から制御が可能な状態に変化している可能性が高い。
【0048】
本発明においては、この考え方に基づいて、電動モータの回転方向が反転したときに補償指令信号を出力している。このため、補償指令信号に基づく電動モータの制御からトルクに応じた指令信号に基づく電動モータの制御への切り替えをより適切な時期に行なうことができる。
【0049】
(17)第17の手段は、請求項17に記載の発明すなわち、「請求項1〜16のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記制御装置は、前記ステアリングシャフトのトルクを検出するトルクセンサの出力を反映することなく予め設定された前記指令信号を前記補償指令信号として出力する」ことを要旨とする。
【0050】
(18)第18の手段は、請求項18に記載の発明すなわち、「請求項1〜17のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、前記制御装置は、前記補償指令信号を出力する制御に代えて、前記電動モータの駆動を停止する制御を行なう」ことを要旨とする。
【0051】
ラックシャフトがストッパに衝突したときに発生するステアリングシャフトの慣性トルクは、ラックシャフトをストッパに押し付ける方向に作用する。このため、トルクアシスト制御を行なう電動パワーステアリング装置においては、慣性トルクに応じて電動モータからステアリングシャフトに慣性トルクと同方向のトルクが付与される。このとき、ラックシャフトの移動がストッパにより制限された状態にあるため、同トルクを発生する方向に電動モータを駆動した場合には、電動モータとステアリングシャフトとの間で動力を伝達する部品および電動モータに過度に大きな負荷がかかる。すなわち、ラックシャフトがストッパに衝突したときには、電動モータのトルクアシスト制御に起因して同部品および電動モータの少なくとも一方に損傷が生じるおそれがある。
【0052】
本発明では、ラックシャフトとストッパとの衝突にともない慣性トルクが発生しているとき、電動モータの駆動を停止するため、トルクアシスト制御に起因する上記の問題が生じることを抑制することができる。
【発明の効果】
【0053】
本発明によれば、ラックシャフトがストッパに衝突したときに発生するステアリングシャフトの慣性トルクを小さくすることのできる電動パワーステアリング装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明の一実施形態の電動パワーステアリング装置について、その全体構造を示す模式図。
【図2】同実施形態の電動パワーステアリング装置について、制御装置により実行される「逆入力時慣性補償制御」の手順を示すフローチャート。
【図3】同実施形態の電動パワーステアリング装置について、制御装置により実行される「衝突見込条件判定制御」の手順を示すフローチャート。
【図4】同実施形態の電動パワーステアリング装置について、制御装置により実行される「補償停止条件判定制御」の手順を示すフローチャート。
【図5】比較例の電動パワーステアリング装置について、(a)電動モータの回転速度の変化、(b)ステアリングシャフトに作用するトルクの変化、および(c)電動モータの駆動電流の変化を示すタイミングチャート。
【図6】同実施形態の電動パワーステアリング装置について、(a)電動モータの回転速度の変化、(b)ステアリングシャフトに作用するトルクの変化、および(c)電動モータの駆動電流の変化を示すタイミングチャート。
【発明を実施するための形態】
【0055】
図1を参照して、電動パワーステアリング装置1の構成について説明する。
電動パワーステアリング装置1は、ステアリングホイール2の操作に応じて回転するステアリングシャフト10と、ステアリングシャフト10から伝達される回転により直線運動するラックシャフト20とを備えている。またこの他に、ステアリングシャフト10の回転をラックシャフト20に伝達するラックアンドピニオン機構30と、ラックシャフト20を支持するラックハウジング40と、ステアリングシャフト10にトルクを付与するアシスト装置50とを備えている。
【0056】
ステアリングシャフト10は、ステアリングホイール2が固定されるコラムシャフト11と、ラックアンドピニオン機構30に回転を伝達するピニオンシャフト13と、コラムシャフト11とピニオンシャフト13とを互いに接続するインターミディエイトシャフト12とを備えている。
【0057】
ラックアンドピニオン機構30は、ピニオンシャフト13に形成されたピニオン31と、ラックシャフト20に形成されたラック32とを備えている。ピニオン31およびラック32は、ラックハウジング40内において互いに噛み合わせられている。
【0058】
ラックシャフト20において、右側の先端を含む右側の端部および左側の先端を含む左側の端部は、ラックハウジング40から突出している。ラックシャフト20の右側の端部には、右ラックエンド21が設けられている。ラックシャフト20の左側の端部には、左ラックエンド22が設けられている。
【0059】
ラックハウジング40の右側の端部には、軸方向において右ラックエンド21に対向する右ストッパ41が設けられている。ラックハウジング40の左側の端部には、軸方向において左ラックエンド22に対向する左ストッパ42が設けられている。
【0060】
電動パワーステアリング装置1においては、ラックハウジング40に対するラックシャフト20の移動が次のように制限される。すなわち、ラックシャフト20がラックハウジング40に対して軸方向の左方に移動することにより右ラックエンド21が右ストッパ41に接触したとき、ラックハウジング40に対する軸方向左方への移動が制限される。一方、ラックシャフト20がラックハウジング40に対して軸方向の右方に移動することにより左ラックエンド22が左ストッパ42に接触したとき、ラックハウジング40に対する軸方向右方への移動が制限される。
【0061】
アシスト装置50は、駆動源としての電動モータ51と、電動モータ51のロータの回転角に応じた信号を出力する回転角センサ51Aと、電動モータ51の回転を減速してコラムシャフト11に伝達する減速機52と、ステアリングシャフト10に作用しているトルクに応じた信号を出力するトルクセンサ53と、電動モータ51を制御する制御装置54とを備えている。
【0062】
減速機52は、電動モータ51の出力軸と一体的に回転するウォームシャフト52Aと、コラムシャフト11と一体的に回転するウォームホイール52Bとを備えている。ウォームホイール52Bとしては、樹脂製のものが用いられている。
【0063】
制御装置54は、回転角センサ51Aの出力に基づいて、電動モータ51の回転速度に相当する演算値を算出する。また、トルクセンサ53の出力に基づいて、ステアリングシャフト10に作用しているトルクに相当する演算値を算出する。また、トルクアシスト制御、逆入力時慣性補償制御(図2)、衝突見込条件判定制御(図3)、および補償停止条件判定制御(図4)をはじめとする各種の制御を行なう。
【0064】
トルクアシスト制御では、電動モータ51に流れている電流(以下、「駆動電流」)、およびトルクの演算値に基づいて、ステアリングシャフト10のトルクに応じた指令信号(以下、「通常指令信号」)を電動モータ51の駆動回路に出力する。
【0065】
逆入力時慣性補償制御では、衝突見込条件判定制御により衝突見込条件の成否状態が不成立から成立に変化したとき、トルクの演算値とは関係なく予め設定された指令信号(以下、「補償指令信号」)の出力を開始する。また、補償停止条件判定制御により補償停止条件の成否状態が不成立から成立に変化したとき、補償指令信号の出力を停止する。
【0066】
衝突見込条件判定制御では、衝突見込条件すなわち、ラックシャフト20が右ストッパ41または左ストッパ42に衝突するおそれがあることを示す条件が成立しているか否かを判定する。また、電動モータ51の動作状態の1つとしての電動モータ51の回転速度に基づいて、衝突見込条件が成立しているか否かを判定する。
【0067】
補償停止条件判定制御では、補償停止条件すなわち、電動モータ51の動作状態が制御装置54の指令信号に基づく動作が不能な状態から可能な状態に変化したことを示す条件が成立しているか否かを判定する。また、電動モータ51の動作状態の1つとしての電動モータ51の駆動電流に基づいて、補償停止条件が成立しているか否かを判定する。なお、ここでの指令信号は、通常指令信号および補償指令信号を含めて制御装置54により生成される全ての指令信号を意味する。
【0068】
電動モータ51の駆動回路は、制御装置54の指令信号により指定される電流(以下、「指令電流」)に応じた駆動電流を電動モータ51に供給する。なお、駆動回路が電動モータ51に供給することのできる駆動電流には正の方向および負の方向にそれぞれ上限値がある。このため、制御装置54は、正の方向の上限の駆動電流に対応する指令電流(以下、「正ガード電流値IPmax」)、および負の方向の上限の駆動電流に対応する指令電流(以下、「負ガード電流値INmax」)を指令電流のガード値として指令信号を生成する。
【0069】
電動パワーステアリング装置1の動作について説明する。
運転者によりステアリングホイール2にトルクが入力されたとき、ステアリングホイール2とともにステアリングシャフト10が回転する。ステアリングシャフト10の回転は、ラックアンドピニオン機構30によりラックシャフト20の軸方向の直線運動に変換される。ラックシャフト20は、ラックアンドピニオン機構30から伝達される力により軸方向に移動する。そして、ラックシャフト20の軸方向への移動にともない転舵輪3の舵角が変更される。
【0070】
アシスト装置50は次のようにステアリングホイール2の操作をアシストする。
運転者によりステアリングホイール2にトルクが入力されているとき、ステアリングシャフト10に入力されているトルクに応じた信号がトルクセンサ53から制御装置54に出力される。
【0071】
制御装置54は、トルクセンサ53の出力に基づいて電動モータ51に対する指令信号を生成し、この指令信号を電動モータ51の駆動回路に出力する。駆動回路は、制御装置54の指令信号により示される指令電流を電動モータ51に供給する。これにより、電動モータ51には指令電流に応じた駆動電流が流れる。
【0072】
そして、電動モータ51の回転が減速機52により減速されてステアリングシャフト10に伝達されることにより、ステアリングシャフト10にトルクが付与される。これにより、ラックシャフト20を軸方向に移動させるためにステアリングホイール2の操作に要求される力が小さくなる。すなわち、ステアリングホイール2の操作に必要となる力がアシスト装置50によりアシストされる。
【0073】
図2を参照して、逆入力時慣性補償制御の手順について説明する。
この制御は、図1の制御装置54により所定の制御周期毎に繰り返し行われる。すなわち、最後のステップの処理が終了した後、所定の制御周期が経過するまでは同制御の実行が保留され、所定の制御周期が経過したときに再び最初のステップから本制御が行なわれる。
【0074】
制御装置54は、以下のように各ステップの処理を行なう。
ステップS11では、図3の衝突見込条件判定制御により衝突見込条件の成否状態が不成立から成立に変化したとの判定結果が得られているか否かを判定する。ステップS11において、同判定結果が得られている旨判定したとき、ステップS16の処理に移行する。一方、ステップS11において、同判定結果が得られていない旨判定したとき、ステップS12の処理に移行する。
【0075】
ステップS12では、補償指令信号の出力中か否かを判定する。ステップS12において補償指令信号の出力中の旨判定したとき、ステップS13の処理に移行する。一方、ステップS12において補償指令信号の出力中ではない旨判定したとき、ステップS14の処理に移行する。
【0076】
ステップS13では、図4の補償停止条件判定制御により補償停止条件の成否状態が不成立から成立に変化したとの判定結果が得られているか否かを判定する。ステップS13において、同判定結果が得られている旨判定したとき、ステップS15の処理に移行する。一方、ステップS13において、同判定結果が得られていない旨判定したとき、ステップS16の処理に移行する。
【0077】
ステップS14では、通常指令信号の出力を開始または継続する。ステップS15では、補償指令信号の出力を停止し、かつ通常指令信号の出力を開始する。ステップS16では、補償指令信号の出力を開始または継続する。
【0078】
図3を参照して、衝突見込条件判定制御の内容について説明する。
この制御は、図1の制御装置54により所定の制御周期毎に繰り返し行われる。すなわち、最後のステップの処理が終了した後、所定の制御周期が経過するまでは同制御の実行が保留され、所定の制御周期が経過したときに再び最初のステップから本制御が行なわれる。
【0079】
ステップS21では、電動モータ51の回転速度が所定の回転速度(以下、「上限回転速度RC」)以上か否かを判定する。ステップS21において肯定判定したとき、ステップS22に移行する。一方、ステップS21において否定判定したとき、ステップS24に移行する。
【0080】
上限回転速度RCは、電動モータ51の回転速度が検出不能領域にあるか否かを判定するための判定値として予め設定されている。検出不能領域は、回転角センサ51Aが電動モータ51の回転角を検出することができない電動モータ51の回転速度の領域を示すものであり、試験等を実施するにより予め把握することができる。
【0081】
電動モータ51の回転速度が上限回転速度RC以上のとき、電動モータ51の回転角が回転角センサ51Aにより検出されない。これにより、電動モータ51の駆動電流のフィードバック制御を行なうことができなくなるため、制御装置54の指令信号に応じた駆動電流が電動モータ51に供給されなくなる。
【0082】
このため、電動モータ51の回転速度が上限回転速度RC以上のときには、時間の経過にともない電動モータ51の駆動電流が次第に低下し、最終的には「0」となる。すなわち、電動モータ51の回転速度が上限回転速度RC以上のとき、制御装置54は指令信号により電動モータ51を制御することができない。
【0083】
以下では、指令信号による電動モータ51の制御が不能となる電動モータ51の動作状態を「制御不可状態」とする。また、指令信号による電動モータ51の制御が可能な電動モータ51の動作状態を「制御可能状態」とする。
【0084】
ステップS22では、電動モータ51の回転速度が上限回転速度RC以上の状態を「過剰速度状態」として、この過剰速度状態が継続されている時間(以下、「過剰速度継続時間TA」)が判定時間TAX以上か否かを判定する。ステップS22において肯定判定したとき、ステップS23に移行する。一方、ステップS22において否定判定したとき、ステップS24に移行する。
【0085】
判定時間TAXは、電動モータ51の過剰速度状態に起因してラックシャフト20が右ストッパ41または左ストッパ42に衝突するおそれがあるか否かについて、これを電動モータ51の回転速度に基づいて判定するための判定値として予め設定されている。
【0086】
ステップS23では、衝突見込条件が成立している旨、すなわちラックシャフト20が右ストッパ41または左ストッパ42に衝突する条件が成立している旨判定する。ステップS24では、衝突見込条件が成立していない旨判定する。
【0087】
ラックシャフト20が右ストッパ41または左ストッパ42に衝突するときに確認できる現象として、電動モータ51の動作状態が過剰速度状態にあるというものが挙げられる。このため、電動モータ51の動作状態が過剰速度状態のとき、すなわち電動モータ51の回転速度が上限回転速度RC以上のとき、ラックシャフト20が右ストッパ41または左ストッパ42に衝突する可能性が高いと考えることができる。また、過剰速度状態が継続されている時間が長くなるにつれてラックシャフト20が右ストッパ41または左ストッパ42に衝突する可能性がより高くなる。
【0088】
このため本衝突見込条件判定制御では、電動モータ51の過剰速度継続時間TAをカウントし、この過剰速度継続時間TAが判定時間TAX以上のとき、衝突見込条件が成立している旨判定している。
【0089】
図4を参照して、補償停止条件判定制御の内容について説明する。
この制御は、図1の制御装置54により所定の制御周期毎に繰り返し行われる。すなわち、最後のステップの処理が終了した後、所定の制御周期が経過するまでは同制御の実行が保留され、所定の制御周期が経過したときに再び最初のステップから本制御が行なわれる。
【0090】
ステップS31では、電動モータ51の駆動電流と指令信号の指令電流との差が所定の差(以下、「判定乖離量DX」)以上か否かを判定する。ステップS31において肯定判定したとき、ステップS32に移行する。一方、ステップS31において否定判定したとき、ステップS34に移行する。
【0091】
判定乖離量DXは、駆動電流と指令電流との差が制御不可時乖離領域にあるか否かを判定するための判定値として予め設定されている。制御不可時乖離領域は、電動モータ51が制御不可状態のときに生じる駆動電流と指令電流との差の領域を示すものであり、試験等を実施することにより予め把握することができる。
【0092】
ステップS32では、電動モータ51の駆動電流と指令信号の指令電流との差が判定乖離量DX未満の状態を「許容乖離状態」として、この許容乖離状態が継続されている時間(以下、「許容乖離継続時間TB」)が判定時間TBX以上か否かを判定する。ステップS32において肯定判定したとき、ステップS33に移行する。一方、ステップS32において否定判定したとき、ステップS34に移行する。
【0093】
判定時間TBXは、電動モータ51の動作状態が制御不可状態から制御可能状態に移行しているか否かについて、これを許容乖離継続時間TBに基づいて判定するための判定値として予め設定されている。
【0094】
ステップS33では、補償停止条件が成立している旨、すなわち電動モータ51が指令信号に応じて制御することが可能な動作状態にあることを示す条件が成立している旨判定する。ステップS34では、補償停止条件が成立していない旨判定する。
【0095】
電動モータ51の動作状態が制御可能状態にあるときに確認できる現象として、電動モータ51の動作状態が許容乖離状態にあるというものが挙げられる。このため、電動モータ51の動作状態が許容乖離状態のとき、すなわち駆動電流と指令電流との差が判定乖離量DX未満のとき、電動モータ51が制御可能状態にある可能性が高いと考えることができる。また、許容乖離状態が継続されている時間が長くなるにつれて制御可能状態にある可能性がより高くなる。
【0096】
このため本補償停止判定制御では、電動モータ51の許容乖離継続時間TBをカウントし、この許容乖離継続時間TBが判定時間TBX以上のとき、補償停止条件が成立している旨判定している。
【0097】
図5を参照して、比較例としての電動パワーステアリング装置(以下、「仮想ステアリング装置」)により行なわれる電動モータ51の制御について説明する。この仮想ステアリング装置は、逆入力時慣性補償制御、衝突見込条件判定制御、および補償停止条件判定制御を実行しない点を除いて本実施形態の電動パワーステアリング装置1と同じ構成を備えているものとする。
【0098】
なお、図5(a)は電動モータ51の回転速度を、図5(b)はステアリングシャフト10に作用するトルクを、図5(c)は電動モータ51の駆動電流をそれぞれ示している。また、図5(c)の二点鎖線は指令信号の指令電流を、また図5(c)の実線は電動モータ51の駆動電流をそれぞれ示している。
【0099】
時刻t11すなわち、車両の転舵輪3が走行路の縁石に衝突したとき、転舵輪3に入力されたトルクに基づいてラックシャフト20が軸方向の一方に移動する。また、ラックシャフト20の移動にともないラックアンドピニオン機構30を介してステアリングシャフト10にトルクが入力される。
【0100】
このため、図5(b)に示されるように、ステアリングシャフト10に作用するトルクは、ラックシャフト20から入力されるトルクに応じて急激に増加する。また、トルクセンサ53の出力がステアリングシャフト10のトルクに応じて変化する。
【0101】
制御装置54は、時刻t11以降において、図5(c)の実線で示されるようにトルクセンサ53の出力に応じて指令信号を生成する。このため、電動モータ51の駆動電流は、指令信号の指令電流に応じて急激に負の方向に増加する。また、この駆動電流の増加にともない、図5(a)に示されるように電動モータ51の回転速度が急激に上昇する。
【0102】
時刻t11以降において、ステアリングシャフト10のトルクの増加にともない指令電流が負ガード電流値INmaxに達したときには、指令信号として負ガード電流値INmaxを指令電流とするものが生成される。図5(c)に示される例においては、ステアリングシャフト10のトルクが大きいことにより、所定期間にわたり負ガード電流値INmaxを指令電流とする指令信号が生成される。
【0103】
時刻t12すなわち、電動モータ51の回転速度が上限回転速度RCを超えたとき、電動モータ51の駆動回路が制御装置54の指令信号に応じた駆動電流を電動モータ51に供給することができなくなる。このため、図5(c)に示されるように、電動モータ51の駆動電流(実線)が制御装置54の指令電流(二点鎖線)に対応する大きさから「0」に向けて急激に変化する。そして、電動モータ51の回転速度が上限回転速度RCを超えてから所定の時間が経過した後、電動モータ51の駆動電流が「0」となる。
【0104】
時刻t13すなわち、外部から転舵輪3に入力されるトルクがピークに達したとき、ステアリングシャフト10に作用するトルクもこれに応じてピークを示す。また、このトルクの増加に対応して、電動モータ51の回転速度もステアリングシャフト10からのトルクの入力にともなう変化の範囲において最も大きな回転速度を示す。
【0105】
時刻t13以降において、外部から転舵輪3に入力されるトルクがピークを越えて低下しているとき、これに応じてステアリングシャフト10のトルクが低下する。一方、ラックシャフト20は、時刻t11以降において転舵輪3に入力されたトルクに基づいて、軸方向の一方に継続して移動しているため、ステアリングシャフト10にはラックシャフト20から継続してトルクが入力される。これにより、電動モータ51の動作状態としては、ステアリングシャフト10から入力されるトルクに基づいて回転する状態が維持される。
【0106】
制御装置54は、図5(c)に示されるように、時刻t13以降においてもトルクセンサ53の出力に応じた指令信号を生成する。一方、電動モータ51の動作状態が制御不可状態にあるため、制御装置54から指令信号が出力されるものの電動モータ51の駆動電流が「0」となる状態が継続される。
【0107】
時刻t14すなわち、ラックシャフト20が右ストッパ41または左ストッパ42に衝突したとき、ラックシャフト20の移動が停止するため、図5(b)に示されるように、ステアリングシャフト10にはそれまでに作用していたトルクとは反対の方向に慣性トルクが作用する。また、ラックシャフト20の移動速度が急激に減少することにともない、ラックシャフト20に作用する慣性トルクが急激に増加する。また、電動モータ51の回転がステアリングシャフト10により妨げられるため、電動モータ51の回転速度が急激に低下する。
【0108】
制御装置54は、図5(c)に示されるように時刻t14以降において、トルクセンサ53の出力に応じて時刻t14以前とは反対の方向に電動モータ51を回転させるための通常指令信号を生成する。一方、時刻t14から時刻t15までの期間は電動モータ51の動作状態が依然として制御不可状態にあるため、電動モータ51の駆動電流が「0」となる状態が維持される。
【0109】
時刻t15すなわち、電動モータ51の回転速度が上限回転速度RC以上の状態から電動モータ51の回転速度が上限回転速度RC未満の状態に変化したとき、電動モータ51の動作状態が制御不可状態から制御可能状態に変化する。このため、図5(b)に示されるように、電動モータ51の駆動電流が指令信号の指令電流に向けて急激に増加する。すなわち、電動モータ51が指令電流に応じて回転しはじめる。
【0110】
このとき、指令信号としては、ラックシャフト20の移動を制限しているストッパについて、ラックシャフト20が同ストッパに押し付けられるようにステアリングシャフト10にトルクを入力するものが出力されている。
【0111】
具体的には、時刻t14においてラックシャフト20が右ストッパ41に衝突している場合、時刻t14以降に生成される指令信号は、ラックシャフト20が右ストッパ41に押し付けられるようにステアリングシャフト10にトルクを入力するものとなる。一方、時刻t14においてラックシャフト20が左ストッパ42に衝突している場合、時刻t14以降に生成される指令信号は、ラックシャフト20が左ストッパ42に押し付けられるようにステアリングシャフト10にトルクを入力するものとなる。
【0112】
以上のことから、時刻t14以降の状態は、電動モータ51のトルクアシスト制御によりステアリングシャフト10に作用する慣性トルクがより大きくされている状態、すなわち、トルクアシスト制御の実行に起因して、ステアリングシャフト10により大きな負荷がかけられている状態とみることができる。
【0113】
時刻t15以降において、ステアリングシャフト10のトルクの増加にともない指令電流が正ガード電流値IPmaxに達したときには、指令信号として正ガード電流値IPmaxを指令電流とするものが生成される。図5(c)に示される例においては、ステアリングシャフト10の慣性トルクが大きいことにより、所定期間にわたり正ガード電流値IPmaxを指令電流とする指令信号が生成される。
【0114】
時刻t16すなわち、電動モータ51の回転速度が「0」に達したとき、電動モータ51の慣性トルクによりステアリングシャフト10に作用する慣性トルクがピークに達する。このとき、ステアリングシャフト10からの反作用により電動モータ51に作用するトルクの大きさがそれまでに電動モータ51に作用していた慣性トルクの大きさを上回る。このため、電動モータ51が時刻t16以前の回転方向とは反対の方向に回転する。すなわち、図5(a)に示されるように、時刻t16以降において電動モータ51の回転速度が負の回転速度を示す。
【0115】
時刻t16以降において、電動モータ51の回転方向が反転することにともにないステアリングシャフト10に作用する慣性トルクが急激に低下する。そして、時刻t16から所定時間が経過した時刻t17において、ステアリングシャフト10に作用する慣性トルクの方向が反転する。その後、電動モータ51の回転速度の低下に応じてステアリングシャフト10に作用する慣性トルクも小さくなる。
【0116】
時刻t18すなわち、ラックシャフト20が右ストッパ41または左ストッパ42に衝突した時刻t14から所定時間が経過したとき、電動モータ51の回転速度が「0」となる。そして、電動モータ51の回転が停止した後、ステアリングシャフト10に作用するトルクが「0」となる。
【0117】
制御装置54は、図5(c)に示されるように、時刻t16以降においてもトルクセンサ53の出力に応じた指令信号を生成する。また、電動モータ51の動作状態が制御可能状態にあるため、電動モータ51の駆動電流は、制御装置54から出力される通常指令信号に応じて変化する。
【0118】
時刻t17以降において、ステアリングシャフト10の慣性トルクが負の方向に増加することにともない指令電流が負ガード電流値INmaxに達したとき、指令信号として負ガード電流値INmaxを指令電流とするものが生成される。図5(c)に示される例においては、ステアリングシャフト10の慣性トルクが大きいことにより、所定の期間にわたり負ガード電流値INmaxを指令電流とする指令信号が生成される。
【0119】
図6を参照して、逆入力時慣性補償制御の実行態様の一例について説明する。
ここでは、図5に示される仮想ステアリング装置においての電動モータ51の制御を説明した上記の例と同様の状況を前提とし、そのときに行なわれる逆入力時慣性補償制御等による指令信号の生成態様について説明する。なお、図5に示される各時刻と同様の状態を示している時刻については、重複する点の説明を省略する。
【0120】
時刻t22以降において、図3の衝突見込条件判定制御により過剰速度継続時間TAのカウントが開始される。また、この過剰速度継続時間TAが判定時間TAX以上か否かの判定が行なわれる。
【0121】
時刻t24すなわち、過剰速度継続時間TAが判定時間TAX以上となることにより衝突見込条件が成立したとき、補償指令信号の出力が開始される。具体的には、電動モータ51の回転速度が上限回転速度RC未満の状態から上限回転速度RC以上の状態に変化した時刻t22を基準として、時刻t22から所定時間Δt1が経過したとき、制御装置54により生成される指令信号が通常指令信号から補償指令信号に変更される。このとき、補償指令信号としては、ステアリングシャフト10のトルクを検出するトルクセンサ53の出力を反映することなく予め設定されたものが出力される。
【0122】
衝突見込条件が成立しているとき、電動モータ51の駆動電流と指令信号の指令電流との差が所定の差以上の大きさを示している。また、ラックシャフト20の移動速度が所定の移動速度以上の大きさを示している。また、電動モータ51の駆動電流が「0」を示している。
【0123】
すなわち制御装置54は、電動モータ51の回転速度が上限回転速度RC以上であることに基づいて補償指令信号を出力していることにより、結果として、下記条件の少なくとも1つの条件が成立しているときに補償指令信号を出力するものとなる。
(A)駆動電流と指令信号の指令電流との差が所定の差以上の大きさであること。
(B)ラックシャフト20の移動速度が所定の移動速度以上の大きさであること。
(C)電動モータ51の駆動電流が「0」であること。
【0124】
制御装置54は、図6(c)に示されるように時刻t24以降において、負ガード電流値INmaxを指令電流とする補償指令信号を出力する。一方、時刻t24から時刻t26までの期間は電動モータ51の動作状態が制御不可状態にあるため、電動モータ51の駆動電流が「0」となる状態が維持される。
【0125】
なお、補償指令信号の指令電流の方向は、ステアリングシャフト10に作用するトルクの方向に応じて定められる。このため、ステアリングシャフト10に作用するトルクの方向が図6(c)に示される例とは反対の場合、正ガード電流値IPmaxを指令電流とする補償指令信号が出力される。また、ここでは補償指令信号の指令電流の大きさとして、指令電流の最大値が設定されているが、最大値よりも小さい指令電流を設定することもできる。
【0126】
時刻t25すなわち、衝突発生条件が成立したとき、ラックシャフト20が右ストッパ41または左ストッパ42に衝突したことにともない電動モータ51の回転速度が急激に低下しはじめる。また、ステアリングシャフト10に作用するトルクの方向が反転する。
【0127】
衝突発生条件が成立しているとき、電動モータ51の回転速度の減少速度が所定の減少速度以上の大きさを示している。また、電動モータ51の駆動電流の絶対値が「0」の状態から「0」よりも大きい状態に変化している。また、ステアリングシャフト10に作用するトルクの変化量が所定の変化量以上の大きさを示している。また、ステアリングシャフト10に作用するトルクの方向が反転している。
【0128】
すなわち制御装置54は、電動モータ51の回転速度が上限回転速度RC以上であることに基づいて補償指令信号を出力していることにより、結果として、下記条件の少なくとも1つの条件が成立しているときに補償指令信号を出力するものとなる。
(A)電動モータ51の回転速度の減少速度が所定の減少速度以上の大きさであること。
(B)駆動電流が「0」の状態から「0」よりも大きい状態に変化していること。
(C)ステアリングシャフト10のトルクの変化量が所定の変化量以上であること。
(D)ステアリングシャフト10のトルクの方向が反転していること。
【0129】
時刻t26すなわち、電動モータ51の回転速度が上限回転速度RC以上の状態から電動モータ51の回転速度が上限回転速度RC未満の状態に変化したとき、電動モータ51の動作状態が制御不可状態から制御可能状態に変化する。このため、図6(b)に示されるように、電動モータ51の駆動電流が指令信号の指令電流に向けて急激に増加する。すなわち、電動モータ51が指令電流に応じて回転しはじめる。
【0130】
このとき、補償指令信号としては、ラックシャフト20の移動を制限しているストッパについて、ラックシャフト20が同ストッパから離間するようにステアリングシャフト10にトルクを入力するものが出力されている。すなわち、ステアリングシャフト10に作用する慣性トルクとは反対の方向のトルクがステアリングシャフト10に入力されるように電動モータ51が制御される。
【0131】
時刻t26以降において、電動モータ51が補償指令信号により駆動されることにより、ラックシャフト20が右ストッパ41または左ストッパ42に衝突した後にステアリングシャフト10に作用する慣性トルクが仮想ステアリング装置において作用する慣性トルクよりも小さくなる。すなわち、図6(b)に示されるように、本実施形態の電動パワーステアリング装置1において時刻t25〜t29の期間にステアリングシャフト10に作用する慣性トルク(実線)は、仮想ステアリング装置において時刻t14〜t18の期間においてステアリングシャフト10に作用する慣性トルク(破線)よりも小さくなる。
【0132】
時刻t27すなわち、電動モータ51の駆動電流が補償指令信号の指令電流と同じ大きさを示すとき、図4の補償停止条件判定制御により許容乖離継続時間TBのカウントが開始される。また、この許容乖離継続時間TBが判定時間TBX以上か否かの判定が開始される。
【0133】
時刻t29すなわち、許容乖離継続時間TBが判定時間TBX以上となることにより補償停止条件が成立したとき、補償指令信号の出力が停止される。具体的には、駆動電流と指令電流との差が所定の差よりも大きい状態から所定の差以下の状態に変化した時刻t27を基準として、時刻t27から所定時間Δt2が経過したとき、補償指令信号の出力が停止される。また、トルクセンサ53の出力に基づく通常指令信号の生成が開始される。
【0134】
図6(c)に示される例においては、補償指令信号の出力が停止されたときにトルクセンサ53の出力が「0」を示しているため、通常指令信号として駆動電流を負ガード電流値INmaxから「0」に向けて変化させるものが生成される。なお、時刻t29において、トルクセンサ53の出力が「0」よりも大きいときには、通常指令信号として同出力に応じたものが生成される。
【0135】
本実施形態の電動パワーステアリング装置1によれば以下の効果が得られる。
(1)電動パワーステアリング装置1は、ラックシャフト20が右ストッパ41または左ストッパ42に衝突してステアリングシャフト10に慣性トルクが発生しているとき、補償指令信号を出力する。
この構成によれば、ステアリングシャフト10に慣性トルクが発生しているとき、電動モータ51により慣性トルクとは反対の方向のトルク(補償トルク)がステアリングシャフト10に付与される。このため、ステアリングシャフト10の慣性トルクを小さくすることができる。
【0136】
(2)仮想ステアリング装置においては、時刻t14以降すなわち、ラックシャフト20が右ストッパ41または左ストッパ42に衝突した後、電動モータ51のトルクアシスト制御の実行に起因して、ステアリングシャフト10により大きな負荷がかけられている状態となる。
【0137】
本実施形態の電動パワーステアリング装置1では、時刻t25以降すなわち、ラックシャフト20が右ストッパ41または左ストッパ42に衝突した後、上記(1)のとおり補償指令信号が出力されている。すなわち、ラックシャフト20の移動を制限しているストッパについて、ラックシャフト20が同ストッパに押し付けられる方向とは反対の方向にステアリングシャフト10にトルクを入力する補償指令信号が電動モータ51に出力されている。このため、仮想ステアリング装置と比較してステアリングシャフト10にかかる負荷が小さくなる。
【0138】
(3)電動パワーステアリング装置1は、衝突見込条件が成立しているとき、補償指令信号の出力を開始する。この構成によれば、ラックシャフト20が右ストッパ41または左ストッパ42に衝突した後に電動モータ51の動作状態が制御不可状態から制御可能状態に変化したとき、補償指令信号に基づく補償電流の供給が速やかに開始される。このため、ステアリングシャフト10の慣性トルクをより的確に小さくすることができる。
【0139】
(4)電動パワーステアリング装置1は、補償指令信号の出力中かつ補償停止条件が成立しているとき、補償指令信号の出力を停止する。この構成によれば、電動モータ51の動作状態が制御可能状態にあるにもかかわらず長期間にわたり補償指令信号が出力されることが抑制される。このため、ラックシャフト20が右ストッパ41または左ストッパ42に衝突した後において、ステアリングホイール2に対する適切なアシストを速やかに再開することができる。
【0140】
(その他の実施形態)
本発明の実施態様は上記実施形態に限られるものではなく、例えば以下に示すように変更することもできる。また以下の各変形例は、上記実施形態についてのみ適用されるものではなく、異なる変形例同士を組み合わせて実施することもできる。
【0141】
・上記実施形態(図3)では、電動モータ51の回転速度が上限回転速度RC以上の状態を過剰回転速度状態として、過剰回転速度状態が所定時間以上にわたり継続しているときに補償指令信号の出力を開始しているが、補償指令信号の出力開始時期を次のように変更することもできる。すなわち、電動モータ51の回転速度が上限回転速度RC以上のとき、過剰回転速度の継続期間の大きさに関わらず補償指令信号の出力を開始することもできる。
【0142】
・上記実施形態(図3)では、電動モータ51の回転速度および上限回転速度RCに基づいて衝突見込条件が成立しているか否かを判定しているが、制御装置54により判定する衝突見込条件の内容を以下のように変更することもできる。なお、下記(A)〜(F)は、電動モータ51の動作状態が所定の動作状態にあるか否かに基づいて、衝突見込条件が成立しているか否かを判定するものに相当する。また下記(G)〜(I)は、電動モータ51の動作状態とは別の事象に基づいて、衝突見込条件が成立しているか否かを判定するものに相当する。
【0143】
(A)電動モータ51の駆動電流と指令信号の指令電流との差が所定の差以上であることを衝突見込条件として設定する。そして、同衝突見込条件が成立しているか否かを制御装置54により判定する。
【0144】
(B)上記(A)において、電動モータ51の駆動電流と指令信号の指令電流との差が所定の差以上の状態を電流乖離状態として、この電流乖離状態の継続期間が所定期間以上であることを衝突見込条件として設定する。そして、同衝突見込条件が成立しているか否かを制御装置54により判定する。
【0145】
(C)電動モータ51の駆動電流と指令信号の指令電流との差が所定の差未満の状態から所定の差以上の状態に変化したことを衝突見込条件として設定する。そして、同衝突見込条件が成立しているか否かを制御装置54により判定する。
【0146】
(D)電動モータ51の駆動電流が「0」であることを衝突見込条件として設定する。そして、同衝突見込条件が成立しているか否かを制御装置54により判定する。
(E)上記(D)において、電動モータ51の駆動電流が「0」の状態を電流ゼロ状態として、この電流ゼロ状態の継続期間が所定期間以上であることを衝突見込条件として設定する。そして、同衝突見込条件が成立しているか否かを制御装置54により判定する。
【0147】
(F)電動モータ51の駆動電流の絶対値が「0」よりも大きい状態から「0」に変化したことを衝突見込条件として設定する。そして、同衝突見込条件が成立しているか否かを制御装置54により判定する。
【0148】
(G)ラックシャフト20の移動速度が所定の移動速度以上であることを衝突見込条件として設定する。そして、同衝突見込条件が成立しているか否かを制御装置54により判定する。
【0149】
(H)上記(G)において、ラックシャフト20の移動速度が所定の移動速度以上の状態を過剰移動速度状態として、この過剰移動速度状態の継続期間が所定期間以上であることを衝突条件として設定する。そして、同衝突見込条件が成立しているか否かを制御装置54により判定する。
【0150】
(I)ラックシャフト20の移動速度が所定の移動速度未満の状態から所定の移動速度以上の状態に変化したことを衝突見込条件として設定する。そして、同衝突見込条件が成立しているか否かを制御装置54により判定する。なお、ラックシャフト20の移動速度については、例えばラックシャフト20の位置を検出する位置センサの出力に基づいて算出することができる。
【0151】
・上記実施形態(図4)では、電動モータ51の駆動電流および指令信号の指令電流に基づいて補償停止条件が成立しているか否かを判定しているが、制御装置54により判定する補償停止条件の内容を以下のように変更することもできる。なお、下記(A)〜(D)は、電動モータ51の動作状態が所定の動作状態にあるか否かに基づいて、補償停止条件が成立しているか否かを判定するものに相当する。また下記(E)〜(G)は、電動モータ51の動作状態とは別の事象に基づいて、補償停止条件が成立しているか否かを判定するものに相当する。
【0152】
(A)電動モータ51の回転方向が反転したことを補償停止条件として設定する。そして、同補償停止条件が成立しているか否かを制御装置54により判定する。
(B)電動モータ51の回転速度の減少速度が所定の減少速度以上の大きさであることを補償停止条件として設定する。そして、同補償停止条件が成立しているか否かを制御装置54により判定する。
【0153】
(C)電動モータ51の回転速度の減少速度が所定の減少速度未満の状態から所定の減少速度以上の状態に変化したことを補償停止条件として設定する。そして、同補償停止条件が成立しているか否かを制御装置54により判定する。
【0154】
(D)電動モータ51の駆動電流が「0」の状態から「0」よりも大きい状態に変化したことを補償停止条件として設定する。そして、同補償停止条件が成立しているか否かを制御装置54により判定する。
【0155】
(E)ステアリングシャフト10に作用するトルクの変化量が所定の変化量以上であることを補償停止条件として設定する。そして、同補償停止条件が成立しているか否かを制御装置54により判定する。
【0156】
(F)ステアリングシャフト10に作用するトルクの変化量が所定の変化量未満の状態から所定の変化量以上の状態に変化したことを補償停止条件として設定する。そして、同補償停止条件が成立しているか否かを制御装置54により判定する。
【0157】
(G)ステアリングシャフト10に作用するトルクの方向が反転したことを補償停止条件として設定する。そして、同補償停止条件が成立しているか否かを制御装置54により判定する。
【0158】
・上記実施形態(図2)では、逆入力時慣性補償制御により慣性トルクの発生時に補償指令信号を出力しているが、補償指令信号を出力する制御に代えて、電動モータ51の駆動を停止する制御を行なうこともできる。この構成によれば、以下の効果が得られる。
【0159】
ラックシャフト20が右ストッパ41に衝突したときに発生するステアリングシャフト10の慣性トルクは、ラックシャフト20を右ストッパ41に押し付ける方向に作用する。また、ラックシャフト20が左ストッパ42に衝突したときに発生するステアリングシャフト10の慣性トルクは、ラックシャフト20を左ストッパ42に押し付ける方向に作用する。
このため、トルクアシスト制御を行なう電動パワーステアリング装置1においては、慣性トルクに応じて電動モータ51からステアリングシャフト10に慣性トルクと同方向のトルクが付与される。このとき、ラックシャフト20の移動がストッパ41,42により制限された状態にあるため、同トルクを発生する方向に電動モータ51を駆動した場合には、電動モータ51とステアリングシャフト10との間で動力を伝達する部品(例えばウォームホイール52B)および電動モータ51に過度に大きな負荷がかかる。すなわち、ラックシャフト20がストッパ41,42に衝突したときには、電動モータ51のトルクアシスト制御に起因して同部品および電動モータ51の少なくとも一方に損傷が生じるおそれがある。よって、ラックシャフト20とストッパ41,42との衝突にともない慣性トルクが発生しているときに電動モータ51の駆動を停止することにより、トルクアシスト制御に起因する上記の問題が生じることを抑制することができる。
【0160】
この点、補償指令信号を出力する制御に代えて、電動モータ51の駆動を停止する上記変形例によれば、トルクアシスト制御に起因して上記の問題が生じることを抑制することができる。
【0161】
・上記実施形態(図1)では、ウォームホイール52Bとして樹脂製のものが設けられているが、金属製のウォームホイールに変更することもできる。
・上記実施形態(図1)では、コラムシャフト11に電動モータ51が取り付けられるコラムアシスト型の電動パワーステアリング装置1に対して本発明を適用した一例を示しているが、本発明の適用が可能な電動パワーステアリング装置は上記実施形態で例示したものに限られない。
【0162】
例えば、ラックアンドピニオン機構のピニオンシャフトに電動モータが取り付けられるピニオンアシスト型の電動パワーステアリング装置、またはラックアンドピニオン機構のラックシャフトに電動モータが取り付けられるラックアシスト型の電動パワーステアリング装置に本発明を適用することもできる。
【符号の説明】
【0163】
1…電動パワーステアリング装置、2…ステアリングホイール、3…転舵輪、10…ステアリングシャフト、11…コラムシャフト、12…インターミディエイトシャフト、13…ピニオンシャフト、20…ラックシャフト、21…右ラックエンド、22…左ラックエンド、30…ラックアンドピニオン機構、31…ピニオン、32…ラック、40…ラックハウジング、41…右ストッパ、42…左ストッパ、50…アシスト装置、51…電動モータ、51A…回転角センサ、52…減速機、52A…ウォームシャフト、52B…ウォームホイール、53…トルクセンサ、54…制御装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステアリングシャフトと、ラックシャフトと、このラックシャフトの移動を制限するストッパと、前記ステアリングシャフトにトルクを付与する電動モータと、前記ステアリングシャフトのトルクに応じて前記電動モータの駆動電流を制御するための指令信号を出力する制御装置とを備える電動パワーステアリング装置において、
前記制御装置は、前記ラックシャフトが前記ストッパに衝突したときに前記ステアリングシャフトに発生するトルクを慣性トルクとし、この慣性トルクとは反対の方向のトルクを補償トルクとし、前記ステアリングシャフトにこの補償トルクを付与する前記電動モータの駆動電流を補償電流とし、この補償電流を前記電動モータに供給するための指令信号を補償指令信号として、前記慣性トルクが発生しているときに前記補償指令信号を出力する
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
ステアリングシャフトと、ラックシャフトと、このラックシャフトの移動を制限するストッパと、前記ステアリングシャフトにトルクを付与する電動モータと、前記ステアリングシャフトのトルクに応じて前記電動モータの駆動電流を制御するための指令信号を出力する制御装置とを備える電動パワーステアリング装置において、
前記制御装置は、前記ラックシャフトを前記ストッパに向けて移動させる前記ステアリングシャフトの回転方向を制限方向とし、前記ステアリングシャフトを制限方向とは反対方向に回転させるためのトルクを補償トルクとし、前記ステアリングシャフトにこの補償トルクを付与する前記電動モータの駆動電流を補償電流とし、この補償電流を前記電動モータに供給するための指令信号を補償指令信号として、前記ラックシャフトが前記ストッパに衝突しているときに前記補償指令信号を出力する
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記ラックシャフトが前記ストッパに衝突していることを示す条件を衝突発生条件として、この衝突発生条件が成立しているとき、前記補償指令信号を出力する
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項4】
請求項3に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記電動モータの回転速度の減少速度が所定の減少速度以上であることを前記衝突発生条件とする
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項5】
請求項3に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記電動モータの駆動電流の絶対値が「0」の状態から前記電動モータの駆動電流の絶対値が「0」よりも大きい状態に変化したことを前記衝突発生条件とする
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項6】
請求項3に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記ステアリングシャフトに作用するトルクの変化量が所定の変化量以上であることを前記衝突発生条件とする
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項7】
請求項3に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記ステアリングシャフトに作用するトルクの方向が反転したことを前記衝突発生条件とする
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記ラックシャフトが前記ストッパに衝突することを示す条件を衝突見込条件として、この衝突見込条件が成立しているとき、前記補償指令信号を出力する
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項9】
請求項8に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記電動モータの動作状態が所定の動作状態にあることを前記衝突見込条件とする
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項10】
請求項8または9に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記電動モータの回転速度が所定の回転速度以上であることを前記衝突見込条件とする
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項11】
請求項8または9に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記電動モータの駆動電流と前記指令信号の指令電流との差が所定の差以上であることを前記衝突見込条件とする
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項12】
請求項8または9に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記電動モータの駆動電流が「0」であることを前記衝突見込条件とする
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項13】
請求項8に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記ラックシャフトの移動速度が所定の移動速度以上であることを前記衝突見込条件とする
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記制御装置は、前記補償指令信号を出力しているとき、かつ前記電動モータの駆動電流と前記指令信号の指令電流との差が基準の差以下のとき、前記ステアリングシャフトのトルクに応じて前記指令信号を出力する
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項15】
請求項14に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記制御装置は、前記電動モータの駆動電流と前記指令信号の指令電流との差が前記基準の差以下の状態を許容乖離状態として、この許容乖離状態が所定時間以上にわたり継続しているとき、前記ステアリングシャフトのトルクに応じて前記指令信号を出力する
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項16】
請求項1〜13のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記制御装置は、前記補償指令信号を出力しているとき、かつ前記電動モータの回転方向が反転したとき、前記ステアリングシャフトのトルクに応じて前記指令信号を出力する
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項17】
請求項1〜16のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記制御装置は、前記ステアリングシャフトのトルクを検出するトルクセンサの出力を反映することなく予め設定された前記指令信号を前記補償指令信号として出力する
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項18】
請求項1〜17のいずれか一項に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記制御装置は、前記補償指令信号を出力する制御に代えて、前記電動モータの駆動を停止する制御を行なう
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−240537(P2012−240537A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−111785(P2011−111785)
【出願日】平成23年5月18日(2011.5.18)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】