説明

トラクタの旋回制御装置

【課題】枕地における斜め方向への耕耘土の跳ね飛ばしを少なくして、耕耘面の仕上がりを良好に保持することができると共に、旋回時の車速の大小に拘わらず前輪倍速装置が作動するまでに機体が走行する距離を一定とし、最適な旋回タイミングを見つけ出し易くする。
【解決手段】前輪Zが操舵されると、作業機21を上昇させると共に、前輪Zを倍速駆動させて機体の旋回を行うトラクタTの制御装置22において、前輪Zが所定の操舵角以上に操舵されたことを検出するのに伴って作業機21を上昇させる制御を開始すると共に、この上昇制御が開始された後、機体が設定距離以上に走行したことを検出するのに伴って前輪Zの倍速駆動を開始する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、前輪の操舵に応じて、作業機の上昇や前輪倍速装置の作動を自動的に行うトラクタの旋回制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
圃場端に至って機体を旋回する際に、作業機を予め上昇させた後、前輪倍速装置を作動させて小回り旋回を行うトラクタが知られている。例えば、特許文献1に示されるトラクタでは、作業機の上昇制御と前輪倍速装置の作動制御との間に時間差を設けることによって、枕地における斜め方向への耕耘土の跳ね飛ばしを少なくし、耕耘面の仕上がりの低下を防止しようとすることに優位性が認められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−131219号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に示されるトラクタは、前輪倍速装置を一定の遅延時間をもって作動させるものであるため、旋回時の車速の大小によって前輪倍速装置が作動するまでに機体が走行する距離が異なることとなって、枕地耕耘回数を減らして作業効率を向上させようとするオペレータにとっては、最適な旋回タイミングを見つけ出すことが困難になるという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、上記の如き実情に鑑みこれらの課題を解決することを目的として創作されたものであって、請求項1の発明は、前輪が操舵されると、作業機を上昇させると共に、前輪倍速装置を作動させて機体の旋回を行うトラクタの旋回制御装置において、前輪が所定の操舵角以上に操舵されたことを検出するのに伴って作業機を上昇させる制御を開始すると共に、この上昇制御が開始された後、機体が設定距離以上に走行したことを検出するのに伴って前輪倍速装置の作動を開始するように構成してあることを特徴とする。
また、請求項2の発明は、前記前輪倍速装置の作動が開始された後、機体が設定距離以上に走行したことを検出するのに伴って旋回内側の後輪に制動をかけるように構成してあることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
請求項1の発明とすることにより、前輪が所定の操舵角以上に操舵されたことを検出するのに伴って作業機を上昇させる制御を開始すると共に、この上昇制御が開始された後、機体が設定距離以上に走行したことを検出するのに伴って前輪倍速装置の作動を開始するので、枕地における斜め方向への耕耘土の跳ね飛ばしを少なくして、耕耘面の仕上がりを良好に保持することができると共に、旋回時の車速の大小に拘わらず前輪倍速装置が作動するまでに機体が走行する距離が一定となって、圃場端との間の目視による距離感覚にもとづいて最適な旋回タイミングを見つけ出し易くなり、結果として枕地耕耘回数を減らして作業効率を向上させることができる。
また、請求項2の発明とすることにより、前輪倍速装置の作動が開始された後、機体が設定した距離以上に走行したことを検出するのに伴って旋回内側の後輪に制動をかけるので、前輪倍速装置と後輪制動との同時作動による急激な機械的ショックが防止され、円滑に機体の小回り旋回を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】トラクタの側面図である。
【図2】トランスミッションケースの全体断面図である。
【図3】トラクタの油圧構成を示す油圧回路図である。
【図4】オートブレーキシリンダを示す斜視図である。
【図5】制御装置の入出力を示すブロック図である。
【図6】旋回制御の作用説明図である。
【図7】旋回制御のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の実施の形態について、図面に基づいて説明する。図1において、Tは農用のトラクタであって、該トラクタTには、トランスミッションケース1が搭載されている。図2に示すように、トランスミッションケース1は、主クラッチ機構2を介してエンジンEの動力を入力すると共に、入力した動力を走行動力伝動経路3とPTO動力伝動経路4とに分岐させる。
【0009】
走行動力伝動経路3には、摩擦多板式の油圧クラッチC1〜C4を用いて構成され、4段の変速を行う第一主変速装置5と、摩擦多板式の油圧クラッチCF、CRを用いて構成され、走行動力の正逆転変速を行う前後進切換装置6と、常時噛合式の歯車変速装置を用いて構成され、3段の変速を行う副変速装置7と、摩擦多板式の油圧クラッチCL、CHを用いて構成され、高低2段の変速を行う第二主変速装置8とが設けられている。
【0010】
上記の構成によれば、前後進切換装置6による変速によって前進と後進の切り換えができると共に、第一主変速装置5と第二主変速装置8による変速の組み合せによって8段の走行変速が可能であり、さらに、副変速装置7による変速を組み合せることによって24段の走行変速が可能になる。
【0011】
第一主変速装置5、前後進切換装置6、副変速装置7及び第二主変速装置8で変速された走行動力は、前車軸及び後車軸に伝動される。前車軸への動力伝動経路には、前車軸に伝達する動力を高低に変速又は切断する前輪倍速装置9が設けられており、該前輪倍速装置9による動力の変速又は切断によって、旋回時における前輪倍速駆動や4駆、2駆の切換えが行われるようになっている。そして、前輪倍速装置9は、摩擦多板式の油圧クラッチを用いて構成されることにより、円滑な変速や切断が可能となっている。
【0012】
PTO動力伝動経路4には、摩擦多板式の油圧クラッチを用いて構成されるPTOクラッチ10と、常時噛合式の歯車変速装置を用いて構成されるPTO変速装置11とが設けられており、走行状態に影響されない独立したPTO動力伝動系、すなわち、インディペンデントPTO仕様のPTO動力伝動経路4を構成している。
【0013】
本実施形態のトラクタTには、図3に示すような油圧回路が構成されている。この油圧回路は、2つの油圧ポンプP1、P2を備え、一方の油圧ポンプP1から供給される油圧で、前輪倍速装置9、リフトシリンダ12及びリフトロッドシリンダ13を動作させ、他方の油圧ポンプP2から供給される油圧で、ステアリングユニット14、第一主変速装置5、前後進切換装置6、第二主変速装置8、PTOクラッチ10及び自動ブレーキ旋回装置15を作動させるように構成されている。
【0014】
自動ブレーキ旋回装置15は、機体の旋回に応じて、旋回内側の後輪Kに自動的に制動をかける自動ブレーキ旋回機能を実現するためのものであって、左右一対の自動ブレーキシリンダ16L、16Rを備えて構成されている。図4に示すように、自動ブレーキシリンダ16L、16Rは、機体底部に左右振り分け状に配置され、左右のブレーキロッド17L、17Rに連繋されている。そして、左側の自動ブレーキシリンダ16Lが作動すると、左側のブレーキロッド17Lを介して、リヤアクスルケース18に設けられる左側のサイドブレーキレバー19Lが引かれるのに伴い、リヤアクスルケース18内の左側サイドブレーキ(図示せず)が作動し、左側の後輪Kに制動がかかる。また、右側の自動ブレーキシリンダ16Rが作動すると、右側のブレーキロッド17Rを介して、リヤアクスルケース18に設けられる右側のサイドブレーキレバー19Rが引かれるのに伴い、リヤアクスルケース18内の右側サイドブレーキ(図示せず)が作動し、右側の後輪Kに制動がかかる。
【0015】
図1に示すように、トラクタTの機体後部には、昇降リンク機構20を介して作業機21が連結されている。トラクタTに連結可能な作業機21は多種多様であるが、本実施形態では、ロータリなどの耕耘作業機を想定している。そして、トラクタTに連結された作業機21は、前述したリフトシリンダ12の油圧作動に応じて昇降すると共に、リフトロッドシリンダ13の油圧作動に応じて左右傾斜することが可能になる。
【0016】
図5に示すように、トラクタTには、本発明の旋回制御装置として作動する制御装置22が設けられている。本実施形態の制御装置22は、互いに接続された3つのマイコン22a〜22cを用いて構成されており、マイコン22aの入力側には、図示しないポジションレバー(作業機高さ設定レバー)の設定位置を検出するポジションセンサ23、後述する上昇制御時の作業機上昇高さを設定する上げ高さ設定器24、作業機21の高さを検出するリフトアームセンサ25、機体の後進を検出するバックスイッチ26、前輪Zの右操舵(右旋回操作)を検出する右操舵用前輪切れ角検出スイッチ27、前輪Zの左操舵(左旋回操作)を検出する左操舵用前輪切れ角検出スイッチ28、作業機21の上昇操作具である上昇用リフトアームスイッチ29、作業機21の下降操作具である下降用リフトアームスイッチ30などが接続される一方、マイコン22aの出力側には、リフトシリンダ12を上昇側に作動させるための上昇用比例制御バルブ31、リフトシリンダ12を下降側に作動させるための下降用比例制御バルブ32、2駆・4駆切換えを行うための4駆切換バルブ33、前輪Zの等速駆動と倍速駆動を切換えるための倍速切換バルブ34、左側自動ブレーキシリンダ16Lを作動させるための左用オートブレーキバルブ35、右側自動ブレーキシリンダ16Rを作動させるための右用オートブレーキバルブ36などが接続されている。
【0017】
また、マイコン22bの入力側には、車速を検出するピックアップセンサ37、作業機21を簡易に昇降操作するためのクイックアップレバー38、2駆・4駆の切換操作具である4駆スイッチ39、前輪倍速制御及びオートブレーキ制御を入り/切り操作する倍速・オートブレーキスイッチ40、バックアップ制御を入り/切り操作するバックアップスイッチ41、旋回アップ制御を入り/切り操作する旋回アップスイッチ42などが接続される一方、マイコン22bの出力側には、各種の状態表示を行うランプ類が接続されている。尚、マイコン22cは、主に液晶画面の表示制御を行うためのものである。
【0018】
上記のように構成される制御装置22は、ROMに書き込まれたプログラムにしたがって、図7に示すような旋回制御を行う。旋回制御は、機体の旋回に応じて作業機21を自動的に上昇させる旋回アップ制御、機体の旋回に応じて前輪Zを自動的に倍速駆動させる前輪倍速制御、機体の旋回に応じて旋回内側の後輪Kを自動的に制動するオートブレーキ制御、機体の後進に応じて作業機21を自動的に上昇させるバックアップ制御などを複合的に実行するように構成されており、旋回時におけるオペレータの操作負担を軽減しつつ、機体の小回り旋回を実現させる。以下、本発明の旋回制御について、図6及び図7を参照して説明する。
【0019】
まず、本発明の旋回制御が有する特徴及び効果について、図6を参照して説明する。図6に示すように、本発明の旋回制御では、前輪Zが操舵されると、作業機21を上昇させると共に、前輪Zを倍速駆動させて機体の旋回を行うにあたり、前輪Zが所定の操舵角以上に操舵されたことを検出するのに伴って作業機21を上昇させる制御を開始すると共に、この上昇制御が開始された後、機体が設定距離以上(例えば、30cm以上)に走行したことを検出するのに伴って前輪Zの倍速駆動を開始するようにしてある。このようにすると、枕地における斜め方向への耕耘土の跳ね飛ばしを少なくして、耕耘面の仕上がりを良好に保持することができると共に、旋回時の車速の大小に拘わらず前輪Zが倍速駆動するまでに機体が走行する距離が一定となって、圃場端との間の目視による距離感覚にもとづいて最適な旋回タイミングを見つけ出し易くなり、結果として枕地耕耘回数を減らして作業効率を向上させることができる。
【0020】
また、本発明の旋回制御では、前輪Zの倍速駆動が開始された後、機体が設定距離以上(例えば、10cm以上)に走行したことを検出するのに伴って旋回内側の後輪Kに制動をかけるようにしてある。このようにすると、前輪Zの倍速駆動と後輪Kの制動が同時に開始されることによる急激な機械的ショックの発生を防止し、円滑に機体の小回り旋回を行うことができる。
【0021】
次に、本発明の実施形態に係る旋回制御の具体的な制御手順について、図7を参照して説明する。図7に示すように、旋回制御では、まず、必要なデータの読み込みを行った後(S1)、機体後進を検出するバックスイッチ26のON/OFFを判断する(S2)。この判断結果がONの場合は、OFFからONへの切換りであるか否かを判断し(S3)、この判断結果がYESの場合は、バックアップ制御の入り/切り状態を判断する(S4)。そして、この判断結果が入りである場合は、サブルーチンの上昇制御を実行し、作業機21を上昇させる(S5)。
【0022】
一方、バックアップスイッチ26がOFFの場合は、切れ角検出スイッチ27、28のON/OFFを判断し(S6)、この判断結果がONの場合は、OFFからONへの切換りであるか否かを判断する(S7)。この判断結果がYESの場合は、旋回開始であると判断し、走行距離(変数)に「0」をセットすると共に(S8)、旋回アップ制御の入り/切り状態を判断し(S9)、この判断結果が入りである場合は、サブルーチンの上昇制御を実行し、作業機21を上昇させる(S10)。
【0023】
そして、旋回に応じて作業機21を自動上昇させる処理の後は、前輪倍速制御(倍速・オートブレーキ制御)の入り/切り状態を判断し(S11)、この判断結果が入りである場合は、走行距離の演算を行いつつ(S12)、作業機上昇からの走行距離が設定距離L1以上となったか否かを判断する(S13)。例えば、車速に経過時間を乗じて走行距離を求め、この走行距離が30cm以上になったか否かを判断する。そして、作業機上昇からの走行距離が設定距離以上となったら、サブルーチンである倍速制御を実行し(S14)、前輪Zの倍速駆動を開始する。
【0024】
また、倍速制御の実行中は、オートブレーキ制御(倍速・オートブレーキ制御)の入り/切り状態を判断し(S15)、この判断結果が入りである場合は、作業機上昇からの走行距離が設定距離L2(L2>L1)以上となったか否かを判断する(S16)。例えば、作業機上昇からの走行距離が40cm以上になったか否かを判断する。そして、作業機上昇からの走行距離が設定距離以上となったら、サブルーチンである制動制御を実行し(S17)、旋回内側の後輪Kに制動をかける。
【0025】
叙述の如く構成された本実施形態によれば、前輪Zが操舵されると、作業機21を上昇させると共に、前輪Zを倍速駆動させて機体の旋回を行うトラクタTの制御装置22において、前輪Zが所定の操舵角以上に操舵されたことを検出するのに伴って作業機21を上昇させる制御を開始すると共に、この上昇制御が開始された後、機体が設定距離以上に走行したことを検出するのに伴って前輪Zの倍速駆動を開始するようにしたので、枕地における斜め方向への耕耘土の跳ね飛ばしを少なくして、耕耘面の仕上がりを良好に保持することができると共に、旋回時の車速の大小に拘わらず前輪Zが倍速駆動するまでに機体が走行する距離が一定となって、圃場端との間の目視による距離感覚にもとづいて最適な旋回タイミングを見つけ出し易くなり、結果として枕地耕耘回数を減らして作業効率を向上させることができる。
【0026】
また、前輪Zの倍速駆動が開始された後、機体が設定距離以上に走行したことを検出するのに伴って旋回内側の後輪Kに制動をかけるようにしたので、前輪Zの倍速駆動と後輪Kの制動が同時に開始されることによる急激な機械的ショックの発生が防止され、円滑に機体の小回り旋回を行うことができる。
【0027】
尚、本発明は、前記実施形態に限定されないことは勿論であって、特許請求の範囲を逸脱しない限り、任意の変更を加えることができる。
【符号の説明】
【0028】
1 トランスミッションケース
9 前輪倍速装置
16 自動ブレーキシリンダ
21 作業機
22 制御装置
T トラクタ
Z 前輪
K 後輪

【特許請求の範囲】
【請求項1】
前輪が操舵されると、作業機を上昇させると共に、前輪倍速装置を作動させて機体の旋回を行うトラクタの旋回制御装置において、
前輪が所定の操舵角以上に操舵されたことを検出するのに伴って作業機を上昇させる制御を開始すると共に、この上昇制御が開始された後、機体が設定距離以上に走行したことを検出するのに伴って前輪倍速装置の作動を開始するように構成してあることを特徴とするトラクタの旋回制御装置。
【請求項2】
前記前輪倍速装置の作動が開始された後、機体が設定距離以上に走行したことを検出するのに伴って旋回内側の後輪に制動をかけるように構成してあることを特徴とする請求項1記載のトラクタの旋回制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−163129(P2010−163129A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−8860(P2009−8860)
【出願日】平成21年1月19日(2009.1.19)
【出願人】(000001878)三菱農機株式会社 (1,502)
【Fターム(参考)】