説明

光学素子、波長分散補正素子および位相変調素子

【課題】電気光学効果を利用した光学素子において、消費電力の低減、電気光学応答の高速化、低電圧化、広帯域化を図ることが可能な光学素子を提供する。
【解決手段】光導波路コアが平板状のフォトニック結晶層11およびその面の片側にリブ状に設けられた矩形導波路14からなる光学素子10において、フォトニック結晶層11は、P極性の導電性を有するP型領域11Aと、N極性の導電性を有するN型領域11Bとを有し、フォトニック結晶層11の面内には、P型領域11AとN型領域11Bとを隔てる絶縁媒質からなるギャップ領域13が、矩形導波路14の中心線と重なる線に沿って設けられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光導波路部に印加する電圧または電流の印加により波長分散補正や位相変調が可能な光学素子と、このような光学素子を用いた波長分散補正素子および位相変調素子に関する。
【背景技術】
【0002】
フォトニック結晶を含む光導波路において波長分散補正や位相変調等を行うための構造が、下記の特許文献1〜3に記載されている。
【0003】
特許文献1(特に第1図)には、異なる屈折率を有する媒質がナノメートルスケールで周期配列して構成されるフォトニック結晶層を含む波長分散を利用し、光導波路に印加する電圧または電流を変化させて波長分散を制御する小型の波長分散補正素子が記載されている。この波長分散補正素子においては、穴が周期的に配列されたフォトニック結晶層の上にコア層が設けられ、コア層の上部になる内部電極に電圧を印加するか、またはフォトニック結晶層に接したターミナル電極間に電流もしくは電圧を印加することにより、波長分散を電気的に制御することができる。材料は、例えばフォトニック結晶層の母体がシリコン(Si)、穴が二酸化シリコン(SiO)、コア層が窒化シリコン(Si)、上部クラッドおよび下部クラッドがSiOである。
【0004】
特許文献2(特に図1)には、光の伝送路に対して所定の位相変調を付与するフォトニック結晶部と、当該フォトニック結晶部にエネルギー(電圧、電流等)を付与するエネルギー付与部を有し、フォトニック結晶部は、伝送路の上または下に形成された光学素子が記載されている。また、この光学素子を利用し、小型かつ低電圧で動作可能な光変調器として、マッハツェンダー型導波路の分岐した各々の導波路のコア下部にフォトニック結晶部が配された構成例が示されている。マッハツェンダー型導波路を構成する材料は例えばSiであり、フォトニック結晶部は、Si膜中にSiO円板を三角格子状に配列したものである。フォトニック結晶部はSi母材に不純物を添加して導電性を有するので、印加電圧を変化させると母材中の電子または正孔の濃度の変化により屈折率が変化する。これにより、フォトニック結晶部の特性を支配する分散曲線を変化させ、その結果として位相シフトを発生させることができる。
【0005】
特許文献3(特に第3図)には、フォトニック結晶のバンドギャップ領域のスペクトル帯を利用し、フォトニック結晶をクラッドとして利用した波長分散補正素子が記載されている。バンドギャップ条件にあるフォトニック結晶の中に線状欠陥を設けると、フォトニックバンド内のスペクトル領域にギャップモードが発生する。すなわち、光が線状欠陥に閉じ込められ、その線状欠陥に沿って導波される。フォトニック結晶の周期の異なる領域を導波方向に複数接続することにより、波長分散の符号および最低次と高次の波長分散を、電気や熱等の作用によって可変とすることができる。
【0006】
フォトニック結晶を含まないシリコン系の光導波路において屈折率を変化させて位相変調を発生させるための構造が、下記の特許文献4〜6に記載されている。
【0007】
特許文献4(特に第5図)には、光導波路の一部を構成するSOI層(Silicon On Insulator:絶縁膜上に形成したシリコン層)の面内にP−N接合を形成した構造が記載されている。SOI層は、絶縁層の上に位置し、その上には酸化層およびSiNリブが形成される。P−N接合の両端には、N型Si領域への電気接触部およびP型Si領域への電気接触部がそれぞれ設けられている。
【0008】
特許文献5(特に第1図)には、SOI層及びその上にシリコン層を形成し、それぞれのシリコン層が各々極性の異なる導電性(P型またはN型)を有し、両者の間に誘電体膜を挟むことにより、P−N接合を形成した構造が記載されている。P型導電層とN型導電層との間に誘電体層を設けることによりP−N接合間の電流が遮断され、消費電力が低減される。同時に正孔および電子の拡散も遮断され、正孔および電子の密度変化に基づく電気光学効果の応答速度は正孔および電子の拡散速度で律速されないものとなる。
【0009】
特許文献6(特に第1図)には、P−N接合が上下に積層された半導体膜(例えば上側がN型で下側がP型)により形成され、その中間に絶縁層が介在する構造が記載されている。下型の半導体層の材料の例はSOI層であり、絶縁層の例はSiONあるいはSiOである。P型半導体層とN型半導体層との間に絶縁層を設けることによりP−N接合間の電流が遮断され、消費電力が低減される。同時に正孔および電子の拡散も遮断され、正孔および電子の密度変化に基づく電気光学効果の応答速度は正孔および電子の拡散速度で律速されないものとなる。
【0010】
非特許文献1では、P極性およびN極性の導電性を持つシリコンにおいて、自由キャリア吸収による屈折率の波長依存性が吸収スペクトルデータに基づいて導出されている。また、キャリア濃度が変化した際、波長1550nmおよび1300nmにおいて屈折率がどの程度変化するか、経験式が与えられている。
非特許文献2では、フォトニックギャップ導波路を位相変調部に用いて、それをマッハ−ツェンダー型導波路の両分岐部分に組み込んだ光強度変調器が記載されている。ここでフォトニックギャップ導波路は、フォトニック結晶のバンドギャップ領域のスペクトル帯を利用し、フォトニック結晶中に設けた線状欠陥をコア、フォトニック結晶をクラッドとしたものである。導波路をはさんでP−I−P接合を形成し、電気的に位相変調を行う。ギャップモードの分散曲線の傾きが水平に近くなっているため、位相変化が大きくなり、短い導波路長での光強度変調が可能になる。
【特許文献1】米国特許第7065280号明細書
【特許文献2】特開2007−171422号公報
【特許文献3】国際公開第2004/063797号
【特許文献4】米国特許出願公開第2006/0133754号明細書
【特許文献5】米国特許第7065301号明細書
【特許文献6】米国特許第7035487号明細書
【非特許文献1】R.A.SorefおよびB.A.Bannett、“Electrooptic effects in silicon”、IEEE Journal of Quantum Electronics、1987年、第1号,p.123−129
【非特許文献2】Y.Jiangら、“80−micron interaction length silicon photonic crystal wavguide modulator”、Applied Physics Letters、2005年、第87巻、第22号,p.221105−1から221105−3
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1に記載された技術においては、電圧を印加する内部電極はコア層の上部にある。また、フォトニック結晶が形成された母体媒質は、P型またはN型の片方のみの導電性を有する。したがって、コア層上部の内部電極またはフォトニック結晶層の両端のターミナル電極に電圧を印加して、正孔(P型の場合)または電子(N型の場合)の密度変化に伴う母体材料の屈折率変化を電気光学素子に利用しようとする場合、次のような問題がある。
・上部電極とフォトニック結晶層とが離れているため、電界効果が弱くなり、低電圧化することができない。
・母体媒質がP型またはN型の片方のみの導電性を有するため、電圧を印加すると常に電流が流れ、消費電力を低減できない。また、電圧をゼロにした後も正孔または電子の拡散により密度変化の速度が遅くなる。よって正孔または電子の密度変化に伴う屈折率変化の速度が遅くなってしまう。
【0012】
特許文献2に記載された技術においては、フォトニック結晶が形成された母体媒質は、P型またはN型の片方のみの導電性を有する。したがって、フォトニック結晶の両端の電極に電圧を印加して、正孔または電子の密度変化に伴う母体材料の屈折率変化を電気光学素子に利用しようとする場合、次のような問題がある。
・母体媒質がP型またはN型の片方のみの導電性を有するため、電圧を印加すると常に電流が流れ、消費電力を低減できない。また、電圧をゼロにした後も正孔または電子の拡散により密度変化の速度が遅くなる。よって正孔または電子の密度変化に伴う屈折率変化の速度が遅くなってしまう。
【0013】
特許文献3に記載された技術においては、フォトニックギャップのスペクトル領域内に発生するギャップモードを利用しているため、次のような問題がある。
・分散特性におけるライトラインより低周波側でしか導波モードは存在せず、帯域幅は0.3THz程度と見込まれる。一方、光通信で使用する周波数帯としてCバンドを例にとると、その帯域幅は4THzである。よって、ごく限られたスペクトル領域でしか使用できない。
また、電気制御に関する接合構造が明示されていない。そのため、次のような問題がある。
・電流を低減することができず、消費電力を低減できない。
・正孔、電子または両方の拡散により密度変化の速度は遅くなる。よって、正孔、電子または両方の密度変化に伴う屈折率変化を利用した電気光学応答を高速化することはできない。
【0014】
特許文献4に記載された技術においては、SOI層にフォトニック結晶が形成されていない。また、SOI層の面内に形成されたP−N接合では、接合バイアスがゼロでのP領域およびN領域の境界は、正孔および電子の密度が相互に次第に入れ替わる遷移領域となる。このため、次のような問題がある。
・フォトニック結晶が形成されていないため、電気光学効果の効率を上昇することができず、小型化(例えば位相変調部を1mm以下)することができない。
・P領域とN領域の境界は遷移領域であるため正孔および電子が分布している。よって、正孔および電子の密度変化による屈折率変化を発生させる場合、接合電流を低減することができず、消費電力を低減できない。また、P−N接合に印加する電圧を順バイアス条件から逆バイアス条件に高速に変化させても、正孔および電子の拡散により密度変化の速度は遅くなる。よって、正孔および電子の密度変化に伴う屈折率変化を利用した電気光学応答を高速化することはできない。
【0015】
特許文献5および6に記載された技術においては、電気光学効果を発生させる領域(P領域およびN領域)にフォトニック結晶が形成されていない。またP−N接合は上下方向(基板面に垂直な方向)に形成されている。基板面に垂直に接合を形成する場合、シリコン系の材料で素子を作製することを前提とすると、上側の導電層はポリシリコンを積層し熱処理によって形成されることになる。以上により、次のような問題がある。
・フォトニック結晶が形成されていないため、電気光学効果の効率を上昇することができず、小型化(例えば位相変調部を1mm以下)することができない。
・上側の導電層内での粒界による光散乱が大きく、導波路の光損失を低減できない。波長分散補正素子では、補正料を増大するには導波路長を増す必要があるが、損失が大きいため、波長分散補正素子に応用することはできない。
【0016】
非特許文献1に記載された技術においては、シリコンにおいて、電子または正孔の密度が変化した場合の屈折率変化が与えられているのみであり、いかなる構成を用いていかなる機能を実現するか、一切記載されていない。
【0017】
非特許文献2に記載された技術においては、フォトニックギャップのスペクトル領域内に発生するギャップモードを利用しているため、次のような問題がある。
・分散特性におけるライトラインより低周波側でしか導波モードは存在せず、帯域幅は0.3THz程度と見込まれる。一方、光通信で使用する周波数帯としてCバンドを例にとると、その帯域幅は4THzである。よって、ごく限られたスペクトル領域でしか使用できない。
・導波モードの分散曲線の傾きは上記0.3THz内でも大きく変化する。そのため波長分散が大きく、伝送信号の波形を歪ませ、伝送品質を低下させる。
また、P−I−P接合またはP−I−N接合を利用しているため、次のような問題がある。
・P領域とP領域の境界、またはP領域とN領域の境界は遷移領域であるため正孔、電子または両方が分布している。よって、バイアスを高速に変化させても、正孔、電子または両方の拡散により密度変化の速度は遅くなる。よって、正孔、電子または両方の密度変化に伴う屈折率変化を利用した電気光学応答を高速化することはできない。
【0018】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、電気光学効果を利用した光学素子において、消費電力の低減、電気光学応答の高速化、印加電圧の低電圧化、使用波長の広帯域化を図ることが可能な光学素子と、このような光学素子を用いた波長分散補正素子および位相変調素子を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
前記課題を解決するため、本発明は、光導波路コアが平板状のフォトニック結晶層およびその面の片側にリブ状に設けられた矩形導波路からなる光学素子であって、前記フォトニック結晶層は、P極性の導電性を有するP型領域と、N極性の導電性を有するN型領域とを有し、前記フォトニック結晶層の面内には、前記P型領域とN型領域とを隔てる絶縁媒質からなるギャップ領域が、前記矩形導波路の中心線と重なる線に沿って設けられていることを特徴とする光学素子を提供する。
【0020】
前記フォトニック結晶層は、母体媒質中に、前記母体媒質と異なる屈折率を有する円柱部が周期的に配列されたものであり、前記ギャップ領域は、前記フォトニック結晶層中の円柱部と同じ周期で配置された円柱部を含み、前記ギャップ領域中の円柱部は、その中心軸がギャップ領域の中心線と交差するように配されているものとすることができる。
【0021】
前記フォトニック結晶層中の円柱部が、前記ギャップ領域を構成する絶縁媒質と同じ材料からなるものとすることができる。
前記フォトニック結晶層は、前記光導波路コアに導波される光の周波数帯域より高周波側に、フォトニックギャップを有するものとすることができる。
前記フォトニック結晶層は、前記ギャップ領域を介して面内にP−N接合を有するものとすることができる。
【0022】
前記光導波路コアは、シリコン基板上に絶縁層として設けられた酸化膜を下部クラッドとし、前記下部クラッドの上に前記フォトニック結晶層および前記ギャップ領域が設けられ、前記矩形導波路は、前記フォトニック結晶層および前記ギャップ領域の上に設けられ、前記光導波路コアの上には上部クラッドが設けられ、前記フォトニック結晶層の母体媒質がシリコンからなり、前記フォトニック結晶層中の円柱部および前記ギャップ領域を構成する絶縁媒質がSiOからなり、前記矩形導波路がSiからなり、前記上部クラッドがSiOからなるものとすることができる。
【0023】
また、本発明は、上述の光学素子を有することを特徴とする波長分散補正素子を提供する。
また、本発明は、上述の光学素子を有することを特徴とする位相変調素子を提供する。
【0024】
また、本発明は、光導波路コアが平板状のスラブ部およびその面の片側にリブ状に設けられた矩形導波路からなる光学素子であって、前記スラブ部は、P極性の導電性を有するP型領域と、N極性の導電性を有するN型領域とを有し、前記スラブ部の面内には、前記P型領域とN型領域とを隔てる絶縁媒質からなるギャップ領域が、前記矩形導波路の中心線と重なる線に沿って設けられていることを特徴とする光学素子を提供する。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、光導波路部に印加する電圧または電流の印加により媒質の屈折率変化を生じる光学素子において、消費電力の低減、電気光学応答の高速化、印加電圧の低電圧化、使用波長の広帯域化を図ることが可能になる。本発明の光学素子は、波長分散補正素子、位相変調素子、光強度変調素子などに応用することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、最良の形態に基づき、図面を参照して本発明を説明する。
<第1実施形態例>
図1に本発明の光学素子の第1実施形態例を示す。この図においては、光導波路の長手方向の一部における中央近傍部のみを示し、光導波路コアの幅方向の両端部にある電圧印加用電極(図5参照)と、長手方向の両端部にある入射部および出射部は、図示を省略してある。また、図1(a)においては、矩形導波路は輪郭のみ示すとともに、クラッドの図示を省略してある。
【0027】
本形態例に係る光学素子10は、光導波路コアが平板状のフォトニック結晶層11およびその面の片側にリブ状に設けられた矩形導波路14からなり、フォトニック結晶層11は、P極性の導電性を有するP型領域11Aと、N極性の導電性を有するN型領域11Bとを有し、さらにフォトニック結晶層11の面内には、P型領域11AとN型領域11Bとを隔てる絶縁媒質からなるギャップ領域13が、矩形導波路14の中心線と重なる線に沿って設けられたものである。
【0028】
図1(b)に示す例では、光導波路構造が基板17上に形成されている。具体的には、基板17上に下部クラッド15が設けられ、この下部クラッド15の上にフォトニック結晶層11およびギャップ領域13が設けられ、さらにその上に矩形導波路14が設けられ、フォトニック結晶層11および矩形導波路14上には上部クラッド16が設けられている。矩形導波路14は、フォトニック結晶層11の下部に配されても良いが、フォトニック結晶層11の上部に矩形導波路14を配すれば、フォトニック結晶層11の平坦性を確保するのが容易である。
【0029】
フォトニック結晶は、屈折率が異なる二つの物質を周期的に配列した構造を有している。フォトニック結晶層11を構成するP型領域11AおよびN型領域11Bは、フォトニック結晶の媒質中に適宜の不純物を添加することにより、それぞれP型またはN型の導電性を付与したものである。
【0030】
フォトニック結晶層11の母体媒質としては、導波される光の波長帯において下部クラッド15および上部クラッド16よりも屈折率が高く、かつ不純物の添加によってP極性またはN極性の導電性を付与された材料が用いられる。
P型領域11AとN型領域11Bは、光導波路コアで導波される光の伝搬方向によらず、互いに極性が逆であれば良い。したがって、図1では左側の領域をP型、右側の領域をN型としたが、極性が互いに反転して左側の領域をN型、右側の領域をP型としても、光学素子10の特性に影響を与えない。
【0031】
導電性を付与する不純物(ドーパント)は、母体媒質に応じて適宜選択して用いることができる。例えば、母体媒質がシリコン等のIV族半導体である場合は、P型極性を与える添加物としてホウ素(B)等のIII族元素が、また、N型極性を与える添加物としてリン(P)や砒素(As)等のV族元素が挙げられる。
【0032】
フォトニック結晶層11の母体媒質内に周期的に配列された部分12は、母体媒質とは異なる屈折率を有する材料からなるものであればよく、導電性を有する材料でも絶縁媒質でも構わない。この周期配列部分の形状は、特に限定されるものではないが、円柱状(円柱部12)であることが好ましい。以下、当該部分を円柱部12と称して説明する。
円柱部12の配列は、適宜の二次元格子を構成するものであれば良いが、例えば図1(a)、図2に示すように正三角形を単位胞としたものが挙げられる。二次元格子は、P型領域11AとN型領域11Bにまたがって連続的に配置される。
また、円柱部12は、ギャップ領域13を構成する絶縁媒質と異なる材料から構成することもできるが、ギャップ領域13を構成する絶縁媒質と同じ材料から構成することが好ましい。
【0033】
ギャップ領域13は、矩形導波路14の中心線と重なる線に沿って設けられる。ここで矩形導波路14の中心線とは、矩形導波路14の断面(図1(b)参照の)の中心点を、矩形導波路14の長手方向に沿って連ねてなる線である。同様に、ギャップ領域13の中心線は、ギャップ領域13の断面(図1(b)参照)の中心点を、ギャップ領域13の長手方向に沿って連ねてなる線として定義される。
このとき、矩形導波路14の中心線とギャップ領域13の中心線とは互いに長手方向に沿って平行に配され、かつフォトニック結晶層11の面に対して垂直(図1(b)の上下方向)に重なる配置となる。したがって、図1(a)においては、ギャップ領域13が矩形導波路14の幅方向中央に重なって配される。
【0034】
ギャップ領域13は、導波される光の波長帯においてフォトニック結晶層11および矩形導波路14よりも屈折率が低く、かつP型領域11AとN型領域11Bとを隔てるため絶縁媒質(誘電体)からなる。フォトニック結晶層11は、ギャップ領域13を介して面内にP−N接合を有する。また、ギャップ領域13は、フォトニック結晶層11の面内に配され、かつフォトニック結晶層11と同じ厚みを有する。
【0035】
本形態例においては、ギャップ領域13は、フォトニック結晶層11中の円柱部12と同じ周期で配置された円柱部18を含んでいる。また、図1(b)に示すように、ギャップ領域13中の円柱部18は、その中心軸がギャップ領域13の中心線と交差するように配されている。好ましくは、円柱部18の中心軸はフォトニック結晶層11の面に対して垂直に配される。
【0036】
矩形導波路14は、断面が矩形状で、ギャップ領域13と上下に重なる位置に配されている。矩形導波路14の構成材料としては、導波される光の波長帯において下部クラッド15および上部クラッド16よりも屈折率が高い材料が用いられる。上部クラッド16は、矩形導波路14が存在する領域においては矩形導波路14の上、矩形導波路14が存在しない領域においてはP型領域11AまたはN型領域11Bの上に設けられる。
矩形導波路14、下部クラッド15および上部クラッド16は、絶縁媒質から構成される。
【0037】
本実施形態の光学素子10においては、光を閉じ込めて伝搬させる複合コアが、平板状(スラブ状)のフォトニック結晶層11および断面矩形状の矩形導波路14とから構成される。すなわち、本発明においては、フォトニック結晶層11がコアの一部として用いられるので、フォトニック結晶層11のフォトニックギャップは、光導波路コアに導波される光の周波数帯域よりも低周波側また高周波側となるようにする必要がある。しかし、後述するように、フォトニック結晶層に導波される光の分散曲線の周波数領域は、高次モードほど周波数が高くなるという傾向を持つ。したがって、基本モードによる単一モード伝搬を行うためには、光導波路コアに導波される光の周波数帯域は、フォトニック結晶層のフォトニックギャップよりも低周波側となることが必要である。換言すれば、フォトニック結晶層は、そのフォトニックギャップが、光導波路コアに導波される光の周波数帯域よりも高周波側となるように設計されるのである。これにより、後述するように、フォトニック結晶層11への電圧等の印加による屈折率変化によって、光導波路コアに導波される光をより効果的に変調することができる。
【0038】
ただし、フォトニック結晶層11の閉じ込め効率は低く、スラブモードとなる。すると、光は主に矩形導波路14に導波されるので、フォトニック結晶層11の屈折率変化に基づき、より大きな変調を付与するためには、矩形導波路14はフォトニック結晶層11の上に直接積層されることが望ましい。
なお、フォトニック結晶層11の幅は、ギャップ領域13の両側に円柱部12が数個またはそれ以上配されれば良い。図1(a)には、ギャップ領域13の両側に円柱部12が3.5周期分図示されているが、特にこの数に限定されるものではない。
【0039】
各部分を構成する材料および各部分の寸法について、シリコンに基づく実施例を挙げる。本実施例において、フォトニック結晶層11を構成する母体材料はシリコン(Si)で、その屈折率の設計値を3.45とした。円柱部12およびギャップ領域13(円柱部18を含む。)の材料は酸化シリコン(SiO)で、その屈折率の設計値を1.45とした。単位胞である正三角形(図1の右上に示す。)の一辺の長さ、すなわちピッチaは403nmとし、円柱部12の直径2rは250nm(半径rは125nm)とした。
【0040】
P型領域11AにP型極性の導電性を生じるには、シリコンの母体媒質にホウ素(B)をイオン注入して正孔を発生させた。N型領域11BにN型極性の導電性を生じるには、シリコンの母体媒質にリン(P)をイオン注入して電子を発生させた。正孔および電子の密度は、それぞれ室温で1019/cm3とした。P型領域11A、ギャップ領域13およびN型領域11Bの厚みは100nmとした。
矩形導波路14の材料は窒化シリコン(Si)とし、幅は1000nm、厚みは400nmとした。下部クラッド15の厚みは2000nm、上部クラッド16の厚みは矩形導波路14の直上で400nmとした。
【0041】
ギャップ領域13のギャップ幅Wgapを決定する要因は、P型導電層とN型導電層との間に絶縁ギャップを設けることによりP−N接合間の電流が遮断される限り、Wgapを狭くすることが好ましい。Wgapが大きくなるほど電界効果は弱まり、動作電圧が上昇するため、Wgapを加工寸法の限界まで小さくすることが好ましい。シリコンデバイス製造プロセスにおいては、一般に光描画の分解能で加工寸法の限界値が規定され、約180nmである。そこで、本実施例ではWgapを180nmとした。
【0042】
絶縁ギャップ領域13が存在することにより、光導波路の波長分散にどのような影響を生じるかは、本発明者らの知る限りでは未知であった。そこで、上述の実施例において、時間領域差分法(finite−difference time−domain法)に基づき、ギャップ領域13を含む導波路構造の光パルス伝搬解析を行い、波長分散への影響を解明した。その結果、ギャップ領域13が存在することにより、ギャップ領域13が存在しない場合(P型領域とN型領域が直接接合した場合)に比べて、波長分散の符号は変化しないことを確認した。また、そのときの波長分散の絶対値は減少するが、Wgap=180nmでは、波長分散の減少率は30%以内であった。すると、導波路長を、ギャップ領域13が存在しない場合と比べて最大で約30%延長して設計することにより、ギャップ領域13が存在しない場合と同等の波長分散を発生し、波長分散補正素子として利用することができる。
【0043】
本実施例では、矩形導波路14の長手方向は、図2の単位ベクトル1に平行である。ここで、単位ベクトル1は、単位胞を構成する正三角形のいずれか一つの頂点3から、その頂点3に相対する底辺の中点5に向かう。なお、単位ベクトル1の向きを反転して定義しても、光学素子10の特性には影響を与えない。
なお、正三角形を単位胞とする二次元格子では、もう一つの単位ベクトル2が存在する。単位ベクトル2は、頂点3から別の頂点4に向かう。本形態例においては、矩形導波路14の長手方向は、単位ベクトル2に平行としても良い。
【0044】
上述のピッチaおよび円柱の直径2rに対して得られる導波モードの特性を計算により求めた結果を図3のグラフに示す。この分散曲線は、光導波路コアをスラブ(平板)とみなし、平面波展開法で求めたものである。図3のグラフの縦軸は光の周波数、横軸は波数である。横軸の両端は、波数がゼロの点(kΓ)に対応し、kは単位ベクトル2の終点に対応する波数空間上の点を指し、kは単位ベクトル1の終点に対応する波数空間上の点を指す。光の伝搬方向は、図3の領域(I)では単位ベクトル2に平行であり、領域(III)では単位ベクトル1に平行である。
【0045】
したがって、光導波路コアが単位ベクトル1に平行である本実施例では、領域(III)が該当する波数領域であり、フォトニックギャップは、領域(II)と領域(III)の境界線k上で、基本モードの分散曲線と一次モードの分散曲線との間隙の周波数領域に対応する。フォトニックギャップより低周波数側では、一次モードに対して全反射条件が満たされず、光学素子10の光導波路は単一モード導波路となる。基本モードで伝搬する光の場合、周波数がフォトニックギャップに近いほど、波長分散および位相変化が大きくなるため、所望の波長分散補正や位相変調に要する導波路長を短くし、または印加電圧を低減することができる。
【0046】
よって、対象とする周波数帯域(例えばCバンド)全体がフォトニックギャップより低波長側に存在するためには、フォトニック結晶層のフォトニックギャップが、光導波路コアに導波される光の周波数帯域より高周波側に存在するように、ピッチaまたは直径2rを決める。例えばa=403nmとすると、2r≧240nmとなる。また、r/a=0.31とすると、a≧390nmとなる。
【0047】
フォトニックギャップの周波数は、波長分散補正や位相変調などの光学機能実現に要する導波路長の短縮化の観点から適宜設定すれば良い。例えば使用する光の波長帯域がCバンド(1530〜1560nm)である場合は、周波数帯域に換算すると約192〜196THzであるので、フォトニックギャップの周波数が例えば約200THz付近にあるのが好ましい。Cバンド用素子について導波路長を従来の半分程度に小型化できる目安としては、フォトニックギャップの周波数が約208THz(波長では約1440nm)程度までの近さにあるのが例示できる。使用する光の帯域とフォトニックギャップとの差としては、周波数で約12THz以内(波長では約90nm以内)が目安になる。
【0048】
また、光導波路コアが単位ベクトル2に平行である場合は、領域(I)が該当する波数領域であり、フォトニックギャップは、領域(I)と領域(II)の境界線k上で、基本モードの分散曲線と一次モードの分散曲線との間隙の周波数領域に対応する。この場合、図3の結果によれば、k上のフォトニックギャップがk上の場合よりも低周波数側に位置する。このため、対象とする周波数帯域(例えばCバンド)全体がフォトニックギャップより低波長側に存在するためには、k上の場合に比べて、ピッチaまたは直径2rを小さくすれば良い。しかし寸法が小さくなると、加工技術の制約により寸法誤差や欠陥の影響が強くなる。ピッチaと直径2rとの比率(r/a)は、いずれの円柱部12も、隣接する円柱部12やギャップ領域13に重ならない範囲から選択する。
【0049】
図4に、フォトニック結晶層11に電圧を印加する方法の説明図を示す。なお、図4では、円柱部12,18、下部クラッド15、上部クラッド16、および基板17の図示を省略してある。
本実施形態において、フォトニック結晶層11に電圧を印加するには、図4に示すように、P型領域11AおよびN型領域11Bの両端部にそれぞれ電極19A,19Bを設け、各電極19A,19Bを電圧印加用の電源20A,20Bに接続して、電極19A,19B間に電位差を生じさせれば良い。電極19A,19Bを構成する材料はアルミニウム(Al)などの良導体が挙げられ、接触抵抗を低減するため、熱処理による合金化を施しているものが好ましい。電源20A,20Bは、電極19A,19Bに電圧VおよびVを各々印加する。
【0050】
P型領域11A側の電圧Vが正で、N型領域11B側の電圧Vが負の場合、順バイアス条件となり、正孔hはP型領域11A側からN型領域11B側に向かって、電子eはN型領域11B側からP型領域11A側に向かって流れようとする。しかし、ギャップ領域13に阻止されるため、その反対側の領域まで流れることができない。その結果、矩形導波路14の真下の領域に、ギャップ領域13を挟んで正孔および電子が蓄積され、各々の密度が増大する。正孔、電子または両方の密度が増すと、非特許文献1に記載されているように、経験則に従い、屈折率が減少する。矩形導波路14の真下の領域は導波光が存在する領域であるため、順バイアス条件で電圧を印加すると、導波光が存在する領域の屈折率を減少することができる。
【0051】
一方、P型領域11A側の電圧Vが負で、N型領域11B側の電圧Vが正の場合、逆バイアス条件となり、正孔hおよび電子eはギャップ領域13から遠ざかる傾向を示し、矩形導波路14の真下の領域において、正孔、電子または両方の密度が減少し、屈折率は増加する。すなわち、逆バイアス条件で電圧を印加すると、導波光が存在する領域の屈折率を増加することができる。
【0052】
以上により、電極19A,19Bに印加する電圧値を変えることにより、光が導波する領域に存在するフォトニック結晶層11の母体媒質の屈折率を増減することができる。その結果、基本モードの分散曲線の傾きおよび曲率が変化し、位相や波長分散を可変とすることができる。なお、電圧V、VのいずれかをゼロとしてもP型領域11AとN型領域11Bとの間に電位差を生じさせることができるので、いずれかの電源20A,20Bを省略しても良い。例えばN型領域11B側の電源20Bを省略した場合には、P型領域11A側の電圧Vの絶対値を必要なだけ増大させることにより、両方の電極19A,19Bで電圧を印加した場合と同等の屈折率の増減分を得ることができる。逆にP型領域11A側の電源20Aを省略した場合には、N型領域11B側の電圧Vの絶対値を必要なだけ増大させる。なお、電源のうちの一方を省略した場合、電源を省略した側の電極が接地されていても良く、あるいは、電源を省略した側の電極を省略することもできる。
【0053】
このように、フォトニック結晶層11が、P極性およびN極性という、極性が異なる二つの領域から構成されていると、単極性の場合に比べて、キャリアが正孔および電子の二種類があるため、各領域の電圧を変化させてキャリアを導波領域に引き寄せたり引き離したりすることが容易になるため、単極性の場合と同じ屈折率変化を生じる電圧を下げることができ、低電圧化が容易になる。
【0054】
シリコン系の材料を用いて光学素子10を作製する場合、基板17上に絶縁層として設けられた酸化膜を下部クラッド15とし、この下部クラッド15の上にSOI層として形成されたシリコン層を用いてフォトニック結晶層11を形成することが好ましい。この場合、フォトニック結晶層11の母体媒質としてポリシリコン膜を積層する必要はないので、ポリシリコン膜内における粒界での光散乱がなく、光損失を増大するおそれはない。
【0055】
また、絶縁ギャップ領域13をフォトニック結晶層11内の円柱部12と同じ材料から構成するのであれば、これらを同時に形成することができる。例えば、SOI層に光学描画およびドライエッチングを施して溝状および円柱状にシリコンを取り除き、気相化学成長法によってSiO等の絶縁媒質を溝および円柱に埋め込む。絶縁媒質がシリコン層よりも厚く積層された部分は、同じ高さにまで平坦化する。
【0056】
その他の製法は、特許文献1またはそのファミリー特許である日本国特許第3917170号公報を参照することができる。例えば基板17は、例えばシリコン(Si)によって形成され、導電性を持たせるため不純物が添加されたものが挙げられる。
矩形導波路14は、フォトニック結晶層11の上部に窒化シリコン(Si)の層を積層したのち、所定の幅および高さでパターニングし、ギャップ領域13と重なる位置にSi層を残すことで形成できる。上部クラッド16は、フォトニック結晶層11および矩形導波路14の上側にシリコン酸化膜(SiO)を積層した後、矩形導波路14上で隆起した形状となった場合には、不要部分をCMP研磨等によって除去してSiO膜を平坦化することで形成できる。
【0057】
本実施形態において、フォトニック結晶層11が「平板状である」とは、フォトニック結晶層11が製造工程において曲面状または平面と曲面とが組み合わされた形状となった場合も含み、二次元格子とは、当該フォトニック結晶層11の形状に沿った配列も含むものとする。しかし、伝搬する光の直線性を考慮すると、フォトニック結晶層11は平板状の一例として、平面状に形成されることが望ましい。
また、電極19A,19Bは、フォトニック結晶層11との接触面を比較的硬い合金であるチタン/ニッケル合金(TiNi)で形成し、図示しないリード線等との接触面を比較的柔らかいアルミ/カッパー合金(AlCu)で形成することも好ましい。この場合、フォトニック結晶層11と電極19A,19Bとの接着、および電極19A,19Bとリード線等との接着の確実性を向上することができる。
【0058】
図5に、本実施例の光学素子10の模式的斜視図を示す。なお、図5では、下部クラッド15、上部クラッド16、および基板17の図示を省略してある。電極19A,19Bは、光導波路の長さ全体にわたって存在しているものとする。
【0059】
本実施例において、波長分散の変化については上述したが、本実施例の光学素子10は、下記に示すように印加電圧の変化によって位相変化を生じることができるので、位相変調素子にも応用が可能である。
P型領域11A側に印加する電圧Vを+Vとし、N型領域11B側に印加する電圧Vを−Vとしたとき(すなわちV=−V)、導波路を伝搬した光の位相の変化を電圧Vに対してプロットした結果を図6に示す。図6(a)には、波長1530nm(□)、1545nm(○)、および1560nm(△)での位相の電圧依存性を示してある。Vが大きくなるほど位相は減少する。これは図4に関する説明で上述したとおり、Vが大きくなるほど媒質の屈折率が減少するためである。各々の波長に対し、Vを−5Vから+5Vまでの範囲で変化させると、位相の変化分は絶対値で3.14rad以上となり、光強度変調に必要とされる半波長分以上の位相変化が得られた。1560nmでの位相変化が最も小さいので、1530〜1560nmのCバンド全域で、光強度変調器としての動作が可能である。フォトニック結晶層11を導波路コアの一部に用いることにより、フォトニック結晶のない導波路と比較して、位相の変化分が約一桁程度大きくなる。
【0060】
図6(a)に示す位相の電圧依存性は、図6(b)に示す位相の波長依存性から求めたものである。位相の波長依存性は、有限要素法(finite element method、FEM)に基づいてキャリア密度分布を計算し、さらに有限差分時間領域法(finite−difference time−domain method、FDTD)に基づいて伝搬光の位相変化を算出することによって求めた。図6(b)には、Vを−5Vから+5Vまでの範囲で2.5V間隔で変化させ、各々のVの値についてプロットした。この場合、位相の波長依存性は、正の曲率を有する放物線形となる。これは、フォトニック結晶の分散特性を反映した結果である。電圧Vを変化させると、放物線の曲率が変化する。Vが大きくなるほど媒質の屈折率が減少するため、放物線の曲率が減少する。波長分散量は位相の波長依存性を表す放物線の曲率に比例するため、印加電圧を変化させることにより波長分散を変化させることができ、波長分散の電圧による制御が可能になる。
なお、図6(a)、(b)において、位相の原点は絶対位相の原点ではなく、任意である。
【0061】
以上より、本実施例において、各電極19A,19Bに印加する電圧を変化させることにより、位相および波長分散を変化させることが可能であることが示された。次に、電圧印加時に流れる電流が低く、低電圧・低電流動作、すなわち低電力動作が可能であることを、図7に示す直流電流−電圧特性の実験結果に基づいて説明する。図7の横軸は電極19A,19B間の電位差(V−V)であり、電極19Bに印加した電圧Vを基準としたものである。上述したようにV=V、V=−Vとしたので、横軸は2Vとなる。電位差が−30Vから+30Vまで変化しても、流れる電流は絶対値で最大0.2nAであった。図6(a)の横軸に示した電圧範囲(−5〜+5V)では、最大の電位差は10Vであり、電流は絶対値にして0.03nA以下である。よってこの電圧範囲における消費電力は0.3nW以下となり、非常に低電力での動作が可能であることが分かる。
【0062】
<第2実施形態例>
図8に本発明の光学素子の第2実施形態例を示す。第2実施形態例の光学素子20は、ギャップ領域28から円柱部を省略した他は第1実施形態例の光学素子10と同様の構成を有しており、図8は、図1と同様に表してある。例えば第1実施形態例においてギャップ幅Wgapを180nm、円柱部18の直径2rを260nmとすると、円柱部18の断面積の約80%がギャップ領域13のギャップ幅Wgap内に含まれる。よって、製造過程における光描画装置の露光分解能や加工精度等によっては、ギャップ領域13とP型またはN型領域11A,11Bとの境界部における円柱部18の形状が明確にならず、円柱部18の有無が波長分散に大きな影響を与えない。その場合、図8に示すように、ギャップ領域23から円柱部を除いても良い。
【0063】
<第3、第4実施形態例>
フォトニック結晶によれば位相変化は増大するが、位相の波長依存性も大きくなる。光変調器への応用では、電源の構成を簡素化する目的で、波長の違いによる印加電圧の変動を避けるため、位相の波長依存性を低減することが必要になる場合がある。この場合には、印加電圧の変動による位相の変化量を減少させたとしても、フォトニック結晶の影響を低減したい場合がある。それには図3に示すように、フォトニック結晶を構成する円柱の数を減少させるのがひとつの方法である。
【0064】
図9に示す第3実施形態例の光学素子30は、ギャップ領域38に隣接する円柱部32を省略した他は第2実施形態例の光学素子20と同様の構成を有する。なお、図9は、図1と同様に表してある。この場合でも、フォトニック結晶は矩形導波路14の真下の領域まで存在している。波長依存性をさらに低減したい場合には、さらに外側の円柱部32をもう一列除けば良い。
【0065】
図10に示す第4実施形態例の光学素子40は、円柱部をすべて省略した他は第3実施形態例の光学素子30と同様の構成を有する。この光学素子40では、フォトニック結晶の代わりに、P極性またはN型の導電性を有する均質な層が設けられる。すなわち、光学素子40の光導波路コアが平板状のスラブ部41およびその面の片側にリブ状に設けられた矩形導波路44からなり、スラブ部41は、P極性の導電性を有するP型領域41Aと、N極性の導電性を有するN型領域41Bとを有し、スラブ部41の面内には、P型領域41AとN型領域41Bとを隔てる絶縁媒質からなるギャップ領域43が、矩形導波路44の中心線と重なる線に沿って設けられたものとなる。この場合は、波長依存性を最低限にすることができる。
【0066】
<波長分散補正素子の構成例>
図11に、本発明の光学素子を利用した本発明の波長分散補正素子の構成例を示す。この波長分散補正素子50は、上述の光学素子51がパッケージに封入された形態で設けられ、該光学素子51の入射側には入力用光ファイバ52が接続され、出射側には出力用光ファイバ53が接続されている。長距離の光ファイバ伝送路を伝搬する間にその波長分散によって時間幅が広がった光パルス54が入力用光ファイバ52を通じて光学素子51に入射される。光学素子51には、その波長分散を制御するための電源56A,56Bが接続されている。これらの電源は、図4の電源20A,20Bに対応するものであり、一方の電源56Aは、光学素子51のP型領域側の電極に電圧Vを印加し、他方の電源56Bは、光学素子51のN型領域側の電極に電圧Vを印加する。それぞれの電圧V,Vは互いに異符号とすると、電圧V,Vの絶対値を大きくすることなく、電位差(V−V)を大きくすることができる。2つの電源56A,56Bは単一の電源装置に組み込まれたものであっても良い。また、2つの電源56A,56Bのうち一方が省略され、接地されていても良い。第1実施形態例の光学素子10を光学素子51として用いた場合、光学素子51の導波路長を100mmとすると、電圧変化により波長分散が変化するのに要する時間は0.1ms以下とすることができる。
【0067】
<位相変調素子および光強度変調素子の構成例>
図12に、本発明の光学素子を利用した本発明の位相変調素子および光強度変調素子の構成例を示す。図12に示す光強度変調素子60は、マッハツェンダー型干渉導波路の片方の分岐導波路61Aには実施例1〜3の光学素子を設け、第1の位相変調部(位相変調素子)62とする。また、他方の分岐導波路61Bには、実施例1〜3の光学素子を設け、第2の位相変調部(位相変調素子)63とする。マッハツェンダー型干渉導波路および両位相変調部は同一の基板上に構成される。マッハツェンダー型干渉導波路の部分の光導波路は、実施例4に示すようにフォトニック結晶を構成する円柱部がないものが用いられる。
【0068】
第1の位相変調部62には、第1の電気信号源64により電気信号が印加され、第2の位相変調部63には、第2の電気信号源65により電気信号が印加される。電気信号の印加は、位相変調部を構成する光学素子の両方の電極に印加するのでも良く、一方の電極にのみ印加するのでも良い。
マッハツェンダー型干渉導波路の入力用導波路60Aに連続光を入射すると、各々の
分岐導波路61A,61Bに光が分岐され、それぞれが電気信号により強度変調される。第1の電気信号源64と第2の電気信号源65との間で電気信号の符号を反転させると、出力用導波路60Bから出射する出射光にはチャープが発生せず、ひずみのない強度変調光が生成される。両位相変調部62,63の導波路長を1mmとすると、電気信号として印加する電圧が最大4V以下で、40Gbps(ギガビット毎秒)の伝送レートで強度変調を行うことができる。
【0069】
これに対して、上記特許文献6に関連する文献(L.Liaoら、“High speed silicon Mach−Zehnder modulator”、Optics Express、2005年、第13巻、p.3129−3135)では、位相変調部が3.45mm以上とされている。これと比較すると、導波路長が1mmである本実施例によれば、導波路長を3分の1以下に小型化できることになる。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の光学素子は、波長分散補正素子、位相変調素子、光強度変調素子などに応用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】本発明の光学素子の第1実施形態例を示す図面であって、(a)は上面図、(b)は(a)のP−P線に沿う断面図である。
【図2】フォトニック結晶の単位胞を規定する単位ベクトルの説明図である。
【図3】本発明の第1実施形態例における導波モードの分散特性の一例を示すグラフである。
【図4】フォトニック結晶への電圧印加によるキャリアの密度変化の説明図である。
【図5】フォトニック結晶に電圧を印加するための電極の配置例を示す斜視図である。
【図6】本発明の第1実施形態例における(a)位相の電圧依存性、および(b)位相の波長依存性の一例を示すグラフである。
【図7】本発明の第1実施形態例における直流電流−電圧特性の一例を示すグラフである。
【図8】本発明の光学素子の第2実施形態例を示す図面であって、(a)は上面図、(b)は(a)のP−P線に沿う断面図である。
【図9】本発明の光学素子の第3実施形態例を示す図面であって、(a)は上面図、(b)は(a)のP−P線に沿う断面図である。
【図10】本発明の光学素子の第4実施形態例を示す断面図である。
【図11】本発明の波長分散補正素子の一例を示す概略構成図である。
【図12】本発明の位相変調素子の一例を示す概略構成図である。
【符号の説明】
【0072】
10,20,30,40…光学素子、11,21,31…フォトニック結晶層、41…スラブ部、11A,21A,31A,41A…P型領域、11B,21B,31B,41B…N型領域、12,22,32…円柱部、13,23,33,43…ギャップ領域、14,24,34,44…矩形導波路、15,25,35,45…下部クラッド、16,26,36,46…上部クラッド、17,27,37,47…基板、18…円柱部、19A,19B…電極、20A,20B…電源、50…波長分散補正素子、60…光強度変調素子。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光導波路コアが平板状のフォトニック結晶層およびその面の片側にリブ状に設けられた矩形導波路からなる光学素子であって、
前記フォトニック結晶層は、P極性の導電性を有するP型領域と、N極性の導電性を有するN型領域とを有し、前記フォトニック結晶層の面内には、前記P型領域とN型領域とを隔てる絶縁媒質からなるギャップ領域が、前記矩形導波路の中心線と重なる線に沿って設けられていることを特徴とする光学素子。
【請求項2】
前記フォトニック結晶層は、母体媒質中に、前記母体媒質と異なる屈折率を有する円柱部が周期的に配列されたものであり、前記ギャップ領域は、前記フォトニック結晶層中の円柱部と同じ周期で配置された円柱部を含み、前記ギャップ領域中の円柱部は、その中心軸がギャップ領域の中心線と交差するように配されていることを特徴とする請求項1に記載の光学素子。
【請求項3】
前記フォトニック結晶層中の円柱部が、前記ギャップ領域を構成する絶縁媒質と同じ材料からなることを特徴とする請求項2に記載の光学素子。
【請求項4】
前記フォトニック結晶層は、前記光導波路コアに導波される光の周波数帯域より高周波側に、フォトニックギャップを有するものであることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の光学素子。
【請求項5】
前記フォトニック結晶層は、前記ギャップ領域を介して面内にP−N接合を有することを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の光学素子。
【請求項6】
前記光導波路コアは、シリコン基板上に絶縁層として設けられた酸化膜を下部クラッドとし、前記下部クラッドの上に前記フォトニック結晶層および前記ギャップ領域が設けられ、前記矩形導波路は、前記フォトニック結晶層および前記ギャップ領域の上に設けられ、前記光導波路コアの上には上部クラッドが設けられ、
前記フォトニック結晶層の母体媒質がシリコンからなり、前記フォトニック結晶層中の円柱部および前記ギャップ領域を構成する絶縁媒質がSiOからなり、前記矩形導波路がSiからなり、前記上部クラッドがSiOからなることを特徴とする請求項3に記載の光学素子。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれかに記載の光学素子を有することを特徴とする波長分散補正素子。
【請求項8】
請求項1ないし6のいずれかに記載の光学素子を有することを特徴とする位相変調素子。
【請求項9】
光導波路コアが平板状のスラブ部およびその面の片側にリブ状に設けられた矩形導波路からなる光学素子であって、
前記スラブ部は、P極性の導電性を有するP型領域と、N極性の導電性を有するN型領域とを有し、前記スラブ部の面内には、前記P型領域とN型領域とを隔てる絶縁媒質からなるギャップ領域が、前記矩形導波路の中心線と重なる線に沿って設けられていることを特徴とする光学素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2009−205089(P2009−205089A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−49839(P2008−49839)
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【出願人】(000005186)株式会社フジクラ (4,463)
【Fターム(参考)】