説明

車両のパワーステアリング制御装置

【課題】ドライバが前方障害物を操舵回避する一連の操舵状況を適切に予測して、前方障害物の操舵回避から回避後までに発生するドライバの操舵トルクに対するアシストトルクを適切に設定して安全性及び信頼性を向上させる。
【解決手段】操舵制御部20は、車速Vと操舵トルクTsを基に基本アシストトルクTbを設定し、画像認識装置31で前方障害物を検出した際には、障害物と自車両との幅方向のラップ率RLを演算し、ラップ率の絶対値|RL|が予め設定した閾値RLSより大きい場合には基本アシストトルクを増大補正して、予め設定した閾値RLS以下の場合には基本アシストトルクを減少補正して、計算した値を制御量(アシストトルクTa)としてモータ駆動部21に出力する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、前方に障害物が存在する際に、ドライバの操舵トルクのアシストトルクを適切に制御する車両のパワーステアリング制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自車両の前方障害物を検出し、前方障害物との衝突を回避する様々な車両の運転支援装置が提案されている。一般に、前方障害物との衝突を回避するためには、制動操作及び旋回操作が行われるが、旋回操作により前方障害物を回避する技術として、例えば、特開2009−137344号公報(以下、特許文献1)では、自車両の前方に物体が検出され、危険度(余裕時間の逆数)が第1危険度以上である場合には、運転者の操舵操作状態に基づく基本アシストトルクに対する第1補正ゲインと車両の挙動状態に基づく挙動安定化アシストトルクに対する第2補正ゲインとを増加させた上でトータルアシストトルクを算出して、ドライバが低い操舵トルクで容易に回避操舵をできるようにする操舵力制御装置の技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−137344号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、車両が前方障害物を操舵回避する状況では、操舵して回避対象の障害物を回避した後に、回避のために行った操舵操作がいきすぎて不安定で危険な状況をもたらす虞がある。上述の特許文献1に開示される技術よれば、車両の挙動状態に基づく挙動安定化アシストトルクにより、この車両挙動を抑制するようにはなってはいるものの、あくまでもアシストトルクの増加領域で行われる補正となっているため、ドライバの過大な操舵を抑止することができずに、有効な対応ができないという問題がある。
【0005】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、ドライバが前方障害物を操舵回避する一連の操舵状況を適切に予測して、前方障害物の操舵回避から回避後までに発生するドライバの操舵トルクに対するアシストトルクを適切に設定して安全性及び信頼性を向上させることができる車両のパワーステアリング制御装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の車両のパワーステアリング制御装置の一態様は、車両の運転状態に応じて操舵トルクのアシストトルクの基本値となる基本アシストトルクを設定する基本アシストトルク設定手段と、自車両の前方障害物情報を検出する前方障害物情報検出手段と、上記前方障害物情報検出手段で前方障害物を検出した際に、該前方障害物に対する操舵による回避状態を判定し、予め設定した上記前方障害物を操舵により回避したと判断できる操舵状態に到達するまでは、上記基本アシストトルクを増大補正する一方、上記予め設定した上記前方障害物を操舵により回避したと判断できる操舵状態では、上記基本アシストトルクを減少補正するアシストトルク補正手段と、上記設定した基本アシストトルクに基づいて操舵トルクをアシストするアクチュエータを駆動制御するステアリング制御手段とを備えた。
【発明の効果】
【0007】
本発明による車両のパワーステアリング制御装置によれば、ドライバが前方障害物を操舵回避する一連の操舵状況を適切に予測して、前方障害物の操舵回避から回避後までに発生するドライバの操舵トルクに対するアシストトルクを適切に設定して安全性及び信頼性を向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の実施の一形態に係る車両の操舵系の構成説明図である。
【図2】本発明の実施の一形態に係るパワーステアリング制御プログラムのフローチャートである。
【図3】本発明の実施の一形態に係る基本アシストトルクの特性の一例を示す説明図である。
【図4】本発明の実施の一形態に係るラップ率の説明図である。
【図5】本発明の実施の一形態に係るアシストトルク補正値の特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。
図1において、符号1は電動パワーステアリング装置を示し、この電動パワーステアリング装置1は、ステアリング軸2が、図示しない車体フレームにステアリングコラム3を介して回動自在に支持されており、その一端が運転席側へ延出され、他端がエンジンルーム側へ延出されている。ステアリング軸2の運転席側端部には、ステアリングホイール4が固設され、また、エンジンルーム側へ延出する端部には、ピニオン軸5が連設されている。
【0010】
エンジンルームには、車幅方向へ延出するステアリングギヤボックス6が配設されており、このステアリングギヤボックス6にラック軸7が往復移動自在に挿通支持されている。このラック軸7に形成されたラック(図示せず)に、ピニオン軸5に形成されたピニオン(図示せず)が噛合されて、ラックアンドピニオン式のステアリングギヤ機構が形成されている。
【0011】
また、ラック軸7の左右両端はステアリングギヤボックス6の端部から各々突出されており、その端部に、タイロッド8を介してフロントナックル9が連設されている。このフロントナックル9は、操舵輪としての左右輪10L,10Rを回動自在に支持すると共に、キングピン(図示せず)を介して車体フレームに転舵自在に支持されている。
【0012】
従って、ステアリングホイール4を操作し、ステアリング軸2、ピニオン軸5を回転させると、このピニオン軸5の回転によりラック軸7が左右方向へ移動し、その移動によりフロントナックル9がキングピン(図示せず)を中心に回動して、左右輪10L,10Rが左右方向へ転舵される。
【0013】
また、ピニオン軸5にアシスト伝達機構11を介して、電動モータ12が連設されており、この電動モータ12にてステアリングホイール4に加える操舵トルクをアシストする。電動モータ12は、後述する操舵制御部20で設定される制御量(本実施の形態ではアシストトルクTa)でモータ駆動部21を介して駆動制御される。尚、制御量は、アシストトルクTaに対応する電流値であっても良い。
【0014】
操舵制御部20には、前方障害物情報を検出する画像認識装置31と、(自)車速Vを検出する車速センサ32と、ステアリングホイール4に加えられた操舵トルクTsを検出する操舵トルクセンサ33が接続されている。
【0015】
画像認識装置31には、車室内の天井前方に一定の間隔を持って取り付けられ、車外の対象を異なる視点からステレオ撮像し、撮像した画像情報を出力する電荷結合素子(CCD)等の固体撮像素子を用いた左右1組のCCDカメラ(図示せず)から画像情報が入力されるとともに車速センサ32から自車速V等が入力される。そして、これらの情報に基づき、画像認識装置31は、ステレオカメラからの画像情報に基づいて自車両前方の立体物データや白線データ等の前方情報を認識し、これら認識情報等に基づいて自車走行路を推定する。更に、画像認識装置31は、自車走行路上に立体物が存在するか否かを調べ、存在する場合には、直近のものを制動による衝突防止制御の制御対象の障害物として認識する。
【0016】
ここで、画像認識装置31は、ステレオカメラからの画像情報の処理を、例えば以下のように行う。先ず、ステレオカメラで自車進行方向を撮像した1組のステレオ画像対に対し、対応する位置のずれ量から三角測量の原理によって距離情報を生成する。そして、この距離情報に対して周知のグルーピング処理を行い、グルーピング処理した距離情報を予め設定しておいた三次元的な道路形状データや立体物データ等と比較することにより、白線データ、道路に沿って存在するガードレール、縁石等の側壁データ、車両等の立体物データ等を抽出する。更に、画像認識装置31は、白線データや側壁データ、推定される自車進行路等に基づいて自車走行路を推定し、自車走行路前方に存在する直近の立体物を衝突防止制御の制御対象の障害物として抽出(検出)する。そして、障害物を検出した場合には、その障害物情報として、自車両と障害物との相対距離d、障害物の移動速度Vf(=(相対距離dの変化の割合)+自車速V))、障害物の減速度af(=障害物の移動速度Vfの微分値)等を演算する。このように、本実施形態において、画像認識装置31は、前方障害物情報検出手段としての機能を有している。尚、本実施の形態では、前方障害物情報の検出を、ステレオカメラからの画像情報を基に、認識するようになっているが、他に、単眼カメラからの画像情報を基に認識するようにしても良い。
【0017】
操舵制御部20は、車速Vと操舵トルクTsを基に基本アシストトルクTbを設定し、画像認識装置31で前方障害物を検出した際には、障害物と自車両との幅方向のラップ率RL(=自車両の幅が障害物の幅に重なっている自車両の幅に対する割合:図4)を演算し、ラップ率の絶対値|RL|が予め設定した閾値RLSより大きい場合には基本アシストトルクを増大補正して、予め設定した閾値RLS以下の場合には基本アシストトルクを減少補正して、計算した値を制御量(アシストトルクTa)としてモータ駆動部21に出力するように構成されている。このように、操舵制御部20は、基本アシストトルク設定手段、アシストトルク補正手段、ステアリング制御手段としての機能を有して構成されている。
【0018】
次に、上述の操舵制御部20で実行されるパワーステアリング制御を、図2のフローチャートで説明する。
まず、ステップ(以下、「S」と略称)101で、必要なパラメータ、すなわち、障害物情報、自車速V、操舵トルクTsが読み込まれる。
【0019】
次に、S102に進み、障害物が存在するか否か判定され、障害物が存在する場合は、S103に進み、予め設定しておいたマップ(例えば、図3に示す)を参照して、車速Vと操舵トルクTsに基づいて、操舵トルクのアシストトルクの基本値となる基本アシストトルクTbを設定する。
【0020】
次いで、S104に進むと、障害物と自車両との幅方向のラップ率RL(=自車両の幅が障害物の幅に重なっている自車両の幅に対する割合)を演算する。このラップ率RLは、例えば、図4に示すように、障害物Sが自車両1の右側にラップして存在する場合(図4(a)の場合)は、+の符号とされ、(自車両1の右端座標)−(障害物Sの左端座標)の値として演算される。逆に、障害物Sが自車両1の左側にラップして存在する場合(図4(b)の場合)は、−の符号とされ、(自車両1の左端座標)−(障害物Sの右端座標)の値として演算される。
【0021】
次に、S105に進み、予め実験、計算等により求めておいた、図5に示すような、アシストトルク補正値GRの特性図を参照して、ラップ率の絶対値|RL|に応じた、アシストトルク補正値GRを設定して、S106へと進む。
【0022】
一方、上述のS102の判定の結果、障害物が存在しないと判定した場合は、S107に進んで、アシストトルク補正値GRを1に設定して(GR=1)、S106に進む。
【0023】
こうして、S105、或いは、S107でアシストトルク補正値GRを設定してS106へと進むと、基本アシストトルクTbにアシストトルク補正値GRを乗算してアシストトルクTaを算出し(Ta=GR・Tb)、計算した値を制御量(アシストトルクTa)としてモータ駆動部21に出力する
ここで、アシストトルク補正値GRの特性は、図5に示すように、障害物が存在しないときに設定される(基準として設定される)、GR=1のときのラップ率の絶対値|RL|の値は、RLSとなっており、アシストトルク補正値GRがGR=1よりも大きな値に設定されて、アシストトルクTaが増加補正される場合のラップ率の絶対値|RL|の領域は、RLSより大きい領域となっている。一方、アシストトルク補正値GRがGR=1よりも小さな値に設定されて、アシストトルクTaが減少補正される場合のラップ率の絶対値|RL|の領域は、RLSより小さい領域となっている。
【0024】
すなわち、ラップ率の絶対値|RL|がRLSを閾値として、この閾値RLSよりも大きな場合には、アシストトルク補正値GRがGR=1よりも大きな値に設定されて、ドライバの操舵トルクが障害物が存在しない通常時よりも減少されるように補正してドライバが容易に回避操舵を行えるようになっている。逆に、ラップ率の絶対値|RL|が閾値RLS以下の場合には、前方障害物を操舵により回避したと判断して、アシストトルク補正値GRがGR=1よりも小さな値に設定されて、ドライバの操舵トルクが障害物が存在しない通常時よりも増加されるように補正してドライバが過度な回避操舵を行うことを防止するようになっている。このため、ドライバが前方障害物を操舵回避する一連の操舵状況を適切に予測して、前方障害物の操舵回避から回避後までに発生するドライバの操舵トルクに対するアシストトルクを適切に設定して安全性及び信頼性を向上させることが可能となる。
【符号の説明】
【0025】
1 電動パワーステアリング装置
4 ステアリングホイール
5 ピニオン軸
11 アシスト伝達機構
12 電動モータ
20 操舵制御部(基本アシストトルク設定手段、アシストトルク補正手段、ステアリング制御手段)
21 モータ駆動部
31 画像認識装置(前方障害物情報検出手段)
32 車速センサ
33 操舵トルクセンサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の運転状態に応じて操舵トルクのアシストトルクの基本値となる基本アシストトルクを設定する基本アシストトルク設定手段と、
自車両の前方障害物情報を検出する前方障害物情報検出手段と、
上記前方障害物情報検出手段で前方障害物を検出した際に、該前方障害物に対する操舵による回避状態を判定し、予め設定した上記前方障害物を操舵により回避したと判断できる操舵状態に到達するまでは、上記基本アシストトルクを増大補正する一方、上記予め設定した上記前方障害物を操舵により回避したと判断できる操舵状態では、上記基本アシストトルクを減少補正するアシストトルク補正手段と、
上記設定した基本アシストトルクに基づいて操舵トルクをアシストするアクチュエータを駆動制御するステアリング制御手段と、
を備えたことを特徴とする車両のパワーステアリング制御装置。
【請求項2】
上記アシストトルク補正手段での上記前方障害物に対する操舵による回避状態の判定は、上記前方障害物と自車両とのラップ率で判定し、該ラップ率の絶対値が予め設定した閾値より小さい場合に上記前方障害物を操舵により回避したと判断できる操舵状態であると判定することを特徴とする請求項1記載の車両のパワーステアリング制御装置。
【請求項3】
上記アシストトルク補正手段での上記増大補正と上記減少補正する基本アシストトルクの値は上記前方障害物を検出していない状態で設定する基本アシストトルクの値を基準とすることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の車両のパワーステアリング制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−192778(P2012−192778A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−56804(P2011−56804)
【出願日】平成23年3月15日(2011.3.15)
【出願人】(000005348)富士重工業株式会社 (3,010)
【Fターム(参考)】