説明

ラック軸力推定方法及び電動パワーステアリング装置

【課題】ステアリングホイールの回転運動をステアリングラック軸及びこれに連結されるタイロッドの直線運動に変換し、操舵輪の転舵を行う電動パワーステアリング装置において、常に精度の良いパワーアシスト制御を行うことのできる電動パワーステアリング装置を提供する。
【解決手段】車両の走行状態を表す物理量に基づいてステアリングラック軸16に作用するラック軸力Fを演算により推定し、ラック軸16と前記タイロッド17Rとの、車体の進行方向に垂直な面内に投影した交差角θを求め、前記交差角θに基づいて、推定された前記ラック軸力Fを補正する。
【効果】車両の走行中、車両が左右に傾いてサスペンションストロークが発生したときにラック軸力を過大に評価することがなくなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は車両におけるラック軸力推定方法及びその方法を用いる電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両用の電動パワーステアリングに用いられる操舵補助電動モータは、ラックとピニオンとを含むステアリングギア装置に設けられるもの、ステアリングホイールとステアリングギア装置との間のコラム機構に設けられるものなどがあり、いずれの場合も操舵輪に連結される転舵軸の作動を操舵補助電動モータにより補助するようにしている。
ステアリングホイールを大きく回転させて、車の進行方向に対してタイヤを大きく傾けるほど路面から反力を受け、ステアリングホイールを回転させるには大きな力を必要とする。従って、上述した電動モータにあってはステアリングホイールの操舵トルクが大きくなるに従い、モータ電流を増大させることによって、その補助力となる操舵補助トルクが大きくなるように動作する。
【0003】
ステアリングギア装置は、ステアリングコラムに連結されるピニオン軸と、ピニオン軸に噛み合い、車両の左右方向に延びる転舵軸としてのステアリングラック軸とを含んでいる。ステアリングラック軸の一対の端部のそれぞれにタイロッドを介してナックルアームが回動可能に連結されている。ステアリングラック軸にかかる左方向又は右方向の力を「ラック軸力」と言う。ステアリングホイールを回転させるとラック軸力が発生し、発生したラック軸力に基づいてナックルアームが回動し操舵輪を転回させる。このように操舵輪を転回させる機構を、本明細書では「ステアリング機構」という。
【0004】
電動パワーステアリング装置において、コラム機構及びステアリング機構を機械モデル化し、この機械モデルを利用して、必要なラック軸力を得るための操舵補助電動モータの操舵補助トルクを計算で求めることが行われている。
しかし、操舵補助電動モータの回転をシャフトに伝達するギア部分やステアリングラック軸に噛み合うコラム機構のピニオンギア部分が、剛性、慣性、粘性の影響を受けるため、前述した機械モデルが実際の動きを正確に反映しなくなり、計算で求めた操舵補助トルクに誤差が内蔵されてしまうことがある。このため、タイヤから伝達される路面情報が正確にステアリングホイールに伝達されず、ステアリングホイールの近くに設置されたトルクセンサで測定されたトルク値に基づいてパワーステアリング制御を行うと、正確なパワーステアリング制御が行えなくなるという問題がある。特にこの問題は、操舵補助電動モータがコラム機構に設けられるコラムタイプの電動パワーステアリング装置において顕著である。
【0005】
そこで、車体横滑り角、ヨーレート、タイヤの転舵角、車速、横車速、タイヤの滑り角、といった車両の走行状態を表す物理量(車両状態量という)を測定し、これらの測定値を用いてラック軸力を直接推定し、操舵補助電動モータを経由してステアリングホイールに情報を伝達することにより、操舵補助を行う電動パワーステアリング装置が提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008-296715号公報
【特許文献2】特開2007-269251号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述の特許文献2の技術では車両状態量を用いてラック軸力を推定するが、車両が高速でRの小さな旋回走行をしたり、段差に乗り上げたりした時に、車両が左右に傾いてサスペンションストロークが発生し、このためステアリングラックとタイロッド間に角度が付いてしまうことがある。この角度のために、タイロッドからステアリングラックにかかる力が正確に評価できず、このため車両の走行状況に応じた精度の良いパワーステアリング制御ができなくなるおそれがある。
【0008】
そこで本発明は、かかる実情に鑑み、車両の走行中、車両が左右に傾いてサスペンションストロークが発生したときでも、常に精度の良いパワーアシスト制御を行うことのできるラック軸力推定方法及び電動パワーステアリング装置を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、車両の走行状態を表す物理量に基づいて前記ステアリングラック軸に作用するラック軸力を演算により推定する工程と、前記ラック軸と前記タイロッドとの、車体の進行方向に垂直な面内に投影した交差角(θ)を求める工程と、前記交差角(θ)に基づいて、前記ラック軸力推定部によって推定された前記ラック軸力を補正する工程とを有する、ラック軸力推定方法に係るものである。
【0010】
前記交差角(θ)を求める工程において、タイヤのサスペンションストロークを測定し、測定されたサスペンションストロークを用いてタイロッドエンドの鉛直方向の移動量を推定し、このタイロッドエンドの鉛直方向の移動量に基づいて前記交差角(θ)を求めることとしてもよい。
また前記ラック軸と前記タイロッドとの、車体の進行方向に垂直な面内に投影した交差角(θ)を求める工程において、車体に取り付けたカメラを用いて前記交差角(θ)を求めることとしてもよい。
【0011】
また本発明の電動パワーステアリング装置は、ラック軸力推定方法の発明と実質同一発明に係るものである。
前記方法及び装置によれば、車両が高速でRの小さな旋回走行をしたり、段差に乗り上げたりして車体が左又は右に傾いたときでも、前記交差角(θ)に基づいて前記ラック軸力を補正することができるので、ラック軸力を過大に見積もることが防止され、車両の走行状況に応じた精度の良いパワーステアリング制御ができる。
【0012】
したがって本発明によれば、常に精度の良いパワーアシスト制御を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の一実施形態に係る電動パワーステアリング装置の概略構成を示す模式図である。
【図2】ステアリング機構を上から見た平面図である。
【図3】車体の後部から見たステアリング機構の正面図である。
【図4】車体の後部から見たときの車輪のサスペンション機構の要部を示す模式図である。
【図5】EPS制御部5の全体制御機能を説明するための制御ブロック図である。
【図6】サスペンションストロークSと鉛直方向移動量L1との関係を示すグラフである。
【図7】タイヤハウジング内に固定設置した計測用カメラ27とタイロッド17R,17Lに取り付けた画像計測用のマーカーM1,M2とを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態を、添付図面を参照して説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る電動パワーステアリング装置の概略構成を示す模式図である。電動パワーステアリング装置は、ステアリングホイール等の操舵部材2と、操舵部材2に同行回転可能に連結されるステアリングシャフト3とを有し、ステアリングシャフト3の一端部が操舵部材2に連結されている。ステアリングシャフト3の他端部は、自在継手7、中間軸8、自在継手9及びステアリング機構を介して、前輪タイヤ4R,4Lに連結されている。
【0015】
またステアリングシャフト3には、減速機6を介して、操舵補助電動モータ20が連結されている。この操舵補助電動モータ20によって操舵補助力が与えられる。なお操舵補助電動モータ20は、この実施形態では、減速機6を介してステアリングシャフト3に連結されているが、減速機を介してステアリングラック軸16に連結されるように、あるいは同軸となるように設置されていてもよい。本明細書では操舵部材2から自在継手9までの構成を「コラム機構」といい、コラム機構に連結されラック軸力を発生させ、発生したラック軸力に基づいてナックルアームを回動させ操舵輪を転回させる機構を「ステアリング機構」という。
【0016】
ステアリングシャフト3には、操舵部材2の操舵角を検出する操舵角センサ4が設けられている。操舵角センサ4は、例えばステアリングシャフト3の円周上に取り付けられた磁石からの磁気をホールセンサで検出することによりステアリングシャフト3の回転角を検出するセンサである。
また車体の所定の部位には、ヨーレートγを検出するヨーレートセンサ31、車体の走行方向の車速Vxを検出する車輪速センサ32、横方向の車速Vxを検出するための横加速度センサ33がそれぞれ設けられている。ヨーレートセンサ31は車両の回転角速度(ヨーレート)を検出するセンサであり、例えば圧電素子を用いて振動体にかかるコリオリの力を検出することにより、車両の回転角速度を検出する。車輪速センサ32は、例えば、車輪のロータの回転速度を光学的に読み取るセンサであって、読み取った回転速度に、タイヤの有効回転半径をかけることにより、車体の走行方向の車速Vxを検出する。横加速度センサ33は、車両の横方向にかかる加速度を検出するセンサであり、例えばセンサ素子の可動部と固定部との間に発生する静電容量の変化を検出することにより、車両の横方向にかかる加速度を検出する。
【0017】
ステアリング機構は、ピニオン軸15と、ピニオン軸15の先端のピニオン15aに噛み合い、車体の左右方向に水平に延びる転舵軸としてのステアリングラック軸16と、ステアリングラック軸16の一対の各端部にタイロッド17R,17Lを介して連結されるナックルアーム18R,18Lとを有している。この構造により、ピニオン15aの回転がステアリングラック軸16の軸方向の運動に変換され、各タイロッド17R,17Lを介して対応するナックルアーム18R,18Lがそれぞれ回動する。これにより、各ナックルアーム18R,18Lに連結されたロータ24R,24Lが回動し、対応する前輪タイヤ4R,4Lがそれぞれ操向する。
【0018】
図2はステアリング機構の平面図であり、図3は車体の後部から見たときのステアリング機構の正面図である。車体の進行方向を“G”で示している。ステアリングラック軸16の各端部を21R,21Lで示している。各端部21R,21Lの先端には、各タイロッド17R,17Lに連結するジョイント22R,22Lが形成されている。これらのジョイント22R,22Lは任意の軸の周りに回転できるボールジョイントであり、タイロッド17R,17Lはこれらのジョイント22R,22Lを支点として上下に揺動することができる。これにより車体が左右にローリングしたときの動きを吸収することができる。なおジョイント22R,22Lの構造としてはボールジョイントに限定されるものではない。少なくとも車体の進行方向Gに並行な回転軸を有していればよい。例えば、その回転軸の周りに回転する軸受けとピンからなる構造であってもよい。
【0019】
各タイロッド17R,17Lの先端には、タイロッドエンドと言われる回動部23R,23Lが形成されている。この回動部23R,23Lは鉛直方向に沿った回転軸を有し、タイロッド17R,17Lの左右方向への移動をナックルアーム18R,18Lのキングピンを中心軸とした揺動に変換する。
図4は、車体の後部から見たときの車輪のサスペンション機構の要部を示す模式図である。車体とロアアーム25の間にコイルばね26が懸架されているとともに、車体と車輪との間の鉛直方向に沿った相対距離(サスペンションストローク)Sを測定するためのストロークセンサ14が車体の所定部位に取り付けられている。
【0020】
本明細書では、車両がタイヤを介して地面から受ける力のうち、地面がタイヤを横方向(車両の進行方向と直角な方向)に引っ張る力を「コーナーリングフォース」といい、地面がタイヤを、タイヤの向きと直角な方向に引っ張る力を「タイヤ横力」という。また、タイヤの接地点回りのトルクを「セルフアライニングトルク」という。すなわちタイヤ横滑り角(車両の進行方向とタイヤの向きとの角度差)が付いてコーナーリングフォース(又は横力)を発生しているタイヤはそれ自身でタイヤ横滑り角=0の状態に戻ろうとするモーメント(セルフアライニングトルク)を発生する。このセルフアライニングトルクは、コーナーリングフォースとトレール長(接地中心からこのコーナーリングフォースの着力点までの距離)との積で表される。ここでトレール長は、ニューマチックトレールとキャスタートレールとの和で表される。また、コーナーリングフォースとタイヤ横滑り角との比を「コーナリングパワー」という。
【0021】
ラック軸力にナックルアーム長をかけた数値は、旋回タイヤのセルフアライニングトルクに等しい。セルフアライニングトルクは、前述したように、コーナーリングフォースとトレール長との積で表される。したがって、ラック軸力は、コーナーリングフォースに、トレール長とナックルアーム長との比をかけたものとなる。
図1を参照して、電動パワーステアリング装置には、前述のストロークセンサ14からのサスペンションストロークSを表す信号と、ヨーレートセンサ31によって検出されたヨーレートγを表す信号と、車輪速センサ32によって検出された車速Vxの信号と、横加速度センサ33によって検出され処理された横車速Vyの信号とを入力するEPS制御部5が設けられている。
【0022】
EPS制御部5は、ヨーレートγ、タイヤの転舵角δ等に基づいて前輪タイヤの滑り角βを推定し、タイヤの滑り角βを用いてコーナーリングフォースCFを推定し、求めたコーナーリングフォースCFを、ラック軸力Frに換算する。このように推定されたラック軸力Frに基づいて目標電流値を設定し、操舵補助電動モータ20のモータ電流が目標電流値に一致するように操舵補助電動モータ20を制御することによって、操舵状況及び車速に応じた適切な操舵補助を実現するものである。
【0023】
EPS制御部5はさらに、推定されたラック軸力Frを、ストロークセンサ14で検出されたサスペンションストロークSを用いて補正する機能を有している。
図5は、EPS制御部5の全体制御機能を説明するための制御ブロック図である。EPS制御部5は、ラック軸力推定部51、軸力補正部52、アシスト制御部53、モータ電流制御部54を有している。
【0024】
ラック軸力推定部51は、ヨーレートセンサ31によって検出されたヨーレートγを表す信号、車輪速センサ32によって検出された車速Vxの信号、横加速度センサ33によって検出され処理された横車速Vyの信号を入力している。
以下、βv:車体横滑り角、Lf:車両重心点と前車軸との距離(定数)、γ:ヨーレート、δ:前輪タイヤの転舵角、Vx:車速、Vy:横車速とする。このタイヤの転舵角δは、例えば、転舵軸としてのラック軸16に取り付けられたリニアエンコーダなどで測定されたラック軸16の移動量に基づいたものであってもよく、ステアリングシャフト3に取り付けられた操舵角センサ4で検出される操舵角度信号に基づいて算出されたタイヤの転舵角δであってもよい(操舵角度とタイヤの転舵角δとが比例関係にあるとみなせるならば、操舵角度からタイヤの転舵角δが簡単に算出できる)。
【0025】
ラック軸力推定部51は、前輪タイヤの滑り角βを、次の式を用いて算出する。
βv=tan-1(Vx/Vy) …(1)
β=βv+(Lf・γ/Vx)−δ …(2)
前記(1)式は車体横滑り角βvを求める式、前記(2)式は車体横滑り角βv、ヨーレートγ、タイヤの転舵角δからタイヤの滑り角βを求める式である。
【0026】
ラック軸力推定部51は、求めたタイヤの滑り角βを、次の式
CF=Kβ…(3)
に当てはめることにより(Kはタイヤのコーナリングパワー)、コーナーリングフォースCFを求める。この(3)式を用いて求めたコーナーリングフォースCFを、次の式によりラック軸力Frに換算する。
【0027】
Fr=CF(ξ/D)…(4)
この(4)式は、キングピンの回りのトルクのつりあいの式であり、D:ナックルアーム長(定数)、ξ:トレール長(定数)(ニューマチックトレールと、キャスタートレールとの和で表される)である。
アシスト制御部53は、ラック軸力推定部51から得られるこのラック軸力Frに基づいて目標電流値を設定する。モータ電流制御部54は、操舵補助電動モータ20のモータ電流が目標電流値に一致するように操舵補助電動モータ20をフィードバック制御する。
【0028】
次に、ラック軸力推定部51で推定されたラック軸力Frを、ストロークセンサ14で検出されたサスペンションストロークSを用いて補正するEPS制御部5の補正機能を説明する。この補正機能を実現するために、EPS制御部5は、ストロークセンサ14のストローク検出信号に基づいて、サスペンションストロークSを算出するストローク算出部55と、サスペンションストロークSに基づいてラック軸力Frの補正値を演算する補正値演算部56とを備えている。
【0029】
車体の後部から前方を見たときのステアリング機構の正面図である図3を参照する。ステアリングラック軸16は車体の水平面内に設置され、車体に対して不動であるのに対して、各タイロッド17R,17Lは、ジョイント22R,22Lの周りに揺動する。よって、ステアリングラック軸16の各端部21R,21Lと、各タイロッド17R,17Lとは、車体の進行方向Gに垂直な平面において、交差角θを形成するものとする。この交差角θは、車両が高速でRの小さな旋回走行をしたり、段差に乗り上げたりした時に、車体が左又は右にローリングし、当該左又は右の前輪タイヤ部分が車体に対して相対的に上下にストロークしたときに、そのストローク量に応じて現れる交差角である。
【0030】
この交差角θを測定するために、回動部23R,23Lの鉛直方向移動量L1が必要である。本発明の実施の形態では、鉛直方向移動量L1を求めるのに、ストロークセンサ14で検出されたサスペンションストロークSを用いる。すなわち、サスペンションストロークSと鉛直方向移動量L1との関係を実測あるいはシミュレーションで求め、鉛直方向移動量L1をサスペンションストロークSの関数L1(S)で表し、EPS制御部5のメモリに記憶しておく。
【0031】
図6は、サスペンションストロークSと鉛直方向移動量L1との関係を示すグラフである。同グラフに示すように、サスペンションストロークSと鉛直方向移動量L1とは、ほぼ比例する関係にあるが、サスペンションストロークSが大きくなると、鉛直方向移動量L1はやや飽和状態に近づく。
補正値演算部56は、ストローク算出部55で算出されたサスペンションストロークSを、このメモリに記憶されたサスペンションストロークSと鉛直方向移動量L1との関係L1(S)に当てはめて、回動部23R,23Lの鉛直方向移動量L1を演算する。
【0032】
タイロッド17R,17Lの長さをL2(定数)とすると、交差角θは、θ=sin-1(L1/L2)で表される。
タイロッド17R,17Lにかかる力Fのうち、交差角θに応じた成分Fcosθが、図3に示すように、ステアリングラック軸16の各端部21R,21Lを通して、ステアリングラック軸16の軸方向にかかるラック軸力Frである。
【0033】
そこで補正値演算部56は、このcosθの値を軸力補正部52に供給する。軸力補正部52は、ラック軸力推定部51で推定されたラック軸力Fに、cosθを掛けてFrcosθとしてアシスト制御部53に出力する。
このようにして、左又は右の前輪タイヤ部分が車体に対して相対的に上下にストロークしたことに基づいて、そのストローク量に応じて、ラック軸力を補正することができる。従って、車両が高速でRの小さな旋回走行をしたり、段差に乗り上げたりして車体が左又は右に傾いたときにラック軸力を過大に見積もることが防止されるので、車両の走行状況に応じた精度の良いパワーステアリング制御ができる。
【0034】
以上の本発明の実施形態では、左又は右の前輪タイヤ部分が車体に対して相対的に上下にストロークしたときのストローク量を、ストロークセンサ14を用いて測定していた。しかしこれ以外に、図7に示すように、車体に対するタイロッド17R,17Lの相対的な傾きθを、タイヤハウジング内に固定設置した計測用カメラ27で直接撮影して求めても良い。
【0035】
タイロッド17R,17Lが車体の水平面と成す角度を求めるには、タイロッド17R,17Lの任意の2点の、車体の進行方向Gに垂直な平面(図7に示すz−y平面;鉛直軸をz軸、水平軸をy軸にとっている)上の位置がそれぞれわかればよい。それらの2点の位置座標をM1(y1, z1),M2(y2, z2)とすると、交差角θは、θ=tan-1{(z2−z1)/(y2−y1)}で表される。
【0036】
タイロッド17R,17Lに2点を設定する場合、2点間の距離は長いほど角度算出精度がよくなるため、タイロッド17R,17Lの両端に設定すべきだが、実際、タイロッド17R,17Lには、ラックハウジング内に異物が混入するのを防止するためラックブーツ28が取り付けられているので、ラックブーツ28の中にある点は撮影できない。そこでタイロッド17R,17Lの2点をカメラ27で撮影するには、図7に示すように、ラックブーツ28を避けて、ラックブーツ28の先端にあるタイロッド17R,17Lの点M1、及びラックブーツ28と反対側のタイロッドエンドの点M2に画像計測用のマーカーを取り付けるとよい。
【0037】
カメラ27は、タイヤハウジング内の画像計測用のマーカーが撮影できる位置に固定設置されている。例えば、図7に示すように、ラック軸16を収容するラックハウジング16hにアングル29を設け、このアングル29の先に取り付けても良い。
以上で本発明の実施形態を説明したが、本発明の実施形態では、ラック軸力推定部51は、車速Vx、横車速Vy、車両重心点と前車軸との距離Lf(定数)、ヨーレートγ、タイヤの転舵角δを用いてタイヤの滑り角βを推定していたが、この方法以外に、m:車両重量、L:ホイールベース(L=Lf+Lr)、Lr:車両重心点と後車軸との距離、Kf:前輪のコーナリングパワー、Kr:後輪のコーナリングパワー、を用いて、タイヤの滑り角βを、よく知られた次の式(6)を用いて算出するようにしてもよい。
【0038】
β=(A/B)(Lf/L)δ …(5)
A,Bは、それぞれ
A=1−(m/2L)(Lf/LrKr)Vx2 …(6)
B=1−(m/2L2)[(LfKf−LrKr)/KfKr]Vx2 …(7)
で表される。
【0039】
以上で、本発明の実施の形態を説明したが、本発明の実施は、上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内で種々の変更を施すことが可能である。
【符号の説明】
【0040】
2…操舵部材、16…ステアリングラック軸、17R,17L…タイロッド、20…操舵補助電動モータ、51…ラック軸力推定部、52…軸力補正部、53…アシスト制御部、56…補正値演算部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
操舵部材の回転運動をステアリングラック軸及びこれに連結されるタイロッドの直線運動に変換し、操舵補助電動モータによって操舵補助トルクを与えて操舵輪の転舵を行う電動パワーステアリング装置において用いられ、
車両の走行状態を表す物理量に基づいて前記ステアリングラック軸に作用するラック軸力を演算により推定する工程と、
前記ラック軸と前記タイロッドとの、車体の進行方向に垂直な面内に投影した交差角(θ)を求める工程と、
前記交差角(θ)に基づいて、前記ラック軸力推定部によって推定された前記ラック軸力を補正する工程とを有する、ラック軸力推定方法。
【請求項2】
前記ラック軸と前記タイロッドとの、車体の進行方向に垂直な面内に投影した交差角(θ)を求める工程において、タイヤのサスペンションストロークを測定し、測定されたサスペンションストロークを用いてタイロッドエンドの鉛直方向の移動量を推定し、このタイロッドエンドの鉛直方向の移動量に基づいて前記交差角(θ)を求める、請求項1に記載のラック軸力推定方法。
【請求項3】
前記ラック軸と前記タイロッドとの、車体の進行方向に垂直な面内に投影した交差角(θ)を求める工程において、車体に取り付けたカメラを用いて前記交差角(θ)を求める、請求項1に記載のラック軸力推定方法。
【請求項4】
操舵部材の回転運動をステアリングラック軸及びこれに連結されるタイロッドの直線運動に変換し、操舵補助電動モータによって操舵補助トルクを与えて操舵輪の転舵を行う電動パワーステアリング装置において、
車両の走行状態を表す物理量に基づいて前記ステアリングラック軸に作用するラック軸力を演算により推定するラック軸力推定部と、前記ラック軸と前記タイロッドとの、車体の進行方向に垂直な面内に投影した交差角(θ)を求める補正値演算部と、前記交差角(θ)に基づいて、前記ラック軸力推定部によって推定されたラック軸力を補正する軸力補正部と、補正されたラック軸の値に基づいて、操舵補助電動モータによって補助する操舵補助トルクを求めるアシスト制御部とを備える、電動パワーステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−112254(P2013−112254A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−261651(P2011−261651)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】