説明

車両の操舵制御装置

【課題】車両挙動の安定化に係る各種の後輪舵角制御を、車両挙動の安定化に効果的に活用する。
【解決手段】後輪舵角可変装置を介して後輪の舵角δrを変化させることが可能な車両を制御する車両の操舵制御装置は、前記後輪のスリップ角βrを特定する特定手段と、前記特定されたスリップ角の信頼度を判定する判定手段と、前記特定されたスリップ角と前記判定された信頼度とに基づいて、前記スリップ角が増加する方向への前記後輪の舵角の変化を制限する制限手段とを具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、ARS(Active Rear Steering:後輪操舵装置)やAWS(All Wheel Steering:全輪操舵装置)等、後輪舵角を変化させ得る各種の後輪舵角可変装置を搭載した車両の操舵状態を制御する、車両の操舵制御装置の技術分野に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の装置として、タイヤ能力の限界を考慮したものが提案されている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1に開示される前後輪操舵車両によれば、タイヤの横方向グリップ力対応値がタイヤ能力の限界に近付くに連れて、横滑り角が減少する向きに後輪の舵角が変更される。このため、摩擦面を逸脱しないように後輪舵角を制御できるとされている。
【0003】
尚、後輪横滑り角に基づいて、前輪操舵角のフィードフォワード制御(以下、適宜「F/F制御」と表現する)及びフィードバック制御(以下、適宜「F/B制御」と表現する)との配分比率を変更するものも提案されている(特許文献2参照)。また、そのような制御の例として、後輪横滑り角が限界(横滑り角とコーナリングフォースとの関係が線形とみなせる最大の横滑り角)を超えた場合に、F/F制御の配分比率が100%となる制御態様が開示されている。
【0004】
また、前後輪操舵車両の制御装置として、実ヨーレートと規範ヨーレートとの偏差に基づいて、F/B制御系の動作を無効化するものも提案されている(特許文献3参照)。
【0005】
また、スプリット路面においてABS(Antilock Braking System)が作動中であると判定された場合に、ヨーモーメントを打ち消すように後輪を操舵するものも提案されている(特許文献4参照)
また、ハンドルが切り戻される場合に後輪舵角変化を禁止するものも提案されている(特許文献5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11−049012号公報
【特許文献2】特開2005−225245号公報
【特許文献3】特開平7−237557号公報
【特許文献4】特開2010−195321号公報
【特許文献5】特開平4−123979号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
タイヤ能力の限界を、スリップ角(上記「横滑り角」と同義である)とコーナリングフォース(タイヤに発生する横力と一義的である)との関係から求め得ることは、例えば上記特許文献2に開示されるように公知である。
【0008】
ところで、タイヤ能力の限界を推定するにあたって参照されるべきスリップ角を、車両の走行中に直接検出することは難しい。このため、実践的運用面において、各輪のスリップ角は、各種の車両状態量に基づいた数値演算処理を経て、或いは予め車両状態量に応じた推定値を規定してなる制御マップ等から該当値を選択する等して推定されることが多い。
【0009】
一方、上記各種先行技術文献に開示されるものを含む従来の技術においては、スリップ角の推定精度については一切考慮されていない。このため、場合によっては、タイヤ能力の限界を超えた領域においてスリップ角を増加させる方向への舵角変化が許容される可能性がある。タイヤ能力の限界を超えた領域におけるスリップ角の増加は、タイヤに発生する横力を減少させるため、車両の挙動を安定に維持する上で回避されるべきである。
【0010】
即ち、上記先行技術文献に開示されるものを含む従来の技術には、本来、車両挙動の安定化に寄与すべき後輪操舵機能を、車両挙動の安定化に十分に活かしきれないという技術的問題点がある。
【0011】
本発明は、係る技術的問題点に鑑みてなされたものであり、後輪舵角の制御を、車両挙動の安定化に効果的に活用し得る車両の操舵制御装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上述した課題を解決するため、本発明に係る車両の操舵制御装置は、後輪の舵角を変化させることが可能な車両を制御する車両の操舵制御装置であって、前記後輪のスリップ角を特定する特定手段と、前記特定されたスリップ角の信頼度を判定する判定手段と、前記特定されたスリップ角と前記判定された信頼度とに基づいて、前記スリップ角が増加する方向への前記後輪の舵角の変化を制限する制限手段とを具備することを特徴とする。
【0013】
本発明に係る車両は、例えば各種の後輪舵角可変装置の作用により、後輪の舵角が可変に構成される。後輪舵角可変装置とは、例えば、ARSやAWS等、少なくとも後輪をハンドル操作から独立して変化させることが可能な装置を包括する概念である。
【0014】
但し、「ハンドル操作から独立して変化させることが可能」とは、ハンドル操作と連動した後輪の舵角制御(ハンドルと機械的に連結された操舵機構を介した舵角制御でも、ハンドルと機械的に連結しない操舵機構を介した舵角制御でもよい)を除外するものではない。
【0015】
本発明に係る車両の操舵制御装置は、このような車両を制御する装置であって、例えば、一又は複数のCPU(Central Processing Unit)、MPU(Micro Processing Unit)、各種プロセッサ又は各種コントローラ、或いは更にROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、バッファメモリ又はフラッシュメモリ等の各種記憶手段等を適宜に含み得る、単体の或いは複数のECU(Electronic Controlled Unit)等の各種処理ユニット、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等の形態を採り得る。
【0016】
本発明に係る車両の操舵制御装置によれば、特定手段により後輪のスリップ角が特定される。本発明に係る「特定」とは、検出、算出、推定、同定、選択及び取得等を包括する概念であり、制御上の参照値として確定させ得る限りにおいて、その実践的態様は如何様にも限定されない趣旨である。
【0017】
スリップ角は、車輪に発生する横力と密接な関係を有する。より具体的には、ある上限値未満の領域では、スリップ角の増加に対して横力は増加し、当該上限値以上の領域では、スリップ角の増加に対して横力は減少する。
【0018】
横力は、車両が旋回運動する上で、外向きの遠心力と拮抗する力であるから、スリップ角が上限値を超える領域では必然的に、車両の挙動、特に旋回挙動が相対的に不安定になり易くなる。従って、各種後輪舵角可変装置の作用により車両挙動の安定化に係る各種の後輪舵角制御(例えば、VSC(Vehicle Stability Control)等による挙動安定化制御や摩擦係数が異なる路面を跨ぐ状況における制動制御)がなされ得る車両においては、好適な一形態として、スリップ角が当該上限値を大きく超えない範囲で後輪舵角が制御される。
【0019】
ところで、後輪の横力限界(スリップ角の増加に対して横力が増加する領域の限界)を常時正確に把握するためには、特定手段に係る特定の態様が実践上如何なるものであれ、その特定精度が重要となる。より具体的には、特定精度が著しく低いスリップ角に基づいて後輪の舵角を横力限界近傍で制御する場合、実際には、スリップ角が横力限界を超えた領域にあることも珍しくない。このような場合には、各種車両の挙動安定化制御において本来期待されるべき後輪の横力を十分に得ることが難しくなるから、後輪の舵角制御を、車両の挙動の安定化に十分に寄与させることが難しくなる。
【0020】
そこで、本発明に係る車両の操舵制御装置では、特定手段により特定されたスリップ角の信頼度が判定手段により判定され、制限手段が、特定されたスリップ角と、この判定された信頼度とに基づいて、スリップ角が増加する方向への後輪舵角の変化を制限する構成となっている。
【0021】
判定手段により判定される「信頼度」とは、信頼性の度合い、区分或いは格付け等を意味し、実践的には、信頼度が高い程、特定されるスリップ角が正確であることを意味する。但し、信頼度を表す各種指標値の実践的態様は自由であり、当該指標値の大小が信頼度の高低のいずれに対応していてもよい。また、信頼度は、信頼出来るか否かのように二値的に判定されてもよいし、多段階に判定されてもよい。或いは、連続的に変化する指標値によって表されてもよい。
【0022】
判定手段における、信頼度判定に係る判定基準は、一意に限定されない。例えば、スリップ角が、各種センサにより検出される車両状態量(例えば、ヨーレート、横加速度、車速或いは車輪速等)に基づいて特定される場合、例えば電気的ノイズ等によりセンサ出力の信頼性が低下している場合や、センサ出力が不安定である場合等には、スリップ角の信頼度も低下していると判定するのが妥当且つ合理的である。また、車両の走行路によってもこのスリップ角の信頼性は変化し得る。例えば、車両の片輪或いは両輪がバンク路面(左右方向に傾斜がある路面)等に接地している場合には、スリップ角の信頼度は低下する。
【0023】
或いは、スリップ角の特定態様によっては、センサノイズ(上述の電気的ノイズ等)が一定であっても、センサノイズが相対的に大きく影響し得る車両運動状態が存在し得る。例えば、車両の横加速度とヨーレート及び車速の積算値との差分を積分した値に基づいてスリップ角を特定する場合等においては、この差分が相対的に小さくなり易いスロースピン状態等においては、センサノイズの影響を受け易くなるためスリップ角の信頼度は低下し易い。
【0024】
判定手段は、このような、予め実験的に、経験的に又は理論的に策定される各種の判断基準に従って、スリップ角の信頼度を二値的に、段階的に又は連続的に判定する。
【0025】
後輪の横力限界を規定するスリップ角の上限値が、特定されるスリップ角の信頼度によらず単一である場合、スリップ角の特定精度が何らかの理由で著しく低下している場合等において、後輪にその都度必要な横力を発生させて所望の車両運動を実現するにあたって、最大横力又はそれに類する比較的大きな横力を得るための舵角変化が、かえって横力を低下させる懸念がある。舵角変化を許容し得るか否かを、予め設定される横力とスリップ角との関係性に基づいて判断するにあたって、スリップ角の信頼度が担保されない状況では、既にスリップ角が横力限界を超えた領域にある可能性を排除できないためである。
【0026】
それに対し、本発明によれば、後輪の舵角制御を行うにあたって、特定されたスリップ角の信頼度を参照することができるため、例えば、一方で、信頼度が高い場合については、横力とスリップ角との関係性(尚、係る関係性もまた一義的でなく、好適には、車両の各種走行条件毎に基準となる関係性がマップ等により規定され得る)に基づいて、横力限界又はその近傍のスリップ角領域までスリップ角を増加させることができ、車両挙動の安定化に係る各種の後輪操舵の効能を、余すことなく享受することができる。
【0027】
他方で、信頼度が低い場合については、予防的見地から、横力とスリップ角との関係性に基づいて規定される横力限界よりも小さいスリップ角の領域(この段階で、実際のスリップ角が横力限界相当のスリップ角である可能性があるということである)で、スリップ角の増加を伴う舵角変化を禁止する等の措置を講じることにより、横力限界を大きく超えたスリップ角領域までスリップ角が増加することを防止することができ、車両挙動の安定化に係る各種の後輪操舵を車両挙動の安定化に活かし切れないといった事態の発生を防止することができる。
【0028】
即ち、本発明に係る車両の操舵制御装置によれば、後輪舵角を制御するにあたって車両挙動を最大限に安定させることが可能となるのである。
【0029】
本発明に係る車両の操舵制御装置が、上述した各種先行技術を含む従来の技術思想に対して顕著に進歩的である点は、各種態様の下に特定されるスリップ角の信頼度が後輪に生ずる横力を大きく減じる可能性がある点に想到した点と、判定された信頼度に応じて後輪舵角の制御に段階的な又は連続的な制限を与える点にある。
【0030】
運転者は、後輪を操舵している感覚を前輪程には持ち合わせていないのが一般的である。各種挙動安定化制御や自動操舵制御のように、元から運転者の意思の介在しない舵角制御に至っては尚更である。従って、車両挙動の安定化に後輪の舵角変化を十分に寄与させ難い状況においては、違和感、不快感又は不安感が生じ易くなり、運転者に大きな心理的負担を与え易い。本発明によれば、そのような事態の発生が好適に防止されるのである。
【0031】
尚、制限手段に係る「制限」とは、通常の制御態様に従った変化量よりも変化量が幾らかなり抑制されることを意味し、例えば、補正係数等を乗じることによって変化を抑制することや、禁止すること(言い換えれば、100%の制限に相当する)等を含む趣旨である。また、制限手段が制限する後輪の舵角変化は、必ずしも、その時点で制御ロジック上要求される後輪の舵角変化量の全てでなくてよい。例えば、一言に後輪舵角と言っても、運転者のハンドル操作に応じた常用域の後輪舵角制御(端的には、F/F制御である)と、各種車両挙動安定化制御等に係る運転者の意思と無関係な後輪舵角制御(端的にはF/B制御である)とでは、制限する必要性は後者の方が大きいと言える。このような場合、制限手段は、より制限すべき旨の判断を下し得る一部の後輪舵角制御のみを制限してもよい。即ち、最終的に後輪の舵角変化が幾らかなり抑制される限りにおいて、全て本発明に係る「制限」の範疇である。
【0032】
本発明に係る車両の操舵制御装置の一の態様では、目標状態量に対する車両状態量の偏差に基づいて前記後輪の舵角の目標値を設定する目標値設定手段と、前記設定された目標値が得られるように前記後輪の舵角をフィードバック制御する制御手段とを更に具備し、前記制限手段は、前記スリップ角が増加する方向への前記後輪の舵角のフィードバック制御を制限する(請求項2)。
【0033】
この態様によれば、目標値設定手段により、目標状態量に対する車両状態量の偏差に基づいて後輪舵角の目標値が設定され、制御手段が、この設定された目標値に従って後輪舵角をF/B制御する構成を採る。尚、「車両状態量」とは、車両の運動状態を定量的に規定する各種物理量、制御量又は指標値であって、後輪舵角によって間接的に制御可能な値を意味する。
【0034】
このようなF/B制御は、例えば、運転者のハンドル操作と連動しない自動的な操舵制御に類するものを好適に含む。自動的な操舵制御とは、例えば、車両挙動の安定化を図ることを目的とした、VSC或いは跨ぎ制動制御等の各種の挙動安定化制御や、車両を目標走行路に沿って走行させる、例えばLKA(Lane Keeping Assist)等の各種軌跡追従制御等を好適に含み得る趣旨である。
【0035】
或いは、この後輪の舵角の目標値とは、例えば、直進時又は旋回時に何らかの理由で発生した意図しないヨーモーメントと逆方向のヨーモーメントを生じさせるための後輪の舵角であってもよいし、車両旋回時に何らかの理由で発生したアンダーステア(走行路が目標走行路に対して旋回外側に膨らむ現象)又はオーバーステア(走行路が目標走行路に対して旋回内側に入り込む現象)をニュートラルステア又は弱アンダーステア若しくは弱オーバーステアに補正するための後輪の舵角であってもよい。或いは、目標走行路を規定する車線やレーンマーク等の各種目標体と車両との横位置偏差やヨー角偏差等を所定範囲に維持するための後輪の舵角であってもよい。
【0036】
ここで、このようなF/B制御は、運転者のハンドル操作等各種操舵入力に対応してなされ得る常用域のF/F制御とは異なり、運転者のハンドル操作とは無関係に舵角変化を生じさせるものであるから、目標状態量が得られている間はよいが、車両挙動の安定化に十分に貢献できない場合には、運転者に与える心理的負担が大きくなり易い。また、自動操舵に類するこの種のF/B制御は、操舵入力に応じた常用域のF/F制御と較べれば、車両の実運用制御上必ずしも必要な制御ではない。
【0037】
従って、この態様によれば、効率的に車両挙動を安定ならしめることが可能となる。特に、上述したような各種操舵入力に応じた常用域のF/F制御が、この種のF/B制御と並存する場合、運転者の意思を反映した操舵入力が後輪舵角に与える影響については可及的に保持されるため違和感のない操舵フィーリングが提供される。
【0038】
後輪の舵角のフィードバック制御がなされる態様における一態様では、前記車両状態量は、前記車両の旋回状態を規定する状態量である(請求項3)。
【0039】
例えば、ヨーレート、白線やレーンマーク等の目標物に対するヨー角偏差、ヨーモーメント、車体スリップ角、横加速度及びそれらに類するもの等を含み得る、車両の旋回状態を規定する車両状態量は、後輪の舵角制御により好適に可制御性を付与し得るため、後輪舵角を制御するにあたってのF/B対象として適当である。
【0040】
後輪の舵角のフィードバック制御がなされる態様における他の態様では、前記制限手段は、前記フィードバック制御を禁止する(請求項4)。
【0041】
この態様によれば、後輪舵角のフィードバック制御を制限する一態様として、F/B制御そのものが禁止される。この際、例えば、後輪舵角の制御量が、ハンドル操作等の操舵入力に応じたF/F項とこのF/B制御に係るF/B項とからなる場合においては、後輪舵角の制御量は、F/F項のみが反映される。また、このF/B制御のみが実行される場合には、後輪の舵角制御そのものが禁止される。この態様によれば、制限手段は、スリップ角の増加を伴う後輪舵角の変化が必要とされるF/B制御については、その実行を禁止してしまえばよいから、制限手段の負荷を軽減しつつ、車両挙動の安定化を最大限に図り得る旨の顕著な効果を得ることができる。
【0042】
本発明に係る車両の操舵制御装置の他の態様では、前記判定された信頼度に応じて前記後輪の舵角の変化を制限すべき前記スリップ角の上限値を設定する上限値設定手段を更に具備し、前記制限手段は、前記特定されたスリップ角が前記上限値以上である場合に、前記スリップ角が増加する方向への後輪の舵角の変化を制限する(請求項5)。
【0043】
この態様によれば、特定されたスリップ角が、上限値設定手段により設定されたスリップ角の上限値以上である場合にスリップ角が増加する方向への後輪舵角の変化が制限される。
【0044】
ここで、このスリップ角の上限値は、判定手段により判定されるスリップ角の信頼度に応じて設定される。端的には、信頼度の高低が夫々スリップ角の上限値の高低に対応する。従って、この態様によれば、実践的運用面において、特定されたスリップ角と、このようにして設定された、安全側への配慮を施した言わば擬似的な横力限界に相当するスリップ角とを比較すればよく、後輪操舵を車両挙動の安定化に効果的に活用する旨の実践上の利益が、比較的簡便にして享受され得る。
【0045】
尚、極端な一例としては、スリップ角の信頼度が信頼出来るか否かの二値的な判定態様の下に判定される場合において、スリップ角が信頼出来ない場合については、スリップ角の上限値がゼロ相当値、即ち、実質的に後輪の舵角変化が全舵角域において禁止されるべき旨に設定されてもよい。また、先に述べたように、後輪の舵角制御が常用域のF/F制御と例えば挙動安定化に係るF/B制御とから構成される場合において、このスリップ角の上限値に基づいた制限は、当該F/B制御についてのみ適用されてもよい。
【0046】
本発明に係る車両の操舵制御装置の他の態様では、前記スリップ角特定手段は、前記車両の横加速度と、前記車両のヨーレート及び車速の積算値との差分の積分値に基づいて前記スリップ角を特定し、前記判定手段は、前記差分の大小が前記信頼度の大小に対応するように前記差分に基づいて前記信頼度を判定する(請求項6)。
【0047】
車両の横加速度と、車両のヨーレート及び車速の積算値との差分の積分値に基づいてスリップ角が特定される場合においては、当該差分が小さい場合に、特定されるスリップ角に対する、ヨーレートを始めとする各種状態量の精度(センサにより検出される場合、センサノイズ等を含む)の影響が相対的に大きくなる。即ち、スリップ角の信頼度が低下する。
【0048】
この態様によれば、当該差分の大小が信頼度の大小に夫々対応するように、当該差分に基づいて信頼度が判定されるため、スリップ角の信頼度を正確に判定することが可能となる。
【0049】
本発明のこのような作用及び他の利得は次に説明する実施形態から明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の一実施形態に係る車両の構成を概念的に表してなる概略構成図である。
【図2】図1の車両における後輪のスリップ角と横力との関係を例示する図である。
【図3】図1の車両においてECUにより実行される後輪舵角制御のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0051】
<発明の実施形態>
以下、適宜図面を参照して本発明の車両の制御装置に係る実施形態について説明する。
<1.実施形態の構成>
始めに、図1を参照して、本発明の第1実施形態に係る車両10の構成について説明する。ここに、図1は、車両10における操舵系の構成を概念的に表してなる概略構成図である。
【0052】
図1において、車両10は、操舵輪として左右一対の前輪FL及びFR並びに左右一対の後輪RL及びRRを備え、これら各操舵輪が左右方向へ操舵されることにより所望の方向に進行可能に構成されている。車両10は、ECU100、VGRSアクチュエータ200、VGRS駆動装置300、EPSアクチュエータ400、EPS駆動装置500、ARSアクチュエータ600、ARS駆動装置700及びECB(Electronic Controlled Braking system;電子制御式制動装置)800を備える。
【0053】
ECU100は、夫々不図示のCPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)を備え、車両10の動作全体を制御可能に構成された電子制御ユニットであり、本発明に係る「車両の操舵制御装置」の一例である。ECU100は、ROMに格納された制御プログラムに従って、後述する後輪舵角制御を実行可能に構成されている。
【0054】
尚、ECU100は、本発明に係る「特定手段」、「判定手段」、「制限手段」、「目標値設定手段」、「制御手段」及び「上限値設定手段」の夫々一例として機能するように構成された一体の電子制御ユニットであり、これら各手段に係る動作は、全てECU100によって実行されるように構成されている。但し、本発明に係るこれら各手段の物理的、機械的及び電気的な構成はこれに限定されるものではなく、例えばこれら各手段は、複数のECU、各種処理ユニット、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等として構成されていてもよい。
【0055】
車両10では、操舵入力手段としてのハンドル11を介して運転者から与えられる操舵入力が、ハンドル11と同軸回転可能に連結され、ハンドル11と同一方向に回転可能な軸体たるアッパーステアリングシャフト12に伝達される。アッパーステアリングシャフト12は、その下流側の端部においてVGRSアクチュエータ200に連結されている。
【0056】
VGRSアクチュエータ200は、ハウジング201、VGRSモータ202及び減速機構203を備えた操舵伝達比可変装置である。
【0057】
ハウジング201は、VGRSモータ202及び減速機構203を収容してなるVGRSアクチュエータ200の筐体である。ハウジング201には、前述したアッパーステアリングシャフト12の下流側の端部が固定されており、ハウジング201は、アッパーステアリングシャフト12と一体に回転可能となっている。
【0058】
VGRSモータ202は、回転子たるロータ202a、固定子たるステータ202b及び駆動力の出力軸たる回転軸202cを有するDCブラシレスモータである。ステータ202bは、ハウジング201内部に固定されており、ロータ202aは、ハウジング201内部で回転可能に保持されている。回転軸202cは、ロータ202aと同軸回転可能に固定されており、その下流側の端部が減速機構203に連結されている。
【0059】
減速機構203は、差動回転可能な複数の回転要素(サンギア、キャリア及びリングギア)を有する遊星歯車機構である。この複数の回転要素のうち、第1の回転要素たるサンギアは、VGRSモータ202の回転軸202cに連結されており、また、第2の回転要素たるキャリアは、ハウジング201に連結されている。そして第3の回転要素たるリングギアが、ロアステアリングシャフト13に連結されている。
【0060】
このような構成を有する減速機構203によれば、ハンドル11の操作量に応じたアッパーステアリングシャフト12の回転速度(即ち、キャリアに連結されたハウジング201の回転速度)と、VGRSモータ202の回転速度(即ち、サンギアに連結された回転軸202cの回転速度)とにより、残余の一回転要素たるリングギアに連結されたロアステアリングシャフト13の回転速度が一義的に決定される。この際、回転要素相互間の差動作用により、VGRSモータ202の回転速度を増減制御することによって、ロアステアリングシャフト13の回転速度を増減制御することが可能となる。即ち、VGRSモータ202及び減速機構203の作用により、アッパーステアリングシャフト12とロアステアリングシャフト13とは相対回転可能である。また、減速機構203における各回転要素の構成上、VGRSモータ202の回転速度は、各回転要素相互間のギア比に応じて定まる所定の減速比に従って減速された状態でロアステアリングシャフト13に伝達される。
【0061】
このように、車両10では、アッパーステアリングシャフト12とロアステアリングシャフト13とが相対回転可能であることによって、アッパーステアリングシャフト12の回転量たるハンドル角δhと、ロアステアリングシャフト13の回転量に応じて一義的に定まる(後述するラックアンドピニオン機構のギア比も関係する)前輪舵角δfとの比たる操舵伝達比Kが、予め定められた範囲で連続的に可変となる。
【0062】
即ち、VGRSアクチュエータ200は、ハンドル角δhと前輪舵角δfとの関係を変化させることが可能であり、運転者の操舵入力とは無関係に前輪舵角δfを変化させることが可能である。
【0063】
尚、減速機構203は、ここに例示した遊星歯車機構のみならず、他の態様(例えば、アッパーステアリングシャフト12及びロアステアリングシャフト13に夫々歯数の異なるギアを連結し、各ギアと一部分で接する可撓性のギアを設置すると共に、係る可撓性ギアを、波動発生器を介して伝達されるモータトルクにより回転させることによって、アッパーステアリングシャフト12とロアステアリングシャフト13とを相対回転させる態様等)を有していてもよいし、遊星歯車機構であれ上記と異なる物理的、機械的、又は機構的態様を有していてよい。
【0064】
VGRS駆動装置300は、VGRSモータ202のステータ202bに対し通電可能に構成された、PWM回路、トランジスタ回路及びインバータ等を含む電気駆動回路である。VGRS駆動装置300は、図示せぬバッテリと電気的に接続されており、当該バッテリから供給される電力によりVGRSモータ202に駆動電圧を供給することが可能に構成されている。また、VGRS駆動装置300は、ECU100と電気的に接続されており、その動作はECU100により制御される構成となっている。
【0065】
ロアステアリングシャフト13の回転は、操舵機構14に伝達される。
【0066】
操舵機構14は、所謂ラックアンドピニオン機構であり、ロアステアリングシャフト13の下流側端部に接続されたピニオンギア14A及び当該ピニオンギアのギア歯と噛合するギア歯が形成されたラックバー14Bを含む機構である。操舵機構14は、ピニオンギア14Aの回転がラックバー14Bの図中左右方向の運動に変換されることにより、ラックバー14Bの両端部に連結されたタイロッド及びナックル(符号省略)を介して操舵力を各前輪に伝達する構成となっている。
【0067】
EPSアクチュエータ400は、永久磁石が付設されてなる回転子たる不図示のロータと、当該ロータを取り囲む固定子であるステータとを含むDCブラシレスモータとしてのEPSモータを備えた操舵トルク補助装置である。このEPSモータは、EPS駆動装置500を介した当該ステータへの通電によりEPSモータ内に形成される回転磁界の作用によってロータが回転することにより、その回転方向にアシストトルクTAを発生可能に構成されている。
【0068】
一方、EPSモータの回転軸たるモータ軸には、不図示の減速ギアが固定されており、この減速ギアはまた、ピニオンギア14Aと噛合している。このため、EPSモータから発せられるアシストトルクTAは、ピニオンギア14Aの回転をアシストするアシストトルクとして機能する。ピニオンギア14Aは、先に述べたようにロアステアリングシャフト13に連結されており、ロアステアリングシャフト13は、VGRSアクチュエータ200を介してアッパーステアリングシャフト12に連結されている。従って、アッパーステアリングシャフト12に加えられる操舵トルクMTは、アシストトルクTAにより適宜アシストされた形でラックバー14Bに伝達され、運転者の操舵負担が軽減される構成となっている。
【0069】
EPS駆動装置500は、EPSモータのステータに対し通電可能に構成された、PWM回路、トランジスタ回路及びインバータ等を含む電気駆動回路である。EPS駆動装置500は、図示せぬバッテリと電気的に接続されており、当該バッテリから供給される電力によりEPSモータに駆動電圧を供給することが可能に構成されている。また、EPS駆動装置500は、ECU100と電気的に接続されており、その動作はECU100により制御される構成となっている。
【0070】
一方、車両10には、操舵トルクセンサ15、ハンドル角センサ16及びVGRS回転角センサ17を含む各種センサが備わっている。
【0071】
操舵トルクセンサ15は、運転者からハンドル11を介して与えられる操舵トルクMTを検出可能に構成されたセンサである。より具体的に説明すると、アッパーステアリングシャフト12は、上流部と下流部とに分割されており、図示せぬトーションバーにより相互に連結された構成を有している。係るトーションバーの上流側及び下流側の両端部には、回転位相差検出用のリングが固定されている。このトーションバーは、車両10の運転者がハンドル11を操作した際にアッパーステアリングシャフト12の上流部を介して伝達される操舵トルク(即ち、操舵トルクMT)に応じてその回転方向に捩れる構成となっており、係る捩れを生じさせつつ下流部に操舵トルクを伝達可能に構成されている。従って、操舵トルクの伝達に際して、先に述べた回転位相差検出用のリング相互間には回転位相差が発生する。操舵トルクセンサ15は、係る回転位相差を検出すると共に、係る回転位相差を操舵トルクに換算して操舵トルクMTに対応する電気信号として出力可能に構成されている。また、操舵トルクセンサ15は、ECU100と電気的に接続されており、検出された操舵トルクMTは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
【0072】
ハンドル角センサ16は、アッパーステアリングシャフト12の回転量を表すハンドル角δhを検出可能に構成された角度センサである。ハンドル角センサ16は、ECU100と電気的に接続されており、検出されたハンドル角δhは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
【0073】
VGRS回転角センサ17は、VGRSアクチュエータ200におけるハウジング201(即ち、回転角で言うならばアッパーステアリングシャフト12と同等である)とロアステアリングシャフト13との相対回転角たるVGRS回転角δvgrsを検出可能に構成されたロータリーエンコーダである。VGRS回転角センサ17は、ECU100と電気的に接続されており、検出されたVGRS回転角δvgrsは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
【0074】
尚、VGRS回転角センサ17により検出されるVGRS回転角δvgrsは、ハンドル角δhと足し込まれることにより前輪舵角δfと一対一に対応する。
【0075】
ARSアクチュエータ600は、夫々不図示の舵角制御用ロッドと、ARSモータと、このARSモータの回転を舵角制御用ロッドの往復運動に変換する直動機構とを備えた後輪舵角可変装置である。後輪RL及びRRは、この舵角制御用ロッドの両端部にナックル等の支持体を介して連結されており、ARSモータから付与される駆動力によって、舵角制御用ロッドが左右いずれかの方向にストロークすると、そのストローク量に応じて後輪舵角δrが変化する構成となっている。
【0076】
ARS駆動装置700は、ARSモータに対し通電可能に構成された、PWM回路、トランジスタ回路及びインバータ等を含む電気駆動回路である。ARS駆動装置700は、図示せぬバッテリと電気的に接続されており、当該バッテリから供給される電力によりARSモータに駆動電圧を供給することが可能に構成されている。また、ARS駆動装置700は、ECU100と電気的に接続されており、その動作はECU100により制御される構成となっている。
【0077】
車両10にはARS回転角センサ18が備わる。ARS回転角センサ18は、ARSアクチュエータ600に収容されたARSモータの回転角たるARS回転角δarsを検出可能に構成されたロータリーエンコーダである。ARS回転角センサ18は、ECU100と電気的に接続されており、検出されたARS回転角δarsは、ECU100により一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
【0078】
尚、ARS回転角センサ18により検出されるARS回転角δarsは、後輪舵角δrと一対一に対応しており、ECU100は、ARS回転角センサ18から送出されるARS回転角δarsの情報を基に、常時後輪舵角δrを把握している。
【0079】
車両10は更に、ECB800を備える。ECB800は、車両10の前後左右各輪に個別に制動力を付与可能に構成された電子制御式制動装置である。ECB600は、ブレーキアクチュエータ810並びに左前輪FL、右前輪FR、左後輪RL及び右後輪RRに夫々対応する制動装置820FL、820FR、820RL及び820RRを備える。
【0080】
ブレーキアクチュエータ810は、制動装置820FL、820FR、820RL及び820RRに対し、夫々個別に所望の油圧で作動油を供給可能に構成された油圧制御用のアクチュエータである。ブレーキアクチュエータ810は、マスタシリンダ、電動オイルポンプ、複数の油圧伝達通路及び当該油圧伝達通路の各々に設置された電磁弁等から構成されており、当該電磁弁の開閉状態を制御することにより、各制動装置に備わるホイルシリンダに供給される作動油の油圧を制動装置各々について個別に制御可能に構成されている。作動油の油圧は、各制動装置に備わるブレーキパッドの押圧力と一対一の関係にあり、作動油の油圧の高低が、各制動装置と各車輪との間に作用する制動力の大小に夫々対応する構成となっている。ブレーキアクチュエータ810は、ECU100と電気的に接続されており、各制動装置から各車輪に付与される制動力は、ECU100により制御される構成となっている。
【0081】
尚、ECB800は、公知の各種電子制御式制動装置に係る各種実践的態様を採ることが可能であり、ここでは、その詳細な説明を省略することとする。
【0082】
車両10の左前輪FL、右前輪FR、左後輪RL及び右後輪RRには、各車輪の回転速度を検出可能な車輪速センサ19FL、19FR、19RL及び19RRが夫々付設されている。これら各車輪速センサは、夫々ECU100と電気的に接続されており、検出された各輪の車輪速は、ECU100に常時把握されている。
【0083】
ここで、ECB800は、ECU100の制御により、ABS(Anti-lock Braking System)等のロック防止装置として機能する。即ち、この場合、ECU100は、常時各輪について検出される車輪速を把握しており、この各輪の車輪速に基づいて、各輪のスリップ状態を判定する。検出される車輪速により車輪のロックが検出された場合には、当該車輪のスリップ率が、最も制動力を発揮し得るスリップ率となるように、ロック状態にある旨が検出された車輪に対応する制動装置に供給される油圧が調整される。
【0084】
また、車両10には、ヨーレートセンサ20及び横加速度センサ21が備わる。
【0085】
ヨーレートセンサ20は、車両10のヨーレートγ(rad/sec)を検出可能に構成されたセンサである。ヨーレートセンサ20は、ECU100と電気的に接続されており、検出されたヨーレートγは、ECU100に一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
【0086】
横加速度センサ21は、車両10の横加速度Gy(m/sec)を検出可能に構成されたセンサである。横加速度センサ21は、ECU100と電気的に接続されており、検出された横加速度Gyは、ECU100に一定又は不定の周期で参照される構成となっている。
<2.実施形態の動作>
以下、適宜図面を参照し、本実施形態の動作として、ECU100により実行される後輪舵角制御について説明する。
【0087】
<2-1.後輪舵角制御の概要>
始めに、後輪舵角制御の必要性について、図2を参照して説明する。ここに、図2は、後輪スリップ角βrと後輪横力Fyrとの関係性を例示する図である。
【0088】
図2から分かるように、後輪RL及びRRにスリップ角βrが生じると、各後輪には後輪横力Fyrが発生する。後輪横力Fyrは、後輪スリップ角βrが横力限界スリップ角βrlim未満となる領域(以下、適宜「増加領域」とする)においては、後輪スリップ角βrの増加に対して概ね線形に増加する。
【0089】
一方、後輪横力Fyrは、横力限界スリップ角βrlimにおいてピーク値Fyrpkに達した後は、即ち、後輪スリップ角βrが横力限界スリップ角βrlim以上となる領域(以下、適宜「減少領域」とする)においては、後輪スリップ角βrの増加に対して概ね線形に減少する。後輪舵角の制御は、ハンドル操作に応じた常用域の舵角制御であれ、各種自動操舵(LKA、VSC或いは跨ぎ制動等)における舵角制御であれ、後輪横力Fyrを利用して所望の車両運動を実現するものであるから、後輪舵角δrを、後輪スリップ角βrが上記減少領域となる舵角領域で制御することは実践上殆ど無意味である。従って、後輪舵角δrは、通常、後輪スリップ角βrが上記横力限界スリップ角βrlimを含む増加領域内となるように制御される。
【0090】
ここで、横力限界スリップ角βrlimは、車両10の走行条件、特に路面条件等によって変化し得る性質のものである。従って、後輪スリップ角βrが横力限界スリップ角βrlimを大きく逸脱しないようにするための後輪舵角の制御手法は、従来、各種提案されるところである。
【0091】
一方、後輪スリップ角βrlimは、後輪における中心線の方向と車両10の進行方向とがなす角度であり、通常、直接的な検出は難しい。従って、後輪舵角の制御には、各種車両状態量、好適には旋回状態を規定する状態量に基づく後輪スリップ角の推定演算が必要となる。
【0092】
ところで、この際、後輪スリップ角βrの推定精度は必ずしも一律でない。このため、その時点の真の後輪スリップ角βrが既に横力限界スリップ角βrlimを超えた減少領域にあるにもかかわらず、後輪舵角δrの増加方向への変化が許容される場合がある。このような場合、車両制御上は後輪横力Fyrを増加させているにもかかわらず、実際には後輪横力Fyrが減少するといった事態が生じ得る。このような事態は、車両挙動の安定化を図る上で望ましくない。
【0093】
ECU100により実行される後輪舵角制御とは、このような、後輪スリップ角の推定精度が実制御に反映されないことに起因する、車両挙動の安定化を最大限に図ることが難しくなるといった事態を、防止、抑制又は緩和するための制御である。
【0094】
<2-2.後輪舵角制御の詳細>
ここで、図3を参照し、後輪舵角制御の詳細について説明する。ここに、図3は、後輪舵角制御のフローチャートである。
【0095】
図3において、ECU100は、F/F舵角制御量δrtgffを算出する(ステップS101)。F/F舵角制御量δrtgffとは、運転者のハンドル操作に応じてフィードフォワード的になされる常用域の後輪舵角制御に相当する舵角制御量である。本実施形態において、F/F舵角制御量δrtgffは、下記(1)式により算出される。
【0096】
δrtgff=δh×GRr×Ghr・・・(1)
上記(1)式において、δhは既に述べたようにハンドル11の回転角たるハンドル角であり、GRrは後輪ギア比である。後輪ギア比GRrは、ハンドル角δhに対する後輪舵角δrの比であり、即ち、後輪の操舵伝達比である。但し、ARSアクチュエータ600は、ハンドル11と機械的に連結されない種類の後輪舵角可変装置であるから、この操舵伝達比は、言わば擬似的な操舵伝達比である。また、上記(1)式において、Ghrは、ハンドル角速度ゲインである。ハンドル角速度ゲインGhrは、ハンドル角δhの時間微分値たるハンドル角速度δh’に応じて変化する後輪舵角補正用のゲインである。
【0097】
但し、このような常用域におけるF/F舵角制御量δrtgffの設定態様は一例に過ぎず、常用域の後輪舵角δrの制御に関して、公知の各種態様を適用可能であることは言うまでもない。
【0098】
F/F舵角制御量δrtgffを算出すると、ECU100は、F/B舵角制御量δrtgfbを算出する(ステップS102)。F/B舵角制御量δrtgfbとは、運転者のハンドル操作とは無関係に設定される各種自動操舵制御(例えば、目標走行路を追従する制御、車線維持走行制御、VSC或いは跨ぎ制動制御等)に係る、車両の旋回状態を規定する状態量をフィードバックしてなされる後輪舵角制御に相当する舵角制御量である。
【0099】
例えば、具体的な例を挙げると、F/F舵角制御量δrtgfbは、車両10の目標状態量としての目標ヨーレートγtgと、車両の10のその時点のヨーレートγとの偏差たるヨーレート偏差Δγに基づいて設定される舵角制御量である。この際、例えば、公知のPID制御等を適用するのであれば、このヨーレート偏差Δγに基づいて、比例項(P項)、積分項(I項)及び微分項(D項)が夫々算出される。尚、ここでは算出されるとしたが、予めヨーレート偏差Δγに対するF/F舵角制御量δrtgfbがマップ化されてROM等に格納されている場合には、当該マップから該当値が選択されることによってF/B舵角制御量δrtgfbが設定されてもよい。
【0100】
F/F舵角制御量δrtgff及びF/B舵角制御量δrtgfbが決定されると、ECU100は、F/B舵角制御量δrtgfbの変化方向が、後輪スリップ角βrを増加させる方向であるか否かを判定する(ステップS103)。尚、後輪スリップ角βrは、後輪の中心線と車両進行方向とがなす角度であるから、設定されるF/B舵角制御量δrtgfbによって促される舵角変化の方向が後輪スリップ角βrの増加方向に該当するか否かは、簡便にして判定可能である。F/F舵角制御量δrtgfbの変化方向が後輪スリップ角βrを増加させる方向でない場合(ステップS103:NO)、処理はステップS107に移行する。ステップS107については後述する。
【0101】
F/F舵角制御量δrtgfbの変化方向が後輪スリップ角βrを増加させる方向である場合(ステップS103:YES)、ECU100は、後輪スリップ角信頼度指標値Aを取得する(ステップS105)。
【0102】
本実施形態において、後輪スリップ角βrは、横加速度Gyと、ヨーレートγと車速Vとの積算値(即ちγ×V)との差分を積分処理して推定される。ここで、この差分が相対的に小さい状況、例えば、車両10がスロースピン状態にある場合等には、推定される後輪スリップ角βrは、ヨーレートセンサ20、横加速度センサ21或いは車速Vの算出に使用される車輪速センサ等のセンサノイズに相対的に影響され易くなる。即ち、このような状況においては、推定される後輪スリップ角βrの信頼度は相対的に低下する。
【0103】
ECU100は、予め上記差分値を複数段階に区分することによって、推定される後輪スリップ角βrの信頼度を判定する構成となっている。後輪スリップ角信頼度指標値Aとは、このような信頼度の判定処理により確定した、その時点での後輪スリップ角βrの信頼度の区分を示す値である。
【0104】
尚、後輪スリップ角信頼度指標値Aは、後輪スリップ角βrの信頼度を表す指標値であり、その実践的態様は特に限定されない趣旨である。例えば、後輪スリップ角信頼度指標値Aは、信頼出来る場合が「1」、信頼出来ない場合が「0」によって表された二値的な指標であってもよいし、信頼度の高い順から(信頼出来る順に)、5、4、3、2、1等と表された多段階指標値であってもよい。或いは、信頼度を0%(信頼出来ない)〜100%(信頼出来る)までの数値で表したものでもよい。尚、ここでは、説明を分かり易くするために、後輪スリップ角信頼度指標値Aを取得するとしたが、この種の指標値の取得プロセスを経ること無しに、単一の又は複数の判断条件が満たされるか否かに応じて後述する然るべきステップに処理が移行する仕組みになっていてもよい。
【0105】
また、後輪スリップ角信頼度指標値Aは、上述した、センサノイズが後輪スリップ角βrの推定演算に与える影響の大小により判定されるのみならず、車両10の走行条件や各センサの状態等に基づいて総合的に判定されてもよい。例えば、車両10がバンク路面を走行している場合、車両10には、舵角と無関係な横加速度が生じ得るため、推定される後輪スリップ角βrが誤差を含み易い。また、センサ劣化等によりセンサノイズ自体が大きい状況においては、当然ながら全般的に後輪スリップ角βrの信頼度は低下する。
【0106】
後輪スリップ角信頼度指標値Aを取得すると、ECU100は、取得された後輪スリップ角信頼度指標値Aに応じた、後輪スリップ角βrの基準値βrthを取得する(ステップS105)。
【0107】
後輪スリップ角βrの基準値βrthとは、後輪舵角のF/B制御を禁止すべきか否かを規定する閾値であり、基準値βrth以上のスリップ角領域においては、F/B舵角制御量δrtgfbが実質的に無効化される。尚、この際、既にステップS103において、F/B舵角制御量δrtgfbの変化方向は、スリップ角増加方向であると判定されているから、全体的には、基準値βrth以上のスリップ角領域においては、後輪スリップ角βrを増加させる方向への後輪舵角のF/B制御が禁止されることになる。
【0108】
ここで、後輪スリップ角βrの基準値βrthは、後輪スリップ角βrの信頼度が低い程(高い程)低く(高く)なるように、後輪スリップ角信頼度指標値Aに応じて設定される。尚、後輪スリップ角信頼度指標値Aに応じた後輪スリップ角βrの基準値βrthは、予めマップ化されたROMに格納されている。
【0109】
基準値βrthの定量的設定態様は、実験的、経験的又は理論的適合の要素が大きいが、例えば、以下のように構築することもできる。
【0110】
即ち、判定された信頼度毎に、推定される後輪スリップ角βrの推定誤差が規定される場合(ここでは、例えば、±10%とする)、基準値βrthは、信頼度が100%である場合に横力限界スリップ角βrlimであるとして、「βrth+βrth×0.1=βrlim」なる関係が成立するように決定されてもよい。係る関係性の技術的意義は、推定値に対してスリップ角が増加する側に最大の誤差が生じたとしてもスリップ角が横力限界スリップ角を超えないように基準値を設定することにある。
【0111】
後輪スリップ角βrthの基準値βrthが取得されると、ECU100は、推定された後輪スリップ角βrが、この取得された基準値βrth未満であるか否かを判定する(ステップS106)。係る判定の結果、推定された後輪スリップ角βrが基準値βrth未満であれば(ステップS106:YES)、処理はステップS107に移行される。ステップS107では、最終的な後輪舵角制御量δrtgが、下記(2)式により設定される。
【0112】
δrtg=δrtgff+δrtgfb・・・(2)
即ち、F/F舵角制御量とF/B舵角制御量との両舵角制御量が最終的な後輪舵角δrに反映される。
【0113】
一方、推定された後輪スリップ角βrが基準値βrth以上である場合(ステップS106:NO)、ECU100は、処理をステップS108に移行し、最終的な後輪舵角制御量δrtgを、下記(3)式に従って設定する。
【0114】
δrtg=δrtgff・・・(3)
即ち、推定された後輪スリップ角βrが、推定された後輪スリップ角βの信頼度を考慮して設定される基準値以上である場合には、推定された後輪スリップ角βrが横力限界スリップ角βrlim未満であっても、スリップ角増加方向の舵角変化により実際の後輪スリップ角βrが減少領域へ大きく逸脱する可能性が排除できないため、最終的な後輪舵角制御量δrtgに対するF/B舵角制御量の影響が無効化されるのである。尚、係る無効化処理は、本発明に係る「制限」の一例であり、ECU100は、F/B舵角制御量を例えば、0〜99%の範囲で制限してもよい。
【0115】
また、ここでは、F/F舵角制御量については制限の対象とならない。これは、F/F舵角制御量については、運転者の意思に基づいたハンドル操作に応じた舵角制御量である点を考慮したものである。但し、F/B舵角制御量と併せてF/F舵角制御量を制限の対象としてもよい。極端な例としては、後輪スリップ角βrの信頼性が担保されないとの判定が下された場合には、スリップ角増加方向への後輪舵角制御全般を中止してしまってもよい。
【0116】
ステップS107又はステップS108が実行されると、処理はステップS109に移行され、各ステップにおいて設定された後輪舵角制御量δrtgに従って、ARSアクチュエータ600が駆動制御され、後輪舵角δrが制御される。ステップS109が実行されると、処理はステップS101に戻される。後輪舵角制御は以上のように実行される。
【0117】
以上説明したように、本実施形態に係る後輪舵角制御によれば、推定される後輪スリップ角βrの信頼度に応じて、後輪スリップ角βrが増加する方向への、F/B舵角制御量による後輪の舵角変化が制限される。このため、推定されるスリップ角βrの信頼性が全く考慮されない技術思想と較べて、スリップ角βrを、スリップ角βrの増加に対して後輪横力Fyrが増加する増加領域で安定的に制御することができ、後輪スリップ角βrが増加領域にある或いは横力限界スリップ角βrlimにあると判断されている状況において、実際の後輪スリップ角βrが既に後輪横力Fyrの減少を伴う減少領域にある等といった事態の発生が防止される。
【0118】
即ち、本来、車両挙動を安定に維持すべくなされる後輪操舵を、車両挙動の安定化に効果的に活用し得るものとすることができるのである。
【0119】
本発明は、上述した実施形態に限られるものではなく、請求の範囲及び明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う車両の操舵制御装置もまた本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0120】
本発明は、運転者の操作から独立して後輪の舵角を変化させることが可能な車両に利用可能である。
【符号の説明】
【0121】
FL、FR、RL、RR…車輪、10…車両、11…ハンドル、12…アッパーステアリングシャフト、13…ロアステアリングシャフト、14…操舵機構、15…ハンドル角センサ、16…操舵トルクセンサ、17…VGRS回転角センサ、18…車速センサ、19…ヨーレートセンサ、20…ARS回転角センサ、100…ECU、200…VGRSアクチュエータ、300…VGRS駆動装置、400…EPSアクチュエータ、500…EPS駆動装置、600…ARSアクチュエータ、700…ARS駆動装置、800…ECB。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
後輪の舵角を変化させることが可能な車両を制御する車両の操舵制御装置であって、
前記後輪のスリップ角を特定する特定手段と、
前記特定されたスリップ角の信頼度を判定する判定手段と、
前記特定されたスリップ角と前記判定された信頼度とに基づいて、前記スリップ角が増加する方向への前記後輪の舵角の変化を制限する制限手段と
を具備することを特徴とする車両の操舵制御装置。
【請求項2】
目標状態量に対する車両状態量の偏差に基づいて前記後輪の舵角の目標値を設定する目標値設定手段と、
前記設定された目標値が得られるように前記後輪の舵角をフィードバック制御する制御手段と
を更に具備し、
前記制限手段は、前記スリップ角が増加する方向への前記後輪の舵角のフィードバック制御を制限する
ことを特徴とする請求項1に記載の車両の操舵制御装置。
【請求項3】
前記車両状態量は、前記車両の旋回状態を規定する状態量である
ことを特徴とする請求項2に記載の車両の操舵制御装置。
【請求項4】
前記制限手段は、前記フィードバック制御を禁止する
ことを特徴とする請求項2又は3に記載の車両の操舵制御装置。
【請求項5】
前記判定された信頼度に応じて前記後輪の舵角の変化を制限すべき前記スリップ角の上限値を設定する上限値設定手段を更に具備し、
前記制限手段は、前記特定されたスリップ角が前記上限値以上である場合に、前記スリップ角が増加する方向への後輪の舵角の変化を制限する
ことを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の車両の操舵制御装置。
【請求項6】
前記スリップ角特定手段は、前記車両の横加速度と、前記車両のヨーレート及び車速の積算値との差分の積分値に基づいて前記スリップ角を特定し、
前記判定手段は、前記差分の大小が前記信頼度の大小に対応するように前記差分に基づいて前記信頼度を判定する
ことを特徴とする請求項1から5のいずれか一項に記載の車両の操舵制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−158305(P2012−158305A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−21126(P2011−21126)
【出願日】平成23年2月2日(2011.2.2)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】