説明

電動パワーステアリング装置

【課題】電動モータのトルクが伝達されるラックが可変比ラックである電動パワーステアリング装置において、操舵状況に応じた適切な操舵補助を実現できる電動パワーステアリング装置を提供する。
【解決手段】q軸電流指示値生成部は、現在のラック軸位置におけるアシスト側ラックゲインGaを求める。次に、q軸電流指示値生成部は、操舵トルクとアシスト側ラックゲインGaがラックゲイン基準値Gaoである場合のq軸電流指示値(基準q軸電流指示値Iqo)との関係を記憶したマップを用いて、操舵トルクTに応じた基準q軸電流指示値Iqoを求める。次に、q軸電流指示値生成部は、基準q軸電流指示値Iqoを、アシスト側ラックゲインGaに対応したq軸電流指示値Iに変換する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電動パワーステアリング装置は、ステアリングホイール等の操舵部材と、操舵部材の回転に連動して転舵輪を転舵する転舵機構と、運転者の操舵を補助するための操舵補助機構とを備えている(例えば、下記特許文献1参照)。
転舵機構は、操舵部材の回転に応じて回転する第1のピニオン軸と、自動車の左右方向に沿って延びたラック軸とを含む。ラック軸の各端部には、タイロッドおよびナックルアームを介して転舵輪が連結されている。第1のピニオン軸の先端には、第1のピニオンが連結されている。ラック軸には、第1のピニオンに噛み合う第1のラックが形成されている。第1のピニオンおよび第1のラックによって、ピニオン軸の回転がラック軸の軸方向移動に変換される。ラック軸が軸方向に移動することによって、転舵輪が転舵される。
【0003】
操舵補助機構は、操舵補助用の電動モータと、電動モータのトルクが減速機構を介して伝達される第2のピニオン軸と、第2のピニオン軸の先端に連結された第2のピニオンと、ラック軸に設けられ、第2のピニオンに噛み合う第2のラックとを備えている。電動モータによって第2のピニオンが回転されると、第2のピニオンおよび第2のラックによって、ピニオン軸の回転がラック軸の軸方向移動に変換される。これにより、転舵輪が転舵される。
【0004】
この明細書において、ラック&ピニオン機構の「ラックゲイン」とは、ピニオンの1回転当たりのラックの直線変位量[mm/rev]をいう。なお、ラック歯のピッチが一定であるラックは、「一定比ラック」と呼ばれており、ラック歯のピッチが一定ではないラックは、「可変比ラック」と呼ばれている。
また、この明細書において、「ラック軸位置」とは、「ラック軸の絶対位置」または「絶対操舵角」をいうものとする。「ラック軸の絶対位置」とは、ラック軸の中立位置(操舵中立位置に対応するラック軸の位置)からのラック軸の移動方向を考慮したラック軸の移動量をいう。「絶対操舵角」とは、操舵中立位置からの操舵方向を考慮した第1のピニオン軸の回転量をいう。「ラック軸の絶対位置」と「絶対操舵角」との間には、第1のラックが「一定比ラック」であるか「可変比ラック」であるかにかかわらず、一対一対応の関係がある。
【0005】
前記特許文献1に記載の発明では、第2のラックは、その両端部におけるラック歯のピッチが、長さ方向中央部におけるラック歯のピッチよりも小さい可変比ラックとされている。これにより、操舵中立位置近傍部での第2のピニオンと第2のラックとからなるラック&ピニオン機構のラックゲイン(以下、「アシスト側ラックゲイン」という)が大きく(減速比が小さく)なり、最大操舵角付近でのアシスト側ラックゲインが小さく(減速比が大きく)なる。
【0006】
このため、電動モータから発生するモータトルクが同じである場合には、操舵中立位置付近においてモータトルクによってラック軸に加えられる軸力に対して、大きな操舵補助力を必要とする最大操舵角付近においてモータトルクによってラック軸に加えられる軸力が大きくなる。これにより、電動モータとして、最大出力トルクが小さい電動モータ(小型の電動モータ)を用いることが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−252217号公報
【特許文献2】実公昭62−1016号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述したような従来の電動パワーステアリング装置においては、ラック軸位置によってアシスト側ラックゲインが変化するため、電動モータから発生するモータトルクが同じであっても、ラック軸位置によって、モータトルクによってラック軸に加えられる軸力が変化する。したがって、ラック軸位置によるアシスト側ラックゲインの変化を考慮せずに、電動モータを制御した場合には、操舵状況に応じた適切な操舵補助力を発生できなくなるおそれがある。
【0009】
この発明の目的は、電動モータのトルクが伝達されるラックが可変比ラックである電動パワーステアリング装置において、操舵状況に応じた適切な操舵補助を実現できる電動パワーステアリング装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するための請求項1記載の発明は、操舵部材(2)の操作に応じて軸方向に移動するラック軸(15)と、電動モータ(19)によって回転されるピニオン(22)および前記ラック軸に設けられ、前記ピニオンと噛み合うラック(23)からなるラック&ピニオン機構とを含み、前記ラックは、その長さ方向においてラック歯のピッチが一定でない可変比ラックである、電動パワーステアリング装置(1)であって、前記ラック軸の絶対位置または絶対操舵角をラック軸位置として、ラック軸位置を検出するラック軸位置検出手段(32,S3,S4),(12B,32,S4A)と、前記ラック軸位置検出手段によって検出されたラック軸位置と、予め設定されたラック軸位置と前記ラック&ピニオン機構のラックゲインとの関係とに基づいて、現在のラック軸位置に対応する前記ラック&ピニオン機構のラックゲインを特定するラックゲイン特定手段(32、S5)と、前記ラックゲイン特定手段によって特定されたラックゲインを用いて、前記電動モータを制御するモータ制御手段(31〜42)とを含む、電動パワーステアリング装置である。なお、括弧内の英数字は、後述の実施形態における対応構成要素等を表すが、むろん、この発明の範囲は当該実施形態に限定されない。以下、この項において同じ。
【0011】
この発明では、ラック軸位置が検出される。次に、検出されたラック軸位置と、予め設定されたラック軸位置とラック&ピニオン機構のラックゲイン(アシスト側ラックゲイン)との関係とに基づいて、現在のラック軸位置に対応するアシスト側ラックゲインが特定される。そして、特定されたアシスト側ラックゲインを用いて、電動モータが制御される。これにより、電動モータのトルクが伝達されるラックが可変比ラックである電動パワーステアリング装置において、操舵状況に応じた適切な操舵補助を実現できるようになる。
【0012】
請求項2記載の発明は、前記モータ制御手段は、前記操舵部材の操作内容と前記ラックゲイン特定手段によって特定されたラックゲインとを用いて、電流指令値を演算する電流指令値演算手段(31,32)と、前記電動モータに流れるモータ電流を検出する電流検出手段(29)と、前記電流検出手段によって検出されるモータ電流が、前記電流指令値演算手段によって演算される電流指令値に一致するように、前記電動モータを駆動させる手段(33〜42)とを含む、請求項1に記載の電動パワーステアリング装置である。
【0013】
この構成では、操舵部材の操作内容と現在のラック軸位置に対応するアシスト側ラックゲインとに応じた電流指令値が演算される。そして、電動モータに流れるモータ電流が電流指令値に一致するように、電動モータが駆動される。これにより、電動モータのトルクが伝達されるラックが可変比ラックである電動パワーステアリング装置において、操舵状況に応じた適切な操舵補助を実現できるようになる。
【0014】
請求項3記載の発明は、前記電流指令値演算手段は、前記操舵部材の操作内容に基づいて、前記ラック&ピニオン機構のラックゲインが所定のラックゲイン基準値である場合における電流指令値である基準電流指令値を演算する基準電流指令値演算手段(31,S6)と、前記基準電流指令値演算手段によって演算された基準電流指令値を、前記ラックゲイン特定手段によって特定されたラックゲインに対応した電流指令値に変換する変換手段(31,S7)とを含む請求項2に記載の電動パワーステアリング装置である。
【0015】
この構成では、操舵部材の操作内容に基づいて、アシスト側ラックゲインが所定のラックゲイン基準値である場合における電流指令値である基準電流指令値が演算される。そして、演算された基準電流指令値が、現在のラック軸位置に対応するアシスト側ラックゲイに対応した電流指令値に変換される。これにより、操舵部材の操作内容と現在のラック軸位置に対応するアシスト側ラックゲインとに応じた電流指令値が演算される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の第1実施形態に係る電動パワーステアリング装置の概略構成を示す模式図である。
【図2】図2(a)は、第2のラックに形成されたラック歯のピッチを説明するための模式図であり、図2(b)は、第1のラックに形成されたラック歯のピッチを説明するための模式図である。
【図3】図3(a)は、ラック軸位置に対する第2のラック&ピニオン機構のラックゲインGaの変化を示すグラフであり、図3(b)は、ラック軸位置に対する第1のラック&ピニオン機構のラックゲインGsの変化を示すグラフであり、図3(c)は、ラック軸位置と、操舵側ラックゲインGsとアシスト側ラックゲインGaとの比Gs/Gaとの関係を示すグラフである。
【図4】ECUの電気的構成を示す概略図である。
【図5】q軸電流指示値生成部の動作を示すフローチャートである。
【図6】操舵トルクTと基準q軸電流指示値Iqoとの関係の一例を示すグラフである。
【図7】第2実施形態におけるq軸電流指示値生成部の動作を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下では、この発明の実施形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。
図1は、本発明の第1実施形態に係る電動パワーステアリング装置の概略構成を示す模式図である。
電動パワーステアリング装置1は、操舵部材としてのステアリングホイール2と、このステアリングホイール2の回転に連動して転舵輪3を転舵する転舵機構4と、運転者の操舵を補助するための操舵補助機構5とを備えている。ステアリングホイール2と転舵機構4とは、ステアリングシャフト6および中間軸7を介して機械的に連結されている。
【0018】
ステアリングシャフト6は、直線状に延びている。また、ステアリングシャフト6は、ステアリングホイール2に連結された入力軸8と、中間軸7に連結された出力軸9とを含む。入力軸8と出力軸9とは、トーションバー10を介して同一軸線上で相対回転可能に連結されている。すなわち、ステアリングホイール2が回転されると、入力軸8および出力軸9は、互いに相対回転しつつ同一方向に回転するようになっている。
【0019】
ステアリングシャフト6の周囲には、トルクセンサ11と舵角センサ12とが配置されている。トルクセンサ11は、入力軸8および出力軸9の相対回転変位量に基づいて、ステアリングホイール2に与えられた操舵トルクを検出する。舵角センサ12は、ステアリングシャフト6の回転角である操舵角を検出する。この実施形態では、舵角センサ12は、ステアリングシャフト6の絶対操舵角ではなく相対操舵角を検出するための相対舵角センサである。「相対操舵角」とは、モータ制御開始時のステアリングシャフト6の回転位置を基準としたステアリングシャフト6の回転角をいう。トルクセンサ11によって検出される操舵トルクおよび舵角センサ12によって検出される相対操舵角は、ECU(電子制御ユニット:Electronic Control Unit)13に入力される。
【0020】
転舵機構4は、第1のピニオン軸14と、転舵軸としてのラック軸15とを含む。ラック軸15の各端部には、タイロッド16およびナックルアーム(図示略)を介して転舵輪3が連結されている。第1のピニオン軸14は、中間軸7に連結されている。第1のピニオン軸14は、ステアリングホイール2の操舵に連動して回転するようになっている。第1のピニオン軸14の先端(図1では下端)には、第1のピニオン17が連結されている。
【0021】
ラック軸15は、自動車の左右方向(直進方向に直交する方向)に沿って直線状に延びている。ラック軸15の軸方向の第1端部側には、第1のピニオン17に噛み合う第1のラック18が形成されている。この第1のピニオン17および第1のラック18によって、第1のラック&ピニオン機構17,18が構成されている。第1のラック&ピニオン機構17,18によって、第1のピニオン軸14の回転がラック軸15の軸方向移動に変換される。ラック軸15を軸方向に移動させることによって、転舵輪3を転舵することができる。
【0022】
ステアリングホイール2が操舵(回転)されると、この回転が、ステアリングシャフト6および中間軸7を介して、第1のピニオン軸14に伝達される。そして、第1のピニオン軸14の回転は、第1のラック&ピニオン機構17,18によって、ラック軸15の軸方向移動に変換される。これにより、転舵輪3が転舵される。
操舵補助機構5は、操舵補助用の電動モータ19と、第2のピニオン軸20と、電動モータ19の出力トルクを第2のピニオン軸20に伝達するための減速機構21と、第2のピニオン軸20の先端(図1では下端)に連結された第2のピニオン22と、ラック軸15の軸方向の第2端部側に設けられ、第2のピニオン22に噛み合う第2のラック23とを含む。第2のピニオン22および第2のラック23によって、第2のラック&ピニオン機構22,23が構成されている。電動モータ19は、この実施形態では、三相ブラシレスモータからなる。
【0023】
電動モータ19が回転駆動されると、電動モータ19の回転が減速機構21を介して第2のピニオン軸20に伝達される。第2のピニオン軸20の回転は、第2のラック&ピニオン機構22,23によって、ラック軸15の軸方向移動に変換される。これにより、転舵輪3が転舵される。すなわち、電動モータ19によって第2のピニオン軸20を回転駆動することによって、転舵輪3が転舵されるようになっている。
【0024】
電動モータ19のロータの回転角(ロータ回転角)は、レゾルバ等の回転角センサ25によって検出される。回転角センサ25の出力信号は、ECU13に入力される。
電動モータ19は、モータ制御装置としてのECU13によって制御される。ECU13は、回転角センサ25の出力信号、トルクセンサ11によって検出される操舵トルクおよび舵角センサ12によって検出される相対操舵角に基づいて、電動モータ19を制御する。具体的には、ECU13では、回転角センサ25の出力信号、操舵トルク、相対操舵角等に基づいて電流指示値を決定し、電動モータ19に流れる実際の電流が電流指示値に近づくように制御する。
【0025】
図2(a)は、第2のラック23に形成されたラック歯のピッチを説明するための模式図である。
図2(a)に示すように、第2のラック23は、その長さ方向両端部におけるラック歯のピッチが、その長さ方向中央部におけるラック歯のピッチよりも小さい可変比ラックである。操舵中立位置付近では、第2のピニオン22は第2のラック23の長さ中央付近のラック歯と噛み合い、最大操舵角付近では、第2のピニオン22は第2のラック23の端部付近のラック歯と噛み合うようになっている。
【0026】
図3(a)は、ラック軸位置に対する第2のラック&ピニオン機構22,23のラックゲインの変化を示すグラフである。なお、前述したように、「ラック軸位置」とは、ラック軸15の絶対位置または絶対操舵角をいう。
図3(a)の横軸は、ラック軸位置を示し、この実施形態では、操舵中立位置では0となり、ステアリングホイール2が操舵中立位置よりも右方向に操舵されている状態では正の値をとり、ステアリングホイール2が操舵中立位置よりも左方向に操舵されている状態では負の値をとる。図3(a)の縦軸は、第2のラック&ピニオン機構22,23のラックゲイン(以下、「アシスト側ラックゲインGa」という)を示している。
【0027】
ラック軸位置が操舵中立位置付近にある場合には、アシスト側ラックゲインGaは最大値Gamaxとなる。ラック軸位置が操舵中立位置にある場合のアシスト側ラックゲインGamaxを、「ラックゲイン基準値Gao」という場合がある。ラック軸位置が最大操舵角付近に対応する位置にある場合には、アシスト側ラックゲインGaは、最小値Gaminとなる。ラック軸位置が、操舵中立位置付近と最大操舵角付近に対応する位置との間にある場合には、ラック軸位置の絶対値が大きくなるほどアシスト側ラックゲインGaは小さくなる。なお、この実施形態では、ラック軸位置に対するアシスト側ラックゲインGaは、操舵中立位置を中心として、左右対称の特性を有している。
【0028】
つまり、ラック軸位置が操舵中立位置付近にある場合には、アシスト側ラックゲインGaは大きくなり、減速比は小さくなる。一方、ラック軸位置が最大操舵角付近に対応する位置にある場合には、アシスト側ラックゲインGaは小さくなり、減速比は大きくなる。
減速機構21の減速比をD1とし、第2のラック&ピニオン機構22,23の減速比をD2とし、電動モータ19のモータトルクをTとすると、モータトルクTによってラック軸15に加えられる軸力Fは、次式(1)で表される。なお、第2のラック&ピニオン機構22,23の減速比D2は、アシスト側ラックゲインGaが大きくなるほど小さくなる。
【0029】
=T×D1×D2 …(1)
前記第2のラック&ピニオン機構22,23では、最大操舵角付近において第2のラック&ピニオン機構22,23の減速比D2が大きくなる。このため、モータトルクTが同じである場合には、操舵中立位置付近においてラック軸15に加えられる軸力Fに対して、比較的大きな操舵補助力(アシストトルク)を必要とする最大操舵角付近においてラック軸15に加えられる軸力Fが大きくなる。これにより、電動モータ19として、最大出力トルクが小さいモータ(小型のモータ)を用いることが可能となる。
【0030】
図2(b)は、第1のラック18に形成されたラック歯のピッチを説明するための模式図である。
図2(b)に示すように、第1のラック18は、その長さ方向両端部におけるラック歯のピッチが、その長さ方向中央部におけるラック歯のピッチよりも大きい可変比ラックである。操舵中立位置付近では、第1のピニオン17は第1のラック18の長さ中央付近のラック歯と噛み合い、最大操舵角付近では、第1のピニオン17は第1のラック18の端部付近のラック歯と噛み合うようになっている。
【0031】
図3(b)は、ラック軸位置に対する第1のラック&ピニオン機構17,18のラックゲインの変化を示すグラフである。図3(b)の横軸はラック軸位置を示し、縦軸は第1のラック&ピニオン機構17,18のラックゲイン(以下、「操舵側ラックゲインGs」という)を示している。
ラック軸位置が操舵中立位置付近にある場合には、操舵側ラックゲインGsは最小値Gsminとなる。ラック軸位置が最大操舵角付近に対応する位置にある場合には、操舵側ラックゲインGsは、最大値Gsmaxとなる。ラック軸位置が、操舵中立位置付近と最大操舵角付近に対応する位置との間にある場合には、ラック軸位置の絶対値が大きくなるほど操舵側ラックゲインGsは大きくなる。なお、この実施形態では、ラック軸位置に対する操舵側ラックゲインGsは、操舵中立位置を中心として、左右対称の特性を有している。
【0032】
つまり、ラック軸位置が操舵中立位置付近にある場合には、操舵側ラックゲインGsは小さくなり、減速比は大きくなる。一方、ラック軸位置が最大操舵角付近に対応する位置にある場合には、操舵側ラックゲインGsは大きくなり、減速比は小さくなる。
これにより、高速走行時等において、操舵中立位置付近での車輪のふらつきを防止できる。一方、最大操舵角付近では、ステアリングホイール2の操作量に対して、転舵量を大きくすることができるので、据え切り時の運転者の操舵負担が軽減される。
【0033】
図3(c)は、ラック軸位置と、操舵側ラックゲインGsとアシスト側ラックゲインGaとの比(以下、「ラックゲイン比Gs/Ga」という)との関係を示すグラフである。
図4は、モータ制御装置としてのECU13の電気的構成を示す概略図である。
ECU13は、回転角センサ25の出力信号、トルクセンサ11によって検出される操舵トルクTおよび舵角センサ12によって検出される相対操舵角θsに応じて電動モータ19を駆動することによって、操舵状況に応じた適切な操舵補助を実現する。
【0034】
ECU13は、マイクロコンピュータ27と、このマイクロコンピュータ27によって制御され、電動モータ19に電力を供給する駆動回路(インバータ回路)28と、電動モータ19の各相のステータ巻線に流れる電流を検出する電流検出部29とを備えている。
電流検出部29は、電動モータ19の各相のステータ巻線に流れる相電流I,I,I(以下、総称するときには「三相検出電流I,I,I」という)を検出する。これらは、UVW座標系における各座標軸方向の電流値である。
【0035】
マイクロコンピュータ27は、CPUおよびメモリ(ROM,RAMなど)を備えており、所定のプログラムを実行することによって、複数の機能処理部として機能するようになっている。この複数の機能処理部には、d軸電流指令値生成部31と、q軸電流指令値生成部32と、d軸電流偏差演算部33と、q軸電流偏差演算部34と、d軸PI(比例積分)制御部35と、q軸PI(比例積分)制御部36と、d軸指示電圧生成部37と、q軸指示電圧生成部38と、第1の座標変換部39と、PWM制御部40と、回転角演算部41と、第2の座標変換部42とが含まれている。
【0036】
d軸電流指令値生成部31は、電動モータ19のロータ磁極方向に沿うd軸電流成分の指示値Iを生成する。一般的には、d軸電流成分の指示値Iは、「0」である。q軸電流指令値生成部32は、d軸に直交するq軸(ただし、dq座標平面は電動モータ19のロータの回転方向に沿う平面である)電流成分の指示値Iを生成する。d軸電流成分の指示値Iおよびq軸電流成分の指示値Iを総称して、「二相指示電流I,I」という場合がある。q軸電流指令値生成部32の動作の詳細については、後述する。
【0037】
回転角演算部41は、回転角センサ25の出力信号に基づいて、電動モータ19のロータの回転角(ロータ回転角)θaを演算する。
電流検出部29によって検出された三相検出電流I,I,Iは、第2の座標変換部42に与えられる。第2の座標変換部42は、回転角演算部41によって演算されたロータ回転角θaを用いて、三相検出電流I,I,Iを、dq座標上でのd軸電流Iおよびq軸電流I(以下、総称するときには「二相検出電流I,I」という)に変換する。
【0038】
d軸電流偏差演算部33は、d軸電流指令値Iに対するd軸電流Iの偏差を演算する。d軸電流偏差演算部33によって演算された電流偏差は、d軸PI制御部35に与えられて、PI演算処理を受ける。d軸指示電圧生成部37は、d軸PI制御部35の演算結果に応じて、d軸指示電圧Vを生成する。
q軸電流偏差演算部34は、q軸電流指令値Iに対するq軸電流Iの偏差を演算する。q軸電流偏差演算部34によって演算された電流偏差は、q軸PI制御部36に与えられて、PI演算処理を受ける。q軸指示電圧生成部38は、q軸PI制御部36の演算結果に応じて、q軸指示電圧Vを生成する。
【0039】
d軸指示電圧Vおよびq軸指示電圧Vは、第1の座標変換部39に与えられる。第1の座標変換部39は、回転角演算部41によって演算されたロータ回転角θaを用いて、d軸指示電圧Vおよびq軸指示電圧Vを、UVW座標系の指示電圧、すなわち、U相,V相およびW相の指示電圧V,V,V(以下、総称するときには「三相指示電圧V,V,V」という)に変換する。
【0040】
PWM制御部40は、U相指示電圧V、V相指示電圧VおよびW相指示電圧Vにそれぞれ対応するデューティ比のU相PWM制御信号、V相PWM制御信号およびW相PWM制御信号を生成し、駆動回路28に供給する。
駆動回路28は、U相、V相およびW相に対応した三相インバータ回路からなる。このインバータ回路を構成するパワー素子がPWM制御部40から与えられるPWM制御信号によって制御されることにより、三相指示電圧V,V,Vに相当する電圧が電動モータ19の各相のステータ巻線に印加されることになる。
【0041】
電流偏差演算部33,34およびPI制御部35,36は、電流フィードバック制御手段を構成している。この電流フィードバック制御手段の働きによって、電動モータ19に流れるモータ電流が、電流指令値生成部31,32によって設定される二相指示電流I,Iに近づくように制御される。
図5は、q軸電流指示値生成部32の動作を示すフローチャートである。図5の処理は、所定の演算周期毎に繰り返し実行される。
【0042】
q軸電流指示値生成部32は、トルクセンサ11によって検出される操舵トルクTと、舵角センサ12によって検出される相対操舵角θsと、回転角演算部41によって演算されたロータ回転角θaとを取り込む(ステップS1)。
q軸電流指示値生成部32は、第1のピニオン17の角速度ωsと、第2のピニオン22の角速度ωaとを演算する(ステップS2)。具体的には、q軸電流指示値生成部32は、今演算周期において取り込まれた相対操舵角θs(nは演算周期番号)と、その一回前の演算周期において取り込まれた相対操舵角θsn−1との差を演算することにより、第1のピニオン17の角速度ωsを演算する。また、q軸電流指示値生成部32は、今演算周期において取り込まれたロータ回転角θaと、その一回前の演算周期において取り込まれたロータ回転角θan−1との差を演算することにより、第2のピニオン22の角速度ωaを演算する。
【0043】
次に、q軸電流指示値生成部32は、第1のピニオン17の角速度ωsと第2のピニオン22の角速度ωaとの比(以下、「角速度比ωa/ωs」という)を演算する(ステップS3)。
次に、q軸電流指示値生成部32は、ステップS3で演算された角速度比ωa/ωsに基づいて、現在のラック軸位置を特定する(ステップS4)。ラック軸位置の特定方法について説明する。第1のピニオン17の角速度ωsを現在のラック軸位置における操舵側ラックゲインGsに乗算することによって得られるラック軸移動量は、第2のピニオン22の角速度ωaを現在のラック軸位置におけるアシスト側ラックゲインGaに乗算することによって得られるラック軸移動量と等しい。したがって、次式(2)の関係が成り立つ。
【0044】
ωa/ωs=Gs/Ga …(2)
つまり、ステップS3で演算された角速度比ωa/ωsは、現在のラック軸位置におけるラックゲイン比Gs/Gaと等しくなる。そこで、q軸電流指示値生成部32は、ラック軸位置とラックゲイン比Gs/Gaとの関係(図3(c)参照)を記憶したマップと、ステップS3で演算された角速度比ωa/ωs(=Gs/Ga)とに基づいて、現在のラック軸位置を特定する。このマップは、ラック軸15の絶対位置とラックゲイン比Gs/Gaとの関係を記憶したマップであってもよいし、絶対操舵角とラックゲイン比Gs/Gaとの関係を記憶したマップであってもよい。
【0045】
なお、ステップS3で演算された角速度比ωa/ωsに対応するラック軸位置としては、操舵中立位置を除いて、右操舵方向位置(正の値)と左操舵方向位置(負の値)との2つ位置が存在する。ただし、それら2つのラック軸位置の絶対値(大きさ)は等しいので、それらの2つのラック軸位置に対応するアシスト側ラックゲインGaは等しい。したがって、ステップS4では、q軸電流指示値生成部32は、これら2つのラック軸位置のうちの一方またはそれらの絶対値を求めればよい。
【0046】
次に、q軸電流指示値生成部32は、ラック軸位置とアシスト側ラックゲインGaとの関係(図3(a)参照)を記憶したマップに基づいて、現在のラック軸位置におけるアシスト側ラックゲインGaを特定する(ステップS5)。ステップS4で特定されたラック軸位置が「ラック軸15の絶対位置」である場合には、当該マップとしては、ラック軸15の絶対位置とアシスト側ラックゲインGaとの関係を記憶したマップが用いられる。一方、ステップS4で特定されたラック軸位置が「絶対操舵角」である場合には、当該マップとしては、絶対操舵角とアシスト側ラックゲインGaとの関係を記憶したマップが用いられる。
【0047】
次に、q軸電流指示値生成部32は、操舵トルクTと、アシスト側ラックゲインGaがラックゲイン基準値Gaoである場合のq軸電流指示値(以下、「基準q軸電流指示値Iqoという」)との関係を記憶したマップを用いて、ステップS1で取り込まれた操舵トルクTに応じた基準q軸電流指示値Iqoを演算する(ステップS6)。
図6は、操舵トルクTと基準q軸電流指示値Iqoとの関係の一例を示すグラフである。操舵トルクTが正の値(右方向へのトルク)のときには基準q軸電流指示値Iqoは正の値に設定され、操舵トルクTが負の値(左方向へのトルク)のときには基準q軸電流指示値Iqoは負の値に設定される。そして、操舵トルクTの絶対値が大きくなるほど、基準q軸電流指示値Iqoの絶対値が大きくなるように、基準q軸電流指示値Iqoが設定される。
【0048】
次に、q軸電流指示値生成部32は、ステップS6で演算された基準q軸電流指示値Iqoを、ステップS5で求められたアシスト側ラックゲインGaに対応したq軸電流指示値Iに変換する(ステップS7)。これにより、最終的なq軸電流指示値Iが求められる。
具体的には、最終的なq軸電流指示値Iは、次式(3)に基づいて求められる。
【0049】
=Iqo×(Ga/Gao) …(3)
最終的なq軸電流指示値Iは、q軸電流偏差演算部34に与えられる。これにより、今演算周期の処理が終了する。
上記実施形態によれば、第1のピニオン17の角速度ωsと第2のピニオン22の角速度ωaとに基づいて、現在のラック軸位置を特定することができる。このため、現在のラック軸位置を、絶対位置センサまたは絶対操舵角センサを用いることなく検出することができる。
【0050】
また、上記実施形態によれば、現在のラック軸位置に対応したアシスト側ラックゲインGaを用いて電動モータ19を制御しているので、操舵状況および現在のラック軸位置に対応するアシスト側ラックゲインGaに応じた適切な操舵補助を実現することが可能となる。
また、前述した方法で特定されるラック軸位置またはアシスト側ラックゲインと、舵角センサ12によって検出される相対操舵角とを関連付けて記憶していくことにより、操舵速度が零付近においても、相対操舵角からラック軸位置またはアシスト側ラックゲインを特定することが可能となる。
【0051】
次に、この発明の第2の実施形態について説明する。第2の実施形態では、舵角センサ12として、第1の実施形態とは異なり、絶対操舵角θsabsを検出する絶対舵角センサ12が用いられる。第2の実施形態では、絶対舵角センサ12によって検出される絶対操舵角θsabsに基づいてラック軸位置を求めることができる。このため、q軸電流指令値生成部32の動作が、第1の実施形態とは異なる。
【0052】
図7は、第2の実施形態におけるq軸電流指令値生成部32の動作を示すフローチャートである。図7において、図5に示された各ステップと同様の処理が行われるステップには、図5中と同一参照符号を付して示す。
q軸電流指示値生成部32は、トルクセンサ11によって検出される操舵トルクTと、舵角センサ12によって検出される絶対操舵角θsabsとを取り込む(ステップS1A)。第2の実施形態では、q軸電流指示値生成部32は、図5のステップS1のように、回転角演算部41によって演算されたロータ回転角θaを取り込む必要はない。
【0053】
次に、q軸電流指示値生成部32は、ステップS1で取り込んだ絶対操舵角θsabsに基づいて、現在のラック軸位置を特定する(ステップS4A)。ラック軸位置として「ラック軸15の絶対位置」が用いられる場合には、予め設定された絶対操舵角とラック軸15の絶対位置との関係を記憶したマップと、ステップS1で取り込んだ絶対操舵角θsabsとに基づいて、現在のラック軸位置が特定される。一方、ラック軸位置として「絶対操舵角」が用いられる場合には、ステップS1で取り込んだ絶対操舵角θsabsが現在のラック軸位置として特定される。
【0054】
そして、q軸電流指示値生成部32は、ステップS5〜S7の処理を行なう。図7のステップS5〜S7の処理は、図5のステップS5〜S7の処理と同じであるので、その説明を省略する。
以上、この発明の第1および第2の実施形態について説明したが、この発明はさらに他の形態で実施することもできる。たとえば、前述の第1および第2の実施形態では、操舵トルクと基準q軸電流指示値Iqoとの関係を記憶したマップを用いて、操舵トルクTに応じた基準q軸電流指示値Iqoを求め、得られた基準q軸電流指示値Iqoをアシスト側ラックゲインGaに対応したq軸電流指示値Iに変換することにより、最終的なq軸電流指示値Iを求めている。しかし、アシスト側ラックゲインGa毎に、操舵トルクTとq軸電流指示値Iとの関係を記憶したマップをそれぞれ設定しておき、現在のラック軸位置に対応するアシスト側ラックゲインGaに対応したマップと、トルクセンサ11によって検出された操舵トルクTとに基づいて、最終的なq軸電流指示値Iを求めるようにしてもよい。
【0055】
また、車速センサを設けておき、車速センサによって検出される車速をも考慮して、q軸電流指示値Iを求めるようにしてもよい。
また、前記第1の実施形態では、舵角センサ12によって検出される相対操舵角θsに基づいて、第1のピニオン17の角速度ωsを演算しているが、他の方法によって第1のピニオン17の角速度ωsを演算してもよい。同様に、回転角センサ25の出力信号に基づいて第2のピニオン22の角速度ωaを演算しているが、他の方法によって第2のピニオン22の角速度ωaを演算してもよい。
【0056】
また、前記第1および第2の実施形態では、第1のラック18はラック歯のピッチが一定ではない可変比ラックであるが、第1のラック18はラック歯のピッチが一定である一定比ラックであってもよい。
その他、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。
【符号の説明】
【0057】
1…電動パワーステアリング装置、2…ステアリングホイール、5…操舵補助機構、11…トルクセンサ、12,12A,12B…舵角センサ、13…ECU、14…第1のピニオン軸、15…ラック軸、17…第1のピニオン、18…第1のラック、19…電動モータ、20…第2のピニオン軸、21…減速機構、22…第2のピニオン、23…第2のラック、25…回転角センサ、27…マイクロコンピュータ、31…d軸電流指令値生成部、32…q軸電流指令値生成部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
操舵部材の操作に応じて軸方向に移動するラック軸と、電動モータによって回転されるピニオンおよび前記ラック軸に設けられ、前記ピニオンと噛み合うラックからなるラック&ピニオン機構とを含み、前記ラックは、その長さ方向においてラック歯のピッチが一定でない可変比ラックである、電動パワーステアリング装置であって、
前記ラック軸の絶対位置または絶対操舵角をラック軸位置として、ラック軸位置を検出するラック軸位置検出手段と、
前記ラック軸位置検出手段によって検出されたラック軸位置と、予め設定されたラック軸位置と前記ラック&ピニオン機構のラックゲインとの関係とに基づいて、現在のラック軸位置に対応する前記ラック&ピニオン機構のラックゲインを特定するラックゲイン特定手段と、
前記ラックゲイン特定手段によって特定されたラックゲインを用いて、前記電動モータを制御するモータ制御手段とを含む、電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
前記モータ制御手段は、
前記操舵部材の操作内容と前記ラックゲイン特定手段によって特定されたラックゲインとを用いて、電流指令値を演算する電流指令値演算手段と、
前記電動モータに流れるモータ電流を検出する電流検出手段と、
前記電流検出手段によって検出されるモータ電流が、前記電流指令値演算手段によって演算される電流指令値に一致するように、前記電動モータを駆動させる手段とを含む、請求項1に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
前記電流指令値演算手段は、
前記操舵部材の操作内容に基づいて、前記ラック&ピニオン機構のラックゲインが所定のラックゲイン基準値である場合における電流指令値である基準電流指令値を演算する基準電流指令値演算手段と、
前記基準電流指令値演算手段によって演算された基準電流指令値を、前記ラックゲイン特定手段によって特定されたラックゲインに対応した電流指令値に変換する変換手段とを含む請求項2に記載の電動パワーステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−86586(P2013−86586A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−226934(P2011−226934)
【出願日】平成23年10月14日(2011.10.14)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】