説明

車両操舵装置の制御装置

【課題】車両の走行経路と目標経路とのずれを小さくすることのできる車両操舵装置の制御装置を提供する。
【解決手段】左転舵輪20は、中心点Pを幅方向に通る中心軸Hj周りに、ドライブシャフト64の回転に伴って回転可能にナックル62に取り付けられている。左転舵輪20の中心点Pを径方向に通る軸Tjを、左転舵輪20の中心点Pを幅方向に通る中心軸Hj周りに回転させたときにできる回転面から、衝撃吸収機構65の中心軸Kjが、ドライブシャフト64側に傾斜角θkだけ傾斜するようにナックル62を取り付ける。この中心軸Kj周りの左転舵輪20の回転角度を転舵要素角θtとして、この左転舵輪20の向きの制御に用いる。右転舵輪についても同様である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の目標経路に応じて操舵角を変更するために電動モータを制御する車両操舵装置の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に記載の車両操舵装置の制御装置は、車両の走行方向を撮像した画像に基づいて目標経路を設定し、この目標経路に応じて電動モータを駆動することにより操舵角を変更する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平6−336170号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ステアリングシャフトの回転に伴い転舵機構が動作するとき、転舵機構の構成部材に歪みが生じる。一方、特許文献1に記載の制御装置は、転舵機構の歪みを考慮することなく電動モータを制御している。このため、電動モータの制御により操舵角を変更したとき、転舵角の変化量が意図したものから大きく乖離するおそれがある。
【0005】
例えば、転舵角を所定量にわたり変化させるために操舵角を変更したとき、上記構成部材の歪みに起因して、転舵角の変化量が歪みに応じた分だけ意図した変化量よりも小さくなる。このため、目標経路に応じて電動モータの制御が行われるとき、車両の走行経路が目標経路から大きくずれるおそれがある。
【0006】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その目的は、車両の走行経路と目標経路とのずれを小さくすることのできる車両操舵装置の制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するための手段を以下に記載する。
(1)第1の手段は、請求項1に記載の発明すなわち、車両の転舵輪の回転角度である転舵角を変更するためのステアリングシャフトと、前記ステアリングシャフトの回転角度である操舵角を変更するための電動モータと、前記ステアリングシャフトの回転を受けて前記転舵輪を回転させる転舵機構とを含む車両操舵装置のための制御装置であり、前記車両の目標経路に応じて前記操舵角を変更するために前記電動モータを制御する車両操舵装置の制御装置において、前記転舵機構において前記転舵角を変化させる動作に伴い回転する部材を転舵回転部材とし、この転舵回転部材の回転角度を転舵要素角として、前記電動モータの制御に前記転舵要素角を用いることを要旨とする。
【0008】
転舵回転部材は、転舵機構において転舵角を変化させる動作に伴い回転するため、その回転角度である転舵要素角には転舵機構の構成部材の歪みが反映される。上記発明では、この転舵要素角を用いて電動モータの制御を行うため、転舵機構の歪みを考慮することなく電動モータの制御を行う構成と比較して、転舵角を正確に変更することが可能となる。このため、車両の走行経路と目標経路とのずれを小さくすることができる。
【0009】
(2)第2の手段は、請求項2に記載の発明すなわち、請求項1に記載の車両操舵装置の制御装置において、前記操舵角と前記転舵要素角との関係が予め規定された要素角演算手段を有することを要旨とする。
【0010】
この車両操舵装置の制御装置を製造するに当たり要素角演算手段を設計するとき、実際の操舵角と転舵要素角との関係を予め把握することにより、転舵機構の構成部材の歪みが反映された操舵角と転舵要素角との関係を含む要素角演算手段を構成することができる。上記発明では、この考え方をもとに構成される要素角演算手段を備えているため、操舵角の制御により転舵角を正確に変更することが可能となる。
【0011】
(3)第3の手段は、請求項3に記載の発明すなわち、請求項2に記載の車両操舵装置の制御装置において、前記要素角演算手段は、前記操舵角の変化に対して前記転舵要素角が変化しない不感帯を有することを要旨とする。
【0012】
車両操舵装置においては、操舵角の変化に対して転舵角要素角が変化しない操舵角の領域(不感帯)が存在することが本願発明者の試験により確認されている。上記発明では、この知見を反映して要素角演算手段に不感帯を設定している。このため、転舵角をより正確に制御することができる。
【0013】
(4)第4の手段は、請求項4に記載の発明すなわち、請求項3に記載の車両操舵装置の制御装置において、前記要素角演算手段は、前記車両の走行速度に応じて前記不感帯の大きさを変化させることを要旨とする。
【0014】
車両操舵装置においては、車両の走行速度に応じて不感帯の大きさが変化することが本願発明者の試験により確認されている。上記発明では、この知見を反映して不感帯の大きさを走行速度毎に設定している。このため、転舵角をより正確に制御することができる。
【0015】
(5)第5の手段は、請求項5に記載の発明すなわち、請求項2〜4のいずれか一項に記載の車両操舵装置の制御装置において、前記車両は前記転舵輪として左転舵輪および右転舵輪を備え、前記要素角演算手段は、前記操舵角と前記左転舵輪に対応する前記転舵要素角との関係を規定した第1演算手段、および前記操舵角と前記右転舵輪に対応する前記転舵要素角との関係を規定した第2演算手段を含むことを要旨とする。
【0016】
左転舵輪および右転舵輪のそれぞれについての操舵角と転舵要素角との関係は、各転舵輪の組み付け誤差および個々の部品の製造誤差などに起因して異なる。上記発明ではこの点に着目し、左転舵輪のための第1演算手段および右転舵輪のための第2演算手段を備えている。このため、左転舵輪および右転舵輪に対して共通の要素角演算手段を備える構成と比較して、転舵角をより正確に制御することができる。
【0017】
(6)第6の手段は、請求項6に記載の発明すなわち、請求項1〜5のいずれか一項に記載の車両操舵装置の制御装置において、前記車両の走行方向を撮像した画像に応じて設定される経路を目標経路として、この目標経路に応じて前記操舵角を変更することを要旨とする。
【0018】
この発明によれば、撮像した画像に応じて設定された目標経路と実際の車両の走行経路とを一致させるために操舵角が変更される。そして、この操舵角の変更にあたり転舵要素角に基づいて電動モータが制御されるため、実際の走行経路と目標経路とのずれが小さくなる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、車両の走行経路と目標経路とのずれを小さくすることのできる車両操舵装置の制御装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の一実施形態の車両操舵装置について、その全体構成を示す構成図。
【図2】同実施形態の車両操舵装置について(a)は転舵輪、衝撃吸収機構、およびその周辺の構造を模式的に示す構成図、(b)同構造の平面視を示す平面図。
【図3】同実施形態の車両操舵装置について、その制御装置に記憶されている操舵角と転舵要素角との関係を示すグラフ。
【図4】同実施形態の車両操舵装置について、その制御装置に記憶されている操舵角と転舵要素角との関係を示すグラフ。
【図5】同実施形態の車両操舵装置について、その制御装置により実行される転舵要素角制御処理の手順を示すフローチャート。
【図6】同実施形態の車両操舵装置について、その制御装置により実行される操舵量計算処理の手順を示すフローチャート。
【図7】同実施形態の車両操舵装置について、その制御装置により実行される転舵要素角記憶処理の手順の一部を示すフローチャート。
【図8】同実施形態の車両操舵装置について、その制御装置により実行される転舵要素角記憶処理の手順の一部を示すフローチャート。
【図9】本発明のその他の実施形態の車両操舵装置について、その制御装置に記憶されている走行速度と不感帯との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0021】
(第1実施形態)
図1を参照して、車両操舵装置1の全体構成について説明する。
ステアリングホイール2は、インプットシャフト11およびトーションバー12を介してコラムシャフト13に連結されている。コラムシャフト13は、インターミディエイトシャフト14を介してピニオンシャフト15に連結されている。ステアリングシャフト16は、インプットシャフト11、トーションバー12、コラムシャフト13、インターミディエイトシャフト14、およびピニオンシャフト15からなる。ラック軸18は、ラックアンドピニオン機構17によってピニオンシャフト15と連結されている。
【0022】
自動操舵アクチュエータ21は、第1電動モータ22、第2電動モータ23、減速機構24、第1回転角センサ25および第2回転角センサ26を有する。第1電動モータ22は、電子制御装置51から供給される第1電流Iaに応じてロータ(以下、「第1ロータ」)を回転させる。第2電動モータ23は、電子制御装置51から供給される第2電流Ibに応じてロータ(以下、「第2ロータ」)を回転させる。減速機構24は、第1ロータおよび第2ロータの回転を減速して、コラムシャフト13に伝達する。第1回転角センサ25は、第1ロータの回転角θma(以下、「第1回転角θma」)を示す信号を出力する。第2回転角センサ26は、第2ロータの回転角θmb(以下、「第2回転角θmb」)を示す信号を出力する。
【0023】
操舵角センサ31は、コラムシャフト13の回転角、すなわち操舵角θhを示す信号を出力する。車速センサ32は、車両の走行速度Vを示す信号を出力する。
上位制御装置41は、図示しないカメラによって撮像された車両の走行方向を示す画像を処理することにより、車両の走行経路と目標経路とを計算する。上位制御装置41は、右転舵輪19および左転舵輪20のいずれかを制御対象Stとして、走行経路が目標経路に追従するように目標転舵角θsを計算する。上位制御装置41は、目標転舵角θsおよび制御対象Stを示す信号を出力する。
【0024】
電子制御装置51は、第1回転角センサ25、第2回転角センサ26、操舵角センサ31、車速センサ32、および上位制御装置41から出力される信号に基づいて、第1電流Iaおよび第2電流Ibを供給する。
【0025】
車両操舵装置1は次のように動作する。
電子制御装置51から第1電流Iaの供給を受けた第1電動モータ22は第1ロータを回転し、第2電流Ibの供給を受けた第2電動モータ23は第2ロータを回転することにより、減速機構24を介してコラムシャフト13が回転する。コラムシャフト13の回転はインターミディエイトシャフト14を介してピニオンシャフト15に伝達される。ピニオンシャフト15の回転は、ラックアンドピニオン機構17によりラック軸18の軸方向の直線運動に変換される。ラック軸18の軸方向への移動に伴い右転舵輪19および左転舵輪20の向きが変更される。
【0026】
なお、コラムシャフト13の回転量、すなわち、操舵角θhの変化量に対する転舵角θの変化量の比はオーバーオールギア比として電子制御装置51の記憶部に予め記憶されている。
【0027】
図2を参照して、転舵要素角θtについて説明する。
図2(a)に示すように、左転舵輪20は、中心点Pを幅方向に通る中心軸Hj周りに、ドライブシャフト64の回転に伴って回転可能にナックル62に取り付けられている。
【0028】
衝撃吸収機構65の一端は、車両に回転可能に取り付けられている。衝撃吸収機構65の他端には、ナックル62が取り付けられている。ナックル62は、衝撃吸収機構65の長手方向の中心軸Kj周りに回転可能、かつ車両の前後方向軸Qj周りに回転可能に衝撃吸収機構65に取り付けられている。
【0029】
また、ナックル62は、左転舵輪20の中心点Pを径方向に通る軸Tjを、左転舵輪20の中心軸Hj周りに回転させたときにできる回転面から、衝撃吸収機構65の中心軸Kjが、ドライブシャフト64側に傾斜角θkだけ傾斜するように取り付けられている。ナックル62には、衝撃吸収機構65の中心軸Kjよりも車両後方側に突出するようにナックルアーム63が設けられている。
【0030】
タイロッド61は、左転舵輪20の幅方向に移動可能であり、一端がナックルアーム63に回転可能に連結され、他端がラック軸18の一端に回転可能に連結されている。
ナックルアーム63に伝達されたタイロッド61の直線運動は、衝撃吸収機構65の中心軸Kjを中心とするナックル62の回転運動に変換される。衝撃吸収機構65の中心軸Kj周りにナックル62が回転すると、図2(b)に示すように、この中心軸Kjに対して傾斜角θkだけ傾斜した状態で、この中心軸Kj周りに左転舵輪20が回転する。
【0031】
このように左転舵輪20が中心軸Kj周りに回転することにより、車両の走行方向を変更する向きに路面から反力を受け、左転舵輪20のゴムタイヤ部分が弾性変形した結果、重力方向下側に車両を見下ろしたときの車両前後方向の軸に対して走行方向がなす角度、すなわち、転舵角θが変更される。以下では、衝撃吸収機構65の中心軸Kj周りの左転舵輪20の回転角を、転舵角θが定まるときの一要素となる回転角として転舵要素角θtと称する。また、転舵機構は、ラックアンドピニオン機構17、ラック軸18、タイロッド61、ナックル62、ナックルアーム63、および衝撃吸収機構65をその構成部材とする。
【0032】
コラムシャフト13の回転および操舵角θhの変化の対応関係について説明する。
コラムシャフト13が正回転することにより操舵角θhが増加する。コラムシャフト13が逆回転することにより操舵角θhが減少する。操舵角θhが増加するにしたがって転舵要素角θtが増加する。操舵角θhが減少するにしたがって、転舵要素角θtが減少する。転舵要素角θtが減少すると、車両の走行方向が右方向に変更され、転舵角θも減少する。転舵要素角θtが増加すると、車両の走行方向が左方向に変更され、転舵角θも増加する。転舵要素角θtは、図2(b)に示すように、左転舵輪20の幅方向の中心軸Hjが車両の幅方向と平行な状態を基準とし、増加すると正の値となり、減少すると負の値となる。操舵角θhの基準および正負の符号は、転舵要素角θtの基準および正負の符号と一致する。
【0033】
なお、右転舵輪19の転舵要素角θtについては左転舵輪20の転舵要素角θtと同様であるので説明を省略する。また、以下の説明では、右転舵輪19および左転舵輪20の総称として転舵輪と称する。また、操舵角θhの変化量に対する転舵要素角θtの変化量の比はオーバーオールギア比と同じである。
【0034】
図3を参照して、操舵角θhと転舵要素角θtの関係(以下、転舵要素角関係と称する)について説明する。
図3は、下限値−θhmaxと上限値θhmaxとの間で操舵角θhを往復変化させたときの転舵要素角θtの軌跡を示す。コラムシャフト13の回転トルクが転舵機構に伝達されることにより、転舵機構の各構成部材には、この回転トルクおよび転舵輪が路面から受ける反力に応じて歪みが生じる。
【0035】
このため、操舵角θhが0°から増加すると、A点に到達してから転舵要素角θtが増加する。また、操舵角θhがA点からB点まで増加してから減少すると、操舵角θhがΔHだけ減少してC点に到達してから、転舵要素角θtが減少を始める。さらに、操舵角θhがC点からD点まで減少してから再び増加すると、操舵角θhがΔHだけ増加してE点に到達してから転舵要素角θtが増加を始める。つまり、転舵要素角関係は、操舵角θhが0°の位置から増加または減少するときに、操舵角θhの変化に対して転舵要素角θtが変化しない不感帯が生じる関係となる。操舵角θhが0°から増加または減少する変化は、ステアリングホイール2を切り始める操作をしたときの変化である。このとき生じる不感帯の大きさは、ΔH/2の操舵角θhの変化量となる。また、転舵要素角関係は、操舵角θhの変化が増加から減少または減少から増加に切り替わるときに、操舵角θhの変化に対して転舵要素角θtが変化しない不感帯が生じる関係となる。操舵角θhの変化が増加から減少または減少から増加に切り替わる変化は、ステアリングホイール2を切り返す操作をしたときの変化である。このとき生じる不感帯の大きさは、ΔHの操舵角θhの変化量となる。
【0036】
なお、図3に示すように、転舵要素角関係において、車両の走行方向が右方向に変更されるように操舵角θhが増加して変化量が不感帯を超えてから、転舵要素角θtが増加するときの比例関係を増加関係Zkと称する。また、図3に示すように、転舵要素角関係において、車両の走行方向が左方向に変更されるように操舵角θhが減少して変化量が不感帯を超えてから、転舵要素角θtが減少するときの比例関係を減少関係Gkと称する。
【0037】
図4を参照して、転舵要素角関係の不感帯と走行速度Vとの関係について説明する。
図4の実線は、走行速度Vが所定速度V1未満のときの転舵要素角関係Daを示す。また、図4の一点鎖線は、走行速度Vが所定速度V1以上、かつ所定速度V2未満のときの転舵要素角関係Dbを示す。また、図4の二点鎖線は、走行速度Vが所定速度V2以上のときの転舵要素角関係Dcを示す。転舵要素角関係Da〜Dcは、それぞれΔHa〜ΔHcの不感帯を有し、ΔHa<ΔHb<ΔHcである。つまり、転舵要素角関係に生じる不感帯は、走行速度Vが増加するのにしたがって増加する。
【0038】
また、図4に示す走行速度Vに応じた転舵要素角関係Da〜Dcは、右転舵輪19および左転舵輪20のそれぞれについて予め測定することができる。以下では、右転舵輪19について転舵要素角関係Da〜Dcを測定した結果を右転舵要素角関係と称し、左転舵輪20について転舵要素角関係Da〜Dcを測定した結果を左転舵要素角関係と称する。
【0039】
図5〜図7を参照して、電子制御装置51の動作について説明する。
電子制御装置51は図5の転舵要素角制御処理を所定の処理周期で繰り返し実行する。なお、以下の説明では、左転舵要素角関係および右転舵要素角関係は電子制御装置51に予め記憶されているものとする。
【0040】
ステップS11では、車速センサ32から走行速度Vを取得し、上位制御装置41から制御対象Stを取得する。
ステップS12では、ステップS11において取得した制御対象Stに応じて左転舵要素角関係および右転舵要素角関係のいずれかの転舵要素角関係Da〜Dcを選択する。
【0041】
ステップS13では、ステップS12において選択した転舵要素角関係Da〜Dcのうち、ステップS11において取得した走行速度Vに応じた転舵要素角関係を選択する。
ステップS14では、上位制御装置41によって生成された目標転舵角θsを転舵要素角θtの目標値(以下、「目標転舵要素角θts」)として取得する。
【0042】
ステップS15では、ステップS14において取得した目標転舵要素角θtsから、後述する転舵要素角記憶処理で記憶した転舵要素角θtの履歴の最新値を引いた差を転舵要素角差Δθtとして計算し、履歴として記憶する。これにより、上位制御装置41によって転舵輪の向きの目標として計算された目標転舵角θsと、現在の転舵輪の向きとのずれを、転舵要素角θtの差として認識できる。
【0043】
ステップS16では、転舵要素角差Δθtに基づいて目標操舵角θhsを計算する操舵量計算処理をする。操舵量計算処理の詳細は後述する。
ステップS17では、ステップS16で計算した目標操舵角θhsに操舵角θhが一致するように、第1回転角θmaおよび第2回転角θmbに基づいて、第1電流Iaおよび第2電流Ibを供給し、コラムシャフト13を回転させる。
【0044】
ステップS18では、操舵角センサ31から取得した操舵角θhに基づいて不感帯が生じているか否かを判定すると共に転舵要素角θtの現在値を決定して記憶する転舵要素角記憶処理をする。これにより、転舵要素角θtを検出するためのセンサを用いなくても、転舵要素角θtのフィードバック制御を行うことができる。転舵要素角記憶処理の詳細は後述する。
【0045】
図6を参照して、ステップS16の操舵量計算処理について詳述する。
ステップS21では、オーバーオールギア比を用いて転舵要素角差Δθtの最新値を操舵角差Δθhに換算する。これにより、目標転舵要素角θtsに対する転舵要素角θtの差を、操舵角θhの目標値に対する差に換算することができる。
【0046】
ステップS22では、操舵角センサ31から操舵角θhを取得し、履歴の最新値として記憶する。
ステップS23では、操舵角θhの履歴の最新値に操舵角差Δθhを加算した値を目標操舵角θhsとして計算する。
【0047】
ステップS24では、操舵角θhの最新値から目標操舵角θhsまでの変化が0°からの変化であるか、または、前回値から目標操舵角θhsまでの変化が増加から減少または減少から増加する変化であるか否かを判定する。これにより、操舵角θhを目標操舵角θhsに一致させるステアリングホイール2の操作が、切り始めまたは切り返しに相当するか否か、すなわち、不感帯が生じる操作に相当するか否かを判定できる。
【0048】
ステップS24において肯定判定した場合、ステップS25では、ステップS12において選択した転舵要素角関係の不感帯に相当する操舵角θhの変化量を目標操舵角θhsに加算し、図6のフローチャートに示す処理を終了して、図5の転舵要素角制御処理におけるステップS17の処理を開始する。これにより、操舵角θhを目標操舵角θhsにするときに不感帯が生じる場合には、不感帯の分だけ操舵角θhの変化量を増加させ、上位制御装置41から取得した目標転舵要素角θtsに実際の転舵要素角θtを追従させることができる。
【0049】
ステップS24において否定判定した場合、図6のフローチャートに示す処理を終了して、図5の転舵要素角制御処理におけるステップS17の処理を開始する。
図7〜図8を参照してステップS18の転舵要素角記憶処理の詳細について説明する。
【0050】
ステップS31では、後述する不感帯の上限値θx1および下限値θx2が記憶されているか否かを判定する。ステップS31において肯定判定した場合、ステップS40の処理へ進む。
【0051】
ステップS31において否定判定した場合、ステップS32では、操舵角センサ31から操舵角θhを取得し、履歴の最新値として記憶部に記憶する。
ステップS33では、操舵角θhの履歴の前回値から最新値が変化しているか否かを判定する。
【0052】
ステップS33において否定判定した場合、ステップS44の処理に進む。ステップS33において肯定判定した場合、ステップS34では、ステップS33で判定した操舵角θhの変化がステアリングホイール2の切り始め操作に相当する変化か否かを判定する。
【0053】
ステップS34において肯定判定した場合、ステップS39の処理へ進む。ステップS34において否定判定した場合、ステップS35では、操舵角θhの前々回値から最新値までの変化が、増加し続けているかまたは減少し続けているかのいずれかであり、ステップS33で判定した操舵角θhの変化が、ステアリングホイール2の切り込み操作に相当する変化か否かを判定する。
【0054】
ステップS34およびステップS35によれば、ステップS33で判定した操舵角θhの変化が、不感帯を生じる変化か否かを判定することができる。
ステップS35において否定判定した場合、ステップS39の処理へ進む。ステップS35において肯定判定した場合、ステップS36では、操舵角θhの前回値から最新値までの変化が増加する変化であり、ステップS33で判定した操舵角θhの変化が、ステアリングホイール2を右方向に操舵する変化か否かを判定する。
【0055】
ステップS36において肯定判定した場合、ステップS37では、ステップS13において選択した転舵要素角関係における増加関係Zk上で操舵角θhの最新値に対応する転舵要素角θtを履歴に追加する。これにより、ステアリングホイール2を右方向に切り込む操作に相当する変化をした操舵角θhに対応する転舵要素角θtを履歴に追加できる。
【0056】
ステップS36において否定判定した場合、ステップS38では、ステップS13において選択した転舵要素角関係における減少関係Gk上で操舵角θhの最新値に対応する転舵要素角θtを履歴に追加する。これにより、ステアリングホイール2を左方向に切り込む操作に相当する変化をした操舵角θhに対応する転舵要素角θtを履歴に追加できる。
【0057】
ステップS39では、増加関係Zkにおいて転舵要素角θtの最新値に対応する操舵角θhを、不感帯の上限値θx1として記憶する。また、減少関係Gkにおいて転舵要素角θtの最新値に対応する操舵角θhを、不感帯の下限値θx2として記憶する。このときの増加関係Zkおよび減少関係Gkは、ステップS13において選択した転舵要素角関係における増加関係Zkおよび減少関係Gkである。
【0058】
ステップS39の処理をすることにより、ステップS34またはステップS35において、操舵角θhの変化に対する転舵要素角θtの不感帯が生じると判定したときに、この不感帯の範囲を操舵角θhの範囲として記憶することができる。また、ステップS39の処理により、ステアリングホイール2の切り始め操作に相当する操舵角θhの変化または切り返し操作に相当する操舵角θhの変化を判定する前に、ステップS31の処理において、不感帯が生じている最中か否かを判定することができる。
【0059】
ステップS40では、転舵要素角θtの最新値と同じ値を履歴に追加する。これにより、操舵角θhが不感帯の範囲内である場合に、操舵角θhの変化に応じて変化しないように転舵要素角θtを記憶できる。
【0060】
ステップS41では、操舵角センサ31から操舵角θhを取得し、履歴の最新値として記憶する。
ステップS42では、操舵角θhの最新値が上限値θx1以上となる、または、下限値θx2以下となるのいずれかが生じ、不感帯の限界値に達したか否かを判定する。ステップS42において否定判定した場合、図7のフローチャートに示す処理を終了し、図5の転舵要素角制御処理を終了する。ステップS42において肯定判定した場合、ステップS43では、不感帯の上限値θx1および下限値θx2を削除する。
【0061】
ステップS44では、転舵要素角θtの最新と同じ値を履歴に追加する。これにより、変化していない操舵角θhに応じて変化しない転舵要素角θtを履歴の最新値として記憶することができる。
【0062】
(実施形態の効果)
本実施形態の車両操舵装置1によれば以下の効果が得られる。
(1)電子制御装置51は、転舵機構において転舵角θを変化させる動作に伴い回転するナックル62の回転角度を転舵要素角θtとして、第1電動モータ22および第2電動モータ23の制御に転舵要素角θtを用いる。
【0063】
ナックル62は、転舵機構において転舵角θを変化させる動作に伴い回転するため、その回転角度である転舵要素角θtには転舵機構の構成部材の歪みが反映される。上記構成では、この転舵要素角θtを用いて第1電動モータ22および第2電動モータ23の制御を行うため、転舵機構の歪みを考慮することなく電動モータの制御を行う構成と比較して、転舵角θを正確に変更することが可能となる。このため、車両の走行経路と目標経路とのずれを小さくすることができる。
【0064】
(2)車両操舵装置1は、操舵角θhと転舵要素角θtとの関係が予め規定された要素角演算手段としての電子制御装置51を有する。
車両操舵装置1の電子制御装置51を設計するとき、実際の操舵角θhと転舵要素角θtとの関係を予め把握することにより、転舵機構の構成部材の歪みが反映された操舵角θhと転舵要素角θtとの関係を含む構成とすることができる。上記構成では、この考え方を元に構成される電子制御装置51を備えているため、操舵角θhの制御により転舵角θを正確に変更することが可能となる。
【0065】
(3)電子制御装置51は、操舵角θhの変化に対して転舵要素角θtが変化しない不感帯を有する。
車両操舵装置1においては、操舵角θhの変化に対して転舵要素角θtが変化しない操舵角θhの領域(不感帯)が存在することが本願発明者の試験により確認されている。上記構成では、この知見を反映して電子制御装置51に不感帯を設定している。このため、転舵角θをより正確に制御することができる。
【0066】
(4)電子制御装置51は、車両の走行速度Vに応じて不感帯の大きさを変化させる。
車両操舵装置1においては、車両の走行速度Vに応じて不感帯の大きさが変化することが本願発明者の試験により確認されている。上記構成では、この知見を反映して不感帯の大きさを走行速度V毎に設定している。このため、転舵角θをより正確に制御することができる。
【0067】
(5)車両は転舵輪として右転舵輪19および左転舵輪20を備え、車両操舵装置1は、操舵角θhと左転舵輪20に対応する転舵要素角θtとの関係を規定した第1演算手段、および操舵角θhと右転舵輪19に対応する転舵要素角θtとの関係を規定した第2演算手段としての電子制御装置51を含む。
【0068】
左転舵輪20および右転舵輪19のそれぞれについての転舵要素角θtと操舵角θhとの関係は、各転舵輪の組み付け誤差および個々の部品の製造誤差などに起因して異なる。上記構成ではこの点に着目し、右転舵輪19および左転舵輪20のための関係が予め規定された電子制御装置51を備えている。このため、右転舵輪19および左転舵輪20に対して共通の関係が規定された電子制御装置を備える構成と比較して、転舵角θをより正確に制御することができる。
【0069】
(6)上位制御装置41は、車両の走行方向を撮像した画像に応じて目標経路を設定し、電子制御装置51は、この目標経路に応じて計算された目標転舵角θsを目標転舵要素角θtsとして取得し、この目標転舵要素角θtsに応じて操舵角θhを変更する。
【0070】
この構成によれば、撮像した画像に応じて設定された目標経路と実際の車両の走行経路とを一致させるために操舵角θhが変更される。そして、この操舵角θhの変更に当たり転舵要素角θtに基づいて第1電動モータ22および第2電動モータ23が制御されるため、実際の走行経路と目標経路とのずれが小さくなる。
【0071】
(その他の実施形態)
本発明の実施態様は、上記実施形態に限られるものではなく、例えば以下に示すように変更することもできる。また以下の各変形例は、上記実施形態についてのみ適用されるものではなく、異なる変形例同士を組み合わせて実施することもできる。
【0072】
・上記実施形態(図5)では、操舵角θhに基づいて転舵要素角θtを決定し、この転舵要素角θtを実際の検出値として代用することにより操舵角差Δθh、すなわち、コラムシャフト13の回転量を決定するフィードバック制御をした。しかし、上記操舵量計算処理のみを行ってコラムシャフト13の回転量を決定し第1電動モータ22および第2電動モータ23を制御するフィードフォワード制御を行うこともできる。
【0073】
・上記実施形態(図1)では、自動操舵アクチュエータ21を用いて自動操舵制御をしたが、トーションバー12のねじれを回転角センサを用いて検出することによって操舵トルクを検出し、自動操舵制御中に使用者による操舵トルクの入力があったときに、自動操舵制御を解除することもできる。
【0074】
・上記実施形態(図1)では、ステアリングホイール2と転舵輪とが機械的に連結された構成とした。しかし、ステアリングホイール2と転舵輪とが機械的に独立しており、ステアリングホイール2の回転に伴うように転舵輪の向きを電動モータで変更するステアバイワイヤ方式の車両操舵装置に本発明を適用することもできる。
【0075】
・上記実施形態(図4)では、走行速度Vに応じた転舵要素角関係を複数設定するものとしたが、転舵要素角関係を1つだけ設定し、不感帯の大きさは、走行速度Vが増加するのにしたがって増加するように予め定められた図9に示す不感帯マップを用いて決定することもできる。
【0076】
・上記実施形態(図2)では、左転舵輪20の中心点Pを径方向に通る軸Tjを、左転舵輪20の中心点Pを幅方向に通る中心軸Hj周りに回転させたときにできる回転面から、ドライブシャフト64側に傾斜角θkだけ衝撃吸収機構65の中心軸Kjが傾斜する構造の転舵機構を用いた。そして、この転舵機構においてこの中心軸Kjまわりのナックル62の回転角を転舵要素角θtとした。しかし、転舵要素角θtは、転舵機構において転舵角θを変更させる動作に伴い回転する転舵回転部材の回転角度であれば、どのような回転角度であってもよい。
【0077】
・上記実施形態(図8)では、操舵角θhの検出結果に基づき転舵要素角θtを計算し、この計算値に基づいて目標操舵角θhsを決定したが、センサを用いて検出された転舵要素角θtに基づいて目標操舵角θhsを決定することもできる。
【0078】
・上記実施形態(図2)では、転舵機構の構成部材が、ラックアンドピニオン機構17、ラック軸18、タイロッド61、ナックル62、ナックルアーム63、および衝撃吸収機構65としたが、これらの構成部材の間に挿入されるユニバーサルジョイントなどの連結部材およびこれらの構成部材に付随する他の部材などを含むこともできる。
【0079】
・上記実施形態(図2)では、ストラット式の衝撃吸収機構65を用いたが、スイングアクスル式およびダブルウィッシュボーン式などの他の任意の衝撃吸収機構(懸架装置)を有する車両にも本発明を適用することができる。
【符号の説明】
【0080】
1…車両操舵装置、2…ステアリングホイール、11…インプットシャフト、12…トーションバー、13…コラムシャフト、14…インターミディエイトシャフト、15…ピニオンシャフト、16…ステアリングシャフト、17…ラックアンドピニオン機構、18…ラック軸、19…右転舵輪、20…左転舵輪、21…自動操舵アクチュエータ、22…第1電動モータ、23…第2電動モータ、24…減速機構、25…第1回転角センサ、26…第2回転角センサ、31…操舵角センサ、32…車速センサ、41…上位制御装置、51…電子制御装置(制御装置)、61…タイロッド、62…ナックル(転舵回転部材)、63…ナックルアーム、64…ドライブシャフト、65…衝撃吸収機構。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の転舵輪の回転角度である転舵角を変更するためのステアリングシャフトと、前記ステアリングシャフトの回転角度である操舵角を変更するための電動モータと、前記ステアリングシャフトの回転を受けて前記転舵輪を回転させる転舵機構とを含む車両操舵装置のための制御装置であり、前記車両の目標経路に応じて前記操舵角を変更するために前記電動モータを制御する車両操舵装置の制御装置において、
前記転舵機構において前記転舵角を変化させる動作に伴い回転する部材を転舵回転部材とし、この転舵回転部材の回転角度を転舵要素角として、前記電動モータの制御に前記転舵要素角を用いる
ことを特徴とする車両操舵装置の制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両操舵装置の制御装置において、
前記操舵角と前記転舵要素角との関係が予め規定された要素角演算手段を有する
ことを特徴とする車両操舵装置の制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載の車両操舵装置の制御装置において、
前記要素角演算手段は、前記操舵角の変化に対して前記転舵要素角が変化しない不感帯を有する
ことを特徴とする車両操舵装置の制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載の車両操舵装置の制御装置において、
前記要素角演算手段は、前記車両の走行速度に応じて前記不感帯の大きさを変化させる
ことを特徴とする車両操舵装置の制御装置。
【請求項5】
請求項2〜4のいずれか一項に記載の車両操舵装置の制御装置において、
前記車両は前記転舵輪として左転舵輪および右転舵輪を備え、前記要素角演算手段は、前記操舵角と前記左転舵輪に対応する前記転舵要素角との関係を規定した第1演算手段、および前記操舵角と前記右転舵輪に対応する前記転舵要素角との関係を規定した第2演算手段を含む
ことを特徴とする車両操舵装置の制御装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の車両操舵装置の制御装置において、
前記車両の走行方向を撮像した画像に応じて設定される経路を目標経路として、この目標経路に応じて前記操舵角を変更する
ことを特徴とする車両操舵装置の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−60146(P2013−60146A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−200872(P2011−200872)
【出願日】平成23年9月14日(2011.9.14)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】