説明

車両用操舵装置

【課題】車両がオーバステア状態に入った際に、運転者が素早く滑らかにカウンタステアを当てることができる車両用操舵装置を提供する。
【解決手段】EPS_ECU200は、基本制御部51、操舵反力制御部52、減算器53、及び駆動電流制御部54を有している。操舵反力制御部52は、ヨーレート反力補正電流演算部65、舵角反力補正電流演算部66、舵角反力制御制限部67、加算器68を有している。ヨーレート反力補正電流演算部65は、ヨーレート反力補正電流Iyを算出し、舵角反力補正電流演算部66は、舵角反力補正電流Isを算出する。舵角反力制御制限部67は、車両のオーバステア状態を検出した後、運転者の操作がカウンタステア状態の間、ヨーレートγの方向と舵角δの方向が一致しているときは、舵角反力制御をオンとし、ヨーレートγの方向と舵角δの方向が一致していないときには、舵角反力制御をオフとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヨーレートに応じて操舵反力を操向ハンドル(操作子)に付与し、また、舵角に応じて操舵反力を操向ハンドルに付与する車両用操舵装置に関する。
【背景技術】
【0002】
操向ハンドルの回転角を転舵輪の切れ角(舵角)に変換する転舵機構に電動機を設け、電動機の駆動力を操舵系に付加することによって、運転者の操舵力を軽減するようにした車両用操舵装置が知られている。そして、このような車両用操舵装置において、車両のヨーレートに応じてヨーレートを抑制する方向に操舵反力を操向ハンドルに付与し、また、舵角に応じて舵角の中立点方向への操舵反力を操向ハンドルに付与する技術が知られている。
このような従来の車両用操舵装置では、積雪路等の摩擦係数の低い路面での操舵の際に、路面反力が小さいために補助操舵力が過剰傾向となり、運転者に違和感を与えるという問題があった。このような不都合、つまり、滑りやすい路面での操向ハンドルを切り過ぎてしまう傾向となることを改善し、かつ、操向ハンドルのカウンタステアを阻害することのないようにする技術が、例えば、特許文献1に開示されている。
【0003】
しかしながら、前記特許文献1に開示された従来技術では、車両がオーバステア状態に入った際に、運転者が車両の挙動を安定させるために、操向ハンドルから手を一時的に放し、転舵輪に加わる横力等による操向ハンドルへのセルフアライニングトルクを利用しようとして、素早くカウンタステアを当てるときに、舵角に応じて舵角の中立点方向への操舵反力を付与する制御が強く機能すると、舵角の中立点で操向ハンドルの動きが抑制され、カウンタステアリングをそれまでの逆方向の舵角まで当てるときに、運転者に違和感を与える可能性があった。
【0004】
また、特許文献2にはその対策として、カウンタステア状態であるか否かを判別し、カウンタステア状態の場合は、操向ハンドルに舵角に応じた舵角の中立点方向への操舵反力を付与することを停止する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−58506号公報
【特許文献2】特開平10−81247号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献2に開示された従来技術では、カウンタステア状態と判別されている期間、操向ハンドルに舵角に応じた操舵反力を付与することを停止することになるので、オーバステア状態に入った際から、操向ハンドルを中立点に戻すまでの操作の間のカウンタステアを当てているときにも、舵角に応じた操舵反力を付与することを停止することになり、運転者のカウンタステアの操作に逆に抵抗感を与えるという問題点があった。
【0007】
本発明は、前記した従来の課題を解決するものであり、車両がオーバステア状態に入った際に、運転者が素早く滑らかにカウンタステアを当てることができる車両用操舵装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために、請求項1に係る発明は、ヨーレートに応じてヨーレートを抑制する方向の操舵反力を操作子に付与するヨーレート反力制御手段と、舵角に応じて舵角の中立点方向の操舵反力を操作子に付与する舵角反力制御手段と、を有し、ヨーレートの方向と、舵角の方向を検知し、ヨーレートの方向と舵角の方向が一致しているときは、ヨーレート反力制御手段と舵角反力制御手段とを作動させ、ヨーレートの方向と舵角の方向が一致していないときには、ヨーレート反力制御手段を作動させるが、舵角反力制御手段は作動させないことを特徴とする。
【0009】
請求項1に記載の発明によれば、車両がオーバステア状態に入った際、例えば、スピン状態に陥った際、カウンタステアを当ててそれまでの舵角から舵角の中立点までの操作子の操作の間も、ヨーレートの方向と舵角の方向が一致しているので、ヨーレート反力制御手段からのヨーレートを抑制する方向の操舵反力と、舵角反力制御手段からの舵角の中立点方向の操舵反力の両方が、操作子への操舵反力として付与される。その結果、特許文献2の従来技術のように運転者のカウンタステアの操作に抵抗感を与えるという違和感を無くすことができる。
更に、まだ同一方向のヨーレートが検出される状態で運転者がカウンタステア状態で中立点を越えて逆の舵角にまで操作子を操作したときは、カウンタステアと逆方向の舵角反力を付与する舵角反力制御手段からの出力を停止して、ヨーレート反力制御手段からの操舵反力のみを操作子に付与し続けるので、運転者に舵角の中立点を越えたカウンタステア状態においても、操作子に舵角の中立点方向への操舵反力の増加をなくし、ヨーレートを抑制する方向の操舵反力による抵抗感の小さい操舵感を運転者に与えることができる。
【0010】
また、スピン状態に陥った際に、たまたま舵角が中立点のときには、セルフアライニングトルクを期待して運転者が一時的に操作子を放して、その後、操作子にカウンタステアを当てるときにも、舵角反力制御手段からの操作子に舵角に応じた舵角の中立点方向への操舵反力の出力が停止され、ヨーレート反力制御手段からのヨーレートを抑制する方向の操舵反力は出力されている。従って、このような状態のときにも、ヨーレート反力制御手段からのヨーレートを抑制する方向の操舵反力が、操作子に運転者が期待するセルフアライニングトルクと同様に付与され、滑らかにカウンタステアを当てることができる。
【0011】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の発明の構成に加え、車両のオーバステア状態を検出するオーバステア状態検出手段と、車両のオーバステア状態検出後のカウンタステア状態の終了を検出するカウンタステア状態終了検出手段と、を更に有し、オーバステア状態検出手段が、車両のオーバステア状態を検出した後、カウンタステア状態終了検出手段が、カウンタステア状態の終了を検出した場合、ヨーレートの方向と舵角の方向が一致していないときに、ヨーレート反力制御手段を作動させるが、舵角反力制御手段は作動させない制御を終了することを特徴とする。
【0012】
請求項2に記載の発明によれば、オーバステア状態検出手段が、車両のオーバステア状態を検出した後、カウンタステア状態終了検出手段が、カウンタステア状態の終了を検出した場合、ヨーレートの方向と舵角の方向が一致していないときに、ヨーレート反力制御手段を作動させるが、舵角反力制御手段は作動させない制御を終了する。従って、通常のヨーレートに応じてヨーレートを抑制する方向の操舵反力を操作子に付与するヨーレート反力制御と、舵角に応じて舵角の中立点方向の操舵反力を操作子に付与する舵角反力制御を共に行う制御状態に復することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、車両がオーバステア状態に入った際に、運転者が素早く滑らかにカウンタステアを当てることができる車両用操舵装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施形態に係る車両用操舵装置である電動パワーステアリング装置の概要図である。
【図2】EPS_ECUの機能ブロック構成図である。
【図3】舵角反力補正電流演算部の詳細機能ブロック構成図である。
【図4】舵角反力制御制限部の詳細機能ブロック構成図である。
【図5】オーバステア状態_カウンタステア状態判定制御部における舵角反力制御をON/OFFする制御の流れを示すフローチャートである。
【図6】右旋回中にオーバステア状態になり、車両がテールスライドを起こし、運転者がカウンタステアを取り正常な走行状態に復帰させようと操向ハンドルを操作している状況を説明する図であり、上段側に車両の上方から見た転舵輪の向きを示し、下段の表に舵角δ、ヨーレートγ、舵角反力の方向、ヨーレート反力の方向を示しており、(a)は、右旋回中にテールスライドを生じている状態の説明図、(b)は、右旋回中にカウンタステア開始したときの状態の説明図、(c)は、右旋回中にカウンタステアにより舵角δが中立点に戻った状態の説明図、(d)は、右旋回中にカウンタステアにより舵角δが左方向になった状態の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施形態に係る車両用操舵装置である電動パワーステアリング装置を、図面を用いて説明する。
図1は、実施形態に係る電動パワーステアリング装置の概要図である。
図1において、電動パワーステアリング装置100は、操向ハンドル(操作子)2が設けられたメインステアリングシャフト3と、シャフト1と、ピニオン軸5とが、2つのユニバーサルジョイント4によって連結され、また、ピニオン軸5の下端部に設けられたピニオンギア7は、車幅方向に往復運動可能なラック軸8のラック歯8aに噛合し、ラック軸8の両端には、タイロッド9,9を介して左右の転舵輪(前輪)10,10が連結されている。この構成により、電動パワーステアリング装置100は、操向ハンドル2の操舵時に車両の進行方向を変えることができる。ここで、ピニオン軸5、ピニオンギア7、ラック軸8、ラック歯8a、タイロッド9,9は転舵機構を構成する。
なお、ピニオン軸5はその下部、中間部、上部を軸受6a,6b,6cを介してステアリングギアボックス20に支持されている。
【0016】
また、電動パワーステアリング装置100は、操向ハンドル2による操舵力を軽減するための補助操舵力を供給する電動機11を備えており、この電動機11の出力軸に設けられたウォームギア12が、ピニオン軸5に設けられたウォームホイールギア13に噛合している。すなわち、ウォームギア12とウォームホイールギア13とで減速機構が構成されている。また、操向ハンドル2と、電動機11の回転子と電動機11に連結されているウォームギア12とウォームホイールギア13とピニオン軸5とラック軸8とラック歯8aとタイロッド9,9等により、操舵系が構成される。
【0017】
電動機11は、複数の界磁コイルを備えた固定子(図示せず)とこの固定子の内部で回動する回転子(図示せず)からなる3相ブラシレスモータである。
【0018】
また、電動パワーステアリング装置100は、ピニオン軸5に加えられる操舵トルクを検出するトルクセンサ30と、車速VSを検出する車速センサ31と、トルクセンサ30の出力を増幅して操舵トルクTを示す信号を出力する差動増幅回路32と、電動機11の回転角θを検出するレゾルバ33と、操向ハンドル2の操作量から舵角δを検出する舵角センサ35と、ヨーレートγを検出するヨーレートセンサ36と、車両の横方向の加速度αXを検出する横加速度センサ37と、電動機11を駆動する電動機駆動回路40と、EPS(Electric Power Steering:電動パワーステアリング)制御ECU(Electric Control Unit)200(以下、「EPS_ECU200」と称する)と、を備えている。
【0019】
車速センサ31は、車両の車速VSを単位時間あたりのパルス数として検出するものである。
【0020】
電動機駆動回路40は、例えば、3相のFETブリッジ回路のような複数のスイッチング素子を備え、EPS_ECU200からのデューティ信号を用いて、矩形波電圧を生成し、電動機11を駆動するものである。また、電動機駆動回路40は図示しないホール素子を用いて3相の電動機電流I(IU,IV,IW)を検出する機能を備えている。
【0021】
EPS_ECU200は、CPU,ROM,RAM等を備えるマイクロコンピュータ及びインタフェース回路を含み、ROMに格納されたプログラムをCPUにおいて実行することにより図2に示すような機能ブロックを実現する。
図2は、EPS_ECUの機能ブロック構成図である。
EPS_ECU200は、前記した機能ブロックとして、大きく分けると、図2に示すように基本制御部51、操舵反力制御部52、減算器53、及び駆動電流制御部54を有しており、最終的に減算器53において電動機11に発生させる補助操舵力に対応する目標電流Itが演算され、駆動電流制御部54に入力される。
【0022】
基本制御部51は、操向ハンドル2(図1参照)に入力される手動操舵力に応じて、電動機11に発生させる補助操舵力に対応する目標電流Itの元になるベース電流Ibを演算するとともに、そのベース電流Ibに対して所要の補正を行ってアシスト電流Iaを求めるものである。基本制御部51は、ベース電流演算部61と、操舵系のイナーシャを補償するイナーシャ補償部62と、操舵系のダンピングを補償するダンパ補償部63と、電動機速度演算部64と、を備えている。
電動機速度演算部64は、レゾルバ33からの電動機11の回転角θを示す信号を受け、回転角θを時間微分して電動機回転角速度ωを演算し、ダンパ補償部63に入力する。
【0023】
ベース電流演算部61では、差動増幅回路32を介したトルクセンサ30からの操舵トルクTの信号及び車速センサ31からの車速VSの信号にもとづいてベース電流Ibを求める。イナーシャ補償部62では、操舵トルクTの時間微分値及び車速VSにもとづいてイナーシャ補正値を演算して、ベース電流Ibを補正する。ダンパ補償部63では、電動機角速度ω及び前記した車速VSにもとづいてダンピング補正値を演算して、ベース電流Ibを補正する。そして、イナーシャ補償部62及びダンパ補償部63で補正されたベース電流Ibが、アシスト電流Iaとして減算器53に入力される。
ここで、アシスト電流Iaは、例えば、運転者の右方向への操舵操作を補助する補助操舵力を与えるときは、正の値であり、左方向への操舵操作を補助する補助操舵力を与えるときは、負の値であるとする。
【0024】
操舵反力制御部52は、ヨーレート反力補正電流演算部(ヨーレート反力制御手段)65と、舵角反力補正電流演算部(舵角反力制御手段)66と、舵角反力制御制限部67と、加算器68を有して構成されている。ヨーレート反力補正電流演算部65は、ヨーレートセンサ36からのヨーレートγにもとづいて、ヨーレート反力補正電流テーブル(図示せず)を参照して、電動機11に発生させる補助操舵力の反力成分に対応するヨーレート反力補正電流Iyを演算する。ここで、ヨーレート反力補正電流テーブルは、ヨーレートγの絶対値が大きくなるに従って、ヨーレート反力補正電流Iyの絶対値が大きくなるように設定されている。ヨーレート反力補正電流Iyの正負の方向は、右旋回を示すヨーレートγの場合は正値、左旋回を示すヨーレートγの場合は負値である。そして、ヨーレート反力補正電流Iyを加算器68で舵角反力補正電流Isと加算した結果を、アシスト電流Iaに対して減算器53で減算することによって、旋回方向つまりヨーレートγの示す方向と反対方向の操舵反力を操向ハンドル2に付与するように作用する。
【0025】
舵角反力補正電流演算部66は、車速センサ31からの車速VSと舵角センサ35からの舵角δにもとづいて、舵角δを中立点に戻す方向の舵角反力補正電流Isを演算する。舵角反力補正電流演算部66の詳細については、後記するが、電動機11に発生させる補助操舵力の反力成分に対応する舵角反力補正電流Isの正負の方向は、右方向を示す舵角δの場合は正値、左方向を示す舵角δの場合は負値である。そして、舵角反力補正電流Isを加算器68でヨーレート反力補正電流Iyと加算した結果を、アシスト電流Iaに対して減算器53で減算することによって、舵角δの示す方向と反対方向、つまり舵角の中立点方向の操舵反力を操向ハンドル2に付与するように作用する。
【0026】
減算器53では、基本制御部51から入力されたアシスト電流Iaからヨーレート反力補正電流Iyと、必要に応じて舵角反力補正電流Isとが減算されて、目標電流Itが、駆動電流制御部54に入力される。
駆動電流制御部54では、電動機11に電動機駆動回路40から供給されるU相、V相、W相の実電流(図2中、「IU,IV,IW」で表示)と目標電流Itとの偏差が小さくなるように電動機11に電動機駆動回路40から供給する電流を制御する。具体的には、駆動電流制御部54は、前記偏差が小さくなるように電動機駆動回路40に含まれるスイッチング素子に入力するデューティ信号を制御する。
【0027】
次に、図3を参照しながら適宜、図2を参照して舵角反力補正電流演算部66について詳細に説明する。図3は、舵角反力補正電流演算部の詳細機能ブロック構成図である。舵角反力補正電流演算部66は、図3に示すように、舵角反力ゲインテーブル66a、車速係数テーブル66b、乗算器66cを有している。そして、舵角センサ35の舵角δを示す出力信号にもとづき舵角反力ゲインテーブル66aを参照してゲインGsを演算すると共に、車速センサ31の車速VSを示す出力信号にもとづき車速係数テーブル66bを参照して係数Ksを演算する。更に、舵角反力補正電流演算部66は、演算されたゲインGsと係数Ksとを乗算器66cで乗じて、舵角反力補正電流Isを演算する(Is=Gs×Ks)。
【0028】
ここで、舵角反力ゲインテーブル66aは、舵角δの絶対値が大きくなるほどゲインGsが大きくなるように設定しており、図3では、そのゲインGsの値のみ表示しているが、正負の方向を有し、その正負の方向は、舵角δの正負と同じである。
例えば、右側に舵角δをとったときを正とし、左側に舵角δをとったとき負とすると、ゲインGsも、右側の舵角δのとき正であり、左側の舵角δのとき負である。
車速係数テーブル66bは、車速VSが大きくなるほど係数Ksが大きくなるように設定されている。
【0029】
従って、舵角δの絶対値が大きいほど、また、車速VSが大きいほど、舵角δと同じ正負の符号を有する舵角反力補正電流Isの絶対値は大きくなる。
舵角反力補正電流Isは、舵角反力制御制限部67に入力される。
【0030】
次に、図4を参照しながら舵角反力制御制限部67について詳細に説明する。図4は、舵角反力制御制限部の詳細機能ブロック構成図である。
舵角反力制御制限部67は、規範ヨーレート演算部(オーバステア状態検出手段)67a、オーバステア状態_カウンタステア状態判定制御部(オーバステア状態検出手段、カウンタステア状態終了検出手段)67b、舵角反力制御ON/OFFスイッチ部67cを有している。
規範ヨーレート演算部67aは、車速センサ31からの車速VSを示す信号、舵角センサ35からの舵角δを示す信号及び横加速度センサ37からの横加速度αXを示す信号にもとづいて、規範ヨーレートを演算し、オーバステア状態_カウンタステア状態判定制御部67bに入力する。この規範ヨーレートの演算方法については、公知の技術であり、例えば、特開2008−126916号公報に記載されたものが知られており、詳細な説明は省略する。
【0031】
オーバステア状態_カウンタステア状態判定制御部67bは、規範ヨーレート演算部67aで演算された規範ヨーレートと、ヨーレートγを比較して、車両がオーバステア状態に入ったか否かを判定する。舵角δの方向のヨーレートγの絶対値が、同一方向の規範ヨーレートの絶対値よりも所定の判定閾値以上大きいとき、オーバステア状態に入ったと判定する。このオーバステア状態に入ったと判定するための判定閾値は、車速VSが大きいほど、舵角δの値が小さくても大きなヨーレートγを発生しやすく、誤差が生じやすいので車速VSに応じて設定することが好ましい。
【0032】
オーバステア状態_カウンタステア状態判定制御部67bが、車両がオーバステア状態に入ったと判定しない場合は、舵角反力制御ON/OFFスイッチ部67cに舵角反力制御のオン(ON)の指示を出力し、舵角反力補正電流演算部66で演算された舵角反力補正電流Isを加算器68にそのまま出力させる。
【0033】
また、オーバステア状態_カウンタステア状態判定制御部67bは、車両がオーバステア状態に入ったと判定した場合は、例えば、車速VS、舵角δ、横加速度αXにもとづいてその後の運転者による操向ハンドル2(図1参照)の操作により、カウンタステア状態が継続しているか終了かを判定し、カウンタステア状態が継続している間、舵角反力制御ON/OFFスイッチ部67cに舵角反力制御をオン(ON)にしたりオフ(OFF)にしたりする制御を行う。
具体的には、オーバステア状態_カウンタステア状態判定制御部67bにおいて、オーバステア状態に入ったと判定した後、カウンタステア状態が継続している間の、舵角反力制御のON/OFF制御は、ヨーレートγの方向と舵角δの方向を比較し、ヨーレートγの方向と舵角δの方向が一致するとき、舵角反力制御ON/OFFスイッチ部67cにオン(ON)の指示を出力し、舵角反力制御のオン(ON)の状態を保持させ、ヨーレートγの方向と舵角δの方向が一致しないとき、舵角反力制御ON/OFFスイッチ部67cにオフ(OFF)の指示を出力し、舵角反力制御のオフ(OFF)の状態を保持させるものである。
【0034】
そして、カウンタステア状態が終了したと判定した場合、舵角反力制御ON/OFFスイッチ部67cを通常の動作、つまり、舵角反力制御ON/OFFスイッチ部67cを舵角反力制御のオン(ON)の状態に保持させ、舵角反力補正電流演算部66で演算された舵角反力補正電流Isを加算器68にそのまま出力させる動作状態に戻す。
なお、カウンタステア状態が継続している、または、カウンタステア状態が終了したとの判定は、例えば、前記した先行技術文献の段落に記載した特許文献2、及び特開2006−57730号公報等に記載されたような公知の技術により容易に可能である。
【0035】
舵角反力制御ON/OFFスイッチ部67cは、オーバステア状態_カウンタステア状態判定制御部67bからのオン(ON)またはオフ(OFF)の指示に従い、オンの指示とき、舵角反力制御をオン(ON)の状態にして保持、つまり、舵角反力補正電流演算部66で演算された舵角反力補正電流Isを加算器68にそのまま出力させる状態にする。逆にオフの指示のとき、舵角反力制御をオフ(OFF)の状態にして保持、つまり、舵角反力補正電流演算部66で演算された舵角反力補正電流Isを加算器68に出力しない状態にする。
【0036】
次に、図5を参照しながら、適宜、図4を参照してオーバステア状態_カウンタステア状態判定制御部67bにおける舵角反力制御をON/OFFする制御について説明する。
図5は、オーバステア状態_カウンタステア状態判定制御部における舵角反力制御をON/OFFする制御の流れを示すフローチャートである。
【0037】
ステップS01では、オーバステア状態_カウンタステア状態判定制御部67bは、規範ヨーレート演算部67aが演算した結果の規範ヨーレートとヨーレートセンサ36(図4参照)からのヨーレートγにもとづいて、オーバステア状態か否かを判定する(「オーバステア状態?」)。オーバステア状態と判定した場合(Yes)はステップS02へ進み、オーバステア状態ではないと判定した場合(No)は、ステップS05へ進む。
【0038】
ステップS02では、ヨーレートγの方向と舵角δの方向を比較し、ステップS03では、ヨーレートγの方向と舵角δの方向が一致するか否かを判定する。ヨーレートγの方向と舵角δの方向が一致する場合(Yes)は、ステップS05へ進み、ヨーレートγの方向と舵角δの方向が一致しない場合(No)は、ステップS04へ進む。
ヨーレートγの方向と舵角δの方向は、前記したように正負で判定可能にしてあるので、ヨーレートγの方向と舵角δの方向が一致するか否かは容易に判定可能である。
ステップS04では、舵角反力制御をオフ(OFF)の指示を舵角反力制御ON/OFFスイッチ部67cに出力し、舵角反力制御のオフ(OFF)の状態を保持させる(「舵角反力制御をOFFして保持」)。そして、ステップS06へ進む。
【0039】
ステップS04において、舵角反力制御ON/OFFスイッチ部67cが舵角反力制御をオフ(OFF)にする指示を受けると、舵角反力補正電流演算部66から入力されている舵角反力補正電流Isを加算器68に出力しているときは、その出力を止め、舵角反力補正電流Isを加算器68に出力していないときは、その状態を続ける。
【0040】
ステップS01からNoでステップS05へ進んだ場合、または、ステップS03からYesでステップS05へ進んだ場合、舵角反力制御をオン(ON)の指示を舵角反力制御ON/OFFスイッチ部67cに出力し、舵角反力制御のオン(ON)の状態を保持させる(「舵角反力制御をONして保持」)。そして、ステップS06へ進む。
【0041】
ステップS05において、舵角反力制御ON/OFFスイッチ部67cが舵角反力制御をオン(ON)にする指示を受けると、舵角反力補正電流演算部66から入力されている舵角反力補正電流Isを加算器68に出力していないときは、加算器68に出力するようにし、舵角反力補正電流Isを加算器68に出力しているときは、その状態を続ける。
【0042】
ステップS06では、車速VS、舵角δ、横加速度αXにもとづいてカウンタステア状態が継続しているか終了か否かを判定し(「カウンタステア状態終了?」)、カウンタステア状態が終了の場合(Yes)は、一連の舵角反力制御をON/OFFする制御を終了し、舵角反力制御をオン(ON)の状態に戻し、カウンタステア状態が終了でない場合(No)は、ステップS02に戻る。
ここで、特に、図5のフローチャートにおけるステップS01が、特許請求の範囲に記載の「オーバステア状態検出手段」に対応し、ステップS06が、特許請求の範囲に記載の「カウンタステア状態終了検出手段」に対応する。
【0043】
前記したようにオーバステア状態になったと判定したときのカウンタステア状態におけるオーバステア状態_カウンタステア状態判定制御部67bにおける舵角反力制御をON/OFFする制御の作用を、図6を参照しながら適宜、図1、図2、図4、図5を参照して説明する。
図6は、右旋回中にオーバステア状態になり、車両がテールスライドを起こし、運転者がカウンタステアを取り、正常な走行状態に復帰させようと操向ハンドルを操作している状況を説明する図であり、上段側に車両の上方から見た転舵輪の向きを示し、下段の表に舵角δ、ヨーレートγ、舵角反力の方向、ヨーレート反力の方向を示しており、(a)は、右旋回中にテールスライドを生じている状態の説明図、(b)は、右旋回中にカウンタステア開始したときの状態の説明図、(c)は、右旋回中にカウンタステアにより舵角δが中立点に戻った状態の説明図、(d)は、右旋回中にカウンタステアにより舵角δが左方向になった状態の説明図である。
【0044】
図6の(a)に示すように運転者が操向ハンドル2(図1参照)を右に切り右旋回中にオーバステア状態に陥り、テールスライドを生じさせたとき、舵角δ及びヨーレートγは右方向を示し、従って、舵角反力及びヨーレート反力の方向は、減算器53(図2参照)で減算されることにより左方向である。続いて、図6の(b)に示すように運転者が右旋回中にカウンタステアを開始したとき、まだ舵角δ及びヨーレートγは右方向を示し、従って、舵角反力及びヨーレート反力の方向は、減算器53で減算されることにより左方向である。
【0045】
更に、図6の(c)に示すように運転者が右旋回中にカウンタステアを続け舵角δが中立点に戻ったとき、すでに舵角δは中立点であるが、ヨーレートγはまだ右方向を示している。従って、舵角反力は0となるが、ヨーレート反力の方向は、減算器53で減算されることにより左方向である。続いて、図6の(d)に示すように運転者が右旋回中にカウンタステアを続け舵角δが更に左方向になったとき、まだヨーレートγは右方向を示している。舵角反力補正電流演算部66の舵角反力補正電流Isは前記したように負の値でありそのまま減算器53で減算されると右方向の舵角反力を与えることになるので、運転者のカウンタステア操作に対しての反力を増大させることになるので、オーバステア状態_カウンタステア状態判定制御部67b(図4参照)が、図5のフローチャートにおけるステップS03、S04と進んで、右方向の舵角反力を0とする。
ヨーレート反力の方向は、減算器53で減算されることにより左方向である。
なお、左旋回中にオーバステア状態になり、車両がテールスライドを起こし、運転者がカウンタステアを取り、正常な走行状態に復帰させようと操向ハンドル2(図1参照)を操作している場合は、図6に示した状況と左右逆の制御をすることになる。
【0046】
本実施形態によれば、車両がオーバステア状態に陥った際、例えば、スピン状態に陥った際、カウンタステアを当ててそれまでの舵角δから舵角の中立点までの間も、ヨーレートγの方向と舵角δの方向が一致しているので、ヨーレート反力補正電流演算部65からのヨーレートγを抑制する方向の操舵反力を発生させるヨーレート反力補正電流Iyと舵角反力補正電流演算部66からの舵角の中立点方向の操舵反力を発生させる舵角反力補正電流Isの両方が、加算器68で加算され、アシスト電流Iaに対して減算器53で減算される。その結果、ヨーレートγに応じたヨーレートを抑制する方向の操舵反力と、舵角δに応じた舵角の中立点方向への操舵反力と、を操向ハンドル2(図1参照)への操舵反力として付与する。その結果、特許文献2の従来技術のように運転者のカウンタステアの操作に抵抗感を与えるという違和感を無くすことができる。
【0047】
更に、まだ同一方向のヨーレートγが検出される状態で運転者がカウンタステア状態で舵角の中立点を越えて逆の舵角δにまで操向ハンドル2を操作したときは、カウンタステアと逆方向の舵角反力を付与する舵角反力補正電流演算部66からの舵角反力補正電流Isの加算器68への出力を停止して、ヨーレート反力補正電流演算部65からのヨーレートγを抑制する方向の操舵反力を発生させるヨーレート反力補正電流Iyのみが加算器68に入力される。そして、アシスト電流Iaに対して減算器53でヨーレート反力補正電流Iyのみが減算される。その結果、ヨーレートγに応じたヨーレートを抑制する方向の操舵反力を操向ハンドル2に付与し続けるので、運転者に舵角の中立点を越えたカウンタステア状態においても、操向ハンドル2に舵角の中立点方向への舵角反力の増加をなくし、ヨーレートγを抑制する方向の操舵反力による抵抗感の小さい操舵感を運転者に与えることができる。
【0048】
また、スピン状態に陥った際に、運転者がその瞬間に舵角δが中立点にあると気が付かずに、セルフアライニングトルクを利用しようとして、一時的に操向ハンドル2を放して、その後、操向ハンドル2にカウンタステアを当てたときにも、舵角反力補正電流演算部66からの舵角反力補正電流Isの加算器68への出力を停止している。ヨーレート反力補正電流演算部65からのヨーレートγを抑制する方向の操舵反力を発生させるヨーレート反力補正電流Iyのみが加算器68に入力される。そして、アシスト電流Iaに対して減算器53でヨーレート反力補正電流Iyのみが減算される。従って、操向ハンドル2に舵角δに応じた舵角の中立点方向への舵角反力の付与がなされず、ヨーレートγを抑制する方向の舵角反力のみが運転者が期待するセルフアライニングトルクと同様に付与され、滑らかにカウンタステアを当てることができる。
【0049】
更に、オーバステア状態_カウンタ状態判定制御部67bが、車両のオーバステア状態を検出した後、カウンタステア状態の終了を検出した場合、ヨーレートγの方向と舵角δの方向が一致していないときに、ヨーレート反力補正電流Iyを加算器68に出力させ、舵角反力補正電流Isを加算器68に出力させない制御を終了する。従って、通常のヨーレートγに応じてヨーレートを抑制する方向の操舵反力を操向ハンドル2に付与するヨーレート反力制御と、舵角δに応じて舵角の中立点方向の操舵反力を操向ハンドル2に付与する舵角反力制御を共に行う制御状態に復することができる。
【0050】
本実施形態では、舵角反力制御制限部67は、規範ヨーレート演算部67aにおいて規範ヨーレートを演算して、オーバステア状態_カウンタステア状態判定制御部67bにおいて、前記演算された規範ヨーレートと実ヨーレートであるヨーレートセンサ36からのヨーレートγとを比較してオーバステア状態を判定することとしたが、これに限定されるものではない。車速センサ31、舵角センサ35、横加速度センサ37等のセンサからの信号にもとづいて、公知の車両運動モデルを用いて、車体の横滑り角(車体スリップ角とも言う)を推定し、それが車速VS、舵角δ、横加速度αX等により決定される規範車体の横滑り角(規範スリップ角とも言う)と比較して、車体のオーバステア状態におけるスピン(テールスライド)の発生を判定するようにしても良い。このような車体の横滑り角の算出方法についての詳細は、特開2003−118557号公報、特開2003−118612号公報に記載されているので説明を省略する。
【符号の説明】
【0051】
2 操向ハンドル(操作子)
10 転舵輪
11 電動機
30 トルクセンサ
31 車速センサ
35 舵角センサ
36 ヨーレートセンサ
37 横加速度センサ
51 基本制御部
52 操舵反力制御部
53 減算器
54 駆動電流制御部
64 電動機速度演算部
65 ヨーレート反力補正電流演算部(ヨーレート反力制御手段)
66 舵角反力補正電流演算部(舵角反力制御手段)
67 舵角反力制御制限部
67a 規範ヨーレート演算部(オーバステア状態検出手段)
67b オーバステア状態_カウンタステア状態判定制御部(オーバステア状態検出手段、カウンタステア状態終了検出手段)
67c 舵角反力制御ON/OFFスイッチ部
68 加算器
100 電動パワーステアリング装置(車両用操舵装置)
200 EPS_ECU
Ia アシスト電流
Iy ヨーレート反力補正電流
Is 舵角反力補正電流

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヨーレートに応じて前記ヨーレートを抑制する方向の操舵反力を操作子に付与するヨーレート反力制御手段と、
舵角に応じて前記舵角の中立点方向の操舵反力を前記操作子に付与する舵角反力制御手段と、を有し、
前記ヨーレートの方向と、前記舵角の方向を検知し、
前記ヨーレートの方向と前記舵角の方向が一致しているときは、前記ヨーレート反力制御手段と前記舵角反力制御手段とを作動させ、
前記ヨーレートの方向と前記舵角の方向が一致していないときには、前記ヨーレート反力制御手段を制御させるが、前記舵角反力制御手段は作動させないこと
を特徴とする車両用操舵装置。
【請求項2】
車両のオーバステア状態を検出するオーバステア状態検出手段と、
前記車両のオーバステア状態検出後のカウンタステア状態の終了を検出するカウンタステア状態終了検出手段と、を更に有し、
前記オーバステア状態検出手段が、前記車両のオーバステア状態を検出した後、カウンタステア状態終了検出手段が、前記カウンタステア状態の終了を検出した場合、
前記ヨーレートの方向と前記舵角の方向が一致していないときに、前記ヨーレート反力制御手段を作動させるが、前記舵角反力制御手段は作動させない制御を終了することを特徴とする請求項1に記載の車両用操舵装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−274871(P2010−274871A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−131807(P2009−131807)
【出願日】平成21年6月1日(2009.6.1)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】