説明

電動パワーステアリングの制御装置

【課題】操舵トルクから補助トルク指令値を得る過程におけるゲインが大きくなっても制御安定性を確保することが可能な電動パワーステアリングの制御装置を提供する事である。
【解決手段】車両の操向輪を操舵する操舵輪に作用する操舵トルクに基づいて補助トルク指令値を求める補助トルク決定手段14を備え、操向輪の操舵を補助するモータMを駆動する駆動手段18へ上記補助トルク指令値を与えてモータMに補助トルクを発生させる電動パワーステアリングの制御装置1において、操舵トルクから補助トルク指令値を得る過程におけるゲインを推定するゲイン推定手段13と、操舵トルクから補助トルク指令値を得る過程における信号あるいは補助トルク指令値を濾過するローパスフィルタ15とを備え、当該ローパスフィルタ15の周波数特性をゲイン推定手段13で推定されたゲインに基づいて変更する変更手段16を備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動パワーステアリングの制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の電動パワーステアリングの制御装置にあっては、たとえば、車両の操向輪を操舵する操舵輪に作用する操舵トルクに基づいて補助トルク指令値を求めて、モータを駆動する駆動回路を含む電流ループへ上記補助トルク指令値を与えてモータに補助トルクを発生させるようにしている。
【0003】
詳しくは、制御装置は、操舵トルクの大きさから補助トルクを得るために補助トルク演算用のマップを保有しており、当該マップを参照してマップ演算して補助トルク指令値を求めるようにしている。
【0004】
そして、操舵トルクを横軸に採り、補助トルク指令値を縦軸に採ると、操舵トルクと補助トルク指令値の関係(以下、単に「操舵トルク−補助トルク指令値特性」と言う)をグラフ化すると、上記操舵トルク−補助トルク指令値特性を示す線は、操舵トルクが小さいときには傾きが小さく、操舵トルクがある程度大きくなると傾きが大きくなり、操舵トルクがある大きさを超えると補助トルク指令値が頭打ちとなるようになっており、このように補助トルク指令値を設定することで操舵状況に適した補助トルクをモータに出力させることができるようになっている(たとえば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2006−88990号公報(図2)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このように、特開2006−88990号公報の技術では、操舵トルクが大きくなるにつれてモータが発生する補助トルクを大きくするようにしており、具体的には、操舵トルクが大きくなると操舵トルクに対するゲインを大きくして補助トルク指令値を大きな値にするようにしている。
【0006】
上述のように、ゲインを大きくしても補助トルク指令値の位相に変化は無いため、ゲインを上昇させるとシステム全体の開ループのゲイン周波数特性は、上方へオフセットされることになりゲイン線図の0dBをクロスするときの周波数であるゲイン交差周波数が大きくなって制御速応性の点で有利となるものの、ゲイン交差周波数における位相余有が小さくなり制御安定性が犠牲となる結果となる。
【0007】
そこで、本発明は、上記不具合を改善するために創案されたものであって、その目的とするところは、操舵トルクから補助トルク指令値を得る過程におけるゲインが大きくなっても制御安定性を確保することが可能な電動パワーステアリングの制御装置を提供する事である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記した目的を達成するため、本発明の課題解決手段は、車両の操向輪を操舵する操舵輪に作用する操舵トルクに基づいて補助トルク指令値を求める補助トルク決定手段を備え、操向輪の操舵を補助するモータを駆動する駆動手段へ上記補助トルク指令値を与えてモータに補助トルクを発生させる電動パワーステアリングの制御装置において、操舵トルクから補助トルク指令値を得る過程におけるゲインを推定するゲイン推定手段と、操舵トルクから補助トルク指令値を得る過程における信号あるいは補助トルク指令値を濾過するローパスフィルタと、当該ローパスフィルタの周波数特性をゲイン推定手段で推定されたゲインに基づいて変更する変更手段を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明による電動パワーステアリングの制御装置によれば、操舵輪の操作力が大きくなってより大きな補助トルクを出力させるために、ゲインを大きくするような場面にあっても、変更手段がローパスフィルタの周波数特性を補助トルク指令値の位相周波数特性における位相余有が変化しないように変更するので、制御安定性を確保することが可能となる。
【0010】
また、操舵トルクが操舵トルク−補助トルク指令値特性における折点を跨ぐように変化してもローパスフィルタにて補助トルク指令値の急激な変化を抑制しているので、モータが発生する補助トルクが大きく変動することが防止される。
【0011】
そして、モータが発生する補助トルクが大きく変動することが防止されるので、運転者は操舵トルク変動によるショックを感じたり操舵時に違和感を覚えたりすることがなくなり、良好な操舵感を得ることができる。
【0012】
さらに、操舵トルク−補助トルク指令値特性においてゲイン(傾き)を折点で一気に変更するのではなく、操舵トルクの上昇に対して徐々にゲインを変化させることで補助トルクの変動を抑制することもできるが、そうするとマップにおける情報量が膨大となって、制御装置が記憶しておくべき情報量が多くなり、制御装置における記憶資源を圧迫するので、大容量の記憶手段を備えていなくてはならないなどの不利が生じるが、本発明ではローパスフィルタで補助トルク指令値を濾過するのみでゲインの急激な変化を抑制するので、操舵トルク−補助トルク指令値特性を従来どおりの特性としておきマップにおける情報量を増やさずにすみ、経済性に優れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、図に示した実施の形態に基づき、本発明を説明する。図1は、一実施の形態における電動パワーステアリングの制御装置が適用される電動パワーステアリングの概略図である。図2は、一実施の形態における電動パワーステアリングの制御装置の制御ブロック図の一例を示した図である。図3は、操舵トルク−補助トルク指令値特性を示すマップの図である。図4は、操舵トルク−補助トルク指令値特性および操舵トルクとゲインとの関係を示した図である。図5は、ローパスフィルタの周波数特性を変更しない場合のゲイン上昇に対する補助トルク指令値のゲイン特性の変化を示した図である。図6は、一実施の形態の電動パワーステアリングの制御装置において、ゲイン上昇に対する補助トルク指令値のゲイン特性の変化を示した図である。図7は、操舵トルクとゲインとの関係を示すマップの図である。図8は、一実施の形態の電動パワーステアリングの制御装置における補助トルク指令値と補正値の周波数特性を示す図である。図9は、一実施の形態の一変形例における電動パワーステアリングの制御装置の制御ブロック図の一例を示した図である。図10は、一実施の形態の電動パワーステアリングの制御装置における補助トルク指令値と補正値の周波数特性を示す図である。
【0014】
一実施の形態の電動パワーステアリングの制御装置1は、図1に示すように、図示しない車両に搭載される電動パワーステアリング2に適用されている。電動パワーステアリング2は、操舵輪3と、操舵輪3に軸4を介して連結されるピニオンギア5と、モータMと、モータMのロータに連結されるピニオンギア6と、上記各ピニオンギア5,6に歯合され各ピニオンギア5,6の回転運動により駆動されるラック7と、ラック7の両端にタイロッド8およびナックルアーム9を介して連結される操向輪W,Wとを備えて構成され、モータMが上記した制御装置1によって電流フィードバック制御されるようになっている。なお、図示はしないが、軸4の中間部には、ユニバーサルジョイントが介装されており、軸4がエンジンルーム等の空間を占拠することがないようになっている。
【0015】
制御装置1は、図1および図2に示すように、電動パワーステアリング2に作用する外力となる操舵輪3の操舵トルクを検出するトルクセンサ10と、車両の走行速度を検出する速度センサ11と、モータMの図示しない巻線に流れる電流を検出する電流センサ12と、操舵トルクから補助トルク指令値を得る過程におけるゲインを推定するゲイン推定手段13と、トルクセンサ10および速度センサ11から入力される信号を処理して補助トルク指令値を求める補助トルク決定手段14と、補助トルク決定手段14で求めた補助トルク指令値を濾過するローパスフィルタ15と、当該ローパスフィルタ15の周波数特性をゲイン推定手段13で求めたゲインに基づいて変更する変更手段16と、ローパスフィルタ15で濾過された補助トルク指令値を補正する補正値決定手段17と、電流センサ12で検知したモータMの電流の基づいてモータMを電流フィードバック制御する電流ループ18とを備えて構成されている。
【0016】
そして、この制御装置1は、基本的には、操舵輪2の操舵トルクをトルクセンサ10で検出して、この操舵トルクに応じてモータMを駆動するようになっており、電動パワーステアリング2は、操舵輪3の操舵によるラック7の駆動を上記モータMが出力する補助トルクでアシストするようになっている。
【0017】
なお、上記したところでは、モータMが出力する補助トルクをラックピニオン機構によってラック7の軸方向の力に変換してラック7に伝達するようにしているが、ラック7の一部を螺子軸とし、この螺子軸に螺合されるボール螺子ナットにモータMの補助トルクを伝達するようにして、上記補助トルクをラック7の軸方向の力に変換してラック7に伝達するようにしてもよい。
【0018】
また、操舵輪3は、図1に示すように、その中心部に連結される軸4を介してラック7に歯合するピニオンギア5が連結されているが、軸4の途中に減速機を設けて、操舵輪3の回転速度を減速してラック7に伝達するようにしてもよい。
【0019】
そして、上記した軸4の途中には、トルクセンサ10が取付けられており、このトルクセンサ10は、操舵輪3が回転操作された時の操舵トルクを検出できるようになっている。トルクセンサ10は、操舵輪3に作用するトルクを検出することができるものであればよく、具体的にはたとえば、軸4の中間に設けたトーションバーの捩れ角度を検出して、これをトルクとして電圧、電流等の信号として出力することができるようになっている。
【0020】
他方、モータMとしては、種々のモータを使用することができ、電流センサ12でモータM内に設けた巻線に流れる電流を検出することができるようになっている。また、上述したところでは、モータMのシャフトにラック7に歯合するピニオンギア6を設けているが、減速機を介してモータMのロータの回転速度を減速してピニオンギア6に伝達するようにしてもよい。
【0021】
そして、上述のように、この電動パワーステアリング2にあっては、操舵輪3およびモータMが操舵、駆動されると、ラック7を図1中左右方向に移動することができ、さらに、ラック7の両端はタイロッド8に連結され、タイロッド8の端部は、ナックルアーム9を介して操向輪W,Wに連結されている。したがって、上記の如くラック7が図1中左右方向に移動せしめられると、操向輪W,Wが同じ舵角で操舵されるようになっており、いわゆる、ラックピニオン式の操舵機構として構成されている。なお、上記したところでは、モータMの動力伝達をラックピニオンにて行っているが、モータMのロータを中空として内部にボール螺子ナットを設けて送り螺子機構にて軸方向に移動せしめられる螺子軸の両端にタイロッド8,8を連結するボールスクリュー式としてもよい。
【0022】
戻って、制御装置1における補助トルク決定手段14は、この実施の形態の場合、図2に示すように、トルクセンサ10で検出する操舵トルクに基づいてモータMに発生が期待される補助トルクを出力させるうえで必要となる補助トルク指令値を演算し、当該補助トルク指令値を出力するようになっている。
【0023】
具体的には、補助トルク決定手段14は、図3に示す操舵トルク−補助トルク指令値特性を示したマップを保有しており、トルクセンサ10で検知した操舵トルクを信号として受けると、当該マップを参照してマップ演算によって補助トルク指令値を求める。補助トルク指令値は、補助トルク決定手段14より後段に設けたローパスフィルタ15で濾過された後に電流ループ18に入力されるようになっており、この場合、補助トルク指令値は電流指令となる。
【0024】
補助トルク決定手段14は、操舵トルク−補助トルク指令値特性を示すマップを車両の速度が低速時に選択されるものと高速時に選択されるものの二つを保有しており、補助トルク決定手段14が別途速度センサ11で検出する速度が低速と高速のいずれの区分に属するかを判断していずれか一方を選択するようになっている。
【0025】
したがって、この実施の形態の場合、電動パワーステアリング2にあっては、低速走行中や停車中における操舵時では軽く操舵輪3を操作できるように大きな補助トルクをモータMに出力させつつ、高速走行中における操舵時では運転者に重い操作感を与えるよう補助トルクを小さくするようにしており、車両の走行状況に適した補助トルクを発生できるようになっている。
【0026】
本実施の形態にあっては、速度区分を低速と高速の二区分としているが、区分を増やして対応する操舵トルク−補助トルク指令値特性を用意するようにしてもよいし、補助トルク指令値を速度に依存させない場合には、速度センサ11を廃止するようにしてもよい。また、速度が上記の速度区分の間にある際に、当該速度を挟む速度区分における操舵トルク−補助トルク指令値特性間を線形補間することによって速度に対してより適した補助トルク指令値を得ることができるようにしてもよい。
【0027】
なお、マップにおいては、操舵輪3に時計回りに作用する操舵トルクを正の値とし反時計周りの操舵トルクを負の値としているので、これに対応して補助トルク指令値も正の操舵トルクに対しては正の値を負の操舵トルクに対しては負の値を採るようになっている。また、操舵輪3の操作が無いのに、ノイズや外乱によってトルクセンサ10がこれを操舵トルクとして検知して補助トルクを発生することを防止するため、0近傍の操舵トルクに対して補助トルク指令値に不感帯を設けるようにしてもよい。
【0028】
さらに、本実施の形態の制御装置1にあっては、より良好な操舵感を得るため、上記マップにおいて、車速の高低に限られず操舵トルク−補助トルク指令値特性は、操舵トルクが小さい場合には傾きが小さく、操舵トルクがある程度大きくなると傾きが大きくなり、操舵トルクがさらに大きくなると補助トルク指令値が一定となる非線形な特性を備え、図3中操舵トルクが±aおよび±bとなるときにゲインが変化する折点を備えている。
【0029】
具体的には、操舵トルクから補助トルク指令値を得る過程におけるゲインは、操舵トルク−補助トルク指令値特性を示す線pにおける傾きとして把握され、図4に示すように、上記線pにおける折点で段階的に変化するようになっている。なお、図4では、高速時における操舵トルク−補助トルク指令値特性とこれに対応するゲインのみを示しているが、低速時における操舵トルク−補助トルク指令値特性に対するゲインも同様に段階的に変化する。
【0030】
このようにして求められた補助トルク指令値は、操舵トルクが±aあるいは±bを跨いで変化する場合、操舵トルク−補助トルク指令値特性が変化するために、値が急変する。
【0031】
この補助トルク指令値の急激な変化を緩和するべく、補助トルク指令値を補助トルク決定手段14に後段に設置したローパスフィルタ15にて濾過するようにしており、操舵トルクが±a、±bを跨いで変化してもローパスフィルタ15による濾過によって補助トルク指令値の変化が遅れて上記の急変が緩和されるようになっている。
【0032】
さらに、この制御装置1にあっては、操舵トルクから補助トルク指令値を得る過程におけるゲインを推定するゲイン推定手段13を備えている。このゲイン推定手段13は、補助トルク決定手段14ではマップ演算するので直接的には求める必要の無いゲインをトルクセンサ10で検出した操舵トルクと速度センサ11で検出した速度から求めるようになっている。
【0033】
このゲイン推定手段13によってゲインが求められると、変更手段16は、当該ゲインに基づいてローパスフィルタ15の周波数特性を変更する。具体的には、ローパスフィルタ15の伝達関数をω/(s+ω)とし、ωをω=ω・(K/K)で定義してωの値がゲインKに反比例するように設定し、ゲインの上昇に対してローパスフィルタ15のカットオフ周波数fcを下降させるようにする。
【0034】
なお、sは、ラプラス演算子、ωは、ローパスフィルタ15のカットオフ周波数fcに対応する角周波数、Kは、任意のゲイン、Kは、ゲイン推定手段13によって推定されたゲイン、ωは、ゲインが値Kを採る場合において制御特性が良好となるローパスフィルタ15のカットオフ周波数fに対応する角周波数を示しており、ω=2・π・fで定義される。
【0035】
すなわち、この制御装置1において、ゲインKを採る際にローパスフィルタ15のカットオフ周波数fは、システム全体の開ループ特性が0dBをクロスするゲイン交差周波数での位相余有を変化させないような値に初期値として設定され、変更手段16は、ゲイン推定手段13で推定したゲインKを基に、このカットオフ周波数の初期値fにK/Kの比を乗じた値をローパスフィルタ15のカットオフ周波数fcとするように変更する。
【0036】
なお、ローパスフィルタ15のカットオフ周波数の初期値は、システム全体の開ループ特性が0dBをクロスするゲイン交差周波数での位相余有を変化させない範囲で大きな値に設定することで、制御応答性と制御安定性を高次元で両立させることができる。
【0037】
このように、ゲイン推定手段13によって推定されたゲインKに基づいて変更手段16がローパスフィルタ15のカットオフ周波数fcを、システム全体の開ループ特性が0dBをクロスするゲイン交差周波数での位相余有を変化させないように変更する。具体的には、変更手段16がローパスフィルタ15のカットオフ周波数fcをゲインKが大きくなるほど低く変更する。つまり、図5に示すように、ゲインKが上昇すると補助トルク指令値のゲイン周波数特性は、ゲインKの上昇によって上方へオフセットされるが、ローパスフィルタ15のカットオフ周波数fcがゲインKの上昇に対して減少していくので、ゲインKが上昇しても補助トルク指令値のゲイン周波数特性は、図6に示すように、高周波領域に位置するゲイン交差周波数においてゲインを増加させないことになるので、ゲイン交差周波数の位相余有を変化させることが無く、システムの安定性を常に維持することが可能となる。
【0038】
変更手段16がローパスフィルタ15の周波数特性を上述の如く変更するので、ゲインKが上昇してもゲイン交差周波数における位相余有を変化させることが無いので、制御安定性を常に確保することができ、電動パワーステアリング2の発振を防止することができる。
【0039】
また、ローパスフィルタ15のカットオフ周波数の初期値fを、ゲイン交差周波数での位相余有を変化させない範囲で大きな値に設定してあるので、ローパスフィルタ15のカットオフ周波数fcが低下しすぎて制御応答性が悪化することも無い。
【0040】
なお、上記したカットオフ周波数fcを実現する演算を実行する際には、ゲインKが0である場合、0で割ることになって、演算処理装置で演算実行が困難となる場合があるが、実用上は双一次変換を用いてデジタルの演算式に変換してローパスフィルタ15の出力演算を行うため、この双一次変換によって自ずと0で割ることが無い演算式に変換される。また、デジタルの演算式に変換する際は、双一次変換以外の変換手法を用いても0で割ることを回避できる変換手法であれば種々の変換手法を用いることができる。
【0041】
ゲインKは、上述したように、操舵トルクの増加に対して段階的に大きくなるので、この段階的に変化するゲインKをローパスフィルタ15の伝達関数に算入してローパスフィルタ15の周波数特性を変更すると、ローパスフィルタ15のカットオフ周波数fcもゲインKと同じく段階的に変更されることになる。
【0042】
そうすると、補助トルク指令値がローパスフィルタ15のカットオフ周波数fcの値の切換わりで急峻に変動してしまう可能性がある。そこで、これを回避する方法として、ゲイン推定手段13に、予め、図7に示すような、操舵トルクとゲインKとの関係を示したマップを保有させておき、当該マップを利用してゲインKを推定する方法を採用することができる。
【0043】
このマップは、段階的に変化するゲインKの値が一定となる線分の中点同士を繋げてできる線にて、操舵トルクとゲインの関係を定義してあり、推定されるゲインKが操舵トルクに対して連続的に変化するようになっている。このマップを利用して、操舵トルクに基づいてゲインKを推定すると、ゲインKが段階的に変化せず、連続的に変化するので、ローパスフィルタ15のカットオフ周波数fcもゲインKの変化に対して連続的に変化するようになるので、補助トルク指令値が急峻に変動してしまう可能性を排除でき、操舵輪3の操作時に運転者に違和感を抱かせてしまうことがなくなる。なお、この実施の形態の場合、ゲインKは、操舵トルクのみならず車速の区分に応じて変化するので、低速用と高速用のマップを用意しておけばよく、このマップにあっても車速の区分を細かくするのであれば、それに対応する数を用意しておき、隣り合う区分のマップ間を線形補間することによって速度に対してより適したゲインを推定できるようにしてもよい。
【0044】
また、これに限らず、ゲインKを求めるに際して、特に、車速の区分が無いような状況では、補助トルク決定手段14が出力した補助トルク指令値を微分するようにしてもよく、さらに、これ以外の方法を採用してゲインKを求めてもよい。
【0045】
つづいて、この実施の形態の場合、操舵トルクの入力によって上記補助トルク指令値を補正する補正値を求める補正値決定手段17を備えており、この補正値決定手段17は、具体的には、操舵トルクを微分し、微分した操舵トルクに補正用ゲインを乗じて補正値を演算するようになっている。なお、操舵トルクの微分にあたっては、アナログのハイパスフィルタで濾過するようにしてもよいし、ソフトウェアで演算することによって求めるようにしてもよい。
【0046】
そして、この補正値は、加算器19に入力され、同じく加算器19に入力されるローパスフィルタ15によって濾過された後の補助トルク指令値に加算され、補助トルク指令値が補正される。補正値は、操舵トルクを微分して求められるが、操舵トルクの検出はトルクセンサ10で軸4の周方向の捩れを検出することによって行われ、上記捩れは変位なのでこれを微分すると軸4の捩れによる周方向捩れ速度が得られることになり、この補正値を補助トルク指令値に加算することによってモータMを制御するうえでは軸4に連結される操舵輪3および操向輪W,Wの振動を抑制するダンピングを得ることができる。
【0047】
なお、特に、上記ダンピングを得る必要が無い場合には、補正値決定手段17における処理は不要であるので、補正値決定手段17のパスを廃止することも可能である。さらに、上記した各実施の形態の制御装置1の構成に追加して、電動パワーステアリング2の制御応答性を向上させたり制御安定性を向上させたりする目的で、加算器19に、他の補正値を入力するようにしてもよい。
【0048】
このようにして、補正された補助トルク指令値は、電流ループ18に入力され、電流ループ18によってモータMに電流供給され、モータMは補助トルクを出力する。
【0049】
電流ループ18は、詳しくは、電流制御部20と、モータMを駆動する駆動回路21と、モータMと、電流センサ12とを備え、電流センサ12で検出するモータMに流れる電流をフィードバックしてモータMを駆動する。すなわち、この実施の形態の場合、電流ループ18は、補助トルク指令値の入力を受けてモータMを駆動する駆動手段とされている。
【0050】
電流制御部20は、電流センサ12で検出した電流値と補助トルク指令値の偏差を演算するとともに、当該偏差から比例積分制御あるいは比例積分微分制御に則って駆動回路21へ与える制御指令を生成する。
【0051】
駆動回路21は、たとえば、モータMをPWM駆動するPWM駆動回路とされており、電流制御部20からの制御指令を受け取ると、制御指令に応じたデューティ比でモータMの巻線に通電するようになっている。すなわち、電流制御部20によって生成される制御指令は、この場合、駆動回路21がPWM駆動回路とされているので、モータMの巻線に印加するデューティ比と電圧の方向を決するための指令となっている。なお、制御指令は、駆動回路21が補助トルク指令値通りにモータMを駆動できるようになっていればよいので、駆動回路21の構成に応じて適した指令とされればよい。
【0052】
なお、制御装置1は、ハードウェア資源として、具体的にはたとえば、トルクセンサ10、速度センサ11および電流センサ12が出力する信号を取り込むためのA/D変換器と、モータMの制御に必要な処理に使用されるプログラム等が格納されるROM(Read Only Memory)等の記憶装置と、上記プログラムに基づいた処理を実行するCPU(Central Processing Unit)等の演算処理装置と、上記CPUに記憶領域を提供するRAM(Random Access Memory)等の記憶装置とを備えて構成されればよく、制御装置1におけるゲイン推定手段13、補助トルク決定手段14、ローパスフィルタ15、変更手段16、補正処理部17、加算器19、電流ループ18における電流制御部20の各部は、演算処理装置が上記プログラムを実行することで実現することができる。
【0053】
このように構成された制御装置1では、運転者が操舵輪3を操作すると、操舵輪3に作用する操舵トルクを検知して、操舵トルクの大きさに応じて補助トルク指令値を求めて、電動パワーステアリング2におけるモータMに補助トルク指令値通りに補助トルクを発揮させて、運転者の操舵を補助するようになっているが、上述したように、操舵トルクが操舵トルク−補助トルク指令値特性における折点を跨ぐように変化してもローパスフィルタ15にて補助トルク指令値の急激な変化を抑制しているので、モータMが発生する補助トルクが大きく変動することが防止される。
【0054】
そして、運転者の操舵輪3の操作力が大きくなってより大きな補助トルクを出力させるために、ゲインKを大きくするような場面にあっても、変更手段16がローパスフィルタ15における周波数特性をシステム全体の開ループ特性が0dBをクロスするゲイン交差周波数での位相余有を変化させないように変更するので、制御安定性を確保することが可能となる。換言すれば、ゲインKを大きくして制御速応性を向上させつつも、制御安定性を確保できるということになる。
【0055】
また、ローパスフィルタ15によって補助トルク指令値を濾過しているのでモータMが発生する補助トルクが大きく変動することが防止され、運転者は操舵トルク変動によるショックを感じたり操舵時に違和感を覚えたりすることがなくなり、良好な操舵感を得ることができる。
【0056】
さらに、操舵トルク−補助トルク指令値特性においてゲイン(傾き)を折点で一気に変更するのではなく、操舵トルクの上昇に対して徐々にゲインを変化させることで補助トルクの変動を抑制することもできるが、そうするとマップにおける情報量が膨大となって、制御装置1が記憶しておくべき情報量が多くなり、制御装置1における記憶資源を圧迫するので、大容量の記憶手段を備えていなくてはならないなどの不利が生じるが、本発明ではローパスフィルタ15で補助トルク指令値を濾過するのみでゲインの急激な変化を抑制するので、操舵トルク−補助トルク指令値特性を従来どおりの特性としておきマップにおける情報量を増やさずにすみ、経済性に優れる。
【0057】
また、本実施の形態では、ローパスフィルタ15で濾過するのは補正値で補正する前の補助トルク指令値であるので、補正値に起因してモータMが出力する補助トルクの応答性が損なわれることが無い。そして、この場合、補正値は操舵輪3の振動をダンピングするためのものであるため、操舵輪3の振動のダンピングをスポイルしてしまうことがない。また、補正値は、上記したようにダンピングを目的とする以外にも、電動パワーステアリング2における操舵輪3から操向輪W,Wまでのイナーシャの影響を補償するものであってもよいし、制御応答性を補償するものであってもよいし、ダンピングを目的とするものとこれらを任意に組み合わせて補正値を求めるようにしてもよい。いずれにしても、補正値に起因する補助トルクの応答性が損なわれないので、良好な操舵感を得ることができる。
【0058】
また、操舵トルクから補助トルク指令値を得る過程における信号あるいは補助トルク指令値をローパスフィルタ15で濾過すれば、補助トルク指令値の上記した周波数特性が得られるので、ローパスフィルタ15を挿入する箇所は、補助トルク決定手段14に対して直列に挿入されればよく、補助トルク決定手段14の後段だけでなく、補助トルク決定手段14の前段に挿入されてもよい。
【0059】
ところで、上記した一実施の形態における制御装置1の構成では、補助トルク指令値を求めるパス(ローパスフィルタ15が設けられたパス)と補正値決定手段17を設けたパスが並列されている。
【0060】
補正値決定手段17におけるパスは操舵トルクを微分するので、当該パスにおける伝達関数は、簡略化するとc・s(cは定数、sはラプラス演算子)で表すことができ、他方の補助トルク指令値を求めるパスはローパスフィルタ15があるので、このパスにおける伝達関数は、簡略化するとd/s(dは定数、sはラプラス演算子)で表すことができる。
【0061】
これらパスを並列して合成すると、合成後の伝達関数は、単に、積分と微分の合成である(c・s+d)/sとなって、減衰項が無いため、図8に示すように、補正値決定手段17におけるパスの特性gと補助トルク指令値を求めるパスの特性hとが交差する周波数にてゲインが極端に落ち込む特性になってしまう。
【0062】
すると、このゲインが落ち込む周波数の周辺においては、トルクセンサ10で操舵トルクを検知しても、補助トルク指令値が小さくなり、操舵輪3の周方向の振動を減衰させ辛い面がある。
【0063】
そこで、一実施の形態の一変形例における制御装置22にあっては、図9に示すように、操舵トルクの位相を進ませる位相補償器23を設けて、補助トルク指令値を求めるパスにおける伝達関数における特性iを、図10に示すように、補正値決定手段17における微分パスの特性gとの交差する部分においてゲインが一定値eとなるように設定してある。
【0064】
したがって、補助トルク指令値を求めるパスにおける伝達関数は、簡略化すると、d/s+e(d,eは定数、sはラプラス演算子)で表すことができ、補正値決定手段17におけるパスと合成すると、合成後の伝達関数は、(c・s+e・s+d)/sとなって、1次の減衰項が追加され、それぞれのパスの特性が交差する部分のみを抽出すると、伝達関数がc・s+eとなって減衰に悪影響を及ぼす複素零点が発生しないので、上記した周波数にてゲインが極端に落ち込むことが緩和される。
【0065】
このように、位相補償器23を設けることによって、操舵輪3に良好なダンピングを与えることができ操舵輪3の振動やジャダーを防止でき、運転者が不安感や違和感を覚えたりすることがなくなり、さらにより一層良好な操舵感を得ることができる。
【0066】
なお、位相補償器23の挿入箇所は、ローパスフィルタ15に対して直列であって、補正値決定手段17に対して並列されればよく、また、ローパスフィルタ15に位相補償器23における特性を持たせてこれに統合されるようにしてもよい。
【0067】
以上で、本発明の実施の形態についての説明を終えるが、本発明の範囲は図示されまたは説明された詳細そのものには限定されないことは勿論である。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】一実施の形態における電動パワーステアリングの制御装置が適用される電動パワーステアリングの概略図である。
【図2】一実施の形態における電動パワーステアリングの制御装置の制御ブロック図の一例を示した図である。
【図3】操舵トルク−補助トルク指令値特性を示すマップの図である。
【図4】操舵トルク−補助トルク指令値特性および操舵トルクとゲインとの関係を示した図である。
【図5】ローパスフィルタの周波数特性を変更しない場合のゲイン上昇に対する補助トルク指令値のゲイン特性の変化を示した図である。
【図6】一実施の形態の電動パワーステアリングの制御装置において、ゲイン上昇に対する補助トルク指令値のゲイン特性の変化を示した図である。
【図7】操舵トルクとゲインとの関係を示すマップの図である。
【図8】一実施の形態の電動パワーステアリングの制御装置における補助トルク指令値と補正値の周波数特性を示す図である。
【図9】一実施の形態の一変形例における電動パワーステアリングの制御装置の制御ブロック図の一例を示した図である。
【図10】一実施の形態の電動パワーステアリングの制御装置における補助トルク指令値と補正値の周波数特性を示す図である。
【符号の説明】
【0069】
1,22 制御装置
2 電動パワーステアリング
3 操舵輪
4 軸
5,6 ピニオンギア
7 ラック
8 タイロッド
9 ナックルアーム
10 トルクセンサ
11 速度センサ
12 電流センサ
13 ゲイン推定手段
14 補助トルク決定手段
15 ローパスフィルタ
16 変更手段
17 補正値決定手段
18 駆動手段としての電流ループ
19 加算器
20 電流制御部
21 駆動回路
23 位相補償器
M モータ
W 操向輪

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の操向輪を操舵する操舵輪に作用する操舵トルクに基づいて補助トルク指令値を求める補助トルク決定手段を備え、操向輪の操舵を補助するモータを駆動する駆動手段へ上記補助トルク指令値を与えてモータに補助トルクを発生させる電動パワーステアリングの制御装置において、操舵トルクから補助トルク指令値を得る過程におけるゲインを推定するゲイン推定手段と、操舵トルクから補助トルク指令値を得る過程における信号あるいは補助トルク指令値を濾過するローパスフィルタとを備え、当該ローパスフィルタの周波数特性をゲイン推定手段で推定されたゲインに基づいて変更する変更手段を備えたことを特徴とする電動パワーステアリングの制御装置。
【請求項2】
操舵トルクから補助トルク指令値を得る過程における信号あるいは補助トルク指令値の位相補償を行う位相補償器を備えたことを特徴とする請求項1に記載の電動パワーステアリングの制御装置。
【請求項3】
駆動手段はモータを駆動する電流ループを備え、電流ループに上記ローパスフィルタによる濾過後の補助トルク指令値を与えることを特徴とする請求項1または2に記載の電動パワーステアリングの制御装置。
【請求項4】
操舵トルクから補助トルク指令値を求める補助トルク決定手段と、補助トルク指令値を補正する補正値を求める補正値決定手段とを備え、補助トルク指令値を補正値によって補正し、補正後の補助トルク指令値を駆動手段へ与えることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の電動パワーステアリングの制御装置。
【請求項5】
補助トルク決定手段は、操舵トルクの微分値に基づいて補正値を求めることを特徴とする請求項4に記載の電動パワーステアリングの制御装置。
【請求項6】
位相補償器は、補助トルク決定手段より前で信号を処理することを特徴とする請求項2から5のいずれかに記載の電動パワーステアリングの制御装置。
【請求項7】
ゲイン推定手段は、車両の速度と操舵トルクに基づいて上記ゲインを推定することを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の電動パワーステアリングの制御装置。
【請求項8】
ゲイン推定手段は、操舵トルクの変化に対してゲインが連続的に変化するマップを備え、当該マップを参照してゲインを推定することを特徴とする請求項1から7のいずれかに電動パワーステアリングの制御装置。
【請求項9】
変更手段は、ローパスフィルタのカットオフ周波数を上記ゲインに基づいて変更することを特徴とする請求項1から8のいずれかに記載の電動パワーステアリングの制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−58601(P2010−58601A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−224950(P2008−224950)
【出願日】平成20年9月2日(2008.9.2)
【出願人】(000000929)カヤバ工業株式会社 (2,151)
【Fターム(参考)】