説明

電動パワーステアリング装置

【課題】速やかにステアリング中立位置を学習して早期に絶対舵角に基づく補償制御を開始しつつ、高い中点精度の確保を可能とし、併せてその学習途上における不具合の発生を有効に防止することのできる電動パワーステアリング装置を提供すること。
【解決手段】マイコン21は、ステアリング中立位置の学習機能を有する。そして、その操舵角演算の基礎となる中点情報θ0の更新毎に、その学習条件を厳格化するとともに、当該学習条件の厳格化に応じて、絶対舵角としての操舵角θsに基づく補償成分であるステアリング戻し制御量Isb*を徐々に増大させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動パワーステアリング装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、車両用パワーステアリング装置として、モータを駆動源とする電動パワーステアリング装置(EPS)が広く採用されるようになっている。そして、このようなEPSの多くでは、所謂ステアリング戻し制御(ハンドル戻し補償制御)のようなステアリング中立位置(中点)を基準とした絶対舵角(操舵角)に基づく補償制御が行われている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
即ち、例えば、EPSの場合、その減速機構の摩擦力等がセルフアライニングトルクを上回ることにより、そのステアリング中立位置まで戻りきらないことがある。そこで、上記ステアリング戻し制御を実行して、ステアリング中立方向に作用する補償成分(ステアリング戻し補償量)を演算することにより、良好なステアリング戻り性を確保するのである。
【0004】
ところで、このような絶対舵角に基づく補償制御は、いうまでもなく、そのステアリング中立位置(中点)が正確であることが前提となっている。即ち、例えば、上記ステアリング戻し制御では、そのステアリング中立位置に狂いが生じた場合、ステアリングが戻りきらない、或いは当該ステアリング中立位置を超えてオーバーシュートしてしまうことになる。
【0005】
しかしながら、通常、車両には、操舵角を絶対舵角として直接的に検出可能なセンサが設けられておらず、該操舵角は、予め記憶された中点情報に基づいて、ステアリングセンサ等により検出される相対舵角(機械角360°)の周回数をカウントすることにより演算される。このため、バッテリー上がり等により上記中点情報が失われた場合には、正確な操舵角の検出が不能となり、事実上、上記ステアリング戻し制御等のような絶対舵角に基づく補償制御が実行できなくなる。
【0006】
そこで、例えば、特許文献2に記載のEPSは、実際の走行状態において、その検出される操舵トルクや車速等、各種車両状態量に基づく推定により、ステアリング中立位置を学習し、更に、所定の統計操作により徐々にその中点精度を向上させることによって、その速やかなステアリング戻し制御の開始と高い中点精度の確保との両立を図る。そして、当該学習開始からの時間経過とともにステアリング中立位置近傍に設定された制御不感帯の幅を徐々に狭めることにより、併せて、その学習途上における中点精度の低さに起因する不具合、例えば、操舵フィーリングとして運転者に伝わる違和感の発生等を抑制する構成となっている。
【特許文献1】特開2006−123827号公報
【特許文献2】特開平7−132845号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記従来例のような統計操作により学習精度の向上を図る構成において、その最終的に得られる中点精度は、あくまで当初に設定された学習条件に依存する。従って、その最終的な中点精度を高くしようとするならば、その学習条件もまた予め厳しく設定せざるをえず、これに伴う学習機会の減少により、補償制御の開始が遅くなってしまうという問題がある。そして、更には、その時間経過と学習精度との関係についても、サンプル数増加による精度向上という統計的な意味以外の特別な相関はないことから、その経過時間に伴う制御不感帯の狭小化の効果も限られたものとなる。つまり、学習開始からの時間経過と、中点精度の向上の程度との間の具体的な関係が把握でない以上、その中点精度の向上を超えて制御不感帯を狭小化することにより生ずる弊害を回避するためには、大幅に制御不感帯を狭小化することはできない。このため、ステアリング戻し制御の早期開始が可能となったとしても、実際には、当該ステアリング戻し制御を実行可能な範囲が長期に亘って限定されてしまうという問題があり、この点において、なお改善の余地を残すものとなっていた。
【0008】
本発明は、上記問題点を解決するためになされたものであって、その目的は、速やかにステアリング中立位置を学習して早期に絶対舵角に基づく補償制御を開始しつつ、高い中点精度の確保を可能とし、併せてその学習途上における不具合の発生を有効に防止することのできる電動パワーステアリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記問題点を解決するために、請求項1に記載の発明は、操舵系にステアリング操作を補助するためのアシスト力を付与する操舵力補助装置と、アシスト力目標値に基づき前記操舵力補助装置の作動を制御する制御手段とを備え、前記アシスト力目標値は、ステアリング中立位置を基準とした絶対舵角に基づき演算される補償成分を含むとともに、前記制御手段は、検出される車両状態量が所定の学習条件を満たす場合には、該学習条件下において新たに推定されたステアリング中立位置を前記絶対舵角の基準となるステアリング中立位置として更新する学習機能を備えた電動パワーステアリング装置であって、前記制御手段は、前記ステアリング中立位置を更新する毎に前記学習条件を厳格化するとともに、該学習条件の厳格化に応じて前記補償成分を増大させること、を要旨とする。
【0010】
上記構成によれば、速やかにステアリング中立位置を学習して早期に絶対舵角に基づく補償制御の開始が可能になるとともに、最終的には、より高い中点精度の確保が可能になる。また、当該補償制御の開始時点における補償成分を小さく抑えることで、学習途上における中点精度の低さが与える影響は限定的なものとなり、これにより、一層迅速な補償制御の開始が可能になる。更に、学習条件の厳格化は、そのまま中点精度の向上に直結することから、当該学習条件の厳格化に合わせて補償成分を増大させることで、その中点精度の向上の程度に応じた適切な該補償成分の増大が可能になる。その結果、その学習途上における不具合の発生を有効に防止することができる。
【0011】
請求項2に記載の発明は、前記補償成分は、前記ステアリング中立位置の方向に前記アシスト力を作用させるためのステアリング戻し制御成分であること、を要旨とする。
即ち、ステアリング中立位置を基準とするステアリング戻し制御では、その中点精度の高さが極め重要である。従って、こうしたステアリング戻し制御を有するものに適用することで、より顕著な効果を得ることができる。
【0012】
請求項3に記載の発明は、前記学習条件は、車両が直進走行中であることを示す直進要件に関するものであること、を要旨とする。
即ち、車両の直進要件に関するものであれば、容易且つ適切に学習条件の厳格化が可能である。従って、このようなものに適用することで、より顕著な効果を得ることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、速やかにステアリング中立位置を学習して早期に絶対舵角に基づく補償制御を開始しつつ、高い中点精度の確保を可能とし、併せてその学習途上における不具合の発生を有効に防止することが可能な電動パワーステアリング装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を具体化した一実施形態を図面に従って説明する。
図1は、本実施形態の電動パワーステアリング装置(EPS)1の概略構成図である。同図に示すように、ステアリング2が固定されたステアリングシャフト3は、ラックアンドピニオン機構4を介してラック5に連結されており、ステアリング操作に伴うステアリングシャフト3の回転は、ラックアンドピニオン機構4によりラック5の往復直線運動に変換される。そして、このラック5の往復直線運動により転舵輪6の舵角、即ち転舵角が可変することにより、車両の進行方向が変更されるようになっている。
【0015】
EPS1は、操舵系にステアリング操作を補助するためのアシスト力を付与する操舵力補助装置としてのEPSアクチュエータ10と、該EPSアクチュエータ10の作動を制御する制御手段としてのECU11とを備えて構成される。
【0016】
本実施形態のEPSアクチュエータ10は、その駆動源であるモータ12がラック5と同軸に配置された所謂ラックアシスト型のEPSアクチュエータであり、モータ12が発生するモータトルクは、ボール送り機構(図示略)を介してラック5に伝達される。尚、本実施形態のモータ12は、ブラシレスモータであり、ECU11から三相(U,V,W)の駆動電力の供給を受けることにより回転する。
【0017】
一方、ECU11には、トルクセンサ14、車速センサ15、及びステアリングセンサ(操舵角センサ)16、及びヨーレイトセンサ17等、各種の車両状態量を検出するための複数のセンサが接続されており、同ECU11は、これらの各センサにより検出された状態量、即ち操舵トルクτ、車速V、及び操舵角θs(並びに操舵速度ωs)等に基づいてアシスト力目標値(目標アシスト力)を演算する。そして、ECU11は、その演算された目標アシスト力をEPSアクチュエータ10に発生させるべく、駆動源であるモータ12への駆動電力の供給を通じて、該EPSアクチュエータ10の作動、即ち操舵系に付与するアシスト力を制御する。
【0018】
次に、本実施形態のEPSにおけるアシスト制御の態様について説明する。
図2に示すように、ECU11は、モータ制御信号を出力するマイコン21と、そのモータ制御信号に基づいて、EPSアクチュエータ10の駆動源であるモータ12に駆動電力を供給する駆動回路22とを備えている。
【0019】
本実施形態では、ECU11には、モータ12に通電される実電流値Iを検出するための電流センサ23、及びモータ12の回転角θを検出するための回転角センサ24が接続されている。そして、マイコン21は、これら各センサの出力信号に基づき検出されたモータ12の実電流値I及び回転角θ、並びに上記操舵トルクτ、車速V、操舵角θs及び操舵速度ωsに基づいて、駆動回路22にモータ制御信号を出力する。
【0020】
尚、以下に示すマイコン21内の各制御ブロックは、同マイコン21の実行するコンピュータプログラムにより実現されるものである。そして、マイコン21は、所定のサンプリング周期で上記各状態量を検出し、所定周期毎に以下の各制御ブロックに示される各演算処理を実行することにより、モータ制御信号を生成する。
【0021】
詳述すると、マイコン21は、EPSアクチュエータ10に発生させるべきアシスト力目標値(目標アシスト力)に対応した電流指令値Iq*を演算する電流指令値演算部25と、電流指令値演算部25により算出された電流指令値Iq*に基づいてモータ制御信号を出力するモータ制御信号出力部26とを備えている。
【0022】
本実施形態の電流指令値演算部25は、目標アシスト力の基礎的制御成分である基本アシスト制御量Ias*を演算する基本アシスト制御部27と、その補償成分として、ステアリング2を中立位置(θs=0)に復帰させるためのステアリング戻し制御量Isb*を演算するステアリング戻し制御部28とを備えている。
【0023】
本実施形態では、基本アシスト制御部27には、操舵トルクτ及び車速Vが入力されるようになっており、該基本アシスト制御部27は、これら操舵トルクτ及び車速Vに基づいて、その操舵トルクτが大きいほど、また車速Vが小さいほど、より大きな基本アシスト制御量Ias*を演算する(図3参照)。
【0024】
ここで、本実施形態のEPS1では、上記ステアリングセンサ16には、ステアリング操作により生ずるステアリング2の回転角度変位を相対舵角θs_rl(機械角360°)として出力する回転角センサが用いられている。そして、マイコン21には、そのステアリングセンサ16の出力する相対舵角θs_rlに基づいて、ステアリング中立位置を基準(θs=0°)とした絶対舵角としての操舵角θsを演算する操舵角演算部29が設けられている。
【0025】
詳述すると、この操舵角演算部29には、その基準となるステアリング中立位置を示す中点情報θ0が保持(記憶)されている。そして、操舵角演算部29は、この中点情報θ0に基づいて、その入力される上記相対舵角θs_rlの周回数をカウントすることにより、絶対舵角としての操舵角θsを演算する構成となっている。
【0026】
本実施形態では、上記ステアリング戻し制御部28には、このようにして演算された絶対舵角としての操舵角θs、及び車速Vが入力される。そして、ステアリング戻し制御部28は、これらの各状態量に基づいて、上記ステアリング戻し制御量Isb*、即ちステアリング中立方向に作用するステアリング戻し力を発生させるための補償成分を演算する(ステアリング戻し制御)。
【0027】
詳述すると、本実施形態のステアリング戻し制御部28は、操舵角θsに基づき演算される操舵速度目標値ωs*に実際の操舵速度ωsを追従させるべく操舵速度フィードバック制御の実行によりステアリング戻し制御量Isb*を演算する。尚、本実施形態では、操舵速度ωsは、操舵角θsを微分することにより求められる。
【0028】
即ち、ステアリング戻し制御部28に入力された操舵角θsは、操舵速度目標値演算部30へと入力され、同操舵速度目標値演算部30において、操舵速度目標値ωs*が演算される。具体的には、本実施形態のステアリング戻し制御部28は、操舵角θsと操舵速度目標値ωs*とが関連付けられたマップ30aを備えており(図4参照、操舵速度目標値演算マップ)、同マップ30aにおいて、操舵速度目標値ωs*は、操舵角θsの絶対値が大きいほど(大舵角であるほど)、より大きな絶対値を有する戻し方向の値となるように設定されている。そして、操舵速度目標値演算部30は、入力される操舵角θsをこのマップ30aに参照することにより、即ち同マップ30aを用いたマップ演算の実行により操舵速度目標値ωs*を演算する。
【0029】
操舵速度目標値演算部30において演算された操舵速度目標値ωs*は、操舵速度ωsとともに減算器31に入力され、同減算器31において、操舵速度目標値ωs*と実際の操舵速度ωsとの間の偏差(操舵速度偏差Δωs)が算出される。そして、F/B制御演算部32において、その操舵速度偏差Δωsに所定のゲインを乗ずることにより、ステアリング戻し制御量Isb*の基礎成分である基礎制御量εsbが演算される。
【0030】
また、車速Vは、車速ゲイン演算部33に入力されるようになっており、同車速ゲイン演算部33において演算される車速ゲインKvは、上記基礎制御量εsbとともに乗算器34に入力される。そして、本実施形態のステアリング戻し制御部28は、この乗算器34において、これら基礎制御量εsb及び車速ゲインKv、並びに後述する学習ゲインK_lrを掛け合わせた値をステアリング戻し制御量Isb*として出力する構成となっている。
【0031】
上記基本アシスト制御部27において演算された基本アシスト制御量Ias*、及びステアリング戻し制御部28において演算されたステアリング戻し制御量Isb*は、加算器35に入力される。そして、電流指令値演算部25は、この加算器35において基本アシスト制御量Ias*にステアリング戻し制御量Isb*を重畳することにより、アシスト力目標値(目標アシスト力)としての電流指令値Iq*を演算する。
【0032】
モータ制御信号出力部26には、この電流指令値演算部25において演算された電流指令値Iq*とともに、電流センサ23により検出された実電流値I、及び回転角センサ24により検出された回転角θが入力される。そして、モータ制御信号出力部26は、目標アシスト力に対応する電流指令値Iq*に実電流値Iを追従させるべくフィードバック制御を実行することによりモータ制御信号を演算する。
【0033】
具体的には、本実施形態では、モータ制御信号出力部26は、実電流値Iとして検出されたモータ12の相電流値(Iu,Iv,Iw)をd/q座標系のd,q軸電流値に変換(d/q変換)することにより、上記電流フィードバック制御を行う。
【0034】
即ち、電流指令値Iq*は、q軸電流指令値としてモータ制御信号出力部26に入力され、モータ制御信号出力部26は、回転角センサ24により検出された回転角θに基づいて相電流値(Iu,Iv,Iw)をd/q変換する。また、モータ制御信号出力部26は、そのd,q軸電流値及びq軸電流指令値に基づいてd,q軸電圧指令値を演算する。そして、そのd,q軸電圧指令値をd/q逆変換することにより相電圧指令値(Vu*,Vv*,Vw*)を演算し、当該相電圧指令値に基づいてモータ制御信号を生成する。
【0035】
そして、本実施形態では、このように生成されたモータ制御信号をマイコン21が駆動回路22に出力し、同駆動回路22がそのモータ制御信号に基づく三相の駆動電力をモータ12に供給することにより、EPSアクチュエータ10の作動が制御される構成となっている。
【0036】
(中点学習)
次に、本実施形態におけるステアリング中立位置の学習制御(中点学習)、及びこれと連携したステアリング戻し制御の態様について説明する。
【0037】
上述のように、予め記憶された中点情報θ0及び相対舵角θs_rlに基づき絶対舵角としての操舵角θsを演算する構成では、バッテリー上がり等により当該中点情報θ0が失われた場合には、事実上、ステアリング戻し制御のような当該操舵角θsに基づく補償制御ができなくなる。
【0038】
そこで、本実施形態のマイコン21は、このような場合、その検出される各種の車両状態量に基づいてステアリング中立位置を推定し、更に、その推定されたステアリング中立位置を示す新たな中点情報θ0´によって、上記操舵角演算の基礎となる中点情報θ0を更新する。つまり、随時、ステアリング中立位置を学習する機能を有している(中点学習)。
【0039】
詳述すると、図2に示すように、本実施形態のマイコン21は、中点学習制御部36を備えており、同中点学習制御部36には、車速V、操舵トルクτ、及び上記相対舵角θs_rl、並びにヨーレイトγが入力されるようになっている。そして、同中点学習制御部36は、これらの各車両状態量に基づいて、そのステアリング中立位置の学習制御を実行する。
【0040】
具体的には、本実施形態の中点学習制御部36は、車速Vが所定速度(V0)以上であるとともに、相対舵角θs_rlの変化量(|Δθs_rl|)が所定の閾値(α)以下、且つ操舵トルクτ(の絶対値)が所定値(τ0)以下であるか否かを判定する。そして、その状態が所定時間以上継続した場合におけるヨーレイトγの平均値(|γ_av|)が所定の閾値(γn)以下であることをその学習条件として、新たなステアリング中立位置を推定する。
【0041】
即ち、特段のステアリング操作を行なうことなく直進走行の継続が可能であるならば、そのステアリング2の回転位置をステアリング中立位置として推定することができ、本実施形態の中点学習制御部36は、これにより推定されたステアリング中立位置を示す新たな中点情報θ0´を生成して操舵角演算部29に出力する。そして、同操舵角演算部29が、その新たな中点情報θ0´により、上記操舵角演算の基礎となる中点情報θ0を更新することによって、新たなステアリング中立位置が学習される。尚、本実施形態では、中点情報θ0の更新は、相対舵角θs_rlの周回数カウンタをリセットすることにより行なわれる。
【0042】
また、本実施形態の中点学習制御部36は、上記新たな中点情報θ0´が出力される毎、即ち上記操舵角演算の基礎となる中点情報θ0の更新がなされる毎に上記学習条件を厳格化する。具体的には、図5に示すように、車両が直進走行中であることを示す直進要件のうち、上記ヨーレイトγの平均値(|γ_av|)に関する閾値(γn)について、その更新回数をカウントすることにより得られる学習カウント値Nの増加に応じて、より小さな値に変更する。そして、これにより、速やかにステアリング中立位置を学習して早期にステアリング戻し制御を開始可能とするとともに、最終的には、より高い中点精度の確保が可能になる構成となっている。
【0043】
更に、本実施形態の中点学習制御部36は、上記学習カウント値Nをステアリング戻し制御部28に出力する。そして、ステアリング戻し制御部28は、その学習カウント値Nの増加に応じて、出力するステアリング戻し制御量Isb*を徐々に増大させる。
【0044】
具体的には、本実施形態のステアリング戻し制御部28には、学習ゲイン演算部37が設けられており、同学習ゲイン演算部37は、その入力される学習カウント値Nに基づいて、同学習カウント値Nが大きいほど、より大きな学習ゲインK_lrを演算する(0<K_lr≦1、図6参照)。
【0045】
そして、ステアリング戻し制御部28は、上記乗算器34において、この学習ゲインK_lrを基礎制御量εsb及び車速ゲインKvに重畳し、その重畳された値をステアリング戻し制御量Isb*として出力することにより、その学習水準に応じて同ステアリング戻し制御量Isb*を増大させる。
【0046】
つまり、ステアリング中立位置に多少の狂いがあったとしても、その操舵角θsに基づく補償成分、即ちステアリング戻し制御量Isb*が小さければ、その影響は限定的なものとなる。従って、開始当初の補償成分を小さく抑えることで、より迅速な補償制御の開始が可能となる。特に、本実施形態では、上記中点情報θ0の更新がなされる毎に学習条件が厳格化されることから、学習カウント値Nの増加は、そのまま中点精度の向上に直結する。そのため、その学習カウント値Nが示す学習水準からその中点精度を把握することが可能であり、当該中点精度の向上の程度に合わせて適切に上記ステアリング戻し制御量Isb*を増大させることができる。そして、本実施形態では、これにより、その学習途上における不具合の発生を有効に防止する構成となっている。
【0047】
次に、上記のように構成された中点学習制御の処理手順について説明する。
図7及び図8のフローチャートに示すように、中点学習制御部36は、各車両状態量を取得すると(ステップ101)、先ず、車速Vが所定速度V0以上であるか否かを判定する(ステップ102)。続いて、このステップ102において、車速Vが所定速度V0以上である場合(V≧V0、ステップ102:YES)には、次に相対舵角θs_rlの変化量Δθs_rl(の絶対値)が所定の閾値α以下であるか否かを判定する(ステップ103)。そして、同ステップ103において、その変化量Δθs_rlが閾値α以下である場合(|Δθs_rl|≦α、ステップ103:YES)には、次に操舵トルクτ(の絶対値)が所定値τ0以下であるか否かを判定する(ステップ104)。
【0048】
更に、このステップ104において、操舵トルクτが所定値τ0以下である場合(|τ|≦τ0、ステップ104:YES)、中点学習制御部36は、次に、ヨーレイトγの平均値γ_avの計測中であるか否かを判定する(ステップ105)。尚、この計測中であるか否かの判定は、後述する計測フラグがセットされているか否かに基づき行なわれる。そして、計測中でない場合(ステップ105:NO)には、計測カウンタをリセットし(t=0、ステップ106)、計測フラグをセットする(ステップ107)。尚、上記ステップ105において、既に計測中であると判定した場合(ステップ105:YES)には、これらステップ106及びステップ107の処理は実行されない。そして、その演算周期に検出されたヨーレイトγの値を記録して(ステップ108)、計測カウンタをインクリメントする(t=t+1、ステップ109)、
次に、中点学習制御部36は、計測カウンタの計測カウント値tが所定値t0を超えるか否かを判定し(ステップ110)、該超える場合(t>t0、ステップ110:YES)には、続いてその所定値t0に示される所定時間内における平均ヨーレイト(平均値γ_av)の演算(ステップ111)、及びその閾値γnの演算(ステップ112)を実行する。
【0049】
尚、ステップ111における平均ヨーレイトの演算は、計測カウント値tが所定値t0を超えるまでの各演算周期において、上記ステップ108の実行により記録された複数のヨーレイトγの値を用いて行なわれる。また、ステップ112における閾値γnの演算は、上記のように、その時点における学習カウント値Nに基づいて行なわれる(図6参照)。そして、上記ステップ110において、計測カウンタの計測カウント値tが所定値t0以下であると判定された場合(t≦t0、ステップ110:NO)には、これらのステップ111及びステップ112の処理、並びに以下に示すステップ113以降の処理は実行されない。
【0050】
次に、中点学習制御部36は、演算された平均ヨーレイト(の絶対値、|γ_av|)が閾値γn以下であるか否かを判定し(ステップ113)、該閾値γn以下である場合(|γ|≦γ0、ステップ113:YES)には、その時点におけるステアリング2の回転位置をステアリング中立位置として推定する。そして、そのステアリング中立位置を示す新たな中点情報θ0´を生成(演算)して操舵角演算部29に出力し(ステップ114)、更に学習カウンタをインクリメントして(N=N+1、ステップ115)、その学習カウント値Nをステアリング戻し制御部28へと出力する(ステップ116)。
【0051】
尚、上記ステップ113において、演算された平均ヨーレイト(|γ_av|)が閾値γnよりも大きい場合(|γ|>γ0、ステップ113:NO)には、上記ステップ114〜ステップ116の処理は実行されない。また、上記ステップ102〜ステップ104の何れかの判定条件を満たさない場合(V<V0、|Δθs_rl|>α、又は|τ|>0、即ちステップ102:NO、ステップ103:NO、又はステップ104:NO)には、上記ステップ105〜ステップ116の処理は実行されない。
【0052】
そして、中点学習制御部36は、上記ステップ110において計測カウント値tが所定値t0以下であると判定された場合(t≦t0、ステップ110:NO)を除き、その計測フラグをリセットして(ステップ117)、当該演算周期における中点学習演算を終了(RETURN)する。
【0053】
以上、本実施形態によれば、以下のような作用・効果を得ることができる。
○マイコン21は、ステアリング中立位置の学習機能を有する。そして、その操舵角演算の基礎となる中点情報θ0の更新毎に、その学習条件を厳格化するとともに、該学習条件の厳格化に応じて、絶対舵角としての操舵角θsに基づく補償成分であるステアリング戻し制御量Isb*を徐々に増大させる。
【0054】
上記構成によれば、速やかにステアリング中立位置を学習して早期にステアリング戻し制御の開始が可能になるとともに、最終的には、より高い中点精度の確保が可能になる。また、その制御開始時点でのステアリング戻し制御量Isb*を小さく抑えることで、学習途上における中点精度の低さが与える影響は限定的なものとなり、これにより、一層迅速な補償制御の開始が可能になる。更に、学習条件の厳格化は、そのまま中点精度の向上に直結することから、当該学習条件の厳格化に合わせてステアリング戻し制御量Isb*を増大させることで、その中点精度向上の程度に応じた適切なステアリング戻し制御量Isb*の増大が可能になる。その結果、その学習途上における不具合の発生を有効に防止することができる。
【0055】
なお、本実施形態は以下のように変更してもよい。
・本実施形態では、本発明を絶対舵角である操舵角θsに基づく補償制御としてステアリング戻し制御を実行するEPSに具体化したが、絶対舵角を用いるものであれば、その他の補償制御を実行するものに適用してもよい。
【0056】
・本実施形態では、学習要件の厳格化は、車両が直進走行中であることを示す直進要件のうち、上記ヨーレイトγに関する閾値γnを低減することにより行なわれることとした。しかし、これに限らず、ヨーレイトγ以外の直進要件を厳格化する構成としてもよい。
【0057】
・また、新たなステアリング中立位置の推定及び学習方法については、上記従来の構成に限るものではなく、その他の方法により実行してもよい。例えば、その基礎となる車両状態量として、必ずしもヨーレイトγを用いる必要はなく、その他の状態量を主たる学習条件とするものに具体化してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】電動パワーステアリング装置(EPS)の概略構成図。
【図2】本実施形態におけるEPSの制御ブロック図。
【図3】基本アシスト制御演算の態様を示す説明図。
【図4】操舵速度目標値演算の態様を示す説明図。
【図5】学習カウント値とヨーレイト閾値との関係を示す説明図。
【図6】学習カウント値と学習ゲインとの関係を示す説明図。
【図7】本実施形態における中点学習制御の処理手順を示すフローチャート。
【図8】同じく本実施形態における中点学習制御の処理手順を示すフローチャート。
【符号の説明】
【0059】
1…電動パワーステアリング装置(EPS)、2…ステアリング、10…EPSアクチュエータ、11…ECU、12…モータ、21…マイコン、22…駆動回路、25…電流指令値演算部、27…基本アシスト制御部、28…ステアリング戻し制御部、29…操舵角演算部、36…中点学習制御部、37…学習ゲイン演算部、Iq*…電流指令値、Ias*…基本アシスト制御量、Isb*…ステアリング戻し補償量、ε_sb…基礎制御量、K_lr…学習ゲイン、θs…操舵角、ωs…操舵速度、θ0,θ0´…中点情報、θs_rl…相対舵角、Δθs_rl…変化量、α…閾値、V…車速、V0…所定速度、τ…操舵トルク、τ0…所定値、γ…ヨーレイト、γn…閾値、t…計測カウント値、t0…所定値、N…学習カウント値。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
操舵系にステアリング操作を補助するためのアシスト力を付与する操舵力補助装置と、アシスト力目標値に基づき前記操舵力補助装置の作動を制御する制御手段とを備え、前記アシスト力目標値は、ステアリング中立位置を基準とした絶対舵角に基づき演算される補償成分を含むとともに、前記制御手段は、検出される車両状態量が所定の学習条件を満たす場合には、該学習条件下において新たに推定されたステアリング中立位置を前記絶対舵角の基準となるステアリング中立位置として更新する学習機能を備えた電動パワーステアリング装置であって、
前記制御手段は、前記ステアリング中立位置を更新する毎に前記学習条件を厳格化するとともに、該学習条件の厳格化に応じて前記補償成分を増大させること、
を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記補償成分は、前記ステアリング中立位置の方向に前記アシスト力を作用させるためのステアリング戻し制御成分であること、を特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の電動パワーステアリング装置において、
前記学習条件は、車両が直進走行中であることを示す直進要件に関するものであること、を特徴とする電動パワーステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−36868(P2010−36868A)
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−205755(P2008−205755)
【出願日】平成20年8月8日(2008.8.8)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】