説明

電動パワーステアリング装置

【課題】電流センサが故障した場合でも、アシスト制御中にモータの断線や短絡といった異常を検出できるようにする。
【解決手段】電流センサ異常検出部91により電流センサ31の異常が検出された場合、基本電圧演算部81が目標電流I*に比例した基本電圧V0を計算し、電圧値重畳部83が、基本電圧V0に、交流電圧信号生成部82から出力された交流電圧信号である重畳信号V1を加算して電圧指令値V*を求める。モータ異常検出部92は、操舵トルクtrの振動の大きさを計算し、振動の大きさが基準値未満となる場合には、モータ20の通電路に異常が生じていると判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、運転者の操舵操作に基づいてモータを駆動して操舵アシストトルクを発生する電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、電動パワーステアリング装置は、運転者が操舵ハンドルに付与した操舵トルクを検出し、検出した操舵トルクに応じた目標操舵アシストトルクを演算して、この目標操舵アシストトルクが得られるようにモータの通電を制御する。通常、電動パワーステアリング装置は、目標操舵アシストトルクに比例する目標電流を計算するとともにモータに流れた実際の電流を電流センサにより検出し、目標電流と実際に流れた電流との偏差に応じた電圧をモータに印加する。つまり、フィードバック制御によりモータを駆動制御する。
【0003】
電流センサが故障した場合には、フィードバック制御を行うことができない。こうした電流センサの故障時においても操舵アシストを行う電動パワーステアリング装置が特許文献1において提案されている。この特許文献1に提案された電動パワーステアリング装置は、電流センサの故障が検出されたとき、フィードバック制御に代えてオープンループ制御に切り替える。つまり、操舵トルクに比例した大きさの電圧をモータに印加するように設定したデューティ比でモータ駆動回路のスイッチング素子を制御する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−88877号公報
【発明の概要】
【0005】
しかしながら、電流センサが故障した場合には、モータの断線や短絡といった異常を検出することができない。つまり、従来の電動パワーステアリング装置においては、電流センサは、操舵アシストを行うためのフィードバック制御に使用するだけでなく、電流の変化をモニタすることにより、モータの断線や短絡といった異常の検出に使用されているが、電流センサが故障した場合には、そうした異常を検出することができない。
【0006】
本発明の目的は、上記問題に対処するためになされたもので、電流センサが故障した場合でも、モータの断線や短絡といった異常を検出できるようにすることにある。
【0007】
上記目的を達成するために、本発明の特徴は、操舵ハンドルからステアリングシャフトに入力された操舵トルクを検出する操舵トルク検出手段(21)と、ステアリング機構に設けられて操舵アシストトルクを発生するためのモータ(20)と、前記モータに流れる電流を検出するモータ電流検出手段(31)と、前記モータ電流検出手段の異常を検出する異常検出手段(91)と、前記モータ電流検出手段の異常が検出されていない場合に、前記操舵トルク検出手段により検出された操舵トルクに応じて設定される目標電流と、前記モータ電流検出手段により検出された電流とに基づいて、前記検出された電流が前記目標電流に追従するように前記モータを駆動制御する正常時モータ制御手段(61,70)と、前記モータ電流検出手段の異常が検出されている場合に、前記正常時モータ制御手段に代わって、前記操舵トルク検出手段により検出された操舵トルクに応じて設定される目標電圧に基づいて、前記目標電圧が前記モータに印加されるように前記モータを駆動制御する異常時モータ制御手段(61,80)とを備えた電動パワーステアリング装置において、
前記操舵トルクに応じて設定される目標電圧に、予め設定された周期で電圧が変化する交流電圧を重畳した電圧を、前記異常時モータ制御手段が前記モータを駆動制御するための目標電圧に設定する異常時目標電圧設定手段(82,83)と、前記異常時モータ制御手段が、前記異常時目標電圧設定手段により設定された目標電圧にしたがって前記モータを駆動制御しているときに、前記交流電圧の重畳に応答して振動する物理量を検出する振動検出手段(92,S11,S12)と、前記振動検出手段により検出された前記交流電圧の重畳に応答して振動する物理量が基準値未満である場合、前記モータを含めたモータ通電路に異常が発生していると判定するモータ異常検出手段(92,S13〜S16)とを備えたことにある。
【0008】
本発明においては、正常時モータ制御手段が、操舵トルク検出手段により検出された操舵トルクに応じて目標電流を設定し、この目標電流と、モータ電流検出手段により検出された電流とに基づいて、検出電流が目標電流に追従するようにモータを駆動制御して、適切な操舵アシストトルクを発生させる。正常時モータ制御手段は、例えば、目標電流と検出電流との偏差を使った電流フィードバック制御を行う。また、この電流フィードバック制御に、更に、各種の補償制御を加えたものであってもよい。また、電流フィードバック制御を使わずに、フィードフォワード制御にてモータを駆動制御するものであってもよい。
【0009】
モータ電流検出手段が故障した場合には、こうした検出電流に基づいたモータ駆動制御を行うことができない。そこで、モータ電流検出手段の異常が検出されている場合には、異常時モータ制御手段が、操舵トルク検出手段により検出された操舵トルクに応じて目標電圧を設定し、モータに目標電圧が印加されるようにモータを駆動制御する。尚、モータ制御手段等で設定される目標電流、目標電圧とは、それらの値を意味する。
【0010】
モータ電流検出手段が故障している場合には、モータを含めたモータ通電路(モータあるいはモータ駆動回路)に断線や短絡といった異常が発生しても、モータ電流の変化に基づいて異常を検出することができない。そこで、本発明においては、異常時目標電圧設定手段と振動検出手段とモータ異常検出手段とを備えている。異常時目標電圧設定手段は、操舵トルクに応じて設定される目標電圧に、予め設定された周期で電圧が変化する交流電圧を重畳した電圧を、異常時モータ制御手段がモータを駆動制御するための目標電圧に設定する。つまり、目標電圧に交流電圧を加算して得られた電圧を目標電圧に設定する。
【0011】
振動検出手段は、異常時モータ制御手段が、異常時目標電圧設定手段により設定された目標電圧にしたがってモータを駆動制御しているときに、交流電圧の重畳に応答して振動する物理量を検出する。異常時目標電圧設定手段により設定された目標電圧にしたがってモータを駆動制御した場合、モータで発生するトルクが振動する。このため、モータ通電路に断線や短絡といった異常が発生していなければ、交流電圧の重畳に応答した振動がステアリング機構において発生する。この振動は、色々な物理事象として現れる。したがって、交流電圧の重畳に応答して振動する物理量を検出することでモータ通電路の異常を判定することができる。
【0012】
モータ異常検出手段は、振動検出手段により検出された物理量、つまり、交流電圧の重畳に応答して発生した振動の大きさが基準値未満である場合、モータを含めたモータ通電路のどこかに異常が発生していると判定する。従って、本発明によれば、モータ電流検出手段が故障した場合でも、操舵トルクに応じた所望の操舵アシストが得られるだけでなく、操舵アシスト中にモータ通電路の異常を検出することができる。この結果、電動パワーステアリング装置の信頼性が向上する。
【0013】
本発明の他の特徴は、前記モータ異常検出手段により前記モータを含めたモータ通電路に異常が発生していると判定された場合、前記異常時モータ制御手段による前記モータの駆動制御を停止させる駆動停止手段(S15,S16)を備えたことにある。
【0014】
本発明においては、モータ異常検出手段によりモータを含めたモータ通電路に異常が発生していると判定された場合に、駆動停止手段が、異常時モータ制御手段によるモータの駆動制御を停止させる。従って、モータおよびモータ駆動回路を保護することができる。
【0015】
本発明の他の特徴は、前記振動検出手段は、操舵角あるいは操舵角速度に応じた信号を出力するセンサ(22,21a,21b,23c,23d)の検出値の振動を検出し、前記モータ異常検出手段は、前記センサの検出値の振動の大きさが基準値未満である場合、前記モータを含めたモータ通電路に異常が発生していると判定することにある。
【0016】
目標電圧に交流電圧を重畳してモータを駆動した場合には、モータで発生するトルクが振動するため、これに伴ってステアリング機構の操舵角あるいは操舵角速度が周期的に変化する。そこで、本発明においては、振動検出手段が、操舵角あるいは操舵角速度に応じた信号を出力するセンサの検出値の振動を検出する。そして、モータ異常検出手段が、センサの検出値の振動の大きさが基準値未満である場合、モータを含めたモータ通電路に異常が発生していると判定する。従って、モータ通電路に発生した異常を簡単に検出することができる。
【0017】
本発明の他の特徴は、前記振動検出手段は、前記ステアリング機構に働く力に応じた信号を出力するセンサ(21,24,26,23e)の検出値の振動を検出し、前記モータ異常検出手段は、前記センサの検出値の振動の大きさが基準値未満である場合、前記モータを含めたモータ通電路に異常が発生していると判定することにある。
【0018】
目標電圧に交流電圧を重畳してモータを駆動した場合には、モータで発生するトルクが振動するため、これに伴ってステアリング機構に振動が加わる。そこで、本発明においては、振動検出手段が、ステアリング機構に働く力に応じた信号を出力するセンサの検出値の振動を検出する。そして、モータ異常検出手段が、センサの検出値の振動の大きさが基準値未満である場合、モータを含めたモータ通電路に異常が発生していると判定する。従って、モータ通電路に発生した異常を簡単に検出することができる。
【0019】
尚、上記説明においては、発明の理解を助けるために、実施形態に対応する発明の構成に対して、実施形態で用いた符号を括弧書きで添えているが、発明の各構成要件は、前記符号によって規定される実施形態に限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施形態に係る電動パワーステアリング装置の概略構成図である。
【図2】アシストECUの機能ブロック図である。
【図3】アシストマップを表すグラフである。
【図4】重畳信号の電圧波形を表すグラフである。
【図5】モータに印加される電圧と、センサ検出値との関係を表すグラフである。
【図6】振動の大きさを定義する説明図である。
【図7】振動の大きさを定義する説明図である。
【図8】振動の大きさを定義する説明図である。
【図9】振動の大きさを定義する説明図である。
【図10】モータ異常検出ルーチンを表すフローチャートである。
【図11】変形例として使用するセンサを備えたステアリング機構の概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施形態に係る電動パワーステアリング装置について図面を用いて説明する。図1は、同実施形態に係る車両の電動パワーステアリング装置1の概略構成を表している。
【0022】
この電動パワーステアリング装置1は、操舵ハンドル11の操舵操作により転舵輪を転舵するステアリング機構10と、ステアリング機構10に組み付けられ操舵アシストトルクを発生するモータ20と、操舵ハンドル11の操作状態に応じてモータ20の作動を制御する電子制御ユニット100とを主要部として備えている。以下、電子制御ユニット100をアシストECU100と呼ぶ。
【0023】
ステアリング機構10は、操舵ハンドル11の回転操作により左右前輪FW1,FW2を転舵するための機構で、操舵ハンドル11を上端に一体回転するように接続したステアリングシャフト12を備える。このステアリングシャフト12の下端には、ピニオンギヤ13が一体回転するように接続されている。ピニオンギヤ13は、ラックバー14に形成されたギヤ部14aと噛み合って、ラックバー14とともにラックアンドピニオン機構を構成する。
【0024】
ラックバー14は、ギヤ部14aがラックハウジング16内に収納され、その左右両端がラックハウジング16から露出してタイロッド17と連結される。このラックバー14のタイロッド17との連結部には、ストロークエンドを構成するストッパ18が形成され、このストッパ18とラックハウジング16の端部との当接によりラックバー14の左右動ストロークが機械的に規制されている。左右のタイロッド17の他端は、左右前輪FW1,FW22に設けられたナックル19に接続される。こうした構成により、左右前輪FW1,FW2は、ステアリングシャフト12の軸線回りの回転に伴うラックバー14の軸線方向の変位に応じて左右に操舵される。
【0025】
ステアリングシャフト12には減速ギヤ25を介してモータ20が組み付けられている。モータ20は、その回転により減速ギヤ25を介してステアリングシャフト12をその軸中心に回転駆動して、操舵ハンドル11の回動操作に対してアシスト力を付与する。このモータ20は、ブラシ付直流モータである。
【0026】
ステアリングシャフト12には、操舵ハンドル11と減速ギヤ25との中間位置に操舵トルクセンサ21が組みつけられている。操舵トルクセンサ21は、例えば、ステアリングシャフト12の中間部に介装されたトーションバー(図示略)の捩れ角度をレゾルバ等により検出し、この捩れ角に基づいてステアリングシャフト12に働いた操舵トルクtrを検出する。操舵トルクtrは、正負の値により操舵ハンドル11の操作方向が識別される。例えば、操舵ハンドル11の左方向への操舵時における操舵トルクtrを正の値で、操舵ハンドル11の右方向への操舵時における操舵トルクtrを負の値で示す。尚、本実施形態においては、トーションバーの捩れ角度を、トーションバーの両端に設けた2つのレゾルバにより検出するが、エンコーダ等の他の回転角センサにより検出することもできる。
【0027】
次に、アシストECU100について図2を用いて説明する。アシストECU100は、モータ20の目標制御量を演算し、演算された目標制御量に応じたスイッチ駆動信号を出力する電子制御回路50と、電子制御回路50から出力されたスイッチ駆動信号にしたがってモータ20に通電するモータ駆動回路40とを含んで構成される。
【0028】
電子制御回路50は、CPU,ROM,RAM等からなる演算回路と入出力インタフェースを備えたマイクロコンピュータ60(以下、マイコン60と呼ぶ)と、マイコン60から出力されるスイッチ制御信号を増幅してモータ駆動回路40に供給するスイッチ駆動回路30とを備える。
【0029】
アシストECU100は、電源装置200から電力供給される。この電源装置200は、図示しないバッテリと、エンジンの回転により発電するオルタネータとから構成される。この電源装置200の定格出力電圧は、例えば12Vに設定されている。尚、図中においては、電源装置200からモータ駆動回路40への電源供給ラインである電源ライン210のみを示しているが、電子制御回路50の作動電源も電源装置200から供給される。
【0030】
モータ駆動回路40は、電源ライン210とグランドライン220との間に設けられ、スイッチング素子Q1Hとスイッチング素子Q2Hとを並列接続した上アーム回路45Hと、スイッチング素子Q1Lとスイッチング素子Q2Lとを並列接続した下アーム回路45Lとを直列に接続し、この上アーム回路45Hと下アーム回路45Lとの接続部から、モータ20への電力供給を行うための通電ライン47a,47bを引き出したHブリッジ回路で構成されている。
【0031】
モータ駆動回路40に設けられるスイッチング素子Q1H,Q2H,Q1L,Q2Lとしては、MOS−FET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)が使用される。スイッチング素子Q1H,Q2H,Q1L,Q2Lは、各ソース−ドレイン間に電源電圧が印加されるように上下のアーム回路45H,45Lに設けられ、また、各ゲートが電子制御回路50のスイッチ駆動回路30に接続される。
【0032】
尚、図中に回路記号で示すように、MOS−FETには構造上、ダイオードが寄生している。このダイオードを寄生ダイオードと呼ぶ。各スイッチング素子Q1H,Q2H,Q1L,Q2Lの寄生ダイオードは、電源ライン210からグランドライン220への電流の流れを遮断し、グランドライン220から電源ライン210へ向かう電流のみを許容する逆導通ダイオードである。また、モータ駆動回路40は、寄生ダイオードとは別の逆導通ダイオード(電流遮断方向は寄生ダイオードと同じであって、電源電圧方向に対して逆方向にのみ導通するダイオード)をスイッチング素子Q1H,Q2L,Q2H,Q1Lに並列に接続した構成であってもよい。
【0033】
マイコン60は、スイッチ駆動回路30を介してモータ駆動回路40の各スイッチング素子Q1H,Q2H,Q1L,Q2Lのゲートに独立した駆動信号を出力する。この駆動信号により、各スイッチング素子Q1H,Q2H,Q1L,Q2Lのオン状態とオフ状態とが切り替えられる。
【0034】
モータ駆動回路40においては、スイッチング素子Q2Hとスイッチング素子Q1Lとがオフに維持された状態でスイッチング素子Q1Hとスイッチング素子Q2Lとがオンすると、図中の(+)方向に電流が流れる。これにより、モータ20は、正回転方向のトルクを発生する。また、スイッチング素子Q1Hとスイッチング素子Q2Lとがオフに維持された状態でスイッチング素子Q2Hとスイッチング素子Q1Lとがオンすると、図中の(−)方向に電流が流れる。これにより、モータ20は、逆回転方向のトルクを発生する。
【0035】
アシストECU100は、モータ20に流れる電流を検出する電流センサ31を備えている。この電流センサ31は、下アーム回路45Lとグランドとを接続するグランドライン220に設けられる。電流センサ31は、例えば、グランドライン220にシャント抵抗(図示略)を設け、このシャント抵抗の両端に現れる電圧をアンプ(図示略)で増幅し、増幅した電圧をA/Dコンバータ(図示略)によりデジタル信号に変換してマイコン60に供給する。以下、電流センサ31により検出されるモータ20に流れる電流の値を、モータ実電流Imと呼ぶ。尚、電流センサ31は、電圧信号を増幅する機能およびデジタル信号に変換する機能をマイコン60側に設けてもよい。
【0036】
また、アシストECU100は、電源装置200からモータ駆動回路40へ電力を供給する電源ライン210に電源リレースイッチ230を備えている。電源リレースイッチ230は、マイコン60に接続され、マイコン60からの駆動信号により接点が閉じたオン状態と接点が開いたオフ状態とに選択的に切り替え制御される。マイコン60は、図示しないイグニッションスイッチがオンされると、電源リレースイッチ230をオン状態にし、イグニッションスイッチがオフされると、電源リレースイッチ230をオフ状態に切り替える。また、後述するように、アシスト制御中にモータ通電路の異常を検出したとき、電源リレースイッチ230をオフ状態にする。
【0037】
また、アシストECU100は、車速センサ34および報知器33を接続している。車速センサ34は、車速vxを表す検出信号をアシストECU100に出力する。報知器33は、アシストECU100からの信号により異常が発生していることを車両乗員に報知するもので、例えば、ウォーニングランプ、情報表示ディスプレイ、ウォーニングブザー、音声アラーム装置等が用いられる。
【0038】
次に、マイコン60の制御処理について説明する。マイコン60は、その機能に着目すると、正常時モータ制御量演算部70と、異常時モータ制御量演算部80と、制御切替部61と、PWM制御部62と、電流センサ異常検出部91と、モータ異常検出部92とを備えている。各機能部における処理は、マイコン60に記憶された制御プログラムを所定の周期で繰り返し実行することにより行われる。
【0039】
正常時モータ制御量演算部70は、電流センサ31に異常が検出されていないとき、つまり、電流センサ異常検出部91から出力される異常判定信号FfailIが「0」であるとき、モータ20の制御量を演算するブロックである。正常時モータ制御量演算部70は、目標トルク演算部71と、目標電流演算部72と、電流フィードバック制御部73とを備えている。
【0040】
目標トルク演算部71は、車速センサ34よって検出された車速vxと、操舵トルクセンサ21によって検出された操舵トルクtrとを入力し、図3に示すアシストマップを参照して、入力した車速vxおよび操舵トルクtrに応じて設定される目標アシストトルクt*を計算する。アシストマップは、代表的な複数の車速vxごとに、操舵トルクtrと目標アシストトルクt*との関係を設定した関係付けデータである。アシストマップは、操舵トルクtrが大きくなるにしたがって目標アシストトルクt*が増加し、車速が低くなるにしたがって目標アシストトルクt*が増加する特性を有している。尚、図3は、左方向の操舵時におけるアシストマップであって、右方向の操舵時におけるアシストマップは、左方向のものに対して操舵トルクtrと目標アシストトルクt*の符号をそれぞれ反対(つまり負)にしたものとなる。
【0041】
目標トルク演算部71は、計算した目標アシストトルクt*を目標電流演算部72に出力する。目標電流演算部72は、目標アシストトルクt*を発生させるために必要な電流値である目標電流I*を計算する。目標電流I*は、目標アシストトルクt*をトルク定数で除算することにより求められる。
【0042】
目標トルク演算部71は、計算した目標電流I*を電流フィードバック制御部73に出力する。電流フィードバック制御部73は、目標電流I*から電流センサ31により検出されたモータ実電流Imを減算した偏差ΔIを算出し、この偏差ΔIを使ったPI制御(比例積分制御)により、モータ実電流Imが目標電流I*に追従するようにモータ20に印加する目標電圧を表す電圧指令値V*を計算する。電圧指令値V*は、例えば、下記式により計算する。
V*=Kp・ΔI+Ki・∫ΔI dt
ここでKpは、PI制御における比例項の制御ゲイン、Kiは、PI制御における積分項の制御ゲインである。
【0043】
電流フィードバック制御部73は、計算した電圧指令値V*を制御切替部61に出力する。制御切替部61は、正常時モータ制御量演算部70と異常時モータ制御量演算部80とから電圧指令値V*を入力するように構成され、電流センサ異常検出部91から出力される異常判定信号FfailIが「0」のときに、正常時モータ制御量演算部70から入力した電圧指令値V*をそのままPWM制御部62に出力し、電流センサ異常検出部91から出力される異常判定信号FfailIが「1」のときに、異常時モータ制御量演算部80から入力した電圧指令値V*をそのままPWM制御部62に出力する。
【0044】
PWM制御部62は、制御切替部61から出力される電圧指令値V*を入力し、電圧指令値V*で表される電圧がモータ20に印加されるようなデューティ比を設定したPWM(Pulse Width Modulation)制御信号をスイッチ駆動回路30に出力する。
【0045】
スイッチ駆動回路30は、入力したPWM制御信号を増幅してモータ駆動回路40に出力する。これにより、電流センサ異常検出部91から出力される異常判定信号FfailIが「0」である場合には、正常時モータ制御量演算部70にて計算された電圧指令値V*に応じたデューティ比のパルス信号列がPWM制御信号としてモータ駆動回路40に出力される。このPWM制御信号により、各スイッチング素子Q1H,Q2H,Q1L,Q2Lのデューティ比が制御され、モータ20の駆動電圧が電圧指令値V*に調整される。こうして、モータ20には、操舵操作方向に回転する向きに目標電流I*が流れる。この結果、モータ20は、目標アシストトルクt*に等しいトルクを出力し、運転者の操舵操作をアシストする。
【0046】
電流センサ異常検出部91は、電流センサ31により検出されるモータ実電流Imと、正常時モータ制御量演算部70で計算される目標電流I*とを入力し、モータ実電流Imと目標電流I*とが所定期間にわたって大きく相違する場合に電流センサ31が故障していると判定する。例えば、モータ実電流Imと目標電流I*との偏差(|Im−I*|)を計算し、この偏差が予め設定された基準値よりも大きくなる連続時間が、予め設定された基準時間を超えた場合に、電流センサ31が故障していると判定する。
【0047】
電流センサ異常検出部91は、電流センサ31の異常を検出していない場合には、異常判定信号FfailIを「0」に設定し、電流センサ31の異常を検出した場合には、異常判定信号FfailIを「1」に設定する。電流センサ異常検出部91は、設定した異常判定信号FfailIを、正常時モータ制御量演算部70、異常時モータ制御量演算部80、制御切替部61、モータ異常検出部92に出力する。正常時モータ制御量演算部70は、異常判定信号FfailIが「0」である場合に作動状態となり、異常判定信号FfailIが「1」である場合に休止状態となる。また、異常時モータ制御量演算部80は、異常判定信号FfailIが「0」である場合に休止状態となり、異常判定信号FfailIが「1」である場合に作動状態となる。
【0048】
異常時モータ制御量演算部80は、電流センサ31に異常が検出されているとき、つまり、電流センサ異常検出部91から出力される異常判定信号FfailIが「1」であるとき、モータ20の制御量を演算するブロックである。
【0049】
異常時モータ制御量演算部80は、目標トルク演算部71と、目標電流演算部72と、基本電圧演算部81と、交流電圧信号生成部82と、電圧値重畳部83とを備えている。目標トルク演算部71と目標電流演算部72とは、正常時モータ制御量演算部70と共通して設けられるものである。
【0050】
基本電圧演算部81は、目標電流演算部72の出力する目標電流I*を入力し、目標電流I*に係数を乗じて、目標電流I*に比例した基本電圧V0を計算する。計算された基本電圧V0は、モータ20に印加する目標電圧の値を表しているが、後述するように重畳信号V1で補正されるため、最終的なモータ20の制御量(電圧指令値V*)を表すものではない。従って、ここでは、基本電圧演算部81で計算された電圧を基本電圧V0と呼ぶ。基本電圧演算部81は、計算した基本電圧V0を電圧値重畳部83に出力する。
【0051】
交流電圧信号生成部82は、予め設定した周期で電圧値が変動する重畳信号V1を生成する。この重畳信号V1は、図4に示すように、周期Tで振幅(電圧値)が±Aに変動する方形波状の交流電圧信号である。交流電圧信号生成部82は、生成した重畳信号V1を電圧値重畳部83に出力する。尚、重畳信号V1は、方形波に限るものでなく、例えば、正弦波、三角波などを用いてもよい。
【0052】
電圧値重畳部83は、基本電圧演算部81の出力する基本電圧V0と、交流電圧信号生成部82の出力する重畳信号V1とを入力し、基本電圧V0に重畳信号V1を加算した電圧値(V0+V1)を計算する。この加算結果が、最終的な目標電圧、つまり、電圧指令値V*となる。電圧値重畳部83は、計算した電圧指令値V*を制御切替部61に出力する。
【0053】
これにより、電流センサ異常検出部91から出力される異常判定信号FfailIが「1」である場合には、異常時モータ制御量演算部80にて計算された電圧指令値V*に応じたデューティ比のパルス信号列がPWM制御信号としてモータ駆動回路40に出力される。このPWM制御信号により、各スイッチング素子Q1H,Q2H,Q1L,Q2Lのデューティ比が制御され、モータ20の駆動電圧が電圧指令値V*に調整される。
【0054】
異常時モータ制御量演算部80にて計算された電圧指令値V*にしたがってモータ20が駆動制御された場合、モータ20で発生するトルクが周期的(周期T)に変動する。つまり、重畳信号V1に応答したトルク変動が発生する。
【0055】
モータ20の通電路(モータ20、モータ駆動回路40、通電ライン47a,47b)が正常である場合には、こうしたトルク変動が発生するが、モータ20の通電路に異常が発生した場合、例えば、モータ20自身の断線や短絡、あるいは、通電ライン47a,47bの断線や短絡、あるいは、モータ駆動回路40のスイッチング素子Q1H,Q2H,Q1L,Q2Lの断線や短絡といった異常が発生した場合には、こうしたトルク変動が発生しない。
【0056】
モータ異常検出部92は、こうした原理を利用して、モータ通電路の異常を検出する。モータ異常検出部92は、電流センサ異常検出部91の出力する異常判定信号FfailIが「1」の場合、つまり、電流センサ31の異常が検出されているときに作動する。
【0057】
モータ異常検出部92は、操舵トルクセンサ21によって検出された操舵トルクtrと交流電圧信号生成部82の出力する重畳信号V1とを入力し、操舵トルクtrにおける重畳信号V1に応答した振動の有無を判定する。尚、モータ異常検出部92は、後述するように、操舵トルクセンサ21に限らず、他のセンサから出力される検出信号を使ってモータ通電路の異常を判定することができる。従って、図2においては、センサの検出信号をSにて示している。
【0058】
図5は、電流センサ31に異常が検出されているときのアシスト制御中におけるモータ20に印加される電圧と、センサ検出値(例えば、操舵トルクtr)との時間的変化を表す。モータ20に印加される電圧は、図5の上段に示すにように、基本電圧V0に重畳信号V1を加算した方形波となる。従って、モータ20の出力するトルクは振動する。これにより、センサ検出値は、図5の下段に示すように、トルク振動と同じ周期Tで振動する。
【0059】
モータ異常検出部92は、重畳信号V1が入力されている状態において、センサ検出値(例えば、操舵トルクtr)の振動の大きさが、重畳信号V1の振幅や周期、機械系の特性に基づいて予め設定された基準値以上である場合に、モータ通電路が正常であると判定し、基準値未満である場合に、モータ通電路が異常であると判定する。
【0060】
この場合、振動の大きさは、例えば、以下に示す種々の方法等で定義して求めることができる。
<方法1> 重畳信号V1の周期Tよりも長い一定時間にわたってセンサ検出値の最大値と最小値とを求め、図6に示すように、そのセンサ検出値の最大値と最小値との差を振動の大きさと定義して求める。
【0061】
<方法2> 重畳信号V1の周期T、または、その整数倍の時間にわたって、センサ検出値をサンプリングし、図7に示すように、スペクトル分析により周期T(周波数1/T)における出力(スペクトル密度)を振動の大きさと定義して求める。
【0062】
<方法3> 図8に示すように、センサ検出値の谷から山に至る区間における勾配G1と、センサ検出値の山から谷に至る区間における勾配G2とを計算し、勾配G1と勾配G2との差に周期Tを乗算した値((G1−G2)・T)を振動の大きさと定義して求める。
【0063】
<方法4> 図9に示すように、重畳信号V1の周期Tの信号を抽出することができるハイパスフィルタあるいはバンドパスフィルタでセンサ検出値を濾波し、フィルタ処理された後の信号の実行値あるいは振幅を振動の大きさと定義して求める。
【0064】
モータ異常検出部92は、図10に示すモータ異常検出ルーチンを実行する。このモータ異常検出ルーチンは、電流センサ異常検出部91から出力される異常判定信号FfailIが「0」から「1」に変化すると起動し、所定の短い周期で繰り返される。
【0065】
モータ異常検出部92は、ステップS11において、センサ(例えば、操舵トルクセンサ21)により出力されるセンサ検出信号Sを読み込む。続いて、ステップS12において、センサ検出値の振動の大きさXを計算する。振動の大きさXは、上述した方法等にて計算すればよい。続いて、ステップS13において、振動の大きさXが、予め設定された基準値Xref以上であるか否かを判断する。
【0066】
モータ異常検出部92は、振動の大きさXが基準値Xref以上であれば(S13:Yes)、ステップS14において、異常判定信号FfailMを「0」に設定する。この異常判定信号FfailMは、「0」によりモータ通電路が正常であることを表し、「1」によりモータ通電路が異常であることを表す。
【0067】
続いて、モータ異常検出部92は、異常判定信号FfailMを設定すると、ステップS15において、異常判定信号FfailMを異常時モータ制御量演算部80とスイッチ駆動回路30と電源リレースイッチ230と報知器33とに出力する。
【0068】
異常時モータ制御量演算部80は、モータ異常検出部92から出力された異常判定信号FfailMが「0」である場合には、その演算処理を継続する。スイッチ駆動回路30は、異常判定信号FfailMが「0」である場合には、その信号増幅動作を継続する。また、電源リレースイッチ230は、異常判定信号FfailMが「0」である場合には、オン状態を継続する。また、報知器33は、異常判定信号FfailMが「0」である場合には、報知動作を行わない。
【0069】
モータ異常検出部92は、ステップS15において、異常判定信号FfailMを出力すると、モータ異常検出ルーチンを一旦終了する。モータ異常検出部92は、こうした処理を所定の短い周期で繰り返す。そして、ステップS13において、振動の大きさXが基準値Xref未満であると判断した場合には(S13:No)、その処理をステップS16に進めて、異常判定信号FfailMを「1」に設定し、ステップS15において、「1」に設定された異常判定信号FfailMを異常時モータ制御量演算部80とスイッチ駆動回路30と電源リレースイッチ230と報知器33とに出力してモータ異常検出ルーチンを終了する。この場合、モータ異常検出部92は、モータ異常検出ルーチンを再開しない。
【0070】
これにより、異常時モータ制御量演算部80は、演算処理を終了し、スイッチ駆動回路30は、信号増幅動作を終了する。また、電源リレースイッチ230は、オフ状態となる。従って、操舵アシストが停止される。また、報知器33が作動を開始して、車両の乗員に対して異常である旨を報知する。
【0071】
尚、異常判定信号FfailMを「1」に設定するステップS16の処理は、ステップS13において、規定回数だけ連続して「No」と判断された場合に、実行するようにするとよい。これによれば、一時的なノイズ等による誤判定を防止することができる。また、報知器33の作動は、電流センサ31の異常が検出された段階、つまり、異常判定信号FfailIが「1」となった段階から行うようにしてもよい。この場合、電流センサ31の異常が検出された段階と、モータ通電路の異常までも検出された段階とで報知態様を切り替えるようにしてもよい。
【0072】
以上説明した本実施形態の電動パワーステアリング装置1によれば、電流センサ31が故障した場合には、正常時モータ制御量演算部70に代えて異常時モータ制御量演算部80がモータ制御量を演算する。この場合、電流フィードバック制御に代えて、フィードフォワード制御により操舵トルクtrに応じた基本電圧V0(モータ20に印加すべき目標電圧)が計算され、この基本電圧V0に重畳電圧V1を加算した値が、最終的な目標電圧、つまり電圧指令値V*として設定される。これにより、モータ20でトルク振動が発生する。モータ異常検出部92は、センサ検出値の振動の大きさ(この例では、操舵トルクセンサ21により検出した操舵トルクtrの振動の大きさ)が基準値未満の場合に、モータ通電路に異常が発生していると判定する。
【0073】
従って、本実施形態によれば、電流センサ31が故障した場合であっても、操舵トルクtrに応じた所望の操舵アシストが得られるだけでなく、操舵アシスト中に、モータ通電路の断線、短絡といった異常を検出することができる。このため、電流センサ31に加えてモータ通電路までも故障するという2重故障を確実に検出することができ、信頼性が向上する。また、2重故障を検出した場合には、操舵アシストを停止するためモータ駆動回路40やモータ20に与えるダメージを少なくすることができる。また、2重故障を検出して操舵アシストを停止した場合には、報知器33を作動させて運転者に異常を知らせるため、運転者は適切に対応することができる。
【0074】
<変形例>
上述した実施形態においては、モータ20で発生するトルク振動を操舵トルクセンサ21により検出してモータ通電路の異常を検出するようにしているが、操舵トルクセンサ21に代えて、ステアリングシステムで使用される他のセンサを使用することもできる。
【0075】
図11は、他のセンサの配置を表した図である。例えば、車両挙動制御を行う車両においては、操舵ハンドル11の中立位置からの回転角である操舵角θhを検出する操舵角センサ22をステアリングシャフト12に備えている。このため、操舵アシスト用のモータ20でトルク振動が発生すると、操舵角センサ22の出力する検出信号の検出値が振動する。従って、操舵角センサ22の検出値の振動の大きさに基づいて、モータ通電路の異常を検出することができる。また、操舵角θhの変化する速度である操舵角速度を検出する機能を備えている車両の場合には、操舵角速度の検出値の振動の大きさに基づいて、モータ通電路の異常を検出することもできる。
【0076】
また、舵角比を可変する舵角比可変装置23を備えた車両においては、舵角比可変装置23に設けられたセンサを使ってモータ通電路の異常を検出することもできる。舵角比可変装置23は、図11に示すように、操舵ハンドル11と電動パワーステアリング装置1の減速ギヤ25との間に設けられている。舵角比可変装置23は、ステアリングシャフト12の入力側である入力シャフト12aの下端部に一体回転するように接続されたケーシング23aを備えており、このケーシング23aにモータ23bが固定されている。モータ23bの出力軸は、ケーシング23aに回転可能に支持されていて、ステアリングシャフト12の出力側である出力シャフト12bに一体回転可能に接続されている。モータ23bは、減速機構を内蔵していて、モータ23bの回転が減速されて出力シャフト12bに出力される。モータ23bには、回転角センサ23cが設けられている。回転角センサ23cは、出力シャフト12bのケーシング23aに対する相対角Δθに応じた検出信号を出力する。
【0077】
入力シャフト12aには、操舵角θhに応じた検出信号を出力する操舵角センサ22が設けられている。舵角比可変装置23は、図示しない舵角比ECUによるモータ23bの制御により、操舵角θhに応じて、入力シャフト12aの回転角度に対する出力シャフト12bの回転角度の比が調整される。これにより、舵角比が目標舵角比に制御される。
【0078】
こうした舵角比可変装置23を備えたステアリングシステムにおいては、上述したように操舵アシスト用のモータ20でトルク振動が発生すると、回転角センサ23cの検出する相対角Δθを表す検出値が振動する。従って、この回転角センサ23cの検出値の振動の大きさに基づいて、モータ通電路の異常を検出することができる。
【0079】
また、また相対角Δθの変化する速度である回転角速度を検出する機能を備えているシステムであれば、回転角速度の検出値の振動の大きさに基づいて、モータ通電路の異常を検出することもできる。
【0080】
また、舵角比可変装置23のモータ23bの端子間電圧Vを検出する電圧センサ23dの検出値を使ってモータ通電路の異常を検出することもできる。モータ端子間電圧Vは、操舵アシスト用のモータ20でトルク振動によりモータ23bが回されると、その回転角速度に比例した大きさの逆起電力として現れる。従って、この逆起電力を検出することにより、検出値の振動の大きさに基づいて、モータ通電路の異常を検出することもできる。
【0081】
また、図11に示すように、操舵トルクセンサ21が、トーションバー21cの両端の絶対角度を検出する2つの角度センサ21a,21b(例えば、レゾルバ)を備え、角度センサ21aで検出される角度θinと、角度センサ21bで検出される角度θoutの差(θin−θout)から操舵トルクtrを検出する構成である場合には、角度センサ21a,21bの何れか一方の検出値の振動の大きさに基づいて、モータ通電路の異常を検出することもできる。この場合、操舵アシスト用のモータ20に近い側(トーションバー21cを介さない側)の角度センサ21bの検出値の振動の大きさを検出することが好ましい。
【0082】
上述した各種のセンサは、モータ20でトルク振動が発生したときに、ステアリング機構10の可動部における相対変位(角度)や相対速度(角速度)、または、それらに比例して変化する物理量を検出するものであるが、ステアリング機構10に働く力(トルク)、または、その力に比例して変化する物理量を検出するようにしてもよい。
【0083】
例えば、図11に示すように、タイロッド17などのステアリングリンクに荷重センサ24を備えた車両においては、その荷重センサ24を利用することができる。この荷重センサ24は、軸方向に働く荷重Faを表す検出信号を出力する。このため、モータ20でトルク振動が発生したときに、荷重センサ24の検出値も振動する。従って、荷重センサ24の検出値の振動の大きさに基づいて、モータ通電路の異常を検出することができる。
【0084】
また、例えば、図11に示すように、ハブベアリング27に荷重センサ26を備えた車両においては、この荷重センサ26を利用することができる。この荷重センサ26は、軸方向に働く荷重Fbを表す検出信号を出力する。このため、モータ20でトルク振動が発生したときに、荷重センサ26の検出値も振動する。従って、荷重センサ26の検出値の振動の大きさに基づいて、モータ通電路の異常を検出することができる。
【0085】
また、例えば、上述した舵角比可変装置23を備えた車両において、舵角比調整用のモータ23bに流れる電流Iを検出する電流センサ23eを備えている場合には、その電流センサを利用することができる。モータ23bは、トルクに比例した電流が流れる。従って、操舵アシスト用のモータ20がトルク振動を発生したときに、舵角比可変装置23においては、モータ23bが舵角比を調整するように駆動制御され、モータ23bに流れる電流の検出値が振動する。従って、電流センサ23eの検出値の振動の大きさに基づいて、モータ通電路の異常を検出することができる。
【0086】
尚、図11は、これらのセンサを説明するために、センサや舵角比可変装置23を全て備えたように記載されているが、これらのうちの1つを備えたものであればよい。また、位置関係においても、変更することができる。例えば、操舵トルクセンサ21と舵角比可変装置23とのステアリングシャフト12上における位置関係は逆にすることもできる。また、操舵角センサ22については、ステアリングシャフト12上であれば、どこに設けてもよい。
【0087】
以上、本実施形態および変形例の電動パワーステアリング装置1について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。
【0088】
例えば、本実施形態では、正常時モータ制御量演算部70は、電流センサ31により検出されたモータ実電流Imと目標電流I*とに基づく電流フィードバック制御を行うが、更に、この電流フィードバック制御に補償制御を加味したものであってもよい。例えば、目標電流演算部72と電流フィードバック制御部73との間にフィルタ処理部を設け、フィルタ処理部にて目標電流Imの位相を調整するようにしてもよい。また、電流フィードバック制御部73と並列にフィードフォワード制御部を設け、フィードフォワード制御部で目標電流I*に対するフィードフォワード電圧指令値成分Vffを演算するとともに、電流フィードバック制御部73でモータ実電流Imと目標電流I*との偏差ΔIに基づくフィードバック電圧指令値成分Vfbを演算し、フィードフォワード電圧指令値成分Vffとフィードバック電圧指令値成分Vfbとを加算して最終的な電圧指令値V*(=Vff+Vfb)を求めるようにしてもよい。
【0089】
また、正常時モータ制御量演算部70は、電流フィードバック制御を行わずに、フィードフォワード制御により電圧指令値V*を演算する構成を採用することもできる。例えば、モータ20に印加される電圧を検出し、このモータ実電圧とモータ実電流Imとから、オブザーバでモータ20に発生する誘起電圧を推定する誘起電圧推定部を設ける。また、目標電流演算部72の後段に、目標電流I*をインダクタンス分の位相遅れ補償を行うフィルタ処理部を設ける。そして、位相補償した目標電流I*から基本電圧を演算し、この基本電圧に推定誘起電圧を加算することにより電圧指令値V*を演算する。この構成においては、誘起電圧をモータ実電圧とモータ実電流とで推定しているため、電流フィードバック制御をする必要がなく、フィードフォワードにて電圧指令値V*を演算することができる。
【0090】
例えば、本実施形態では、モータ20の発生するトルクをステアリングシャフト12に付与するコラムアシスト式の電動パワーステアリング装置1について説明したが、モータの発生するトルクをラックバー14に付与するラックアシスト式の電動パワーステアリング装置であってもよい。
【0091】
また、本実施形態では、ブラシ付モータ20をHブリッジ回路40にて駆動する方式の電動パワーステアリング装置1について説明したが、ブラシレスモータを3相インバータ回路にて駆動する方式の電動パワーステアリング装置であってもよい。
【符号の説明】
【0092】
1…電動パワーステアリング装置、10…ステアリング機構、11…操舵ハンドル、12…ステアリングシャフト、20…モータ、21…操舵トルクセンサ、21a,21b…角度センサ、21c…トーションバー、22…操舵角センサ、23…舵角比可変装置、23b…モータ、23c…回転角センサ、23d…電圧センサ、23e…電流センサ、24,26…荷重センサ、30…スイッチ駆動回路、31…電流センサ、33…報知器、34…車速センサ、40…モータ駆動回路、50…電子制御回路、60…マイコン、61…制御切替部、70…正常時モータ制御量演算部、71…目標トルク演算部、72…目標電流演算部、73…電流フィードバック制御部、80…異常時モータ制御量演算部、81…基本電圧演算部、82…交流電圧信号生成部、83…電圧値重畳部、91…電流センサ異常検出部、92…モータ異常検出部、100…電子制御ユニット、FfailM…異常判定信号、FfailI…異常判定信号、Q1H,Q2H,Q1L,Q2L…スイッチング素子。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
操舵ハンドルからステアリングシャフトに入力された操舵トルクを検出する操舵トルク検出手段と、
ステアリング機構に設けられて操舵アシストトルクを発生するためのモータと、
前記モータに流れる電流を検出するモータ電流検出手段と、
前記モータ電流検出手段の異常を検出する異常検出手段と、
前記モータ電流検出手段の異常が検出されていない場合に、前記操舵トルク検出手段により検出された操舵トルクに応じて設定される目標電流と、前記モータ電流検出手段により検出された電流とに基づいて、前記検出された電流が前記目標電流に追従するように前記モータを駆動制御する正常時モータ制御手段と、
前記モータ電流検出手段の異常が検出されている場合に、前記正常時モータ制御手段に代わって、前記操舵トルク検出手段により検出された操舵トルクに応じて設定される目標電圧に基づいて、前記目標電圧が前記モータに印加されるように前記モータを駆動制御する異常時モータ制御手段と
を備えた電動パワーステアリング装置において、
前記操舵トルクに応じて設定される目標電圧に、予め設定された周期で電圧が変化する交流電圧を重畳した電圧を、前記異常時モータ制御手段が前記モータを駆動制御するための目標電圧に設定する異常時目標電圧設定手段と、
前記異常時モータ制御手段が、前記異常時目標電圧設定手段により設定された目標電圧にしたがって前記モータを駆動制御しているときに、前記交流電圧の重畳に応答して振動する物理量を検出する振動検出手段と、
前記振動検出手段により検出された前記交流電圧の重畳に応答して振動する物理量が基準値未満である場合、前記モータを含めたモータ通電路に異常が発生していると判定するモータ異常検出手段と
を備えたことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
前記モータ異常検出手段により前記モータを含めたモータ通電路に異常が発生していると判定された場合、前記異常時モータ制御手段による前記モータの駆動制御を停止させる駆動停止手段を備えたことを特徴とする請求項1記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
前記振動検出手段は、操舵角あるいは操舵角速度に応じた信号を出力するセンサの検出値の振動を検出し、
前記モータ異常検出手段は、前記センサの検出値の振動の大きさが基準値未満である場合、前記モータを含めたモータ通電路に異常が発生していると判定することを特徴とする請求項1または2記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項4】
前記振動検出手段は、前記ステアリング機構に働く力に応じた信号を出力するセンサの検出値の振動を検出し、
前記モータ異常検出手段は、前記センサの検出値の振動の大きさが基準値未満である場合、前記モータを含めたモータ通電路に異常が発生していると判定することを特徴とする請求項1または2記載の電動パワーステアリング装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2012−218646(P2012−218646A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−88467(P2011−88467)
【出願日】平成23年4月12日(2011.4.12)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】