説明

車両操舵装置

【課題】方位角フィードバック方式の車両操舵装置であって、回避運動を破綻(発散やオーバーシュート)させず、回避距離を短縮することができ、衝突回避を成功させる確率をより高められる車両操舵装置を提供する。
【解決手段】この車両操舵装置10は、運転者が操舵操作する操作素子11と、操舵角センサ14と、転舵輪の向きを変更する前輪転舵機構200と、車両のヨーレートに係るヨーレート信号SG3を取り出す車両ヨー応答特性抽出部34と、操作素子の操作量の変化量に応じた操作量変化信号を生成する微分演算部31B−1と、操舵角センサから出力される操作量信号SG1と、微分演算部から出力される操作量変化信号SG1’とを加算する加算部32と、加算部から出力される加算値からヨーレート信号とヨーレートの積分信号とを減算する減算部32と、減算部から出力される偏差信号に応じ前輪転舵機構を駆動する駆動制御部とから構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は車両操舵装置に関し、特に、方位角信号とヨーレート信号をフィードバックする操舵システムで操舵入力に応じて転舵輪の転舵角を制御する電子制御式の車両操舵装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に記載された操舵制御装置は、操作素子と転舵輪の間が機械的に分離され、操舵用連結機構が電子制御装置で置き換えられ、操作素子による操舵入力に対して転舵輪の転舵角を任意に制御できるように構成された車両操舵装置に適用される。この操舵制御装置によれば、運転者が操作素子を操舵操作すると、その操舵の内容が電気的信号に変換される。電気的信号は電子制御装置に与えられて制御信号に変換され、この制御信号によって転舵輪の駆動装置に操舵内容の情報が与えられ、転舵輪の転舵角を制御・調整する。電子制御装置では、操作素子で与えられる操舵角を目標操舵角とし、例えば転舵角センサの検出作用で得られる転舵輪の転舵角を実舵角とし、実舵角が目標操舵角と一致するようにフィードバック制御を行っている。
【0003】
運転者が操舵操作する操作素子では、入力される目標操舵角が方位角で、フィードバックされる実際の情報が実際の方位角という場合がある。方位角で目標操舵角を与え、当該方位角の実際の状態をフィードバックして偏差信号を求め、当該偏差信号で転舵駆動を行う制御手段を備える操舵システムが提案されている。方位角をフィードバックする操舵システムによれば、緊急回避性能が従来の操舵システムに比して優るという利点を有する。
【0004】
方位角フィードバック方式の4輪車両の操舵システムでは、外乱を受けても車両の進路の維持が自動的に行われるので、高速走行での運転者の操舵負担を減らすことができる。また操舵入力に対する車両の応答で位相が大幅に進むために、緊急回避時の応答が速い。さらに、方位角フィードバック方式により運動の安定性が増加するため、障害物に気づく距離が短くなって大きな操舵入力を入れざる得ない状況でも回避運動が破綻することを避けることができる。このため、さらに、例えば隣接車線に回避する途中で車線を横切るまでの距離(回避距離)を短縮することができ、衝突回避を成功させる確率を高めることができる。
【特許文献1】特開平10−264838号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
方位角フィードバックを行う操舵システムでは、一般的に、外乱を受けても進路の維持が自動的に行われ、高速走行での運転者の負担を減らすことができるという利点を有する。また操舵入力に対する車両の応答の位相が大幅に進むため、緊急回避時の応答が速く、しかもフィードバックのために運動の安定性が増加し、そのため障害物に気づく距離が短くなり、大きな入力を入れざるを得ない状況でも回避運動が破綻すること(発散やオーバーシュート)を避けられる。このため、さらに、隣接車線に回避する途中で車線を横切るまでの距離(回避距離)を短縮でき、衝突回避を成功させる確率を高めることができる。
【0006】
他方、方位角のみをフィードバックする操舵システムでは、位相進みの代償として定常応答がゼロになるため、操作素子の操舵角(ハンドル角)に対応した方位角で車両の回頭運動が止まるという特性を有する。従って、車両の旋回運動を続けるためには、常に操作素子を回して操舵角を増加し続けなければならない。このような特性を有する方位角フィードバック方式の操舵システムによれば、一定の操舵角を維持すれば車両が一定半径を維持して旋回運動を続ける従来の操舵システムに比較して、長い旋回時の運転操作で運転者の負担を増すことになる。
【0007】
それ故に方位角フィードバック方式の操舵システムでは、回避性能の優位特性を失うことなく、さらに長い旋回での運転者の操舵負担を軽減するということが望まれていた。
【0008】
そこで、本発明者は、先に、方位角とヨーレートをフィードバックする構成を有する車両操舵装置を提案した(特願2006−53696号、平成18年2月28日出願)。この車両操舵装置によれば、操作素子の操舵入力に対して方位角フィードバック方式等で転舵輪の転舵角を制御する構成で、回避性能の優位性を維持したまま、長い旋回運動での運転者の操舵負担を軽減できる。
【0009】
しかしながら、方位角フィードバック方式の車両操舵装置では、より一層、回避運動を破綻(発散やオーバーシュート)させず、上記の回避距離を短縮させ、さらに衝突回避を成功させる確率をより高めることは、操舵システムとして至上の命題である。
【0010】
本発明の目的は、上記の課題に鑑み、方位角フィードバック方式の車両操舵装置であって、より一層、回避運動を破綻(発散やオーバーシュート)させず、回避距離を短縮することができ、さらに衝突回避を成功させる確率をより高めることができる車両操舵装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る車両操舵装置は、上記目的を達成するために、次のように構成される。
【0012】
第1の車両操舵装置(請求項1に対応)は、運転者が操舵操作する操作素子と、操作素子の操作量を検出する操作量検出部と、転舵輪の向きを変更する転舵アクチュエータと、車両のヨーレート(ヨー角速度)に係るヨーレート信号を取り出すヨーレート信号取得部(車両ヨー応答特性抽出部)と、操作素子の操作量の変化量に応じた操作量変化信号を生成する微分演算部と、操作量検出部から出力される操作量信号と、微分演算部から出力される操作量変化信号とを加算する加算部と、加算部から出力される加算値からヨーレート信号とヨーレートの積分信号(方位角信号)とを減算する減算部と、減算部から出力される偏差信号に応じ転舵アクチュエータを駆動する駆動制御部と、から構成される。
【0013】
上記の車両操舵装置では、操作素子で目標方位角に係る操作量信号を入力し、転舵輪の転舵角を制御するにあたって方位角フィードバック方式とヨーレートフィードバック方式を組み合せて制御する構成である。この車両操舵装置において、さらに、操作素子の操舵角すなわちハンドル角の微分項を付加することにより、操縦安定性の向上と、速い操舵を必要する緊急回避性能の向上と、旋回時の操舵の容易化とを図っている。
【0014】
第2の車両操舵装置(請求項2に対応)は、上記の構成において、好ましくは、微分演算部の信号ルートに設けられた出力調整部で設定されるゲインは、車速が大きくなるに従って高くされることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、方位角フィードバック方式の操舵システムに対してヨーレートフィードバック方式の構成を付設し、方位角フィードバックとヨーレートフィードバックとを組み合わせた車両操舵装置において、ハンドル角の微分項を付加するようにしたため、高周波領域の応答性を向上することができるので、運転者の無駄時間などの反応の遅れを補償し、回避運動を破綻(発散やオーバーシュート)させず、操縦の安定性を向上することができ、速い操舵を必要する緊急回避性能を向上して回避距離を短縮することができ、旋回時の操舵を容易化して衝突回避を成功させる確率をより高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に、本発明の好適な実施形態(実施例)を添付図面に基づいて説明する。
【0017】
図1は本発明の実施形態に係る車両操舵装置の模式的な装置構造を示し、図2は車両操舵装置の制御システムのブロック図を示す。また図3は後述する2つのゲインKw0,Kw1に係る車速−ゲイン特性を示し、図4は本実施形態に係る車両操舵装置によって実現される操舵特性を示す。
【0018】
この車両操舵装置10は、操作素子11(以下では「ハンドル11」という)の操舵入力に対して、転舵輪である前側タイヤ(前輪)12の転舵角を任意に制御できる電子制御式の車両操舵装置である。
【0019】
運転者がハンドル11を操舵したとき、運転者の操舵操作で生じた回転角すなわち操舵角は、電子的な制御システムの制御機能に基づき、転舵駆動機構13を介して、前側タイヤ12でそれに対応する転舵角を発生させる。運転者は、ハンドル11を操作することにより、運転者自身が希望する車両運動(または車両進行方位)に係る情報を電子的制御システムに入力する。ハンドル11における運転者による操舵操作量は操舵角センサ14で操作量信号として検出される。ハンドル11と操舵角センサ14は操舵入力装置100を構成する。
【0020】
車両操舵装置10において、ハンドル11の操舵軸15には、上記の操舵角センサ14と、操舵反力生成機構16と、操舵トルクセンサ17とが付設されている。
【0021】
操舵反力生成機構16は、操舵軸15およびハンドル11を介して運転者に反力を与えるためのものである。ハンドル11は、前述の通り、機械的な構造として前側タイヤ12に連結されていないので、ハンドル操作時に運転者の操舵フィーリングとして反力を与えることが必要となる。
【0022】
操舵トルクセンサ17は、操舵反力生成機構16が発生する操舵反力に抗して運転者がハンドル11を操舵操作する時に生じる操舵トルクを検出する。
【0023】
また2つの前側タイヤ12は上記転舵駆動機構13の両側に配置されている。転舵駆動機構13は中央に転舵用のステアリングモータ18を備え、さらに両端部の外側に延設されたタイロッド19と、その先に設けられたナックルアーム20とを備えている。ナックルアーム20に前側タイヤ12が結合されている。転舵駆動機構13には、ステアリングモータ18が駆動されることにより生じる転舵角を検出する転舵角センサ21が付設されている。
【0024】
上記の転舵駆動機構13とステアリングモータ18によって前輪転舵機構200が構成される。
【0025】
その他の検出系としては、車速センサ22、ヨーレート(ヨー角速度)や横加速度等を検出しまたは取り出す車両挙動センサ23が設けられている。車両挙動センサ23の中にはヨーレート情報を取り出すヨーレート信号取得手段が含まれる。
【0026】
24は電子制御ユニットであるECUである。ECU24は車両操舵装置の制御系を形成する。ECU24に対する入力要素は、操舵角センサ14と操作トルクセンサ17と転舵角センサ21と車速センサ22と車両挙動センサ23である。ECU24に対する出力要素は、操舵反力生成機構16と転舵用ステアリングモータ18である。
【0027】
図2に従って車両操舵装置10の制御システムの機能的な構成を説明する。図2では、上記ECU24が破線のブロックで示され、さらにその内部構成が機能ブロック図の形式で示されている。機能ブロック図で示した制御システムの構成は、主にマイコンおよびソフトウェアによる組込み技術で実現されるが、ハードウェアの構成(電気回路)で実現することもできる。制御システムをソフトウェアで実現する場合には、メモリに制御プログラムが格納され、動作時に当該制御プログラムを読出して実行する。
【0028】
ECU24内に設けられた車両操舵装置10の制御システムにおいて、操舵入力装置100内の操舵角センサ14から出力された操舵信号(操作量信号)SG1は、並列に配置された2つの第1出力調整部31A,31Bに入力される。一方の第1出力調整部31AではゲインKw0が設定されており、他方の第1出力調整部31BではゲインKw1が設定されている。
【0029】
一方の第1出力調整部31AのゲインKw0は図3の特性41に示すごとく車速に応じて可変であり、他方の第1出力調整部31BのゲインKw1は図3の特性42に示すごとく車速に応じて可変である。ゲインKw0の値は車速が大きくなるにつれて直線的に小さくなる特性41を有する。ゲインKw1の値は車速が大きくなるにつれて直線的に大きくなる特性42を有する。第1出力調整部31Aに入力した操舵信号SG1は、ゲインKw0に係る特性41に基づき、車速の状態に応じてそのレベルや位相が適宜に調整される。他の第1出力調整部31Bに入力した操舵信号SG1は、ゲインKw1に係る特性42に基づき、車速の状態に応じてそのレベルや位相が適宜に調整される。
【0030】
一方の第1出力調整部31Aに入力された操舵信号(操作量信号)SG1は、そこで調整され、さらにその後に、減算部32に加算状態で入力される。
他方の第1出力調整部31Bに入力された操舵信号(操作量信号)SG1は、そこで調整され、さらに出力側に設けられた微分演算部31B−1で微分処理された後に、「操作量変化信号SG1’」として減算部32に加算状態で入力される。
【0031】
上記の減算部32には、さらに、後述されるように、方位角信号SG2とヨーレート信号SG3が、操舵信号(操作量信号)SG1とその微分信号すなわち操作量変化信号SG1’との和信号から減算される対象信号として入力される。
なお減算部32は、操舵信号(操作量信号)SG1と操作量変化信号SG1’との関係のみに着目すれば加算手段としての機能を有する。従って減算部32は、全体としては加算/減算の演算手段として機能を有し、前段部分に加算部を備え、後段部分に減算部を備える構成である。
【0032】
減算部32では、車速に応じて、操舵信号SG1とその操作量変化信号SG1’との和信号からヨーレート信号SG3を減算して得られる偏差信号、および/または、操舵信号SG1とその操作量変化信号SG1’との和信号から方位角信号SG2を減算して得られる偏差信号が出力される。この偏差信号は、第2出力調整部33を経由して前輪転舵機構200に供給される。減算部32から出力される偏差信号は制御信号として扱われる。第2出力調整部33は、車速に応じて可変であるゲインKsが設定されており、減算部32から出力される制御用の偏差信号のレベルや位相を車速に応じて調整する。第2出力調整部33から出力される信号は制御駆動信号として前輪転舵機構200に与えられ、前述の前側タイヤ12を転舵させる。
【0033】
前側タイヤ12が操舵信号SG1に基づく制御信号に従って転舵すると、前側タイヤ12において転舵角が生じる(状態ST1)。走行中の車両で前側タイヤ12に転舵角が生じると、当該車両において進行方向または進行方位を変える運動が生じる。進行方向等を変える運動が車両で生じると、車両の運動状態は前述の車両挙動センサ23により検出される。車両挙動センサ23の中には、前述の通りヨーレート信号取得手段が含まれている。従って、車両の運動状態に起因する車両ヨーの状態は、車両挙動センサ23に含まれるヨーレート信号取得手段によって取り出される。
【0034】
図2の制御システムでは、ヨーレート信号を取り出しかつ制御に関係する要素として、車両ヨー応答特性抽出部34が示されている。車両ヨー応答特性抽出部34は、前側タイヤ12で生じる転舵角を原因として車両の運動状態の変化を車両ヨー応答特性として抽出し、その結果としてヨーレート信号SG3を出力する機能を有している。当該車両ヨー応答特性抽出部34は、ヨーレート信号を取得する機能部である。
【0035】
本実施形態での操舵システムの制御では、車両における実際の制御された状態から上記減算部32に対してフィードバックする構成を有している。フィードバックする経路は2つの経路を有する。第1のフィードバック経路は方位角フィードバック経路であり、第2のフィードバック経路はヨーレートフィードバック経路である。
【0036】
方位角フィードバック経路は、車両ヨー応答特性抽出部34から出力されるヨーレート信号SG3を積分する積分演算部35と、第3出力調整部36とから構成される。積分演算部35は、ヨーレート信号SG3を積分して方位角信号SG2を生成し、当該方位角信号SG2を出力する。第3出力調整部36は、車速に応じて可変であるゲインKφが設定されており、方位角信号SG2のレベルや位相を車速に応じて調整する。第3出力調整部36から出力された方位角信号SG2は前述のごとく減算部32に減算形式で入力される。第3出力調整部36のゲインKφは、第1のフィードバック経路である方位角フィードバック経路のフィードバックゲインである。
【0037】
ヨーレートフィードバック経路は、ブロック33から出力されるヨーレート信号SG3を調整する第4出力調整部37によって構成される。第4出力調整部37は、車速に応じて可変であるゲインKrが設定されており、ヨーレート信号SG3のレベルや位相が車速に応じて調整される。第4出力調整部37から出力されるヨーレート信号SG3は前述のごとく減算部32に減算形式で入力される。第4出力調整部37のゲインKrは、第2のフィードバック経路であるヨーレートフィードバック経路のフィードバックゲインである。
【0038】
またブロック34から出力されるヨーレート信号SG3は、操舵反力設定部38を経由して前述の操舵反力生成部16に供給される。操舵反力設定部38は、車速に応じて、ヨーレート信号SG3に基づいて操舵反力信号SG4を生成する。操舵反力信号SG4は操舵反力生成機構16に供給される。操舵反力生成機構16は、操舵反力信号SG4に基づいて操舵反力を生成する。
【0039】
車速センサ22から出力される車速信号は、2つの第1出力調整部31A,31B、第2出力調整部33、第3出力調整部36、第4出力調整部37、および操舵反力設定部38に供給されている。第1出力調整部31、第2出力調整部33、第3出力調整部36、第4出力調整部37、および操舵反力設定部38の各ゲイン等は車速に応じて変化するように設定されている。第3出力調整部36のゲインKφおよび第4出力調整部37のゲインKrのそれぞれの車速に応じた変化は後で詳述される。
【0040】
上記の制御システムにおいて、2つの第1出力調整部31A,31B、第2出力調整部33、第3出力調整部36、第4出力調整部37の各ゲインKw0,Kw1,Ks,Kφ,Krは、レベル調整特性に加えて、必要に応じて位相進み特性も含むゲインである。
【0041】
次に車両操舵装置10における制御システムの構成において、特徴的な構成および作用を説明する。
【0042】
方位角フィードバック方式の操舵装置において、運転者の操舵負担の大きい長い旋回運動に関する操舵は、比較的に低速の走行状態での車両操舵で生じる。他方、衝突被害に大きい高速の走行状態では、反対に高い緊急回避性能が望まれる。
【0043】
そこで、低速時には、第4出力調整部37のゲインKrを大きい値に設定し、かつ第3出力調整部36のゲインKφを小さい値に設定する。この結果、減算部32では、フィードバックされるヨーレート信号SG3の入力値が大きくなり、フィードバックされる方位角信号SG2の入力値が小さくなる。従って、減算部32では、操舵信号SG1と操作量変化信号SG1’との和信号からヨーレート信号SG3を減算して得られる偏差信号が出力される。ヨーレートフィードバック制御による当該偏差信号に基づいて、その後の前輪転舵機構200の動作制御が実行される。これにより、低速時の車両の走行状態において、ハンドル11の転舵角を低減することができ、運転者の操舵負担を軽減することができる。
【0044】
他方、車両の走行状態が高速であるときには、第4出力調整部37のゲインKrを小さい値に設定し、かつ第3出力調整部36のゲインKφを大きい値に設定する。この結果、減算部32では、フィードバックされるヨーレート信号SG3の入力値が小さくなり、フィードバックされる方位角信号SG2の入力値が大きくなる。従って、減算部32では、操舵信号SG1と操作量変化信号SG1’との和信号から方位角信号SG2を減算して得られる偏差信号が出力される。方位角フィードバック制御による当該偏差信号に基づいて、その後の前輪転舵機構200の動作制御が実行される。これにより、高速時の車両の走行状態において、緊急回避運動の成功確率を高めることができる。
【0045】
低速時および高速時に設定されるゲインKrおよびゲインKφの設定値、および各ゲインの値の車速の変化に対する変化特性は、車両の基礎特性に基づいて、車速に応じて操舵応答特性が滑らかに変化するように決定される。
【0046】
さらに、上記の制御システムでは、減算部32で、ヨーレート信号SG3(低速時)または方位角信号SG2(高速時)を減算する対象信号は、前述の通り、一方の第1出力調整部31Aから出力される操舵信号SG1と、他方の第1出力調整部31Bに係る微分演算部31B−1から出力される操作量変化信号SG1’との和信号(SG1+SG1’)となっている。操舵信号すなわちハンドル角に係る信号の微分要素を各車速に応じて適宜に設定することにより、低速から高速における周波数特性の改善を図ることができる。すなわち、高周波領域での応答で遅れをなくすことができる。
【0047】
操舵入力に関する比例ゲインKw0は、前述の3つのゲイン(Kr,Kφ,Kw1)が変化すると、車両のヨーレートのゲインが変化するので、調整する必要がある。また以上の4つのゲインの値に従って、最適な車両の応答を維持するために前輪転舵量を決めるゲインKsも車速に応じて調整することが望ましい。
【0048】
また本実施形態に係る車両操舵装置10では、ハンドル11の中立位置、すなわち次の運動のための前側タイヤ12の転舵角の原点となる位置は、方位角フィードバック方式の操舵装置である場合には方位角に応じて変化する。そのため、運転者にその状況を明確に知らせるために、車両の直進時のハンドル角位置での操舵反力が最小になるように、車両の応答パラメータ(例えばヨーレート)を参照して操舵反力を制御することも好ましい。この制御機能は、操舵反力設定部38に設けられる。
【0049】
なお運転者の特性および好みによって、望ましい車両の応答特性が変わることも想定される。そのため、旋回性能を重視する設定、回避性能を重視する設定など複数の制御プログラムを用意し、運転者によって選択できるように構成することもできる。
【0050】
また図4に、本実施形態に係る車両操舵装置10によって実現される操舵特性(大きさ特性(A)と位相特性(B))を示す。図4の大きさ特性(A)と位相特性(B)の各々で、51が車両操舵装置10に関する特性であり、52が比較対象である微分項を付加しない操舵装置に関する特性である。車両操舵装置10の操舵特性によれば、前述した通りの高周波領域までのゲインの低下、および位相遅れの少ない高い応答性が実現されている。
【0051】
以上の実施形態で説明された構成については本発明が理解・実施できる程度に示したものにすぎない。従って本発明は、説明された実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示される技術的思想の範囲を逸脱しない限り様々な形態に変更することができる。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明は、方位角フィードバック方式とヨーレートフィードバック方式を組み合せて成り、操作素子による操舵入力に対して転舵輪の転舵角を任意に制御でき、高周波領域の応答性を高めた電子制御式の車両操舵装置に利用される。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明に係る車両操舵装置の模式的な装置構造図である。
【図2】車両操舵装置の制御システムのブロック構成図である。
【図3】2つのゲインKw0,Kw1の各々の車速−ゲイン特性を示すグラフである。
【図4】本実施形態に係る車両操舵装置によって実現される操舵特性(大きさ特性(A)と位相特性(B))を示すグラフである。
【符号の説明】
【0054】
10 車両操舵装置
11 ハンドル(操作素子)
12 前側タイヤ(転舵輪)
13 転舵駆動機構
14 操舵角センサ
16 操舵反力生成機構
17 操舵トルクセンサ
18 ステアリングセンサ
21 転舵角センサ
22 車速センサ
23 車両挙動センサ
24 ECU
31A 第1出力調整部
31B 第1出力調整部
31B−1 微分演算部
100 操舵入力装置
200 前輪転舵機構

【特許請求の範囲】
【請求項1】
運転者が操舵操作する操作素子と、
前記操作素子の操作量を検出する操作量検出手段と、
転舵輪の向きを変更する転舵アクチュエータと、
車両のヨーレートに係るヨーレート信号を取り出すヨーレート信号取得手段と、
前記操作素子の操作量の変化量に応じた操作量変化信号を生成する微分演算手段と、 前記操作量検出手段から出力される操作量信号と、前記微分演算手段から出力される前記操作量変化信号とを加算する加算手段と、
前記加算手段から出力される加算値から前記ヨーレート信号と前記ヨーレートの積分信号とを減算する減算手段と、
前記減算手段から出力される偏差信号に応じて前記転舵アクチュエータを駆動する駆動制御手段と、
を備えることを特徴とする車両操舵装置。
【請求項2】
前記微分演算手段の信号ルートに設けられた出力調整手段で設定されるゲインは、車速が大きくなるに従って高くされることを特徴とする請求項1記載の車両操舵装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−67118(P2009−67118A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−235231(P2007−235231)
【出願日】平成19年9月11日(2007.9.11)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【出願人】(503025236)
【Fターム(参考)】