説明

電動パワーステアリング装置

【課題】加速度センサをタイロッドに比べて動きの小さいラックハウジングに取り付けることができるとともに、加速度センサの出力信号からタイロッドの加速度を推定することができるようになる電動パワーステアリング装置を提供する。
【解決手段】ラックハウジングに加速度センサ30が取り付けられている。加速度センサ30はラックハウジング加速度を検出する。位相進み補償処理部52Aは、タイロッド加速度に対するラックハウジング加速度の位相遅れ分だけ、ラックハウジング加速度の位相を進めるための位相進み補償処理を行なう。ゲイン補正処理部52Bは、タイロッド加速度に対するラックハウジング加速度のゲイン減少分だけ、ラックハウジング加速度のゲインを増加させるためのゲイン補正処理を行なう。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、電動モータが発生する駆動力を車両の転舵機構に伝達して操舵補助を行う電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電動パワーステアリング装置として、タイロッド推力センサによってタイロッド推力を検出し、検出されたタイロッド推力を用いて電動モータを制御するものが開発されている(例えば下記特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭60−259570号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
タイロッド推力(タイロッド軸力)を検出するためには、タイロッドに加速度センサを取り付けることが考えられる。しかしながら、このようにすると、運転者の操舵操作に伴ってタイロッドが車体に対して左右方向に移動するので、タイロッドに取り付けられた加速度センサも車体に対して左右方向に移動することになる。この結果、加速度センサのハーネスが揺動するので、加速度センサのハーネスが損傷するおそれがある。
【0005】
この発明の目的は、加速度センサをタイロッドに比べて動きの小さいラックハウジングに取り付けることができるとともに、加速度センサの出力信号からタイロッドの加速度を推定することができるようになる電動パワーステアリング装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するための請求項1記載の発明は、転舵輪(4)にタイロッド(15)を介して操舵力を伝達するラック軸(13)を有する転舵機構(5)に、電動モータ(21)から操舵補助力を与える電動パワーステアリング装置(1)であって、車体に取り付けられ、前記ラック軸を軸方向に往復移動可能に支持するラックハウジング(18)と、 前記ラックハウジングに取り付けられ、前記ラックハウジングの加速度を検出する加速度センサ(30)と、前記加速度センサによって検出されるラックハウジング加速度検出値に対して、位相進み補償処理とゲイン補正処理とを行なうことにより、前記タイロッドの加速度推定値を求めるタイロッド加速度推定手段(52)と、前記タイロッド加速度推定手段によって求められたタイロッド加速度推定値を用いて、前記電動モータを制御する制御手段(51〜56)とを含む、電動パワーステアリング装置である。なお、括弧内の英数字は、後述の実施形態における対応構成要素等を表すが、むろん、この発明の範囲は当該実施形態に限定されない。以下、この項において同じ。
【0007】
この発明によれば、加速度センサをタイロッドに比べて動きが小さいラックハウジングに取り付けることができるので、加速度センサのハーネスが損傷しにくくなる。また、加速度センサによって検出されるラックハウジング加速度検出値からタイロッドの加速度を推定することができるので、タイロッド加速度推定値またはそれから演算されるタイロッド軸力を用いて電動モータを制御することができる。これにより、操舵感を向上させることができる。
【0008】
前記タイロッド加速度推定手段は、前記加速度センサによって検出されたラックハウジング加速度検出値に対して位相進み補償処理を行なう位相進み補償処理手段(52A)と、前記位相進み補償処理手段による位相進み補償処理後の加速度値に対してゲイン補正処理を行なうゲイン補正処理手段(52B)とを含むものであってもよい。
この場合、前記位相進み補償処理手段は、前記加速度センサによって検出されたラックハウジング加速度検出値に対して第1のローパスフィルタ処理を行なう第1フィルタ手段(S2)と、前記ラックハウジングの加速度から前記第1のローパスフィルタ処理後の加速度値を減算した値に予め設定された位相進み定数を乗算した値と、前記第1のロータパスフィルタ処理後の加速度値とを加算する演算手段(S3)と、前記演算手段の演算結果に対して、第2のローパスフィルタ処理を行なう第2フィルタ手段(S4)とを含むものであってもよい。また、前記ゲイン補正処理手段は、前記第2フィルタ手段によって得られた加速度に予め設定された補正ゲインを乗算するように構成されていてもよい。
【0009】
前記制御手段は、前記タイロッド加速度推定手段によって求められたタイロッド加速度推定値を用いて、前記電動モータの目標電流値(I)を設定する目標電流値設定手段(51〜54)と、前記電動モータに流れる電流(I)が前記目標電流値設定手段によって設定された目標電流値に近づくように前記電動モータを制御する制御手段(55,56)とを含むものであってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は、この発明の一実施形態に係る電動パワーステアリング装置の概略構成を示す模式図である。
【図2】図2は、ECUの電気的構成を概略的に示すブロック図である。
【図3】図3は、基本目標電流値の設定例を示す模式図である。
【図4】図4は、タイロッド加速度推定部の動作を示すフローチャートである。
【図5】図5は、実験により測定されたタイロッド加速度とラックハウジング加速度を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下では、この発明の実施形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。
図1は、この発明の一実施形態に係る電動パワーステアリング装置の概略構成を示す模式図である。
電動パワーステアリング装置1は、操舵部材としてのステアリングホイール2が連結されたステアリングシャフト3と、ステアリングホイール2の回転に連動して転舵輪4を転舵する転舵機構5と、運転者の操舵を補助するための操舵補助機構6とを備えている。
【0012】
ステアリングシャフト3は、直線状に延びている。ステアリングシャフト3は、第1の自在継手7を介して中間軸8に連結されている。中間軸8は、第2の自在継手9を介して転舵機構5(具体的には、後述するピニオン軸12)に連結されている。したがって、ステアリングホイール2は、ステアリングシャフト3、第1の自在継手7、中間軸8および第2の自在継手9を介して、転舵機構5に機械的に連結されている。
【0013】
ステアリングシャフト3は、ステアリングホイール2に連結された入力軸3aと、中間軸8に連結された出力軸3bとを含む。入力軸3aと出力軸3bとは、トーションバー10を介して同一軸線上で相対回転可能に連結されている。すなわち、ステアリングホイール2が回転されると、入力軸3aおよび出力軸3bは、互いに相対回転しつつ同一方向に回転するようになっている。
【0014】
ステアリングシャフト3の周囲には、トルクセンサ11が配置されている。トルクセンサ11は、入力軸3aおよび出力軸3bの相対回転変位量に基づいて、ステアリングホイール2に与えられた操舵トルクTを検出する。トルクセンサ11の出力信号は、ECU(電子制御ユニット:Electronic Control Unit)40に入力される。
転舵機構5は、ピニオン軸12と、転舵軸としてのラック軸13とを含む。ラック軸13は、車両の左右方向に沿って直線状に延びている。ラック軸13は、車体に固定されるラックハウジング18内に図示しない複数の軸受を介して軸方向に直線往復移動可能に支持されている。ラック軸13の各端部は、それぞれ、ラックハウジング18の対応する端部から突出している。ラック軸13の各端部は、それぞれ、ボールジョイント14を介して、タイロッド15の一方の端部と連結されている。各タイロッド15の他方の端部は、それぞれ、ナックルアーム16を介して、転舵輪4に連結されている。
【0015】
各ボールジョイント14は、それぞれ、筒状のベローズ17内に収容されている。各ベローズ17は、それぞれ、ラックハウジング18の端部からタイロッド15まで延びている。各ベローズ17の一端部および他端部は、それぞれ、ラックハウジング18の端部およびタイロッド15に取り付けられている。
ピニオン軸12は、第2の自在継手9を介して中間軸8に連結されている。ピニオン軸12の先端部には、ピニオン12aが連結されている。ラック軸13の軸方向の中間部には、ピニオン12aに噛み合うラック13aが形成されている。このラック13aとピニオン12aとからからなるラックアンドピニオン機構によって、ステアリングギヤが構成されている。このステアリングギヤによって、ピニオン軸12の回転がラック軸13の軸方向移動に変換される。ラック軸13を軸方向に移動させることによって、転舵輪4を転舵することができる。
【0016】
ステアリングホイール2が操舵(回転)されると、この回転が、ステアリングシャフト3および中間軸8を介して、ピニオン軸12に伝達される。そして、ピニオン軸12の回転は、ステアリングギヤ12a,13aによって、ラック軸13の軸方向移動に変換される。これにより、転舵輪4が転舵される。
操舵補助機構6は、操舵補助用の電動モータ21と、電動モータ21の出力トルクを転舵機構5に伝達するための減速機構22とを含む。減速機構22は、ウォーム軸23と、このウォーム軸23に噛み合うウォームホイール24とを含むウォームギヤ機構からなる。ウォーム軸23は電動モータ21によって回転駆動される。また、ウォームホイール24は、ステアリングシャフト3とは同方向に回転可能に連結されている。
【0017】
電動モータ21によってウォーム軸23が回転駆動されると、ウォームホイール24が回転駆動され、ステアリングシャフト3が回転する。そして、ステアリングシャフト3の回転は、中間軸8を介してピニオン軸12に伝達される。ピニオン軸12の回転は、ラック軸13の軸方向移動に変換される。これにより、転舵輪4が転舵される。すなわち、電動モータ21によって、ウォーム軸23を回転駆動することによって、転舵輪4が転舵されるようになっている。
【0018】
ラックハウジング18の外面には、加速度センサ30が取り付けられている。加速度センサ30のハーネス31は、ECU40に接続されている。加速度センサ30は、ラックハウジング18の加速度(ラックハウジング加速度α)を検出する。後述するように、加速度センサ30によって検出されたラックハウジング加速度検出値αに基づいてタイロッド15(ラック軸13)の加速度(タイロッド加速度)が推定される。つまり、加速度センサ30は、タイロッド加速度を推定するために設けられている。
【0019】
ECU40には、加速度センサ30の出力信号が入力される。また、ECU40には、車速センサ26の出力信号も入力される。ECU40は、トルクセンサ11の出力信号に基づいて演算される操舵トルクT、車速センサ26によって検出される車速V、加速度センサ30の出力信号に基づいて推定されるタイロッド加速度等に基づいて、電動モータ21を制御する。
【0020】
図2は、ECUの電気的構成を概略的に示すブロック図である。
ECU40は、電動モータ21を制御するためのマイクロコンピュータ(モータ制御用マイクロコンピュータ)41と、マイクロコンピュータ41によって制御され、電動モータ21に電力を供給する駆動回路(インバータ回路)42と、電動モータ21に流れるモータ電流(実電流値)Iを検出する電流検出回路43とを含んでいる。
【0021】
マイクロコンピュータ41は、CPUおよびメモリ(ROM,RAMなど)を備えており、所定のプログラムを実行することにより、複数の機能処理部として機能するようになっている。この複数の機能処理部には、基本目標電流値設定部51と、タイロッド加速度推定部52と、目標電流補正値設定部53と、補正値加算部54と、偏差演算部55と、PI制御部56と、PWM制御部57とが含まれる。
【0022】
基本目標電流値設定部51は、トルクセンサ11によって検出される操舵トルクTと車速センサ26によって検出される車速Vとに基づいて、基本目標電流値Ioを設定する。検出操舵トルクTに対する基本目標電流値Ioの設定例は、図3に示されている。検出操舵トルクTは、例えば右方向への操舵のためのトルクが正の値にとられ、左方向への操舵のためのトルクが負の値にとられている。また、基本目標電流値Ioは、電動モータ21から右方向操舵のための操舵補助力を発生させるべきときには正の値とされ、電動モータ21から左方向操舵のための操舵補助力を発生させるべきときには負の値とされる。基本目標電流値Ioは、検出操舵トルクTの正の値に対しては正をとり、検出操舵トルクTの負の値に対しては負をとる。検出操舵トルクTが−T1〜T1(たとえば、T1=0.4N・m)の範囲(トルク不感帯)の微小な値のときには、基本目標電流値Ioは零とされる。また、基本目標電流値Ioは、車速センサ26によって検出される車速Vが大きいほど、その絶対値が小さくなるように設定されるようになっている。これにより、低速走行時には大きな操舵補助力を発生させることができ、高速走行時には操舵補助力を小さくすることができる。
【0023】
タイロッド加速度推定部52は、加速度センサ30によって検出されるラックハウジング加速度検出値αに基づいて、タイロッド加速度を推定するものである。ラック軸13は軸受(図示略)を介してラックハウジング18に支持されているため、ラック軸13に連結されているタイロッド15に加えられた軸方向荷重(軸力)は軸受を介してラックハウジング18にも伝達される。したがって、ラックハウジング18に取り付けられた加速度センサ30の出力信号には、タイロッド15の軸力に応じた加速度が現われると考えられる。
【0024】
そこで、本発明者は、次のような実験を行った。つまり、ラックハウジング18とタイロッド15のそれぞれに、特性が同じ加速度センサを取り付けた。そして、タイロッド15に、正弦波状の軸方向荷重を印加し、各加速度センサの出力信号からラックハウジング加速度とタイロッド加速度を検出した。この実験結果を図5に示す。
図5から、タイロッド15に印加された軸方向荷重に応じた加速度(タイロッド加速度)は、ラックハウジング18に取り付けられた加速度センサの出力信号(ラックハウジング加速度)に現れるが、ラックハウジング加速度は、タイロッド加速度に比べて位相が遅れるとともにゲインが小さいことがわかる。
【0025】
そこで、タイロッド加速度推定部52は、ラックハウジング加速度の位相を進めるための位相進み補償処理と、ラックハウジング加速度のゲインを増加させるためのゲイン補正処理とを、ラックハウジング加速度検出値αに対して行うことにより、タイロッド加速度を推定する。
図2に戻り、タイロッド加速度推定部52は、位相進み補償処理部52Aとゲイン補正処理部52Bとを含んでいる。位相進み補償処理部52Aは、タイロッド加速度に対するラックハウジング加速度の位相遅れ分だけ、ラックハウジング加速度の位相を進めるための位相進み補償処理を行なう。位相進み補償処理部52Aは、加速度センサ30によって検出されるラックハウジング加速度検出値αに対して、下記式(1)の伝達関数G1(s)で表される位相進み補償処理を施す。
【0026】
G1(s)=(1+ats)/(1+ts) …(1)
前記式(1)において、aは係数、tは時定数、sはラプラス演子である。
ゲイン補正処理部52Bは、タイロッド加速度に対するラックハウジング加速度のゲイン減少分だけ、ラックハウジング加速度のゲインを増加させるためのゲイン補正処理を行なう。ゲイン補正部52Bは、位相進み補償処理部52Aによる位相進み補償後の加速度値に、予め設定された補正ゲインKを乗算することにより、タイロッド加速度推定値αを演算する。
【0027】
ゲイン補正処理部52Bによって演算されたタイロッド加速度推定値αは、その加速度の方向が右方向操舵に対応するタイロッド15の軸方向である場合には正をとり、その加速度の方向が左方向操舵に対応するタイロッド15の軸方向である場合には負をとるものとする。タイロッド加速度推定部52のより具体的な動作については、後述する。
目標電流補正値設定部53は、タイロッド加速度推定部52によって演算されたタイロッド加速度推定値αに基づいて、目標電流補正値Icを設定する。目標電流補正値Icは、タイロッド加速度推定値αが正の値であれば正の値とされ、タイロッド加速度推定値αが負の値であれば負の値とされ、タイロッド加速度推定値αの絶対値が大きいほどその絶対値が大きくなるように設定される。
【0028】
目標電流補正値設定部53は、例えば、タイロッド加速度推定値αに予め設定された乗算係数(>0)を乗算することにより、目標電流補正値Icを演算する。目標電流補正値設定部53は、タイロッド加速度推定値αと目標電流補正値Icとの関係をあらかじめ記憶したマップに基づいて、目標電流補正値Icを設定するものであってもよい。
【0029】
補正値加算部54は、基本目標電流値設定部51によって設定された基本目標電流値Ioに、目標電流補正値設定部53によって設定された目標電流補正値Icを加算することにより、目標電流値Iを演算する。偏差演算部55は、補正値加算部54によって得られた目標電流値Iと電流検出回路43によって検出された実電流値Iとの偏差(電流偏差ΔI=I−I)を演算する。
【0030】
PI制御部56は、偏差演算部55によって演算された電流偏差ΔIに対するPI演算を行うことにより、電動モータ21に流れる電流Iを目標電流値Iに導くための駆動指令値を生成する。PWM制御部57は、前記駆動指令値に対応するデューティ比のPWM制御信号を生成して、駆動回路42に供給する。これにより、駆動指令値に対応した電力が電動モータ21に供給されることになる。
【0031】
図4は、タイロッド加速度推定部52の動作を示すフローチャートである。図4の処理は、所定の演算周期毎に繰り返し行なわれる。
タイロッド加速度推定部52は、加速度センサ30の出力信号に基づいてラックハウジング加速度αを検出する(ステップS1)。
次に、位相進み補償処理部52Aは、位相進み補償処理を行なう(ステップS2〜ステップS4)。具体的には、位相進み補償処理部52Aは、ステップS1で検出されたラックハウジング加速度検出値αに対して、ローパスフィルタ処理を施す(ステップS2)。ローパスフィルタ処理後の加速度値をLPF(α)で表すことにする。次に、位相進み補償処理部52Aは、次式(2)に基づいて、演算中間値α’を演算する(ステップS3)。
【0032】
α’=S×(α−LPF(α))+LPF(α) …(2)
Sは、位相進み定数である。位相進み定数Sは、予め実験により得られたラックハウジング加速度とタイロッド加速度とのデータに基づいて予め求められている。具体的には、ラックハウジング加速度とタイロッド加速度とのデータを得るための前述した実験を、タイロッド15に印加される正弦波状の軸方向荷重の周波数(周期)を変化させて行う。これにより、タイロッド15に印加される軸方向荷重の周波数が異なる複数種類の実験データを収集する。そして、収集された実験データに基づいて、タイロッド15に印加される様々な周波数の軸方向荷重に対して、タイロッド加速度に対するラックハウジング加速度の位相遅れ分だけラックハウジング加速度の位相を進めるための位相進み定数Sを演算する。
【0033】
この後、位相進み補償処理部52Aは、ステップS3で演算された演算中間値α’に対して、ローパスフィルタ処理を施す(ステップS4)。ローパスフィルタ処理後の演算中間値をLPF(α’)で表すことにする。これにより、ステップS1で検出されたラックハウジング加速度検出値αに対して、タイロッド加速度に対するラックハウジング加速度の位相遅れ分だけ位相が進んだ加速度値(LPF(α’))が求められる。
【0034】
次に、ゲイン補正処理部52Bは、ゲイン補正処理を行なう。つまり、ゲイン補正処理部52Bは、ゲインステップS4で求められた位相進み補償処理後の加速度値LPF(α’)に対して、予め設定されたゲイン補正定数Kを乗算することにより、タイロッド加速度推定値αを求める(ステップS5)。ゲイン補正定数Kは、実験により得られたラックハウジング加速度とタイロッド加速度とのデータに基づいて予め求められている。より具体的には、ラックハウジング加速度のピーク値に対するタイロッド加速度のピーク値の比が、ゲイン補正定数Kとして求められている。
【0035】
基本目標電流値設定部51、タイロッド加速度推定部52、目標電流補正値設定部53および補正値加算部54は、目標電流値Iを設定するための目標電流値設定手段を構成している。偏差演算部55およびPI制御部56は、電流フィードバック制御手段を構成している。この電流フィードバック制御手段の働きによって、電動モータ21に流れるモータ電流Iが、目標電流設定手段51〜54によって設定される目標電流値Iに近づくように制御される。
【0036】
上記実施形態によれば、タイロッド15(ラック軸13)の加速度を推定するための加速度センサ30は、タイロッド15に比べて動きの小さいラックハウジング18に取り付けられている。このため、加速度センサ30をタイロッド15に取り付けた場合に比べて、加速度センサ30のハーネスの動きが小さくなる。これにより、加速度センサ30のハーネスが損傷しにくくなる。
【0037】
また、このように加速度センサ30をラックハウジング18に取り付けても、加速度センサ30の出力信号に基づいてタイロッド15(ラック軸13)の加速度を推定することができる。これにより、タイロッド15(ラック軸13)の加速度推定値αまたはそれに基づいて得られるタイロッド15(ラック軸13)の軸力を用いて、電動モータ21を制御することができるから、操舵感を向上させることができる。
【0038】
以上、この発明の一実施形態について説明したが、この発明はさらに他の形態で実施することもできる。たとえば、前述の実施形態では、位相進み補償処理部52Aは、加速度センサ30によって検出されるラックハウジング加速度検出値αに対して位相進み補償処理を行なった後にゲイン補正処理を行っているが、ラックハウジング加速度検出値αに対してゲイン補正処理を行なった後に位相進み補償処理を行うようにしてもよい。
【0039】
また、前述の実施形態では、タイロッド加速度推定値αと、予め設定された乗算係数またはマップとに基づいて目標電流補正値Icが設定されているが、タイロッド加速度推定値αからタイロッド15(ラック軸13)の軸力を演算し、この軸力と予め設定された乗算係数またはマップとに基づいて目標電流補正値Icを設定するようにしてもよい。
【0040】
さらに、前述の実施形態では、操舵トルクTおよび車速Vに基づいて設定された基本目標電流値Ioに、タイロッド加速度推定値αに基づいて設定された目標電流補正値Icを加算することにより、目標電流値Iが演算されている。しかし、タイロッド加速度推定値αまたはそれから演算されるタイロッド15(ラック軸13)の軸力から、目標電流値Iを設定するようにしてもよい。また、タイロッド加速度推定値αまたはそれから演算されるタイロッド15(ラック軸13)の軸力と、車速センサ26によって検出される車速Vとから、目標電流値Iを設定するようにしてもよい。
【0041】
その他、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。
【符号の説明】
【0042】
4…転舵輪、5…転舵機構、13…ラック軸、15…タイロッド、18…ラックハウジング、21…電動モータ、30…加速度センサ、40…ECU、41…マイクロコンピュータ、52…タイロッド加速度推定部、52A…位相進み補償処理部、52B…ゲイン補正処理部、53…目標電流補正値設定部、54…補正値加算部、55…偏差演算部、56…PI制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
転舵輪にタイロッドを介して操舵力を伝達するラック軸を有する転舵機構に、電動モータから操舵補助力を与える電動パワーステアリング装置であって、
車体に取り付けられ、前記ラック軸を軸方向に往復移動可能に支持するラックハウジングと、
前記ラックハウジングに取り付けられ、前記ラックハウジングの加速度を検出する加速度センサと、
前記加速度センサによって検出されるラックハウジング加速度検出値に対して、位相進み補償処理とゲイン補正処理とを行なうことにより、前記タイロッドの加速度推定値を求めるタイロッド加速度推定手段と、
前記タイロッド加速度推定手段によって求められたタイロッド加速度推定値を用いて、前記電動モータを制御する制御手段とを含む、電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
前記タイロッド加速度推定手段は、
前記加速度センサによって検出されたラックハウジング加速度検出値に対して位相進み補償処理を行なう位相進み補償処理手段と、
前記位相進み補償処理手段による位相進み補償処理後の加速度値に対してゲイン補正処理を行なうゲイン補正処理手段とを含み、
前記位相進み補償処理手段は、前記加速度センサによって検出されたラックハウジング加速度検出値に対して第1のローパスフィルタ処理を行なう第1フィルタ手段と、
前記ラックハウジング加速度検出値から前記第1のローパスフィルタ処理後の加速度値を減算した値に予め設定された位相進み定数を乗算した値と、前記第1のロータパスフィルタ処理後の加速度値とを加算する演算手段と、
前記演算手段の演算結果に対して、第2のローパスフィルタ処理を行なう第2フィルタ手段とを含み、
前記ゲイン補正処理手段は、前記第2フィルタ手段によって得られた加速度値に予め設定された補正ゲインを乗算するように構成されている、請求項1に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
前記制御手段は、
前記タイロッド加速度推定手段によって求められたタイロッド加速度推定値を用いて、前記電動モータの目標電流値を設定する目標電流値設定手段と、
前記電動モータに流れる電流が前記目標電流値設定手段によって設定された目標電流値に近づくように前記電動モータを制御する制御手段を含む、請求項1または2に記載の車両用操舵装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−112278(P2013−112278A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−262347(P2011−262347)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】